とある休日の公園。そこには大きな時計塔が存在した。
そこは恋人の待ち合わせのメッカとして有名で、事実今日も多くの恋人を待つ彼氏彼女が時計塔の下にたむろっている。
その多くの人影のなかに、一人の幼い少年の姿があった。
少年は頭上の時計を見ては息を吐き、自分自身の腕時計をちらちら見ては息を吐き。
それを何回もくり返したのちに、ようやく待っていた人が来たようだ。
「お待たせ、待った?」
「ううん、まだオレも来たばっかだよ!」
「あら、じつは30分以上前から待ってたくせに」
「ゲゲェー!? な、なんでそれを……」
「私も30分前から来てたもの。ただ、龍亞があんまりそわそわして待ってたからちょっとからかいたくなって」
どうやら彼女のほうはどこかに隠れて彼氏の様子を見ていたらしい。
そんな恋人の行動に恥ずかしくなったのか、顔を赤くした少年は大きく両腕を振り回した。
「もう、酷いよアキ姉ちゃんっってば!」
「ごめんね。その埋め合わせは今夜するから」
色っぽくウインクするアキ。それは少年の顔をさらに真っ赤にするのに充分な破壊力を持っていた。
「あ、う、うん」
「それじゃ、行こうか龍亞」
「うん、アキ姉ちゃん」

そんな二人を見る二つの影。こちらも同じ時計塔の下で待っていたカップルのようだ。
「ふふ、龍亞もアキさんも楽しそうだね」
龍亞と同じ年頃であろう少女が言った。
「そうだな」
少女に同意するのは一人の青年。こちらの年の頃はアキと同じくらいだろうか。
「いいな〜私もあんな綺麗な人になりたい」
「大丈夫だ。龍可も、アキに負けないくらい綺麗になる。俺が保障する」
「もう、そこはアキ以上に綺麗になるって言って欲しかったんだけど」
「すまない」
頬を膨らませて怒る仕草をする龍可をなだめるようように、頭を下げる青年。真摯な態度に龍可もすぐ機嫌を直したようだ。
「いいよ、遊星だもん」
「それじゃあ、俺達も行くか」
「うん、今日はこれからどうする?」
「龍可の好きでいい」
「じゃあ、おもちゃ屋さんに最初に寄っていい?私、欲しいぬいぐるみがあるの」
「あぁ。どれだけ重たい荷物でも持つから問題ない」
「私も?」
「そもそも龍可は軽いじゃないか」
「うん、さっきとは違って今回は合格っと。じゃあ行こ行こ」

そんな仲が良い二つのカップルをさらに観察する二人の男の影があった。
「ふん、女などにうつつを抜かしおって! 龍亞はともかく遊星がアレでは腑抜けすぎてデュエルに身がはいらんのではないか」
「真っ先に愛の告白をしたお前がそれをいうかジャック」
「俺はあんなに腑抜けてなどいない! 女など後からついてくるものだ! それをただふにゃふにゃなれ合いしおってからに……」
「いや、むしろお前はもう少し女を大事にしろよ! ただのヒモじゃねーか!」
「ヒモではない! 自然とモノと金が集まってくるだけだ!」
「そりゃ女からすりゃ惚れてる男が困ればホイホイ提供してくれるだろうがよ……」
「クロウ、貴様、そんな屁理屈をこねるから女にもてないのだ」
「な、なんだとぉ! やんのかおらぁ!?」
「上等だ、かかってくるがいい一生童貞!」
「……てめぇ、キレたぜ。今日という今日こそは積年の恨み晴らしてやる」
そんな仲間達の温かい声援を受け、青春を謳歌する遊星たち。だが……
(何か、何かがおかしい)
遊星は隣を歩く龍可を見ながら思った。
自分達は幸せだと思うし、他の皆も遊星は幸せだと言っている。だが、遊星はどこかいい知れない不満を抱いていた。それが何かはわからない。だが、何かがおかしい。そんな不安を抱きつつ過ごす毎日。
(何がおかしいというんだ……)
「遊星?」
ふと、龍可から声をかけられる。
「ん? 欲しいモノは決まったのか?」
「ううん、そうじゃないけど。遊星が何か悩んでいるように見えたから」
龍可は心配そうに遊星を見上げていた。そんな恋人の様子に遊星も、顔に笑みを浮かべて答える。
「いや、ちょっと考え事をしていたんだ。龍可が気にすることじゃない」
「そう?」
「ああ」
「……わかった。何でも言ってね。遊星は龍亞と違って悩みをずっと一人で抱え込む人だから」
「わかっている」
遊星の返事に満足したのか、龍可は視線をぬいぐるみに戻した。だが、遊星はまた自分のなかにある不満が増大した感じを受けた。
(なんだ、俺は何かが不満らしい。それもさっきの龍可の言葉で大きくなったようだ。何が問題なんだ?)
