はじめに 
けもです。
王道の「ペットもの」を書きたいと思い立ち、昨日、構想から脱稿までを1日で終わらせたのが本作になります。
いつも通り、10000字程度の短編になっておりますので、サクッとお読みいただけますと幸いです！
※お知らせ
来週10/25（金）は仕事の関係で、投稿をお休みさせていただきます。
次回作の投稿は11/1（金）を目指しております。前後編の作品を投稿するか、また読み切りにするか悩み中です！
※この小説はフィクションであり、実在の人物･団体･事件とは一切関係ありません。また、特定の社会的立場の人々を揶揄する意図は一切ございません。
本編
「かいぬししゃん……おねがいが、おねがいが、あるちゃ…………」
「ダメ」
「ま、まだなにもいってないちゃ！」
「ダメ」
「どうちて……どうちて、きいてくれないちゃ？」
仕事から帰ってくるや否や、玄関まで飛んできて、媚びるような視線を向けてくる妖精。
最近はずっと、こんな調子。
ここで甘やかしてはいけないと、冷たくするほかに手段はない。
事の経緯はこうだ。
「かいぬししゃん……えだみみさんが、えだみみさんが、はえたのだ！！」
うちで飼っているメスの「飼いずん」が成長し、枝豆のような形の耳が生えた。
ついに大人になったと、妖精は涙を流して喜んでいたが、私もやっと成体になってくれて嬉しかった。
だから耳が生えたお祝いに、何でも好きなものをあげると言ったところ。
「ぱぱずんが、ぱぱずんが、ほしいのだ！！」
ぱぱずん……つまり、オスの妖精。
ツガイになりたいと、そういうこと。
「え……“ぱぱずん”？」
「そうちゃ！ ぱぱずんちゃ！！」
「…………」
予想外だった。
てっきり、特大ずんだもちだとか、「飼いずん」用のケーキだとか、そういったものを望むだろうと。
私の考えは、甘かったらしい。
「……ごめん。ぱぱずんは、ダメかな」
「のだっ！？ ど、どうちて……」
案の定、妖精は打ちのめされたような顔をする。
「う〜ん……あなたの願いも聞いてあげたいけど、妖精がもう1匹増えるとさ……食費だって…………」
「どうちて、どうちてちゃああああああああああああああああ！！ なんでもって……なんでもって、いったあああああああああああああああああああああああああああ！！」
途端に喚き散らし、床でジタバタと駄々をこねるように暴れ始める妖精。
「ごめん、伝え方が良くなかったね」
「ぱぱずううううううううううううん！ ぱぱずううううううううううううん！ ほちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい！！」
……………………
妖精の、ツガイを求める気持ちも、分からなくはない。
飼い主の私が、朝早く仕事に出て、夜遅く家に戻る生活。
休日は出かけることもなく、ただ疲れを癒すために寝ていることが殆ど。
妖精に構うだなんて、そんな余裕はない。
少なくとも1年前、ひとり暮らしを始めたばかりのころには、こうではなかったけど…………
働くことがどんなに大変かなんて、当時、何気なく妖精を飼い始めた私には、わからなかった。
「かいぬししゃん、みて、みて！」
「…………」
「あにゃるしゃん、あにゃるしゃんだんすちゃ！」
「…………」
「みて、みて！！」
休日。ノイズキャンセリングのイヤホンで、意図的に妖精の声が聞こえないようにしていた日もある。
そんな環境で、この妖精が寂しくないわけがなかった。
私が仕事に出ている間は、衣装ケースの中でおとなしくしているだけ。
少しでも運動出来るようにと、特大の衣装ケースを選んでいたが、それで満足出来ていたのも子ずんの間だけ。
「せまい、せまい！ だちて、だちて！」
