とある街の午後4時を過ぎた時刻。
この時間帯には部活や委員会などに所属していない学生たちが次々と学校から出て街に散らばっていく。
これから帰る者、遊びに行く者、電車やバスを使う者――様々である。
そんな中。駅前という好立地に建っている大き目な一軒のビル――そのビル丸ごとが『カラオケ’14なの』という、
なんだか胡散臭い名前だが、れっきとした、そしてこの街で一番流行っているカラオケ屋で。

今回の舞台が始まるのである――。



101号。

「里ぃ保―、こっちっちゃん」

フリードリンクバーで、コップの縁ぎりぎりまでサイダーを入れている里保を呆れたように見、衣梨奈は先に個室へと進んでいく。
……里保はポンコツやけん、あんなぎりぎりまで入れたら――。
「あっ」という声と、「ばしゃ」となにかが床に飛び散った音。
衣梨奈には後ろを振り返らなくても何が起きたか分かっていた……。

それでも先に部屋に入らず、ドアの前で振り向いて、店員――全員が黒スーツにサングラス、という出で立ちが、ここの店員の特徴だった――が駆け寄り、
すぐさま、慌てている里保に、すっ、と新しいコップを差し出し、床を掃除し始める――そんな店員に慌ててぺこぺこ頭を下げる里保を見守る。
衣梨奈は。まいったなぁ、といった表情で頭をぽりぽり掻きながらこっちにやってくる里保に、呆れ顔を敢えて見せた。

「ぎりぎりまで入れたら、こぼれるに決まっとっるちゃろ?」
「上手く運べると思ったんじゃけぇ」

反省の色があまりない里保のグラスは、適量のサイダーで満たされている。先ほどの店員が入れたものだ。

「おかわり自由やけん、また取りに行けばよかとやろ」
「それが面倒なんじゃ」

二人であーだこーだ言いながら部屋に入る。角部屋が取れたので、二人では広すぎるくらいだっだ。

「香音ちゃんと聖君も誘えば良かったんじゃない?」
「今日は女の子だけの作戦会議やと」

衣梨奈の言葉に里保は首を捻る。
……カラオケ大会じゃなかったんか?いつの間にそんな会議が勃発したんじゃ、脱席したいけぇ。

「じゃあ議長、本日のお題は?」

嫌な予感しかしないんじゃ、と思いつつも一応聞いてみる。

「決まっとるっちゃろ」

そこで衣梨奈はマイクを一つ取り出し、スイッチをONにする。
そして。すぅ、と息を飲み、それから声高々に宣言した。

「ずばり!うちらの彼氏をその気にさせる方法っちゃ!」

びし!と音が鳴りそうなほど真っ直ぐに、里保を指す。……決めポーズつきで。
指された里保は。うんざりした表情で。

「……もう帰りたいけぇ」

と心の底からの呟きを発した。
たった一人の議員・里保が「帰る」と言い出して、慌てたのは宣言した衣梨奈のほうだった。

「ちょ、待つっちゃ里保!えりは真面目に言っとるけん」
「真面目だからアホらしさが増すのぉ」

ソファに置いた学生カバンを肩に掛けなおして立ち上がる里保の姿に、

「里保は香音ちゃんとこのままでよかと!?」

と声を掛ける。
ぴたり。里保の動きが止まる。

「香音ちゃんのことやけん、このまま、ほにょほにょと過ごすだけかもしれんとよ?」
「そんなこと……」

そこまで言って、続きが出てこない。そんなこと……あるかもしれない。と思ったから。
里保は肩に掛けたカバンを再びソファに戻す。

「そういうんなら、えりぽんには何か知恵があるんじゃろね」
「会議だけじゃなくてもちろん歌うとよ、里保」

……なにも考えてないんだな、そう一発で読み取れ、呆れた気分でサイダーを少量、口に含んだ。


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101号の向かい、501号では。

「えりぽんと二人でカラオケなんて久しぶりだね」

聖は少し弾んだ声を隠そうともしないで、アイスティー片手に部屋へ入って行く。
生田君はそんな彼女を見て「そうっちゃね」とだけ言って熱いため息を吐いた。
聖をカラオケに誘った、一番の目的は。歌うことではなかった。

今日、この時間、このカラオケ屋で!第3夜を開幕させると!!

