東方キャラとウフフにイチャつくまとめ

夏の思い出〜アリス編〜その2の続き

※オリジナル要素を含みます

夏の思い出〜アリス編〜その3

翌朝。アリスが抱きしめて寝ていた上海と蓬莱が、突然姿を「消した」。
アリス自身も目を覚ます。嫌な夢は見なかった。背伸びをし、身体の脱力が消えた事を感じる。
(あんな物で消耗するなんてまだまだね。これじゃ母様に顔向け出来ないわ)
心中で愚痴る中、部屋の扉が開かれた。
茶髪気味の青年が現れる事は、前以て分かっていた事である。
「おはようございます」
アリスは、上海の視覚情報から彼が命の恩人、の範疇に入ると判断していた。今着用してるパジャマを着替えさせ、ブラを外したのが彼だとしても、この場では友好的な態度を見せる事にした。
問題は、相手が目を見開いて凍りついてしまった事である。
(……何か間違った事でも言ったかしら)
二度目はややサービス過剰な程、愛らしいスマイルを添付した。
「おはよう!」
青年の顔が少し引きつり、明らかに混乱した様子で天井を仰ぎ見た。
「あ、あ、そ、そのえーと、ぶれっくふぁーすと。OK?」
「????」
今度はアリスが凍りつく番だった。
「ぷ、ぷりーずかむきっちん? いやだいにんぐ? かもーん!」
青年はどたどたと走り去った。
「何あれ……」
アリスは呆然としていた。

青年がどうやら朝食に誘っている、と理解したアリスは敢えてそのままの格好で部屋を出た。髪位は整えてカチューシャも着けたかったが、勘の手櫛で我慢した。
廊下を通る時、張り巡らしておいた”糸 ”を回収した。誰かが近づけば、第一の糸が上海達の隠形を強制発動、第二の糸が彼女らを起動させ、ベッド下に退避、第三の糸はアリスに魔力の警報を送り込み、覚醒させる仕掛けだった。
真っ直ぐな階段を下りるとリビングに出た。何処に朝食があるかは、味噌汁の匂いですぐに分かった。
広めの対面式キッチンの中に、見知った顔があった。
「あーら、おはよう。アキオがなんか悪さしなかったかい?」
それぞれの席に碗を並べていた老婆が、にっかりと黄色く太い歯を剥き出して笑った。
アキオと呼ばれた青年は奥から焼き魚を運んで来た。
「ばーちゃん、いきなり日本語で言ってもわかるわけねーだろ! それに悪さとはなんだ人聞きの悪い!!」
「人聞きって、今言葉通じないって言ったろうが? それに、お前こういう蒼い眼の綺麗な金髪っ子が大好きじゃないかい。ベッドの下に……」
「幾ら言葉の意味が分からなかろうとも、朝から身内の恥を客に晒すか普通!」
こんなやり取りをしながらも、二人はテーブルへ流れる様に料理を運んでいった。
(……さっきから全部意味分かってるんですけど。何でこの人達私が……)
途端に脳内へ電球が灯り、アリスは可笑しくなった。彼らの勘違いではなく、自分の鈍感さにだ。
「皆さま、おはようございます」
アリスはパジャマの裾を持ち上げ、片足を下げて大仰なポーズまでとって見せた。
「ごめんなさい。私、普通に喋れます。”にほんご ”」

アリスが失念していたのも無理はない。幻想郷の有力人物・妖怪は皆日本語で話しており、また人里もやはり日本語。アリスが日ごろ接する人々は皆この言葉で喋っていた。
だが、今アリスがいるこの場所は、少なくとも幻想郷では無い。恐らく、外界の日本という場所だった。そこに金髪碧眼の娘が突然現れたら、一体何語を喋るかと現地の人は思うだろう。だから、朝のアキオの奇言なのだ。

「いただきます」
きちんと水平に持たれた箸、音を立ててすする味噌汁、アジの干物には少し手間取ったが、ほぼ骨だけ残して平らげた。タクアンを頬張るアリスを見て、老婆は豪快に笑う。
「外人さんにしちゃ随分いい手付き、食いっぷりだねぇ! 本当はパンなりハムエッグなり用意したかったんだけど、生憎材料切らしちまっててさ!」
「私は和食大好きですよ。梅干し、納豆、刺身、胡瓜の漬物、どれも最高です」
アキオがぼそっと呟く。
「……なーんか定番なモンばっかだな」
老婆は威嚇する様にアキオを睨みつけた。
「こら! 客に対してなんて態度をとるかこの馬鹿者!」
「きゃーくーだー?! あのな、二階の……」
そこまで言って、不意にアキオは黙り込んだ。アリスの方はどこ吹く風で、ご飯のお代わりを自ら継ぎに立っている。
「あ、いけねぇ! 講義始まる! 婆ちゃん後頼む!」
背中に老婆の怒鳴り声を浴びながら、アキオは脱兎の如く逃げ去った。
「皿も洗わんと、帰ったらお灸据えてやるぞ、あの馬鹿者が!」
ドアを閉める音が響いた。アリスは何事も無かった様にお茶をすすり終え、手を合わせた。
「ごちそうさまでした」

