#28 <<< prev





「れいな・・・?」
「え、絵里・・・!?」

酔っ払ったサラリーマンとチャラチャラした若者が蔓延る、深夜3時過ぎの繁華街。
偶然と言うには些か眉を顰めるような、宝くじで10万当てるくらいの確立で不運に出会ってしまった。
今確信した。れいな絶対何か憑いてる。

「・・・な、に、・・・してるの・・・?」

疑惑、混乱、怒り等の素材をミキサーに入れ、磨り潰した後で1つにまとめたような負の感情が絵里の顔面にありありと表れている。
とりあえず何か説明すべきだ。
高卒の脳みそが瞬時に計算して出した答えがそれだった。

「あっ、と・・・あ、この・・・この人、聖。ちゃん。高橋の知り合いで、れいなのただの友達」
「聖と田中さんは友達だったんですか?嬉しい〜♪」
「・・・・・・」

ますます眉間に皺が寄っていく絵里。
聖頼む。ちょっとだけでいいから黙っててくれないか。

「フ〜ン・・・道のド真ん中で胸に顔埋めながら抱き合ってたけど友達だよ・・・って?ヘエ、ソッカ〜」
「・・・・・・絵里?ちょい待ち。絶対何か勘違いしとぅやろ」
「してないよ。れいなのこと信じてるもん。れいなは正直者だもん。何がどうしてあんな風になってたの?
 って聞いたら正直に答えてくれる潔さと誠実さを兼ね備えた、真面目で律儀で素直で偉大な人格者だもんれいなは」
「・・・・・・」

かくかくしかじかでおっぱいパブで知り合った風俗嬢なんだ。
なんて言った日にゃ翌日太平洋にプカプカ浮かんでしまう。

「・・・・・・・・・・・・・・・、えっ・・・と、」
「・・・もぅいいよ」
「へ」
「今日帰って来なくていいから。おっぱいちゃんとお幸せに」
「え」

絵里の後姿が小さくなっていく。

「ちょ・・・待っ、絵里!!」

追いかけようにも足がもつれて前に進んでくれない。
待て違うんだ。ああ勘弁してくれただでさえ渡米の話をどう切り出すか悩んでるってのにこの仕打ちはナシだろうアポローン。
動いてくれない足の代わりに、縋るように手を前に出した。

「え、絵里〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

願い虚しく。
止まることなく、振り返ることもなく、絵里は行ってしまった。
・・・情けねえ。

「・・・へ?」

と、思いきやUターンして帰って来た。
・・・怒りに打ち震えるサターンと化しながら。

「なんで・・・」
「え」
「なんで追いかけて来ないんだよーーーーーっ!!!!!!!」
「ちょ!、」

迫り来る拳に反応することもできないまま衝撃と共にれいなは意識を失った。


*****


「い、いててて・・・」
「大丈夫ですか田中さん?それにしてもすごいですね今の人。成人男性をコンクリの壁にめり込ませるなんて最早人間じゃないですよ。
 生きてる田中さんもすごいですけど」
「もう慣れたと・・・」

珍騒動に鼻を嗅ぎ付けやって来た野次馬共に睨みをくれると蜘蛛の子を散らすように離れていった。
聖がハンカチで体中についた汚れを丁寧に拭き取ってくれる。
こういうところは全く風俗嬢らしくない。
普通の格好・・・例えばワンピースとか着ていたら、お金持ちのお嬢様と言われても全く違和感がない。
れいなの口元についていた泥を優しく拭いながら聖がおずおずと口を開く。

「あの人はもしかして田中さんの・・・」
「彼女よ」

やっぱり。と言いながら息を吐く聖。

「彼女がいなきゃあの反応はおかしいですもんね・・・だと思いましたよ」

あの反応?
って初めて聖と会った時のことだろうか。いやあれはれいなも結構極限状態だったが。

「ちょっと気になってたんです。田中さんのこと」
「えっ、そうなの」
「はい。でもそれは・・・田中さんがあまりにも似てたから。ただ重ねてただけで・・・聖の勘違いだったみたいです」
「?」

似てたって、聖の彼氏のことだろうか。失踪したっていう・・・。
こんな美人な彼女を置いてどこをほっつき歩いているんだその野朗は。
昔のれいなとそっくりすぎて他人のような感じがしないからこそ腹が立つ。一度でいいからツラを拝んでみたい。

