人物
フロレンスキーの器官投影
Leonid Heller (2016)によれば、フロレンスキーの「器官投影」の論点は...
なお、フロレンスキーが記述している通り、「器官投影 (organoprojection)」は、『Ernst Kapp (1808-1896)（ "Grundlinien einer Philosophie der Technik", 1877)』が作った概念。
フロレンスキーの器官投影 
Leonid Heller (2016)によれば、フロレンスキーの「器官投影」の論点は...
- 器官と機械の間には、単なる類似性やアナロジーだけではなく、形態学的同一性も存在する
- 同じ形態学的モデルが、分子レベル、人類学的レベル、社会レベル、宇宙レベルなど、さまざまなレベルで機能し、それによってこれらのレベルを特定の統一性に結び付けられる
- これにおいて、電気は「すべての原因」「主要な力」として現れ、特別な役割を果たす。
- 器官に続き、テクノロジーは人体の境界を外側に移動させ、それによって魔術のようになる。器官投影は人間と世界の間の相互作用の行為である、
- 人間の体は神殿と世界のようなものです、器官投影を可能にし、「生物と無生物」「有機と無機」という誤った二元論的な対立を取り除く
- テクノスフィア（器官投影の領域）の成長により、世界は新しいテクノロジーで豊かになる。テクノロジーは新しい器官の発達を促進し、それによって器官の特定に役立つ場合がある。
- 進化とは、人体の境界と、器官の投影という技術的行為によってカバーされる世界の境界とが、ますます収束していくことにある、
なお、フロレンスキーが記述している通り、「器官投影 (organoprojection)」は、『Ernst Kapp (1808-1896)（ "Grundlinien einer Philosophie der Technik", 1877)』が作った概念。
フロレンスキイ: "器官投影 (organoprojection)"
I 道具はわたしたちの肉体の延長となることによって、わたしたちの活動とわたしたちの感覚の領域を広げる。この考えは直接の観察にもとづいている。だがそれにもかかわらず、この考えには大きな困難が隠されている。実際、その構成からみてわたしたちの肉体とはまったく異なったもののなかで、わたしたちの肉体が延長されるということが、どのようにして可能なのか。生命のないものが生きたものの延長となり、それゆえにある意味では、統一体としての生命体の一部となることが、どのようにして可能なのか。こうした問題に解答を与えようとするとき、ヒントとなるのはギリシア語である。ギリシア語では道具にも、肉体の個々の部分にも、同じオルガノン οργανον という語が与えられている。そして、このヒントの意味を明らかにし、先の問題に答えるのが器官投影という言葉である。これは一八七七年にエルンスト・カップが『技術の哲学』で提案し、その後ポール・カルス、カール・デュプレ、そしてわが国のM・M・フィリッポフなどが用いた言葉である。
カップの考えの要点は、技術が人工的に作り出したものを、自然に成長した器官になぞらえる点にある。技術とは、生さた肉体の類似物、より正確には、生きた肉体形成原理の類似物である。生きた肉体という言葉をこのように理解するなら、それはあらゆる技術の原型ということになる、プロタゴラスのように「人間は方物の尺度ある」と言ういこともできるが、そのためにはこの言葉に主観的・心理学的な意味ではなく、客観的、物理的、そして形而上学的な意味を与えなければならない。器官をモデルにして道具が作られる。なぜなら〈…〉同し創造原理が、本能においては器官を備えた有機体を無意識に造り出し、理性においては技術と道具を造り出すからである。しかしここでも道具を作る活動は、そのもっとも重要な段階が意識の関与なしに進行し、意識に残されるのは二義的な過程だけである。肉体の器官の原案も、技術の道具のそれも同しであり、両者の実験室も同じ魂のなかにあると言うことができるが、両者はふたつの異なった道を通って実現される。しかし、本来ひとつであったふたつの構想は、異なった道にあってもずっと同じなのである。
