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雨の降る土曜日の今日、愛佳はひとり、学校に来て試験問題を作成していた。
もうすぐ期末試験が行われるのだが、果たしてあの子はちゃんと勉強しているのだろうかとふと思った。
先週の月曜、れいなは絵里と向き合った。
なにを話したかまでは知らないが、火曜日に学校で見たれいなを考える限り、ちゃんと想いを伝えたことだけは分かった。
自分の心の奥にある確かな気持ちを伝えられたなら、それ以上はない。愛佳はひとつ息を吐いて、彼女の背中を見つめていた。

―「あなたの前の学校での話は聞いていますよ」

瞬間、頭に生徒指導部長の声がよぎった。
万事うまくいっていると思った矢先の出来事だった。
あの噂が耳に入るのは時間の問題だとは思っていたし、覚悟もしていた。
だが、よりによって、あの生徒指導部長に聞かれたかと愛佳はパソコン画面から目を逸らす。

あの日以降、生徒指導部長と愛佳の仲は急速に悪化していた。
互いに「大人」の対応をしてはいるものの、あの噂が尾鰭をつけて広がれば、どうなるかは目に見えている。
絵里とれいなをこの件に巻き込むわけにはいかない。
そうであれば、なにかしらの対応はしておくべきだろうかと考える。
しかし、過去を消すことはできないし、消すつもりもない。
あの記憶は、たとえ痛みと哀しみしか残さないものだったとしても、大切な、ふたりで歩んだ道だったから。


愛佳はふと目を瞑った。そうや、あの日もこうして、雨が降っていたんやっけ。
記憶の迷路へと通じる扉は突然と現れるものだと愛佳は思う。
今日もまた、そこへ導かれてしまった自分は、なんて弱い存在なのだろうと思う。
だけど、あの記憶の中で、たとえ哀しみの中であったとしても、あの笑顔に逢えるのは、やっぱり嬉しいと感じた。
瞼の裏で、あなたはいつも、優しく微笑んでいた。ただ最後まで、その笑顔を護りたかった。ただ、それだけだった―――

なんどとなくキスを交わし、熱い息が部屋に浮かんでは消える。
互いの吐息が艶っぽくて、それだけでふたりは徐々に駆り立てられ、興奮していく。
冬だというのに身に纏っているのもはなにもない。それなのに暖房器具もろくにつけずに、ふたりはキスを交わし肌で温め合っている。
原始的で、だけど最も温もりを感じられるこの時間が、堪らなく好きだった。

「んっ!」

胸に噛みつくと、絵里は高く甘い声を上げる。
今夜だけでもう何度目だろうと思うが、愛佳はなぜか止めようとは思わなかった。

「亀井さん……っ」
「せんせ…あっ……!」

硬くなった右胸の突起を舌で転がしては噛んで弄ぶ。
その度に肥大化していくそれを愛佳はまた楽しそうに転がす。子どものように遊ぶ愛佳に絵里は息を荒くしながら感じる。
愛佳は右手で左胸を優しく揉みし抱き、時に中心を人差し指の腹で擦る。

「もっ……ん…」

絵里は我慢が出来なくなったのか、愛佳の右手首を掴み、自分の濡れたそこへ誘導する。
愛佳の指先が触れた瞬間、そこは新たな愛液を垂れ流しているのか、太股から下腹部へと滴り落ちる。

「やっぱ亀井さん、エッチですよね…」
「んっ、あっ……そんなこと、な…!」

絵里が言い終わる前に愛佳はその唇を唇で塞ぐ。
絵里も待っていたかのようにすぐに口を開き、舌と舌が絡み合う。
粘着質のある音が響き、愛佳は迷わずに絵里のそこに指を突き立てる。

「んっ――!」

―だってほら、もう何回もイッてるのに、まだこんなに濡れてますでしょ?

そんなことを言おうものなら、絵里がすねてしまうことは目に見えていたので、愛佳は黙っておく。
代わりにクチュクチュと絵里の中を人差し指で掻き回すと、絵里はなんどか背中を反らして応える。
口の端から漏れる甘い声さえも独占してしまうように、愛佳は絵里の舌を逃さない。
酸素が回らなくなり頭がボーっとしてくる。感じるのは、愛佳の指から与えられる不規則な快感だけだった。
乳首とクリトリスを同時に弄られ、絵里は早くも限界を迎えようとするが、それが嫌なのか、絵里は僅かに抵抗する。

「っ、はぁ……」
「ふぁ…んん……」

いちど唇を離して愛佳は絵里を見つめる。
息を整えるように肩を揺らし、大きな瞳に涙を携えている姿が堪らなく愛しい。
人はこんなにも、人を好きになれるものなのかと改めて愛佳は思う。

