冷戦時代の核実験や民間防衛をめぐるカルチャー

資料集

1980年代前半、「文学者」たちの語る「反核」の一つの例


誰も非難しない。誰にも何かを要求しない。誰にも行動を呼びかけない。過去も指し示さない。なので、色褪せない印象を与える「文学者」のひとつの訴えかけ。
言ってください どうか
大岡 信

大岡でございます。原水爆についての詩は書けないと思います。書けるたった一人の、あるいは書ける資格を持っている方っていうのは死んでしまった人たちだと思います。従って私がここで読む詩はダメな詩だと思います。しかし、書かずにいられなくて書きました。題は、「言って下さい どうか」、言って下さいは、行く、行かないの行くではなくて、言うほうです。


言ってください どうか

あのかたは言われた
水にはいきもの限りなく生れ
鳥は青空のおもて
地の上を限りなく飛べと

あのかたは巨大なさかなと
限りなく水に湧くすべての生きものを
おのおのも似たもの同士のむれとして
おつくりになり
また翼あるすべての鳥を
おのおのも似たもの同士のむれとして
おつくりになり
祝福の手を夜のはてまで
ゆっくりとお振りになった

きらきらとその手先から星がこぼれ
銀河からわたしのあばら家まで
あのかたの声が沁みとおった

 地には平和を
 人には歓びを

たすけてください どうか
夕陽さえ住もうとしない
骨の森骨の森にさまよって
青空のかけらをさがし
ちいさな指のかけらを見つけた
ほら、
ほら、これが
あれほどにしゃぶりあった
恋人のかたみの小指

 あのかたはごじぶんの姿そっくりに
 人のかたちをおっくりになった
 あのかたは人間を祝いそして言われた

 生みなさい
 ふやしなさい

アジアの河
ヨーロッパの湖水
アメリカの運河
アフリカの瀧を
人間の皮膚が流れる
むいたキウリの皮のように

いくつもの国で
顔のないいくつもの手が
血に濡れた金銭(ぜに)をかぞえている

あのかたは無限の時と有限の時
無限の広さと有限の広さを
創造なさり
わずか七日で
すべての仕事を了えられた
それからすべてを
浄められた

地には平和を
人には歓びを

石造りの大きな通りを歩いていったよ
にぶい光りが足もとから射していたんだ
出会ったばろぼろの帽子の男に
道をきいて進んでいっても
けっして行きつきやしなかったのさ
「あなた あそこでぼろぼろのチョッキの人にくわしく道をきいてきたのにみつかりません」
「おや あなた その人なら
 八年前に流行(はや)りやまいでぼくっと逝った
 噴水横の床屋のおやじじゃありませんか」

親切におしえてくれたそのひとが
もう五十年もむかし
川に溺れてみまかった地図屋さんだという話
なのさ
ところがそれもちがっていてね
ある夏とつぜん
太陽の五万倍の明るさの
光が空でひらめいて
ひとり残らず一瞬に
このまちへ移っていたのだ
花輪をかざる葬いもない
遊ぶ子供の声もない
みなあのときのままの姿で
水の中の影のように
こうして歩いているんだよ
石段に焼きつけられた人の影も
歩きだすのだこのまちでは
まちぜんたいが焼きつけられているんだよ
宇宙の暗い穴ぼこに
そのまちで
君に逢うかもしれないよ
だってそこはぼくたちの
生れ故郷の星なのだから

言ってください どうか
「おまえは
 夢見の
 わるい子ね」

[ "核戦争の危機を訴える文学者の声明 : 全記録", 「核戦争の危機を訴える文学者の声明」署名者, 1982.8, pp.134-137 ]
「おまえは夢見のわるい子ね」とは「誰も言ってくれない」という...

