シーン4 静かな家 れーなと2人


電車に揺られながら、私は駄目になってしまったれーなのワイシャツについてれーなに話しかけてみた。
どうやられーなもそのことで困っていたようで、いくら今日あったことをなかったことにしようと思っても、
物的証拠を覆さない限りは、親への言い分もへったくれもない。
結局思いついたのは、私のワイシャツを一枚れーなにあげる、という手段で、
そのために、私は初めてれーなを自分の家に招待することになった。
幸い家には、小さくなった、れーなの身体にぴったり合いそうな「元・私のワイシャツ」がたくさんある。

今日は私の両親は2人とも県外へ出張中で、初めて家に呼ぶこの見た目で誤解を招きそうな金髪の人間を両親に合わせなくていい、
というのは私にしてみれば、さらなる幸運と言ったところだった。
もちろん、そんなことはれーなには言わなかったけれど。
しかし、何となく話の流れから「今日はうちパパもママも出張中でさ。一人で寂しくお留守番なんだ」と言うと、
れーなは眼を見開いて、「ねぇ、もしよかったらやけどさ。今日泊まってってもいい?」と私に聞いてきた。
私としても一人で留守番するのは寂しかったし、それに両親という障害さえいなければ、
友達を家に泊めるというのは、やっぱりやってみたかったことではあった。
私は二つ返事でれーなの要求を受け入れる。
それに、どうやられーなの表情を見ていると、今日は事情を知っている人間と一緒にいたい、
という気持らしいのがわかり、なおのことれーなを私の家に泊めてあげたいと思った。
きっとれーなは嬉しいはずなのに、どこか恥ずかしいのかそれを隠そうとしている、
そんなところにふと可愛さを覚えてしまうのは、やっぱりなんだかんだ言ってさゆみがれーなのことを好きな証拠なのだろうか。

れーなの親は、別に友達の家に泊まるとかそういうことには随分とフリーダムならしく、
私がそんなれーなの家庭環境を羨んでいるうちに、れーなはさっさとお母さんへのメールを済ましてしまっていた。
メールを済ましてしまうと、れーなは「今日の晩御飯なんしようとかね」と楽しそうに喋り始め、
私の家の最寄駅に着く頃には、その全く以って無害な空想は、「お金があれば、高級寿司とかとりたいよね」というレベルにまで達していた。
かくして、今夜、れーなが私の家に泊まることになったわけである。

「さゆは兄弟とかいると?」

駅から家までの肌寒い道のりを歩きながられーなが言う。

「うん、お兄ちゃんが一人とお姉ちゃんが一人。でも、今はどっちも県外で一人暮らし中」
「そっか。さびしいやろ」
「うん、ちょっとね。でも、パパもママもいるし、どっちかって言うと寂しがり屋のお姉ちゃんの方が可哀想だと思う」
「さゆは優しいんやね」

今日の出来事がそうさせるのだろうか。
なんだか、あれだけ乱雑な物言いで、攻撃的だったれーなの一面を今は感じることができない。
もしかしたら、普段のあのツンケンした態度は仮面のようなものであり、
今日の一件を通して、私に対してはその仮面を脱いでくれるようになったのではないか、
とそんな自分に都合の良いことをそわそわしながら考えているうちに、あっという間に私の家に辿り着いた。


家には無論誰もいない。
私は手っ取り早くれーなをリビングに案内し、部屋から私の小さくなったワイシャツを一枚持って行ってあげた。
「ありがとう」と今日の放課後くらいまでは考えられなかったくらいの穏やかさで、お礼を言われる。
少し照れてしまいそうなのを隠して、なんてこと無さそうに踵を返しながら「ご飯、何食べよっか?」とれーなに尋ねてみた。

「うーん・・・なんでもいいっちゃけど・・・」

れーなは天井の辺りを見つめながら、考え込んだような表情をしていたけど、私の視線に気が付くと、急に顔を逸らした。
どうしたのかと思いながら、私が例の亀井という男から貰ったお金のことを切り出そうと息を吸い込んだところで、れーなが弱々しく口を開く。

「その・・・今日は、さゆにお世話になったけん・・・それに、れーな、今日5千円も持っとーし・・・」

私はれーなが何を言わんとしているのか、だいたいのところがわかった。
けれど、だからからこそ、あえて私はれーなの言葉を全て聞くようなことはせず、
不自然に途切れるれーなの言葉の合間を狙って、彼から貰ったお金のことを打ち明けた。
打ち明けた時は、やはりれーなは少し罰が悪そうな苦々しい表情をして見せたけれど、
私が「何も気兼ねすることは無い」と何回か言ってやると、

