#18 <<< prev





白を基調にした清潔感溢れる病院内。
誰一人として喋ることを許されていないような、沈黙に包まれた静かな廊下のとある一室。
れいなは、未だ眠り続けている。

「・・・」

2日前、深夜に突然のさゆからの電話を受けた絵里は自宅を飛び出してからまだ一度も帰っていない。
わりと常識人のさゆが夜中の1時に電話をかけてくること自体が稀有な例で、それだけでもなにか異常事態が起きたんだと予想できた。

『れいなが刺された』

さゆの冗談だとは全く思わなかった。
虫の報せというのか、その日はどうも体調が芳しくなく、仕事を途中で切り上げて早退をしていたんだ。
予感は当たった。
その日から絵里は、ずっとれいなの側にいる。

「・・・」

呼吸すらしていなさそうなほど微動だにしないれいなの体は、肌の白さもあいまってもう死んでいるのではないかと錯覚させるほど。
腕と繋がっている点滴の存在がそれを否定してくれる。

「・・・ばか」

さゆを守ってヒーローにでもなったつもり?
自己犠牲の精神がカッコイイなんて思ってるのはれいなだけなんだから。
振り回されるのは、いつだって周りの人間だよ?

「だから、」

説教してあげるから、さっさと起きてよ。


 *******


お昼前、れいなが心配でロクに寝ていないせいかうつらうつらと船をこぎだした丁度その頃、
控えめなノックの音が響いて瞬間的に目を覚まし来客の姿を確認すると、

「絵里、れいなの様子、どう?」

さゆだった。
家に一度も帰っていないらしい、絵里と同じすっぴん姿でバッグも持っていない適当すぎる格好でれいなの見舞いに来た。

「相変わらず寝たまんまでまだ目覚ましてないよ。さゆの方こそ警察どうなったの?」
「ん、やっと解放されたよ。ヤツは久住くんの活躍で現行犯逮捕されてそのままムショ送り。今までのことも洗いざらい愚痴ってきた。
 お宅に相談したんですが何も対応してくれませんでした、ってこともね」
「そっか・・・よかった」
「・・・」

重ねて積んであった丸椅子を持ってきたさゆが絵里の隣で腰を降ろす。
2人で静かに眠るれいなの顔を見る。なんとなく話しかけづらい空気で、やや気まずい沈黙が室内を包んだ。
どういう話題を振ろうかなと考えているとさゆがれいなの顔を見たまま会話の口火を切った。

「ごめんね」
「・・・」

その"ごめん"はれいなに向けて言ったのか、それとも絵里に向けて言ったのか。
判断ができなかったため言葉を返すことができないままさゆの次の言葉を待った。

「もう知ってると思うけど・・・れいなは、さゆみを庇って刺されたの。さゆみが、れいなを巻き込んだから・・・」
「・・・」
「自分が危ないってのにさゆみのこと守ってくれて・・・」
「・・・」
「だから、絵里はさゆみのこと、恨んでいいよ」

え?なんでそうなるの?
濡れ衣を着せられた死刑囚のように全てを諦めきったような声色でそんなことを言うさゆの顔には悲しみも怒りも何もない、
いつものポーカーフェイスが貼りついていた。
・・・予想はしてたけど、完全に自分に責任感じちゃってるみたい。
気にしないでって言いたいけど、絵里が刺されたわけじゃないから・・・

「どうして絵里がさゆのこと恨まないといけないんだよー」
「・・・だって絵里は・・・、れいなの、・・・彼女じゃん」
「元、ね。今は特別な関係じゃないから絵里にれいなのことでそんなに気を遣わなくてもいいよ」
「え?」

さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら。さゆの頭上にはでっかいクエスチョンマークが浮いていた。
呆けた顔をしているさゆに、

「だから、絵里はれいなとは恋人関係じゃないから。絵里のことは気にしなくていいよってこと。
 そりゃれいながこんな状態で絵里も悲しいけど、さゆが悪いわけでもないし、」
「・・・・・・れいなと付き合ってないの?」
「え?あ、うん」
「ヨリ戻してないの?」
「うん」
「・・・・・・なにそれ・・・」

