作者 睡蓮 
長らくお待たせいたしました。
本編
「心配するにゃハンジロー！長い付き合いなのだ！苦しむ間もなく秒で死なせちゃるのだ！！」
イゾーは吠え、触手に刺した地雷ごと大地を蹴り上げ跳躍すると、星空の輝きに身を潜め、ハンジローに向けて地雷触手を振り下ろした。
夜空に紛れたつもりだが、地雷を抱えた大振りな一撃はいかに強烈だろうとかわすのはハンジローにすれば簡単だった。
「ぬぐぅ……！」
しかし、起爆と同時に噴き上がる炎の熱風。火中から飛び出す地雷と触手装甲の破片がハンジローを襲う。破片はとても細かく、しかも必ずしもハンジローにのみ飛来するわけではないので捌き切るのは困難だった。
勘付いた金属片をざっと100個ほど叩っ斬るが、幾つかが脚や枝豆耳を切り裂く。
「チッ……」
斬り逃した米粒大の破片がヘルメットに突き刺さる。忌々しそうにハンジローはそれを引き抜いた。
自衛ずんの明確な長所と短所は、脳が大きいという点である。普通の妖精兵の脳がスイカの中にイチゴが入っているようなものとすれば、ハンジロー達の場合、スイカの中にメロンが入っているようなもの。
故に、そこらの妖精兵ならうまく脳天に当たらない限り死なない攻撃でも、自衛ずんでは致命傷になりかねない。
ハンジローだけがヘルメットを被っているのは、そのためである。
(参考画像 引用元ボイルド・チキン様)
言うまでもなく、自衛ずんの方が自称森の賢者より遥かに高い知能を有しているが。
(真正面からやり合うのはイゾーの思うツボなのだ。ここは……)
ハンジローはガードレールを飛び越えると、急斜面を駆け降りて山林の中に身を隠した。
葉を落とした大樹の細長い枝にはたっぷり雪が付着し、それが地面を覆い隠している。その中から上空で見張るずんだ府兵がハンジローを見つけるのは至難の業だ。
「くちょ！ハンジローのヤツにげやがっちゃ！みんな！てだしむよーとはいわれたけど、にがすならはなしはべつなのだ！やまにはいってさがちゅのだ！」
「のだ！みつかったらこーげきしないで、イゾーしゃんにおしえてあげればいーのだ！」
ずんだ府兵が山林へ降下し、ハンジローを捜索する。だが、痕跡一つ見つからない。ずんだ府兵達が取り逃したかと思い始めた時。
「のだオラァァァァァァァァァッ！！」
痺れを切らしたイゾーが頂上から木に地雷を叩きつけて薙ぎ倒し、さらに飛び回りながら纏う爆炎で周辺の木々を根こそぎ焼き切り始めた。
切断された木々は山肌を覆う雪を巻き込みながら下へ滑り落ち、瞬く間に大規模な雪崩と化して、そこにいたずんだ府兵を飲み込んだ。
「いやあああぁパパずぅぅぅん！！」
「ママずっ！？いまたすけべばっ！？うもれりゅーーっ！！」
雪崩に巻き込まれたつがいを助けようと、果敢に雪に飛び込むも同じように流されて雪に埋もれる妖精。
「ひぃぃぃぃぃ！！おとーちゃきょ、きょわいのだぁぁ！！」
「おちびちゃんしっかりするんちゃ！！このきにしっかりつか、ま゛ぁ゛……？」
「おと、ちゃ？う、うわああああ！！あ、わわ、きが、たおれていくぅぅぅぅ！！！だ、だれかたたたすけちぇ……」
木にしがみつくも上の太枝に生えた氷柱が折れて首に刺さる妖精。頼みの綱も木が雪崩に耐え切れずに次第に傾き始め、残された子ずんは周囲に助けを求めたが、救いの手よりも先に吹雪にさらわれ、何が何やら分からないといった呆けた顔で雪の中に消えていった。
雪崩はおぞましい速さで範囲と勢いを増していく。イゾーが起こした時は周囲の木々を押し倒す程度の小規模の雪崩が、麓の住宅地に到達する頃には山容そのものを抉り取る天災となり、全ての建物は箒に掃かれた落ち葉のように吹っ飛んでいった。