「うん、わかった。でも、今日はあの人に助けてもらいっぱなしやね」

と苦笑いを浮かべながら答え、渋々、彼からもらったお金でちょっとばかし高価なご馳走を食べに行く、ということを承諾してくれた。

そうとなれば女の、気が図太いところが本領を発揮し始める。
男の金で飯を食うと決まれば、あとは「何が良いかなぁ」とウキウキとした気分で空想を語り合い、
結局電車の中で何度か話に上がっていた「高級寿司」を食べに行く、ということに話は落ち着いた。


家の近くの高級寿司店に場違いにも女子高生2人でお邪魔し、やっぱりもう少し身の丈にあったところに行けばよかったね、
なんて後悔を笑いあいながら、それでも頬のとろけ落ちそうな寿司の数々を十分過ぎるほどに味わった。
お腹をさすりながら家に戻り、とりあえずお風呂にお湯を張りつつ、食後の小休憩、といった具合にダラダラと喋りながらテレビを眺める。
ケラケラという乾いた笑い声が、何となくホテルから戻ってきた後もざわついていた胸の辺りを落ち着かせてくれる。
ちょうど一つの番組のエンドロールが流れてきた辺りで、「ピピピ」とお湯が溜まり終わったことを知らせる電子音がリビングに鳴り届いた。

「れーな、先入る?」
「え? れーなはいいとよ・・・ほら、あっちでシャワー浴びてきたけん・・・」
「・・・そんなこと言わないでさ。せっかくお湯出したし、一人で入っても勿体ないから、れーなも入りなよ」
「うん・・・じゃぁ、入ろっかな」

私はれーなを風呂場まで案内し、それから「タオルと着替えを用意してくるね」と言い残して、後ろ手に脱衣所の引き戸を閉めた。
一人きりになると、ほんの少し家の中の空気が冷たく感じられ、点けっぱなしにしていたテレビに流れるCMになんだかちょっぴり感傷的な気分になってしまう。
けれど、今まさに私の家には友達が泊まりに来ていているのだ、と思うと、
あんなことがあって一日と経っていないにもかかわらず、子供みたいに心がウキウキとしてしまう。
階段を登る足取りも、今はなんだか「一段飛ばし」で駆け上がりたい気分。

しんと静まり返った私の部屋の中で、れーなに貸してあげる下着はどれがいいだろうか、とほんの少し悩み、
けれど、下着を貸し出すこと自体には嫌気が刺していないということに気が付く。
私の中でもれーなのことを受け入れつつあるのだな、と恥ずかしいような、嬉しいような、
ふわふわとした想いがそっと胸の中に陽だまりを作っていた。

両手に服やらタオルやらを抱えて、一階のふろ場まで下りる途中、風呂場からまったく物音が聞こえて来ないことに気が付いた。
もう湯船に浸かってゆっくりしているのだろうか、と思ったその時、廊下の角を曲がった瞬間に人影が目の前に現れる。

「わっ・・・なんだ、れーなか」
「さゆ・・・」

一瞬不審者が家に侵入してきたのかとも思ったけれど、目の前の人影がれーなだとわかりほっと一息つく。
けれど、そんな安堵も束の間、れーなの少し潤んだ瞳や、上はジャージに下はパンツだけ、という異常な格好に違和感を覚える。
そして、目のやり場に困って、うろうろとれーなの身体の上を動き回った視線が、れーなのパンツの破れかかったところを捉えた。

「れーな・・・」
「・・・あのさ、さゆさえ良かったらやけど、一緒にお風呂入らん・・・?///」
「うん、いいよ。さゆみもお邪魔しようかな、って思ってたの」

きっとれーなはこの私の言葉が単なる同情心から来たものだということを見抜いていたとは思うけれど、
それでもそんな私の同情心にすがるように、「やった」とれーなは力無い声で笑って見せた。


私は脱衣所で服を脱ぎながら、放課後にマックで話していた「女の子に裸見られるくらいは大丈夫だけど」という自分の言葉を思い出していた。
あの時はあんなことを言ったものの、銭湯になんてほとんど行ったことないし、温泉だって滅多には行かない。
それに自分の知っている人に裸を見られるという経験は修学旅行くらいでしかしたことなかったし、
友達の女の子と自分の家のお風呂に入るという今のこの状況に私は恥ずかしさを覚えない訳が無かった。
そんな私はれーなに背を向けながら一人で壁を向き、足首をパンツから抜き取ったりしながら、
れーなが先に風呂場へと入って行くのを背中で見送った。
脱いだものを洗濯機に放り込み、それから風呂場の扉に手を掛けたところで一度思いとどまり、息を吐き出しながら鏡と向かい合った。

