密閉された空間の中、カリカリと、ペンを走らせる音が聞こえる。手製だろう、
 いくつも釘が突き出た簡素な机と椅子。その四つの席に座り問題の『試験』を受けているのは四人の女の子。
快晴の空のような髪を腰まで伸ばした少女はエリア。彼女はうんうん唸ったり、頭を抱え込んだり、
 かと思うといきなりポンと手を打って、
「思い出した!」
「エリア。試験中です。私語は慎んで」
「あー。あはは…ごめんなさい先生」
先生と呼ばれた女性に注意を受けてぺろりと舌を出す。表情の豊かな子だった。
「全く。今日は第三級霊使いになるための大切な試験なんですよ。もう少し緊張感を持ちなさい」
こめかみを押さえながら出来の悪い生徒をなだめるこの女性はドリアード。
 世界に4人しかいないと言われているエレメンタルマスターの称号を持つ一流の魔法使いだ。
 豪華な装飾が施された司祭のような衣装に身を包み、慈愛の笑みを浮かべる彼女は聖母とまで言われているが、
 今はその表情はしかめっ面になっている。
「はーい」
「はい!」
「分かっていますわ」
「……」
四人の少女の内、三人が返事をした。
「……ウィン?」
ドリアードの問いかけに三人の少女達の視線が集中する。
 その先にはペンを持ったまま解答用紙に向き合っている少女が一人−−いや、
 よく見れば彼女の上体はこっくりこっくりと船を漕ぎ、その度に後ろで結った長い若緑色の髪が
 獣の尻尾のように揺れていた。
「ちょっと…! ウィン! 起きなさいよ! ていうか何でこんな状況で寝られるの…!?」
隣に座ったエリアが肩を揺するが起きる気配はない。
「ぐう…プチリュウだって強いもん…くう…すう…トライアングルパワーさえあれば
 …むにゃむにゃ…わたしもパワーほしいかも」
それどころか意味不明の寝言まで言う始末。
「あたし知ーらないっ」
とうとうエリアも諦める。ウィンと呼ばれた少女の前には顔をひきつらせながら
 青筋を浮かべるドリアードが立つ。彼女は手にした十字架状の小さなロッドを振り上げて、
 割と本気でウィンの頭めがけて振り下ろした。

ごつっ!


「筆記試験の結果をお伝えします。エリア−−70点、合格です」
「やたっ!」
「次にアウス−−95点。流石ね、よく頑張ったわ」
「いえ、このくらい当然のことですわ」
「だそうです。他の子もアウスを見習いなさい。次ウィン−−65点」
「ええ嘘!?」
驚いたのはエリアだ。
「私も驚いています。寝ていたのは答えが解けていたから。そうですね? ウィン?」
「うん。他にする事も無かったから、寝てた…」
ぶたれた頭をさすりながら、どこかほわほわとした感じでウィンは答える。ドリアードは溜息を吐いた。
「まあ、態度はともかく。結果は及第点です。合格をあげましょう」
「わーい」
「やったねウィン!」
立ち上がり二人でパンパンと両手を合わせる。
「最後に…ヒータ?」
「はい!」
元気良く立ち上がった赤髪の少女にドリアードは極めて冷静に事実を伝えた。
「0点、不合格です」
「ええーっ!? ウソだ! いくらなんでも0点なんてあり得ない!」
「答えが一問ずつずれていました。それでですね」
「がーん!」
「ふふっ。無様ですわね、ヒータ?」
「なにー!? アウスっ、もう一度言ってみろ!?」
「あらあら、相変わらず勇ましい言葉遣いですわね?
婦女子たるもの常に知性と品位を持つべきではないでしょうか?」
眼鏡を掛けた少女は優雅な動作で短い栗色の髪をかき上げる。
「ボクのしゃべり方にケチを付けようって言うの!?」
「あら。ケチを付けるのは喋り方だけだと思って?」
「ヒータ暑苦しいもんねー?」
「どう意味だよバカブルー!?」
「バカブルーとは何よ!? バカブルーとは!? じゃあアンタはバカレッドよ!」
「レッドは偉いんだ! リーダーを象徴する色なんだ! バカにするな!」
「おバカの大将という事ですわね? お似合いですわよヒータさん?」
「う、うるさい、うるさいうるさーい!」