平地を滑るにつれて威力は次第に収まった。磨り潰されたり、圧死した妖精の血で雪に深緑の血だまりがぽつぽつと至る所で春を告げる新芽のように浮き上がり、助けを求める妖精達のうめき声がそこかしかで聞こえたが、すぐに静謐が訪れた。
「おかーちゃ！？ど、どこにいったのだ！？」
「おちびぃぃぃぃ！！いまだしてあげるからおへんじしてほしいのだあああ！！」
「フン……たかだか家族が数匹くたばったくらいでみっともねーヤツらちゃ」
吹きすさぶ雪煙でイゾーの視界は純白に包まれた。イゾーは目を細め、蛇がとぐろを巻くように触手で己の肉体を取り囲み、耳を澄ませて四方八方を警戒した。
真後ろで霜柱が踏み砕かれる音がする。イゾーは反射的に振り向くも、触手だけは正面で身構えたまま飛来した槍を弾き、眼前で襲い掛かるハンジローの握る、もう一方の槍を頭を微かに傾けてかわした。
「ぶぐォ………！！」
さらに、間髪入れずにハンジローの脇腹に蹴りを入れて吹っ飛ばす。ハンジローは呻きながらもアスファルトに槍を突き立て、地べたを引き裂き踏み留まった。
「やはりぼくが雪崩さんを起こすと読んで地中深くに潜っていたのだ。そして掘り進んでぼくの背後に回り、槍を投げたらさっと背後に回って攻めかかる。オメーらしいセコいやり方なのだ」
「イゾーオメー……同志すら平気で巻き添えにするとは正気なのだ？もはやここでぼくを殺しても、オメーについていくヤツなどいやしないのだ」
ハンジローは血の混じった唾を吐き、触手の1本を掴んで槍に変えて引き抜き、双槍(そうそう)の出立ちでイゾーの間合いに飛び込もうとした。地雷の補充はまだ済んでおらず、イゾーは装甲触手で迎え撃つ。
まともに受ければ爆発反応装甲が起爆するが、ハンジローは槍の穂先で触手を捌いて受け流し、脳天に向かって突進する触手までも屈んで避けると、容易くイゾーの胸倉に押し入った。
「死ねのだ」
そして槍の先端近くを握り、構え、イゾーの心臓へと突き立てた。
「ぬぐッ！？」
だが、槍がイゾーに届くことはなく、むしろ傷を負ったのはハンジローの方だった。
突いた直後にイゾーの腹が火を噴き、槍は砕かれ、顔面は炎を浴びて焼け焦げた頬の皮が削げ落ち、剥き出しの歯茎から血が漏れ出した。
しかし、大した傷ではない。20分もすれば治る。現にグレネードを頬張って吹き飛んだ歯はすでにほとんど生え揃っている。
「地雷触手はぼくでも危険な技なのだ。だから触手を一本、鎖帷子さんみたいに体に巻き付けておいたのだ。気づかなかったのだ？」
イゾーがほくそ笑む。確かにイゾーはさっきから触手を3本しか使っていなかった。大方それ以上は重すぎて動けないからだと思っていたが、もっと疑うべきだとハンジローは悔やんだ。
それを嘲笑うように体に巻くイゾーの触手が解かれ、保護色の白色から元の黄緑色に戻って他の3本同様にうねった。
「ブハハハせっかくのハンサムなお顔さんが台無しなのだハンジロー！これ以上ブサイクになる前に死んだ方がオメーのためちゃ！」
イゾーは触手に地雷を補充するのではなく、通常兵装でハンジローに襲いかかる。ハンジローは槍を補充しようと背中の触手に腕を回すが、そこで気づいた。
触手が残り2本しかない。手に持っている槍を合わせて残り3本。
触手の速度はハンジローが勝っているが、触手2本に対してイゾーの4本では捌くのみで精一杯だ。それが1本になれば、30秒と持たずに切り刻まれるだろう。
「くちょ！！」