無駄毛処理の甘さを後悔したり、貧相な胸が少しは立派には見えるようにならないかと肉を寄せ集めてみたり、
ほとんど無駄とも言えるあれやこれやを一通りやった後で意を決してれーなの待つ風呂場へと脚を踏み出した。


「さゆん家のお風呂、広くて気持ちよかね」

肩の辺りからシャワーを浴びながられーなが言う。
私は「そうかな」と返しながら、れーなの華奢な身体つきや、背中の真ん中あたりまで伸びた金色の髪を横目で眺めた。
きめ細かい肌や子供っぽい腰つきを見ていると、不思議と売春をやっているような人間には見ない。
れーなは軽く身体を流した後で、シャワーを私に渡すと「お先に」と言って足先から湯船に浸かっていった。
すれ違う瞬間、ふわりと良い匂いが香る。
そして、小さな胸や無駄毛の無いツルツルの下半身、余計な肉のついていないお腹や
両手のネイルと同じ色をした乳首など、様々な情報が一瞬で頭の中に過った。
どちらかと言えば、それは私が想像していた通りの「裸」だった。

「さゆはお姉ちゃんと一緒にお風呂入ったりすると?」
「ううん。今、お姉ちゃんは県外で一人暮らししてるってさっき言ったでしょ?」
「そうやなくて、さゆって人と一緒にお風呂入ったりするタイプなんかなぁ、ってこと」

私も身体の汚れを一通りシャワーで流し終え、湯船に浸かろうと振り返った。
しかし、女友達と二人でお風呂に入る場合は湯船にどういう配置で収まったらいいものか、という難問にぶち当たる。
私は「そうだなぁ、温泉とか以外で他人と入るのはもう何年もしてないな」と答えつつ、
湯船の中にどこか収まりの良いスペースが残されてはいないかと目を泳がせた。

その時、ちょうど私の身体を見上げていたれーなと視線が交差する。
私は自分のみっともない裸をれーなに見られていることに気が付き、急に恥ずかしくなる。
一方でれーなの方も、無意識に私の身体に興味津々になっていたことに急に気が付いてしまった、といったような表情で下唇を噛んでいた。
気まずい空気が流れかけたけど、れーなは風呂の片方の隅に身体を寄せると、「早く入り」と言って私の左手を掴んで引き寄せた。

「れーなも他人と一緒にお風呂入るのは久しぶりったい」
「・・・なんかちょっと恥ずかしいよねw」
「そうやねw」
「ふふふw でも、れーなマックで私に裸見られるくらい平気だって言ってたじゃんw」
「そ、それは・・・でも、さゆやって言いよったとよ。女の人だったら恥ずかしくない、みたいな感じで」
「まぁ、言ったことは言ったけど・・・
 でも、なんか「ほんのちょっとは恥ずかしいんですけどね」みたいな感じは出てたでしょ?」
「いーや、出てなかったと。
 なんなら「アソコだって開いて見せますけど」みたいな雰囲気がビシビシ出とったけん」
「いやいや、それはれーなでしょw」

言い返す言葉が無くなったのか、れーなはお湯の表面を叩いて、私に水しぶきを掛けた。
前髪から垂れる水を払い除けて、私はれーなを睨みつける。
そして悪戯な笑みがその顔から消え失せぬうちに私も一つ「バシャッ」と返して応戦した。

「ちょ、やめりぃってw」
「先にやったのはれーなでしょ?w」
「そんな知らんしw よし、もう容赦しないけんねw」

れーなはお風呂の中で膝立ちになると、大きく手を広げて私に覆いかぶさってきた。
小さなおっぱいがぷるんと震える。
にやり、という不敵な笑みをスタートの合図に、私の首筋や脇腹、そして足の裏にまでれーなの指先が伸びてくる。

「きゃはははw く、くすぐったいからw お願い、お願い、ギブギブっw」

私は風呂のお湯が全部飛び散ってしまうんではないか、というくらい浴槽の中で暴れて、
肘とか肩とかを浴槽の壁にぶつけながらも、何とかれーなを自分の身体から引き剥がした。

