この商売をしていると、さまざまな人間の「人生」を見る。
それは一瞬の切り取られたものだけれど、充分に輝いた、鮮やかな宝物だ。
---
地面を高く蹴り上げ、全身でその存在をアピールする姿が見えた。
威勢の良い若者だと思うが、どうにも様子がおかしい。
血相を変えて、大声を上げて、何度も飛び跳ねて車を止めようとしている。
ああいうのは厄介な客だ。経験上、分かる。
だからこそ私も、一度は見て見ぬ振りをして通り過ぎようとした。
が、彼の服装があまりに衝撃的だったので、思わず速度を緩めた。
彼はそれに気づくと、まだ止まりきっていない私の所へ走り寄ってくる。
これはもう、乗せない訳にはいかない。
私は座席の下にあるバーを引き、後部座席の扉を開けた。
彼は勢いよく飛び乗り、「式場まで！」と叫ぶ。
「何処のです？」
努めて冷静に、返した。
「式場！結婚式場！」
「いえ、ですからどこの結婚式場ですか？名前は？住所は？」
気が立っているのだと直感する。
危ない客だ。だが不思議と、警戒はしない。彼の表情は、険しいけれど、その瞳が何処か、幼さを残している事に気付いたからだろうか。
彼は私の言葉を理解すると胸ポケットからしわくちゃの紙を取り出し、式場の名前を発した。
そこは大きな会場だ。歴史もあるし、私も何度か客を連れて行ったことがある。だが、此処からはそこまで近くはない。
「どれくらい、かかりますか？」
車を発進させた途端、彼はそう言った。
敬語を使っている。やはり、悪い客ではない。
「何分に、着きたいんですか？」
逆に問うてみた。私にも計算する時間が必要だ。
それ以上に、彼に正解を教えた所で、発狂されてはたまらない。とにかく冷静に、会話がしたい。
「11時までに」
運転席に乗り出すようにして、即答が返ってくる。
現在、10時42分。いくらなんでも、無謀だ。30分かかるような場所だ。彼の表情の意味が分かる。
「シートベルト締めて下さい」
だが、のっぴきならない事情があるのも、分かる。
私はちらりとバックミラーを確認し、後方車両の状況を把握する。
ウィンカーを出し、強引に左車線に入り、アクセルを踏み込む。
ぐんと揺れる車体に引きずられるように、彼は後部座席に背中を打ち付けた。
気にせずに、小刻みにハンドルを切り、車と車の間を走り抜けていく。
「花嫁を強奪しに行くんですか？」
からかうように、言ってみた。
彼はおとなしくシートベルトを締めると、ハッとしたようにポケットに手を突っ込む。
ケータイ電話を取り出し、何やら操作している。が、その瞳が大きく開かれ「うそっ！」と漏らす。
まさか。と思うが、口にはしない。
恐らく、電池切れた。
「運転手さん……あの」
「ケータイ貸すのは構いませんけど、番号覚えてらっしゃいますか？」
先回りすると、彼は頭を抱え、ぐしゃぐしゃと髪を掻いた。
男にしては長い髪だ。綺麗に手入れされている。これは彼の恋人の趣味なのだろうか。
再びハンドルを切る。車体が揺れる。彼は抵抗することなく、慣性の法則のままに、揺さぶられる。
話かけようか、迷った。
行き先と、彼を包んだ純白のタキシードを見れば、おおよその見当はつく。
彼は、花よ目を奪いに行くのだろう。
恋人が無理やり許嫁と結婚させられようとしているとか、初恋の人が政略結婚させられようとしているとか。
ドラマの見すぎだろうと思うかもしれないが、私は以前、そんな客を乗せたことがある。
ウェディングドレスを身に纏った美しい花嫁と、ぼろぼろのタキシードと、顔中にケーキのクリームを付けた新郎を。
