ある天気の良い休日。スーパーの帰りに寄った美容室を出たのは正午過ぎ。
さゆみは軽くなった髪を撫でながら帰り道を歩いていた。
美容室に行くのは別に今日じゃなくても良かったんだけど何だか無性に切りたくなって。
それならいっそ思い立ったら即行動なの!…っていうのはぶっちゃけ嘘で。
本当は10月の終わり頃から切ろうかどうかずっと悩んでいて、その答えが出たのがたまたま今日だっただけ。

(勢いで10cm以上切っちゃったけど、こんなに短いの中学生以来かも…。)

自称・絶世の美少女としてクラスで浮きまくっていた頃の自分が少し懐かしい。
そんな時に支えになってくれたのが…と回想しながら新垣マートの前を通るとガラスの窓に自分が映っていて。



(………ふふっ♪イイ感じ。れーな、なんて言うかなぁ…)

今も昔も、想い焦がれるのは同じひと。



「ただいまー……………あれ、おらんの?」

お気に入りのバックと食品・日用品が詰まったエコバッグを下ろし靴を脱ぐが、誰も現れない。
普段深夜でもなければれいなか優樹が必ず玄関まで来てくれるのに。
荷物を持ってスリッパに履き替えリビングへ。

「おるやん。」
「おかえりー。」

ソファーに寝転がってスマホをいじったままのれいなが手をヒラヒラ振る。

「買い物行っとったとー?いつの間に。」
「誰かさんはお昼前まで寝てられるけどさゆみは忙しいの。優樹は?」
「さっきまでハル坊とヒーローごっこして遊んどったんやけど、石田と小田に連れられて飯窪んとこに遊びに行ったと。」
「ふーん、そう。」

ちなみにこの会話の間もれいなの目線はスマホにしか向いてなくて軽くイライラ。
白のふわふわコートを椅子にかけて、買ってきた食品を冷蔵庫に詰める手が少しだけ荒っぽくなってる。

その後、洗面所で手洗いうがいを済ませてから寝転がるれいなの前に仁王立ちのさゆみ。

「ねぇれーな?」
「なん?」
「今日のさゆみ、どこか違わない?」
「ん?」

ようやくさゆみの方を見たれいな。

「なんやろ。」
「ヒント、お店に寄ってきました。」
「スーパー以外やろ?うーん、そのコート新しく買ったとか?」

手に持ってるコートを指差すれいな。よりによってコート?

「もう何回も着てるし着るたびに『本当のウサギみたいでカワイイ』って言ってたでしょ。」
「あそっか。ん〜〜〜っ、分からんっちゃけど。」

ピキッ!!

「もういいっ…!」

分かりやすいぐらいプッと頬を膨らませてから後ろに振り向きクローゼットへ。

…と思ったら。

「…えっ?」

まだ冷えているさゆみの背中に何かがポフッと当たってから身体を包まれ、慣れ親しんだ暖かさを感じる。

「うーそ。その髪ばり似合っとうよ。」

当然だけど後ろからハグしていたのはれいなで、さゆみの肩に顎を乗せて小さくささやく。

「いじわる…」
「にひひw そんな短くなったらいくらニブいれーなでも気付くと。」
「気付きよったらすぐ言ってよ。」
「そんなにすぐ言って欲しかったと?」
「うん。」
「欲しがりさんやねさゆは…w」

さゆみのお腹の辺りに組まれた手に少し力が入り、より密着するれいな。

「こんくらいやとボブって言うんかな。」
「そうかも。」
「そっか。でもマジでさっきさゆの姿見た瞬間、可愛すぎて心臓爆発しそうになったと。」
「…ヨカッタ。」
「れーなが気に入らんと思った?w」
「ううん。」

顔を横に振ってれいなの腕を解いて向かい合う。そして見つめ合いさゆみの方からキスをする。
『ただいまのキス』が、まだだったからね。

「絶対れーなが気に入るようにって、切ってもらったの。」
「…うれしか。」

これ以上ないぐらい優しい表情でさゆみの黒髪を撫でるれいな。
れいなの細くしなやかな指が髪を梳くたびに凄く気持ちいい。

「なんか切る前より可愛さが増しとう気がする。」
「そう?」
「うん、だいぶ幼く感じると。」
「ふふっw」

この歳になったさゆみには『幼い』っていう人や捉え方によってはビミョーな言葉も褒め言葉になる。

「ここまで切ったのいつぶり?記憶ないんやけど。」
「多分中学生ぶりかな。れーなと初めて会った頃もこれぐらいだったよ。」
「そうやっけ。」
「れーながさゆみのコトを全然見てくれんかった頃のね。」