「はぁ、はぁ、死ぬかと思った・・・w」

私は濡れた髪を掻き分けながら、笑い疲れした肺を労わるように深呼吸をしながら言った。

「さゆ?」
「なぁに?」
「その・・・今日は・・・ほんとごめんね。れーなのせいでさゆまで変な事巻き込んでしまって・・・」

さっきまでの軽やかな空気がすっと消えていく。
唐突な感じではあったけれど、それでも、れーながずっとこの言葉を言う機会を探していたのかと思うと、
私はその不自然さを指摘するような気にはなれなかった。
私はただ頷いて、「ううん、いいよ。友達でしょ?」と少し臭すぎるような言葉を返した。

「ありがと・・・でも、さゆは・・・本当はれーなのこと嫌いやろ?」
「え・・・?」
「わかっとぉと・・・さゆは優しいけん。
 ほんとはこんな下品な女となんて関わり合いたくないと思いよーのに・・・
 きっとれーなが学校でもボッチやし、先生とかからも嫌われよーの知っとぉけん・・・」
「そんなことないよ」

私はできるだけ真剣味のある声でそう答えた。
けれど、言葉にした瞬間、それはどこか作り物のように聞こえ、そして、私の頭の中には、
れーなと出会ってからおよそ2か月間、心の中でぼやいていたれーなへの不平不満の言葉が蘇ってくる。
今となっては私が間違っていたと気が付いたものの、そういうことを考えていたという事実は変わりはしないのだ。
私は濡れた髪を背中の方に流し、それからまっすぐにれーなを見つめて口を開く。

「ごめん、れーな。ほんとは・・・最初のうちは・・・
 ううん、ほんとに今日の放課後のマックまではずっと・・・さゆみ、自分がれーなのこと嫌いだと思ってた・・・
 でもね。今日、ホテルであんなことがあって、それで私が自分の勝手な先入観だけでしか、れーなのこと見てなかったことに気付いたの。
 さゆみと見た目も性格も全然違うし、今まで、さゆみの友達にれーなみたいなタイプの人、いなかったから。

 それでもね、実はさゆみずっとれーなに惹かれてたんだ。
 れーなは明るくて、無邪気で可愛らしくて・・・一緒にいると眩し過ぎて、さゆみの汚いとことかが浮き出てきちゃうから・・・
 だから、そんな厭らしい自分を認めたくなくって、ずっと自分に「れーなのことが嫌いなんだ」って言い聞かせてたんだと思う。
 それに、正直に言えば、お金で自分の身体売ってたり・・・これは単純な偏見なんだけど、高校生なのに髪染めてたりね・・・
 そういうとこ、心の中でずっとけなしてきた。ほんとは似合ってて可愛いって思ってるのに・・・
 ほんとは自分だってそういうことしてみたいくせに・・・ね///
 で、なによりもさゆみの中で許せなかったのは、きっと、れーなが自由奔放ですごい楽しそうに見えたこと。

 さゆみは人の目とか貞操とか、そういうのばっかり気にしてて、すごい窮屈に感じてたの・・・
 今日までずっと気が付かないふりしてたけど。
 だから、れーなのことが羨ましく・・・疎ましく思えて・・・
 でも、実際はれーなも色んなこと考えているんだ、ってわかって。
 さゆみがただ狭い考え方しかできてなくて、自分で自分を追い込んでいただけなんだ、ってれーなが気づかせてくれた。
 だから、今ではさゆみ、れーなにとっても感謝してるし、それに大好きだ、ってちゃんと思えるの。
 好きだな、大切にしたいな、って思えるの。

 こんなこと言ったら、れーなはさゆみのこと嫌いになっちゃうかもしれないけど・・・
 さゆみ、こんなにちゃんと人と「友達でいたい」って思えたのは生まれてから初めてだと思う。
 今までさゆみが友達だと思ってた人って、ほとんどが、さゆみのこと「お人形」みたいに可愛がってくれた人で・・・
 もちろん、何人かはそれなりに好きになれる子もいたんだけど、それでも、さゆみ、心の中でそんな人たちをずっとけなしてた。
 さゆみよりも頭も悪いし、可愛くもないから、どーせさゆみの近くにいることで自分の評価もあげたいだけなんでしょ、って・・・
 最低だよね、ほんと。
 そのくせ、ほんとは「さゆみちゃんといると、楽しくて、おかしくて、心が安らぐな」とか、
 そんなこと言われたい、思われたいって思ってたんだから。
 しかも、そんな自分の考え方が間違ってるなんて疑いもしなかったんだから。
 