本能の直接の活動をエルンスト・ヘッケルは、「プラズマの創造的な想像力」と名づけているが、それが直接発現するのが妨げられたとき、見かけの焦点、創造の衝動の見かけの像が生じる。これはまさにこの妨げられた活動の像なのである。それゆえにこの像が具現され、物質という衣に包まれるとき、この物質は、生きた肉体の外側にあるにもかかわらず、この直接の発現を妨げられた本能の活動、あるいは活動＝器官にもとづいて、いわばその輪郭にそって、形作られたものなのである。ここで活動＝器官という言葉を使ったが、それは器官はその機能をぬきにして考えられないからであり、肉体のそれぞれの部分はその活動といっしょになって分離できない全体を形成しているからである。
II 先に述べたことの図式的な例は次のようなものである。わたしたちが空腹であるとする。空腹という一次的な刺激が、魔術でも使うように、食べたいという意志をもつだけですぐに満足させられることはない。この刺激は自分自身とその意味を明るみに出し、器官どうしの系統だった内的な関係を、広がりと分節からなる諸器官の第合体として、明らかにしてみせる。意志が現われるのはこうした器官の内部なのである。肉体の器官を支配する力はつねにわたしたちのものであるが、外部世界の他の物体を支配する力が欠けていたとしても、この器官を支配する力について、わたしたちのカの及ぶ範囲はわたしたちの肉体の境界内だけだ、と言うことができるわけではない。逆である。すなわち、わたしたちの肉体という境界は、自分自身に対するわたしたちの力に限界があることを表わしており、そのことから導き出される結果なのだ。＜…＞だが、この境界を絶対的なものと見なすことはできない。自分の肉体でさえも、その機能や器官の大多数は、それらを思いのままに自由に使いこなすことを習得しなければ、わたしたちの支配下に入らない。それはちょうど、逆に肉体の外部にあるものが緊密に肉体に結びついていて、ある程度習熟すれば、意識的な働きかけにしたがうようになるのと同じである。肉体という境界は、肉体からその大部分が除かれてしまうくらい、狭くなることもあるし、またいくらでも広がることもある。魔術はこの意味では、肉体の境界を普通の場所とは異なった場所に移す術と規定できるかもしれない。本質的には、意志が肉体の器官に働きかける作用はすべて、魔術的な作用と同じように考えるべきである。手で食べものをつかみ、口にもっていき、ロのなかに入れ、噛み、飲み込むこと --- これはすべて魔術的な作用である。食物の消化、唾液や胃液の分泌、食物の吸収、そしてその体内の循環については言うまでもない。ここでは魔術的という言葉を、その実行が神秘的であるとか、あるいは複雑であるとかといった大まかな意味で用いているのではなく、部分的には無意識的である（少なくとも大部分においてはそうである）とはいえ、こうした作用によって意志が現わされるという正確な意味で用いている。
これは本能の作用の結果、有機体において生じることであるが、本能はそれとは別の技術的な成果をも生み出す。直接行動するかわりに、空腹の場合だったら、食べ物をつかむかわりに、わたしたちは行動についての思考を自分のなかに蓄積し、そのことを通じて食べ物を手に入れる必要があることを鋭く意識する。この意識はこの空腹を満たす手段、もちろん最初に食べ物を手に入れようとしたときと比べればより大きな程度で満たすような手段、という形で投影される。わたしたちの思考は一連の刺激(食欲)の総和となるからである。それはおそらく、わたしたちひとりひとりだけに関わる個人的な一連の刺激ではなく、わたしたちを取り巻いている人々や過去の世代の人々がもつ無数の同種の刺激の総和であり、民族の歴史の渇望の総和なのである。思考によるこの空腹の投影は、ある一瞬にひとりの個人だけにかかわる刺激に比べて増大されており、物質に包まれ、すでに肉体の外の空間にある。こうして、この投影は技術的な装置として具現される。この装置は、まったく同じ要求によって引き出されたものである肉体の器官と同じ課題を果たす。技術で作り出された装置と器官とが、同じ要求によって引き出され、同じ内的な活動によって構成されるのである。そこから両者の類似は表面的な相似から来ているのではなく、機能の同一性から来ていることが理解できる。機能的に同じ課題を果たしている器官と道具との間には形態的な同一性があるのであり、またあるべきなのである。