―――「予約もなしに簡単に入れるかなあ。キミ、お嫁さんを奪って来たんでしょ？」
そんな事を言った覚えがある。
助手席に座った彼らの友人らしき女性が、わざとらしく肩を竦めたのも。
ああ、あれはいつの事だっただろうか。
とにかく、早く式場に着いてやらなければならない。
彼が花嫁を奪い去るために。
一応、彼が花婿という説も考えたが、自分の大切な日に遅刻するだろうか、と却下した。
寧ろ、そうでないでほしいという願望があったのだ。
大事な日に遅刻する花婿と結婚する花嫁に、同情してしまう。
どうか彼が新郎でありませんようにと、私は赤信号を無視して交差点を突っ切った。
---
10時57分、見事に式場の前に着いた。
裏道を通ったり、スピード違反をしたせいもあるが、まず道路がさほど混んでいなかったのが幸いした。
幸運だなキミは。そう思いながら「お客さん、お会計…」と体を反転させると、彼は手動で、ドアを開けた。
え？と思わず声に出しそうになったが、彼は「あとで払いますから！」と駆け出した。
私は呆気に取られて一瞬動けなくなる。
何だこの展開は。まさか乗り逃げかと思ったが、式場に来てその展開はないだろうとまた却下する。
彼が急いでいるのは分かる。が、さすがに何も払わずに降りるのは…とも思う。
強奪してきた花嫁と一緒に乗る気だろうか？全く、分からない。
どうするか逡巡し、ひとまずエンジンを回したまま、車を降りた。
煙草を吸うだけだ。いつでも走り出せるようにではないと言い聞かせながら、ライターを取り出す。
式場の正面玄関の奥、総合案内場に彼が詰め寄っている姿が見える。
受付嬢は唖然としつつも、彼の話を聞いているのが見て取れる。
恐らく、会場を聞いているのだろう。愛しの恋人のいる場所を。
答えを聞いた途端、彼は走り出すはずだ。恋人を奪いに行くために―――
そう思ったが、どうも様子がおかしい。
彼はまだ、受付嬢と話している。早く行け、時間がないぞと思いながら煙草に火を付けた。
煙を吐き出すのと、彼の「26日っ？！」という声が響いたのはほぼ同時だった。
おいおいおい、と、私は時計を見る。
今日は3月25日だ。
まさか、と思うが、やはり口には出さない。それが大人の、流儀だ。
私は再び煙を深く吸い、肺へと入れる。
彼がひどく疲れた様子で、肩を落とし、受付を後にする姿が見えた。
やれやれ、と、苦笑せざるを得ない。
「1日勘違いしてましたか？」
少し遠くに居る彼に、努めて明るく、声を張ってやった。
彼は顔を上げ、引き攣った笑顔のまま、はいともいいえとも言わなかった。
よくある展開、なのだろうか。
こんな漫画、昔読んだことがあるなと私は煙草を吸う。
「4,200円です」
まだ呆然としたままの彼に、とりあえず代金を言う。さっさと次の客を拾いたい。
携帯灰皿に煙草を押し付けると、「はい…」と彼は漸く返事をした。相当落ち込んでいるらしい。
遅刻の上に時間を間違えるとなると、明日果たして花嫁を奪えるのか、私はひどく心配になる。
「……あれ？」
ため息まじりに彼はタキシードのポケットに手を突っ込む。が、肝心の財布が出てこない。
おいおいおい、と、私は今日何度目かの、冷や汗をかく。
「忘れ、ちゃいました……」
「お客さぁん！」
思わず、叫ぶ。冗談じゃない。遅刻する、日付を間違える、ケータイの充電はない、財布を忘れる。
彼は好青年ではあるが、まごう事なき、ポンコツだ。
さて、どうするか…自宅まで取りに行かせるしかないかと私が頭を掻くと「里保ちゃん？」と声がした。
私も彼も同時に、その声に反応する。
「どうしたの、その格好…」
「香音ちゃぁん！」
