ロシア右翼, ロシア史教科書
些末的に記述される「ロシア飢饉 (1921年-1922年)」
2022年からの「特別軍事作戦」に合わせて改訂された「ロシア史教科書 (11学年 1945-21世紀初頭)」とともに、その前半である「ロシア史教科書 (10学年 1914-1945年)」も改訂されている。その中では、主としてスターリンをホワイトウォッシュしているが、それ以前の歴史についても同様である。
そのひとつが、「§13 1920 年代初期の経済および政治危機、NEPへの移行」で、コラムで言及されている「ロシア飢饉 (1921年-1922年)」である。
扱いは軽いが、実態はかなり大規模であり、死者数は125万〜1000万人とされる：
その状況下で、当時のソ連政権は「食糧徴収の仕組みを強化」していた。
主として、飢餓の救援は外国組織、特に米国のARAだったが、ソ連政権はその活動に制限をかけたりしていた。
そして、公式見解として、外国の支援を「反革命分子や破壊活動、スパイ活動を支援」だったと位置づけるようになっていたり：
また、実際には飢餓が集結していない時点で、NEPが成功したことにして、ソ連政権は飢餓輸出を始めていた。
些末的に記述される「ロシア飢饉 (1921年-1922年)」 
2022年からの「特別軍事作戦」に合わせて改訂された「ロシア史教科書 (11学年 1945-21世紀初頭)」とともに、その前半である「ロシア史教科書 (10学年 1914-1945年)」も改訂されている。その中では、主としてスターリンをホワイトウォッシュしているが、それ以前の歴史についても同様である。
そのひとつが、「§13 1920 年代初期の経済および政治危機、NEPへの移行」で、コラムで言及されている「ロシア飢饉 (1921年-1922年)」である。
扱いは軽いが、実態はかなり大規模であり、死者数は125万〜1000万人とされる：
飢餓人口と死亡数
これらの飢饉地域における飢餓者の総数はこれまで2200万〜3350万人の間で推計されてきた。しかし、20世紀のロシア人口史を見直すジロムスカヤらの2000年の編著は、1922年末に成立するソ連邦の総人口の4分の1にあたる3500万人が飢餓に直面していたとみなす。その3分の1ほどの1100万人が14歳までの子どもであり、当時の就学年齢である8歳に満たない乳幼児はロシア共和国だけで少なくとも539万人を数えた。
飢餓住民は1921年にカロリー摂取量が低下し、体力の弱ったところで、翌年の夏の暑さで蔓延した疫病のために多くが死亡した。また、残りの一部は飢餓を直接の原因として亡くなった。病死者・餓死者数の従来の推計は125万〜1000万人と開きが大きく、前述のジロムスカヤらは約100万人としている。そのうち子どもや乳幼児の数は未確定である。確認できるのは、1920〜1922年に欧露部の死亡率と乳児死亡率が再上昇し、出生率が急激に低下するほど、多くの生命が失われたり、誕生しなかったりしたという点である。
[ 村知稔三「1920年代初めのロシアにおける飢饉と乳幼児の生存・養育環境(5 比較教育)」『日本教育学会大會研究発表要項』第63巻、一般社団法人 日本教育学会、2004年 ]
その状況下で、当時のソ連政権は「食糧徴収の仕組みを強化」していた。
The Cheka reports and the military bulletins make it clear that famine had been threatening the region since at least 1919. The situation had deteriorated considerably throughout 1920. In their internal reports that summer the Cheka, the People’s Commissariat of Agriculture, and the People’s Commissariat of Food, fully aware of the gravity of the situation, drew up lists of districts and provinces judged to be starving or threatened by imminent famine. In January 1921 one report claimed that among the causes of the famine in Tambov was the “orgy” of requisitioning of 1920. It was quite obvious to the common people, as conversations reported by the political police made clear, that the “soviet regime is trying to starve out all the peasants who dare resist it.” Though perfectly well informed of the inevitable consequences of the requisi¬ tioning policy, the government took no steps to combat these predicted effects. On 30 July 1921, while famine gripped a growing number of regions, Lenin and Molotov sent a telegram to all leaders of regional and provincial Party committees asking them to “bolster the mechanisms for food collection ... step up the propaganda for the rural population, explaining the economic and political importance of the prompt paying of taxes . . . put at the disposal of the agencies for the collection of taxes in kind all the authority of the Party, and allow them to use all the disciplinary measures that the state itself would use.” 28