「ねぇ……せんせぇ…」

出し入れを繰り返す愛佳の右手を掴み、絵里は訴える。

「せんせぇの…ちょーだい?」
「……ほら、やっぱりエッチですやん」
「…もう、それでもいーもん」

絵里はそう拗ねたように言うと、愛佳の首に両腕を回す。
ぎゅーっと強く抱きしめると愛佳は一瞬だけ苦しそうな声を上げるが絵里はそれを聞こうとしない。
ただ、彼の温もりを確かめるように、恥ずかしさを堪えるように、絵里はその耳元で「好きぃ」と呟く。
そんなことを言われては、いじめる力もなくなってしまう。
愛佳は耳たぶをペロッと舐めたあと、絵里の両脚を少し大きく広げる。

「いきますよ…?」

絵里が頷いたのを確認すると、愛佳は自分の腰を推し進めた。
たぶん、いちばんエッチなのは、何回もシているのにこんなにも元気な自分だと思いながら。

「っあ!」

脈打つそれに貫かれ、絵里はビクッと体を反らせた。
絵里のそこは容赦なく愛佳を締め付け、呆気なく絶頂へと誘おうとする。
もうなんども繰り返された行為なのにこんなにも元気な自分は、若さゆえだろうかと苦笑しながら、愛佳は腰を動かした。

「んっ…ん、あ……あっ!」

ゆっくりと前後するたびに、絵里の口から喘ぎ声が漏れる。
切なそうに零した吐息は、何処となく、「女性」だと、思った。
大人になっていく絵里の姿を見ていくのは、楽しい。
彼女自身はもう、ほとんど「完成」しているのだけれど、さらにこれからもっと大人の女性になっていくのだろうなと思う。
だけどその姿を、僕は本当に、身近で見ていられるのだろうか?

「ふぁっ!ああっ!」

余裕なんていつでもなかった。冷静さなんてこれっぽっちもない。
常に不安定で、気持ちだけが先行して、護りたいものも、護れないかもしれない。

「あっ……やぁ…あん!」

いつかは来る、その選択の瞬間。
僕はそれでも、彼女と、亀井さんと一緒にいる未来を選びたかった。
教師としての信用も、自分の社会的地位も、なにもかも捨てても良いと思い、彼女を抱いたあの日から。
この気持ちだけは、揺るがずに存在したこの想いだけは、だれにも侵されることはない。

「せん、せぇ……せんせぇっ!」

絵里の切なそうな声にふと我に返った。
気付かぬうちに、絵里のことを考えずに激しく腰を打ちつけていることに気付いた。
愛佳は少しだけ腰の速度を落とし、絵里に優しく口付けた。
世界でいちばん、甘いキス。この瞬間だけは永遠だと信じられるような、子どもっぽくて、だけどシアワセなキス。

「好きですよ……亀井さん…」

そのとき、僕は泣いていたのだろうか。
亀井さんは一瞬だけ切なそうに眉を下げ、そのあと、すべてを分かっていたように微笑んだ。
両腕を首へと回し、「絵里もだよぉ……」と優しく囁いたあと、亀井さんは少しだけ、腰を動かした。

「一緒に……ね?」

途切れ途切れのその吐息だけで、僕はすべてを理解したかった。
彼女の優しさ、彼女の愛情、彼女の気持ち、亀井さんがどんな想いで僕を抱きしめているのか。
僕は軽くキスを落としたあと、亀井さんの腰を掴み、ぐんと打ちつけた。

「あんっ!あ……はぁっ!」

夜の闇に浮かんだ吐息。
切ない声に誘われるように、必死に腰を振って欲望を吐き出すように、愛佳は絵里を抱く。

「んっ…はっ、あっ…あっ!」

好きだった。
どうしようもないくらいに、亀井さんが好きで、忘れることなんてできないくらいに。
出逢ってしまったことを、後悔してしまうかのように。
それなのに、それなのに、僕らは互いの名前を呼んだ。
刻むように、痕をつけるように、忘れないように、この瞬間は永遠だと、信じているかのように。

「せんせぇ……あっ!光井せんせぇ!ぁ……好き…好きだよぉ…!」
「はっ…好きですよ…亀井さんっ…」
「あ…せんせぇ……!」

嬌声のあと、絵里の体が痙攣し、愛佳もそれに釣られるように欲望を吐き出した。
緊張していた体がゆっくりと解れていくのが分かった。愛佳はすべてを吐き出すと、そのまま絵里の体に倒れ込んだ。
心地良い温もりが、ふたりを包み込んだ。


絵里がぼんやりと目を開けると、愛佳は優しく微笑み髪を撫でていた。

「あ、起きました?」
「ん……」

絵里はもぞもぞと体を動かし、愛佳の胸の中にすっぽりと収まった。
愛佳も抵抗することなく彼女を受け入れ、柔らかい絵里の体を抱きしめた。
細いその体は、ちょっと力を入れてしまえば折れてしまいそうだった。