体も大きくなると、不平不満を漏らすようになった。
飛行器官が成熟して飛べるようになると、さすがに出さないわけにはいかなかった。
飼い主として、生活面に関しては妖精に少しでも不自由のないように工夫してきたつもりだったが…………
ツガイがいないという妖精の寂しさは、単頭飼育だからこそ、どうしようもない悩みだった。
「あれ好きだったでしょ？ 大根もち。あれ、いっぱい買ってあげるよ」
「ぱぱずんちゃ！ ぱぱずんじゃなきゃ、いやちゃ！！ いやちゃああああああああああああああ！！」
「そしたら、ケーキは？ あれおいしいって飛び跳ねて喜んでたじゃん」
「ぱぱずううううううううううううん！ かいぬししゃんの、ばかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
代わりになるような「ごはんさん」を提案しても、妖精は折れなかった。
私が妖精の願いを叶えるまで、叫び続けるくらいの勢い。
「あのさ」
「ううううぅ………のだぁ？」
「ごめんね。まずは謝らせてほしい。あなたの寂しい気持ちを、察してあげられなかったこと」
「か、かいぬし、しゃん？」
「でもね……あなたの食費だけで、かなりかかってるの。それは飼い主としての責任だからあなたに罪はないんだけど、それが2匹になると、かなり厳しいんだ」
「しょんな……しょんなの、ちらないちゃ！ いうこときいてくれないかいぬししゃんなんか、だいきらいちゃ！！ ひゃーん！ ひゃーん！ ひゃーん！ ひゃーん！」
妖精は、ついに私を「大嫌い」だと罵り、声をあげて泣き始めた。
だが、私の悩みだって切実だ。
妖精の食欲は、とどまることを知らない。
「おいち、おいち！ おいち、おいち！」
どんな食べ物でもあっという間に平らげていく姿は、少し前までは微笑ましかったが……
「たべたりないのだ！ かいぬししゃん！ もっと、もっと！！」
……………………
何が、自分の中で変わってしまったんだろう。
自分の力だけで、お金を稼ぐようになってからだろうか。
「ひゃーん！ ひゃーん！ ひゃーん！ ひゃーん！」
「……そんなに、ぱぱずんが欲しいの？」
「ほ、ほしいのだ！ ほしいのだ！ かいぬししゃん、ぱぱずんを……」
「わかった……そんなに言うなら、ぱぱずん、買ってあげる」
「えっ…………やったのだ、やったのだ！ かいぬししゃん、だいすきちゃ！！」
さっきは「大嫌い」だと言われた私が、「大好き」だと言われる。
自分の願いを叶えてくれるかどうかで、妖精からの評価なんてすぐに変わる。
最近は、その傾向が強くなってきたように感じる。
「……でもね、条件があるの」
「わかったちゃ！ ぱぱずんさえくれるなら、なんでもきくちゃ！」
「食事の量は、今まで通り。それを、ぱぱずんと分けること」
「えっ……」
目まぐるしく変わる、妖精の表情。
「かいぬししゃん、そ、それは……おにゃかさん、ぺこぺこになるちゃ……」
「妖精の数が増えるっていうのは、そういうことだよ」
「どうちて？ ごはんさん、ふやしてくれないちゃ？」
「さっきもしたよね、食費の話。それがイヤなら、ぱぱずん、諦めて」
自分の食事か、ツガイか。究極の二択を、妖精に迫る。
妖精の体は、ぶるぶると震えていた。
「ど、どうちて…………か、かいずんには、やさしくしなきゃ、だめちゃ……」
苦し紛れに、出て来た言葉。
その傲慢な言葉に、私の余裕もなくなるのを感じる。
「“やさしくしなきゃ”って……私は、あなたが不自由しないように、いろいろ努力してる！ それなのに、まだまだ足りないっていうの！？」
「の、のだ……」
「もういい。ぱぱずんもなし……あなたがそんなにワガママ言うなら」
「まって、まってほしいのだ、かいぬししゃん！ ごはんさんはいままでどおりでいいから、どうか、ぱぱずんを……」