 だからね、人の目も気にしないし、さゆみよりも可愛いし、素敵だな、って思えるれーなに出会えて本当によかった。
 れーなが今日ホテルで危ない目にあってる時・・・さゆみ初めて本当に人のこと心配できたんだ。
 さゆみがれーなの身代わりになってあげたい、って心の底からそう思えた。
 その時、さゆみ、れーなのことが好きなんだな、ってやっとわかったの。
 だから、今日はね、あんなことがあったけど、れーながさゆみの家に泊まってくれるってなって、
 帰りの電車の中とか・・・ほんとにワクワクして・・・今も、とっても嬉しくて・・・
 あれ・・・ごめん・・・なんかさゆみすっごい喋ってる・・・w」
 
私は訳もなく目頭が熱くなっていることに気が付く。
淡い光が水面をゆらゆらと揺れていて、その向うではれーなが目を真っ赤にしていた。
いったい今の私の長ったらしい「独り言」にそんな泣ける要素があっただろうか、
なんてことを考えているうちに、れーなは顔を歪め、鼻を啜りながら、浴槽の中で震えるようにして膝を抱えながら涙を流し始めた。
私はそんなれーなの小さな肩が居た堪れなくなり、お互い裸だったということがほんの少しだけ気にかかったけれど、それでも意を決してれーなを抱き寄せた。
既に暖かいお湯の中にいたはずなのに、れーなを抱き寄せると、より一層身体が温まった。

「大丈夫だよ、れーな。さゆみはれーなのことが好きだから。
 今日はちょっと辛いことがあったけど、きっとこれから良いことあるから。そうでしょ、ね?」
「さゆ・・・れーな、実はずっと怖かったと・・・」
「うん」
「れーな、自分が馬鹿なことしてるってずっと前から気づいてた。でも、見ないふりしてたと。
 れーな、頭も悪いし、皆みたいにお淑やかに可愛くもできんし、自分勝手でわがままで・・・
 やけん、自分は自分らしく自由奔放に生きているだけなんだって、ずっと自分に言い聞かせてきた。
 本当は知らない男の人になんかれーなの身体触ってほしくなかったし、ライブのチケットとか服とか、
 そんなに、どうしても欲しいってわけじゃなかったとよ。
 ただ、自分は自由気ままな人間で、ちっちゃいことには全然気を取られたりしない人間なんだ、
 って思い込みたかっただけだったんだ、って今ならちゃんとわかる。
 だから、れーなはさゆが思うような、明るくて、自由で、っていう人間なんかじゃなくて・・・
 どうしようもなく、勝手にひねくれてるだけの馬鹿な人間ったい。
 さゆに好きになってもらえる資格なんてないとよ」
「そんなことないよ。れーながちょっと無理してるのはさゆみだって何となくわかってた。
 でも、誰だってちょっと無理しながら生きてる。
 さゆみだってそう。
 だから、別にれーなが自然に振る舞っていようと、無理して自分を作ってようと、そんなことはどうでもいいの。
 さゆみはただ、れーなのことが好きなだけだから。
 れーなが無理して自分を作ってるのが辛いって言うなら、さゆみの前では普通のれーなのままでいいよ。
 絶対嫌いになったりなんかしないし、苦しいときは力になりたいって、心から思うの」
「ありがとう、さゆ」

ドラマみたいな雰囲気だな、と冷静な私が天井から俯瞰しているけれど、当の舞台上の私は、この淡い光だったり、心地よく音が響く感じだったり、
そういうものに後押しされて、少し感傷的過ぎるかもしれないな、とは思いつつも、涙を流すれーなの頭を今まで味わったことが無いような優しい気持ちでずっと撫で続けていた。
触れ合う素肌の間に滑らかなお湯が流れ込んで、どこまでも親密に私たちはお互いの身体を抱き合う。
その感触は私がずっと心の奥底で望んでいたものだった。

私はその心地よさに魅入られて、いつまでもこうしていたかったのだけれど、如何せんここは湯船の中。
額から汗が流れ出してきたところで、私はれーなを抱きしめていた腕をほどき、
それから「ちょっと暑いね」と言うと、その場で立ち上がり、窓を開けた。

外では雨が降っていた。

冷たくて気持の良い空気が流れ込み、私は額の汗を腕で拭いながら、ふぅ、と一つ息を吐き出した。
塀と家の間の隙間に生えている草木に柔らかな雨がぽつぽつと当たる音が風呂場の中にも聴こえてくる。

