サイボーグ娘SSスレッドに保管されたSSの保管庫です。一応、18禁ということで。

作者:SSスレ2-503氏

くんくん。

「……あれ?」

 くんくんくん。

「……なんだコレ?」

 くんくんくんくん。

「……これは……チョコレートの匂い??」

 目が覚めたら部屋がチョコレートの匂いに満ちていた。

「夕べの作業で、身体に匂いが染み付いちゃったの……かな?」


***


 去年の今頃、お客様へ感謝の気持ちを込めて、商品のお買い上げ毎にチョコレートの小さな包みを
お渡しするサービスをやってみた。期待していた以上に喜んでいただけたのと、14日が日曜日にあたる
ので、今年は包みをちょっと多めに用意することにした。

 業務用の大きな塊を湯銭で溶かし、ドクターが作った型に流し込む。形は普通のハート型だけど、
表面には継ぎ目やネジのモールドがあり、一部分を切り欠いた表面から中の歯車なんかが見えて
いるという、とても凝った造形だ。受け取ったお客様は、どんな顔をするだろう?

 なにしろ、これはアタシの胸の中にある人工心臓のスケールモデルなんだから。
 外形をどう作ろうと、ちゃんと動きさえすればいいという理屈は分かる。分かるけど、まさか本当に
ハート型をした物を作るなんて、ドクターみたいな変人でもない限り思いつかないんじゃないかなぁ。
アタシの身体は、全部ドクターが設計した物だ。『これはねーよ』的なパーツが他にも一杯ある中で、
これが一番キワモノだと思っている。

 チョコにはアタシの手書きのメッセージカードも添えてある。機械仕掛けの手にかかれば、たとえ
何百枚のカードだって一瞬のうちに書きあがる……はずはない。アタシの脳みそが腕のモーターを
動かして、1文字1文字書いていくんだから、丁寧に書こうと思えばそれなりに時間がかかる。

 マーカーペンを握って悪戦苦闘しているアタシの姿を見て、ドクターは「補助電子脳用の高速
清書プログラムでも書いてやろうか」って言ったけど、丁重にお断りした。そんな物を使ったら、
プリンタで打ち出すのと何も変わらなくなってしまう。まあ、ドクターも、からかい半分っていう
表情だった。

 余裕を持って作業を始めたつもりなのに、結局全部が終わったのは、夜中をだいぶ過ぎた頃
だった。ご苦労様と言ってドクターが出してくれたホットチョコレートを飲んで……その後の記憶が
無い。眠り込んだアタシを、ドクターがベッドまで運んでくれたんだろうか?


***


 お店を閉めてから、ずっとチョコレートまみれだったのは確か。それにしたって、こんなに強い
匂いが染み付くものだろうか? 姿見の前に立ってみても、特にチョコが身体についているという
訳でもない。でも、寝巻きを脱いだとたん、チョコの匂いは一段と強まって、謎は深まる一方。

 とはいえ、ここで考えていてもどうなるものでもないので、着替えをして部屋を出た。

 アタシの、いや、ドクターの家はお店があるビルの屋上に建てられている。非常階段を下りて
行けば、ものの数分でお店に着く。
 ………………



 屋上から8階に下る踊り場で、アタシは固まった。

 普段は誰一人使うおうとしない狭くて急な非常階段に、びっしりと人が詰まっていた。その先は、
お店の前で終わっている。しばらくそうして立ち尽くしていると、アタシの姿に気づいた何人かが
小声で歓声を上げ、それが周りへと広がっていく。そのざわめきは階段のずっとずっと下の方からも
上がってくるみたい。

「……これは………!?」

 軽く頭を下げながら人の塊を掻き分けて、お店の中に入って行く。ドクターは既にカウンターに
立ち、お店を開く準備は整っていた。

「ドクター、アレ、みんなうちのお客様ですか!? いったいどうし……て……」

 ドクターを問い詰めるアタシの言葉が途中で止まる。カウンターの後ろの壁にぺたぺたと貼って
あるお品書きに、張り紙が一つ増えていた。

 ―――――――――
 ・新入荷 人工皮膚&皮下層充填材 ホワイトタイプ
 (食用ジェル使用/チョコレート含有率 83%) 30cm×30cm \4,980

 ・バレンタインデー限定サービス (Taste Me!) \部位によりご相談
 ―――――――――

「ドクター? これはナンですか!?」

「ん? 何のことだ?」

 昨日、お店を閉めた時には、こんな物は絶対に無かった。新入荷の人工皮膚なんてアタシは何も
聞いてない。そんな荷物は、ここしばらく届いてない。ましてや、訳の分からない限定サービスに
至っては……。

「チョコレート入りの人工皮膚って、いつそんな物入荷したんですか? いや、それより、この限定
サービスは何なんですかっ!?」
「お約束」
「……はい?」
「お前がいつも言う『お約束』だ」
「お約束って………」

 ドクターはそれだけ言って、アタシの顔をじっと見つめている。

 バレンタインデーのお約束……?

 身体にチョコレートを塗って、リボンを巻きつけて、『私を食べて』っていう……アレ?
でも、身体に塗るようなチョコなんて用意してないし……。

 ……あ……。

 まさか、この新商品って……。それに、あの部屋の匂い。

 昨夜、睡眠薬入りのホットチョコレートで眠った後に。

 ドクターが、アタシの身体の人工皮膚を、『新商品』のチョコレート入りの人工皮膚に張り替えた?

 アタシの顔から理解の色を読み取ったのか、ドクターの口元が僅かに緩む。

 ……いや、待て。ここでこのネタを肯定したら負けだと思う。切羽詰まったアタシは、
とりあえず口からでまかせを言ってみる。

「えーと、えーと、バレンタインデーば、ヴァン・アレン帯を発見したことを記念して設けられた
記念日で、この日にギブミーチョコレートと唱えると、どこからともなくチョコレートが降ってくる
という……」

 思いついたことを並べてみても、そう長くは続かず、すぐに行き詰る。ネタは全然繋がらないし、
ドクターも冷ややかな目で私を見てるし。

「……ドコを変えたんですか?」
 観念して、恐る恐る聞いてみる。

「変えたって、何を?」

 ここまできて、ドクターは何も知らないっていう口調で聞き返してくる。どうしてもアタシの
口から先に言わせたいらしい。悔しいけど、仕方がない。

「アタシの身体のどの部分をアレに変えたんですか?」

 それを聞いたドクターは、ようやく勝ち誇った笑みを浮かべて、一言。

「全部」
「ぜ、ぜんぶ〜〜!?」

 ドクターの答えは、まさかと思っていた言葉そのものだった。

「腕も?」
「うむ」

「脚も?」
「うむ」

「胸も?」
「当然」

「アソコ……も?」
「そこが一番苦労したな。さあ、店を開くぞ。今日は1日、しっかり働いてくれ」

「どくたぁ〜〜〜!!!」

 アタシの悲鳴が木霊する店内に、ドクターが開け放った扉から、期待に顔を輝かせたお客様が、
あとからあとからなだれ込んで来た。


***


 その日。

 お客様の列は閉店時刻まで途切れることはなく、売り上げ額は過去最高を記録しました…… orz

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