基本情報


略歴

ガザデルーの同郷にして、彼の出世と共に頭角を現したアトレティア国将軍。
戦士系に傾いていたガザデルー同郷組の中で、唯一の後方指揮官型だったこともあり、艦隊を預かり、本国ではなく遠征軍を指揮していた。

3326年5月、五カ国連合会談で結成された連合軍によるリゼルバ攻略戦において、ガザデルーの命令によりリゼルバへ援軍として到着。
アルスレーナの蛮行によって連合軍は内部から瓦解したこともあり、敗北寸前からの逆転勝利をおさめる。
3327年、アーズ国によってリゼルバが奪われると、ガジャは奪還作戦の総指揮官に任命されるが、ポルスロザンドはこの人事に不満を持ち、サルファーの遠謀によって早々に撤退、ガジャも戦わずして後退することとなる。

3329年、最大の激戦として戦史上に名前を刻むリゼルバの戦いにも参戦、自らの艦隊をアーズ国の後方に回り込ませる策を進言し、その準備にもとりかかっていたが、開戦前のサウラの奇襲により戦死する。

人物


関連項目

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