「・・・なぁ、聖。いなくなった彼氏のこと、今でも待ってるん?」

他人のような感じがしないからこそ、聞きたくなった。
待っている側の本音ってやつを。
聖はどこか遠くを見るような目を虚空へ向け、しかしハッキリとした口調で、

「はい」
「・・・何年も放っとかれてるのに?」
「はい」
「・・・連絡もなにも寄越さないのに?」
「はい」
「・・・もしかしたら、」
「大丈夫です」
「・・・」
「えりぽんのこと信じてます」
「・・・」
「だから大丈夫です」

根拠もなにもないのに自信を持ってそんなことを言う。
顔も知らないが、聖の彼氏は幸せ者だと思った。
れいな達はどうだろう。聖たちと全てが似ているようで肝心なところが違っていた。

「信じる、か・・・」
「・・・。彼女さんに謝ったほうがいいですよ」
「うん」
「酔いは醒めました?」
「殴られたおかげでだいぶ」
「じゃあ追いかけなきゃ」

あんなに怒ってても絵里はなんだかんだでれいなの部屋に帰っているはずだ。
聖にありがとうと伝えてから早とちりな彼女の足跡を追いかけた。


*****


ノブを回すと施錠の感触。
案の定絵里はれいなの部屋に帰っていた。
れいなは出かけるときはいつも鍵を閉めずに家を出る。閉まってるということは絵里が内側から鍵をかけたってことだろう。
もちろんれいなは鍵なんざ持っていないので完全に締め出されたということだ。これは相当怒ってると見たね。

「絵里ー・・・れいなやけど、謝るけん開けてほしいとー」

・・・返事はない。
だが扉の向こうに確かに気配を感じる。れいなの言い分を吟味するつもりだろう。

「あの女性はただの友達っちゃん本当に。キワドイ格好してたけん絵里が誤解しとぅだけっちゃよ。それに彼氏もおるんよあの子」
「・・・」
「胸にダイブしてたのは・・・ただれいながこけただけやし・・・」
「・・・」
「絵里〜・・・」

今は朝の4時。さすがにれいなの眠気もピークを迎えている。
早く絵里の胸に包まれながらフカフカのベッドで眠りにつきたいのだが・・・

「田中さんじゃないですかぁ。何やってんですかぁこんな時間に」

魔法少女のお助けマスコットキャラのような声色のホストが靴をカッポカッポ鳴らしながらご帰還なすった。

「よぅ小春。絵里が開けてくれんっちゃけん・・・おまえ鍵持っとぅ?」
「持ってないですよ〜。いつも開いてるじゃないですかぁ」
「だよね。じゃあ今夜はここで野宿」
「え〜!?勘弁してくださいよぉ!小春めちゃ疲れてんのに」
「じゃあこのドアなんとかして・・・」

眠いのでドアを背に一眠りすることにする。
初夏の季節でよかった。外で寝てもまず凍え死ぬことはない。
目を瞑って寝る体勢に入ったれいなを余所に小春は一人でドア相手に奮闘していた。

「か・め・いさぁあぁああああああああああん!!開・け・て・くださいよぉぉおおおおおおおお!!!」

ドンドンドン!ドンドンドン!

「うるさか!!」
「ええ〜!?田中さんがなんとかしてって言ったのに!」
「もういい。吉澤さんとこお邪魔しよう。背に腹は変えられんけん」

れいなの部屋から2つ隣にある吉澤さん宅のインターホンを押す。
するとすぐにガキさんから応答の返事が返って来た。こんな時間に起きてるなんていったい何してたんだろ。

「はぁ〜い?あら、田中っちに小春じゃない。こんな時間になんか用?」

2人で腰を低くしながら、

「亀井さんと田中さんが痴話喧嘩したらしくて巻き込まれたんですよ〜。そのせいで部屋に入れないんで今夜泊めてくださ〜い」
「テメ・・・、・・・。えっと、そういうわけなんで、ごめんガキさん、お願いします!この通り!」
「はぁ。別にいいけど、立てこもりなんて厄介ねえ」

ガキさんが菩薩の笑みでれいな達を迎えてくれる。
この部屋の主の意見無視だがここではガキさんが一番の権力者なのだろうかもしかして。
ふとキッチンを覗くとその吉澤さんがうつ伏せで爆睡していた。
なんちゅーところで寝てるのよ。

「田中っちはソファーの上でもいいかな?ベッド余ってないのよ〜」
「あ、れいなは・・・もうちょい絵里説得してみるけん。気遣わんでもいいっちゃよ」
「へ?」
「じゃ!」
「あ、田中っち、」