III フェヒナーは書いている。「目が機能するのは、それが暗箱に似ているときであり、気管支と心臓が機能するのは、それぞれフルートとポンプに似ているときである。肉体のすべての化学的な過程が進行するのは、肉体が火の入っている暖炉に似ているときであり、皮膚が水分を外に出すのは、それが冷却器に似ているときである」。フェヒナーの考えは新しくはない。人間の肉体がある一定の目的にしたがって構成されていると主張してきた人たちはすべて --- 明確に、あるいはあいまいに --- 同じような比較を行なってきた。器官と道具を比較するという考えは、複雑にもつれあった目的論的な思考に、そもそものはじめから存在していたからである。＜…＞同じような言葉を数多く集めることができる。その大部分に特徴的なのは、同種の比較がなされているということである。しかし目的論的なものの見方の歴史において、道具と器官を比較する思考は少しずつ形を整えていき、その結果、ある器官がどんな道具に似ているのかがはっきりと示されるようになった。こうしてポシュエは大まかな比較をしているが、それはかなり明瞭であり、肉体の個々の器官とある種の道具ないし装置との比較がはっきりと前面に出ている。ポシュエは書いている。
「自然が行なったことのなかで、その目的がもっともよく達成されたのは、疑いもなく、人間である。人間を研究したものはだれでも、それはもっとも偉大な意図がなした業であり、この意図は深い英知だけが思いっき、実行することができたのだということがわかる。この英知が全体のなかに現われているとすれば、すべての個々の部分のなかにも、それが同じように見えている。人間の肉体のなかでは、すべてが鼈くほど巧妙に配置されている。
吸い込むために唇は筒に変わり、舌はピストンに変わる。肺には、特別な仕上げをほどこされた繊細なフルートのように、空気を通す管がつけられている。このフルートは大きく開いたり、小さく開いたりしながら、空気の流れを変え、多彩な音色をつくりだす。舌は弓であり、歯から離れ、ロ蓋に当たり、そこで特別な音を出す。目には湿りがあり、クリスタルガラスがついている。光線の屈折がここでは最高に磨きあげられたガラスよりも、巧妙に行なわれる。目には狭くなったり、広がったりする瞳孔もある。眼球全体は視線の軸に沿って縦に伸びたり、あるいは押しつぶされた形になって、遠くを見る眼鏡のように距離に対応する。耳には鼓膜がある。耳の非常に硬い骨には窪みがあり、声を反射させて、音が岩の間でこだまするように、反響させる仕組みになっている。血管には弁、あるいは蓋がある。骨と筋肉には独特の滑車と梃子がある＜…＞」。
これがポシュエの考察である。彼が司教であったにもかかわらず、その言葉が明確で、思考が具体的な印象に満ちているのは、ポシュエが一年間ずっと解剖学者デュヴェルネの教えに耳を傾けていたからである。
�献櫂轡絅┐脇�体の器官と機械装置とを密に関連づけているが、彼の考えは両者の類似性の指摘と同様に正しい。しかし、そこには一八世紀全体に特有の欠陥もある。すなわち理神論と、そこから来る機械論である。論理的、形而上学的に第一のものと考えられているのは機械的な適応であり、それははじめから不変のものとして作られ、あらかじめ正確に予見された活動に適合させられている。一方、有機体は二次的なものであり、ひとつのモデルにしたがって、あるいはいくつかの機械をモデルとして作られている。器官のモデルは、その個々の部分を外的に結合することによって活動する。対応する器官もこのモデルを模倣し、本質的には機械にすぎない。＜…＞ だが機械の長所は、それが自動的であることにある。一度できあがった機械は、創造のさらなる介人を要求することが少なければ少ないだけ、機械としては完全なのだ。それゆえに一八世紀の思考にとっては、まさに創造のさいに始動された世界が自動的であり、機械的な法則にしたがって、あらかじめ設定された道を進んでいくことができるからこそ、神の創造した世界は人間の作った機械よりもすぐれているのである。しかしながら、完全性の見本となったのは、それでも本来の意味の機械であった。すなわち、機械技師の目にはその内部まで手に取るように見える機械である。それゆえに、この時代の護教論は「世界はすばらしい。まさにわたしたちの機械のようだ。それゆえに世界は理性的な存在によって創造されたのだ」という単純な言葉で語りうるのである。しかし、この自己満足的な言葉に人間理性の自己神化が含まれていることは、容易に理解できる。この自己神化は近代の生命理解の本質をなし、その完成された形はカントの哲学に現われている。一八世紀は＜…＞器官を＜…＞発見した。だがそのとき、いわゆる「機械的なもの」は生命を粗雑に図式化する方法であり、モデル化にすぎないことが明らかになった。