目に涙を浮かべて、懇願する妖精。
妖精の願いばかり聞いていると、こちらが潰れてしまいそうだ…………
次の日曜日。
貴重な休日を使って個人経営のペットショップを訪ねた私は、そこで1匹のオスの妖精を購入した。
「飼いずん」の認定試験にもパスしているという、温和な個体であると紹介され、ラベルには「ブロンズ�検�FAIRIES算定基準目安）」との記載があった。
私がいちばん注目したのは、去勢されているかどうか。
「飼いずん」のトラブルとしてありがちなのは、多頭飼育をしたことによって勝手に妖精たちが交尾して、子ずんが次々に産まれてしまうということ。
多産な妖精の生態は、私も知っていた。
放っておけば、あっという間に子ずんの数が増え、手に負えなくなってしまう。
ラベルには、間違いなく「去勢済み」の文字。
そのぶん価格が高くなってしまっていたが、背に腹は代えられなかった。
ああ、私のお給料……………………
「よろしくなのだ！ ままずん！」
「ああ……ゆめにまでみた、ぱぱずんなのだ……」
新たに家にやってきたぱぱずんは、すぐに私の「ままずん」と馴染んだ。
ままずんは歓喜の涙を流しながら、ぱぱずんに頬ずりを繰り返すのだった。
事前に問答はあったものの、結果的にぱぱずんを飼い与えてよかった、と私は思った。
ままずんが寂しがっていたのは事実だし、その現状に私が胸を痛めていたのもまた、事実だった。
でも。
月曜日の勤務を終えた私が玄関を開けると、何やらいつもとは違う気配がした。
にょだにょだ…………にょだにょだ…………
へこへこ…………へこへこ……………
閉め切った扉の奥から、何やら2種類の甲高い声が響いてくる。
「え」
まさか、と思いながら大股で歩き、扉を開け放つ。
「の、のだっ！？」
「あ、かいぬしさん！ おかえりなさいのだ！」
慌てたような素振りを見せるままずんと、無邪気に声をかけてくるぱぱずん。
「うそ……」
小さく、声が漏れる。
「にょだ……」 「にょだ、にょだ！」 「にょーだにょだ！」
カーペットの上を這いまわるのは、3匹の…………子ずん。
何で！？ どうして！？
去勢済みのはずなのに、どこから！？
私は、ぱぱずんとままずんが、重なり合っていることに、今さら気づいた。
「あっちでするちゃ、ままずん」
「のだ……」
ぱぱずんが腰を引くと、ずるっ、と音を立てて、ままずんのお尻から、勃起した性器が抜き取られた。
私は、目を疑った。去勢済みではなかったのか。
「待ちなさいっ！！」
私を尻目に、部屋の奥に移動しようとする2匹を、怒鳴り付ける。
「「「にょだっ！？ お、お、おぎゃーおぎゃーおぎゃーおぎゃーおぎゃー！！」」」
すると、子ずんたちが床に転がって、泣き喚き始める。
「お、おちびちゃん！」 「こわかったね、おおよしよし、おちびちゃん……」
「「「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ きょわいにょだああああああああああああ！！」」」
ぱぱずんとままずんが戻ってきて、子ずんをあやし始めた。
そして、大声を出した私のことを、揃って恨めしそうな目で見上げるのだった。
「いきなりなんなのだ、かいぬしさん！ おちびちゃんたちが、びっくりしちゃったのだ！」
「“いきなりなんなのだ”……？ それはこっちのセリフなんだけど……信じられない……！！」
私に向かって怒鳴るぱぱずんの性器がみるみるうちに小さくなっていき、やがて股間に吸い込まれるように、見えなくなった。
普段は股間の皮膚の中に、格納されているってこと！？
去勢済みだなんてあのペットショップ、真っ赤なウソじゃない！！