収拾がつかなくなった場にドリアードが再び、顔をひきつらせる。
「あの、皆さん? まだ実技試験が残っていますよ? 分かっていますか?」
「ねえ、わたしは? わたしも何かあだ名ないの?」
「あら、ウィンさんにはバカグリーンという名前を付けて上げますわよ?」
「わーい。皆と同じだぁ」
「……流石ウィンさん。凄まじい天然振りですわ…」
「じゃあ、アウスはバカブラウンだねー?」
「な!? 心外ですわ! よりにもよってワタクシがこんな下品な方々と同列に扱われるだなんて!」
「ちょっとそれどういう意味よ!?」
「自分だけ賢い振りして気に入らないな!」
「アウスも友達ー。だから一緒ー♪」
ドリアードの言葉も耳には届いていないらしい。四人の魔法使いの卵はきゃいきゃいとはしゃぎ、
 すでに試験どころではない−−が、

「いい加減にしないと全員暗黒海に沈めるぞ、このクソガキども」

『…………』
笑顔を浮かべたまま、静かに告げられた先生の言葉に生徒四人が沈黙する。
 静かになった教室にごくり、と生唾を飲む音が響いた。
「はい。皆さん大変聞き分けが良い子ですね。先生感心しました。
 でも今度オイタをしたらジェノサイドキングサーモンの餌にしますからね♪」
目が笑っていない。生徒四人は冷や汗を垂らしながら勢いよく首を縦に振ることしかできなかった。

 試験会場から離れた場所にある草原。ちりちりと日の光が降り注ぐそこをアウスが歩いている。
「四つ星クラスモンスターの捕獲、ですか。うふふ。このわたくしの実力を知らしめる時ですわね!
さあモンスターさん! 出ていらっしゃいな! このわたくしが華麗に瞬殺してあげますわ!
おーほっほっ! −−をぶっ!?」
高笑いをあげていると何か堅いものに足を取られて転んでしまった。
「っきいぃっ! 誰ですの! わたくしめの進行方向に悪質な罠を張ったのは!?
おかげで私の美しい顔が汚れてしまいましたわ!」
振り返ってみるとゴツゴツとした赤褐色の岩の根本から何か長いモノが延びていて、それに足をとられたらしい。「わたくしのこのカモシカのような脚を傷つけるとは良い度胸ですわ! この−−っ」
がつんっ。
「あイタ−−っ!?」
アウスは自分の足を取った長細い物体を蹴り、その堅さに悶絶している。
「もう、知りませんわ!」
(そうですわ。わたくし、こんな所で道草を食っている場合ではありません。さっさと目標を捕獲してから、
 無様に追試を受けているヒータの目の前で一番に合格しますわよ。うふふふっ)
「おーほっほっ! −−ほ?」
ずうん、とすぐ背中で振動音。まるで巨大な生物が身じろぎをしたような音である。
 アウスが恐る恐る振り向くと、
「も、モンスターっ?」
先ほど岩だと思っていた物体がのそりと動き出したのだ。
 どうやら体を丸めて昼寝をしていたところをアウスが勝手に岩か何かと勘違いしただけという事だった。
(しかもこのモンスターっ)
岩肌のような分厚い皮膚。首周りには鰓があり、頭からは二本の角。
 赤褐色の巨体を四本の足でしっかりと支えるそのモンスターは、
「せ、せせせせっセイバーザウルス!?」
セイバーザウルス−−四つ星クラス。地属性。は虫類族。
 草原に住む恐竜で普段は大人しい性格をしているが、怒ると怖い。
(まさか、このモンスターがターゲットですの!? 冗談じゃありませんわ!
逆立ちしたって勝てるわけがありません!)
セイバーザウルスは威嚇のうなり声を上げながら血走った目でアウスを睨んでいる。
『気持ちよく昼寝してるときに尻尾をがんがん蹴りやがるのはお前か、あぁ? 覚悟はできてんだろうな?』
アウスにはセイバーザウルスがそう言っている気がしてならない。
「お、おほほ…いやですわ、短気は損気でしてよ? ここはまずお互いに話し合って…」
「ギヤアアオウン!!」
「いやああっ! ごめんなさいぃぃっ!!」
猛然と突っ込んでくるセイバーザウルスから、アウスは泣きながら逃げ出した。