その方法やモデル化は実際上役に立っこともあるが、それが仮説的な図式にすぎないことを忘れると、現実は遮られてしまう。現実を認識するためには、有機体とその器官を機械から理解するのではなく、逆に機械のなかに、有機体のなかにあるものの反映や類似物や影を見なければならない。機械は有機体の外形、輪郭であるが、内部は空虚であると言ってよい。それに対して有機体において重要なのは、繊細なその構造、すなわち組織学 histologyであり、いわばその超組織学ultra-histologyなのである。そのとき次の結論が理解できよう。「技術の作り出したものは、たとえば望遠鏡やビアノやオルガンのように、目や耳や喉の不完全な器官投影なのであり」、目や耳や猴は器官的な原型なのである。
V しかし、道具が肉体の投影だと考えるこの思想をもっと明確にし、さらに重要なことは、この思想を確固としたものにするために、考察を続けて、この無限の領域からとってきた多くの例にざっと目を通してみよう。
a わたしたちの手や日、そして実際には姿全体が、ありふれた天秤として技術に投影される。天秤の皿は、ふた0の荷のどちらが重いかを手にもっておおまかに調べるときの、いくらか広げられた両手の手の平に相当する。天秤棒は腕に、頭は指針に、そして足は天秤の台に相当する。わたしたちが荷を手にもって量るとき、だれでも気づくように、わたしたちは秤になる。そしてこの事情はわたしたちの言語に刻みこまれ、天秤棒の両側は腕と呼ばれている。
b 手は表層でもあり、指でものをつかむものでもあり、握りしめるものでもあるが、それは「触覚がすべての感覚の父であるように、すべての道具の母である」。感覚のなかでもっとも高貴な視覚でさえも、きわめて洗練された触覚であることを思い出してほしい。このことはすでにアリストテレスが指摘している。彼は視覚は網膜による触覚である言っている。ここで思い出すべきなのは、わたしたちの皮膚が発生学的には外胚葉から発達したものであり、同じ外胚葉からさらに分化して神経系が生み出され、それゆえに感覚器官の感じる部分が生み出されるということである。言い方をかえるなら、わたしたちの肉体のもっとも秘められたものは、同時に肉体の最外部にあり、感覚器官は同じ皮膚が形を変えたものにほかならず、したがって感覚そのものは触覚から派生したもの、あるいはより正確には、感覚は触覚を含めてすべて「感覚一般」という同じ土壌から生じたものである。そして、この「感覚一般」の量的に最大の部分は触覚の方向に向かっている。触覚という感覚を代表するものは、疑いもなく、手であると考えられるので、手がわたしたちの道具の大部分の原型であることも理解できる。しわを伸ばすためのアイロン、木や金属やガラスや石を削り、磨く器械から、宝石の研磨器械や光学レンズを研磨する器械にいたるまで、すべて手の平である。曲げられたり、広げられたり、非常に大きくな「たり、あるいは逆に小さくなったり、常に硬くなったり、あるいは柔らかくなったりしているが、すべて同じ手の平なのである。こうした手が、器官である手の平と比べて、より明確に定められた運動を、より安定して行なうときもあれば、逆にその動きが肉体の一部である手よりもはるかに自由なときもある。有機体の手は実に多くのことができるが、それゆえにまた、きわめて正確な働きはなにひとつできない。しかし、さまざまな職人の手はそれでもそれぞれ異なった性格をもち、堅くなったり、柔軟になったりする。右に挙げた道具、あるいは手を投影したその他の道具においては、手の平のなんらかの特性が様式化され、強調され、それに対応して他の特性が弱められている。そのとき手は多様な機能を失い、その活動の方向がひとつに決められ、一種の研磨用の器具となる。しかし、こうした器官の技術への投影が意図的に、意識的な計算によってなされたと考えるのは間違いであろう。技術的な創造は、できあがったモデルや、体のなかで成長しつつあるモデルを意識的に利用したものではなく、下意識的な観照、あるいは超意識的な観照で捉えうる、このモデルのイデアを利用したものだと考えるほうが正しい。有機体がまず手の平のなかで実現するこの機能のイデアは、数多くの研磨用の道具のなかでもう一度、あるいは何度も繰り返して、実現されるが、そのときそれぞれに異なったニュアンスをもっている。こうしたさまざまな道具は同じイデアを、しかしさまざまな様式で、具現したものと言うこともできよう。実際、様式とははじめは、ある機能を獲得するために創造の意志が行なう、なんらの方向転換を表現したものにほかならない。ここまでは平らな手の平としての手の投影について、詳しく考えてきた。同じ手の、今度はつかんだり、握りしめたりする機能を投影したものについても、同じように考えてみることはもはや難しくはないだろう。だが、この点については詳しく述べないで、次に別の器官を考えて見よう。＜…＞