ハンジローは槍を補充せず、イゾーと競り合った。イゾーの重く苛烈な触手の連撃。まともに受ければさっきのように爆発して体力を削られる。だから極力受け流すこともせずにかわしていく。
「確かにぼくは戦争前から帯広大本営の警備で、オメーと違って前線に出たことも枝豆さんで数えられるくらいしかねーのだ！経験なら、オメーの方が遥かにぼくより積んでるっちゃ！！それは認めりゅのだ！」
イゾーはハンジローが振り払う槍を後ろに下がって回避すると、距離を取って触手からグレネードを射出した。ハンジローは身体をひねって回避すると、爆炎で倒れた電柱に飛び乗って背後へ退く。
「だが、温室さん育ちでおちびの頃からぬくぬく育ってきたオメーには分からんのだ！！ぼくにはおかあちゃときょーだいを殺され、くしょにんげんへの恨みで常に満たされぬ乾きがあっちゃ！！この憎しみの力こそ、エリートのオメーがぼくに勝てない証なのだァ！！」
「うるちぇのだ！！それならクラブハウスのくしょにんげんだけ恨めばいいものを、オメーがやってるのは無関係の人間さんまで巻き込んだ、ただの虐殺なのだ！くたばれなのだクズ！」
ハンジローも怒鳴り返すと、駐車場に停まった戦車の砲塔に乗り、触手を使い、強引に砲塔を回してイゾーに照準を合わせると、ハッチを開いてそこから操縦席に触手を差し込み、発射ボタンを押した。
「うおっ熱い……！」
砲塔の先の発射口から脳を震わせる轟音と共に紅蓮の砲火が溢れ出し、砲弾は咆哮してイゾーへと撃ち込まれた。
「全く効かんのだ」
だが、イゾーが触手を前面で縦に並べて壁を作ると、そこに着弾した砲弾は爆発反応装甲によって威力を相殺され、巨大な線香花火のように弾けて消えた。
「茜しゃちょーは、ぼくを1匹の機甲師団というコンセプトで作ったのだ。戦車砲なんか1番ぼくに効かない武器なのだ」
そう言うと、イゾーの全ての触手の先端が捲れて花びらのように開き、中央から人の腿ほどはある野太い銃口が生えて現れた。
「コイツはとっておきなのだ！！」
悪寒にも似た殺気を感じ、ハンジローが飛び跳ねた同時にイゾーの触手が金切声を上げ、純白の光線を吐き出した。
それはハンジローがいた戦車に容易に大穴を穿ち、スクラップに変えると水平に薙ぎ払ってハンジローを追尾した。
(対空重機関砲なのだ。まだあんなものを隠してたのだ？)
それは、妖精軍が拿捕したイージス艦から奪ったものだった。人が運搬して撃つような代物ではない。故に威力は対物ライフルすら軽く超える。たった今戦車の装甲を一撃で貫いたように。
しかも、半自動の機関砲を連射式に改造しており、銃声は途切れることなく響き渡り、弾は光の束となって撒き散らされていく。触手側部から飛び出す大量の空薬莢が、イゾーの足元に音を立てて降り積もっていく。
「ブハハハハハ速度が鈍っちぇるのだハンジロー！！人工飛行器官が消耗してるのだ！？いつまで持つか楽しみちゃ！！」
4つの銃口がハンジローを各々異なる斜線で追いかける。ハンジローは宙を舞い、三次元に飛行して弾雨の中を掻い潜る。
「どこまでも武器頼りのヤローなのだ……ぐっ！！」
避けること自体はそこまで難しくないが、身体のそばを弾が通過しただけで、弾に纏う熱波が身体に焼き付く。もし当たれば。
「ちょ、くしょハンジロー！なにこっちにきぢぃ」
「や、やめてくだちゃいイゾーしゃん！！わたちたちまべっ」
「うわぁぁぁきょわぃぃぎゃ」
こうなる。
