シーン10 白いマフラーと黒いブレスレット


風邪は少し長引き、学校に登校を再開することになったのは12月に入ってからだった。
いよいよ世界は寒くなり、女子高生の魅力的な脚には辛い、冬の風が吹きつけるようになった。

「さゆと駅前に行くのなんて久しぶり」

れーなは子供のように無邪気に言った。
そう言えば、なんだかんだであのホテルでの一件以来こっちに来ていなかったような気がする。
無論、私は毎週末来ていた訳ではあるけれど。

「もうすぐクリスマスやね」
「こういうのってさ、さゆみたちも関係あるのかな?」

「女の子同士でもプレゼント交換くらいはしても問題ないっちゃろw
 さすがに、その後2人でディナーして・・・そんでホテル、みたいなのはダメそうな気がするけどw」

「当たり前でしょ/// ってか、こんな人混みの中でそういう話しないでよ///」
「なん? さゆが先に話振ってきたとよ」
「まぁ、誰も人の話なんか聞いてないか。皆、彼氏や彼女のことばっかり考えてるんだろうな・・・」
「なに一人で解決しとぉと?w」

街中は少し気の早いクリスマスムードがそこらじゅうに漂っていて、
今にも如何わしいカッコのサンタクロースにナンパでもされそうな感じだった。
誰もかれもが浮かれに浮かれていて、「キリスト教でもないくせに」というありきたりの文言が嫉妬心と一緒に口をついて出てきそうだ。
今現在、私の右隣にはれーながいる訳だけれど、こんな雰囲気の中で私は絵里のことを思いださない訳にはいかなかった。

「さゆ、ほらこっち来て」

れーなに右手を引かれ、目に留まった雑貨屋へと足を踏み入れる。
れーなの白いマフラーの端が肩の上で跳ねていた。

「これ、可愛くない?」れーながブレスレットを手に取って私に見せてきた。

「でも、れーな、似たようなのいっぱい持ってるでしょ?」
「あれは星形のやつやろ? これはハート形」

「でも、同じ黒色だし、材質もこんな感じのプラスチックじゃなかった?
 ほら、この隣にある奴なんてまさにれーなの持ってる奴じゃん」

「もう、さゆはうるさいなぁ。黙って「可愛いね」って言ってくれれば、それで何も問題ないのに」
「だって、れーなが付ければ何だって可愛いんだもん。いちいち言うのってバカらしくない?」
「キュン///」
「それにれーなって、ちっちゃくて可愛くて、なんだかイジメたくなっちゃうの」
「キュン///」

「ただでさえこんなに可愛いんだから、これ以上可愛くなったら・・・
 あんまり可愛くなりすぎたら、他の人に取られちゃいそうで嫌だな、って。いつまでもさゆみの傍にいて欲しいし」

「キュン///」
「・・・いつまで褒めれば良い?」
「いつまでも」
「・・・じゃぁ」
「「じゃぁ」とかいらん」

「・・・ゴホン。それにね、そんじょそこらのブレスレットじゃ、れーなの可愛さに埋もれちゃうから、可哀想でしょ?
 だから、れーなにはもっと良いのが良いんじゃないかな」

「キュン///」
「・・・ねぇ、やっぱりこのやり取り、飽きない?」
「・・・・・・飽きたw」

そんな感じで、久々にれーなとワチャワチャやっているのは結構楽しくて、風邪で寝込んでいる間、
というよりも絵里の過去を聞いてからずっと沈み込んでいた気持ちが少しずつ軽くなっていく感触があった。
今日のれーなの精神状態も比較的良いみたいで、久々に不安というものを意識することなく羽が伸ばせた。
雑貨屋では私はれーなに例のブレスレットをプレゼントし、れーなは私に気色の悪い顔をしたウサギの良くわからない置物を買ってくれた。
部屋に飾ったら呪われそうな代物だったけれど、かといってどこかに捨ててもそれはそれで呪われそうで、正直困る。
ゲーセンに行くと、私たちはUFOキャッチャーやらホッケーやらを楽しんだ。
けれど、れーなは極度なミニスカートのくせに、どこでもやたらめったらにはしゃぎ回るものだから、常に気が気でなく、
「なるほど、これがか彼女に露出度の高い服装を禁止する男の気分なのか」と、余計なことに思い至ったりもした。

「キスしよ」

プリクラを撮る時にれーなにそんなことを言われる。
れーなの瞳は妖艶に潤んでいて、私は拒むこともできず、
さっさと背景を決定しろ、と催促してくる空元気な大声と安っぽいフラッシュの中でれーなの唇を食んだ。
爪先立ちするれーなの身体を支え、れーなの髪の匂いを嗅ぐ。
れーなの匂いだな、なんてことを考えながら、トクトクと脈打つ胸元を押さえこみ、
久しぶりの感じをその狭い空間の中に置き去って、私たちはゲーセンを後にした。
通りは冷え込み、私たちは手を繋ぎながら近くの公園まで歩いて行った。
彼と初めてデートしたときのことを思い出しながら道筋を辿る。