「あなたたちが産んだのね、その子ずん…………」
「そうちゃ！ ぼくとままずんでうんだ、かわいいおちびちゃんたちなのだ！ これから、たいせつにそだてていくのだ！」
頭がクラクラする。
あんな高いお金を払って買ったオス妖精が、去勢済みでも何でもなくて……
しかも、飼い始めてから1日も経たずに、交尾をして、子ずんを産んで…………
「…………“ままずん”」
「の、のだっ！？」
「私、何て言ったっけ？」
私が低い声で問いかけると、びくっ、と震えあがるままずん。
「ご、ごはんさんが…………いままでどおり、だって…………」
「そうだよね。でもね、それって……あなたと、ぱぱずんだけの量なんだよ？ 子ずんのぶんなんて、考えてない」
「しょ、しょんな…………」
信じられない、とばかりに目をうるませるままずん。
「おぎゃ、おぎゃ。おとーちゃ、おとーちゃ……」
「え……かいぬしさん、いけなかったのだ……？ ままずん……？」
子ずんをあやし続けるぱぱずんが、ままずんと私とを交互に見て、困惑したような声を発する。
「だって、だって…………かいぬししゃん、おちびちゃんつくっちゃだめなんて、いわないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい！！」
「いや、私は“去勢済み”のぱぱずんを買ったつもりだったんだけど？ だから、子ずんが産まれるなんて、想定外」
ヒステリックに叫ぶままずん。
私はようやく、理解が追いついたころだった。
ぱぱずんは、実は去勢なんてされていなくて、欲望のままにままずんと交尾したんだと分かった。
「か、かいぬしさん…………ままずんは、ずっと、おちびちゃん、ほしがっていたのだ…………だから、ぼくとへこへこして、おちびちゃんを……」
ぱぱずんが、おずおずと口を開く。
私の「ままずん」が、ツガイを欲しがった本当の理由。
もちろん私に構ってもらえない寂しさもあっただろうが、いちばんの目的は、子ずんを産んで育てるということ…………
成体になったということは、繁殖欲求も高まるということを、忘れていた…………
「どうして、勝手に……」
へなへなと、崩れ落ちる。
「だから、かいぬしさん……おちびちゃん、そだててもいいちゃ？ おちびちゃん、とってもかわいいのだ！」
「そうちゃ、かいぬししゃん！ おちびちゃん、とってもかわいいのだ！ かいぬししゃんも、いやされてほしいのだ！」
できてしまったものは仕方ないとばかりに薄笑いを浮かべ、私を見つめる2匹の妖精。
その表情は、かわいい「おちびちゃん」さえいれば、何でも許されると思っているような表情だった。
おぞましい。
どうして、私は今までこの気味悪さに、気づけなかったんだろう……
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おにゃかちゅいた、おにゃかちゅいた！」
「ごはんしゃん、ごはんしゃんどこ？」
「おぎゃーおぎゃー！ ぺこぺこ、ぺこぺこおおおおおおお！！」
硬直する私の前で、子ずんたちが空腹を訴えて泣き喚き始める。
「ほら、かいぬしさん。かわいいおちびちゃんたちにめんじて、ごはんさんのりょう、ふやしてほしいのだ！ それで、みんながしあわせちゃ！」
「かいぬししゃん！ おちびちゃんたちは、しあわせの“しんぼる”ちゃ！ かわいいおちびちゃんたちがこのおうちさんにいるだけで、かいぬししゃんも、しあわせになれるちゃ！」
……………………
何という理屈。
何という、傲慢な理屈…………
子ずんたちがいるだけで、「しあわせ」になれると。
自分たちがそれで「しあわせ」だから、周りも「しあわせ」であって当然だと…………
吐き気がした。
「にょだ、にょだ。ずんち、ずんち！」 ぶっ！ ぶぴゅっ！
