作者:ssスレ2-658氏
「いや!いやあああああ!」
「うわああああああ!!」
天を焼かんとばかりに燃え上がる炎、満月の明かりに照らされ、立ち込める黒煙がほんのりと青みを帯びている。
その業火の中心には、一匹の竜がいた。
炎よりも紅い深紅の鱗に、煤で黒ずんだ翼。ばさり、とその翼が羽ばたくたびに、炎はより勢いを増し、村を、人を、焼き尽くしていった。
「お父さん!お母さん!どこ!?熱いよぉ!助けてよお!」
一人の少女の悲痛な叫び声が、他の悲鳴にまぎれ天にこだまする。
竜はその声に、持ちあげていた首を傾け、声の主を見下ろした。
「ひっ」
竜に睨まれた少女は、途端に声が潰れてしまう。一歩、二歩と後ずさりをするが、竜は悠々と半歩だけ踏み出して、その距離を縮めた。
腰が抜けてしまったのか、少女は尻もちをついてなおずるずると足掻く。竜はまた半歩踏み出して、その右足を軽く踏みつけた。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
めきり、という音と共に、気絶しそうなほどの激痛が走る。竜は足にこびり付いた肉片を鬱陶しそうに掃うと、再度舐めるように少女を見下ろした。
「あ゛…あ゛ぁ…」
かろうじて意識は失わなかったが、気絶した方が断然良かっただろう。
竜が顔をずいと寄せ、焼けつくような鼻息に少女が顔をそむけると、竜は彼女の意識がある事を確認したのか、さも楽しげに喉を鳴らした。
「殺して…殺してよ…」
少女の悲痛な懇願も、竜はただ鼻で笑うだけ。
そして、彼女の右腕へひと吹きで草原を焼き尽くす吐息を吹きかけた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
じゅううううという肉の焼ける音と臭いが立ち込める。
竜にとってはごちそうのような臭いだが、少女にとっては吐きたくなるほどの悪臭でしかない。
臭いと音と、右腕の熱さと左足の無感覚…少女の精神は限界に達し、ヒューズが弾けるように意識がブツリと途切れた。
「…っ」
目が覚める、見なれたオリエンタル調の天井が目に飛び込んできた。
むくりと身体を起こすと、はあ、と溜息をついて手で顔を拭う。
「またあの時の夢…」
気落ちした表情で時計を見てみれば、少々早いようだが起きていても問題の無い時間だった。
先程の夢を振り払うように頭を何度も振り、ベッドから降りる。夏の時期は寝巻なんて着ないから、下着のままだ。
そのままいつものTシャツも着て、そこで気付いた。
右腕が無い
一瞬どきりとしたが、すぐに思い出す。
「あ…そっか」
そう呟きながら、右肩を優しく掴む。
ジョイント部分の堅い感触が、薄いシャツ越しに感じられる。
「んっ…」
関節部分に布が触れ、かすかな痛みとくすぐったさが襲う。
何とも言えない快感だが、博士からは「故障の原因になるからやめてくれ」との事だ。
「…いけないいけない、朝っぱらから何やってんだ私は」
右肩から手を離し廊下に沿って台所へと向かえば、初老の淑女が朝食の支度をしていた。
「おはよう、レヴィンおばさん」
声をかけると、彼女は振り返り「あら、おはよう」とにこやかに返してくれる。
「ハルさん、今日は早いのね、何かあるのかしら?」
「ううん…ちょっと早く起きちゃっただけ。別に急ぐ必要はないから大丈夫よ
それより、ロイス博士は?」
「あの人なら、昨夜から研究室にこもりっきりよ。もう若くはないって言うのに…無理はしないで欲しいものねえ」
「…んー、それ私のせいかも…右腕の調整頼んだの」
ひらひらと何も無いTシャツの右袖を揺らす。レヴィンおばさんはあらあら、と苦笑いして言った。
「そうだったの、貴方は別に悪くはないわよ。あの人なら、それくらいちょちょいとやれちゃうもの」
「ちょちょい」の部分で、おばさんは指を振う。すると、鍋がテーブル上の鍋敷きへとふわりと飛び、ついでとばかりにコンロについていた火もふっと消えた。
「その"ちょちょい"とやれちゃうところを丹念に時間をかけてやるのは、良くも悪くも博士の癖ね」
レヴィンおばさんの見事な魔法に少し感心しながら、ハルは「ふふ」と笑うと、台所を後にし研究室へと急いだ。
「博士ー、起きてるー?」