「さゆはそこの公園行った事あると?」
「うん、まぁね」
「いつ? 誰と?」

れーなの声音が不安げに揺れる。
夕闇が東から迫り、マンションの一室の窓で反射したオレンジ色の光がれーなの前髪を煌めかせる。
駅前にしては静かな小道で、私はれーなの作り物みたいに可愛らしい小さな耳を見つめ、
それが次に私の口から発せられる言葉を求めているのがわかった。
最初は上手い具合にはぐらかそうと思ったのだけれど、ふと、私は絵里のことを話さなければならない時が来たのだな、と悟る。
かといって、突然の思いつきことだったし、言葉はどこから始めればいいかわからなかった。
ただ、打ち明け話の王道というべき「実はね」というありきたりの言葉から始めて、あとはれーなの手を握りながら喋った。
暗くなっていく小道の隅で、私たちは冷たい風を避けるように身を寄せ合い、私たちの長い影は道に沿って遠くの方まで伸びていた。

「さゆみね・・・ねぇ、れーな、あのホテルの男の人覚えてる?」
「・・・うん・・・まさか、あの人と付き合ってたと?」
「ううん・・・多分、付き合ってはいないと思う」
「多分、ってどういうこと?」
「ごめんね、それはさゆみにもよくわかんないの。でも、時々、あの人と駅前でデートしてたりしてた」
「時々ってどれくらい?」
「・・・毎週、日曜日に」
「さゆ、日曜は塾って言ってたやろ!? れーなのこと騙したと!?」

「ごめん・・・でも、本当のこと言ったら、れーな、嫌がると思ったし。
 それに、最初はこんなに長く関係が続くとは思わなかったから」

「だからって、嘘ついたり、秘密作ったり・・・そういうのって・・・」
「ごめん・・・」
「・・・さゆはやっぱり、男の人が好き・・・?」

れーなの大きい瞳からは今にも涙が零れ落ちそうになっている。
私はできるだけ正確な言葉を選ぼうと思ったのだけれど、選ぼうとすればするほど、
どれも適切な言葉のようには思えなくなって、そうしている間にも太陽は街の向う側に沈んでいこうとしている。
私たち間では研ぎ澄まされたような空白が徐々にその体積を増していって、今にも私とれーなを繋ぐ糸を断ち切ってしまいそうだった。
私は力強くれーなの手を握り締めて、できるだけ冷静に、彼がそうしたように、できるだけ誠意を持って自分の気持ちを伝えるべく口を開く。

「好きだよ。普通の女の子と同じ。そりゃぁね、れーなとああいうことするのも好きだけど・・・
 気持ちいいし、好きだけど・・・でも、別に女の子と結婚して幸せな家庭を築きたい、とは思わない。
 いつかは、さゆみもれーなもそれぞれ別々に男の人と結婚して、
 さゆみ達はごくありきたりのママ友になって、昔はあんなことしてたね、って笑いながらお喋りしたり、愚痴を言い合ったり・・・
 さゆみはそういう感じになるのかな、って思う。れーなはそうは思わない?」

れーなは黙りこくったままだ。私はとりあえずまた口を開いた。

「でも、だからと言って、れーなより男の人が好きだ、ってことにはならないと思うの。
 さゆみは、あの亀井って男の人のことも好きだし、申し訳ないけど、れーなには黙ったまま彼に会ったりもしてたくらいだけど・・・
 それでも、さゆみはれーなのことはずっと好きであり続けたと思う。
 もちろん、れーなとの関係に悩んだこともあったけど。
 でも、もし、女の子同士が付きあったり、結婚したりするようなことが普通で、
 男の人と結婚するのが禁止されているような世の中だったら、
 きっとさゆみは、れーなと毎週日曜日にデートして、彼との関係性で悩んでいたんじゃないかな、っても思うの。
 だからね、さゆみはれーなとの関係が単なるお遊びみたいなものだと思ってたわけじゃない。
 れーなのことが好きで、一緒にいたくて、でもそれはきっとイケナイことで・・・」

