サイボーグ娘SSスレッドに保管されたSSの保管庫です。一応、18禁ということで。

 キュイーン・・・・
 
 腕一本で逆立ちをしたままバランスを取る男性型サイボーグが一体。リハビリ室でゆっくりと稼動していた。
 その姿をジッと見つめる眼がひとつ。部屋の片隅の、少しばかり丈夫そうに作られた椅子の上にあった。
 まだ傷の碌についてない軽金属と炭素繊維のフレームが丸見えで、ところどころネイキッド構造になっている
女性型のサイボーグ。

 まだ体内機器の構造バランス取りが終わっていないのだろうか。
 フレームのあちこちに付箋で寸法調整操作の指示が書き込まれている。

 チラリと見える頚椎上部には、鈍く光る球体。
 脳髄などの重要パーツが納められてるのだろうか、大きく[NOTICE]の文字が見えていた。

 その球体の前半分には、ハイブリット人工筋肉で作られた表情筋に覆われる女性の顔がある。
 年の頃ならまだ16か17か。未成年と言って良い位の顔立ちなのだけど・・・・

「俺になんか用?」

 まるで玉乗り曲芸の練習中とでも言いたそうな男性型サイボーグは、目を向ける事無くそう言い放った。

「あの・・・・」
「なに?」
「何してるんですか?」

 ヒュンヒュンと音を立てるモーター駆動部分の音に混じり、プシュップシュッと音を立てて駆動する空気シリ
ンダーの作動音。
 そして、僅かに聞こえるピピピピピと鳴る警告音。

「君とおんなじ」
「え?」
「稼動域を確かめながらバランスカウンターを調整してるんだ。胸の部分の3Dジャイロに誤差が多い」

 右腕一本でまっすぐに逆立ちしている姿に女性型サイボーグは見とれている。

「君も三半規管無くなっちゃったんだろ?」
「うん」
「じゃぁ、ちゃんと調整しておいた方が良いよ」
「そうなんですか?」
「例えば、歩いてるときに、何かにつまづいたりするじゃん」
「うん」
「その時にさ、3Dジャイロの姿勢制御パラメーターに誤差があると、変な方向へジャンプしたりするんだ」

 唐突に『ピー!』と警告音が響いた。
 右手一本で立っていた姿勢から肘を曲げて顔を床に近づけていたのだけど。

「おっと、危ない危ない」
「今のは?」
「関節部のアクチュエーターが負荷限界超えたんだ。壊れる!って機械が悲鳴あげたんだよ」
「・・・・・・・」

 水平に広げてバランスをとっていた左手をそっと床について。
 そのまま両手で身体を再び持ち上げた。そしてそのまま、逆立ちのままの腕立て伏せ。
 
 キュイーン ガチャン キュイーン ガチャン プシュー・・・・・

「やらないの?」
「・・・・立てないの」
「どうして?」
「立ったこと無いから」
「リハビリ担当の人は?」
「何か確認してくるって言って事務所行ったきり」
「ふーん」

 逆立ちのまま下半身を折り曲げると、今度は勢いをつけて反対側へ振り上げた。
 その反動を使って半分の宙返りを行い正常立位で立っている男性のサイボーグ。
 
 あちこちに接触痕や打撲痕が残っている外装金属は、だいぶ艶の無くなったつや消し状態だった。

「もう長いんですか?」
「なにが?」
「あ、いや、あの」
「サイボーグ?」
「はい」

 まっすぐに見つめられてちょっと恥ずかしくなったのか。
 ピョイと顔を背けて部屋の隅にあったガウンに袖を通し始めた。

「・・・・・・7年目かな。16の時にバイクでミスってどうしょもなくなってさ」
「7年・・・・ですか」
「うん。で、今ンところ本体更新を2回やってるからね。この身体はまだ4ヶ月なんだ」
「よんかげつ?」
「そう。前に使ってた人が相当荒れてたらしくてさ。あちこちガタガタなもんだから、ゆっくり調整中」
「使ってた?」