香音、と呼ばれた女性を見て、私は息を呑んだ。
なんと、美しいのだろう。
黒髪を後ろで編み込み、首筋を綺麗に見せたヘアスタイルは、まさに「花嫁」に相応しいと直感した。
そうか、彼女が彼の…と思ったところでハッとする。
まさか、やはり彼が、今回の式の主役なのか？花婿なのか？このポンコツが？！
「ねぇ、式は明日だよ？」
「そうじゃけど…」
「……もしかして、今日と勘違いしたの？」
香音の言葉に、彼―――里保と呼ばれた長髪の彼は言葉を失くす。
タキシード姿なのに全く格好が悪い。香音と向き合い、むぐむぐと口を突き出し、言葉を探すも、見つけられない。
香音はと言えば、「相変わらずポンコツだね里保ちゃんは」と呆れていた。
「2人で話し合って決めたじゃん、この日にしようって」
「……」
「私との結婚の日、忘れちゃった？」
「………」
香音の正論に、ますます言葉がない。
里保は困ったように目を伏せ、そして申し訳なさそうに「ごめん…」とか細く言う。
一生に一度の祝祭の日だ。それを間違えられる花嫁の気持ちは、想像に難くない。
やはり式を辞める、と言い出しても不思議ではない。
「そんなに、私と早く結婚したいの？」
が、香音が発したのは、私の想像をはるかに超えた、言葉だった。
「心配しないで里保ちゃん」
彼女はそうして、彼の頬を両手で包んだ。
里保は恐る恐る香音と目を合わせる。その瞳がいまにも涙を零しそうになっている事を分かりながら、彼女は、言った。
「かのは、里保ちゃんのお嫁さんだから」
「えっ……？」
「ずーっと、最初から、里保ちゃんに世界一、シアワセにしてもらう、お嫁さんなんだよ？」
彼は三度、言葉を失った。だが、今度は絶望やいら立ちや哀しみは一切ない。
ただそこにあるのは、唯一無二の、愛の形だ。
愛情とは、目に見えるものではない。だが、彼はそれを確かに感じていた。この一瞬に落ちた、シアワセの、想いを。
「香音ちゃん……」
里保はふっと目を細め、彼女の左頬に手をかける。
空気が甘くなったのを感じ取った直後、彼女は「だめ」と優しく唇に人差し指を当てた。
「誓いのキスは、明日ね？」
ふたりの顔は、これ以上ない程に紅潮する。
ああ、もう。冗談じゃない。
「4,200円でーす」
空気を読めない、いわゆるKYだと呼ばれても良いから、私はそう言った。
彼らは弾かれたように振り返り、「ああ！」とタキシードの彼は叫ぶ。
「ごめん香音ちゃん！お金貸して！」
「はぁ？なんで？」
「財布忘れたんじゃ…後で絶対返すけぇ！」
「もー……すみません運転手さん」
香音は里保の頭を叩くと、私の方に歩み寄ってきた。
これは尻に敷くタイプだと直感する。苦労するぞ、里保君、と私は思う。
「ああ、失礼しました、2,200円です」
「えっ？」
「すみません、間違えました」
値段を言い換えた私に、香音も里保もきょとんとするが、そんなことはどうでも良い。
5,000円を手にした彼女から私は強引にお札を抜き取り、用意していた800円と、自分の財布から2,000円を返してやる。
「ご祝儀ですよ」
そう彼女に伝え、踵を返した。
―――「かのは、里保ちゃんのお嫁さんだから」
大切にしろよ、新郎君。
私はそう心で呟き、タクシーに乗り込む。
あのっ！と彼の声がしたが、もう振り向かない。
勝手にしてくれ、若人たちよ。
今日という春の日に何と淡い恋の一片を見せてくれたか。
充分だ。充分だよ、お二人さん。
私はシートベルトを締め、アクセルを踏んだ。
式場で、鐘が鳴る。誰かがまた、シアワセの扉から一歩歩き出したのだと気付き、私は思わず、笑みを零した。