ハンジローは上空に残存するずんだ府兵の軍勢に自ら突っ込んだが、イゾーはお構いなく弾を浴びせかけた。被弾したずんだ府兵は後方数百匹まで血煙となって消え失せ、それを間近で見た者はみな凍りついて微動だにできなかった。
「おい、今のうちに地雷さんを補給するのだ。オメーら落とせなのだ」
ハンジローを見失い、それでも尚運に任せて手当たり次第砲撃する中で、イゾーは手下に指示を下した。
「わ、わかりましたのだ」
撃ち方やめ、残った僅かな手勢が対戦車地雷をイゾーの頭上へ落とし、慣れた触手捌きでイゾーは地雷を触手で貫く。今度は1本のみに地雷を刺した。地雷を持てる妖精がもうそれだけしか残っていなかったのだ。
「おい、そこのおちび。来いのだ」
イゾーは熱くなった触手を雪で冷やし、付近を睨みつけながら目の合った子ずんを呼び寄せた。
「な、なんなのりゃ？」
「オメーはぼくの命令なら何でもできるのだ？」
「も、もちろんですのりゃ！イゾーさまのめいれーなら、なんだってするにょだ！！」
「そうか。オメーのような優秀な部下を持ってぼくは果報ずんなのだ。ご褒美さんをあげるから、ちょっと足元に来るのだ」
「はいのだ！」
ずんだ餅をもらえると思って笑顔で地面に降りた子ずんの尻を、イゾーは突如筋骨隆々の脚で蹴り飛ばした。
それは山頂ステーションの瓦礫の山から槍を構えて飛び出したハンジローへと一分の狂いもなく正確に、放たれた矢の如き速さで飛翔した。
「な、な何だと！？」
「えぺっ………？」
イゾーに隠れた位置を見抜かれていたこと、機関砲と違い発砲光が無かったこと、何よりも手下を蹴り飛ばす蛮行にハンジローも理解が及ばず、自衛ずんの異常な脚力で蹴り飛ばされた子ずんを頭部に食らった。
「ご、おぉぉぉ……！」
頭を守るヘルメットが真っ二つに割れ、乾いた音を立てて地面に落ちる。頭は無傷に見えるが、脳震盪を起こしたハンジローはうつ伏せになって倒れて嘔吐した。
イゾーがついに、ハンジローに明確な有効打を叩き込んだにも関わらず、ずんだ府兵達は喜ばなかった。イゾーが何故おちびちゃんを殺したのか理解できなかったからだ。
イゾーがずんだ府兵を見上げて言う。
「今のおちびは崇高なる死を遂げたのだ。ヤツにはあとで、マッドドッグのずんだ府幕僚長の階級を追贈しちゃるのだ」
「イゾー……き、きさま……おちひ、びを……」
「ずんだ府は妖精の天国さん。妖精こそが全て。妖精が全てを決める。妖精が一番偉い。んで、一番偉いのはぼくなのだ。妖精の命は全てのぼくの資産さんなのだ。オメーらも同じ意見なのだ？なぁ？」
「は、はいのだ……」
イゾーはそう手下を弁舌で説き伏せるが、ずんだ府兵の顔には明らかにイゾーへの疑念が浮かんでいた。コイツ、正気なのだ？と。
ハンジローが何とか両手をついて身体を起こすと、その手の間に飛んできた子ずんの尻尾が落ちていた。
「………哀れなのだ……」
妖精のモチモチとした柔らかい頭は、高速で撃ち出すと空気との摩擦で鉄球のように硬くなる。その時点で着弾する前に妖精は脳が千切れて死ぬが、その破壊力はぐるぐるパンチとは比較にならない。
片栗粉の実験で有名なダイラタンシー現象だが、1945年の沖縄戦においても、民兵が弓矢に巻いて射った妖精によって死んだ米兵の記録が残っている。
妖精の捨て身の攻撃手段だが、ダイラタンシー現象が起きるほどの速さは妖精の自力では出せないため一般兵では知る価値もない技だったが、妖精軍最高幹部の地位にいたイゾーは存じていた。
「ハンジロー、オメーさっきから隠れて不意打ちしてばっかでダレてきたのだ。ぼくもおなかさんが空いてきたし、そろそろ終わりにしたいのだ」