離れにある研究室の、重々しいメタル製の扉をこんこんと叩くと、中から「うーむ…」という声が聞こえてきた。やはり寝てしまっていたようだ。
「開けるよー?」
ドアノブに手を掛けようとした時、扉が内側に派手に開く。
そして、ガツン!という音
「…―――うむ、目が覚めた」
額にたんこぶを作り、精一杯の強がりを見せる初老の男。
それを見て、ハルはやれやれ、と溜息をついた。
「また扉が重いと思って…チタン製にしない方が良かったんじゃない?」
「寝ぼけた頭にゃそんな事は出来んだろ、察してやれ」
後からやってきた痛みに額を抑えて「うむむ…」と唸るロイス博士の後ろから、20代半ばの男が現れる。
「…うぐ、父親に向かってその言い方は酷いんじゃあないのかね、ファーヴァン…」
「親父ももう若くはねーんだ、俺なりの心配だと思って欲しいね」
ロイス博士の息子、ファーヴァンの言葉に、ハルはくすくすと笑う。
「…んで、お前は何の用だ?」
ファーヴァンは不機嫌そうにハルを睨む。
「博士から聞いてないの?私の腕、調整してもらってるんだけど」
「…ああ、手伝わされた。おかげで寝不足だぜ」
痛がるロイス博士に湿布を渡すと、ファーヴァンは「ついてこい」とハルを促す。
研究室の中は相変わらず薄暗く、机の上だけが天井に浮かんだ光球の光に明るく照らされていた。
その机の上に、雑多な道具類に囲まれて、一本の人間の腕が転がっていた。
いや、それはよく見ると、人形の腕のように球体関節が付いた、作り物の腕だった。
"代体魔道機" そう呼ばれる、「魔法」で動く「機械」の一つで、身体の一部を失ってしまった人達を補助する為のパーツだ。
今椅子に座り、頭をさすっている彼、ロイス・エメリッヒ博士は、この代体魔道機の設計の第一人者。
息子であり助手であるファーヴァンと、彼を慕う部下達と共に、様々な障害者を救ってきた。ハルもまたその一人である。
「ほれ、付けてやるから座れ」
ファーヴァンは荒っぽくハルを座らせると、慣れた手つきで魔道機腕のハードポイントを露出させた右肩にあてがった。
「あっ…ん」
朝の時と同じ、痛くすぐったい快感が襲う。
「変な声出すんじゃねえよ。あと動くな、やりずらいだろうが」
「…仕方ないでしょ、んっ…神経と直結してるんだから」
ハルとファーヴァンのやり取りを、ロイス博士はニヤニヤと眺める。
「ほれ、付け終わったぞ…たく、夜の内に調整させてもらうくらいなら、予備くらい作って貰えっての」
「そんな余裕あったらとっくに作って貰ってるわよ…自分の父親の性格知らない訳ないでしょ?」
「うむ、その腕は特注じゃからな。予備を作るというならおそらく借金が2倍になると思うぞ
もちろん、脚の方もしかりじゃ。そうそう、脚の方はまだ調整せんでっ!?」
ロイス博士はニヤニヤと笑ったまま話しはじめる。ファーヴァンはそんな守銭奴な父親の額にデコピンを食らわした。
「脚の方はまだいいわ
それに、調整なんて半年に一回くらいだし。予備を作ってもあんまり役に立たないから」
うずくまる博士をくすくすと笑いながら、ハルは付け足す。
「うう…老人虐待じゃ…居候と息子が老人虐待する…」
「1日の睡眠時間が3時間無い老人がどこにいるんだよ」
今度はファーヴァンがロイス博士の言葉に即座につっこんだ。
「皆さーん、朝食が出来ましたよー」
丁度、朝餉の支度も出来たようだ。ハルは右手を何度か動かして、違和感のない事を確認する。
「ほら博士、朝食食べれば元気付くからさ」
うずくまる博士を起こして、3人は研究室を出る。
「ほっといてもすぐ元気になるだろうけどな」
一番最後に出たファーヴァンが、部屋に鍵を掛けながら呟いた。
「なんでわしの息子はこんなに捻くれてるん?」
「知らないわよ、自分の子供なんだから自分が一番知ってるでしょ?」
「むむ…ほとんど仕事をしていてあんまり構ってなかったから分からんの…」
「どう考えてもそれが原因だろうが」
いつも通りのやりとりに、ハルはくすくすと笑う
機械都市ジェイクトの、いつも通りの朝。透き通る青空を、機竜メックが飛んでゆく
自然と、魔法と、機械が融合した世界「ディエ・ウェルト」の、何の事はない朝の一幕。
「いや!いやあああああ!」