g 耳を模倣したものが、ピアノなどさまざまな種類の鍵盤打楽器である。こうした対比には、不自然に思えるかもしれない。ここで挙げた楽器は音を出すのに、耳は音を知覚するのだから、両者の機能は異なっているからである。しかし音を知覚するのは、その音をなんらかの意味で、聴覚器官そのもののなかで再現したときだけだということを思い出すならば、耳という内部の器官が、その音が外には広がらないとはいえ、音を作り出す器官であるという,ことに同意できるだろう。したがって、耳とピアノが似ているのには根拠があることになる。耳の打撃用の器官である槌骨と砧骨と鐙骨は、技術的な創造によって、伝導部のついたピアノのハンマーの各部で驚くべき形で再現され、鼓膜は鍵盤に、コルチ器官は弦に、そして骨の共鳴部は共鳴器となる板や空洞に相当する。これが耳のイデアの様式化の方向のひとつである。別の方向からは音声記録置、すなわちフォノートグラフphonautograph、蝋管式蓄音機、そして蓄音機が生まれた。しかも、フォノートグラフ〔録音〕と蓄音機〔再生〕は、鑞管蓄音機のふたつの機能〔録音と再生〕をそれぞれ専門分化させたものである。
h 光学媒体としての目が投影されたものが、一五六〇年にポルタが発明した暗箱cameraobscuraである。アラビアの学者アルハーゼン〔イプメル・ハイサム〕が目の構造を記述し、シャイナーが一五六二年に視覚の物理理論に補足を加えるなど、一六世紀は、視覚理論の考察、特に遠近法の考察においてもっとも活気のある時代だった。それゆえ、ポルタの発明は目に対する一般的な関心から孤立することなく、したがって目の構造を意識的に写し取るものとなりえたのである。いずれにせよ、しばらく後に発明者自身が＜…＞目と暗箱を比較している。疑いもなく、ここで考察している事例においては、他の多くの例と同様、器官の認識が技術による製作につながっていただけではなく、逆に技術による製作もまた、原型をより注意深く見、その図式をより明確に思い描こうとする姿勢を生み出したのである。
i 望遠鏡やその他の光学器械の色消しレンズの発明が、屈折媒体としての目を意識的に再現したものであることは疑いがない。＜…＞
目という光学媒体は、さまざまな形で専門分化して投影することができる。そして複雑なルーべや顕微鏡、望遠鏡や屈折望遠鏡などが生み出される。その際、こうした器具の計測部は、わたしが自分の目をどちらの方向へどの程度向きを変えたかを算定するための神経装置を投影している。片目だけの回転運動の再現の例として、分度弧を挙げることができよう。また体全体の上昇はカセトメーターによって投影される。＜…＞
距離の決定というもうひとつの側面、すなわち水晶体の調節は、焦点距離を算定することによって距離を計る遠隔計測器の基盤となる。両眼によって見たものを総合するという作用から、これは周知のように意識的に模倣することによって、立体鏡や立体写真用のカメラが作り出された。さらにこの原理が拡大されて投影され、立体望遠鏡が作られたが、これは巨人の目と呼んでも間違いではないだろう。さらにこの両眼による距離感のつかみ方を拡大することによって、地球の直径の異なった二点で、あるいは地球の軌道上の異なった二点で撮影するという方法で立体的な天文写真を作り出す方法が生まれた。わたしたちは色消しレンズが色収差を補正する目を模倣することによって作り出されたことを見た。だが、目にはこの色収差補正のほかにも多くの独特の特性がある。現代の光学機器にはさまざまな種類のガラスでできた一組の光学レンズが使われているが、これは厚さを変え、おそらくはその組成をも変える、目という光学媒体を模倣したものである。
視覚器官の水晶体で与えられる光学的な像は、周知のように、それ以上は分割不可能な個々の要素に細かく分割される。こうした要素は意識にとっては非継続的あり、それぞれの要素が末端の神経のひとつひとつに対応している。換言すれば、世界の像はモザイクのように点で構成されているのである。技術的には、こうした光学的な像の分割は、網を使って写真を撮り、そのあとで亜鉛平板で点によって像を再現する印刷法において利用されている。＜…＞
