白々と蛍光灯に照らされた、小さな部屋の片隅。
そこに、うずくまり、震えている女が、一人。
長い黒髪を振り乱し、細い肩を震わせ、両手で自分の頭を掴むようにして、
しきりに何か、ぶつぶつと呟いている。
「嘘よ…」
虚空を見つめながら頭を振る。
「あるわけない、こんなの…絶対、夢に、決まってるんだから…」
口をついて出るのは、たった一つ。
「――ジャック」
気が狂いそうなほど…ただ、逢いたかった。
「助けてよ…ジャック…」
たった一つの名前を、うわ言のように、ただ繰り返し続けた。

数刻前
「……ジャックっ!」
盛大に寝言を叫んでベッドから転げ落ちて目が醒めた。
悪い夢を見ていた気がする。どこかから落ちる夢。
「あいたたた…って、どこよここ!?」
寝台の他には、特にこれといった家具もない殺風景な部屋。
自宅ではない、全く見知らぬ場所だった。
「……?」
顔に手をやって、なぜか眼鏡なしでも周りがはっきり見えていることに気付いた。
…と、自分の手元に目をやって。
「って、何これ!?」
どういうわけか自分が着ているのは、黒地にオレンジの装飾のついた、
やたら露出度が高い衣装だった。
「俗悪…ていうか、ヘソ出しって…」
これじゃあまるで、悪の組織の女幹部だ。
苦笑しようとして、頬がひきつった。
おかしい。なぜこんなところにいるのか。誰が、どうして。
なんだか頭が重くて、何も思い出したくなかった。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
部屋は外から施錠されていたが、トイレと浴室は備え付けてあるらしかった。
そうだ、顔でも洗おう。冷静になって、どうしたらいいのか考えなくては。
蛇口を捻る前に手袋を外そうとして、
「何これ…痣…?」
皮膚に走る、異様に精密な、奇妙な紋様。
どこかで見たような気がする。つい最近。
――嫌な予感。はっとして顔をあげ――鏡を、見る。

「…っ!」
そこにあるのは当然、自分の顔、なのに。
まるで別人が目の前にいるかのような。
悪趣味は装束は、信じがたいことにあつらえたようによく似合っていた。
右目の下には、罪を犯した者に刻印される、あのマーカーにも似た――身に覚えのない図形。
そして、どす黒い…青灰色の虹彩だけが異様にくっきりと浮かび上がった、右の眼球。
「何なの…これ…」
鏡とは逆の、左目を押さえてよろめいた。
視力に異常はない。むしろ両目ともよくなったくらいだ。けれどこれは、
「これじゃあまるで」
眩暈。頭が痛い。フラッシュバック。
アルカディアムーブメント。
白いコートの後姿。二つの地上絵。夜空に浮かぶ、禍々しい巨大な影。
幻痛。月明かりに光るガラスの雨。
スクリーンに広がる、たおやかな美女の微笑。空から降り注ぐカード。
骨を砕き内臓を潰し全身に走る――衝撃。
「そうだ…私は…」
虚空に吸い込まれていく大量の人魂。
――言イ忘レタケドネエ――
赤い髪の男の、最初に戦った時とは別人のような怯えきった顔。
――オ前ノ運命ハ――
カードから伝わってきた恐怖。それに対して感じた、自分の中で滾るその感情は、
――死ヨ――
……暗い愉悦だった。

数刻前・2

そこは、揺れる炎にぼんやりと照らし出された、広く薄暗い部屋だった。
そこにいる三人の男のうち、二人は部屋の中央の長いテーブルに付き、
残る一人は部屋の壁に身をもたせ掛けている。
壁に並ぶ扉の一つ――モニター室――から、長身の女が現れた。
「新入りの様子は」
一番大柄な、赤いラインの入ったローブを纏った男が問う。
「ついさっき目を覚ましたけど、どうやら混乱しているようね。
鏡に映った自分の姿を見て取り乱してる。…困ったことになったわ」
一旦言いよどみ、言葉を切る。
「…彼女は今、かなり不安定で中途半端な…危険な状態にある」
「お前の得意な占いか」
黄色いラインの男が揶揄するように言う。
「誰が見たってわかるわ。今の彼女なら」
女が断言し睨みつけると、
「…そんならいっちょ、その面白ェ面でも拝みに行こうかね」
青いラインの痩身の男が、愉しげに言って壁から身体を起こした。