しかし、その疑問は晴れることなく、遊星と龍可のデートは順調に進んだ。ぬいぐるみを買い、遊園地で遊び、夕食をともにする。そして……

その夜、遊星は龍可の家に呼ばれた。龍亞はアキと朝まで帰らないことになっていたため、その日の住人は遊星と龍可だけだ。
恋人同士が一夜を過ごすとなれば、することは一つだった。
「出るぞ龍可!」
「あぁ、あん、あぁぁぁぁ―――!!!」
来る絶頂から身体をしならせる龍可を抱き留める遊星。どちらも息は荒かった。
「はぁはぁ、身体に負担はないか?」
「はぁ、うん、もう大丈夫」
「なら良かった」
遊星は抱き留めた龍可に布団を掛ける。彼女の身体が弱いことは知っているので、体調管理には気をつけなくてはならない。
「遊星、ほんとに凄いね。何でも出来て、格好良くて、理想のお兄ちゃんみたい」
「それに比べて、龍亞ったらいつもおっちょこちょいでお調子者で……このまえだってシグナーになった直後はもうスーパーシグナー龍亞様だとかはしゃいじゃって。馬鹿みたい」
行為の後のせいか、龍可の声は疲れ果てたように聞こえた。
「……」
「ホント、なんで龍亞がお兄ちゃんで、遊星がお兄ちゃんじゃないんだろうね……」
龍可は何気なく、つぶやいた。が……
(そうか、そういうことだったのか)
このとき、遊星のなかにあった形なきの不満と不安のピース達が、一つの解法を与えられ一つの形につながる。
(俺が、なぜ龍可の言葉にずっと疑問だったのか……答えがわかった)
遊星は、今だ腕の中にいる龍可に言った。
「それが、本音か?」
「え?」
龍可はその言葉の意味するところがわからなかったようだった。
「龍可、俺だって半年もお前と付き合っていればわかるさ。いつもお前の見せる笑顔が曇っていることくらい」
「な、なにを―――」
「だが俺はこの半年間、それが曇っているとはわからないまま、それを解消できるよう頑張ってきた。だが、さっきのお前の言葉でピンときた。お前が本当に好きなのは俺じゃない。龍亞だ」
「そんな!?そんなこと……」
あるはずがない。そう言い切りたかったはずだった。だが、龍可ののど元から言葉が出てくることはなかった。そして、それは遊星にとって真実だったことを意味する。
「龍可、なぜ想いを隠してまで俺と付き合う?」
「……だって」
「なぜわざわざ自分で自分を苦しめるようなことをするんだ」
「……もう、もう無理なの。出来なかったの」
「どういうことだ?」
「遊星と付き合う前、ううん、龍亞がアキさんと付き合う前に私は龍亞に想いを告白したの」
「な!?」
「けど、答えはNOだった。そして、その直後に龍亞はアキさんと付き合い始めた」
「そんなことが……」
「やっぱりおかしかったんだ。ってそのとき思ったの。妹が実のお兄ちゃんに恋するのはね」
「だから、私も遊星と付き合い始めたの。それなら、龍亞を忘れられるって思って。遊星は龍亞よりもずっと何でも出来て、格好良いから、すぐに龍亞への想いなんて忘れられるって」
龍可は、そこで言葉を句切った。遊星も、返す言葉なく沈黙している。
二人の言葉が、過去の二人の思い出が砂時計の砂のように流れ落ちていく。落ちていく先はどこなのか。それは遊星にも龍可にもわからなかった。
深い沈黙のなか、もう一度龍可は口を開いた。
「私ね、遊星と半年間付き合って、気がついたんだ」
「何をだ?」
「遊星はやっぱり凄い人。鈍感なところは玉に瑕だけど、手先が器用で、頭も良くて、デュエルも出来て、運動も出来る。完璧な人」
「……そうか」
褒められている。そのはずなのに遊星にはそれが褒め言葉とは受け取れなかった。
「だから、そんな凄い人とお付き合いしてる私は他人から見れば幸せなんだと思う」
「けど、私自身は、遊星と付き合っていけばいくほど、龍亞への想いが強くなっていっちゃうの」
「……」
「遊星が大変なことをぱぱって解決しちゃうと、もし龍亞だったらどんな反応するんだろって考えたり、遊星が甘い言葉をかけてくれると、龍亞ならどんな風に言ってくれるんだろうって思ったり」