鞘師君の結婚前夜 おわり
---
ノﾉ�鵝� _l‘)＜っていう鞘香の結婚前夜ネタを考えたんですけどどうでしょう？
ﾉd*T ｡.T）＜やなのやなの！りほりほはさゆみと結婚するの！
ﾉd=´┴｀)＜みちしげさんは、かめいさんと結婚するんやないんですか？
ﾉd*・ ｡.・）＜勿論絵里とも結婚するの
川c；’∀´）＜それじゃ重婚に…
ﾉd*｀・ ｡.・）＜グローバルな視点で考えるの。世界は一夫多妻、一妻多夫は当たり前なの。世の中の流れは一夫多夫なの！
ﾉハ*ﾟ ゥ ﾟ）＜なるほど！それじゃあ私も多夫の数に入れてもらえるのですね！
ﾉd+｀ ｡.´）＜お前は数に入らねえの！
ﾉd*゜e゜）＜一妻多夫ということは…ボクもさゆみんの……
ﾉd；’ー’)＜おーい、目を覚ませー
ﾉd* ^_〉^)＜けっこんしきじょうってまさ初めて〜小田ちゃん、けっこんしきはここでしようね！
从；´’v’ﾘ＜えっ、ええっ？！
ﾉd* ^_〉^)＜どぅーもここでするでしょ？一緒にしようよー！
ﾉd；´ ｡｀ﾙ＜はぁ？まーちゃん何言ってんだよ
ﾉd* ^_〉^)＜どぅーとあゆみんはけっこんするんでしょ？
ﾉd；´ ｡｀ﾙ＜しねえよまだ！
川c*’∀´）＜まだって事は…
ﾉd*´ｰ´ﾘ＜僕はこんなポンコツじゃない！
从*´◇｀）＜昨日私にタクシー代借金したよね？
ﾉ9|T_ゝT)＜そんな事より聖、生聖の結婚式ネタとか第三夜ネタとか書いてほしいと…
从；´ ヮ｀)＜相変わらずドタバタしようねぇ…
ﾉd*＾ｰ＾)＜とにかく雰囲気はこんな感じｗ転校生の4人も早く馴染んでねｗ
おわれｗ
それは一瞬の切り取られたものだけれど、充分に輝いた、鮮やかな宝物だ。
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地面を高く蹴り上げ、全身でその存在をアピールする姿が見えた。
威勢の良い若者だと思うが、どうにも様子がおかしい。
血相を変えて、大声を上げて、何度も飛び跳ねて車を止めようとしている。
ああいうのは厄介な客だ。経験上、分かる。
だからこそ私も、一度は見て見ぬ振りをして通り過ぎようとした。
が、彼の服装があまりに衝撃的だったので、思わず速度を緩めた。
彼はそれに気づくと、まだ止まりきっていない私の所へ走り寄ってくる。
これはもう、乗せない訳にはいかない。
私は座席の下にあるバーを引き、後部座席の扉を開けた。
彼は勢いよく飛び乗り、「式場まで！」と叫ぶ。
「何処のです？」
努めて冷静に、返した。
「式場！結婚式場！」
「いえ、ですからどこの結婚式場ですか？名前は？住所は？」
気が立っているのだと直感する。
危ない客だ。だが不思議と、警戒はしない。彼の表情は、険しいけれど、その瞳が何処か、幼さを残している事に気付いたからだろうか。
彼は私の言葉を理解すると胸ポケットからしわくちゃの紙を取り出し、式場の名前を発した。
そこは大きな会場だ。歴史もあるし、私も何度か客を連れて行ったことがある。だが、此処からはそこまで近くはない。
「どれくらい、かかりますか？」
車を発進させた途端、彼はそう言った。
敬語を使っている。やはり、悪い客ではない。
「何分に、着きたいんですか？」
逆に問うてみた。私にも計算する時間が必要だ。
それ以上に、彼に正解を教えた所で、発狂されてはたまらない。とにかく冷静に、会話がしたい。
「11時までに」
運転席に乗り出すようにして、即答が返ってくる。
現在、10時42分。いくらなんでも、無謀だ。30分かかるような場所だ。彼の表情の意味が分かる。