彼女には、本当に美味しい朝食だった。幻想郷の仲間と食卓を囲む事もあるが、基本魔法の森では人形達相手に一人静かにとるのが、当然の毎日だった。
(魔界での食事、思い出すなぁ)
母と慕う気さくな魔界神と、様々な魔法使い達や妖怪と卓を囲むのは楽しかった。
(いつから一人に慣れたんだろ?)
空になった茶碗をじっと見つめる。やがて、老婆が食器を片づける音で我に返った。
「あ、手伝います!」
老婆が何か言おうとしたが、手早く空の食器を重ねていくアリスを見て、大きく頷いた。
「それじゃゆすいで貰っていいかい?」
「はい!」
「少し待ってな」
台所をあちこち探し、ピンクのエプロンを出してきた。それを着用し、次々と繰り出される泡だらけの食器を水で清めていく。
アリスは老婆の隣に立って、その齢に似合わぬ肉体に初めて気付いた。
足はがに股加減だが、背も腰も並みの若者よりしっかりしている。手も枯れ枝どころか河童の使う機械アームの様に見えた。何より、身長が高い。老眼鏡もかけず、異様にギラギラした眼光、結い上げた髪は色こそ灰色だがまだどの毛も太い。年齢を感じさせるのは顔に刻まれた多くの皺と、そして先刻まで聞いていた声だった。
「あの」
「何だい?」
「どうして何も尋ねないのですか?」
「後片付けが終わって無いからさ」
最もな理由、では無かったが、当面の問題に集中する姿勢には賛成だった。

その後、着替えを済ませ掃除まで手伝ったアリスは(老婆にアキオの部屋の本を見せられた時は、流石に呆れた。ついでに何故か嫉妬もした)、リビングで一息ついていた。
お茶を囲んで老婆ととりとめの無い話をしていたのだが、ここでもアリスはある事に気付いた。そして赤面した。
「ご、御免なさい!」
「おや、どうしんたんだい?」
「……こういう時って、私から名乗るのが礼儀、ですよね」
アリスは立ち上がり、手を前に組んで真っ直ぐに老婆を見た。
「アリス・マーガトロイドと申します」
深々とお辞儀する彼女を見て、老婆は喉の奥で笑った。
「おやぁ、別に無理しなくてもいいんだよ?」
「しかし、お世話になりっぱなしで……」
老婆の目が光った。
「あんたが名乗れば、アタシも名乗らなくちゃいけないねぇ?」
アリスは内心どきりとした。名乗りを忘れ、恥ずかしさを感じたのも事実だが、それを利用して相手の情報を更に引きだそうという計算も働かせていた。
「金田トメ、さ。よろしく頼むよ」
「は、はい」
「ほら座って。知りたい事も聞き苦しいじゃないか」
アリスが座ると、トメはにやつきながらその眼光で見つめてきた。
「あんたあそこの部屋で何で倒れてたんだい?」
「その…どう説明したらいいのか…」
(まさか結界に覆われた妖怪の隠れ里で、遺跡を調査していたら飛ばされた、なんて言えるわけない!)
今のアリスは、既に紫の依頼は達成している。遺跡の中には転送装置があり、それは外界に続いていた。ここで老婆を振り切り、二階へと走ってあの中へ飛び込めば、帰る事が出来る筈だった。
そして、それを実行してしまった自分を恥じた。突然身を翻し、リビングを横切って階段を駆け上る。
「上海! 蓬莱!」
人形達を呼び寄せ、最初に自分が放り出された部屋の扉を開ける。
「え……」
かつて銀色の壁が存在していた場所には、何も無かった。ただ木の台枠だけが残っているだけである。
「おや。ここに何かあったのかい?」
驚いたアリスが振り向くと、トメが笑い顔のまま背後に立っていた。この老婆はアリスとほぼ同時に反応し、気配も気付かせず後を尾けてきたのだ。
朝の団欒は、一体何だったのか。この場所、この外界へやって来た時の恐怖が蘇る。
「……こ、この部屋には、鏡みたいな板があった筈です」
「ありゃ、それは大変だねぇ?」
「ここに、確かにあったんですよ!!」
「でも、今は見当たらないねぇ?」
アリスは、地底の底に住むあの妖怪の力を、ほんの一瞬でもいいから借りたいと思った。
(トメさんは知っているはず……私がここに現れた時、あの壁が輝いていた事…上海が)
トメの近くを、透明になって飛んでいる上海の記憶。
(上海は中で何が起こっていたか、具体的に見ていなかったんだわ!!)
人形達が見ていたのは、最初の時点だけ。この家の二人が駆けつけてきた時点で、二体は恐怖に駆られて部屋の外へ出てしまったのだ。
(もし、あれが自動的に閉じたり、消えてしまったりする物だったら…!!)
アリスはパニックに陥り始めていた。
(まさか、紫はこの事を知ってて…?! それとも、トメさんが何かを隠しているの?
そして、そして……)
何も無い壁に、目と歯を剥きながら体当たりした。無情に弾かれた身体は、反対側の壁まで吹っ飛ぶ。
「帰れないの?! 幻想郷に! 嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」
アリスの絶叫が家に響いた。