「私、最低だよね。龍亞への想いを忘れるために遊星を利用して、いつも遊星は問題を解決してくれるのに、龍亞と比較して、挙げ句の果てにこんなことを遊星に言っちゃうなんて」
涙を浮かべ、手で顔を覆う龍可。この付き合い始めてから半年間、龍可にとっては苦しい時間だったに違いないと遊星は思った。
思い人である実の兄は堂々と他の女と付き合う。
自分は好きでもない男と付き合う。
しかし、兄に対する想いは消えることなく、むしろ強まってしまった。せめて兄妹が別に生活していればよかったのだろうが、同居していて気が休まることがない。
「そんなことはない。むしろ、良かったんだ」
だから、遊星は笑みを浮かべる。
過酷な状況にいた恋人のことを今まで察知できなかった。その事実から遊星はやはり自分は龍可にふさわしい人間ではないと感じた。
だが、自分達が別れただけで、問題が解決するわけではない。ならば、全てを解決して龍可の苦しみを取り除きたい。それが、遊星にとっての龍可への愛情の示し方だった。
「え?」
「俺はいつも龍可を本当の意味で幸せに出来なくて、申し訳ないと思っていた。だからこそ、龍可の本当の悩みを見つけられて嬉しい」
「遊星……」
「だから、この問題も俺に任せればいい。いつもの通り、俺が解決する」
「無理だよ! もう龍亞は、アキさんと付き合っているんだよ! それに、龍亞は私が嫌でアキさんと……」
「大丈夫だ。俺を信じろ。いや、正確には龍亞の心を信じるんだ」
「?」
「ともかく、明日、龍亞をここに呼んできて欲しい」
「……わかった。けど、仮に解決してもそれは遊星が一人だけ不幸になるよ」
龍可は目を伏せながら言った。実際、この問題が解決できたとしてもそれは龍亞と龍可が付き合うと言うことだ。それは今の恋人である遊星が不幸になると言うことでもある。
「いや、違うな。俺達は今までが不幸だったんだ。本当に笑いあえないで、己の心を偽って。そんな表面上の幸せこそが本当の不幸だ。だから、コレが成功すれば、俺も、龍可も幸せになる」
遊星の言葉に嘘はなかった。
(この半年間。俺は幸せだった)
最初、龍可が告白してきたときは受けるべきかどうか悩んだ。龍可の悲痛な表情に押し切られて付き合った今も、龍可に対する感情が恋愛であるとは思っていない。
だが、この半年間が遊星にとって楽しかったことは事実だった。
これまでのサテライトでの人生、シグナーとして、デュエル続きで生きてきた人生よりもこの半年間は楽しかった。幸せだった。
(だが、龍可は幸せではなかった)
龍可にとっても龍亞を忘れて幸せになりたいと願って付き合ってきたはずだ。しかし、遊星はその願いを果たすことは出来なかった。龍可は龍亞を忘れるどころか、さらにその想いを強くしてしまった。ならば自分は龍可の幸せを吸い上げているようなモノだ。
それは『自分達』にとっては不幸だと思った。だから龍可が喜ぶ顔が見たかった。それは、この偽りの青春を終わらせるのに充分な最後だと思うし、これからの二人の新たな関係の門出にふさわしいものでもあると思う。
「だから、龍可。お前は何も気にしないで良い。存分に幸せをかみしめろ。それが、俺の幸せに至る道だ」
「……わかったわ。遊星、お願いね」
次の日、ポッポタイムに龍可が龍亞を連れてきた。表面上の理由はデッキ構築についてだ。
そのため、来てから1時間はデッキ構築談議で花を咲かせた。
そして頃合いと見た遊星は、買い物を頼む名目で龍可を外出させる。他のメンバーも外出しており、ポッポタイムには遊星と龍亞の二人っきりとなった。
「龍可、買い物行っちゃったね〜どうしようか遊星?」
「そうだな。デッキは整っているんだ。久しぶりにデュエルでもするか」
「あ、そうだね! オレ、シグナーになってから遊星とデュエルしていないから今日こそは遊星に勝っちゃうからね!!」