「シートベルト締めて下さい」
だが、のっぴきならない事情があるのも、分かる。
私はちらりとバックミラーを確認し、後方車両の状況を把握する。
ウィンカーを出し、強引に左車線に入り、アクセルを踏み込む。
ぐんと揺れる車体に引きずられるように、彼は後部座席に背中を打ち付けた。
気にせずに、小刻みにハンドルを切り、車と車の間を走り抜けていく。
「花嫁を強奪しに行くんですか？」
からかうように、言ってみた。
彼はおとなしくシートベルトを締めると、ハッとしたようにポケットに手を突っ込む。
ケータイ電話を取り出し、何やら操作している。が、その瞳が大きく開かれ「うそっ！」と漏らす。
まさか。と思うが、口にはしない。
恐らく、電池切れた。
「運転手さん……あの」
「ケータイ貸すのは構いませんけど、番号覚えてらっしゃいますか？」
先回りすると、彼は頭を抱え、ぐしゃぐしゃと髪を掻いた。
男にしては長い髪だ。綺麗に手入れされている。これは彼の恋人の趣味なのだろうか。
再びハンドルを切る。車体が揺れる。彼は抵抗することなく、慣性の法則のままに、揺さぶられる。
話かけようか、迷った。
行き先と、彼を包んだ純白のタキシードを見れば、おおよその見当はつく。
彼は、花よ目を奪いに行くのだろう。
恋人が無理やり許嫁と結婚させられようとしているとか、初恋の人が政略結婚させられようとしているとか。
ドラマの見すぎだろうと思うかもしれないが、私は以前、そんな客を乗せたことがある。
ウェディングドレスを身に纏った美しい花嫁と、ぼろぼろのタキシードと、顔中にケーキのクリームを付けた新郎を。
―――「予約もなしに簡単に入れるかなあ。キミ、お嫁さんを奪って来たんでしょ？」
そんな事を言った覚えがある。
助手席に座った彼らの友人らしき女性が、わざとらしく肩を竦めたのも。
ああ、あれはいつの事だっただろうか。
とにかく、早く式場に着いてやらなければならない。
彼が花嫁を奪い去るために。
一応、彼が花婿という説も考えたが、自分の大切な日に遅刻するだろうか、と却下した。
寧ろ、そうでないでほしいという願望があったのだ。
大事な日に遅刻する花婿と結婚する花嫁に、同情してしまう。
どうか彼が新郎でありませんようにと、私は赤信号を無視して交差点を突っ切った。
---
10時57分、見事に式場の前に着いた。
裏道を通ったり、スピード違反をしたせいもあるが、まず道路がさほど混んでいなかったのが幸いした。
幸運だなキミは。そう思いながら「お客さん、お会計…」と体を反転させると、彼は手動で、ドアを開けた。
え？と思わず声に出しそうになったが、彼は「あとで払いますから！」と駆け出した。
私は呆気に取られて一瞬動けなくなる。
何だこの展開は。まさか乗り逃げかと思ったが、式場に来てその展開はないだろうとまた却下する。
彼が急いでいるのは分かる。が、さすがに何も払わずに降りるのは…とも思う。
強奪してきた花嫁と一緒に乗る気だろうか？全く、分からない。
どうするか逡巡し、ひとまずエンジンを回したまま、車を降りた。
煙草を吸うだけだ。いつでも走り出せるようにではないと言い聞かせながら、ライターを取り出す。
式場の正面玄関の奥、総合案内場に彼が詰め寄っている姿が見える。
受付嬢は唖然としつつも、彼の話を聞いているのが見て取れる。
恐らく、会場を聞いているのだろう。愛しの恋人のいる場所を。
答えを聞いた途端、彼は走り出すはずだ。恋人を奪いに行くために―――
そう思ったが、どうも様子がおかしい。