これについて作者自身による、解説と言えなくもない記述がある。
「遊星号」の憂愁 大岡信

アジアの河
ヨーロッパの湖水
アメリカの運河
アフリカの滝を
人間の皮膚が流れる
むいたキウリの皮のように
顔のないいくつもの国で
顏のないいくつもの手が
血に濡れた金銭を
かぞえている

三月三日夜、「核戦争の危機を訴える文学者の声明」の集いで私は「言ってくださいどうか」という詩を読んだ。かなり長い詩なので、そのごく一部分を右に引いた。

核分裂、核融合の超兵器が、言いようもない悪夢となって地上を覆っていることは、私たちのだれもが知っている。昨夏のレーガン大統領による中性子爆弾製造に関する決定の発表は、この悪夢を一層具体的な脅威に高めた。欧州各地で反核兵器運動が急激にたかまったのは、直接にはこの発表が欧州に最も深くかかわっていたからだろう。それにまた、広島市と長崎市の共同編集による『広島・長崎の原爆災害』(岩波書店)の英訳版"Hiroshima and Nagasaki"が昨夏のヒロシマ・デーを期して刊行され、欧米のジャーナリズムで大きな反響をよんだことも、従来それほど身にさし迫った問題としてこれを考えてこなかったヨーロツパの人々に、衝撃を与えたということもあっただろう。

原水爆のことを考えるとき、私は自分の中に、これを現代世界がしよいこんだ連命だとしてあきらめ、できれば考えないですませたいと思っている一人の人間を見出す。この心理状態は、核兵器に対したとき多くの人がほとんど本能的にとってしまう逃避手段の一つであろう。相手が想像を絶して巨大なとき、これを運命としてあきらめるのは、逃避心理のあり方として最も普通のものである。近づく地球最後の日を思って、憂愁にみちた現世享楽の哲学を実践しつつあるのが、私たちの現在のいわゆる虚しき繁栄の実態なのかもしれない。

しかし、この無力感をもう少しこまかに分析してみると、次の事実につき当たる。第一に、核兵器使用を最終的に命令できる権力者は、原水爆の構造や原理については何ひとつ知る必要がない。第二に、原水爆の原理の発見者、製造担当者たる科学者たちは、それの最終的な使用に関しては何ひとつ知る権限がない。第三に、両者のあいだに、原水爆の原理についても、それの実際的使用についても、まったく知らずまた知る権限も与えられていない膨大な地球上の生物(人間も含む)がいる。

この膨大な生物の群れは、イメージとして言えば、「人質」というようなものではないだろうか。たしかに、核兵器の問題を考えるとき私を包む言いようのない無力感は、「われわれは人質になっているのだ」という実感から来ている。

米ソ両国をはじめ、核兵器を所有する国は増大こそすれ、減る気配はない。追っつけ、追い越せのモットーが大好きな経済大国も、その列にやがて加わるつもりではないかと、人質の一人はおびえながら考える。ハメルンの笛吹きの笛にさそわれて、そくそく入水自殺したネズミの大群のおとぎ話は、いつでも起こりうる未来譚ではないのか。

たった一人の人間が、この恐ろしい責任を全部しょいこんで平気でいられるはずがないと考えるのは、われらごとき無力な人間だけで、実際に押しボタンに指をかけ得る立場の人は、いったって「敵」をやっつけることだけで頭がいつばいなものなのだ。崇高な義務感が彼、あるいは彼らを支えている。ねがわくば彼あるいは彼らが、滑走路の直前で急に操縦桿を前に押し倒すのに似たようなことはしないでくれと、同じ遊星号に乗り合わせた者は祈る。

方策は一つしかないだろう。諸国の核兵器の完全廃棄。これが夢のまた夢であろうとも、現実の核兵器の悪夢を払い、私たちがこの兵器ならびにそれを自由にできる権力の人質という立場から脱するには、目標をここに置くしかない。(『朝日新聞』一九八二・三・一〇夕刊から)

[ 反核-私たちは読み訴える : 核戦争の危機を訴える文学者の声明 (岩波ブックレット ; no.1), 岩波書店, 1982.4 ]
「文学者」といっても様々であり、その表現も様々であり反核は反米親ソではない。徴兵制は防衛ではなく侵略目的」と主張していた「文学者」たち?のような表現一色ではなかったようである。





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