頭を伏せて震えるさゆを見て、もしかして泣いてる?と思ったが、
突然立ち上がって部屋から出て行こうとするので今度は絵里の方が頭の中がクエスチョンマークで満たされた。

「もう帰るの?」
「うん。・・・・・・・・・絵里」
「なに?」
「ごめんね・・・」

なにが?
とは聞けないままさゆは扉の向こうに消えた。
どうしちゃったんだろうさゆのやつ・・・わけわかんないよ。


 *******


人間は飲まず食わずのままだと3〜5日間くらいで天に召されてしまうみたい。
というわけでさすがにフラついてきたので胃になにか入れようと病院内にあるコンビニに足を運ぶと思わぬ人と遭遇した。

「あ・・・、あ!」
「!! え、絵里さん!?なんでこんなところに」
「高橋さんこそ・・・!」

童顔で絵里より少しだけ身長が高いスーツ姿の男性。
過去、お付き合いをしていた高橋愛さんが雑誌コーナーで少年誌を立ち読みしていた。
すごい。デパートとかスーパーで偶然会っちゃった、とかならわかるけど病院ってのはなかなかレアなんじゃない?

「お、お久しぶりです。えーと、あの時は、どうも、失礼しました・・・」
「謝るのはこっちの方ですよ!こんなところでお会いできるなんて。話したいこと、たくさんあったんです。
 それにしてもどうして病院に・・・?」
「ちょっと、知り合いの付き添いで・・・。友人が入院したらしくて、はい」
「そうなんですか・・・」

なんか少し丸くなったような。
久しぶりに会った高橋さんは以前の近寄りがたい雰囲気から一変して親しみやすさを感じるようになった。
今も、強固だった彼の殻が破れて素の性格がちらちらと見え隠れしている。

「ええっと・・・俺、じゃねーや私も絵里さんと話したいこととかあるんですけど、場所が場所ですし今日はツレもいるので・・・
 後日、私の方から連絡するので、場所を設けてまた会いませんか?」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあ近い内にまた連絡しますんで。それでは、じゃあ、また」

すたこらさっさー。
キョドりながら風のように去っていく高橋さんを見て人ってこうも変わるもんなんだなあって思った。


 *******


偶然とはいえまさか絵里さんに会ってしまうなんて。しかも今度会う約束までしてしまうなんて。
約束の時間1分前、会う日いつにしようかなと考えていると廊下の向こうからヒヨコみたいな小股走りでガキさんがやって来た。

「愛ちゃんお待たせ・・・」
「待ってないよ。・・・随分暗い顔してるな。そんなに重症だったのかガキさんの友達は」
「うん・・・ずーっと寝たままでピクリとも動かない。命に別状はないらしいんだけど・・・・・・、」
「お、おいおいこんなところで泣くなよ?」
「大丈夫よ・・・」

いつも意味もなくアハハーって笑ってるくせにそんな今にも死にそうなほど辛い顔をされると本当にただの友達なのかと疑ってしまう。
まぁ昼休み中に購買の仕事ほっぽり出して見舞いに来てる時点でただの友達ではないだろうということは火を見るより明らかなのだが。
自分の中でそれを否定したいという気持ちがあることが未だに信じられない。だってあのガキさんだぜ?
それでもやはり一度気になると聞かずにはいられない、確かめることにした。

「ガキさんのその友達って・・・本当に、ただの友達なのか?」
「・・・彼にとっては私はただの友達ね」
「・・・・・・」
「でも私にとっては・・・」

次に言うセリフが手に取るようにわかってしまう。が、まだそうと決まったわけじゃないと否定する自分も存在している。
こんな風に悶々としている時点で俺は相当風邪をこじらせてしまっているらしい、よりにもよってこんな変な女に。
ガキさんだけが世界から切り離されスローモーション再生になった。やけに遅い唇の動きに全視神経と全聴神経を集中させる。
ガキさんにとってそいつは・・・