「ふふ、そうだな。楽しみにしているぞ龍亞」

そうして二人はデュエルディスクを装着してデュエルを開始した。
龍亞の実力は、すでに最初のデュエルのころでは考えられないほどで、あえて待ちの一手のあとでワンショットキルを狙ったり、墓地蘇生をメインに使ってシンクロ召喚するなど、シグナーの名にふさわしいデュエリストとなっていた。
結果、遊星は決定的な敗北こそなかったもののあわやというところまで追い詰められることもしばしばであった。
「強くなったな龍亞」
デュエル終了後。そんな龍亞の成長を見届けた遊星は、感慨深いという想いを声にのせてつぶやいた
「へへ、オレだってシグナーだもん! けど、まだまだ足りない。オレはもっともっと強くなりたいんだ!」
「そうか、なぜそこまで強くなりたいんだ?」
遊星は今、疑問を覚えたようにたずねた。
「そりゃ、龍可を守るためだよ! まだ遊星に負けているようじゃダメなんだ。オレの目標は誰よりも強くなって、絶対に龍可を守りきることなんだからね!」
龍亞は目を輝かせながら言う。
「ふふ、それは頼もしいな」
『恋人』の遊星にとってもそれは心強い言葉だった。
「あ、遊星が憧れじゃないって意味じゃないよ! 遊星はずっとオレの憧れだけど、いつまでも遊星を超えられないのはダメって意味だからね! それに遊星なら、龍可を守ってくれるし……」
「だが、龍亞。俺は龍可の恋人だ。だから、お前はそこまでして強くならなくても良いんじゃないか? 龍可なら俺が守るさ」
「……ほ、ほら! 遊星だって、いつも龍可の側にはいれないじゃん?だから、もしもに備えてさ。一緒に住んでるのはオレだし」
「なら、今度から俺が龍可と住もう。そうすれば寝るときも一緒だ」
「あ、え、えっと……ほら、オレ達まだ子供だから!やっぱりさ、龍可が遊星の側にいると、遊星が迷惑じゃん!変な噂が立ったりさ」
「一般常識なら、子供だけで生活しているほうが不健全さ。それに、噂など俺は気にしない」
「あー うー うんと……」
龍亞はどうにも納得がいかない様子だった。まるで、遊星と龍可の同居が嫌とでもいいたいように悩んでいた。
「なぁ龍亞」
「え、は、はい!」
「俺はアース・クレイドルでお前がシグナーになったとき、痣を通してお前の心が伝わってきたんだ」
「えっ?」
「お前、本当は龍可を妹とは見ていないんじゃないか?」
「な、なに言っているんだよ遊星! 龍可はオレの大事な妹だよ! ちゃんと血も繋がっているし! ちゃんと役所に行ってくれば証明してくれるよ!」
「俺が言っているのはそんな戸籍みたいな、書類上の事じゃない」
「じゃあなにさ?」
「お前は、龍可を好きなんだろう? 妹としてじゃない。一人の女性として」
「じ、冗談キツイよ遊星。オレは、龍可のことを大切な妹として好きなんだよ」
「あのときのお前の心はそうは言ってなかったな。お前は龍可を、兄妹という枠組みじゃあない。龍可が龍可だからこそ守り通したいと思って命を賭けた。そう感じ取った」
「ゆ、遊星。それは何かの勘違いだよ。オレ達は実の兄妹だよ? そういう意味で好きになるわけがないじゃん」
「龍亞、知っているか。例え恋人だろうとなんだろうと、行き着く先の愛はみんな同じだ」
「え?」
「恋人だって、結婚すれば家族になる。そして、家族として愛を育む」
「そりゃそうさ。けどそれが?」
「お前達がすでに家族だ。なら、それはもう完成された愛だと言うことさ」
「なっ!?」
「それをなぜ否定するんだ?」
「遊星、龍可は遊星と付き合っているんだ。だからオレ達は愛し合ってないさ」
「俺と付き合う前のことを龍可から聞いている」
「……そっか。だからか」
遊星の言葉に、龍亞は全てを悟ったという顔を見せた。
「龍亞、なぜ龍可の告白を受けなかった? お前の気持ちは昔も今も龍可に傾いているはずだ」
最近の龍亞は想いに応じた実力を身につけているが、逆に言えば昔も、実力こそ伴わないものの龍可への想いは出会った当初から一貫していた。ならば、当時とて相思相愛だったはずだ。