カーリーは考える。
違う。そうじゃない。そんなはずはない。
この記憶も今の自分の姿も、きっと何かの間違いだ。
夢、そう悪夢――
だって、一度死んで蘇るなんてあるわけない。
瞬間移動した上変身するなんてありえない。
自分が別人のようになって、対戦相手を、人を、そんな――そんな、怖ろしいこと。
とにかく早く目覚めなくちゃ。目を覚まして、それで――
それでどうする?
目覚めたら自分はどうなる?
起きた出来事の何処からが夢で――何処までが現実だった?
真夜中の電話?ジャックの出立?アルカディアムーブメントへの潜入?
それとももしかして墜落するところまでは本当で――それ以降が死の間際に見た短い夢だとしたら。
それなら、結局自分は――
「いや…いやよ、そんな…わけ、ないんだから。やだ、あははははは」
狂乱の極みでカーリーが叫び出しそうになった――その時。
がちゃり、と――外側から鍵を開ける音が、響いた。

片目を隠したままカーリーはびくりと顔を上げた。
まさか、もしかして。
だがそんな希望も、来訪者が姿を現すまでのことだった。
ノックもなしにドアが開き、現れた男。
青い装飾のついた黒衣。
自分と同じ、異形の双眸。
そして、一見優男風の容貌に張り付いた、引き裂いたような悪意に満ち満ちた笑み――
「あなたは…鬼柳、京介…」
「なんだ、俺のことをもう知ってんのか?嬉しいねエ」
鬼柳は後ろ手にドアを締める。
値踏みするような不躾な視線に、カーリーは身を硬くした。
「何、しに来たの」
「そういうお前こそ、んなとこで一体何やってんだ?」
鬼柳は歩み寄りながら、不思議そうに目を細める。
「来ないで」
「つれねえなァ。せっかく新しいお仲間の顔を見に来たってのに」
いきなり手を伸ばして片目を隠していたカーリーの左手を強引にはずす。
掴んだ腕をひっぱり上げて立ち上がらせ、身体を壁に押し付けた。
顎を掴んで自分の方を向かせ、涙に濡れたちぐはぐな左右の眼をとっくりと眺めて――
「成程ねエ…確かに半端だな。不安定にも程がある」
「離…して…っ」
「さァて」
顎から喉、胸元を辿り、滑らかな腹部を鬼柳の指がすべる。
「おかしいよなあ?高層ビルからガラス突き破って転落したってのに、身体には傷一つない。
不思議なこともあるもんだ」
わき腹を這い回る、男の手の感触。
カーリーは羞恥と嫌悪に顔を赤くした。
「離してっ!」
空いていた右腕を振り上げ、渾身の力で――

「まさかとは思うが…まだ自覚してないわけじゃねえだろうな?」
振り下ろされた右手をごくあっさりとうけとめ、鬼柳は続ける。
「自分が死人のくせに起き上がって動き回る屍――立派な化物なんだってな!」
「違うっ!」
カーリーは万歳の格好をさせられたまま、振りほどこうと身をよじる。
「お前はどうやらさっきから、罪の意識って奴に苦しんでいたようだが…」
意に介さず、鬼柳は続ける。
「俺たちはもう人間じゃないんだぜ?今更良心の呵責なんざ感じて何になる。それに」
酷薄に口の端を吊り上げ、
「愉しかったろ?憎い相手に恨みをぶつけてやるのは」
指で、カーリーの右手の痣に、触れた。
途端に蘇る――あの感覚。灼熱の痛みのような衝動。
カードから流れこむ相手の恐怖に対する――狂喜。
断末魔。虚空に消えて行く光――人間の、生命。
「シグナー同士は惹かれあう――ダークシグナーもまた然り、だ」
「あ…あ……」
身体から力が抜けた。
「ううう……ううううう」
この痛みが――あの感覚が、夢であるはずなど、なかった。
「あ、あたし…なんて、ことを」
無数の光。数えることもできないほどの。一体何人が。
「こんな…こんなことになるなんて…」
自分は死んだ。今の自分は、浅ましくも起き上がり動き回る屍鬼。
でなければどうして。
人を傷つけ、殺して喜びを感じるなんて。
鬼柳は、力なく崩折れるカーリーから手を放し――
首と膝に手を入れ抱き上げ、そのままベッドに腰掛けた。

