最終更新: kusakidoshoten 2024年06月04日(火) 23:42:05履歴
古 楽 夢 ひとり書房 ※(徳)=徳三郎・(信)=信次 | ◆草木堂発行『泥花31号』(1995年)に掲載の落語 |
徳:はい、ごめんよ。おや店の戸が閉まってますね。 外の均一台は開けてある。物騒な話だ。しかし、 店を開ける前に 煙草の吸殻が一杯落ちてますよ。おい 起きているんだろ。おい。おい。 信:朝っぱらから「おいおい」って誰かと思ったら おじさんか。確かに俺は 徳:馬鹿を言ってないで、早くお開け。外の台を 出しっぱなしで、鍵締めて中で何やってるんだ。 徳:だから昼飯を食ってから又、開けようと思って たとこ。腹が減っては戦は出来ぬ。腹が膨れりゃ 眠くなるなんてね。叔父さん、はい座布団。 徳:どうにも仕様がない奴だ。布団も人様に勧める時 は自分が座っていたのなら裏返して出すものだ。 信:それが裏返せない。破れて綿が出てる。 徳:座布団くらい新しいのをお買いよ。で昼飯は一体 何を食べるんだい? 信:これこれ、カップ麺。簡単でうまい。でも、これ にお湯を入れて、さあ食べようとすると見計らっ たようにお客が来る。「お客の前で物を食うのは 見苦しいからお止しなさい」って叔父さんも言っ てたろ。第一こっちも食った気がしない。カップ の蓋を閉めてじっと待ってるんだが、大体そうい う時のお客は長い。いなくなった頃には麺がもう グズグズ。まるでモンジャ焼きの出来損ないか、 飲み屋の裏の小間物屋。とても食えない。 徳:汚いな。 信:店始めた頃、カップ麺にお湯を注ぐ度にお客が来 るなら、一日中作ってようと思ったが、計算したら とても合わない。百円のマンガ一冊の人もいれば、 立ち読みの者もいる。それから割り切って一旦、 店閉めて食べるようにした。商売してて一番イヤ なのは、ゆっくりご飯が食べられない所だな。 徳:ウチはバアさんと交替で食べるから、そうも 思わないが、確かに商いをしていると、家族揃って ゆったり食事をするという事はできないな。商売人 の宿命だ。そうだ、お湯を入れるのは待ちなさい。 私もお腹が空いたから、一緒に食べよう。 何か弁当でも買ってきておくれ。 信:弁当?お金を!こんなに!じゃあスーパーで鰻丼 買ってくるよ。さすがは叔父さん太っ腹! いま店開けるから、表を箒で掃いて水撒いて、棚に はたきをかけて、帳場んとこの文庫本に値付けし て目録の1頁も書いてさあ、ゆっくり店番してて。 おれひとっ走り行ってくるから。 徳:何てえ奴だ。叔父をつかまえて小僧扱いだ。 駅前まで行く間にそんなに仕事が出来るか。 | (店の中を掃きながら) しかしあんな昼行灯でも五年も潰れずやって来ら れたんだから、古本屋という商売は有り難いな。 だんだん黒っぽい本も揃ってきましたね。 でも、あんまり堅いものばかり並べても郊外の こんな所じゃあ売れないだろうね。 もっとも売れないから、こうしていい本が棚に 乗っかっているんだろうけどな。ウチならすぐに 売れちまう。『売れて仕入れに苦労する』という 商売だからな。ほう、仏教の棚が充実してますよ。 筋目が立った良い物を蒐めてる。いいや、あいつが 考えてやった事じゃあるまい。 んだろう。しかし、店番が独りじゃあ困るな。 部屋も随分と散らかっているし、カップ麺ばかり 食べてる、というのも体に良くない。 早く世帯を持たせないと... 信:ただいま。折角の鰻だから、ビール買ってきた。 徳:昼間っからビールかい。 信:酒が良かった?鰻丼、今温めるから一寸待って。 電子レンジ買ったんだ。酒に燗も付けられるんだ。 便利なもんだよ。そうそう、こないだ新しく居酒屋 が出来たんで、行ってみたらさあ。笑っちゃった。 「酒 説明しても解らねえの。結局「酒常温」で通じた。 ビールのコップは凍らした奴が来るし、世も末だ。 徳:昼は即席、夜は外食では栄養が偏るな。 お前、嫁を貰う気はないのかい? 信:こっちはあっても、古本屋じゃあ いっそ気楽でいい。最近は独り者に便利な世の中 になったんだ。コンビニで何でも間に合う。 子供?老後が淋しいだろう?今時、親の面倒を見る 子供なんていやしないよ。人間は死ぬ時は所詮 ひとり。だからって寂しい事も恐ろしい事もない んで。死んだら、お浄土に生まれさせて貰えるんだ から。 弥陀の本願信ずべし 本願信じる人はみな 摂取不捨の 無上覚をばさとるなり (正像末和讃) ってね、親鸞聖人の和讃にある。 徳:ほう、仏法の本が多いと見たが、あれはお前が 勉強したのかい? いやあ、血だねえ。お前の亡くな った父さんというのは、大層信心深くて、何せお前 たち子供の名前に「教子」「行男」「信次」「証子」と 『教行信証』の頭文字を頂いた程だ。有り難いねえ。 南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏 と、徳太郎がお念佛すると 電子レンジが「チーン」 |
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