 不思議そうに聞いてくる女性の声。
 その声に男性の方もまた不思議そうだった。

「君は?」
「わたしですか?」
「そう。もうどれ位?」
「・・・・・・たぶん。四日目です」
「じゃぁ、まだ慣れないね。歩けないのも仕方ないか」

 女性はコクリと頷いた。
 頚椎部分の駆動系から空気シリンダーの排出音が僅かに漏れた。

「ところでそのボディ。もしかしてまっさら新品じゃない?」
「新品?中古ってあるんですか?」
「仕方ないでしょ。だってこれは国からの借り物なんだから。仕様許諾の書類にサインして宣誓しなかった?」
「なっ なにも・・・・ して・・・・ ません」
「そうか。じゃぁこれからなんだね」

 男性はガウンの脇においてあったカバンから書類を取り出した。

「指が金属むき出しだと、紙を摘むのが大変なんだよ。床に小銭落としたりすると、まず取れないし」

 書類と一緒に指サック状のゴムカバーを指に被せている。
 その仕草がまるで男性器にコンド−ムを被せているようにも見えている。

「先端に空気が入るとダメなんだ。密着させないと接触センサーに誤差が出るし、温度センサーが狂う」
「危ないんですか?」
「例えば、えらく熱を持ってる金属とか油断して掴むと、まずセンサー類が全部焼ききれて、それからエラー信
号が光神経に入ってくるから、脳がすごく痛がる。おまけに稼動部分の油圧系統が全部やられて動かなくなるん
だよ。自分の手が全く動かなくなったら、生身だってサイボーグだって大変でしょ?」
「そうですね」

 男性の取り出した書類はA4版の紙に20枚以上有るようなものだ。
 あれこれ事細かに諸注意と契約事項が書かれていて、最も重要な免責条項だけで5ページもあった。

「保険が効くから個人負担は最終的に87150円だけど、この身体は本体だけで約3億するんだって」
「サンオクエン????」
「そう。3億。だから、ある程度使いまわししないと国もたまらないって話なんだよね」

 事も無げに言う男性の言葉が、逆に女性には驚きだった。

「でも、何で使いまわしを?」
「そりゃ、しょうがないよ。だって僕らはモルモットみたいなもんだから」
「モルモット?」
「そうだよ。まだまだ全身義体は進化の途中だからさ。使いながら改良してるような状態」
「そうなんですか。知りませんでした」
「この身体は科学技術庁の機材で厚生労働省が間に入ってレンタルしてるって訳だよ」
「・・・・・・・・」
「レンタル料が毎月25万だか26万だかって話だけど・・・・」
「そんなお金ないですよ。どうしよう・・・・・」
「あ、平気へいき。俺達はタダだから」
「なんでですか?」
「これ(身体)はメーカー側から動作テストのモニターと言う大義名分でさ」
「・・・・・・・・・」
「アルバイトみたいなもんで、レンタル料をメーカーが払ってくれてるんだよ」
「だからモルモット・・・・」
「そうそう。たぶん君の身体は最初から神経回路が光ファイバーだろうし、駆動系は静穏型の空気式だと思う」
「違うのもあるんですか?」

 何も知らないんだね・・・・
 どこかちょっと呆れている。
 そんな空気を女性が感じ始めている。
 気を使ったのかどうかはともかく、男性は声色をちょっと変えて話し始めた。