「雨、降ってると?」
「そうみたいだね。はぁ、空気が冷たくて気持ちーね」
「れーな、普段は雨ってあんまり好きじゃないけど、なんか今日のはすごい好きったい」
「ふふふ、なに詩人みたいなこと言っちゃってるの?w」
「い、いいやろ/// たまには///
 それに別にカッコつけてるわけやなくて、ほんとに今日はなんか気持ち良いっていうか・・・」
「うん、まぁ、わかるよ。さゆみも。
 今日は何て言うか、センチメンタルな気分になっちゃうの、不思議だけど///
 でも、寂しいとか、悲しいとかじゃなくて、なんか、ほんの少し温かくって・・・わかる?///」
「うん、わかると/// なんとなく///」

やたら詩的な気分になってしまっている自分が恥ずかしい。
けれど、何故だろう、そんな恥ずかしさすら心地よいと思ってしまう自分がいる。
こうして雨が降っていることも何だか運命的なもののように感じるし、
時折、背中の方でれーなが動いた時の水音が聴こえたりすると、それもまたキラキラと鼓膜の上で華麗に跳ねる。
涙が心に積もった塵を全て洗い流してくれて、剥き出しの感情が穏やかな光を浴びているような、そんな感じがしていた。

「さゆ・・・?」
「なに?」
「さゆってさ・・・ほんと綺麗なお尻しよーよね」
「ちょっ/// 何言ってんの!?///」
「いや・・・その・・・単純に、綺麗だなって///
 それにお尻だけやなくて、足とかもスラッとしとぉし、どっちかって言うとモデル体型やん?」
「そ、そんなことないよ/// てか、さゆみ、胸も小さいし、なんかちょっとお腹とか贅肉ついてるし・・・
 さゆみ、自分の貧相な身体ってあんまり好きじゃないけど」
「でも、れーなは好きとよ・・・///」
「あ、ありがとう・・・///」

私は恥ずかしくなって、まだ冷めきっていない身体をまた湯船の中に滑り込ませた。
ちゃんと夜の空気で冷ましたはずなのに、さっきよりも身体が熱くなっているような、そんな感じがする。

「ねぇ・・・さゆ・・・?」

れーなは俯き加減に私に呼びかける。
たっぷりとした間があって、絶対にありえないだろう、とは思いながらも、私は色々なことを頭の中で想像してしまう。
パラパラという雨音と秋のそよ風が少しずつ私の感性を湿らせているのだ。

「なに・・・?」
「さゆは・・・どんなことがあっても、れーなのこと・・・嫌いになったりせん・・・?」
「うん。たとえれーなが、吸血鬼だったとしても、嫌いになったりなんかしないよw」
「あははw よかった・・・
 でも、もし・・・それでも、さゆがやっぱりれーなのこと嫌いになっちゃったら・・・
 そのときは、すぐに言ってほしいと。すぐに、れーなはいなくなるけん」
「そんなこと言わないで。さゆみはれーながいなくなったら、絶対嫌なの。
 さゆみ、足は遅い方だけど、それでも絶対追いかけて捕まえてやるからw」
「うん・・・ありがと・・・あのね、ほんとはこのこと内緒にしておくつもりやったと。
 れーなは別にそれでも良いし、さゆに本当のことを言って嫌われるくらいなら、黙っとった方がマシだって、ずっと思ってた。
 けど、やっぱり、ずっと内緒にしてるなんて無理やけん・・・少なくともれーなには。
 やけん・・・もし、気持ち悪いと思ったら、すぐに跳ね返していいっちゃけど・・・あのね」

一瞬、れーなの口を塞ぐために手を伸ばしてしまいそうになる。
しかし、私の心はどこかで、それから言われるであろう言葉を望んでいて、
私は「聞きたい」という思いと「聞きたくない」という思いの狭間で、身動きができなくなっていた。
そして、あっという間にれーなの口から、展開的には予想できていたものの、全く以って信じられない言葉が発せられる。


「れーな・・・さゆのこと好きったい/// 友達以上って意味で///」


れーなの視線は不安そうに、水面の上で揺れて、不思議といつかずっと昔、
小学校くらいのときにクラスメイトの男の子に告白されたときのことをさゆみに思い出させた。
一方の私は、れーなにかける言葉が見つからず、ただ、自分で何を言っているのかもわからないまま、「ありがとう」とおかしな返事を返した。

れーなの身体がゆっくりと私の上に影を作っていく。
雨で湿った草木から立ち昇る緑の匂いが鼻先を擽り、それから私はれーなに初めてのキスを奪われた。





(66.2-184)なん恋 Scene05
 

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