―観覧車―


[観覧車は少し古びていて、乗り込んでみると窓には誰かがつけていった傷でいっぱいだった。
窓枠には誰かの名前を書いた傷がある。「由緒ある」と櫻子がいっていたが、なるほど街の人たちに愛されてきたのかもなと想像できた。

硬い椅子に腰かけて、窓の外をみる。
楽しい時間はすぐ過ぎて夕暮れ時になっていた。]

 あのへんを今日は歩いてきまシタか?
 水族館はドッチのホウ?

[外の景色を指さした。]

 アー!もしかしてアレは学校デスカ!?

[窓に手をついて目を凝らす。]

 桜の木ポイの、ここからでも見えマス。
 あそこでさくらこさんと会うしまシタ!




[ゆっくりと上昇していくゴンドラの中にオレンジ色の陽射しが差し込んでいる。
窓に手をついたヤニクの褐色の肌にも、橙色がうっすらとかかって見えた。]

 道は、あのあたりが神社で、
 あそこが遊歩道ですからぁ

[指が示す先を隣で覗きこんで、同じように白い指で通ってきた道をさした。
ふと何かを見つけたように明るい声が上がった。]

 ──ああ、ふふ。そうですね
 あれは学校だと思います

 ここから見ると、随分ちっちゃいですねえ

[くすくすと笑って目を眇める。最初に会って、今日の出発点になった桜の木。]

 ───…

[夕暮れの眩しさに、ほんのりと目を眇める。帰りを促す放送が、そろそろ流れるころかもしれない。]

[幽霊はほんの少し首を動かして、外を見ているラピスラズリの目の王子様の顔を見た。]

 ぱてさん、──木登りはお得意ですか?


[幽霊は唐突にも聞こえる質問を天辺を過ぎる頃合いのゴンドラ内で
ひとつ、彼に投げかけた。]



[───まだ一緒にいたいなあ。
けれどさすがに、これを降りたら帰らなければならないだろう。
そう思っていたので、櫻子の提案は渡りに船というやつだった。]

 おまかせくだサイ。
 さくらこさんが登れというなら、どんな木でもチャレンジ出来マス!

[にっこりと笑った。]

 ほんとですか、なら──

[ぱっと笑って幽霊はぱちん、と手を叩き合わせた。]


 …あそこに見える桜の木のてっぺんまで。


 登ってもらっても、いいですか? 
 


 いつもはひとりで見ている景色ですが、
 …貴方といっしょにみられたらなあ、と思うのです

[言って、笑う幽霊はほんのりと照れたように小首を傾げた。]


*


*


*


── それから、桜の木 ──

[周囲を覆う空は夕暮れを過ぎて、夜のとばりが降り始めている。
まだ若葉をつけはじめた頃合いの桜の木の頂上付近には、
この国に生まれた幽霊にとっては温かな、春の風が吹いている。]

 この季節の風、
 ちょっとくすぐったい匂いがします

[人が乗れる一番高い横張の枝に人を招いた幽霊は、へらりと笑った。]

[写真やお土産は、学校内の使われていない教室の一角にこっそりと隠してもらった。
誰にも内緒の宝物庫だ。見つからないように、術で覆ってあるから人目にはただの棚にしか見えない。

座れますかと幹に繋がる根元へヤニクに座ってもらい、その逆側にすとんと幽霊は腰を下ろした。
てっぺんまで登ってみれば、桜の木からも暗がりに遠く小さな観覧車が見えた。]

 ふへへへ。……楽しかったです。今日一日。

[そう感想を口にして、街の風景に目を眇めた。日が落ちたからか点々と家々には灯りが灯っている。]

[桜守の木から見る町は、雑然としている。

計画的に作られたようには見えない家の屋根は青であったり、緑であったり、黒い瓦だったり
マンションの屋上になっていたりと様々だ。
見える窓の形も違えば建築様式すらばらばらで、日本家屋があるかと思えば洋風の建築もあった。]

 ぜーんぜんてんでばらばらなんですよね
 この町の家。

[まあただの桜の木まで棲家にしているのだから、言えた義理でもないのだけれど。]