それから、アリスはその部屋の隅で座り込んだままじっと動かなくなった。膝の間に顔を埋め、何も言わずただじっとしていた。
トメが何度か様子を見に来た様だが、アリスは興味すら示さなかった。来ていた事にも気付かなかったかも知れない。彼女が何も聞かず、アリスを家から追い出そうともしなかった事にも、興味を失ってしまった様だった。
人形達も困り果ててしまい、服の端を引っ張ったり、お叱り覚悟で頭の上に座ったりしたが、反応は無かった。
やがて昼が過ぎ、夕暮れが部屋を包んだ。
誰かが軽くノックし、部屋に入ってきた。
「おい。婆ちゃんが晩飯くらい食べろってさ」
大学から帰ってきたアキオだった。アリスは何も反応しない。冷たい視線で彼女を見下ろしていた彼は、突然両手で胸倉を掴んだ。少女は突然の行動に目を見開いて驚く。そのまま廊下へ引きずり出され、壁に強く押し付けられた。アリスの口から苦痛の声が漏れる。
「痛っ!!」
「いいか? お前が何処の誰で、どうしてこの部屋に転がってたのかは知らない。知りたくもない! でもこの部屋にはもう近づくな!!」
まくしたてる青年の顔に殺気を感じ、アリスは本能的に震えた。そして彼の命が危険に晒されてる事にも気付いた。
(上海! 蓬莱! 止めなさい!!)
抜剣した上海と槍を構えた蓬莱が浮いている。主人の危機と感じて攻撃しようとしたのだ。二体はアリスの接続を通した命令を受け、慌てて後ろの扉の陰に隠れる。
「く、苦し…放して…」
青年の身長はアリスとほぼ同じ位だったが、驚くほど強い力だった。
「この部屋には何も無いんだ! いいか、何も無いんだ!」
「私……帰りたかった…だけ…」
アリスの目から涙がこぼれる。それを見たアキオの手から、一瞬力が抜けた。次の瞬間、アリスの膝が金的付近に食い込んだ。
「グフォ!!」
股間を押さえて後ずさるアキオ。
「お、お前……いい加減に…」
「次は引っ掻いて噛み付くわ……。このケダモノ」
「う、うう…とにかく、警告はしたからな!」
ピョンピョン飛び跳ねながら去っていくアキオの後ろ姿を見ながら、アリスは乱れた衣服を直した。
(彼も何か知っている。私はもう……逃げられないのね)
陰に隠れていた二体を呼び寄せ、音がしない様扉を閉める。
(……とことん乗ってやる、て自分で言ったわね。そう……)
歩き出しながらアリスは思い出していた。
幻想郷の遺跡の扉に、八雲の札が貼られていた事を。


見つけた。いや正確には仲間が。閉ざされた通路の匂いを辿って、何処へ辿りついたかやっと見つけた。
さあ、使命を果たす時が来た。まずは仲間を送り込もう。
消せれば良し、苦しむなら知らせを送れ。全てを使うのは本意ではないが、使命のため。
愛する、幻想郷のため。


夕食では軽い会釈をして、黙々と食事を口にしただけだったが、アリスは暗い雰囲気を消し去っていた。当たり前の様に手伝いをし、トメの話す昔話に相槌を打つ。
アキオは相変わらず手伝いもせず、リビングで所在なさげにウロウロしていたが、やがて何処かへと去って行った。
お茶の時間の後、アリスは風呂場でシャワーの説明を受け、幻想郷には無い機構を体験した。
お風呂とは違った快感を堪能したアリスは、パジャマと下着が用意されているのに気付き、誰の物なのかと訝しんだ。
(この家、トメさんとケダモノの二人暮らし……みたいだけど)
アリスは一瞬袖を通すのに躊躇したが、引き返さない決心を思い出し、拝借する事にした。