「うん。僕が最初に入った型のサイボーグは駆動系が水圧式で、おまけに駆動コンプレッサーがピストン型だっ
たから、そもそも同じ体積のボディで重量が3倍強あってさ。スリム体系なんだけど体重200kg越えてた。おまけ
に水圧式は駆動速度が遅くてさ。指先とかある程度早く動いて欲しい所は全然ダメだったんだよ。パソコンの
キーを叩くのに1分で120文字が精一杯だったり、あと、自転車すら乗れなかったし。一番困ったのが神経回路に
使ってたメタル結線部分で、水圧式だと中でさびたりするし、僅かに進入した水でショートして、真夜中に勝手
に体が暴れ始めたり。今はだいぶ良くなったけど、7年前は生活防水どころか雨の日には外出できなかったんだ
よね。君の身体はたぶん10気圧防水位になってると思うよ。ほら、ここにパッキンの取り付けマウントがある」
 
 男性の黒いゴムカバーが付いた指先が、女性の炭素繊維で作られた鎖骨部分をなぞった。

「うぅっ!」
「あ、ごめん!もう神経回路繋がってたんだ」
「あ、いいんです。いいんです。私も初めて・・・・知りましたから。知らない事だらけです」

 重い沈黙。そして、椅子から見上げる眼差しと、それを受け止める眼差し。
 男性は書類を隣の椅子に置くと、そっと女性のほうに手を出して立ち上がる事を促した。

「立ってみなよ。まっすぐ立てるように成るには練習あるのみだよ」
「練習?」
「そう。3Dジャイロの学習機能にデータをためておくんだ。生まれたばかりの子供って寝返りすらうてないっ
て言うでしょ。それと一緒だと。まず立てるように成るには、100回くらいは立ったり座ったりを繰り返して」

 男性の差し出した手に女性が掴まっている。

「圧力センサー正常?バランス崩してビックリして、俺の手を握りつぶさないでね。怒られるから」
「はい」

 両手を添えてもらって、彼女はやっと立ち上がった。
 男性型とは違う作動音が部屋に響く。
 ヒューンと言う小さな送風音と、そして、空気シリンダーが伸び縮みするシューと言う音。

「やっぱり空気式だ。いいなぁ静かで」
「あなたは?」
「俺のは油圧と、あと、形状記憶合金を使った電熱式瞬発駆動の板ばね併用型なスプリング動作」

 確かに男性型の方からは空気式とは違う音がする。

「力は油圧式の方が有利だけど、煩いんだ。早くカバー付けたいよ」

 男性がゆっくりと後へ下がった。

「歩ける?片足で立つって結構高度な姿勢制御だから」
 
 男性の手に掴まっていて尚、女性の身体は前後左右に揺れている。
 両足の空気シリンダーがプシュポシュと細かな姿勢制御を繰り返しているのが聞こえる。
 やがて段々と振れ幅が大きくなってきて、明らかに女性の顔に狼狽の色が浮かぶ。

「キャッ!」

 僅かに悲鳴を発して女性がバランスを崩した。
 ただ、倒れこんだのは男性の両腕の中。
 不可抗力で抱きしめられるような形に・・・・

「ごっ ごめんなさい・・・・」
「大丈夫?」
「すいません」
「慣れて無いんじゃしょうがないよ。リハビリって重要だよ?」

 両腕に支えられて女性は椅子へ再び腰を下ろした。
 丈夫に作られているはずの椅子がギシリと軋んだ。

「まっさら新品の身体なんだからさ。なるべく傷入れたり壊さないようにしないとさ」
「そうですね」
「次に使う人に、出きるだけ綺麗に引き渡してあげたいでしょ」
「・・・・・・私もこの身体を更新するんでしょうか?」
「たぶんね。だって、中身は最新式に切り替わってかないとつまらないでしょ」
「つまらない?」
「そうそう。最初はさ、動かすのが簡単なのに入るんだよ。考え方としてはロボットに乗ってると思えばいい」
「あぁ、そうか。段々と難しいのに」
「そうだね。反応が早かったりパワー制御的にピーキーなのだったり。サイボーグ慣れしてくると・・・・」