カーリーは固く目を瞑った。
どうして。どうしたらいい。私は一体。
お願い。お願いだから、助けに来てよ。
「来ると思ってんのか?ジャックが」
唐突な鬼柳の言葉に、思わずカーリーは目を見開いた。
「…!どうして…!?」
「相手のことを知ってるのはお互い様ってこった。調べはついてんだよ、カーリー渚」
「……」
「しかし残念だが…そりゃもう無理だ。
何しろお前はもう――あいつの倒すべき敵なんだからな」
「そん、な……!」
「それに奴は、シグナーの使命とやらを果たすためにお前を捨てた。そうだろ?」
「違う…っ!私に、無事でいてほしいって!」
「少なくとも、必要とはされてねえ。違うか?」
「……っ!」
無事でいてほしいと彼は言った。
けれどそれは。
パートナーとしては見てくれていないということではないのか。
自分のことは遠ざけたのに――あの秘書はまるで、当然みたいに。
当然なんだろう。
ほんの数日間一緒に過ごしただけの自分とは違い、彼女とは二年もの付き合いがあるのだから。
なんだかんだ言っても、信頼しているんだろう。
知的で、女らしくて、都会的に洗練されている彼女。
そんな彼女より自分の部屋にいることを選んでくれたときは、
意味もなくささやかな優越感を感じたものだった。
あの時はまだ、自分の中でこんなに彼の存在が大きくなるなんて、思ってもみなかったのに。

鬼柳は囁く。
「喜べよ。欲しかったんだろ?あいつとの、切っても切れない縁って奴がよ」
「あ…あ…」
カーリーはいやいやをするように首を振る。
「だったらこれ以上はねえよなあ、何しろ敵同士なんだから。永遠不変、唯一無二だ」
「いやああああっ!!」
―――ジャック。
わがままで、自分勝手で、やたら偉そうな癖に世間知らずで。
自信過剰で、無闇に酔狂で、妙なところで律儀で、結構単純で、
――けれど、たまに淋しそうで。
その歩む道の先に続いているものを――あなたの傍らで、見届けたかった。
それなのに、どうして。
自分はもう、帰れない。
どうして一緒にいられない。どうして。
「どうしたら、いいの…?」
カーリーは泣き崩れた。
「死にたくない、死にたくない、だけどっ!
生き返っても…もう、戻れない…こんなにたくさん、人を殺して…っ!
こんな、姿になって…!
わたしが悪いの?わたしが、勝手に――」
関わるなと言われたのに、散々忠告されたのに。勝手に首を突っ込んだりしたから。
拳で鬼柳の胸を叩き、ぼろぼろと涙を零しながら叫んだ。
「なんで、なんで、どうしてよぉっ!」
「お前は悪くない」
不意に降って来た声に、カーリーは動きを止めた。
「全然悪くない。悪いのは全部あいつさ」
背筋が凍るほど――優しい声音。
「わた、し――」
「お前には憎しみが足りない」
鬼柳はカーリーに言い聞かせる。
「だから苦しい。これほどの力を手にしながら、みじめったらしくガタガタ震えている」
肩を抱き、冷たい手でさらさらと髪を梳きながら。
「その目だって、そんな無様なことになる」
ゆっくりと、噛んで含めるように。
「自分を殺した野郎に報復してとりあえず満足しちまってるんだろうが…それだけじゃあ駄目だ」
カーリーはただ、人形のように抱きかかえられ――鬼柳の肩に頭を預ける。
「楽になりたきゃ、憎しみに身を委ねろ。全てを壊せ。これは親切で言ってるんだぜ?」
楽に、なれる?
ダケド、ワタシハ、一体何ヲ――憎メバイイ?
「それでも未練を断ち切れねえってんなら仕方ない――この俺が、僭越ながら手を貸そう」
「どう、したら――いいの?」
カーリーの唇から、抑揚のない呟きがこぼれた。
その言葉を是と受け取って――鬼柳は答える。
「簡単なことだ」
再び、その手がカーリーの顎を捉える。親指で唇をなぞり――
「苦痛も恐怖も罪の意識も、全部まとめて消し去ってやるからよお――」
にたり、と嗤って告げる。
「――満足、させてくれよ?」