部屋、つまりアリスが最初寝かされていた所が、なし崩し的に彼女の寝所となった。廊下に”糸 ”を張り、部屋に入る。上海と蓬莱が抱きついてきた。
「ごめんね、退屈だったでしょ?」
「シャンハッ!」
「ホラッ!」
二体は、この位どうという事は無い、と勇ましく首を振る。戦闘訓練(ごっこ遊び)をしてずっと過ごしていたらしい。
「明日は何か退屈させないものを借りてきてあげる……?」
”糸 ”に反応があった。素早く隠れる人形達。
扉の向こうには。
「あらケダモノさん。こんばんわ」
「……その件、なんだけどね」
「今日は話す気分じゃないの。帰って?」
「ごめんなさい!」
突然土下座するアキオ。
「ちょ、いきなり何するの?!」
「俺、どうかしてた。その……隣の部屋は……とにかく、ごめん!」
アリスは別に彼を「ケダモノ」と内心呼んでいるだけで、特別恨みがあるわけでもない。
「……やめて。もう、頭をあげてよ」
すると今度はいきなり頭を上げ、膝だけで前身してきた。
「お願いだ、部屋の中で話をさせてくれ!」
今度は手を合わせてお願いする。アリスは蹴り飛ばすかドアで挟むか迷ったが、室内での上海と蓬莱のコンビネーションを試すのが一番面白そうだと判断し、彼を入れた。
「で、何なの?」
アキオは正座したまま、アリスを見上げて話し始めた。
「重要な話だ。でも、ここでは話せない」
「は?」
「……明日、俺と大学に来て欲しい」
「だ・い・が・く……何それ?」
「ああ、カレッジ。俺、カレッジ・スチューデントなの」
アリスは困惑した。幻想郷にも魔界にも大学は無い。彼女にはそれが何なのか分からない。
「とにかく一緒に来てくれ、いや来て下さい。お願いします!」
すがり付こうとするアキオを手足で押さえながら、アリスは考えた。
(下心……てわけでも無さそうね。この際情報提供は歓迎だわ。試してみたい事もある)
「まず身体を離して」
「はいっ」
アキオは器用に正座の姿勢のまま後ろへ跳んだ。
「ダイガクという場所はどういうとこなの?」
「え……分かりやすく言うと、高度な勉強をするところかな?」
「学校や寺子屋みたいなもの?」
この学校とは、アリスが魔界で通っていた物なのでやや意味合いが異なっている。
「て、寺子屋……いや、結構苦労して勉強しないと入れないし」
「ひょっとして……大きな図書館があったり、そこで一日中本を読んでろ様な喘息持ちの女がいたりする?」
「図書館はあるよ。女の子もいるね。読書好きかは分からないけど」
アリスは少し考え込んだ。
「貴方、いざという時は私を守ってくれる?」
「はぁ?」
「初めて行く場所なのよ? エスコートは当然でしょう?」
アキオは軽くため息を吐いた。
「何だってやりますよ。お嬢様」
「……ねぇ。アキオ」
「ま、まだ何か!?」
「私の名前は、アリスよ。アリス・マーガトロイド」
微妙な空気が二人の間に漂った。

翌朝。
朝食を終えたアキオがアリスを大学と町見物に連れ出したい、とトメに告げたところ、彼女は特に反対はしなかった。
普段アキオは自転車で学校に通っているため、アリスを連れ早めに出る事にした。
「じゃあ、行ってきます」
「大丈夫かい、町なんか連れ回して?」
「ひでぇ言い方だな。純粋な善意だよ」
「はっ、もう少しマシな言い訳を考えたらどうだい?」
「何が言いたいんだよばーちゃん!!」
「若い男ってのは昔からちっとも進化がないねぇ」
二人のやりとりを無視して、アリスは久々の靴の履き心地を試していた。玄関で意味もなく、くるりと回って見せる。
ふと気付くと、アキオがじっと彼女を見つめていた。
「何か気になる物でも見えたかしら?」
「お前って、ほんと変な奴だよな……」
アキオは、アリスの顔を見ない様にしながらそう呟いた。

玄関を出て、飛び石が門まで並んでいた。アリスは、”試す ”絶好の機会だと思った。玄関口のコンクリートを二、三度蹴って、魔力を足に込める。
「せーの!」
ふわりと身体が宙に浮き、そして石の上に見事着地した。
「……あら?」
もう一度同じ事を繰り返す。結果は同じ。子供が飛び石の上で遊んでいる様にしか見えなかった。
アキオが呆れながら脇を通り過ぎる。
「馬鹿やってないでさっさと行くぞ」
アリスは彼を追いかけながら、内心焦っていた。
(まさか、何で飛べないの!? 上海達は飛んでいたのに?)

