最終更新: kusakidoshoten 2024年04月22日(月) 13:05:30履歴
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熱意と渇望−「地方趣味誌」といふ坩堝 (その一)
この程、小倉北区在住のお客様、木村竜彦様から、三冊の「胡蝶豆本」を贈呈頂いた。その内、一冊は山下武氏の著作で「神楽坂の古本屋」で、戦前戦中戦後の神楽坂の古本屋の思い出が描かれていて、往時を知る者、古きを偲ぶ者には懐かしい一冊。著者の読書遍歴も興味深い。のではあるが、驚かされたのは、あとの二冊「適材適書」「回想の地方趣味誌」なのである。先のお客様、自身の書かれた著作で、特に"地方趣味書"の紹介と考察は、店主、他に類を見ない不世出 の一冊と拝見した。「適材適書」の方は、副題に「読書から見たわた史」とあるように、自身の読書遍歴の披露でもあるが、知り合いの方が自家用車に「乗せていってあげる」というのは全て断り、乗り合いバスに乗車、明るい席を選んで読書に浸る、というビブリオマニアぶりが吐露されていて、その耽書ぶりが尋常ではない。風呂やトイレで読むのに合う本の選別にまで拘る。「私と古本とどちらが大事なの」と奥方から詰問される有様。奥様方はご主人にこの質問をしてはいけません!!「古本一番、二番がお前」がギリギリ譲歩の答えなんですから。
さて木村様、単なる愛書狂ではありませんで、最年少で雑誌「宝石」に探偵小説を掲載し、長じては、脚本家としてラジオドラマ、TVドラマの台本を書かれていたプロの作家でいらっしゃる。その文士、終戦時17歳。足掛け3年の海軍軍属として南方海域に従軍、捕虜収容所を経てベトナムから引揚げ船に乗った。やっと本土の地を踏める、といった時に船内にコレラが発生し、浦賀の沖に止め置かれた。(上陸の経緯はこのHPで「浦賀港引揚記念の碑」のパンフ販売の際、虚子の詠んだ俳句も添えて紹介しました)
さて帰省した故郷小倉の地も、三国人、パンパン、米兵が闊歩していて、17歳の青年には「よその国」のように映った。そして生きるため、旦過町のマーケットで働いていた時「地方趣味書」と出会うのだった。このガリ版刷りの雑誌について言及されている文献は、浅学なる店主の知る限り、紀田順一郎氏の「週刊読書人」中の「読書生活メモ」に見えるだけで、これも木村氏の「回想の地方趣味書」の紹介文である。
本稿は、豆本のみならず、趣味誌の貴重な現品まで木村竜彦様よりご送付-貸与頂いたお陰で開始できたコラムです。老眼の進んだ店主には、読み進むのに時間がかかり、なかなか本題に入れずにおりますが、一冊一冊の書影を掲げながら、その面白さ、発行人のユニークさに迫っていけたら...と考えています。古本稼業に追われてもおります、漸次、ご紹介して参りますので、ご期待の程を。
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「地方趣味誌」といふ坩堝 (その二)
木村竜彦氏より送り頂いた「地方趣味誌」の原本を読み耽るにつれ、その雑多でかつ
高尚「拘り の極地」とも云える「趣味嗜好の乱立」に目眩を覚える程だった。そこで、この手造り雑誌群の全貌を紹介しよう、という俯瞰的なスタンスは止め、接写の視点へとアプローチを変える事にした。そして何よりも「現在の自分がどう楽しんだか」を述べる事が肝要だと思うに至った。
言うまでもなく、すでに木村氏が余す所なく『回想の地方趣味誌』に、その全容、発行部数から記事の短い引用まで、詳細に書かれている為でもある。同書をお読み頂けたら、趣味誌というものを知るには十分なのだが、何せ限定150部の限定本であるから、入手はなかなか困難で、このコラムでこれらの雑誌の魅力を語りたい。
