冷戦時代の核実験や民間防衛をめぐるカルチャー

資料集

1980年代前半、「文学者」たちはどう考えて「反核」したのか?


核戦争の危機に文学者はどのように対するか: 共同討議』(不二出版, 1984)を見ると、1984年頃の「文学者」たちが
  • 反核は反米親ソではない
  • 徴兵制は防衛ではなく侵略目的
  • ソ連と中国が全面核戦争を恐れて出てこない領域で、米国が戦争を起こす
  • 反「反核」の論理は日欧共通
という立場を取り、その理由を語っている。旗幟鮮明な例である。
対ソ脅威論の狙い
  • ソ連脅威論の減退: ソ連が攻めてくるという話は一年前(1983)に流行ったが、現在(1984)はその話題が下火になっている。シベリアの補給線が中国沿いに走っていることから、ソ連に攻撃能力がないと考えられている。
  • アメリカへの依存と不安: 世界が変わりようがないという認識の中で、日本はアメリカに依存している。しかし、若者たちはこの状況に不安を感じており、特にレーガン政権の行動については不安を感じている。
  • 「攻めていく」軍隊と徴兵制: ソ連が攻めてくるという状況になれば、日本はどうせ守れないから、防衛のための徴兵制は意味がない。本当に必要なのは、「攻めていく」軍隊のための徴兵制である。
  • 韓国の借款問題と戦争の可能性: 韓国が60億ドルの借款を返せない状況が生じ、それにより日本政府がその金額を渡す可能性がある。その結果、韓国が戦争をする可能性があり、その場合、中国やソビエトが北朝鮮を支持することは難しいと考えられている。
小田 それから、最近ソビエトがくるぞという話は、あんまり聞かなくなったんですね。一年前には大いに流行ったけど、しかし、到底くるはすがないと思いだしたんじゃないですか。それは論理的に考えたってわかりますよ。補給線一つを見たって、シベリアの補給線は中国沿いに走ってるんだから、やる能力がないだろうことは誰が考えたってわかる。だから割と下火になったと思うんですね。

そうではなくて、全体としてこのままゆくよりしようがないじゃないか、世界はともかく変わりようがないじゃないか、われわれもとにかく繁栄しているからいいじゃないかというのが出てきて、しかもどこかで不安なんですね。このままアメリカにくっついていていいんだろうか、というのが大体若い人たちの気持じゃないでしようか。僕が教えている学生も、一年前はソビエトの話をしたけれども、この頃はむしろレーガン政権が気狂いみたいなもんで、これどうしたらいいかとオロオロしているというのが実態ですよ。

西田 日本全体としては、そんなふうになってきているようですが、北海道は違うようで、かえって酷くなってきているようですね。例えば、普通の通勤・通学列車のなかに、銃を持った自衛隊が当り前のように人ってきているということですね。また根室だとかその辺からきた学生の話ですと、女の子が生まれると、お宅は兵隊に取られないから、いですね、というような会話がかわされているらしいですね。こちらの方は耳を疑いました。僕たちの時代とまったく同じじゃないかと。日本全体としては小田さんが言う通りだし、自衛隊の幹部だってソ連が攻めてくるとは思っていないし、もし攻めてきたら、どうしようもないと...

小田 だから、「攻めていく」軍隊ですね。徴兵制の問題があるけれども、「攻めていく」軍隊のための徴兵制ですよ。防衛のための徴兵制なんてあり得ないと思うんです。つまり、もうソビエトが入ってくるという状態になれば、第三次世界大戦が起こっていて日本はどうせ守れないから、そんなことは意味ないわけだ。

結局、今のところ僕はアフリカと中近東とインドシナと、それからやはり朝鮮が危ないと思います。すぐにも戦争が起こるというんじゃないけれども、何が起こるかわからない。われわれの権益というのはあちこちにあるけれども、最大の権益はもちろん中近東の石油でしよう。そこへ出てゆくための軍隊に狩りだすのが徴兵制だろうと理解すべきだと私は思うんですね。それは若者たちがまだ充分把握してないですね。防衛、防衛と言われて、対ソ戦略に捲きこまれていると思うんですよ。しかし、本当のところは、「攻めてゆく」軍隊ですね。