(これが……外界)
アリスはアスファルトの地面、コンクリートと生垣が交じりあった壁、時折通り過ぎる車を初めとした乗り物、更に上空遥かを飛ぶ飛行機(これらが何なのか、彼女は殆ど理解していない)、道行く人々全てに興味津々だった。
だが同時に、狭っ苦しさ、後ろから不意に来る自転車、何より周囲から注がれる好奇の視線が気になった。
「ねぇアキオ?」
「ん?」
「何でみんな私たちをじろじろ見るの?」
「見られてる? ……まあ、それっぽい感じもするなぁ」
立ち止まったアキオは、アリスを上から下まで見つめた。
「目立つな、確かにこの辺じゃ」
そう言ってまたスタスタと歩き出した
「気にすんなって」
「だから何でなのよ?」
「ここら辺じゃ見かけない顔だからだよ」
間違ってはいない、が、不十分な答えをアキオは返した。
まず、外国人の娘がこの町では珍しい、というのは正しい。だが、それ以上に綺麗な金髪碧眼、整った顔立ち、清潔感すら感じる白い肌が、人々の関心を集めていたのだ。

やがて二人は、大学とは違った場所に着いた。
丘に築かれた階段を昇る。そして、その先には。
「これ……湖!?」
「いや、海」
転落防止の柵から身を乗り出さんばかりにして、地球上の大半を占める塩水を眺めるアリス。
「これが……噂に聞いた海なの。こんな簡単に見られるなんて……ダイガクって、凄いとこなのね!!」
無邪気にはしゃぐ彼女に、アキオは済まなさそうな顔をした。
「アリス。ここは大学じゃない。公園だ」
「そうなの! 海って、凄いのね……今なんて言った?」
「大学じゃない。公園。人が憩を求めて集まる場所」
アリスが世事に疎い(住んでいた世界が違うだけだが)事を学習したのか、アキオは補足を言葉に含ませた。アリスは振り返らなかった。
「騙す口実だったわけ?」
「ここなら俺が落ち着いて話せるからだ」
夏の日差しに、潮風が心地よい場所だった。
「俺はアリスの事がよく分からない。人の多い所へ連れていくべきなのか、こういう静かな場所が好きなのか。分からないから、俺の基準に併せて貰った」
「自分勝手なのね」
「正体不明のフリーダムな女の子に言われると、立つ瀬が無い」
アリスは寂しそうな笑いを浮かべて、アキオを見た。アキオも、苦笑いを返す。
「隣に来てよ」

アキオは話し始めた。
「まず、アリスの部屋の隣には、奇妙な板がある」
「それは覚えているわ」
「そこから飛び出してきたんだよな?」
「ええ」
「やっぱりか……。それ以外あり得ないしな」
「私との短い思い出話でもしたいの?」
「すまない。あの板は、少なくとも俺が産まれる以前からあったらしい。一度、親父から聞いた」
「お父さん……何処かへ出かけられてるの?」
「あの板に吸い込まれたんだ」
アリスは言葉を失った。
「そもそも、俺は家族があの部屋で何をしていたのかよく知らない。だがある夜、親父とお袋があそこで言い争ってるのが聞こえた。で、お袋が親父を突き飛ばした」
「まさか…」
「親父は粉の様になって板に吸い込まれた。お袋はしばらく呆然としていたが、やがて喚きながら銀色の中へ飛び込んだ。それっきりさ」
(アキオのご両親は、幻想郷に!?)
「その後婆ちゃんが来て、何があったか話した。婆ちゃんが手をかざすと板は消えた。俺には、全部後始末はやるから心配するなと言った」
アキオの親の失踪届は出されたが、捜索は全く進まず、家にはトメと彼だけが残された。
「貴方……だからあの時怒ったのね」
「すまない……墓場みたいなものだからな。で、アリスが来た時…」
アリスは言葉を遮った。
「待って。私が出て来て、アキオとトメさんは部屋に来たわよね?」
「ああ」
「その時、壁はずっと輝いていた?」
「婆ちゃんが、また消しちまった」
アキオは、ベンチの方を指さした。
「座らないか?」

その頃。アキオの家の二階。
銀の板が設置されていた壁が、軽く振動していた。やがて、その壁が少しずつ色を変えていく。しばらくすると、壁は元の姿を映さない銀色へと戻っていた。
突然、中から真っ黒な毛の獣が飛び出した。この獣は吐き出された時の不調を受けないのか、元気に周囲を嗅ぎまわっていた。
そして廊下、階段、一階へと向かう。その凶暴な視線がトメを捉えるのに、時間はかからなかった。
素早いジャンプでトメに近づき、臭いを嗅ぐ。対するトメは冷静そのものだった。
やがて臭いを嗅ぎ終え、獣は走り出した。玄関へ。鍵とドアノブを吹き飛ばし、ドアを突き破っていった。
トメは不敵に笑った。
「遂に来たか!!」