アウトラインをまずイメージ頂きたいので、氏が月刊「九州人」に書かれた端的な紹介文を抄載させて頂く。地方趣味誌とは『今でいうミニコミ誌のはしりであろう。そのほとんどがガリ版。紙不足の時代でB6版20p程のもの。小さな文字がギッシリつまってかなりの情報量。一番多いのが、仲介広告誌、短文文芸誌だが、切手、マッチなどの蒐集もの、随想-落書風の交流もの、探偵小説、奇術、映画演劇のファンもの、それらを綜合したもの等々、あらゆるジャンルがあり、百家争鳴。つまるところ全国の趣味人(?)が郵便を利用して意見や物品の交換をおこなっていたのである。』
この趣味誌は誰にでも解放されていて、文芸でも、エッセイでも論評でも、投稿すれば掲載されるという「自分の手の届く雑誌」だった。活字ではなく、ガリ版刷りという身近さも多くの人の心を掴んだのだろう。損得など一切考えず謄写版の原紙を切り、ローラーで印刷し配布し続けた発行人の思いと「自由な文章広場」を夢想していた読者の魂がぴったり合致した気がするのだ。購読料も郵送代程度のほぼ無料届けられる小冊子に「地方の趣味人」は魅せられ、各々の熱い思いを託したのだ。
まず始めに、昭和29年5月29日発行の『火星人』61号から紐解こう。雑誌のサブタイトルは【あほと かしこの教養誌】哲学的な謳い文句だ。
八尾市の近藤勝氏の編集発行になる誌で、B6判46頁-本文2段組、ワラ半紙に孔版印刷。用紙上端の切口がギザギザ不揃いで裁断も少し斜めになっていて、いかにも手作り。
本文の文字サイズはやや大きく若干横長で店主好みの字体。目次や、書籍販売目録部分など随所に、独自の絶妙のバランスの拡大文字。この辺の自由闊達ぶりが、手書きというか「原紙-手切り」の強みで、活字ではこの温かみ、
おかしみは出せない。編者の「分譲目録欄」は、古本屋好みで在庫したいものばかり。店主浅学で、見たこともないものも多いがとにかく題名に惹かれる。「錦絵・早竹虎吉/富士の旗竿(芳晴画)・[錦絵・桜網駒寿・浅草足芸興行」
「時計細工・大津かえうた」・人文閣発行、山本石樹(著)の「日本防諜史」(昭17)が250円で出ている。これは現在では5,000円はしよう。【次項(三)につづく】 【(その一)はこちら】
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熱意と渇望−「地方趣味誌」といふ坩堝 (その一)
この程、小倉北区在住のお客様、木村竜彦様から、三冊の「胡蝶豆本」を贈呈頂いた。その内、一冊は山下武氏の著作で「神楽坂の古本屋」で、戦前戦中戦後の神楽坂の古本屋の思い出が描かれていて、往時を知る者、古きを偲ぶ者には懐かしい一冊。著者の読書遍歴も興味深い。のではあるが、驚かされたのは、あとの二冊「適材適書」「回想の地方趣味誌」なのである。先のお客様、自身の書かれた著作で、特に"地方趣味書"の紹介と考察は、店主、他に類を見ない
さて木村様、単なる愛書狂ではありませんで、最年少で雑誌「宝石」に探偵小説を掲載し、長じては、脚本家としてラジオドラマ、TVドラマの台本を書かれていたプロの作家でいらっしゃる。その文士、終戦時17歳。足掛け3年の海軍軍属として南方海域に従軍、捕虜収容所を経てベトナムから引揚げ船に乗った。やっと本土の地を踏める、といった時に船内にコレラが発生し、浦賀の沖に止め置かれた。(上陸の経緯はこのHPで「浦賀港引揚記念の碑」のパンフ販売の際、虚子の詠んだ俳句も添えて紹介しました)