彼はまだ、受付嬢と話している。早く行け、時間がないぞと思いながら煙草に火を付けた。
煙を吐き出すのと、彼の「26日っ？！」という声が響いたのはほぼ同時だった。
おいおいおい、と、私は時計を見る。
今日は3月25日だ。
まさか、と思うが、やはり口には出さない。それが大人の、流儀だ。
私は再び煙を深く吸い、肺へと入れる。
彼がひどく疲れた様子で、肩を落とし、受付を後にする姿が見えた。
やれやれ、と、苦笑せざるを得ない。
「1日勘違いしてましたか？」
少し遠くに居る彼に、努めて明るく、声を張ってやった。
彼は顔を上げ、引き攣った笑顔のまま、はいともいいえとも言わなかった。
よくある展開、なのだろうか。
こんな漫画、昔読んだことがあるなと私は煙草を吸う。
「4,200円です」
まだ呆然としたままの彼に、とりあえず代金を言う。さっさと次の客を拾いたい。
携帯灰皿に煙草を押し付けると、「はい…」と彼は漸く返事をした。相当落ち込んでいるらしい。
遅刻の上に時間を間違えるとなると、明日果たして花嫁を奪えるのか、私はひどく心配になる。
「……あれ？」
ため息まじりに彼はタキシードのポケットに手を突っ込む。が、肝心の財布が出てこない。
おいおいおい、と、私は今日何度目かの、冷や汗をかく。
「忘れ、ちゃいました……」
「お客さぁん！」
思わず、叫ぶ。冗談じゃない。遅刻する、日付を間違える、ケータイの充電はない、財布を忘れる。
彼は好青年ではあるが、まごう事なき、ポンコツだ。
さて、どうするか…自宅まで取りに行かせるしかないかと私が頭を掻くと「里保ちゃん？」と声がした。
私も彼も同時に、その声に反応する。
「どうしたの、その格好…」
「香音ちゃぁん！」
香音、と呼ばれた女性を見て、私は息を呑んだ。
なんと、美しいのだろう。
黒髪を後ろで編み込み、首筋を綺麗に見せたヘアスタイルは、まさに「花嫁」に相応しいと直感した。
そうか、彼女が彼の…と思ったところでハッとする。
まさか、やはり彼が、今回の式の主役なのか？花婿なのか？このポンコツが？！
「ねぇ、式は明日だよ？」
「そうじゃけど…」
「……もしかして、今日と勘違いしたの？」
香音の言葉に、彼―――里保と呼ばれた長髪の彼は言葉を失くす。
タキシード姿なのに全く格好が悪い。香音と向き合い、むぐむぐと口を突き出し、言葉を探すも、見つけられない。
香音はと言えば、「相変わらずポンコツだね里保ちゃんは」と呆れていた。
「2人で話し合って決めたじゃん、この日にしようって」
「……」
「私との結婚の日、忘れちゃった？」
「………」
香音の正論に、ますます言葉がない。
里保は困ったように目を伏せ、そして申し訳なさそうに「ごめん…」とか細く言う。
一生に一度の祝祭の日だ。それを間違えられる花嫁の気持ちは、想像に難くない。
やはり式を辞める、と言い出しても不思議ではない。
「そんなに、私と早く結婚したいの？」
が、香音が発したのは、私の想像をはるかに超えた、言葉だった。
「心配しないで里保ちゃん」
彼女はそうして、彼の頬を両手で包んだ。
里保は恐る恐る香音と目を合わせる。その瞳がいまにも涙を零しそうになっている事を分かりながら、彼女は、言った。
「かのは、里保ちゃんのお嫁さんだから」
「えっ……？」
「ずーっと、最初から、里保ちゃんに世界一、シアワセにしてもらう、お嫁さんなんだよ？」
彼は三度、言葉を失った。だが、今度は絶望やいら立ちや哀しみは一切ない。
ただそこにあるのは、唯一無二の、愛の形だ。
愛情とは、目に見えるものではない。だが、彼はそれを確かに感じていた。この一瞬に落ちた、シアワセの、想いを。