それから、ことに最近韓国の問題が非常に不気味ですね。六〇億ドル借款に絡んで、これからいろんな問題が起こってくると思うんですよ。一つはメチャクチャな借金を彼らは返さないといけないけれど、返せないんですね。返せないから六〇億ドルという金を要求するんだけれども、おそらく六〇億ドルかそれに近い金額を日本政府は渡すでしよう。渡さなかったら、韓国は戦争をするかも知れないと思うんです。中国はその場合に北朝鮮を支持し得ないと思うんですね。ソビエトもなかなかし得ない。それだけで世界戦争のリスクを犯せないと思うんです。そういう状況が、これから作られてくると思うんですね。しかし、六〇億ドル借款をしたところで、韓国経済にとって焼け石に水だと思うんですね。だから必すなにかこの二、三年のうちに起こるだろう。来年ぐらいに日米韓の軍事体制が強化され、そういうことのなかで徴兵制も出てくるんじゃないか。これは当然出てきますね。その自衛隊が、対馬のことばかり言いだしている。そういうことがあるんじゃないですか。

[ 核戦争の危機に文学者はどのように対するか : 共同討議, 不二出版, 1984.5, pp.30-32 ]

戦争発火点としての朝鮮半島
  • 限定核戦争の可能性: 北朝鮮は現在アメリカと交渉を持っておらず、ソビエトや中国からも等距離にある。そのため、アメリカが限定核戦争を行うとすれば、北朝鮮が最も可能性が高いと考えられている。
  • アメリカによる戦争の可能性: レーガン政権は必ず戦争をすると考えられており、その可能性がある地域はエルサルバドル、リビア、南アフリカ、中近東、インドシナ、北朝鮮などが挙げられている。
  • アメリカが最も憎む政権: アメリカが最も憎んでいる政権はリビアと北朝鮮であり、これらの国が非同盟を主張していることが一因と考えられている。
西田 韓民統の裴東湖も、そういうことを言ってましたね。いま北朝鮮はアメリカと交渉を持っていないし、ソビエトからも中国からも等距離にある。だからアメリカが彼等のいう限定核戦争をやるとすれば北朝鮮しかないというのが彼の分析ですが、リアリティがあると思いました。

小田 一番危険な地域 --- 世界戦争までいかないけれども、通常戦争か核を使うかどうかちょっとそこはわからないけれども、アメリカが限定戦争をやる可能性があるのは、私は三カ所か四カ所あると思うんですよ。レーガン政権というのは必す戦争をするだろうと、アメリカのいろんな人が言っている。国内的にはメチャクチャになってきているから、持たないんですよ。だから、どこかで戦争をする必要があるだろうと。一つはエルサルバドルが考えられるけれども、あそこでやると中南米は大混乱に陥りますね。だから私は、賭けだけれどやらないと思うんですよ、あそこでは。そうすると僕が一番可能性があると思うのは、リビアです。リビアの場合は挑発の限りですね。刺客を放っているとか、いろんなことを言い出している。そうすると何かことを構えてやると、その場合には絶対ソビエトは出てこないですよ。リビアごときでやるつもりはないですからね。(後記 --- ポーランドの「連帯」に対する彈圧、「軍政」の実施はこの座談会のときにはまだ起こっていなかった。ポーランドの一連の事件の背後にはソビエトの圧力があるが、この一連の動きで、アメリカ合州国はそれこそ今度は「リビアごときはどうでもいい」ということになったのかも知れない。刺客ウニタンに始まる「反リビア・キャンペイン」はアッという間に姿を消した。)

もう一つは、南アフリカです。今ちょっと静かだけれども、黒人解放闘争が勝ってくるかも知れない。その時に何をするかわからない。そうすると、日本の横須賀から飛んでゆくでしようね。スービック・べイやディエゴ・ガルシアを経由してゆけばいいわけですね。あとは、依然として中近東です。中近東で革新勢力が力を持てば、石油を握って生産制限をやると思うんですよ。そしてインドシナ。インドシナというのは、やつばりベトナムが一番憎いと思うんです。あとは、やはり北朝鮮ですね。

僕はいまアメリカが一番憎いと思っている政権を考えてみると、話がはっきりすると思うんですよ。一番憎いのはリビア、北朝鮮、アフリカの解放闘争、バレスチナ、それからベトナムですね。そして、なかでも一番嫌なのはどこかというと、北朝鮮とリビアだと私は思う。