写真は目を根拠としている。しかし注目すべきことは、その後の写真の発達と写真に関連する印刷技術の発達も、視覚によって明確に表わされている原理にしたがっているということである。色の知覚がそうである。目は色彩的な表層を量的に細分化するだけではなく、ユングとへルムホルツの理論を信じるならば、その表層を構成している要素のそれぞれを質的にも細分化している。すなわち、格子状になった三つの色彩知覚神経の末端に対応する、三原色に分解するのである。芸術の歴史においては、この目の能力を意識的に模倣することによって、点描法が生み出された。技術においては、まず三つの色の線を平行に並べた網を用いるジョリーのカラー写真、そしてそのあとのリュミエールのカラー写真がこの原理に基づいていた。＜…＞同じ原理を別の方向に投影したのが、まず三つのフィルターを使って写真を撮り、そのあと暗室で三つの像を組み合わせるという方法、あるいは網を使って像を細分化したあとで、一枚の紙に三つの色、すなわち普通の三原色で印刷する方法である。
目とその部分を技術に投影した無数の例の締めくくりとして、ひとつだけ挙げておこう。それは目の虹彩を技術において意識的に模倣した虹彩絞りdiaphragm-irisである。ここではその名称も虹彩を表わしている（irisは虹彩のことである）が、これは普通の絞りによって虹彩を投影しようとするもので、古く、それゆえに不完全なものである。＜…＞
l 神経系は電気器具によって投影されているが、その類似はそらく単なる外見的なものだけではない。一方でわたしたちは、神経の活動がつねに、普通の敏感な電流計で捉えられる電流を伴っていることを知っている。しかもこの電流は、心理過程に応じてその強さと圧力を変える。これと関連するものとして、A・I・バプーヒンとI・F・オグネフの研究によれば、さまざまな電気魚類では筋機能や器官が電気的な機能をもったり、電気器官に変化したりしていることを付け加えておこう。すなわち、換言すれば、電気魚類の電気ショックは筋肉ショックと等価であり、神経感応の直接の結果であると考えなければならない。他方では、電気は他の形態のエネルギーすべてを統合し、すでに普遍的な物理的原因となっているが、この普遍的な物理的原因は、さまざまな形態のエネルギーの区別だけではなく、質料とエネルギーの区別よりも深いところにある。そして秘教の考えでは、電気は特別な状態にある第一質料、あるいはこういってよければ、世界の物理現象だけではなく、オカルト的な現象をも担う、初源的な力であると古代からみなされていた。わたしたちがこの普遍原因をオッドと呼ばうと、アストラルastralと呼ぼうと、あるいはその他のいかなる名で呼ばうと、この事情は変わらない。したがって、「可塑性の媒介」という観点からは、心理を結びつけている現象と電気という現象との間の緊密な関係が理解できるのである。
m 骨は弾力のある湾曲をもつ密な部分と多孔質の部分という、二種の組織から成り立っている。そして、もっとも抵抗の大きな線にそって平板が並び、物質の量からすると驚くほどの強度をもっている。この骨が鉄や鉄筋コンクリートの構造物の原型である。一見もつれ合ったように見える斜めの梁と平板が網のように密に編み合わされて、多孔質の骨を貫いているが、この網のような構造には、弾力のある柱と桁からなる力学的に完成された構造を認めることができる。骨によってこの構造は異なっているが、骨という建築物のなかで網状にな0っている環状構造の部分はつねに、わたしたちの体が正常に動き、機能した場合に、骨が受ける力の作用する方向に対応するようになっている。この互いに編み合わさり、互いに交差しあう、もつれたように見える柱のなかで、個々の平板はそれぞれ独自の静力学的な意味をもち、一定の役割を果たしている。骨の多孔質の部分の構造は非常に軽く、優雅な吊り橋の構造を思わせる。吊り橋は最小限の材料で最大限の合目的性をもち、かって川や谷に掛けられていた重くどっしりした石のアーチ橋に代わるものとなっている。骨の建築的な本質を発見したのはヘルマン・マイヤーである。クルマンとユリウス・ヴォルフが数学的に確定したように、「人間の大腿は静力学の原理に厳密にしたがって構成されている。それはまるで技術者が、大腿と同じように、押す力と引っ張る力に耐える物体を作る必要が生じたときに、大腿を作ったかのようである」(J・ヴォルフ)。こうした傾向の骨の研究すべてにおいて、多孔状の物質でできた梁のような骨の構造は、記述静力学の理論的な線に完全に一致している。骨のなかの格子状の梁の方向は、骨の形態と機能に対応する数学的な構造において得られる線を厳密に守っている。