「ちーちー、ちーちーでりゅ……」 じょろろろ……
「ごはんしゃん、ごはんしゃん！ どこ？ どこ？」 がさごそ……
カーペットの上にフン尿を垂れ流したり、「ごはんしゃん」を求めて部屋中を這いまわったりしているその姿を見ると……
私は「しあわせ」とは真逆の方向に向かっていると、ひとめで分かる。
「出ていけ」
「にょだっ！？ うぇーんうぇーん！ うぇーんうぇーん！」
「にょだああああああっ！ はなちて、はなちて！」
「おぎゃーおぎゃー！！ おぎゃーおぎゃー！！」
子ずんたちがまた泣きだすのも構わず、3匹を一気に捕まえて、小さめの段ボール箱に放り込む。
「お、おちびちゃあああああああん！！」
「か、かいぬしさん、なにしてるちゃ！ おちびちゃん、もどすのだ！！」
問答無用。
妖精たちは私に断りもなく子ずんを産んだのだから、私も、妖精たちに断りなく子ずんを捨てて良いはずだ。
「だちてだちて！ だちてだちて！」
「おとーちゃ、おかーちゃ！ たちゅけちぇほちいにょだああああああ！！」
「きょわい、きょわい、きょわいにょだあああああああああ！！」
段ボール箱の中で、子ずんたちは激しく泣き喚く。
「か、かいぬし、しゃん…………？」
「はなしを、はなしをきくちゃ！ どこいくちゃ！？」
「出て行ってもらうんだよ、この家から」
「まって、まってまってまってまって！」
「そ、そんなの、ゆるされないちゃ！ まてええええええええええ！！」
玄関まで歩く私の後ろから、妖精たちが叫びながら飛んでくる。
「どう……ちて？ おちびちゃんたちがいるだけで、しあわせになれるのに……」
「かいぬしさん！ かいぬしさんは、しあわせに、なりたくないのだ！？」
私の行く手を遮るように後足で立ち上がり、まるで「通せんぼ」するように、その前足をピンと広げる2匹の妖精。
その姿を見て、言葉に出来ないような怒りが湧いてくるのを感じる。
「何、その“しあわせ”って…………意味不明なんだけど」
「おねがい、かいぬししゃん……しあわせに、しあわせに…………」
「ぼ、ぼくたちだって、かいぬしさんのきもちが、わからないちゃ！ どうして、わざわざ、しあわせを、てばなすような……」
「あなたたちが好き勝手に子どもつくって得られた“しあわせ”を、私に押し付けないでよっ！！」
段ボール箱を玄関に放った私は、梱包された荷物を開けるために置いていたカッターナイフと、ぱぱずんを掴み上げる。
「い、いちゃい！ か、かいぬしさん、なにを……」
「これか……この無節操下半身が、いけないのかっ……！」
カッターナイフの刃を見て、何をされるのか悟ったのだろう、ぱぱずんは目を見開き、ジタバタと身をよじった。
「や、やめちゃ！ ずんぽは、ずんぽだけは……」
「かいぬししゃん！ ぱぱずんに、ぱぱずんに、なにするちゃ！」
「…………」
ぱぱずんの性器……「ずんぽ」は股間の皮膚に隠れていたが、指で股間をフニフニと刺激すると、ようやくその姿をあらわす。
「う……ぅほっ…………ずんぽ、ずんぽ……きもちーのだ…………」
「去勢、私がしなくちゃね」
その隙を逃さず、カッターナイフを押し当て、「ずんぽ」を切断する。
ざしゅっ！！
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
ぽたっ、ぽたたっ……
傷口からあふれ出した体液が、玄関の床を汚した。
恐ろしい悲鳴をあげるぱぱずんを乱暴に床に放った私は、再び子ずんの入った段ボール箱を抱えて外に出る。
「いちゃい…………しょんな、ずんぽが、ぼくのずんぽ…………もう、へこへこできないちゃ、もう、ままずん、はらませてあげられないちゃ…………」
「ぱ、ぱぱずん！ ぱぱずん！！ しっかり、しっかりするちゃ！」