「好きだよ……光井先生」

胸元で呟かれたその言葉に愛佳は目を見開く。
絵里を見ると、彼女は柔らかく微笑み、もう一度だれにともなく「好きなの」と呟いた。
愛佳もそれに応えるように額にキスを落としたあと「好きです」と囁いた。
腕に込める力を強め、互いの温もりを感じるように、ふたりは再び眠りに就いた。


雨の降るその夜が、僕らが最後に肌を重ねた瞬間やった―――


「光井先生…」

ふと聞こえてきた声に、愛佳はふっと目を開けた。
この短時間で眠っていたのだろうかと目をこすって顔を上げると、そこには、渦中の人物である、亀井先生の姿があった。
マスクを外す彼女に、愛佳は思わず立ち上がった。

「風邪、だいじょうぶなんですか?」
「あ…本当に心配をおかけしました……もうだいじょうぶですよ」

そうして絵里はニコッと笑い、カバンを机に置き、中から書類を出した。
彼女もまた、休日出勤して試験問題を作成するようだ。1週間風邪で欠勤していたから特に忙しくなりそうだ。

「あの……」
「はい?」
「…ちょっと、お時間、良いですか?」

パソコンに向き直って作業をしようとしたとき、愛佳は絵里にそう話しかけられる。
真っ直ぐな彼女の瞳に射抜かれた愛佳は、断る理由もタイミングも失い、ひとつ頷いて立ち上がった。
ふたりはそのまま、家庭科準備室へと向かった。

珈琲を手にしながら、ふたりは向き合って座った。
春の光が差し込む午後、家庭科準備室の空気も時間もまるで止まっているかのようだった。
こうして彼女と珈琲を飲むのも久しぶりだなと思いながら、愛佳はぼんやりとカップの中の黒い液体を見る。

「本当に、ありがとうございました」
「え……ああ、だいじょうぶですよ。僕はなにも…」

愛佳がそう言うと、絵里はふっと微笑む。
その笑顔はどうしても、記憶の中にいる彼女と重なってしまう。そんなこと、亀井先生も彼女も望んでいないだろうけど。

「ひとつだけ…教えてくれますか?」

絵里は微笑みを崩さぬまま愛佳に問いかける。
その笑顔の持つ意味を計りかねるが、なにも掴めないまま、愛佳は静かに頷く。

「あのとき、先生は私にキスしましたよね?」

絵里にそう言われ、愛佳は思わず口元を覆った。
そうだった。ドタバタして勢いに任せて忘れていたが、愛佳はこの部屋で弱っていた絵里にキスをした。
弱みに付け込むなんて最低にも程があると思うが、どうしてもあのとき、愛佳は自分の中に在った欲望がおさまりきらなかった。
目の前にいた彼女をその腕に抱きしめ、もう二度と離したくないと想ってしまった。
愛佳は困ったように笑いながらも「はい」と返す。
絵里はそんな愛佳を見たあと、静かに応えた。

「先生は、だれにキスをしたんですか?」

絵里のその言葉に、愛佳は顔を上げた。
彼女は笑っていながらも、真っ直ぐに愛佳を射抜く。その表情がもう、答えなのだと愛佳は気付いた。

「……気付いてたんですか?」
「まぁ……なんとなく…」

絵里の自信のなさそうな表情に、愛佳は苦笑しながらも珈琲に口付ける。
やはり、この中途半端な想いでは、真剣に向き合っている人には見抜かれるんだなと頭をかいた。
この人の前ではもう、嘘はつけない。今日のこの瞬間まで巻き込んでしまったのならば話そうと、愛佳はもう一杯珈琲を飲む。
空になったカップを片手に立ちあがり、「もらいますね」と新たに注いだ。熱くて黒い液体がなみなみと入って揺れる。
愛佳は再び座って絵里と向き合う。ひとつ息を吐いて天井を仰いだ。そして、覚悟した。

「護りたかったんです、だれも傷つけんと、精一杯に」

呟いた言葉はぽつんと浮かびあがる。
絵里はそのしっぽを掴もうと音を追うと、自然とその言葉は意味を付与して絵里の手元に落ちた。

「なのに、置いてきたんです。遠い過去の記憶の中に」

愛佳はそうして胸ポケットから1枚の写真を取り出し、絵里に渡した。
それを受け取った絵里は思わず「……え?」と声を漏らした。

「きっかけは、他愛のない、ただの噂話でした。だけど、結果的にはそれが原因で、僕は彼女を置いてきたんです」

愛佳は再び、記憶の扉の前に立った。
最後の扉を開けたとき、なにを失うのかは、まだ分からない。
だけど、向き合わなければ意味がない。もうこれ以上、だれも傷つけたくなかった。

愛佳はひとつ息を吐き、扉に手をかけた。





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