あぁ、なんでこういちいち意地悪な言葉が出てくるんだろう。本当こういうとこ可愛くない。
でも優しいれいなはバツの悪そうな顔をしながらも「ごめん。」って。
いつもれいなの優しさにさゆみは甘えっぱなしだ。

「こっちこそ口が滑ったの。」
「にひっw じゃあその昔の分もこれから愛していくってことで。」
「なにそのクサいのw」
「そのまんま、言葉の通りやけん。」

ひょいとさゆみの身体をお姫様抱っこで抱えるれいな。あっスイッチ入れちゃった。
それを証拠に抱えられたさゆみのお尻の辺りにナニか固いモノが当たっている。

「まだお昼だよ?」
「思い立ったら即行動やろ?」
「……似たもの夫婦ね、さゆみ達。」
「これからもずーっと一緒におるんやし似てる方が都合がよか。」

また見つめ合って、また唇を触れさせて、ベッドルームへ歩き出すれいな。
あとでLINEで飯窪に優樹を夕方までお願いしておかなきゃな…と甘いキスに夢中になりながら頭の片隅でそう思った。


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夕暮れ。あんなにいいお天気だったのに冬は日が傾くのが早い。
楽しい時間はあっという間。気持ちいい時間はもっとあっという間。
汗ばんだ顔や体、それにドロドロになった部分をれいなに拭いてもらって、サイドテーブルからスポドリを手に取り口に含む。

「なくなっちゃった…」
「取ってくる?」
「うん大丈夫。」

動けないさゆみの髪を優しく撫でたれいなは風邪をひかないようにと布団をかけて腕枕をしてくれる。
さっきまで何も着けずにベッドの上で激しく動いていたのに、今は布団を肩までかけて静かに並んで天井を見上げている。
そのギャップが我ながら面白い。

「実は言ってなかったんやけど、」
「…うん?」
「さゆが帰ってくる前にもうさゆが髪切って帰ってくるって知っとったんよ。」
「えっどうして?」
「さゆが行った美容室っていつものとこやろ?あそこの新入りの店員が飯窪の友達なんやって。」
「あぁそれで。」
「うん。急に飯窪から電話来て『田中さん一大事ですっ!』って連絡がw」
「大袈裟なところが飯窪らしいかもw」
「そしたら次は小田からも電話来てさ、宅急便の受け取りかと思ったら『田中さん事件が起きました!』ってコンビニから電話してきてw」
「小田まで…w でもたしかにコンビニの前で立ち止まっちょったけど、その後すぐ帰ったのに会わなかったなぁ。」
「さゆがエレベーター待ちしてる時に階段をダッシュで上がったって。」
「さすが宅配業者ね…じゃあ石田クンは?」
「石田は本人曰くたまたま小田と一緒におってこの騒ぎに巻き込まれたんやって。優樹とハル坊を肩に抱えて飯窪んとこ行った。」
「これまたさすが宅配業者なの…でもたまたまは嘘でしょ?」
「れーなもそう思うとw」
「ふふふっw あ、でもまさかれーながみんなにやらせたわけじゃないでしょうね?」
「いやいやいやwアイツらが強引にやったんよ。そこまで気使わんでいいって一度は断ったと。」
「つまり二度は断らなかったのね?」
「まぁそういうことになると…w でもおかげで髪切ってもっと可愛くなったさゆとエッチできたけん、感謝しとかんと。」
「さゆみは次顔合わせにくいけどね…飯窪とか小田に絶対ニヤニヤされるし。」
「それは覚悟しーよw にひひっw」
「やだもぉw」

けだるい身体を寄せ合って愛する人と同じことを想って感じて笑い合う。
まさか髪を切っただけでこんな休日になるとは思ってなかったけど、これはこれで幸せすぎる休日だなって。

ピンポーン

「あっ、アイツらやない?れーなが出る?」
「いやさゆみも行く。優樹を預かって貰ったお礼言わなきゃいけないし。」
「ニヤニヤされるとよ?w」
「もう覚悟はできてるの。(キリッ」
「さっすがさゆぅw」





田中家の日常 妻が髪を切った日編 おわり
 

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