「……ダメなんだよ」
「何がだ?」
「オレ達は実の兄妹なんだから、ダメなんだよ」
「それが理由か」
「うん。オレ、龍可に比べてしっかりしてないけど、だからこそそういうのはきちんとしようって思っててさ」
「それがこの結果か」
龍可は傷つき、遊星に走った。いくら遊星を尊敬している龍亞としても、決して好ましいモノではなかったはずだ。
「龍可の言葉は嬉しかった。オレもその言葉通りに愛し合いたいって思った。けど、みんなの目はそうじゃない」
「……」
「龍可は、昔から変な目でよく見られてきたんだ。カードの精霊が見えるって言ったら気味悪がられてて……身体が弱かったのもあって、すぐ倒れてやっかいものにされてた」
「オレも、昔ちょっとだけ、龍可のことを邪魔だなって思ったことがあるくらいだもん。他の人は、オレなんか比べものにならないくらいの事を思ってるはずさ」
だから拒絶した。と龍亞は言った。
「そして、これが追い打ちをかけるのを防いだということか」
「そう、やっとアカデミアで普通に友達が出来て、これからっていうときにまた変な噂が出たら今度こそダメになっちゃうかもしれない。そうなったら、龍可があんまりだ」
以前と違い、いまや龍亞も龍可もアカデミアで交友関係を持ち、社会生活を送っている。そんななかで集団からの孤立は致命的だ。
ましてや、大人と違って、子供は簡単に人間関係をリセットすることはできない。住むところや学校を簡単に変えられないし、一度リセットしてから別の場所で再構築できずにその後の人生にも大きく影響する。
一生の友達というのは大人の付き合いよりも子供の付き合いのなかから生まれやすいのだ。

そんな人生設計プランまで龍亞が考えているかはわからないが、少なくとも彼の言っていることは龍可の今後を考えれば正論だった。
「だからアキとつきあい始めた……か」
「あのときは必死だった。けど、アキ姉ちゃんもなんだか落ち込んでいたときだったから予想よりも簡単にOKを貰ったんだ。そして、アキ姉ちゃんとつきあうようになって、遊星と龍可とつきあい始めた」
「そうして疑惑を打ち消したということか」
龍亞は暗に、アキを利用して龍可を守ろうとしたと言っていた。この純真で人を騙すことを知らなかったはずの少年にそれを行わせるとは、どれほど覚悟がいることだったのだろうか。
最愛の妹からは嫌われ、事が露見すればアキからも嫌われるという決して報われない役割。それがわからないでやったとは遊星には思えなかった。
「うん、あのころちょうどオレと龍可のことで変な噂が出てきそうな雰囲気だったけど、この半年間で完全に消えたよ」
顔に嫌悪感を表しながらも、龍亞ははっきりと言い切った。心中にあるのは利用したアキへの罪悪感か、それとも龍可への隠された愛情を偽らなくてはならない己の無力さか。遊星はそのどちらでもあるのだろうと思った。
「なら、今度こそ付き合えばいい。自宅内にとどまる限り、外部にばれることはないはずだ」
「けど、オレ達は兄妹で……それにもう龍可は」
「兄妹だからなんだ? さっき言った通り、愛の最終地点は家族愛だ。それについてはビクビクせずに堂々とすればいい。幸い、お前達は二人だけで生活しているから自宅でやる分には制限がないはずだ。外での行動も、俺がサポートしよう」
「……」
「それに龍可は今でもお前のことを忘れられないでいる。だから今日、お前の気持ちを確かめたんだ」
遊星の言葉を聞くと、龍亞はじっと考え込んだ。遊星は自分の心とそれを行ったときのデメリットについて検討しているのだろう。と思った。が、龍亞の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「……龍可、怒っていない?」
その言葉に遊星は思わず吹き出した。そう、今まで龍亞らしからぬ大人びた考えを聞いていて思わず忘れていたが、相手はまだ幼い子供だったのだ。だから、打算などよりも先に、龍可に怒られるのが怖いのだろう。