「香音ちゃん……」
里保はふっと目を細め、彼女の左頬に手をかける。
空気が甘くなったのを感じ取った直後、彼女は「だめ」と優しく唇に人差し指を当てた。
「誓いのキスは、明日ね？」
ふたりの顔は、これ以上ない程に紅潮する。
ああ、もう。冗談じゃない。
「4,200円でーす」
空気を読めない、いわゆるKYだと呼ばれても良いから、私はそう言った。
彼らは弾かれたように振り返り、「ああ！」とタキシードの彼は叫ぶ。
「ごめん香音ちゃん！お金貸して！」
「はぁ？なんで？」
「財布忘れたんじゃ…後で絶対返すけぇ！」
「もー……すみません運転手さん」
香音は里保の頭を叩くと、私の方に歩み寄ってきた。
これは尻に敷くタイプだと直感する。苦労するぞ、里保君、と私は思う。
「ああ、失礼しました、2,200円です」
「えっ？」
「すみません、間違えました」
値段を言い換えた私に、香音も里保もきょとんとするが、そんなことはどうでも良い。
5,000円を手にした彼女から私は強引にお札を抜き取り、用意していた800円と、自分の財布から2,000円を返してやる。
「ご祝儀ですよ」
そう彼女に伝え、踵を返した。
―――「かのは、里保ちゃんのお嫁さんだから」
大切にしろよ、新郎君。
私はそう心で呟き、タクシーに乗り込む。
あのっ！と彼の声がしたが、もう振り向かない。
勝手にしてくれ、若人たちよ。
今日という春の日に何と淡い恋の一片を見せてくれたか。
充分だ。充分だよ、お二人さん。
私はシートベルトを締め、アクセルを踏んだ。
式場で、鐘が鳴る。誰かがまた、シアワセの扉から一歩歩き出したのだと気付き、私は思わず、笑みを零した。
鞘師君の結婚前夜 おわり
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ノﾉ�鵝� _l‘)＜っていう鞘香の結婚前夜ネタを考えたんですけどどうでしょう？
ﾉd*T ｡.T）＜やなのやなの！りほりほはさゆみと結婚するの！
ﾉd=´┴｀)＜みちしげさんは、かめいさんと結婚するんやないんですか？
ﾉd*・ ｡.・）＜勿論絵里とも結婚するの
川c；’∀´）＜それじゃ重婚に…
ﾉd*｀・ ｡.・）＜グローバルな視点で考えるの。世界は一夫多妻、一妻多夫は当たり前なの。世の中の流れは一夫多夫なの！
ﾉハ*ﾟ ゥ ﾟ）＜なるほど！それじゃあ私も多夫の数に入れてもらえるのですね！
ﾉd+｀ ｡.´）＜お前は数に入らねえの！
ﾉd*゜e゜）＜一妻多夫ということは…ボクもさゆみんの……
ﾉd；’ー’)＜おーい、目を覚ませー
ﾉd* ^_〉^)＜けっこんしきじょうってまさ初めて〜小田ちゃん、けっこんしきはここでしようね！
从；´’v’ﾘ＜えっ、ええっ？！
ﾉd* ^_〉^)＜どぅーもここでするでしょ？一緒にしようよー！
ﾉd；´ ｡｀ﾙ＜はぁ？まーちゃん何言ってんだよ
ﾉd* ^_〉^)＜どぅーとあゆみんはけっこんするんでしょ？
ﾉd；´ ｡｀ﾙ＜しねえよまだ！
川c*’∀´）＜まだって事は…
ﾉd*´ｰ´ﾘ＜僕はこんなポンコツじゃない！
从*´◇｀）＜昨日私にタクシー代借金したよね？
ﾉ9|T_ゝT)＜そんな事より聖、生聖の結婚式ネタとか第三夜ネタとか書いてほしいと…
从；´ ヮ｀)＜相変わらずドタバタしようねぇ…
ﾉd*＾ｰ＾)＜とにかく雰囲気はこんな感じｗ転校生の4人も早く馴染んでねｗ
おわれｗ
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