イゾーは地雷触手を携え、ハンジローの元へ歩み寄る。ハンジローは弱々しく立ち上がるが、足元はおぼつかず、目も焦点が合っていない。
「安心しろなのだ。さっき言ったように苦しまないよう殺してやるのだ。ぼくが嬲り殺しにするのはくしょにんげんだけ、なのだ」
「う、うおおお……」
ハンジローは槍をイゾーに振り下ろしたが、あっさりとかわされ、よろけたハンジローは瓦礫の山を転がり落ちてアスファルトに倒れた。
「無駄な抵抗はやめるんちゃ。妖精軍大将なら潔く散れなのだ」
「ぐぅぅ……」
イゾーは倒れたハンジローの元へ降り、地雷触手を振り上げた。ハンジローは散らばる空薬莢を触手で巻き上げ、イゾーに投げつける。避けるまでもない攻撃とも言えない抵抗に、イゾーは呆れ果てた。
「オメーは最期まで気高いオスずんだと思っていたのだ……」
そう呟くと、地雷触手でハンジローの胴体を殴りつけ、アスファルトも抉り取る爆轟でハンジローを函館山の彼方へ吹き飛ばした。
死体はバラバラになるとイゾーは思っていたが、見る見る内に小さくなっていく豆粒大のハンジローは、どうやらまだずんだもんの形を保っている。
だが、即死には変わりないだろうと後ろを向き、爆破で巻き上げられた空薬莢と砂礫が雨のように降り注ぐ中、全壊した山頂ステーションをこれからどうしようと眺めた時だった。
「イゾーさま！！」
上空の手下の叫び声でイゾーは振り返り、そこで視認したものに目を丸くした。
「あ、あのくちょヤロー……！！」
ハンジローが月光に照らされた山林の奥深くで、イゾーをしっかりと生気ある眼で睨んでいる。ハンジローはまだ死んでなどいなかった。それどころか、わざと地雷触手を受けて吹き飛ばされていたのだ。
「チッ」
イゾーが舌打ちして、触手を構える。
「FAIRIES特注の防弾チョッキにお前が落とした大量の空薬莢を中に詰め込めば、地雷も一撃くらいなら耐えられると思ったのだ。とはいえ、ずん生で一番痛かったのだ……！！」
そして、吹き飛ばされながらハンジローは、2本の触手を視界に入った左右の大樹へ巻きつけた。ハンジローは飛んだままなので触手は自然に引き延ばされ、大樹の幹に食い込んでいく。
だが、地中深く根を下ろした大樹によってハンジローはやがて宙で引き止められ、延長で切れ味の増した触手によって幹が断ち斬られた瞬間。かつてないほどの速度でハンジローはイゾーの元へと舞い戻った。
「さっきぼくがおちびを蹴ったのからインスピレーションさんを受けたのだ！？かかっちぇこい！！」
文字通り空を切る速さ、音速で飛行するハンジローは靄のような衝撃波に包まれ、通過した近辺の木々を軒並み薙ぎ倒していく。その中には先の雪崩に飲み込まれた妖精達もいた。
「やっとでれたのりゃおとーちゃ！」
「そうだね！ぼくもおちびちゃんもからださんがこおって、あたまさんしかないけど、おちびちゃんといっしょならしぬのだって、たのしーのだ！」
「にゃんだか、しぬほどさむかったのが、いまなんだかきもちーのだ！かいかんなのだ！ずんぽたってきたのだ！」
「おにーちゃ……それぜっちゃい、やばいヤツのりゃ……おほぉ！ぼくもなんだかムラムラしてきちゃ……かひゅ」
「おとーちょ？えっ………ああああからださんが、こんどこそ、こおっていきゅぅぅぅ！！！」
イゾーの触手先端から機関砲が再び火を吹く。だが、数十発撃って弾切れとなり、イゾーはグレネードでハンジローを迎え討とうと、触手装甲のハッチを開こうとして、思わず声を漏らした。
「し、しまっ……」
触手に機関砲の溶けた空薬莢が張り付いて、ハッチが開かない。