「怒っていないさ。怒るとしたら、きちんと事情を説明しなかったことにたいしてだろうな。それだって、今のはなしをそのまま聞かせれば、怒りはしない」
遊星は優しく龍亞に語りかける。変に大人びた龍亞よりは、いつものように無邪気に喜怒哀楽を示していた方がよほど好ましかった。と思うと共にその龍亞にあのような考え方をさせるほど、龍可への想いが非常に強いことも確かめられた。
これならばもう、心配はないだろう。一度龍可へ告白したほうが龍可のためになるとわかれば、そちらを龍亞は選び取るはずだ。
「そっか。なら、オレも覚悟を決めるよ。買い物から帰ってきたら龍可に話してみる。そして、アキ姉ちゃんにも明日、きちんと事情を話す」
龍亞はこの話が始まった当初、アポリアとの戦いをしていた頃に勝るとも劣らない険しい表情をしていたが、今ではずいぶんと穏やかな顔になった。我慢をなくせば人の顔はこうまで変わるものなのだろうか。
「龍可は、自宅に戻っているはずだぞ」
「えっ?」
「買い物を頼んだのは嘘だったんだ。お前と二人っきりでは話す口実だった」
「……最初から全て仕組まれてたんだね」
「ああ。龍可ときちんと話してこい」
「うん、本当にありがとう遊星」
「かまわない。それより、早く行くんだ。一応龍可の恋人をやっていた人間としては、龍可がずっと幸せであってほしいからな」
「うん。またね」
龍亞は、すとんと椅子から降りると駆け足でポッポタイムから飛び出していった。

そして、遊星は龍亞が完全にポッポタイムから出て行ったことを確認すると何もいないはずの背後に声をかける。
「さて、本当の意味で二人っきりになれたなアキ」
「あら?気がついていたの」
部屋の隅にある道具置き場。そこには規格も大きさも異なった機械たちが積み上げられていた。そして、そこにできた死角からアキが出てきた。
「人が悪いわね、気がついていたのを逆手にとってわざと聞かせるなんて」
「ああ、さっきの話はアキにも聞いて欲しかったからな」
「……本当に、人が悪いわね。付き合っているカップルを引き離すような話を、わざわざもう一方に聞かせるなんて」
「しかし、本当に龍亞との付き合いを長くしたいなら飛び出していたはずだろう?」
「どうかしら? あなたの口車に乗せられないように、別の機会で龍亞を説得しようと考えただけかもしれないわよ」
「それなら今ここで話してはいないさ。俺に見つかった時点で話すことはないと出て行けば良いだけだ」
「……」
「なぁ、アキ。なぜ龍亞の告白を受けたんだ?」
遊星にはそれがどうしてもわからなかった。告白された当時、アキは龍亞に弟レベルの感情なら持っていたかもしれないが恋心には到底至ってなかったはずだ。
「なんでって……龍亞は純真だし、まぁ付き合うからには悪くないって思ったからよ。実際、今も楽しいもの。さっきの二人はどうか知らないけど」
「……そうか」
「けど、もとはといえば遊星、あなたのせいなのよ」
「……なに?」
「あなたが、あなたがゴドウィン長官の家で私を受け入れてくれさえすれば、こんなことにはならなかった」
「!?」
遊星の脳裏に浮かんだのはダークシグナーとの戦い真っ最中にあったアキの告白だった。
当時、病院で遊星に救われたアキはその勢いもあって遊星に告白したのだが、遊星は「付き合うことは出来ない」と堅く拒絶していたのだ。
「あなたは、絆の大切さを私に教えてくれたわ。それには感謝する。けど、それを超えた先にあった想いは救ってくれなかった」
アキは弱々しく首をふる。
遊星はてっきりあれ以来、アキが何も言わないために自分への感情は捨てていたと思ったのだが、今思い返してみれば、アキはいつも自分を見ていた気がした。
「絆が深まれば、異性の場合恋しあうようになることを予想出来なかった。私は、あなたに断られたあと、必死に忘れようとした。恋が叶わなくても仲間として側にいることができるって思ったから……」