「特別な人ね」

またも、俺は打ちのめされた。

「・・・そうかい」

その言葉を聞いてもなお全く諦める気が起きない、自分の不屈の恋心に。


*****


『れいな、今日の放課後屋上に来て欲しい』
『ん?なんで?』
『話したいことがあるの』
『別にいいっちゃけど、大事な話なん?』
『あ、ううん。そんなでもないよ。結構、うん。どうでもいいことだから。そんな緊張しなくてもいいよ。
 ほんと、どうでもいいから』
『んー行けたら行く』
『うん・・・』


『待ってる』


*****


・・・。
目を開けると、模様もなにも無い白一色の天井に明かりのついていない白熱灯が見えた。
寝起きの頭でボーっとそれを見ていたがなんの面白みもないので窓の方に視線を向けると雲1つ無い真っ青な空がそこにあった。

段々と覚醒してくる頭に今の状況を把握しようとする細胞も起きはじめたようで、
今は何時だとかここはどこだとかなんでこんなところにいるんだとか、腹が減っているのに食べ物よりも情報を欲している。
とりあえず、誰かいないかなと上半身を起こそうとすると、

「い゛っ!!?〜〜〜・・・い、いだだだ・・・」

何、何!?なんだよこれ!?
なんでこんなに体が痛いんだ・・・?

「!! れいな!?」
「へ・・・?」

ドサドサと物が落ちるような音がしたかと思うと絵里がれいなの側にやって来て優しい手つきでれいなの体を支え、元の位置に戻してくれた。
って、どうして絵里がここに・・・?
混乱する頭をどうにか正常に戻そうと猛スピードで情報を処理していくがまだ寝ぼけているようで記憶と今の状況が噛み合わない。

「なんで、絵里がおると・・・?」
「れいな・・・」

ポロポロと音がしそうな程の量の涙が絵里の瞳から零れ落ちるのを見てぎょっとした。
なんで泣いてるんだ?どうして絵里がいるんだ?どうしてれいなの体はこんなに・・・、

「あ、」
「・・・思い出した・・・?ヒック・・・あうう・・・」
「れいな、さゆのストーカーに刺されたんやった」
「そんななんでもないかのように言わないでよ・・・絵里、めっちゃ心配して・・・うう〜」
「泣くなよ・・・」

そうか、そうだった。れいなはナイフか何かで刺されたんだ、あのストーカー野朗に。
れいなの部屋にしてはやけに質素だなあと思ったらなるほど、ここは病院だったのか。
しかし腰刺されて生きているなんて・・・案外しぶといなあれいなも。


「うえ〜ん・・・グスっ」
「まだ泣いとったと?」

未だベソベソ泣き続けている絵里の頭をよしよしと撫でてやるとなぜか拗ねたような顔して睨んできたので、
何よ?と少し後ずさる。蛇足だが実際は体が痛くてそんなことはできないのであくまでフリである。

「さゆを庇って刺されて、俺カッコイイとか思ってないよね?」
「はあ〜?思ってなか。あん時は必死だったけん」
「もう、バカな真似しないでよ・・・?絵里だけじゃないんだからね心配してたの・・・。
 ほんと、れいなバカなんだからマジで・・・」
「バカ言うな。心配させたんは・・・ごめん」

今回ばかりはぐうの音も出ない。でも絵里に生きてまたこうして会えてよかった、ほんと。

「はぁ。れいな2日も寝てたんだからね、お腹空いたんじゃない?今、コンビニ行ってきたんだけど、これじゃ物足りないだろうし、
 物食べていいのかもわかんないしとりあえず看護師さん呼んでくるから」

ドアの前で落っことしたコンビニの袋をれいなのベッドの脇に置いてある丸椅子の上に置いて絵里が病室から出て行こうとする。
コンビニの袋からちらりと見えるアーモンドチョコレートの箱を見て、季節はずれな質問を今更、聞きたくなった。