さて帰省した故郷小倉の地も、三国人、パンパン、米兵が闊歩していて、17歳の青年には「よその国」のように映った。そして生きるため、旦過町のマーケットで働いていた時「地方趣味書」と出会うのだった。このガリ版刷りの雑誌について言及されている文献は、浅学なる店主の知る限り、紀田順一郎氏の「週刊読書人」中の「読書生活メモ」に見えるだけで、これも木村氏の「回想の地方趣味書」の紹介文である。
本稿は、豆本のみならず、趣味誌の貴重な現品まで木村竜彦様よりご送付-貸与頂いたお陰で開始できたコラムです。老眼の進んだ店主には、読み進むのに時間がかかり、なかなか本題に入れずにおりますが、一冊一冊の書影を掲げながら、その面白さ、発行人のユニークさに迫っていけたら...と考えています。古本稼業に追われてもおります、漸次、ご紹介して参りますので、ご期待の程を。
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「地方趣味誌」といふ
木村竜彦氏より送り頂いた「地方趣味誌」の原本を読み耽るにつれ、その雑多でかつ
高尚「
言うまでもなく、すでに木村氏が余す所なく『回想の地方趣味誌』に、その全容、発行部数から記事の短い引用まで、詳細に書かれている為でもある。同書をお読み頂けたら、趣味誌というものを知るには十分なのだが、何せ限定150部の限定本であるから、入手はなかなか困難で、このコラムでこれらの雑誌の魅力を語りたい。
アウトラインをまずイメージ頂きたいので、氏が月刊「九州人」に書かれた端的な紹介文を抄載させて頂く。地方趣味誌とは『今でいうミニコミ誌のはしりであろう。そのほとんどがガリ版。紙不足の時代でB6版20p程のもの。小さな文字がギッシリつまってかなりの情報量。一番多いのが、仲介広告誌、短文文芸誌だが、切手、マッチなどの蒐集もの、随想-落書風の交流もの、探偵小説、奇術、映画演劇のファンもの、それらを綜合したもの等々、あらゆるジャンルがあり、百家争鳴。つまるところ全国の趣味人(?)が郵便を利用して意見や物品の交換をおこなっていたのである。』
この趣味誌は誰にでも解放されていて、文芸でも、エッセイでも論評でも、投稿すれば掲載されるという「自分の手の届く雑誌」だった。活字ではなく、ガリ版刷りという身近さも多くの人の心を掴んだのだろう。損得など一切考えず謄写版の原紙を切り、ローラーで印刷し配布し続けた発行人の思いと「自由な文章広場」を夢想していた読者の魂がぴったり合致した気がするのだ。購読料も郵送代程度のほぼ無料届けられる小冊子に「地方の趣味人」は魅せられ、各々の熱い思いを託したのだ。
まず始めに、昭和29年5月29日発行の『火星人』61号から紐解こう。雑誌のサブタイトルは【あほと かしこの教養誌】哲学的な謳い文句だ。
八尾市の近藤勝氏の編集発行になる誌で、B6判46頁-本文2段組、ワラ半紙に孔版印刷。用紙上端の切口がギザギザ不揃いで裁断も少し斜めになっていて、いかにも手作り。
本文の文字サイズはやや大きく若干横長で店主好みの字体。目次や、書籍販売目録部分など随所に、独自の絶妙のバランスの拡大文字。この辺の自由闊達ぶりが、手書きというか「原紙-手切り」の強みで、活字ではこの温かみ、
おかしみは出せない。編者の「分譲目録欄」は、古本屋好みで在庫したいものばかり。店主浅学で、見たこともないものも多いがとにかく題名に惹かれる。「錦絵・早竹虎吉/富士の旗竿(芳晴画)・[錦絵・桜網駒寿・浅草足芸興行」
「時計細工・大津かえうた」・人文閣発行、山本石樹(著)の「日本防諜史」(昭17)が250円で出ている。これは現在では5,000円はしよう。【次項(三)につづく】 【(その一)はこちら】
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