古い木製のベンチに腰かけると、柵側とは違った趣で海を眺める事が出来た。
「ねえ、アキオはどうしてそんな大切な事を私に教えてくれるの?」
何気なく視線を彼に向けると、相手もアリスを見つめていた。目が合ってしまい、互いに少し気恥ずかしくなる。
「ばーちゃんは、何故かあの壁について一切俺には教えてくれないんだ。隠し事をしてるのは分かっても、その先に踏み込めない」
「分かる気がする……」
「両親が消えちまってからずっと世話になってきたから恩もあるし、ばーちゃんをあまり困らせたくないのと、真実を知りたい気持ちの間でずっと挟まれてきたのさ」
「そこへ私が現れたのね」
「アリスがあそこから出てきた……としたら、俺の両親の事も……」
アリスは目を閉じて、冷酷に告げた。
「知らないわ」
「……そりゃ無いだろ。わざわざここまで連れてきたのは!」
「私だってあの銀の板の事は全く知らないのよ? 私は、私のいた場所からここへただ飛ばされただけ」
「じゃあ、アリスは一体何処の人間なんだ!」
「それは……」
アリスは口ごもった。幻想郷の存在を一般人が信じるわけが無い。
「誰も、何も俺には教えてくれないのかよ……!! 折角チャンスが巡ってきたと思ったのに!」
「落ち着いて。アキオの…ダイガクには図書館があるんでしょう? なら、あの板の事についても」
「無い! 資料なんて一つもない! 何処を探しても、いや、俺の力じゃ限界がある!」
アキオは頭を抱え込んでしまった。アリスもかける言葉が無い。
(あの光る板が何なのか、からくりが判明しない限り私も彼の悩みも解決しない。でも、トメさんからどうやって聞き出せば……あの人は…)
気配無く背後を取られた事を思い出す。
(……霊夢が見たら笑うでしょうね。私は久しぶりの団らん、なんて幻想に勝手に囚われていたんだわ。ここは外界……)
眼前の広い海を呆然と見つめる。
(本来なら私のいるべき所じゃ……)
その時、緊急連絡が入った。念のため、上海達を隠形に包み、一緒に連れてきていたのだ。付近を遊ばせていただけなのだが、それが偶然にも警戒システムとして機能した。
(シャンハーイ!!)
(ええっ!?)
不意に立ち上がったアリスに、アキオはギョっとした。
「お、おい? どうしたんだ」
「そこから動いちゃ駄目」
手で制され、アキオは座りなおす。アリスは道の中央に立った。印を組み、呪文を唱える。弾幕のチャージは順調に行われた。
(まさかここで使う羽目になるなんて……でも成功して良かった)
相手はすぐに現れた。丘の階段を駆け上り、その音が遠距離から聞こえる程鼻を使っている。
(見た事も無い奴……でもこの感じは……妖怪!?)
黒い体毛に覆われた獣は、四足でじりじりと進みながら、周囲を嗅ぎまわっている。
そして、確実にアリス達の方角へと近づいていた。
獣には目が無かった。体付きは太り気味の虎の様で、明らかに妖怪の類であった。
(あいつ、私の臭いを……!!)
アリスは輝く手をかざし、発射体制に入る。その時、背後で物音がした。
「アキオ! 動いちゃ駄目!!」
次の瞬間、咆哮した獣は音源に向かってーつまりアリスの声に反応してー飛びかかった。
アリスの両掌から光の弾幕が放たれ、獣を直撃した。幻想郷においての加減を加えた物ではなく、戦闘用の光弾である。獣は後ろへ吹っ飛びながら、宙で回転して着地する。
ダメージを感じていない様にゆっくりと、またアリスの正面に移動してきた。傷跡から大地に黒い液体が落ちては、染みもせず霧消していく。
突然獣は口を開いた。そこから黒い弾幕が拡散して吐き出される。
アリスは不覚を悟った。相手が弾幕を使えない保証は何処にも無かったのである。その目は瞬時に弾道を見極め、今なすべき事を頭脳が導き出した。
背後で指示通り動かずじっとしていたアキオに覆いかぶさり、弾幕のチャージを全て背中に回す。連続して大の男に殴られた様な衝撃が、アリスを襲った。
振り返ると獣は既にダッシュを開始していた。口から銀色に輝く牙が剥きだしになる。
「グリモワール!」
呪文を唱え本を召喚しようとしたが、実体化が遅い。その時、アリスを押しのけて眼前に立ち塞がった者がいる。
「アキオ!! やめて!」
「怪我人は黙ってろ!」
啖呵を切ったはいいが、アリスから注意を逸らし尚且つ自分も最小限の被害で押さえるだけの戦闘経験は、全く彼には無かった。
残るは一つ。肉を切らせる。骨を断つ技は無い。
左腕をかざし、獣に向け足を踏み鳴らす。獣の耳が足音を感知し、敵と認識した。口が常識を超えた大きさで開き、アキオに噛み付こうとした時である。
明らかに痛みを伴った声を出し、獣は仰け反った。背中に上海が取り付き、剣を深々と突き立てていた。そのまま剣をねじり、傷口を更にこじ開ける。その脇腹に蓬莱が突撃した。強烈な槍の一撃は、獣に更なるダメージを与え、断末魔を辺りに響かせた。人形達が武器を引き抜くと同時に、本を持ったアリスがアキオを押しのけた。倒れない様に踏ん張りつつ、呪文を唱える。グリモワールが輝いた。
「汝の空間に戻れ! 強制退去!!」
瀕死の獣は瞬間大地に現れた魔方陣に吸い込まれ、消えた。同時にアリスは膝から倒れ込んでしまう。
「おい!! 大丈夫か!」
「ごめんね……巻き込んじゃったみたい」
「そんな事はどうでもいいだろ! おい、誰……か…」
あれだけの騒ぎを起こして、人が一人も集まっていないというのはアキオにとって不気味にすら感じられた。
「あいつが現れた時……あの子達を使ってちょっとした仕掛けをしたの」
上海と蓬莱はもう姿を隠しもせず、アリスに飛び寄る。
「アキオ。この子達は上海と蓬莱。悪い子達じゃないから。怖がらないで」
ぴょこんとお辞儀をする人形達に、アキオはただ絶句するだけだった。
「それより……何か調子がおかしいの。でも、判断は貴方に任せるわ……こんな私を、家へ連れて帰る?」
「ハッ。次は巨大ロボでも出てくるか? 何にでもなれだよ!」
アリスを背負い、アキオは全力で家へと走り出した。
(これが、男の背中……か)
アリスが抱きつく手の力を強めた。アキオは、それに比例する様に顔がみるみる紅潮し、更に足を早めた。
理由は語るまでも無い。