*****


厚さ数センチの壁がこんなにも遠いとは。

「絵里〜・・・開けり〜・・・あれは誤解っちゃんね〜・・・」
「・・・」
「どうしたら機嫌直してくれるとよ?」

絵里をほっぽって風俗になんて行ったれいなが100%悪いのは明らかなのだがそれには深い理由がちゃんとあるわけで。
一目でいいからとにかく顔を見せてほしかった。

「れいなには・・・絵里だけやのに・・・」
「田〜中っち!」
「うおっ。・・・ガキさん」
「いくら夏でも外だと風邪ひくよ?はいこれ、毛布」
「え・・・」
「中入ってって言っても聞かないでしょどうせ?一度決めたら絶対に譲らないんだから。私も付き合ってあげるわよ」
「・・・ガキさん・・・」

ガキさんが持ってきた毛布に2人で包まる。
絵里に見られたらまた誤解されそうなシチュエーションだが、ガキさんの親切を無下にはできない。

「ガキさん、中で寝たいっちゃろ?無理せんでよかよ。れいなと絵里の問題にガキさんを巻き込むことなんてできんし・・・」
「私が好きでやってるんだからいいのよ。それに田中っちの隣で寝れるなんて超ラッキーだし。野宿も悪かないわ」
「・・・高橋のことはいいと?」
「? 愛ちゃん?愛ちゃんがどうかした?」
「告白されたんやろ?」

途端に押し黙るガキさん。
それこそガキさんと高橋の問題なのになにを野次馬根性丸出しでつっこんでるんだか・・・。
いつもれいなへ向けてくる攻め気な態度とは違い、しおらしくしているガキさんは少女みたいで可愛らしい。
両の人差し指をつんつく当てながら困ったような顔で、

「だって・・・私は田中っちのことが好きなんだもん。しょうがないじゃない・・・」
「ぅ」
「愛ちゃんのことは嫌いじゃないけど、そういう対象では見れないのよ」
「そ、そか」

なんだこいつ可愛いなチキショー。

「田中っちは亀井さんとできちゃって、まぁ私はフられたも同然なんだけどさ・・・まだ田中っちと一緒にポリネシアへ帰る野望は捨てちゃいないわよ」
「・・・あぁ」

そういえばそんなこと言ってたなぁ・・・。
まだ諦めてなかったのかガキさん。健気だなぁ・・・。
でもなぁ・・・

「ガキさん・・・それは無理よ」
「まだわかんないじゃない?私は正妻じゃなく愛人のポジションを虎視眈々と狙ってるのよ。これならまだ可能性あるでしょ?」
「いやそうじゃなくて・・・」

ていうかそうだったのかよ。悪いがれいなには女を複数抱えられるほどの器量と甲斐性は持ち合わせていない。
石油王じゃあるまいし。

「ガキさん・・・、れいなアメリカ行くっちゃん」
「え?旅行?」
「違う違う。ん〜・・・駐在?3年〜5年くらい・・・」
「え・・・?」

ガキさんの純な瞳とれいなの視線が合わさり、沈黙が流れる。
夜明け前の神秘的な空とガキさんの呆けた顔が相俟って、2人だけが時と音の止まった異次元の中にいるようだ。
どれくらい見つめ合っていたんだろう、ガキさんが糸の切れた人形のようにカクリと首を倒し、突然起き上がったかと思うと、

「そっかぁ〜・・・ついに私もアメリカデビューか・・・」
「・・・へ?」
「ポリネシアとは全然違うわよね治安が。アメリカっていうとやっぱり銃持ってないと生きられないのかしら?
 ラリっちゃってるゴロツキがそこら中にいそうだし・・・、あ!防弾チョッキも必要よね。あとは〜・・・醤油って向こうにもあるのかしら?」
「・・・ガキさん?」
「アメリカは日本とは違って食べ物がビッグサイズらしいじゃない?私全部食べきれるかしら・・・。三食ピーナッツバターも勘弁よね〜」

うんうん頷きながら一人で納得するガキさん。

「・・・もしかして、ついて来る気?」
「ええ。そのつもりだけど?」

悪い?みたいな。
いやいや。

「悪いに決まっとぅっちゃろが〜〜〜っ!絶対いかん!」
「なんでよ?私の勝手じゃない。そんなの田中っちが決める権利ないでしょ?
 私がお金払って勝手に行くんだから。田中っちに迷惑かけないんだからいいじゃない」
「う、・・・むぐぐぐぐ・・・け、けど、駄目ったら駄目!」
「つーん。無視!」

小学生かおのれは!