低い囁きが耳に届いたときには既に遅く、目の前に鬼柳の笑顔が覆いかぶさるようにして――
「…っ!!」
カーリーの唇は、封鎖されていた。
鬼柳は、あまりのことに硬直したカーリーの顎をすかさず固定し――
その舌は、悠々と口内への侵入を果たした。
息が、出来ない。
カーリーは唇を塞がれたままくぐもった呻きを漏らす。
口と言わず喉の奥まで喰らいつくすように、欲しいまま蹂躙される。
舌が。自分の舌が、ねじ伏せられ、裏側も、頬も上あごも歯列も脳髄も全てを蕩かされ――
蕩けきったところで捕食されてしまう。そんな錯覚を、抱いた。
舌を入れるどころか、触れるだけの接吻すら、したことはなかった。
こんなこと、いつか、好きな人と、するものだと思っていた。
馬鹿みたいだ。そう思った。
「ふぁっ、はあっ、はあっ」
粘液の糸を伸ばして唇が離れ、カーリーは荒い呼吸を繰り返した。
「なんだ、まさか初めてか?
何日も一つ屋根の下暮らしてたってのに、指一本触れなかったってのか?
元キングともあろうお方が、なんとも意気地のない」
鬼柳は大げさに驚いたように肩をすくめる。
カーリーは潤んだ目で睨みつけるが、鬼柳は動じない。

低い囁きが耳に届いたときには既に遅く、目の前に鬼柳の笑顔が覆いかぶさるようにして――
「…っ!!」
カーリーの唇は、封鎖されていた。
鬼柳は、あまりのことに硬直したカーリーの顎をすかさず固定し――
その舌は、悠々と口内への侵入を果たした。
息が、出来ない。
カーリーは唇を塞がれたままくぐもった呻きを漏らす。
口と言わず喉の奥まで喰らいつくすように、欲しいまま蹂躙される。
舌が。自分の舌が、ねじ伏せられ、裏側も、頬も上あごも歯列も脳髄も全てを蕩かされ――
蕩けきったところで捕食されてしまう。そんな錯覚を、抱いた。
舌を入れるどころか、触れるだけの接吻すら、したことはなかった。
こんなこと、いつか、好きな人と、するものだと思っていた。
馬鹿みたいだ。そう思った。
「ふぁっ、はあっ、はあっ」
粘液の糸を伸ばして唇が離れ、カーリーは荒い呼吸を繰り返した。
「なんだ、まさか初めてか?
何日も一つ屋根の下暮らしてたってのに、指一本触れなかったってのか?
元キングともあろうお方が、なんとも意気地のない」
鬼柳は大げさに驚いたように肩をすくめる。
カーリーは潤んだ目で睨みつけるが、鬼柳は動じない。

「お楽しみはまだまだこれからだぜ」
抱きすくめたカーリーの背後からケープを取り外そうとして――
「…面倒臭ェ服」
早々に諦め、服の下から手を突っ込んだ。
「ひ、いや――」
豊かな弾力を存分に揉みしだき――先端をつまみ、軽く捻りあげる。
「っや、め、あっ」
くすぐったさだけではない官能が背筋を走り、カーリーは思わず身体を反らせる。
「んっんー、イイ反応だぜぇ、嬉しくなっちまう」
もう片方の手で腰のベルトを外し、下のスパッツを露出させ、
「いや、駄目っ」
容赦なく剥ぎ取る。
「ふーん、やっぱなんも着けてねえのか、この衣装」
既に水気を含んだそこに――指を這わす。
「駄目、そんな」
聞き入れず、ずぶ、と中指を差し入れる。
「あっ……」
未知の感覚に軽く達してしまったらしく、カーリーの内壁が伸縮し指を締め付ける。
指を増やして更に掻き回す。
「あ……っん…」
水音が大きくなり、充分潤ったところで指を抜いた。
「そろそろ頃合だな」
身体の向きを変え、ズボンを下ろし、勃ち上がった自身をあてがい――
潤んだ目をこちらに向けるカーリーを見下ろし、一気に貫いた。
「――ぃ」
カーリーは声も出せずに固まった。
「…ぃ、た……は、あ」
思わず鬼柳の身体に腕を回し、背中に爪を立てる。
「痛かったか?そりゃ悪かったな」
熱い涙を搾り出しながら、内側から肉を削られる痛みが退くのをただ待つカーリーに、
鬼柳は平然と応えた。