仲間はもう駄目だ。魔力の込められた武器で強かに攻撃された上、強制送還もダメージを伴う。
 弱々しく鳴くその身体に、慈悲の止めを入れる。知らせすら入れられずに、仲間が倒す相手。使命は完遂出来るかどうか。
弱気は禁物だ。さあ、行こう。今は亡き仲間達の骸を越えて。
愛する、幻想郷のため。


アキオは猛スピードで道路を走り、走り、家の扉(獣が破壊した跡は、完全に修理されていた)を開く。
「ばーちゃん! ばーちゃん! アリスが大変なんだよ!」
返事は無かった。
「こんな時に何処行ったんだよ?!」
とにかく、まず背負った娘を寝かせる必要がある。何処へ寝かせばいいか逡巡したが、物を運び易い一階の自分の部屋にした。
アリスをベッド脇に座らせた、ら、そのまま横倒れしそうになったので慌てて支え、ベッド上に寝かせる。白い肌から汗が噴き出していた。
「タオル…いや靴脱がして…脱がすって何馬鹿言ってんだ俺は!!」
一人で勝手にパニックに陥っている彼の前に、人形達が空中静止した。小さな手で敬礼する。
「ん? 従います、て事?」
頷く二体にアキオは、靴の処理とタオルを濡らして持ってくる様頼んだ。自分は救急箱を(必要なのかと考えもせず)取りに走りだそうとする。
「アキオ」
アリスのか細い声が彼を止めた。矢の勢いでその傍らに戻る。
「これから大切なお願いをするから。よく聞いてね?」
「ああ。何でも言ってくれ」
「服、脱がして」
「お安い御用……何突然言い出すんだよ!?」
部屋の扉が閉められた。上海達が気を利かした、つもりらしい。
「早くして。大丈夫、私はいいから」
アキオは喉を鳴らしたが、医療行為の一環だ、と自分に言い聞かしてアリスの服に手をかける。
彼はこの手の行為は初めてであり、物凄い冷汗を流しながらも、どうにかアリスを下着だけにした。興奮より疲労感が勝った。
「何やってるの? 全部取るのよ」
「頼む、俺をこれ以上苦しめないでくれ」
「私はもっと苦しいのよ……意気地なしね」
意を決して、アキオはアリスの下着に手をかけた。下は普通に脱がせたが、ブラジャーにやや手こずった。だが、それも取り去る。
アキオは自分の仕事の成果をじっと見つめた。両手両足を力無く投げ出し、カチューシャを除いて全ての衣服が無い、産まれたままの姿のアリス。白く滑らかな肌、小さくもなく、大きくもない優しげな胸と、桃色の乳首。臍から腹部までの見事なラインと、髪と同じ色の叢。
「さあ、貴方も脱ぐの」
魂が半ば抜けかけていたアキオは、急に現実に引き戻された。
もう彼は何も言わず、鼻息荒く脱衣を始め、アリスの脇に立った。
「先刻の獣の力が予想以上に強くて、もっと魔力がいるの。回復を手伝って貰うわ」
「何をやればいいんだ?」
アリスは手を差し伸べた。
「来て。教えてあげる」