 でも、私、そこが好きです。
 いつから此処にいるか覚えてないですけど
 ここから見る風景が、とても。

 夕食時にはカレーの匂いが届いたりして。
 ああ、皆さんあの灯りの中で
 …… 生きているんだなあ、と。

 そう思えるの、好きです。


 …… ふふ。ご飯時にここまで届くの、
 焼肉の匂いが多いですけれども。


 昼に学校で、学生の皆さんが
 勉学に励んでいるのを見ているのも好きです。
 若いっていいですよねえ。

[しみじみと随分年寄りくさいことを幽霊はいい]

 …楽しいことばかり、というわけではないですが
 それでも、ここからの風景を私は気に入っていて

 だから、一緒に見られたらなあと思いました。
 好きなものを、貴方と。──と。

[そういって、遠く町を眺めていた目を隣の青年の瞳に移して]

 ── ありがとうございます。


 私にとっては、とびっきりの一日でした。

[にっこりと、嬉しそうに謝辞を口にした。]



[人間一人座っても大丈夫な丈夫な枝に腰かけて軽く足をぶらつかせる。]

 楽しデシタネー!
 ヤニクもとても満喫シタ!

[桜守の木の高いところまで登って、見下ろした家々はてんでばらばらな色形をしていた。
ガチャガチャした見た目のこの街は、生まれ育ったあの南の島とはまったく違う。]

 初めてニポン来て、街や家の形、面白いなと思いまシタ。
 パイーパティとゼンゼン違いマス。


 ……ワタシはワタシの好きな人の好きなモノ知りタイ。
 ニポン知る、とても楽しデス。

[今日の夜風が日本人にはあたたかくとも、ヤニクには少し冷えて感じているように。
南の島の王子様は、それだけ違うところからやって来た。

屋根の形や色を、窮屈な道と家々の位置を。思い思いに庭に植えられた植物も、ついていたり消えていたりする街明かりも──こんなに違う。
それらを、今櫻子と見下ろしている。]



 愛しい景色と感じマス。 


 これは、タダさくらこさんが好きだからとゆ理由と違いマス。
 パイーパティの夜景みても同ジ。
 誰かソコにいるコトの愛おしさデス。

[どこかから漂ってくるらしいご飯の匂いの話や、昼の学校の話。
それらを聞くヤニクは目を細めて幸せそうだ。]

 ……。
 あなたの好きなもの、一緒に見る出来て良カッタ。

[異国の景色では満足しては貰えないだろうか。
ここがそれほど好きならば連れて行くのは忍びない ──そんな事の一切を、考える必要のない状況で良かったと思った。

純粋な視野で好きな人の好きなものを楽しめている。王子としての役目や、精霊のお告げ抜きに。]

 ワタシにとっても、とびっきりの一日デシタ。
 ……まだ気持ちとしては一緒にいたいデス。
 ただソロソロ、ワタシも帰らないとダメ。
 今夜お別れの挨拶、寂しノデ言うつもりありまセン



 ……また明日。

[隣を見て微笑んだ。
――明日の話をするのは、少し息苦しい。
明日ここの場所で、桜の木の下で────恋の話をしよう。 そういう、約束だった。]



[足の揺れる微かな振動は、木を通じてなら
ほんの少しだけ得ることができる。
本当にごく、微かなものだけだけれども。]

[王子様が町についてを語る声音は、どこか柔らかく耳に残る。
人を、人々を愛せる人の声だと感じて、その在り方が愛おしいと思えた。]

 ……

[その音に耳を澄ませるように幽霊はいっときだけ目を閉じた。]

 うん。…… いいですね。貴方の国の話、
 聞けたらきっと、
 温かい気持ちになれそうだなと思いました。


 此処とはきっと違う風景なのでしょうけれど。
 素敵で、あたたかな国だということ、
 貴方の言葉から、伝わってくる感じがします。


[情のかけ方、そのものを見る心地がする。
その視線が温かで自然と笑みがこぼれた。心から素直に、その在り方そのものが好ましく思える。]

 そうですね。私も。
 貴方にこの景色を見てもらえて、
 … よかった。

[色んな事を全部抜きにして。たった今。
交わした言葉の温度を好ましいと思えた。]

[名残惜しくも時間は過ぎていく、朱色に染まった太陽は既に地平線の向こう側。
町にだけではなく、空には星が瞬きはじめている。]

 ええ。あまり遅くなっては風もすっかり
 冷えきってしまいますから。 
 ……はい。──お約束ですから。
 ここで、待っていますね。



 また、明日。

[微笑みを返して、*同じ言葉を重ねた*。]




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