n 生物、すべての高温動物は、熱エネルギーの点から考えると、サーモスタットと呼ぶことができ、技術によって作られるサーモスタットの原型である。もっと明快に、サーモスタットは母親の胎内の投影であり、人工的な母親の胎内であると言うこともできる。雛を人工的に孵す器具である孵化器は、卵を暖めるメンドリをはっきりと意図的に模倣したものである。
o 次に多くの道具を、原理的にはすべての道具を、統合した総合的な道具に移ろう。この道具とは住居、すなわち家である。家は焦点のようなものであり、家のなかにはあらゆる道具が集められている。あるいは、あらゆる道具はそれぞれの家に作りによって、あるいは家に付属するようになっていたり、あるいは家の近に置かれたりしており、家の役に立つようになっている。住居はなにを投影したものなのだろうか。なにが家によって投影されているのだろうか。その意図からすれば、住居はわたしたちの道具という集合体の全体を統合し、わたしたちの家財を統合しているにちがいない。個々の道具がわたしたちの肉体のある器官のなんらかの側面を反映したものだとすれば、家財全体はひとつの有機的な全体であり、互いに連携して機能する諸器官の集合体を反映している。したがって、住居の原型は肉体全体である。ここで肉体を魂の住居、理性の住居になぞらえる、よく用いられるたとえが思い出される。肉体が住居にたとえられるのは、住居そのものが肉体を反映したものだからである。ヴィトルヴィウスの古典的な言葉を思い出してほしい。彼は、古代に一般的であった考え方にしたがって、すばらしい建物は「均整のとれた人間のように」建てなければならないと言っている。この言葉の正確な意味は後で明らかになるだろう。ミケランジェロも、「建築物全体の部分どうしの関係は人間の体の部分どうしの関係と同じであり、人間の体を解剖学的な意味で知らなかった者、知らない者は、このことが理解できない」と言っている。彼は建物の外観を、主として、人間の外観である顔にたとえている。ミケランジェロは書いている。「設計図にさまざまな部分があるとき、質と量が同じものはすべて同じように彩色し、装飾をほどこさなければならない。ある部分が変更されるとき、その部分とそれに対応する部分の装飾を変更することは許されるばかりでなく、必要でもある。基本的な部分はつねに自由である。すなわち顔の中心にあり、どちらの目とも関連をもたない鼻のように、自由である。手はもう一方の手と同じでなければならない。目はもう一方の目と同じでなければならない。それゆえに、建築物全体の部分どうしの関係は人間の体の部分どうしの関係と同じであり、人間の体を解剖学的な意味で知らなかった者、知らない者は、このことが理解できない」。家は肉体に似ており、家のさまざまな設備は肉体の器官に相当する。水道は血管であり、呼び鈴や電話などの電線は神経系であり、暖炉は肺であり、煙突は喉である。これが当然であることは明瞭である。体全体とともに家のなかに入ることによって、わたしたちは自分の器官すべてとともに家のなかに入ることになる。したがって、器官すべてを満足させるためには、すなわち器官に活動の可能性を与えるためには、家に頼らざるをえない。すなわち、家はすべての器官の延長となるさまざまな道具が有機的に統一されたものである。道具のひとつの体系なのである。だが、この問題はこれくらいにして、ひとつだけ述べておこう。それは古代の家、すなわち庭や外部や内部をもっ本来の家は、人間存在全体を反映したものと考えることができる、ということである。この解釈は特に本来の家、すなわち庭や聖所や至聖所のある神殿と関連している。神殿は異教徒にあっても、ユダヤ人にあっても同じ構成(庭、列柱廊、内陣)になっている。神の家である神殿はまさに家のように、家をモデルにして、建てられているとしばしば言われる。だが、現代の文化の儀式の理論から見れば、これは実際には犂の後ろに牛を繋ぐようなまちがった転倒である。神殿が家のモデルなのであって、家が神殿のモデルなのではない。家が家であるのは、それが一種の神殿であるからなのだ。同じような三部構造は玄関、聖所、至聖所のあるキリスト教の聖堂にも見られるし、ラマ教のそれにも見られる。要するに、この三部構造が聖堂の規範なのである。次に古代と現代の聖堂の象徴性を見ると、この三部構造では肉体、魂、霊という人間の三つの契機が表現されていることがわかる。つまりこれは物理的な肉体と星の肉体と霊的な肉体と言ってよいものである。フィロンやその他の古代の人たちはそう解釈していた。＜…＞