そんな野望を内に秘めていた。
こういった展開で毎回阻止してきた、しゅわぽくコンビは。
優樹ちゃんは姿を見せない、もう片方は最近『解禁』できた彼女に骨抜きで、その『彼女』にはカレーコロッケ20個を渡したから邪魔されることはない。


――生田君が頭を働かせて上手い方向に流れを持っていこうと画策しているころ。


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「――へくちっ」

小さなクシャミが教室で鳴った。
机を隔てて向かい合っていた彼はコロッケを齧っている口を止める。

「風邪?」

心配そうな表情に、不謹慎ながらも笑みが零れる。

「違うよ。多分……えりちゃんがウワサしているんじゃないのかな」
「えりぽんのやつ、何を言っとるんじゃろ」
「そこまでは分かんないよ」

へんなことを言ってたらタダじゃおかんのじゃ、そう言って意気込むようにコロッケを大きく齧った。
そんな彼を見てると、やっぱり自然に笑顔になる。
自分もコロッケを頬張る、うん美味しい。
目を細めて食べていると、ふと、彼がこっちを見ていることに気付く。

「ん?」
「――ついとるよ」

そう言って。ひょい、と口の端に付いた衣のカスを取られた。
それをどうするかぼんやり見ていたら、彼は躊躇いも無く自分の口に入れる。
――それだけで。自分の頬が赤くなるのが分かる。

「ん?どうしたんじゃ?」
「……ぁんでもない」

赤い顔で勢いよくコロッケを食べる自分を。不思議そうにみていたけれど、そのうちニコニコしたままコロッケを口に運ぶ。
そんな姿を見て、ますます顔が赤くなる。

――いくらキス以上のことをしていたって。
やっぱり彼に、ときめいちゃうわけです。


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――再びカラオケ屋のある一室。

「えりぽ……」

聖は若干掠れた声で彼の名前を呼んだ。
一瞬の隙を突かれ、ソファに押し倒される体勢になった。
生田君は何も言わない。ただ熱いまなざしを聖に向け続ける。

――いつしか、聖の体から困惑が抜けた。少し笑って、覆いかぶさっている生田君に。
体を浮かし、ちゅっ、と音を立てて軽いキスを捧げた。

「聖……」

生田君の顔が近づく。素直に目を閉じる。

「ふぅ、ん……」

声が漏れる。
それをお構いなしに彼はキスを続ける。何度も角度を変えたり、触れているだけかと思えば舌を侵入させたり。
聖から程よく力が抜けたところで、生田君はそっと彼女の制服のリボンに手を掛け――。


バーン!!


「りっほー!!」

ドアが勢いよく開いた。

「「え!!?」」

二人、素早く顔をドアに向ける。
そこにいたのは、見知らぬ、けれどどこか見覚えのある、同い年くらいの女の子。

「「「…………」」」

三人の間で時が止まる。
最初に口を開いたのは、乱入してきた女の子だった。

「あー……すみませんだったと」

それだけ言って、ドアを開けたまま去っていく。
開けられたドアの向こう側からは。

…………里保お待たせー!
………………トイレにしては遅いけぇ。
……………………部屋を間違えたと。
…………………………ベタじゃね。
………………………………それより会議の続きっちゃ。
……………………………………もうそれはいいんじゃけぇ。

そんな声が微かに聞こえていた。

生田君は。
思いきり気が削がれ、この後の続きをしようとは考えられなかった。
聖は。

(今の子、エリカちゃんに似ていたなぁ……)

と、ぼんやり考えていた――。


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カラオケ屋の奥、金色のプレートに「PRIVATE」という文字が豪奢に描かれている。その中に麗しい姿の高校生らしき女性が……じょ、性?

「ちぃっ、良い所で邪魔が入ったの」

モニターを見ながら、悔しそうに純白のハンカチを噛み、それからオレンジジュースをストローで吸った。

「う〜ん絵里の味♪」

と、本人が聞いたら嫌な汗を掻きそうなことを口走る。
そして視線は再び監視カメラに見せかけた各部屋のカメラからの映像を映すモニターへ。

「あら〜生田のやつorzのポーズで固まっているの」

今日はもう続きは無理ね、そう判断して「ご愁傷さま」呟く。
その時だった。
ドアを隔てて廊下が騒がしいことに気付く。なにごと?と思い振り返ると。
ドンドンとドアを叩く音と共に聞こえる「みにしげさぁ〜ん、いますよねー?」という声。

この声は!!