「そんなことわかっとぉよ!」

れーなは叫び声とともに、握り締めていた私の手を払った。
れーなの目元からは大きな涙の粒が飛び散って、その濡れた瞳の奥には私に対する怒りがはっきりと見て取れた。

「でも、さゆは私とあの男と二股かけてたってことやろ!?
 さゆは男と女みたいな性別のことなんて関係ない、みたいな言い方しとぉけど、でも・・・
 男に対する愛情も女に対する愛情も同じ事なら、それってただの二股ってことやん!
 それともなに!? 男と女それぞれ一人ずつなら付き合っても良い、みたいなルールがあるってこと!?
 でも、それって結局、男と女を分けて考えとぉってことやし、
 そうなるんやったら、女のれーなの方がお遊びやった、ってことになるとよ?
 れーなだって、女の子同士で付き合うみたいなのは変なことやってわかっとぉっちゃけど、
 でも、だからってさゆとエッチしときながら、別の男の人と付き合ったりはしよらんし。
 そりゃぁ、現実的に考えたら、さゆが言うように、将来はれーなもさゆも男の人と結婚して・・・
 みたいなことになるかもしれんけど、でも、今からそんなこと考えて付き合っとぉのっておかしくない!?
 別にれーなたちは「はい、付き合いましょう」みたいなことを言い合ったわけでもないっちゃけど、
 でも、れーなはずっとこのままさゆとおりたい、って思いながら、さゆと一緒におったとよ?
 なのに、さゆはれーなとおるときも、将来はあの男と結婚したいな、とか考えとったんなら、それって完全に裏切りっちゃろ!?
 普通の男と男の二股で、どっちも同じくらい好きやったとするんなら、
 今会っている人のことだけを好き、って思うこともできるかもしれんっちゃけど・・・
 でも、れーなは女やし、ってことは絶対・・・必然的に、れーなと会っとぉ時も、
 心の底では、将来はあの男と結婚したい、って考えてたってことになるとよ。
 さゆは順位づけみたいなことしてない、って思ってても、そんなの絶対に無意識に順位づけされるに決まっとぉやん。
 さゆが男の人好きって思っとぉなら、それって、別に特定の男がいなくても、れーなは一番にはなれん、ってことやろ?
 れーなは女なんだから」

喉の奥から低い鳴き声を漏らすれーなを見下ろしながら、私は返す言葉も無く、全身に無力感のようなものを感じていた。
私はれーなのことを「遊びだ」みたいに考えていた訳では決してないし、純粋に心の底から愛していたけれど、
それでも「れーなに対して客観的に見ても誠実であったか」という問いに対しては、
れーなの言う通り、首を真っ直ぐ縦に振ることはできないと思った。
でも、だからと言って、私はどうしたらよかったのだろう。
私はれーなのことが純粋に好きだったし、それに彼のことも好きだった。
普通に、2人の男を好きになってしまったという場合なら、
私だって「それはよくないんじゃないか」と考え直すこともできたのかもしれないけれど、
今回の私の場合は男と女を同時に好きになってしまっていたのだ。
男と女というものを無意識的に分けて考えていたからこそ、私の中の正義の尺度は正しく運用されず、
結果的にれーなの言うように二股をかけてしまうような状況になってしまったのだと思う。
しかし、だからと言って、全てを状況のせいにするわけにもいかない。
私は心の底では、悪いことをしている、と感じていたのだ。
その証拠に、私はれーなに絵里のことを黙っていたし、それって結局二股をかけた人間が、
その相手には事実を隠していることと何も変わらない。
私は「れーなを傷つけない為」みたいなことを言ったけれど、
今聞き直してみれば、なんとも浅はかで不誠実な、白々しい台詞だと思った。
私はもっと私の「後ろめたさ」みたいなものに照明を当てるべきだった。
もっと深く考えるべきだった。
そうすれば、少なくともこんな風に目の前で死ぬほど悲しげなれーなの涙をみることもなかったはずだ。

私は「ごめん、れーな」とただ謝るしかなかった。
数日前に病床で閃いた「私はれーなに恋などしていなかった」という考えは、
裏を返せば「彼にも恋をしていたわけではなかった」ということになる。
正しい恋心を抱こうと思ったなら「2人同時にお付き合いの真似事をする」なんてことはしなかったはずだ。
愛情は複数人に対して持てても、恋心の対象を複数人に広げることはしてはならいのだ。
涙を流し、ビルの影の中で冷たい風にさらされているれーなを抱きしめることもできず、
私には悔しさの中で降ろされた両手を握り締めるくらいしかできることはなかった。

「さゆ・・・もういいとよ。れーなが悪かったと。もう別れよう?
 って、付き合ってもなかったっちゃけどw・・・ぐすっ・・・」

目を腫らしたれーなが言う。
私は言葉を発する気力すらない。
引き止めたいとは思ったけれど、そんなことをする資格が自分にあるとも思えなかった。

「さゆはもともと最初から普通の女の子やったし、男に身体売ったかと思えば、今度は女の子に言い寄って・・・
 誰が見ても完全にれーなが悪いちゃん。
 さっきはあんなふうに、さゆを責めるようなこと言ってしまったけど、さゆは普通に良い子だと思うとよ。
 れーながさゆの立場でも、同じような事したかもしれんし。
 れーなだって本当はわかっとったと。
 おかしなれーなのせいで、さゆまで色んなことに巻き込んでしまったし、
 れーながさゆにとやかく言うような資格なんてないっちゃん。
 さゆの愛情だって、本当はちゃんと感じれてたし、それを良いことに甘えに甘えて・・・
 しまいにはさゆにやつあたって、れーなって最低やね。
 今までごめんね、さゆ」

れーなは私に背を向け、夕焼と夕闇の隙間に吸い込まれていくように、街の中へと消えていった。
公園までの道中に一人取り残され、私はいつまでもれーなの首に巻かれた白いマフラーの残像を追い求め、そこに立ち尽くしていた。
車が一台、目の前を通って行き、すれ違う瞬間運転手が怪訝そうな表情でこちらを見たところで、
私は自分が間抜けにも涙を流していることに気が付いた。
この頃泣いてばかりだ、なんて歌の歌詞みたいな言葉に縋りながら、私はようやく脚を踏み出した。





(66.2-260)なん恋 Scene11
 

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