「うわああああああ!!」
天を焼かんとばかりに燃え上がる炎、満月の明かりに照らされ、立ち込める黒煙がほんのりと青みを帯びている。
その業火の中心には、一匹の竜がいた。
炎よりも紅い深紅の鱗に、煤で黒ずんだ翼。ばさり、とその翼が羽ばたくたびに、炎はより勢いを増し、村を、人を、焼き尽くしていった。
「お父さん!お母さん!どこ!?熱いよぉ!助けてよお!」
一人の少女の悲痛な叫び声が、他の悲鳴にまぎれ天にこだまする。
竜はその声に、持ちあげていた首を傾け、声の主を見下ろした。
「ひっ」
竜に睨まれた少女は、途端に声が潰れてしまう。一歩、二歩と後ずさりをするが、竜は悠々と半歩だけ踏み出して、その距離を縮めた。
腰が抜けてしまったのか、少女は尻もちをついてなおずるずると足掻く。竜はまた半歩踏み出して、その右足を軽く踏みつけた。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
めきり、という音と共に、気絶しそうなほどの激痛が走る。竜は足にこびり付いた肉片を鬱陶しそうに掃うと、再度舐めるように少女を見下ろした。
「あ゛…あ゛ぁ…」
かろうじて意識は失わなかったが、気絶した方が断然良かっただろう。
竜が顔をずいと寄せ、焼けつくような鼻息に少女が顔をそむけると、竜は彼女の意識がある事を確認したのか、さも楽しげに喉を鳴らした。
「殺して…殺してよ…」
少女の悲痛な懇願も、竜はただ鼻で笑うだけ。
そして、彼女の右腕へひと吹きで草原を焼き尽くす吐息を吹きかけた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
じゅううううという肉の焼ける音と臭いが立ち込める。
竜にとってはごちそうのような臭いだが、少女にとっては吐きたくなるほどの悪臭でしかない。
臭いと音と、右腕の熱さと左足の無感覚…少女の精神は限界に達し、ヒューズが弾けるように意識がブツリと途切れた。
「…っ」
目が覚める、見なれたオリエンタル調の天井が目に飛び込んできた。
むくりと身体を起こすと、はあ、と溜息をついて手で顔を拭う。
「またあの時の夢…」
気落ちした表情で時計を見てみれば、少々早いようだが起きていても問題の無い時間だった。
先程の夢を振り払うように頭を何度も振り、ベッドから降りる。夏の時期は寝巻なんて着ないから、下着のままだ。
そのままいつものTシャツも着て、そこで気付いた。
右腕が無い
一瞬どきりとしたが、すぐに思い出す。
「あ…そっか」
そう呟きながら、右肩を優しく掴む。
ジョイント部分の堅い感触が、薄いシャツ越しに感じられる。
「んっ…」
関節部分に布が触れ、かすかな痛みとくすぐったさが襲う。
何とも言えない快感だが、博士からは「故障の原因になるからやめてくれ」との事だ。
「…いけないいけない、朝っぱらから何やってんだ私は」
右肩から手を離し廊下に沿って台所へと向かえば、初老の淑女が朝食の支度をしていた。
「おはよう、レヴィンおばさん」
声をかけると、彼女は振り返り「あら、おはよう」とにこやかに返してくれる。
「ハルさん、今日は早いのね、何かあるのかしら?」
「ううん…ちょっと早く起きちゃっただけ。別に急ぐ必要はないから大丈夫よ
それより、ロイス博士は?」
「あの人なら、昨夜から研究室にこもりっきりよ。もう若くはないって言うのに…無理はしないで欲しいものねえ」
「…んー、それ私のせいかも…右腕の調整頼んだの」
ひらひらと何も無いTシャツの右袖を揺らす。レヴィンおばさんはあらあら、と苦笑いして言った。
「そうだったの、貴方は別に悪くはないわよ。あの人なら、それくらいちょちょいとやれちゃうもの」
「ちょちょい」の部分で、おばさんは指を振う。すると、鍋がテーブル上の鍋敷きへとふわりと飛び、ついでとばかりにコンロについていた火もふっと消えた。
「その"ちょちょい"とやれちゃうところを丹念に時間をかけてやるのは、良くも悪くも博士の癖ね」
レヴィンおばさんの見事な魔法に少し感心しながら、ハルは「ふふ」と笑うと、台所を後にし研究室へと急いだ。
「博士ー、起きてるー?」