「最初はそれでも満足だった。けれど、あなたと話し、仲間として過ごすうちに、徐々に満足ができなくなった。どんなに会話してもこれ以上仲良くなることは出来ないと思うとね……私は苦しみによって気持ちが沈んだわ。もう、生きているのがつらいくらいね」
「そこへ龍亞が現れた。そして今に至る。それで良かったじゃない。なぜ、あえてそれを壊そうとするの? なんで、みんなで幸せになる道をなくそうとするの!?」
「さっきの光景を見る限り、龍亞は龍可に気持ちが定まった。もう、私に戻ることは恐らくない」
「知っていたわよ、龍亞の気持ちが龍可に向いていることは。けど、それでもよかった。例え表だけでも幸せで、私を受け入れてくれれば」
「あの……あの拒絶と孤独さえなければそれでよかった!龍亞は龍可を忘れるために私を利用するなら、私はあなたを忘れるために龍亞を利用する。そんなギブアンドテイクの関係でよかったのに」
「それでよかったのに……私を受け入れずに絶望を感じさせたあなたは、今度はあなたに代わって受け入れてくれた龍亞すら奪っていく。なんで、どうして!」
「……」
アキの長い独白を、遊星はじっと目を瞑り聞いていた。だが、そんな態度にアキはいよいよ激昂し、遊星につかみかかる。
「もう、私は何が何だかわからない。私はこれからどうすればいいの? 答えて、答えてみてよ遊星!」
「アキ」
「何よ!?」
「すまなかった」
遊星は、つかんでいるアキの手を離すと、地面に膝を突き、頭をこすりつけた。
「俺は、あのときこうなることを考えていなかった」
「どうでもいいわ。もう終わったことだもの。それより、どうすればいいのかを……」
「そして、あの当時、俺は感情とは別の観念からお前を拒んだんだ。アキ」
「えっ?」
予想だにしていなかった言葉にアキは目を丸くした。
「俺は、あのとき自分が幸せになることが怖かった。そして、許されないと思った。だから、自分を幸せにする要素を徹底的になくし、そのうえでみんなのために役立ちたいと考えた」
「そんな――」
「それが、ゼロリバースで家族を、幸せを失ったサテライトのみんなに対する贖罪だと、思ったからだ」
「えっ!?」
「しかし、ダークシグナーとの戦いを経て、俺はそれは違うということを知った。みんな、懸命に人生を生きている。運命に翻弄されても、自分をまっすぐ通すやり方で生きていくことは、幸せに繋がる」
「遊星……」
「だから、龍亞と龍可が本心を偽っているのを幸せとは思わない。自分を偽り、世間を偽ったところで、胸にはいつも偽りという穴が空いている。そこから幸せは出て行くんだ」
「だから、こうしてまっすぐに生きて欲しいと願い、あの二人に言ったんだ」
「その結果、私が不幸せになっても?」
「……アキ、お前にとっては馬鹿にされていると思うかもしれない。だが、俺の頼みを聞いて欲しい」
「何をよ?」
「俺と付き合ってくれ。仲間として、恋人として、そして……ゆくゆくは家族として」
「……え?」
「俺は、あのときとは違い自分も幸せになっていいと思うようになった。だから、俺にとっての幸せを考えたとき、お前が側にいて欲しい。そう感じたんだ」
「そ、それって」
「アキ、ダメだろうか?」
「……馬鹿、ダメなわけ、ないじゃないのよ」
アキは涙をこぼして、土下座しつづけている遊星の頭を持ち上げた。
「私は、ずっとその言葉が欲しかった」
「ああ」
「それが、もらえるなら、もう何もいらないわ」
「じゃあ……」
「うん、これから龍亞に話してくるわ。私も満たさせたって、だからあなたも龍可と幸せにって」
「俺も行く。龍可にきちんと話していないからな。俺も龍亞と龍可に偉そうなことを言った分、話を全て明らかにするべきだろう」
「そう、じゃあ、行きましょうか」
アキは遊星を立ち上がらせると、空いていた遊星の左腕を掴み、自身の右腕を絡ませた。
「ア、アキ?」