ハンジローが地雷触手で殴り飛ばされる寸前に空薬莢をイゾーにぶつけていたのは、空薬莢をイゾー周辺にかき集め、爆風で熱を帯びた装甲に同じ金属の空薬莢を付着させて、グレネードを封じるためだった。
「く、くちょぉぉーーッ！！！」
グレネードが使えない時点でイゾーはハンジローを撃ち落とすのを断念し、触手全てを絡み合わせて防護壁を作り、正面から受けることを即座に決めた。
(ぼくにはまだ、この爆発反応装甲があるのだ！これさえあれば、どんなに強力な一撃でハンジローがミンチさんになるだけで、ぼくはノーダメなのだ！！来やがれ！！)
そう自信たっぷりに身構えたが、ふと思った。
(いや、あの速さじゃ、装甲が起爆するより、ぼくが、ぶっ飛ばされる方が、速いの、で、は……？)
直後、触手壁はまるで薄氷のようにハンジローの頭の衝突によって砕け散り、がら空きになったイゾーの胸倉に、鋼鉄さながらの石頭がめり込んだ。
「がか……かっ……」
凄まじい衝撃を物語る波紋が腹筋に波打ち、背筋にまで伝播する。骨が粉々に潰れる音が絶えず腹から鳴り響き、それらは臓器に突き刺さり、イゾーはどす黒いものを吐血した。
イゾーは血と胃酸を撒き散らしながら流星の如き速さでかっ飛び、背後の瓦礫の中を風穴を開けて突き抜け、宵闇の中へと消散した。
ハンジローは人工飛行器官の出力を最大まで引き上げ、速度を落として着地したが、勢い余って自販機に頭から突っ込んだ。
「ふぅぅぅ……まぁ60点ってとこなのだ」
触手を自販機に突き立てて頭を引き抜くと、口に咥えた缶コーヒーを噛み砕いて中身を一口で飲み干した。
「あがっ！？」
「お、おちびちゃぁぁん！！てつパイプさんのしたじきになっちぇる！？いまたすけてあげゅ」
「いもーちょぉぉぉーーッ！！！」
落ちてきた廃材の下敷きになったずんだ府兵が悲鳴を上げる。ずんだ府の残存兵はこの状況にどう対処すればいいのか迷って動けずにいた。
「オメーら、降伏するなら殺しはしないのだ。何もせず、大人しくここでじっとしてればいいのだ……」
ハンジローはそう言うとボロになった防弾チョッキを剥ぎ取り、イゾーが飛ばされた方角へ風の唸りを上げて飛翔した。
「おい、どうするのだ？イゾーさま、まけそーなのだ！いや、アレもうしんでるのだ」
「ん？だれか、ずんちもらしたのだ？なんかめちゃくちゃくちゃいのだ……」
「………ハンジローもつかれてるはずちゃ！ぼくらでありったけのじらいさんをもってきて、アイツのあたまにおとすのだ！！」
「のだ！アイツのタマちゃんをうばったヤツが、あたらしいずんだふのリーダーさんちゃ！！」
ずんだ府兵が戦意を取り戻し、飛び去るハンジローを全軍で仕留めようと決意した時だった。
「おえええええええ！！」
「マ、ママずん！？いきなりどうしたのだ！？」
空中にいる1匹のメスずんが突如嘔吐した。
「ママずんのゲロしゃん……ちがまじったゲロしゃんなのだ……ママずん、びょーきなの………うげぇぇぇぇぇ！」
介抱するつがいのオスずんも激しく血の混じった抹茶色の吐瀉物を吐き散らし、それが連鎖して広がっていく。
「あれ……？まえがよく、みえないのら……あれ？ベロさんがうまきゅ、まわららいのら……？う、ぐ、じゅ、じゅんちが……！！」
嘔吐しながらずんちを漏らす兵まで現れ、飛行を維持できなくなったずんだ府兵が、次々と地面に叩きつけられ死んでいく。ある兵は嘔吐を我慢して口を閉じ続けた結果、頭が破裂した。
「おか、ちゃ、くちっ……ゲロしゃんじゃにゃいの、はいちゃったのりゃ……」