アリスがアキオに指示しながら始めたのは、単なる性行為では無かった。
「まずキスして」
「いいのか?」
「早くしないと本の角で殴るわよ」
アキオは観念し、唇を重ねた。アリスは舌で相手の唇をこじ開けた。男も心得て、舌を不器用に絡める。
しっかりと口づけを交わし、両者の間に涎の糸が繋がる。
「さあ、喉、胸、お腹、そして大事な所……順々に愛撫して」
言われた通り、アキオは不器用ながら丁寧に愛撫を始めた。喉に舌を存分に這わせた後、
男なら誰でも一度は憧れる胸に取りかかる。
「多少乱暴に扱ってもいいから…」
アリスはそう言うと、小さな声で呪文を唱えている。
アキオは左手で柔らかさを楽しみ、右手で乳首を摘んでみた。呪文の声に小さな嬌声が混じった。そのまま、舌と手でアリスの胸は存分に形を変え、乳首は堅い突起と化した。
「駄目……おっぱいばっかりじゃ…駄目なの」
「でも、離れられない……」
「お願いだから…言う通りにして…」
少し不満そうにしながらも、アキオは腹部に移動する。ここでも舌が活躍し、アリスの身体が時々震えた。呪文が中断してしまう時もあった。
やがて、終点に辿りつく。アリスは、自分で股を開いた。
「もうちょいムードってもんが……」
口を尖らせるアキオを、真剣な顔で睨むアリス。
「分かったよ……」
股間は既に濡れていた。アリスは自分で、ここを舐め、ここを責める、と教えていく。
舌が動く度に、アリスの嬌声が強くなる。クリトリスを慣れない手付きで触り、剥こうとした時。アリスの身体が一瞬強張り、力が抜けた。
「あの…アリスさん? まさか、お先に一人だけ……」
「まだよ。本番が済んでないわ」
荒く息を吐きながら、自分で貝を開いて見せるアリス。
「早くして。あなたと私、一つになるのよ」
アキオはしばらく目を閉じ、精神を集中させてから女体へ覆いかぶさる。
「そう、いいわ、そのまま……」
挿入運動が始まると、またアリスは呪文を唱え始めた。アキオは気付かなかったが、アリスの手の”糸 ”が彼に繋がれている。
「くぅっ! もっと、もっと来て!」
「任せろ!」
腰を激しく叩きつける音が室内に響いた。やがて、アリスが二度目の絶頂を迎える。
アキオも限界が来ていた。最後の瞬間、彼は力を振り絞って逸物を抜き、アリスの身体を汚した。
「ハァ、ハァ、ハァ……アリス?」
「……なーに」
「今、後始末するから」
「中でも、良かったのに……」
微笑するアリスの身体を拭きながら、アキオは心中で首を傾げていた。
(初体験って、もっと甘いものだと思ってたが、何かが違うな?)
そんな彼の疑問を見透かしたかの様に、アリスは言った。
「これはセックスとは少し違うのよ。私の魔力を底上げして、貴方の魔力を分けて貰う事で弱った身体を活性化させたの」
アリスの隣に導かれ、シーツを共に被りながらアキオは答えた。
「意味がわからん」
「それでよろしい」
相手が元気になった事は確かなので、アキオは深く考えない事にした。それより、気になってる事がまだある。
「アリスは、昔彼氏とかいたのか?」
「? ああ、処女で無かった事が不満?」
「いや。露骨に言われたらどうでもよくなった」
「少し深い事情があるのよ……いいじゃない、これは儀式、なんだから」
アリスは軽く欠伸をする。そしてアキオに抱きついた。
「少し眠るわ。何かあったらお願いね」
返事を待たずに、呼吸が寝息に切り替わる。
「魔力、か。俺はとんでもない事をしてしまっ……たのかな」
アキオも程無く眠りに落ちた。


「状況はどう? 上手く行ってる?」
「少し早かったですが、奴らが食い付きました。どうなったかまでは分かりませんが」
「そう。しばらく経ったら、こちらから二人程送るから迎える準備をよろしくね?」
「それはよろしいのですが……あの娘はどうするので?」
「知らないわ。好きにさせておきなさい」
「承知しました」


夏の思い出〜アリス編〜その4へ続く



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夏の思い出〜アリス編〜その4(終)へ続く
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