「ひ、ひどいちゃ、いちゃいちゃ！ しょんな、しょんなあああああああああ！！ こんなの、こんなの、ぎゃくたいなのだああああああああああああああああああああああああああ！！」
……………………
玄関では、妖精たちの悲痛な声が響いていたが、構わず扉を閉める。
もう夜も遅い。ペットショップに電話するのは、明日にしよう。
薄暗い公園のそばの石垣の下に段ボール箱を置き、手にしたマジックで「ひろってください」と記入する。
世間には、妖精愛護派の人々も多く存在する。そんな中で、この子ずんたちを殺すことは、私には出来なかった。
責任逃れだということはわかっていた。それでもせめて、妖精の味方であるような人々に、拾ってもらえれば…………
次の日の朝。
「どいて。邪魔」
「のだ……」 「くちょ、くちょかいぬし…………」
妖精たちは、あの後も玄関から動こうとしなかった。
ぱぱずんに至っては、「ずんぽ」を切断した私のことを「くちょかいぬし」と呼び始めた。
構わず、出勤のために玄関を開けると、そこには…………
「うわ……」
「「「にょだ、にょだ……おうちしゃ、おうちしゃ……」」」
「「お、おちびちゃんっ！？」」
昨日の子ずんたちが、帰ってきていた。
その体を、泥汚れでいっぱいにして。
「す、すごいのだおちびちゃんたち！ ぼくたちのおうちさんのばしょが、わかったのだ！？」
「ああ、なんてりっぱなおちびちゃんたち……みんなできょうりょくして、がんばって、ここまできたんちゃ……」
ぱぱずんとままずんは、喜びの涙を流していたが……
「おとーちゃ、おかーちゃ………」
「おにゃかちゅいた、ごはんしゃん、ごはんしゃん………」
「だっこ、だっこちてほちいにょだ………」
私にとっては恐怖でしかなかった。
まるで、この子ずんたちが執念深いストーカーのようで…………
「出ていけって言った！！」 ばしっ！
「にょだにょだ……にょだあ"あ"あ"！！」
出勤前のあれこれでイライラしていた私は、当たり前のように家に上がり込もうとしていた1匹の子ずんを蹴り飛ばす。
ここに戻って来さえすれば、また迎え入れてもらえるだろうと考えたのだろうか。
「く、くちょにんげん！ くちょにんげん！」
「くちょにんげん！ ころちゅ、ころちゅ！！」
2匹の子ずんは怖気づいたように後ずさると、口々に私を罵倒し始めた。
「おちびちゃんたち、もうちょっとちゃ！ こっちにくるちゃ！」
「おいくちょかいぬし！ おちびちゃんたちの、じゃまするな…………あげげえええええっ！！」
玄関に立つ私のパンプスにしがみつくぱぱずんを蹴り飛ばし、私は外に出る。
「いやっ、いやっ！ いやにょだ、いやにょだ！」
「おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！」
「いちゃい、いちゃいにょだ！ たちぃゆけちぇ、たちぃゆけちぇ！！」
これ以上動けないように輪ゴムで足を拘束したうえで、またあの段ボール箱に戻す。
「やば…………もうこんな時間！！」
急いで家に走って帰り、玄関で動こうとしない妖精2匹を、衣装ケースに閉じ込める。
「かいぬししゃん……だちて、だちて…………かわいいおちびちゃんたちも、かえちて…………」
「くちょかいぬし！ こんなことして、ぜったいに、ぜったいにころしてやるううううううううううっ！！ だせだせだせ、だせえええええええええっ！！」
……………………
「サイテー。出ないんだけど」
結局、あのペットショップには電話しても繋がらなかった。
騙された気分。どっちにしろ、あのぱぱずんを、私の手で傷モノにしてしまったから返品は出来ないけど…………
電車を降りてオフィスへと続く道で、私は大学生の弟に電話をかける。
