『座敷守の人狼』



 夜中、ふと目覚めると天井が目に入った。
 暗い天井はあの日と違って心に重くのしかかってくる。 


 意識の混濁、─── 否、これは混ざり合っているのではなくって、僕だけの気持ちの話。フェルゼの中に在った思い出を思い返して、ふわふわと夢心地になって、でも、それは僕の想い出ではない事に──… 瞑目する"僕"の話だ。


 *** ***


「おはようございます。」

 いつもの朝、使用人が起こしに来た時には既に起きる事が出来ている。体調に不良もない。朝の冷たい空気が気をピンと張り詰めてくれる。
 使用人に対する対応は以前と変わらなかった。

 彼、彼女たちは大人だ。
 そして、大人は僕に必要以上に干渉する事を厭う。

 それは、そう言うものだったし、これからもそう言うものなんだろう。その事に何の不満もないけれど、…時々、夢で見た優しい手を思い出す事がある。僕は貰えず、弟が貰って来た、人を愛する方法のひとつ。

 ……。

 そうした時、不意に、どうしようもなく、何か、"そうした"気持ちになるのだけれど、"それ"が何なのか、解らない。


 *** ***


 フェルゼの様子を時折じっと見ると、とても怪訝な顔をされる。
 僕は決まって笑い返すし、相手は訳が分からないと言ったように小さく息を吐いて視線を外した。

 僕は弟がこの家に居る事が嬉しくて仕方なくって、ずっと一緒に居れる事が嬉しくて仕方なくって、弟が狼になった事だって、嬉しくて仕方なかった。
 だって僕はもう一人じゃない。
 朝ごはんを食べる時だって、顔が緩んで仕方がなかった。


 *** ***


 ずっと一人だった。
 暗い部屋の中、誰の声もしない冷たさの中。
 これからも一人だと思った。
 暗い部屋の中、たとえソフィアと解りあえても、一人なのは変わらないと思っていた。


 *** ***


 フェルゼが使用人と話している。
 使用人からは増えた"座敷守の子"に少し戸惑いが見て取れた。でも、見ている内に様子が少し違う事に気が付いた。

 使用人は僕に対しても笑顔を浮かべている。
 今、フェルゼに対しては笑顔を浮かべていない。恐らくフェルゼが困らせるような事でも言ったんだろうか。もしくは反発か。
 だけどどうしてだか、"親し気"にみえた。

 どうしてだろう、と思う。
 ああ、でも、ああいった使用人の顔は少し前に見た覚えがある。

 ヒューとヤニクが家に来た日だ。
 あの時、二人に対しても彼らはそう言う顔をしていた。

 僕だけが違う。…僕だけが。


 *** ***


 あの大怪我の後。病院で、面会謝絶が解除された後モニカやヒュー達もお見舞いに来てくれた。
 モニカの泣き声は他の部屋にまで響き渡って、弟と顔を見合わせて笑ったものだ。

 ヒューは、二人とも命に別状がないと知ると心から安心した様子だった。
 彼には心からお世話になったな、と改めて思う。けど、彼が謝る理由が解らなかった。いや、"そういう事"にしたんだったか、と思うと少し、なんていえば良いかが解らなかった。

 ひっそり囁かれた言葉がある。
 ──── おれはもうおおかみじゃない。

 その言葉の意味が最初は理解できなくって、ただただ不思議そうに見ただけになってしまった。ヒューは笑って頭を撫でてくる。
 王技じゃないけど、暖かさを感じてしまって、泣きそうになった。


 *** ***


 回復は思ったよりも早く、退院も思ったよりも早かった。
 やっぱりフェルゼの方が僕よりも傷が深くって、僕の方が先に退院となる。
 一緒に退院したい気持ちもあったけれど、出席日数は稼いでおかなければならなかった。


 *** ***


 ヤニクとは少し顔を合わせ辛かった。運命に誠実に動いたとは言い辛かったからだ。
 心のままに動いた結果だとはいえ、相手もまわりも蔑ろにしたという実感はじわじわとわいている。あの時のヤニクとの会話を思い出しながら、今度こそ、友だちの資格は失ってしまったかな、と思うと心が重かった。
 友達になろうと言ってくれた言葉がもはや遠い。

 ヒューに対してだってそうだ。

 大事にしたかったはずなのに。
 全然なんにも大事にできてない。


 *** ***


 ずっと一人だった。
 暗い部屋の中、誰の声もしない冷たさの中。
 これからも一人だと思った。
 暗い部屋の中、たとえソフィアと解りあえても、一人なのは変わらないと思っていた。


 だけど、誰かを掴める可能性が目の前にあったら、その手を掴んで、此方側にだって引き寄せて、離さないと思うほどに、─── きっと僕は、寂しかった。


 あの一瞬、どうでもいいと思った罪悪感は日を増すごとに胸の奥に蓄積される。振り切れたらいいのに。今度こそ他の全ても棄ててしまって、自分のためだけに、彼に生きてもらえたらいいのに。
 ああ、違う。だって彼は人間じゃなくって、餌じゃなくって、いや、───… いや。人間でも、餌だとしても。 そういうのは違うって、僕の記憶じゃなくって、フェルゼの記憶が言っている。

 人を愛する事を教えてもらえなかった。
 でも、彼の夢を見た事で、人を愛する方法がドッと心の中に入り込んで、混乱して、身動きが取れない。

 どうすればいいかが曖昧なまま、僕の"日常"は過ぎて行く。


 *** ***


 学校に通い始めて担任との面談も再開された。
 暫くは保健室登校で、少ししたらちゃんと教室に行く予定だ。

 改めて生良先生と対峙すると、この人は良く構ってくれるなと思う。担任との面談、この担任は毎朝ホームルームに行く前に保健室へと立ち寄ってくれていた。
 以前は意識してなかったけれどいい先生なんだなと思うのに、心の底ではどうせ大人だと思ってしまっている。

 それでも、この先生に迷惑はかけたくないな、とも少しだけ。


 *** ***


 急に人間の心を知れと言っても無理な話だ。
 だって僕は人間として育てられなかった。

 だけど、人間として育てられた記憶を知ってしまった。
 ぐるぐると回る記憶、感じる手の暖かさ、知らないのに知っている無償の愛情。

 この記憶があれば人間に近づけるんだろうか。

 僕が人狼にした弟に、僕が人間にされるなんて、まったく皮肉な話だけど。
 だけど、… まだ間に合うんだろうか。まだ、"人間"になれるんだろうか。また友達だと言えるだろうか。まだ、…誰かを愛する事が出来るんだろうか。誰かに愛してもらう事も、出来るんだろうか。

 全てを諦めなくっても良かったんだろうか。
 全てを諦めなくっても、良いんだろうか。

 ずっと一人じゃなくっても……良いんだろうか。


 ─── でも、僕がそんな気持ちになったとしても、弟を人狼にしてしまったのは僕だ。だからやっぱり、きっと手遅れで。フェルゼが何を考えているかも解らない。愛されて育った弟が、僕の記憶を見てどう思うかも、これからどうするのかも、どうしたいと思うのかも、…解らない。
 恨まれていても、嫌われていても、それは恐らく当然なんだろう。


 泣きたくなってしまって、ある夜学校へと忍び込みすっかり葉桜になってしまった学校の桜を見上げた。
 …どこからか、焼き肉のにおいがした。



 ***************

── ファンブック掲載。双子人狼エンド後の話。
   イベント「二度目の初恋」が起こっていない前提の話。

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