「あのなぁガキさん。そんなコンビニ行くんじゃないけん軽く言われても、」
「ZZZZZZZZZZ・・・」
「・・・」

言いたいこと言って勝手に爆睡こいていた。

「・・・はぁ」

なんか疲れた・・・。
絵里のことやらガキさんのことやら、問題はさらに増えて山積みどころじゃないが、とりあえず今は寝よう。
コンクリの床でも寝れれば気にならん。

「・・・おやすみ・・・」


 **********


「・・・田中っち・・・もぅ寝た?」
「zzz・・・」
「ぷぷ・・・。鼻ちょうちん出てる・・・」

真っ白い頬をフニフニとつつくとこめかみがピクピクと動いた。
スー、スーと規則正しい寝息が微かに聞こえる。こんな場所でも彼は十分休めるみたいだ。
結構逞しいところ、ある。

「キスしていい・・・?」
「zzz・・・」
「フられちゃったけど・・・」
「zzz・・・」
「ごめんね・・・後でたくさん謝るから・・・だって我慢できないんだもん」

無防備に晒されているピンク色の薄い唇を指でなぞってから、ゆっくりと距離を縮めていく。
数ミリ単位で空いていた隙間が徐々に縮まって・・・0になった。
久しぶりの感触に骨まで溶けそうなほど酔いしれる。
何度も何度も啄ばむと口内に田中っちの味が広がっていった。
その味を忘れないよう、ワインのように何度も転がしてから咀嚼する。

「田中っちぃ・・・ん〜・・・」
「何してんですか?」

地獄の閻魔大王が発するような声と−100度くらいの凍えそうな空気があたりを包んだ。
振り返り、声の主を確認する。
いつの間にか田中っちの部屋のドアが開いていて、そこに亀井絵里が仁王立ちしていた。
あのまま振り向かなきゃ背中をそのままゾブリ、と刺されそうなほどの殺気を放ちながら。

「人の家の前で、堂々と、浮気ですか・・・?」

亀井絵里の怒を司るオーラがムクムクと膨らんでいく。
こんな状況になっても田中っちは全く起きる素振りを見せない。
これはまずいことになったのだ。

「田中っち、起きて起きて。あなたの彼女がゴンさんみたいなことになってるから」
「zzz・・・うぅ〜ん・・・絵里ぃ〜・・・」
「あ、」

寝ぼけた田中っちに顔を引き寄せられ、そのまま唇を奪われた。
すかさず入ってくる舌に口内を蹂躙され、まともな思考ができなくなる。
気持ちよくて、嬉しくて、田中っちのされるがままに身を任せてしまう。
・・・その時、血管が切れる音が確かに聞こえた。

「れいなの・・・バカァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「むにゃ・・・へ?」

ドカーーーーン!

地面が揺れるような爆音と共に田中っちは星になった。


 **********


ピンポーン。ピンポーン。

切羽詰ったようなインターホンの音に目を覚ます。
時計を確認すると・・・5時。こんな時間に誰だよ・・・。
デジャヴかな、こんなこと前もあったよね。

「・・・はい、誰ですか?」
「ごめんねさゆ、こんな時間に。絵里だけど入れてくれる?」
「絵里?」

なんだろう?
とりあえずドアを開けて友人を招き入れる。
絵里相手なら寝巻きの格好でも別段、恥ずかしがることなんてないし。

「・・・なにその大荷物。どうしたの」
「れいなと別居する」
「喧嘩でもしたの?・・・ていうか別居するのはいいけどなんでさゆみのところに来るんだよ自分の家帰れよ」
「ここに住む」
「はぁぁ〜〜?」

他人の迷惑おかまいなしかい。

「ちょっと待ってよそんな勝手に住むとか言われてもさぁ・・・とりあえずれいな呼んで、」
「だめ!!」

いつものぽけっとした雰囲気はどこかに引越したのか、今の絵里は締め切りを急かされる漫画家のように余裕がない。
さすがにただ事じゃないんだろうなと察しがつき、落ち着かせようと同じ目線に立つ。
宥めるように頭を撫でると切れ長の目から透明の雫がスーっと痕を残しながら流れていった。

「ぅうう・・・れいなの浮気者・・・バカ・・・バカァァァ・・・」
「・・・よしよし」

あのバカはまた新たに厄介な問題を抱え込んだようで。
このままで後腐れなくアメリカに行くことなんてできるのかな。

「別れる・・・別れてやるぅ・・・」
「・・・はぁ」

ほんと世話のかかるバカップルだね・・・。
子供のようにわんわん泣く友人の背中を撫でながら、何度目かわからない溜息を吐いた。





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