みちしげ君が席を立ったのと、VIPルームの部屋の扉が開いたのは同時だった。
立っていたのは――ゴボウ。

「ゴボウじゃありません、あなたのハルナこと飯窪春菜です♪」
「鬱陶しいの」

ばっさり斬ってみたものの、言われた方はただ頬を赤く染め、

「きゃーみちしげさんに鬱陶しいて言われちゃったー!」

と喜ぶばかり。
呆れながらも近付いて、露骨に嫌そうな顔を向けてみるも、相手はニコニコと笑っているだけ。

「なんなのよ、あんたたち二人」
「――わたしもいますよ」
「わ!」

ひょこっと現れた姿に、みちしげ君は大きくのけ反った。

「あ!みにしげさんが驚いてる。やったねODAちゃん☆」
「やりました♪」

いえーい、とか言いながらハイタッチする二人。

「……飯窪」
「はい」
「状況の説明を」
「はい♪わたしたちも歌いにきたんですけど、まーちゃんの第六感でここにみちしげさんがいることがわかりまして。
 ですので心優しいみちしげさんなら『あの二人』を端から見守ることをお許しいただけるかと思いまして」
「……率直に、ノゾキたいから場所をよこせ、と言えば?」
「乱暴なお言葉ですけどみちしげさんが言うとステキですね。まあ、そういうワケです♪」
「……。とっとと入りなさいよ」
「ありがとうございます!さすがみちしげさん!」
「「やったー♪」」

ハイタッチしている三人を尻目に、みちしげ君は全員で見れるようにモニターからスクリーンへと映像を切り替える。

「で、あんたらの部屋は?」
「にーまるいちー!」

佐藤の元気な声で画面を変え、「突っ立ってないで座れば?」と促した。


そんな4人の注目の的、201号。
ノゾかれていることにも気づかない彼は、一曲歌い終えてから、彼女に声を掛けた。

「まーちゃんたち、おっせえな」

なあ、と、同意を求めて彼女を見る。が、相手はどこか落ち着かない様子だった。

「おい亜佑美?」

なにかぶつぶつと小さく言っているが、聞き取れない。

「……はるなんは気を利かせたつもりだろうけれどさ……二人きりにされても……恥ずかしいだけだよ……」
「?」

亜佑美は、取り敢えず、落ち着くために飲み物を――コップに手を掛ける。

「メロンソーダにメロンは入ってねえからな」茶々が入って。
「知ってるわよ!」つい、強く言い返した。
自分で思った以上の語気の荒さに我に返る。工藤君が少し驚いた表情をしている。

「……ごめん」

申し訳ない気持ちで俯く。――すると。

「……別に怒ってねえよ」

そんな声が降り注いだ。

「俺こそ、ごめん」

驚いた。あの彼が素直に謝るなんて。

「ただ最近、その、亜佑美といると、なんか落ち着かねえ。だから、つい……
 なんか、分かんねえけどよ」

膨れっ面で隣の席に深く背を預ける。亜佑美の喉がこくり、と鳴った。

「……それって、自惚れていいの?」
「――え?」
「あたしが、どぅーにとって、特別な存在だ、って、思って、いい?」

こっちを見た亜佑美の顔が存外に近い――。
少し潤んだ瞳が、可愛くて。
自分が亜祐美のことを「可愛い」と思っていることに驚いた。けれど、それは事実で。
だから、目が逸らせない。
唇同士が触れそうな距離で見つめ合い――、


バン!!


「はーい!」

突然、激しく開いた扉の音と声に。

「「!!??」」

二人、勢いよく体を離す。

「あ。……失礼しましたぁー」

ぱたん、と閉まるドア。
そして再び二人だけの空間。

「「…………」」

同時刻、VIPルーム。

「「「「どこのKYなの!?」です!?」ですか!?」ですよぉ!?」

という叫びが響いたことを。
201号で顔を真っ赤にしてお互いが見れないでいる二人が知ることはない……。


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601号のドアが開き。

「にーがきさーん!お待たせしましたー」

中学生くらいの女の子が中に入る。

「ぽん遅い」
「すみませーん、部屋を間違えたとー」

すでにいた男性――よく十代に間違われるがれっきと成人している――が、眉をしかめた。
こっちが眉をしかめても、相手・ぽんはにこにこ笑っている。

「でも珍しいっちゃ、にーがきさんが寄り道に付き合ってくれるなんて」
「男の勘が『店に戻るな』と言ったのだ」
「なんですとーそれ?」

不思議がるぽんは無視する。
今、店に戻ったら……ぽんには分からない、男としての自尊心がえぐられる気がしたのだ。
そんな複雑な心境を知らないぽんは、相変わらず笑顔のままで。
「なにが嬉しいのだ」と尋ねても笑顔を崩さず、
「だって、にーがきさんとデートー♪」と返してくる。