「四つ星クラスのモンスターかあ…弱いのだといいんだけどねー。
 先生の考えた事だからきっとそうはいかないんだろうなぁ」
(先生って、ああ見えて意外といじわるだからなぁ。アウスとか苦労してそう)
取り留めのない事を考えなからエリアはモンスターを捜す。ここは山の渓谷、その下流だ。
 清涼な小川の上を、点在する石から石へと飛び移りながら、上流へと目指し、
「−−ん?」
目前の水面がぼこぼこと泡立っているのを見つける。何だろう、と近づいてみると、
−−ばしゃぁん! 水面下から突如透明の不定形モンスターが飛び出した!
(…スライムだ!)
「うわっ、っとと…!」
スライムは槍状に変化して体当たり攻撃を繰り出してくるが、エリアはそれをかわしつつ距離をとる。
「ふふーん。スライム相手なら楽勝だ♪」
言いながらエリアが懐から取り出したのは一枚のカード。
(速攻で終わらしてあげるんだから!)
「カモン! ギゴっち!」
エリアがかざしたカードから光が溢れ出す。するとカードの中からモンスターが飛び出した。
「ギゴッ!」
キテレツな鳴き声をあげながら現れたのは、小型のは虫類族モンスター。
 二足歩行をするトカゲを愛らしくデフォルメしたような姿を持つ、『ギゴ・バイト』だった。
「出し惜しみ無しで行くからね! ギゴっち! あれやるよ!」
「ギゴゴっ!」
「ギゴ・バイト、憑依装着!」
どん! エリアを中心に衝撃が走る。小川の土砂が、小石が巻き上げられる。
 一瞬の間をおいて土砂と一緒に上空へと巻き上げられた大量の水が、
 間欠泉が吹き上げた直後のように辺りに降り注ぐ。にわか雨に打たれるように、
 エリアはその中心で杖を構えて立っていた。
憑依装着−−霊体となった使い魔と融合。その力を吸収することで爆発的に魔力を増幅させる霊使いの秘術だ。
(ふふーん。どんな能力を持っているか知らないけど憑依装着したあたしの敵じゃないわ!)
「ええーい!」
エリアは降り注ぐ水を圧縮、弾丸のように撃ち出した!
ずがあぁぁん!! エリアの攻撃は小川の石を砕き、そこに張り付いていたスライムも粉砕した。
「やったあ!」
『ギゴギゴッ!』
 誰に向かってか (^^)v とポーズを決めているエリアに霊体になったギゴ・バイトが抗議する。
「えっ? −−あっ! そっかぁ、やっつけたらダメなんだよね? どーしよ…あはははっ…」
『ギゴォ…』
主人の間抜けぶりにギゴ・バイトは肩を落として呆れかえる。
「まあ、でも…ほらっ、一匹だけとは限らないじゃない? 適当に歩き回ってればまた見つかるかも!」
『ギゴッ!』
「へ? 何?」
歩きだそうとするエリアを愛らしい使い魔が制止し、小川を指さす。
「−−ん?」
振り返ったエリアの視線の先、小川の上にゼラチン質の物体が集まり始める。
 それらはさっきエリアが倒したスライムの破片だ。
「嘘…まさか…」
それらは水面下から次々と浮かび上がってきては徐々に質量を増し、あっと言う間に再生を果たした。
「リバイバルスライムだぁ!」
スライムの正体を知ってしまったエリアは顔を青くして立ち尽くすのだった。

このページへのコメント

セイバーザウルスって恐竜だよな

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Posted by あああ 2011年05月30日(月) 01:27:37 返信

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