翌日は二人揃っての休み、という言い方をするときっとこの二人は、たまたまだ偶然だと声を揃えて言うんだろう、そんな夜。
610号室のリビング、そのテーブルには簡単な手料理と新垣マートで買ってきたちょっとしたスナック菓子、グラスが二つ、そして普段はあまり飲むことのないお酒。
といってもアルコールのパーセントは一桁の前半というような甘く可愛らしいお酒、その缶が幾つか空いていた。

元々ふたりでの食事の日ではあった。
来月のホワイトデーに向けて緊縮財政下の彼であったが、同じマンションの住人であり友人の晴れの舞台とそこで掴んだ栄光がために、お酒を持って現れた。
その袋が新垣マートのものでなく、マンションからは少しばかり距離があるものの安さは一番と評判のリカーショップのそれであったのはいかにも彼らしい。

リモコンを手にテレビのチャンネルを変えると、今日もうすでに何度目だろうかのシーン。
それでもまた、役目を果たしたリモコンをテーブルに置く。
何度でも見たいシーンに何度でも祝杯をと、彼は缶をまた一つ開け、ほんのりと赤い液体をグラスへと落としていった。
ふわりと立った瓜系の独特の香りはどうやらスイカの果汁らしい。

そのグラスの向こう、目の前の、この部屋のあるじはその頬をわずかに、自身のその名のように淡い色に染め、グラスに残り半分ほどとなったさくらんぼチューハイに口をつけた。

幸福な満腹感と程よい甘ったるさ、久しぶりのアルコール……そして何より今日もたらされたあまりにも素敵なニュース、そのどれもが、二人をいつもより饒舌にしていた。
それはすなわち、普段なら言葉を発する前に考えて通す“フィルター”のその目がどんどんと粗く大きくなっていたり…ということで。

「それにしてもオリンピックで金メダル獲ってプロポーズだなんて、あまりにもカッコいいですね」
「オリンピックの金メダリストだもんな〜!ほんとスゴいよなぁ〜!学校の球技大会とはわけが違うんだぞ?」
「当たり前じゃないですか…それにだいたいアンタ昔から球技は苦手だし」
「なんかもうドラマとかマンガの世界みたいだよな」
「チェルシーだって、アンタレベルでも知ってたほどの有名なピアニストですしね」
「っていうかこのマンション、スゴい人が多すぎるんだよな…」
「それにくらべてアンタは…」
「あ? なんだよ小田ァ?」
「いえ、アンタなんか本当になんでもない普通の人…っていうか貧乏ですし」
「普通でいいじゃんかよ! それに貧乏じゃなくて節約してるだけだからな!」
「それにチビだし」
「だからこの前測っても身長はほとんど変わらなかっただろ!チビチビうるさいわ!本当に可愛くない奴だな!」
「はいはい、ありがとうございます」
「お前、少しはさゆみさんとか聖さんとか香音さんとか見習ったらどうだよ」
「別にアンタの好みの女になるつもりはありませんから。アンタこそ田中さんとか生田さんとか鞘師さんとか尾形クンとかかえでぃーとかちぃちゃんみたいに立派で素敵な男になってみたらどうですか?」
「はぁ? ボクがちぃくんよりも負けてるって言うのか?」
「大負けじゃないですか! ハルくんと優樹ちゃんがからかわれてもちゃんと守ってくれたらしいですし、なにより可愛い彼女もいるみたいですし。どう考えてもアンタの負けです」
「……なんなんだよ…そんなにボクのことが嫌いなのかよ…?」
「…別に、アンタにはあんなステキなプロポーズもきっと出来ないんだろうなって思っただけです」
「うっさいな。……お前もアレか、その…素敵なプ、プロポーズなんかに憧れたりするのか?」
「なんですかそんないきなり!?」
「いきなりって、お前がプロポーズがどうこう言い出したんだろ?」
「それはまぁそうですけど…」
「お前はその…ど、どんなプロポーズ……されたいんだよ…?」
「そんなの……アンタが自分で考えればいいでしょ」
「はぁ? な、なんでボクがお前の理想のプロポーズ考えるんだよ? いや意味わかんねーし」
「そりゃあそうですけど……っていうかなんなんですか? そんな事訊いてどうするんですか?!」
「べ、別にどうもするわけないだろ! ボクにはどうせ彼女だっていないんだから!」
「そんなことわざわざ言わなくったって百も承知です!アンタがモテたなんて話、昔から一度だって聞いたことありませんしそれにだいたいアンタみたいなチビなんk…」
「ああそーだよどーせボクは小田としか付き合ったことないよ悪いかよっ!!」
「………ぇ?!」
「………………………………ッ!?」


「……ごめん、部屋戻るわ…」
「はい…」

彼が去った後に残された飲みかけのグラス…ほんのりと赤い液体に映る彼女の顔は当然、赤かった。





祝杯と失言と(終)





小田の家でチョコを食べた日から二日後…

大量のチョコを持った小田が、少し遅れましたが、とマンション内でそれを配っているという噂を耳にした。

なぜかモヤモヤする気持ちを無視して、家に帰ろうと、廊下を歩いていると、先程聞いた噂のあいつとバッタリ…。確かに噂は本当だった。

1つ1つ丁寧に包装された箱を持った小田。
すれ違い様に「うげ、石田…」と、いつも通りのリアクション。

「そのチョコ…僕が貰ったやつと違うんだな。僕のだけ、みんなのと違うのか…」とふいに思った事をボソッと呟く。

…僕だけ仲間外れなのか、僕だけ市販品なのか。
それとも、もしかして…本命…なわけ、ないよな…と色々考えて恐らく複雑な顔している僕に対して、目の前の小田は、みるみるうちに顔を真っ赤にして、慌てていた。

「お前、熱でもあるのか?顔真っ赤だけど、大丈夫なのかよ?」と聞くと、「…あんたにあげたやつは、失敗作ですから!こっちは上手くいった物ってだけですよ」と1つだけ仲間外れな僕のチョコ事情を話した。


ん?待てよ。確か僕が貰ったチョコはスーパーで買ったって言ってたような。

「失敗作にしては勿体ないくらい、普通に美味かったぞ?…ていうか、お前、あのチョコ買ったって言ってなかったか?…僕の勘違いか?」

「…っ、もう、なんでもいいじゃないですか!過ぎたことをいちいち気にしないでくださいよ。過去を引きずる男はモテませんよ!」

「はぁ、なに、いきなり怒ってんだよ。お前は人に配る前に自分でチョコ食べた方がいいぞ!糖分取って少し落ち着けよ。」

「うるさいわね、バカ石田!!もう私帰りますから!さようならっ!」

「なんだよ、変なやつだな…」



危うく本命チョコだとバレそうになって、必死に誤魔化す小田ちゃんと、ますます1つだけ違うチョコに謎が深まる石田くんでした。





おわり
 

ノノ*^ー^) 検索

メンバーのみ編集できます