チェーカーの報告書と軍の速報は、少なくとも 1919年以来、飢餓がこの地域を脅かしていたことを明らかにしている。状況は1920年を通じて大幅に悪化した。その年の夏の内部報告書で、チェーカー、人民農業委員部、人民食糧委員部は、状況の重大さを十分に認識し、飢餓に陥っている、または切迫した飢餓の脅威にさらされていると判断される地区と州のリストを作成した。1921年1月、ある報告書は、タンボフの飢餓の原因の1つに1920年の徴発の「乱痴気騒ぎ」があると主張した。政治警察が報告した会話が明らかにしたように、一般の人々にとって「ソビエト政権は、抵抗する農民全員を飢えさせようとしている」ことはまったく明らかだった。徴発政策の避けられない結果を十分に認識していたにもかかわらず、政府はこれらの予測された影響と戦うための措置を講じなかった。1921年7月30日、飢餓がますます多くの地域を襲う中、レーニンとモロトフは地域および省の党委員会のすべての指導者に電報を送り、「食糧徴収の仕組みを強化すること…農村住民に対する宣伝を強化し、迅速な納税の経済的および政治的重要性を説明すること…現物税徴収機関に党のすべての権限を与え、国家自体が使用するすべての懲罰的措置を彼らが使用できるようにすること」を要請した。
[ Stéphane Courtois · Andrzej Paczkowski · Nicolas Werth · Karel Bartosek · Ehrhart Neubert · Jean-Louis Margolin: "The Black Book of Communism", 1999, pp.120-121 ]
主として、飢餓の救援は外国組織、特に米国のARAだったが、ソ連政権はその活動に制限をかけたりしていた。
12月の第9回全ロシア・ソヴェト大会で、「ソヴェト共和国は敵対的資本主義諸国に包囲され、外国からの支援に期待することはできない」と公言されたとしても、ARAの援助はソヴェト政府のそれを凌駕した。例えば、22年3月にウファー県で、コムボムゴルは12万6779人を、ARAは50万6115人を賄い、飢餓民のそれぞれ9.8%と39.1%に相当した。外国援助組織の中でもによる活動は突出し、1922年10月から12月までの外国組織が搬送した貨物総量223万1017プードのうちは176万6635プード(79.2%)を占めた。国別の救援貨物量も総量2632万9000プードのうちアメリカ合衆国が圧倒的で72.9%を占めた(以下ドイツの12.5、スエーデンの4.7、ラトヴィアの4.6%)。このような最大の援助国アメリカに対してロシアからの不信感と警戒心がもっとも強かったのは、罹災者にとってきわめて不幸であった。
[ 梶川伸一「論説 ボリシェヴィキ権力と二一／二二飢饉」『史林』第96巻第128号、史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内), 2013 ]
そして、公式見解として、外国の支援を「反革命分子や破壊活動、スパイ活動を支援」だったと位置づけるようになっていたり：
The Large Soviet Encyclopaedia in its 1926 edition gives a fair account of the American Relief Administration's work, acknowledging that it was feeding about ten million people at th height of its activity, and that it had spent 137 million gold roubles. In 1930 the Small Soviet Encyclopaedia told that 'under the pretext of good works' the American Relief Administration had really been concerned to lessen a crisis of production in the USA. By 1950 the Large Soviet Encyclopaedia's new (2nd) edition was saying that the ARA had used its apparatus `to deploy espionage activity and support counter-revolutionary elements. The counter-revolutionary acts of the ARA aroused energetic protests on the part of the broad toiling masses'. And the view of the newest (3rd) edition (in 1970) is that the ARA 'provided a certain aid in the struggle against famine' but that at the same time leading circles in the USA used it `to support counter-revolutionary elements and sabotage and espionage activity'.