『え、姉ちゃん妖精飼ってたっけ？ 悪趣味だなあ』
「去勢済みって書いてあったのに、股間に性器が隠れてて……気持ち悪かったから切っちゃった」
『ヤバ。高いお金払っただけ損だね』
「あんな妖精初めて見た。普通、性器剥き出しじゃなかったっけ」
『なんかね、たまにいるらしい。オスの妖精でも、ぱっと見は“ずんぽ”がついてないように見えるやつ』
「どうしてなの？」
『わっかんない。例えば、メス妖精に擬態して、強姦しようとメスに近づくためとか…………それとも、天敵から“ずんぽ”を守るため？ “ズンダクイバエ”っていうさ、“ずんぽ”から寄生する寄生虫とかもいるらしいから、生き残り戦術のひとつなのかもしれないよ』
「へえ」
『姉ちゃん、その妖精持て余してるんだったら俺がもらっちゃっていい？』
「え、いいけど大丈夫？……私なんかもう“くちょかいぬし”扱いだもん」
『そりゃ〜許せないなっ……たっぷりお仕置きしてやる』
「あ、もう職場ついたから…………ありがとう、相談のってくれて」
『全然！ 姉ちゃん、お仕事がんばれよお！ 妖精取りに行くの、今日の夜でもいい？』
「いつでもいいよ。ちゃんと単位とるんだぞ？」
『おうよ！！』
久しぶりに、弟に会える。
その喜びだけで、今日の仕事も頑張れた。
公園の近くまで帰ってくる。いつもより、カラスが多い気がした。
あの段ボール箱は、なくなっていた。
石垣にガムテープで貼られた、薄汚れた張り紙。
昨日までは、なかった。
ここへ子ずん捨てた人へ.
子ずんは全部カラスに
食べられました.死にました.
あなたが殺したのです.
捨てる事は、殺すことと
同じです.
現場を見た者より.
「はははっ…………」
乾いた、笑いが漏れる。
「私が、殺したんだ」
なのに、どこか晴れ晴れとした気分になっている自分に驚く。
妖精を捨てる事が、殺すことと同じなら。
妖精を拾うことは、生かすのと同じ？
そしたら、結局のところ、妖精はそれだけの存在ってこと？
人間がいないと生存が難しいから、自分たちの世話を誰かに委ねることで、成立する命？
その傲慢さが結局、あの「しあわせ」論に集約されるのだとしたら。
私が何を言ったって、変わらないのだろう。
……………………
考えても意味のないことを考えて、家に着いた。
今日は弟のために、ちょっと豪華な夜ご飯にしよう。
〜終〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。
書いてみて思ったのが、拙作『おんしらず』に登場した主人公よりも妖精の身勝手な行動への対応が早かったら、こうなるのではというifストーリーにもなりそうです！
やはり王道は安定した「良さ」がありますよね！ 「次はきっと、こうなるよなあ」という予想をしながらの執筆は楽しいものですね！
リクエスト等もお受けしておりますので、お気軽にコメントくださいませ！
けも
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このページへのコメント
毎回ムカつく害獣描くのが上手いですねw
自分なら親子全員段ボールに詰めて遠くに捨てますが去勢済みと言え２匹に子作り禁止と言わない飼い主も半分責任がありますが望まれない子ずんがカラスに食い散らかされた話を聞くと飼い主と害獣が無責任なだけに後味悪いですのう…
やっぱり妖精は自己中を地溝油で煮詰めたような性格が一番魅力的です。
虐要素は少なめでしたが主人公の苦しみや妖精の傲慢さ自己中心的な考えがよく伝わりました。
最後のメモも自粛警察がよく残してたメモによく似ていてリアル感のありました。
出来れば両親ずんの末路や子ずんの死に様も読みたかったです。