「全部吐き出しちまえばいい…痛みも恨みも憎しみも」
頭を撫でながら、歌うように鬼柳は言う。
「隠すことはない、誰もお前を責めたりしない、誰も俺たちには逆らえない。
もう何も我慢なんかしなくていいんだ」
次第にカーリーの硬直が解けてきたところで、告げる。
「それじゃあ仕上げだ」
「ひっ」
接合部を一旦ぎりぎりまで抜き――突き上げる。
「ああっ!」
泣きながら甘い声を漏らす女を穿ちつつ、鬼柳は言う。
「無事でいてほしいだなんて、んなもんただのお願い事じゃねーか。
てめえで守ってやる気なんざサラサラない。現にお前は今、こんな酷い目に遭ってる」
「ひっ、あ、うぅ…」
ぬるりと粘膜が擦れ、全身が戦慄く。
最初とは違う――快楽の予兆。
意識も飛びそうな興奮と混乱の中、カーリーはただ祈っていた。
「たす、け…ひ、あッ」
「もうちょっと色気のあること言ってくれると嬉しいんだがねエ。まあいい」
助けて。助けて。どうして。
「カワイソーになァ、こんなに助けを求めているのに。時に、なあ、お嬢さん、教えてくれよ」

鬼柳は尋ねる。
「お前は今、誰の助けを呼んだんだ?
お前がこんな目に遭っているのに気付きもしない甲斐性なしは誰だ?
お前を見捨て、口先だけのお為ごかしでお払い箱にしたヒモ野郎は、一体どこのどいつなんだよ?」
痺れた頭を、捩れた論理が蝕んでいく。
助けてという言葉に、もはや殆ど意味はなかった。
ただ逢いたかった。おかしくなってしまうほど。
痛くて、苦しくて、辛くて――それなのにその反対で。
こんなこと、こんな風に体験するなんて、間違ってる。
だけどもう――止められない。自分自身でさえも。
「いや、あ、ぁっ」
一際深く――ねじ込まれる。
「なあ、どうなんだ?恨み言の一つも言ってやりたいとは思わねえのか?ん?」
――ジャック。
ねえ、どうして、どうして傍に、居させてくれない。
どうして傍に、居てくれない。
見開いた目いっぱいに、夢魔の笑顔が映る。
「さあ、聞かせてくれよ――何が欲しい?誰を殺す?」
カーリーは掠れた声で啼いた。
「…っく…」
金泥の瞳が嗤う。
「お前が本当に憎いのは、何だ?」
「じゃ…っく…ッ!」
身体の芯から脳天まで絶頂が突き抜けると同時に、カーリーは意識を手放した。
――今度こそ、二度と戻れない暗闇に。
漆黒の闇が正常だった右目を塗り潰し、暗紅色の雫が、透明な涙の筋を辿って滑り落ちた。

「……上出来だ」
返答を聞くと同時に相手の体内で盛大にぶち撒けた自身をずるりと引き抜くと、
鬼柳はカーリーの目蓋から流れる血涙を舌で舐めとり声をかけた。
「気分はどうだ?」
―――ろス―――
低い呟きを耳が捉え。
「っ!!」
次の瞬間、鬼柳の身体は細い腕で突き飛ばされ、物凄い力で壁に叩きつけられていた。
「……いい、ダメージだ…ぐふっ、げっほ」
むせる鬼柳を余所に着衣を整え、ゆらりと立ち上がり部屋を出て行くカーリー。
その足どりには、もはや微塵の迷いもなかった。

カーリーが退出した後、入れ替わるようにミスティが部屋に入ってきた。
思い切りヒビの入った壁際に座り込んだままの鬼柳を切れ長の目で一瞥して一言、
「無様ね」
「見てたのかよ?イイ趣味だな」
「見ないわよそんなもの」
柳眉を顰めて吐き捨てる。

「あの子に何をしたの」
「ご想像にお任せするよ。
それよりちったぁ喜んだらどうなんだ?
せっかく懸案事項が片付いたんだからよ」
「……この、下種」
ミスティの冷たい罵声に、鬼柳は下卑た笑みで答える。
「そんなに怒るなよ、横取りされたからって」
「……っ!」
白皙の美貌は朱が差すどころか却って蒼褪めたが――その緑眼は、石化の魔眼もかくやという鋭さで鬼柳を睨みつけるに止まった。
「おお怖」
ミスティが無言のまま踵を返すと、鬼柳はせせら笑った。
「人が欲しがってるものを掠め取るってのは気分がいい…元親友のものを奪うことの次にイイ」
一人ごちて、くつくつと含み笑う。
「てめえの大事なものを自分から手離すなんざ…ジャックの奴もヤキが回ったかねエ。
奪られたくねえもんは死んでも離さねえのがサテライト根性だろうに――
業突張がらしくもねえ余計な気なんか回すから、こういうことになる」
鬼柳は虚空に問いかけた。
「さあて…どう出る?ジャックよお…」
荒れ果てた部屋に、喉の奥で笑う音が、いつまでも響き続けた。

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