「デートじゃないのだ、会議の帰りにちょっと寄っただけで、」
「会議って言っても、一時帰国したおとーさんと話してただけとー」

あー言えばこー言う。最近の中学生は口が達者なのだ。
こちらが複雑な顔をしていたら、ぽんは、

「あ・おとーさんとの話ってもしかして娘さんをください的な!?」
「それはない」

ばっさり斬ったのに、一人で顔を赤らめてきゃーきゃー騒いでいる。

「あ、でも、にーがきさんのお嫁さんになるのならコンビニのお仕事できるようにならんとあかんちゃね」
「だからぽん……」

ぼくの困惑を無視して彼女は、しゅびっ、と手を上げる。

「というわけで!高校生になったら、にーがきさんのコンビニでバイトしますけん!」
「……」
「ただのバイトじゃないけん、花嫁修業ですっちゃ!」

そうして一人で興奮しているぽんの姿を見て。
ぼくが「高校生になったらうちでバイトしないか?」という言葉を烏龍茶と一緒に飲み込んだことを、彼女は知ることはない……。


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301号では。

「〜♪」

気持ち良く唄っている女子が一人と、気持ち良く気絶している男子の二人組みだった。

――こんな状況になった、ほんの10分前のこと。
石田君の心臓は32ビートの速さで脈打っていた。

(道重さんと二人でカラオケ、道重さんと二人で、道重さんと、みち、みぃぃぃぃぃぃ!!)

という感じで一人興奮していた。
だから、学校から出るときも二人で歩いていて。道すがらに正直なにを話したか覚えていない。
ああ、その前にまだ学校内にいたとき田中さんと亀井さんが。僕が道重さんとカラオケに行くことになった話を聞いて。
二人とも憐みの表情をしたんだった。
それが、どういう意味だったかは。

……身を以って体験しました……。

――そうして石田君の意識は途切れたのである――。


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701号。

「賑やかだね、このお店」
「……そうですね」

学生で混むこの時間帯にカラオケ屋に入ったのは間違いだった、心で苦虫を噛み潰しながら里保は浮かない返事をした。

「でも珍しいですね、カラオケなんて」

それは里保がマネージャーとしてさゆみの隣に来て以来、初めてのことで。

「んー?」

さゆみはリモコンをいじる手を止め、
「ボイトレ、のつもり、でね」小さく言った。

「…………」

里保がなにも言えないでいると、訥々と語り出す。

「さゆみにね、CDデビューさせよう、って話があるのは知ってる?」

里保は無言で頷いた。先日チーフマネージャーが会議で話をそういう方向に持っていったのは実際に見ていたから。
頷いた里保を、さゆみは静かに微笑んで、それから里保の方を見ずに言う。

「もう、さゆみ、モデルとしては、年、いってるし。だから、ね」

だから、なんなのですか、そう言いたかった。しかし言葉が喉に詰まる。
貴女の美しさは年を重ねても微塵も損なわれることはありません、そう言いたいのに。さゆみの静かな微笑みがそんな言葉たちを拒絶する。

「ごめん。さゆみのせいで湿っぽくなったね!」

さゆみは切り替えるように明るい声を出す。――それが無理していることは里保には分かった。

「ね、りほりほも歌って?」

優しく差し出されたマイク。里保はそのマイクに手を伸ばし――。

「りほりほ?」

里保はマイクを持っているさゆみの手を掴んだ。

「――歌手になっても女優になっても。私は道重さんのマネージャーを務めます」

声に確固たる信念があり、さゆみは思わず里保の眼を見る。――揺らぎのない、真っ直ぐな瞳だった。

「芸能界を引退して一般人になっても――貴女の側にいます。いえ、いさせてください」
「りほりほ……」

カラオケの機械が次の音楽を映し出す。流れてくるメロディに一瞬、里保の気が逸れた。

部屋に流れる音楽より小さな声。けれど。

「大切に想う相手が自分のことを好きでいてくれることは……すごく嬉しいことなんだね……」

――里保の耳はしっかりと捉えることができた。

さゆみは顔を伏せる。里保からその表情を窺うことはできない。が。

「ありがとう、りほりほ」

感謝の言葉は、涙が混ざった声だった。

その言葉に敢えて何も言わず――里保は音楽に合わせて小さくマイクを通さずに唄った。


君はどんな顔で歌う
君はどんな声で笑う
また次の世でも会えるかな
切ないよ





時空を超えww 終わり
 

ノノ*^ー^) 検索

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