リビアの場合は、第三世界のなかの格差をなくせ、と盛んに言いだしたんです。カダフィなんかは、それを実際やろうとしている。うまくいってないんだけれども、そういうアイディアを出したのはカダフィなんですね。それから北朝鮮の場合は、非同盟ということを盛んに言います。非同盟というのは一番嫌だと思うんです。東西の均衡だったら、軍備を拡張してゆけばとにかく西の方が勝って、それで押えてゆける。今まで世界はだいたい東西の対立と慣れあいで成立していたけれど、それと全然違う考え方が非同盟です。非同盟を潰すのが、彼らにとって一番いいんじゃないですか。嘉手納から出てゆくスパイ飛行は、いろんな目的を持っているけれども、一つは北朝鮮を脅すことだと思う。北朝鮮は近代兵器をあまり持っていませんから、そうやってソビエト寄りにさせるということじゃないかな。中国は近代兵器を供給できないしね。北朝鮮を脅してソビエト寄りにさせれば、非同盟は崩壊する。同時に中国に対して態度の選択を迫っていると思うんですね。つまり韓国を取るか北朝鮮を取るか、あるいはどちらも取るか。どっちも取らせれば成功なんですよ。今度、野球のなんかで中国代表がソウルにいくでしよう。だから、どちらも取らせるということぐらいまでは、やるんじゃないかな。非常に大きな戦略で動いていると思うんですね。

[ 核戦争の危機に文学者はどのように対するか : 共同討議, 不二出版, 1984.5, pp.33-35 ]
日欧に共通する反・反核の論理
  • 反米親ソの論理: 反核運動をソ連を利するという主張。自民党や西ドイツの保守政党が同様の論理を展開。
  • 西独キリスト教社会同盟の主張: 平和運動を悪魔に手を貸す行為と非難。反核運動がソ連の宣伝に利用されていると主張。
  • ポーランド問題の隠蔽: 反核運動がソ連のポーランド支配を隠すためのものと非難。日本やフランスの知識人も同様の見解を示す。
伊藤 そこで反・反核の論理を見ますと、いま五つはど挙がりましたが、特に日本の場合一一つの問題に注目したいと思います。一つはソ連を利する、つまり反米親ソになるという論理ですね。これは、ソ連に煽動されているとか、江藤淳のようにソ連からお金を貰っているんじゃないかという議論にまでいくわけです。これは半分ジョークみたいなものだとも言えるけれども、しかし自民党の機関紙が絶えず繰り返している議論と同じなんです。ここに「自由新報」がありますが、「反核、その裏に隠された狙い」「平和の名を借りた反米思想あおる」とか「現状、ソ連を利するだけ」とか、まったく同じことを言っているわけです。

そしてこれと同じことを、たとえば西ドイツでは最右興のキリスト教社会同盟 --- これはバイエルン州だけにある政党ですけれども、西ドイツでもっとも保守的な政党です --- が主張しています。ここに一〇月一〇日のポン集会の議事録がありますが、このポン集会に至る間にどんなに様々な妨害があったかがこの序文に報告されている。そのなかに、たとえばケルンの大僧正がキリスト教社会同盟と一緒になって、平和連動に手を貸す者は悪魔に手を貸す者だ、という声明を出していることが出ています。ヨーロッパの反核連動ではキリスト教徒が大きな役割を果している、と日本の新聞は書いていますけれども、それは教会の若い人たち、あるいはごく少数の枚師さんたちです。ローマ法王は核兵器に反対していますけれども、しかしドイツのカトリックは必すしも反対しているわけではない。むしろ、平和連動に参加する者は悪魔に手を貸す者だと言っている。そしてキリスト教社会同盟は、「平和行進はモスクワを利する」という表題の声明を出して、一〇月一〇日のポン集会に参加することはドイツ連邦共和国をアメリカから引き離そうとするソビエトの宣伝にそのまま乗るものであり、そもそも一〇月一〇日集会はドイツ共産党および反米主義者たちに操られたものだ、と言っているんです。これは日本の自民党とまったく同じですね。そういう意味では、反・反核の論理は国際的に共通しているわけです。

それからもう一つ気がつくことは、こういう論理からはやや距離をとりながら、核兵器は使えない兵器なのに、その使えない核兵器への反対運動をすることによって、ソ連がポーランドの「連帯」の運動を、ヤルゼルスキ軍事政権に潰させたという問題を全部隠しているんだという非難があるわけです。これは日本では、さっきも西田君から話があったように吉本降明が「海燕」に書いておりますし、平凡。(ンチにも、「反核運動は、ポーランド労働者、市民の運動をぶったたくための隠れみのだと思っている」と語っている。それから柄谷行人が「中央公論」に載「ていたフランスのグリックスマンのインタビーにそのまま拠りながら、やはり「明らかにポーランド問題を隠蔽し、ソ連という「国家」の利益のためになされている」と書いているんですね。

[ 核戦争の危機に文学者はどのように対するか : 共同討議, 不二出版, 1984.5, pp.114-115 ]






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