「いいじゃない、もう恋人同士なんでしょう?」
「……そうだな」
それから少し日が経ったある日。アカデミアのお昼休みではここ最近の恒例行事が行われていた。
「おーい龍亞、龍可。アキ先輩から呼ばれているぞ〜」
「あ、サンキュー。行こうぜ龍可」
「うん、それじゃあねパティ」
「はいはい、それじゃあね〜」

龍亞と龍可が教室を出ると、アキが待っていた。そして、龍亞とアキは二人で手を取り合うとどこかに行き、龍可はその手を取り合う二人の後ろからそれについていった。
「やっぱ仲が良いよな龍亞とアキ先輩」
「まったく、龍亞の奴はあんな美人で高等部一のデュエリストとどうやって仲良くなったんだろ?」
「それより、昼休みの時間しているんだ?やっぱりアレか?昼食だけじゃなくいろいろやってるのか?」
「あのラブラブぶりならありえるよな」
「けど、最近は龍可も一緒だよな?」
「あれだろ?家族公認ってやつじゃないか?」
「あぁ、将来一緒に住むって事か。くそぉ、龍亞のやつ〜アキ先輩にあんなことやこんなことを」
悔しがる男子達。
実際、この半年間いつもそんな様子だった。昼休みになると龍亞とアキはどこかに行き、昼休み後の授業開始ギリギリになって、あわてて駆け込んでくるのだ。だからもうクラスメイト達も慣れている。
ただ、最近それまで一緒に行かなかった龍可がそれについて行くという変化が、日常の風景と化していた異常な事態に対しての疑問をあらためて思い起こさせただけのことだ。


そして、アキ・龍亞・龍可の三人はアカデミア内のある空間に来ていた。
ここはアキが中等部時代にサイコデュエリストの力で作っていた秘密の場所で、現在にいたるまでこの場にいる三人と、アカデミア生ではないとある人間の合計4人しか存在を知らない。
「ふぅ、ありがとうアキ姉ちゃん」
「どういたしまして。けど、どちらかというと龍可に謝るのが先だと思うわよ」
アキが龍亞の背後を指さす。龍亞が恐る恐る後ろを振り返ると、そこには笑顔で顔を固めた龍可の姿があった。しかし、どうみてもカチコチと無理して顔を維持しており自然な笑顔とは思えないのは一目瞭然だった。
「え?ゲゲッ、龍可、そんな般若のお面みたいに怖い顔しないでよ!」
「怒ってないわよ? ただ、ちょっと我慢しているだけよ?」
「あーもう、仕方ないじゃんか。こうしないとバレる可能性があるんだからさ」
「うっ、それはそれだけど……」
龍可は事情がわかっても納得がいかないようだった。
「はいはい。ここではいっぱいいちゃいちゃしていいからね」
「うん、けど、本当にいいのアキ姉ちゃん?あのまま表面上は付き合い続けるってことになって」
「いいわよ。別にあなたが嫌いで別れたわけじゃないし。私を隠れ蓑に外でもいちゃいちゃしていなさい」
「けどこれじゃあアキさんは遊星と外でラブラブになれないんじゃない?」
「その遊星が、この関係を望んだんだからいいのよ。子供は深いことを気にしないで、素直に好意に甘えていなさい」
「「はーい」」
「じゃあ奥の空間に行ってるから、ゆっくり……ね?」
アキが備え付けの大きなベッドを指さすと、顔を赤くする双子の兄妹。その反応に気をよくしたアキは、奥の部屋へと入った。
「あら?来ていたの遊星?」
「あぁ」
アキが奥の間に行くと、そこには本当の恋人、不動遊星がいた。
「もう、待っていたなら出迎えてくれればよかったのに」
「入ってきた人間が、アキ達だけとは限らないからな。もしも他の生徒だった場合に備えて、アカデミアの外に直通している奥の部屋のほうが都合が良い」
「それは、わかっているけど」
「なに、昼休みは長いんだろう?じっくり二人の時間を楽しもうじゃないか」
「んもう、そう言われたら何も言えなくなるのを知ってて言っているのがたちがわるいわ」
「……アキ」
「ん?」
「好きだ」
「……私もよ、遊星」

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