 唐突にリハビリ室のドアがガチャリと開いた。
 男性のほうはすばやくドアの方に顔を向けたのだけど、女性は一瞬部屋を見回してからドアを見た。

「サイボーグ慣れすると、いきなり女の子口説いたりするようになるな」
「先生勘弁してくださいよ」
「だいぶ慣れたね」
「えぇ」

 白衣を着た医師と思しき男性が入って来た。
 胸のネームプレートには[義体制御内科/義体構造外科]の文字があった。

「ちょっとモニターとるよ」
「あ、はい」

 タブレットPCを起動させてタッチパネルで何事かをいじっている。
 男性の胸部にある埋め込み型のモニターにPC-LINKの文字が浮かんだ。

「あ、繋がってる」
「中身が見える?」
「あー 何もストアされてませんね。制御ソフトもバージョン一緒だし」
「おかしいなぁ」
「昨日の夜にQRコードのキー貰ったんで夜中の間にバージョンアップしておいたんですが」
「え?マジ?ほんとに?まだデバック終わってないよ!」
「まじっすか!んじゃ!」

 医師と男性型サイボーグは二人揃って女性を見た。
 その眼差しに一瞬気圧されるのだけど・・・・

「ちゃんと手を握れた?」
「はい。おまけに抱きしめちゃった。役得だった」
「危なかったなぁ・・・・ 出力制御パラメーター空欄だったんだよ」
「え゙?じゃぁ!」

 もう一度女性を見た二人。
 さすがにちょっと怖くなったようだが・・・・

「あの、何か問題があったんですか?」

 女性型サイボーグが口を開いた。
 その問いに男性型のほうが口をパクパクとさせている。

「いや。危うく君が彼の胸でプレスされてぺしゃんこになるところだった。彼の上腕部出力のパワーリミッター
が掛かってなかったんだ・・・・」
 
 ちょっと青ざめてる医師。
 だけど女性型のサイボーグはちょっと笑顔になった。
 
「じゃぁ、危うく私、もう一回死ぬ所だったんですね」
「そうなるね。いやぁ危なかった」

 冷や汗をハンカチで拭きながら、医師がタブレットPCをいじり始めた。
 何かをインストールするのだろうか。男性型サイボーグの胸部インジケーターが高速で点滅してる。

「うわ、これは重いなぁ」
「制御周りのソフトはパワーリミッタだけじゃなくって暴走防止のセーフティが多いからね」
「自動でインストールしますよ?」
「あぁ、走らせて良いよ。こっちでモニターするから。ああ、その前に一旦椅子に座って」
「へい」

 ドサリと椅子に腰を下ろして何かを考えてる風な男性型サイボーグ。
 医師はタブレットPCの画面を見ながら、書類に何かを書いている。

「一旦コントロール切るよ」
「はい。OKです。いたずら書きとかしないでね」

 ヒュン!と音がして、男性の姿勢がロックされた。
 顔の表情だけが動いて目をキョロキョロさせている。

「眼球と表情筋だけは機械駆動じゃなくて筋肉なんだよ。だから姿勢制御ソフトをロックしても動ける」

 僅かな間にソフトの上書きが終わったのか、再びヒュイーンと音がし始めて男性が動き出した。
 スッとまっすぐに立ちあがって直立不動の姿勢になると、まず右手から自動で前に上がり始め、各関節の駆動
部を可動限界まで動かしてゼロ点へ戻る動作を始める。
 右腕・左腕・右足・左足・腰部・臀部・頚部・背面・頚椎と動いていき、約5分後に再起動を完了した。

「あ、さっきより滑らかだ」
「そうか、じゃぁこっちの方が良かったんだな」

 アレコレと話をしながら姿勢制御を調整しているのを女性が眺めている。
 その視線に気が付いたのか、男性は笑顔を向けている。

「早く自分で動けるようになろうよ。結構楽しいぜ。自分で動けるようになったらデートしようよ」

 女性は僅かに頷いて微笑んだ。
 枯葉舞う季節の、とある大病院のリハビリ室での一こまだった。

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