1926年版の『大ソビエト百科事典』は、アメリカ救済庁(ARA)の活動について公正な説明をしており、活動の最盛期には約 1,000 万人に食糧を供給し、1億3,700 万金ルーブルを費やしたことを認めている。1930年の『小ソビエト百科事典』は、「善行の名目で」アメリカ救済庁は実際には米国の生産危機を軽減することに関心があったと述べている。1950年までに、『大ソビエト百科事典』の新版 (第2版) では、ARAがその機構を「スパイ活動を展開し、反革命分子を支援するために使用した。ARAの反革命行為は、広範な勤労大衆の激しい抗議を引き起こした」と述べていた。そして、最新版（第3版、1970年）の見解は、ARA は「飢餓との闘いにおいて一定の援助を提供した」が、同時に米国の指導層はそれを「反革命分子や破壊活動、スパイ活動を支援するために」使用したというものである。
Robert Conquest: "The Harvest of Sorrow -- Soviet Collectivisation and the Terror-Famine", 1986, pp.56-57]
また、実際には飢餓が集結していない時点で、NEPが成功したことにして、ソ連政権は飢餓輸出を始めていた。
新たな財源探しがはじまった。大飢饉によって、1922年7月にロシア解放委員会〔亡命ロシア人の反ボリシエヴィキ組織〕が出した評価によれば、ロシアの輸出入バランスはきわめて逼迫していた。1921年には1913年と比較して、輸入は13兆7400万ループリから2兆4855万7000に、輸出は15兆2000万から2028万3000ルーブリに大幅に減少していた。1921年1月から11月間の輸入量は83万6000トン〔約5万1000プード〕であったが、すでにヴォルガ流域の飢餓民援助に6月25日づけ政治局会議で3万5000プードの穀物の外国での緊急買付が決定され、徐々に食糧輸入の割合が高まった。10月の輸入量のうちそれは38.7%、救援物資は7.8%を占めた。1913年の輸入量のうち食糧(家畜を含む)が18.6%しかなかったことを考えれば(最大は金属製品の25.7%、繊維製品13.8%と続く)、この輸出入バランスは経済復興にとって不利な材料であった�А�これらの史実はロシア史教科書に記述されることはない。そして、NEPは成功したという神話伝説は語られる。
このバランスの修復がまず求められた。1922年収穫もまだ不透明な1922年7月6日の党中央委政治局会議で、カーメネフにより穀物輸出が提起され、このため穀物買付キャンペーンを当面の最重要任務と認めると決議された。穀物輸出再開のためには飢饉は解消されなければならず、これから間もなく、8月24日の政治局会議でポムゴル中央特別委の清算に関する問題が提起され、9月7日の同会議でポムゴル中央特別委の清算とそれに替わる飢饉後遺症特別委の設置が決定されたのは偶然ではない。文字通り、飢饉の下に穀物輸出がはじまった。「基本的に飢饉後遺症が根絶された1922年末にようやく穀物の輸出が可能となった」とソ連時代の文献に書かれたように、早すぎる飢饉終息宣言の下で1922年10月25日国防会議政令により、穀物1000万プードが初めて輸出された。ネップにおける経済復興のための資金調達はこのように早すぎる飢饉終息宣一言によって開始された。
[ 梶川伸一「論説 ボリシェヴィキ権力と二一／二二飢饉」『史林』第96巻第128号、史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内), 2013 ]
 ロシア史1945-21世紀 (日本語） |  ロシア史1914-1945 (§13〜28) (日本語) |
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