「こ、このガキ、くちからずんちをはきやがったのだ！キモいのだ！オメーなんかそだてるかちねーのだ！ちね……おええっ……わ、わたちも……？」
「おかぁちゃ……ざ、ざまぁな、のら……」
「ま、まちぇか、これ……アイツまで、はこだてに……」
異常を察知して慌てて退避する者も現れたが、すでに手遅れで、血反吐を穴という穴から垂れ流して山の中に消えていった。
「く、るぢ……たえられ、にゃ……」
「おぢびちゃん、すぐぼくもいぐがら、てんごくさんでおにーちゃとヘコヘゴじ、で、まっててな、のだ」
「がひゅっ」
あまりに苦痛なので、枝で切腹したり、子ずんの首を折って楽にさせる親ずんもいた。
最後の1匹が目玉からずんちを吐き、雪の上で苦しみもがいていると、精彩を欠いた暗い視界の隅にデブ妖精の死体があるのに気づいた。
あんなだらしない身体の同志は見た覚えがないと死に行く中で考えていると、デブ妖精の死体の口がいきなりガバッと開いた。
「ゲ、ゲンサ……イ……」
デブ妖精の口腔の中から、赤ワインのような体色に薬液の入った複数のアトマイザーを背中に埋め込んだ、異業のずんだもんが現れた。
妖精軍准将 ゲンサイ
光沢のある紫色の枝豆耳から、薬液を加熱して精製したガスが噴霧している。そのアトマイザーのキャップにはC4H10FO2Pという化学式が刻まれていた。
「ぐ……ぉ」
この災禍の理由を知って気が緩み、最後の1匹も鼻から滝のような血を噴いて死んだ。
「まったく、ハンジロー殿も甘いのだ。スポーツさんなら目の前の敵を倒せば戦いは終わるけど、この戦争の敵はイゾーだけじゃないちゃ。全滅させなければ終わりじゃないのだ」
そう呟いて、ゲンサイは携帯食料の乾燥ずんだ餅を頬張った。小柄な体格のゲンサイは初期から死体の中で戦闘を見守っていたが、武勲を挙げられないまま戦いが終わったので心底がっかりした。
函館山を降る車道では、ハンジローが助命した機械化部隊の人型ずんだもん兵達が喉を掻きむしった末、喉笛を自ら引き裂いて死んでいた。
あとがき
次回、エピローグ。
そう遠くない内に更新します。
そう遠くない内に更新します。
このページへのコメント
なるほど、あの動画で親ずんが頭を刺されても致命傷ではなかったのは、脳の大きさの問題でしたか…
相変わらず、画面の外で死んでいく一般のずんだ府兵たちの表現がとても好みです！
なんかイラスト追加されてる
ハンジローこれでエグい性癖とかあったら面白いんだけど、貞操観念は普通なんだろうか
感想ありがとうございます
普通ですが、めちゃくちゃ強いから当然メスずんにモテモテなのでママずんは30匹以上、おちびちゃんは200匹近くいます。孫も含めたらさらに多いです。
自衛ずん同士の怪獣バトル、いよいよ決着の時が
＞「うるちぇのだ！！それならクラブハウスのくしょにんげんだけ恨めばいいものを、オメーがやってるのは無関係の人間さんまで巻き込んだ、ただの虐殺なのだ！くたばれなのだクズ！」
それFAIRIESの妖精兵全体にブーメラ（ｒｙ
最後、C4H10FO2P（サリン）食らった妖精の多彩な症状がどれもこれも・・・
これでハンジローはじめFAIRIES側も結構な戦力を損耗しましたが、まだゲンサイが・・・
ところで、自衛ずんの中でゲンサイだけネーミングが異質なような・・・
こっからどうやって人間側が勝利するのか楽しみです
エリートとしての気高い気概とプライド、命に対する価値観の違いへの苦悩といった描写が丁寧で、ついついハンジローに感情移入してしまうような秀逸な文でした。面白かった。