あの変な夢にあてられたせいなのか。
なぜか今、聞かないと駄目な気がしたんだ。

「絵里・・・今年のバレンタインさ、何作ったと?」
「えっ?トリュフだけど・・・それがどうかした?」
「それ、何味作ったか覚えとう?」

絵里は突然何言ってんだこいつ、体に穴開けられておかしくなったんじゃないかって顔をしながら、

「ビターだけど?」

なんて、至極当たり前のように言った。

「そっか・・・」
「! もしかして欲しかった?ごめんね、あの時はまだ高橋さんとお付き合いしてたから、れいなにあげるのはやめといたの。
 ほんとはあげたかったんだけどね。ごめんね、さゆにあげちゃった」
「うん・・・」
「あ、来年は作ってあげるから!」
「おう・・・」
「じゃあ絵里行くね。すぐ戻ってくるからじっとしててよ?無茶したら怒るからね?またね」
「ああ・・・」

パタン。
そうして室内は、また静寂に包まれた。
バレンタインデーにれいなの部屋のポストの中に置いてあった、あの差出人不明のラッピングが綺麗だった箱の中身、
甘いものが大好きなれいなのために作ったであろうそれは、ミルク味のトリュフだった。
ビターじゃない。

「・・・」

目を瞑りながら自分の回顧録を紐解き、過去の出来事を確認するための記憶の旅に出発する。

『付き合いだけならあんたよりはこっちのが長いから。
 れいなの好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、嗜好、癖。
 なんでも知ってる』

好きな食べ物ね・・・。
・・・こんなこと言ったのは、どこのどいつだったか。


*****


「はぁ、はぁ、はぁ」

病院ってのはエレベーターでビューンと楽に屋上まで行っては駄目だという決まりでも作ってあるのか?
それともこの病院だけなのだろうか。最上階に着いてまた非常階段をえっちらおっちらと上らなければ屋上に辿り着けないのは。
起きたばっかでまだ体の傷が完全に塞がっていないであろう体に鞭打って慣れない松葉杖を使って苦労してまで行くからには居てくれなきゃ呪う。
別に、今日でなくとも、おそらく明日もいるだろうに・・・なんでれいなはこんなに必死になってまで・・・、

「・・・はぁ」

罪の意識があるからだ。
もう待たせたくなかった。
"待ってる"と言ってそれからずっと中等部の校舎の屋上で待っていてくれる、彼女のためにも。
これ以上の遅刻は、自分が許せなかった。

「・・・」

ノブを数回回し、施錠がされていないことを確認してから、扉を開いた。

「・・・おお〜」

何日も薬臭い部屋に閉じ込められてグースカ寝てたのでお天道様の下に出ると体に活力が戻ってきたような気がした。
意味もなくすぅはぁと深呼吸を繰り返し、体の中に気持ちのよい空気を取り込む。都会なので綺麗ではないだろうが。
そうして周りを見渡すと・・・

「・・・やっぴぃ」
「あ・・・起きたんだ。久しぶり、おはよう」
「うん。おはよう・・・さゆ」

果たしてそこに彼女はいた。

「・・・ごめんね・・・。さゆみのせいで、れいなが・・・、」
「んなことどうでもよか。れいなが勝手にやったことやし、それに謝るのは・・・れいなの方っちゃよ」
「え・・・」

長い黒髪がサラサラと風に弄ばれながらうるさそうに片手で顔にかかる髪をはじくさゆは、れいなの顔を見て全てを察してくれた。

「・・・そっか。約束、思い出してくれたんだね」
「うん」
「遅いよ」
「ごめん」

柵に背を預けていたさゆがれいなの方に近づいてくる。
そして・・・

「1回しか言わないから。耳かっぽじってよく聞いといてね」
「・・・うん」
「好きです」

風がぴゅうぴゅうと吹き荒れてうるさいはずなのにその言葉だけはなぜか耳にすっと入り、簡単に認識された。

「8年前からずっと、好きでした」

おいおい1回だけしか言わないんじゃなかったのか。

澄み渡るような青空の下、れいなとさゆを中心に世界が放射状に8年前の姿に戻っていく。
あの青かった、青春時代に。


*****


不揃いだったパズルのピースが全て揃い、カチリとはまった。
妙な違和感の正体・・・役者は絵里ではなかった。

舞台は9年前のかつて通った学び舎、朝陽学園中等部。役者はれいなと・・・・・・、
道重さゆみ。





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