「・・・・・・」
「・・・・・・」
「お前ら何やってるんだ」
「――!!」
 口元に人差し指を当てこちらにむかって「静かに」というジェスチャーを繰り返してくる約二名に、
氷室は黙って腕を組んだ。
 その隣では同じく覗きの現場を押さえた龍可がこめかみに指を当ててため息をついた後
「趣味悪いわよ、龍亞」と口パクのみで伝えた。柳はよくわからなかったようだったが、
双子である龍亞の方は何を言われたかよくわかったようで、いつものように悪びれない笑顔で
「勘弁してよ」と、その場から撤退する様子も無く、やはり口パクだけで言った。
氷室にはわからなかったのだが、やはり龍可にはよくわかったようで、龍可は龍亜に向かって、
これみよがしに呆れた顔をして見せた。


 龍亞と柳の二人が熱心に覗き込んでいたドアの向こうでは、一組の男女が黙って向かい合っていた。
ただ、彼らは特に目をあわせている訳ではなく、特別相手に注意を払っている訳でもなかった。
シティにあるその隠れ家の一室――今はほぼ車庫代わりになっている――では、不動遊星が
Dホイールのメンテナンスを、十六夜アキが簡易チェアに座ってなにやら掌サイズの
携帯端末の操作をしていた。
 じっと覗いていた二人にはわかることだったが、ここ数十分、彼らの間に横たわるのは
谷よりも深い沈黙だけだった。それどころか互いを見やることも無かった。十六夜アキが
ここを訪ねてきたのはまさに数十分前だったから、つまるところこの二人は顔をつき合わせて
同じ部屋に入り、それ以降一言も話していないのだった。始めは興味津々で観察を開始した龍亞と柳の
アキに対する共通の感想は、いまや「この人いったい何しに来たんだろう」だった。

 それからさらに十分ほどが経過したその時、ようやく遊星が顔を上げ(しかし特にアキの方を
向いたのではなく、Dホイールの別の場所に視線を移しただけだった)重い口を開いた。
 細いドアの隙間から覗いていた人々は「おお」と声は出さずに目だけ見開き、彼の動向に注目した。
 彼は普段どおりの重々しい声で一言言った。
「今回はどうだ」
 アキはといえば、端末から全く視線を上げなかった。たっぷり五秒は間を取った後、
彼女は唇をわずかに開いた。
「混沌の黒魔術師」
 「・・・?」覗いていた人々は眉をひそめ、疑問符を浮かべた。アキは淡々と続けた。
「D-HIROディスクガイ。次元融合。早すぎた埋葬」
「そうか」
 遊星は一言そう答えた。そしてまた会話が無くなった。
「……」
 覗いていた人々は、そこで「あ」と気づいた。公式大会で、今回新しく制限から禁止となったカードだ。
しかしだから何なのだ。彼らは再び二人に視線を戻した。
 遊星がDホイールを整備する音だけが響いていた。さらに十分程度が過ぎ、突然、アキが立ち上がった。
なんだなんだと外野が注目する中、アキは一言言った。
「帰る」
 まさに「何しに来たの」だった。しかし遊星は動じることも無く「そうか」と言った。そして見送りのためか、
彼も立ち上がった。彼はドアを開けてやるためか、アキの前に歩み出た。アキも足を踏み出した。
 その時アキが「あ」とわずかに声を上げた。どうやら足元を這っていたコードに足を引っ掛けてしまったようだった。
つまずき、くずおれそうになった彼女の身体を、ちょうど前にいた遊星が咄嗟に支える形になった。
「――」
 アキがやや驚いたように遊星を見上げた。遊星も思わずといった様子でアキを見つめた。
図らずも、かれらは間近で瞳を見合わせた。

 がたがたがたん。

 大きな物音にドアの方を見やると、ドアのところにまるでいつぞや使った「トーテムポール」のような状態で、
約四名が重なり合って倒れこんでいるのを遊星は見た。ちなみに上から氷室、柳、龍可、龍亞の順だった。

「……」
 わずかな沈黙の後、アキが顔を耳まで真っ赤にし、ついでとどろくような大音声で怒鳴り上げた。
「何をしているんだ、お前たちは!」
 直後の四人の逃げ足の速さといったらスピードウォーリアもかくやといった様相だった。廊下の角を曲がり、
あっという間に姿をくらます。
「……」
 柳の爺さんの健勝ぶりはいつ見てもすごいと遊星はひっそり思った。
「何なんだ、あいつらは!」
「お前が訪ねてきているのが珍しかったんだろう」
「人を猛獣か何かのようにっ」
「そう言うな。あいつらもお前と話したいんだ」
 ぜいぜいと息を切らしているアキに遊星は言った。それは真実だろうが、「なぜ覗いていたのか」に関しては
彼には与り知らぬところだった(その点についてはむしろアキの方が正確に把握しているかもしれない)。
「俺はこれから一度サテライトに戻るつもりだ」
「……」
「だが、シティにはまだやり残したことがある。戻ってくるから、そうしたらまた来い」
「もう来ない!」
「次はデッキの構成について話そう」
「……」
 彼女のようなタイプが人を訪ねるにはどんな些細なことでもいい、「理由」が必要であることを遊星はよく知っていた。
また、彼女のようなタイプが他人に心を開くようになるには、少しずつでも他人と過ごす時間を増やしていくことが
重要であることもまた、遊星はよく知っていた。
「だから、また来い」
「…………考えておく」
 アキの返事は遊星にとっておおよそ満足のいくものだったが、彼はかぶりを振った。
「いや…違うな」
 何が違うのかと振り返ったアキに、遊星はあらためて、ゆっくりと言い直した。
「来てくれたら、嬉しい」

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