離れにある研究室の、重々しいメタル製の扉をこんこんと叩くと、中から「うーむ…」という声が聞こえてきた。やはり寝てしまっていたようだ。
「開けるよー?」
ドアノブに手を掛けようとした時、扉が内側に派手に開く。
そして、ガツン!という音
「…―――うむ、目が覚めた」
額にたんこぶを作り、精一杯の強がりを見せる初老の男。
それを見て、ハルはやれやれ、と溜息をついた。
「また扉が重いと思って…チタン製にしない方が良かったんじゃない?」
「寝ぼけた頭にゃそんな事は出来んだろ、察してやれ」
後からやってきた痛みに額を抑えて「うむむ…」と唸るロイス博士の後ろから、20代半ばの男が現れる。
「…うぐ、父親に向かってその言い方は酷いんじゃあないのかね、ファーヴァン…」
「親父ももう若くはねーんだ、俺なりの心配だと思って欲しいね」
ロイス博士の息子、ファーヴァンの言葉に、ハルはくすくすと笑う。
「…んで、お前は何の用だ?」
ファーヴァンは不機嫌そうにハルを睨む。
「博士から聞いてないの?私の腕、調整してもらってるんだけど」
「…ああ、手伝わされた。おかげで寝不足だぜ」
痛がるロイス博士に湿布を渡すと、ファーヴァンは「ついてこい」とハルを促す。
研究室の中は相変わらず薄暗く、机の上だけが天井に浮かんだ光球の光に明るく照らされていた。
その机の上に、雑多な道具類に囲まれて、一本の人間の腕が転がっていた。
いや、それはよく見ると、人形の腕のように球体関節が付いた、作り物の腕だった。
"代体魔道機" そう呼ばれる、「魔法」で動く「機械」の一つで、身体の一部を失ってしまった人達を補助する為のパーツだ。
今椅子に座り、頭をさすっている彼、ロイス・エメリッヒ博士は、この代体魔道機の設計の第一人者。
息子であり助手であるファーヴァンと、彼を慕う部下達と共に、様々な障害者を救ってきた。ハルもまたその一人である。
「ほれ、付けてやるから座れ」
ファーヴァンは荒っぽくハルを座らせると、慣れた手つきで魔道機腕のハードポイントを露出させた右肩にあてがった。
「あっ…ん」
朝の時と同じ、痛くすぐったい快感が襲う。
「変な声出すんじゃねえよ。あと動くな、やりずらいだろうが」
「…仕方ないでしょ、んっ…神経と直結してるんだから」
ハルとファーヴァンのやり取りを、ロイス博士はニヤニヤと眺める。
「ほれ、付け終わったぞ…たく、夜の内に調整させてもらうくらいなら、予備くらい作って貰えっての」
「そんな余裕あったらとっくに作って貰ってるわよ…自分の父親の性格知らない訳ないでしょ?」
「うむ、その腕は特注じゃからな。予備を作るというならおそらく借金が2倍になると思うぞ
もちろん、脚の方もしかりじゃ。そうそう、脚の方はまだ調整せんでっ!?」
ロイス博士はニヤニヤと笑ったまま話しはじめる。ファーヴァンはそんな守銭奴な父親の額にデコピンを食らわした。
「脚の方はまだいいわ
それに、調整なんて半年に一回くらいだし。予備を作ってもあんまり役に立たないから」
うずくまる博士をくすくすと笑いながら、ハルは付け足す。
「うう…老人虐待じゃ…居候と息子が老人虐待する…」
「1日の睡眠時間が3時間無い老人がどこにいるんだよ」
今度はファーヴァンがロイス博士の言葉に即座につっこんだ。
「皆さーん、朝食が出来ましたよー」
丁度、朝餉の支度も出来たようだ。ハルは右手を何度か動かして、違和感のない事を確認する。
「ほら博士、朝食食べれば元気付くからさ」
うずくまる博士を起こして、3人は研究室を出る。
「ほっといてもすぐ元気になるだろうけどな」
一番最後に出たファーヴァンが、部屋に鍵を掛けながら呟いた。
「なんでわしの息子はこんなに捻くれてるん?」
「知らないわよ、自分の子供なんだから自分が一番知ってるでしょ?」
「むむ…ほとんど仕事をしていてあんまり構ってなかったから分からんの…」
「どう考えてもそれが原因だろうが」
いつも通りのやりとりに、ハルはくすくすと笑う
機械都市ジェイクトの、いつも通りの朝。透き通る青空を、機竜メックが飛んでゆく
自然と、魔法と、機械が融合した世界「ディエ・ウェルト」の、何の事はない朝の一幕。
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