�� これまで見てきた例から、わたしたちが考察してきた道具は器官投影であることがわかる。だがもしこれが偶然の一致ではなく、技術的な創造の本質にしたがってそうなっているのだとすれば、「ある種のもの」だけそうなのではなく、すべての道具がそうなのであると考えなければならない。道具の本質とは、それが必ずなんらかの器官の投影でなければならないということなのである。その場合、ふたつの問題が生じる。ひとつは、わたしたちの器官のすべてが人間の技術的な創造に投影されるのかという問題であり、もうひとつは、実際にあらゆる道具がわたしたちのなんらかの器官の投影なのかという問題である。
最初の問題に対しては否定の答えしかありえないことは明らかである。わたしたちの技術は発達しつつある。技術が歴史を通じて絶え間なく発達してきたと言うつもりはない。しかし、歴史のある特定の時期に、ある特定の文化の内部にはなかった道具、しかも新しい原理にしたがって作られた道具が現われる、と言うことはできる。そして、こうした道具を作る活動にはどこかに限界があって、この活動がいつまでも無限に続くことはありえないと考える根拠もない。したがって、技術の置かれたある特定の状況は最終的なものではなく、したがって歴史上のある特定の時期において、すべての器官、あるいは器官のすべての面が、技術に投影されるわけではない。技術の歴史的な課題は器官投影を自覚的に継続させることであり、その際には魂のもつ公正な肉体構成作用によって与えられるデザインが出発点とならなければならない。デュプレリは書いている。「自然は、カの消費を最小限に抑えるという原則にしたがって有機体を組織するという課題を解決し、技術に対してその原型となっているので、技術は自然を模倣しなければならない。技術はこれまでも無自覚ながらそれをやってきた。しかし、この課題の理想的な解決を望むなら、技術は自覚的に自然を模倣するまでに高められなければならない。技術が自然を模倣するようになったときはじめて、その発達は偶然によるのではなく、目をふさがれて探し物をするようなものではなく、
〈発明とともに発明の〔技〕術も完成される〉というヴェルラムの〔フランシス・〕べーコンの予言を実現したものとなるのである」。これが第一の問題への答えである。この答えは予備的なものにすぎない。なぜなら、後で見るように、第二の問題、すなわちすべての道具がわたしたちの器官の投影なのかという問題を考えるときに、はるかに多くのものに答えなければならないからである。＜…＞この問題に対する答えは、このように間題を設定するならば、否定でしかありえない。なによりもまず、わたしたちは自分自身の肉体の器官をすべて知っているということができない。わたしたちの肉体がよくわかっていると考えることはとてもできないのである。しかし、このことは肉眼による解剖学にも、顕微鏡による解剖学にも、また生理学にも知られていないわたしたちの肉体のある面、あるいはある器官を、技術の創造的な想像力が技術に投影することの妨げとはならない。したがって技術が手中にしている道具のなかには、その有機的な原型をわたしたちがまだ発見していないものがあることは、考えられるばかりではなく、期待してもよいのである。
さらに、わたしたちの器官の多くは未発達である。あるいは生命の流れがさまざまな存在のなかを流れたために、それらはまったく発達していないし、現われてもいない。このことは、こうした器官が原則的にわたしたちの原理のなかに、あるいはわたしたちの肉体の生命原理のなかに存在することを妨げない。有機体が完全な統一体となるためには、この有機体がある方向に様式化していること、すなわち器官が発達するときある種の一面性をもっことが必要である。しかしながらこのことは、わたしたちの恣意のままに、ある特定の時代と特定の課題の要求にしたがって、道具の領域でも(すべてが専門分化されているべきだという意味でなら)専門分化が必要だということを意味しない。こうした道具がわたしたちの肉体の延長であろうと、なかろうと、またそれが体に直接つけて用いられるものであろうと、体から難して用いられるものであろうと、事は同じである。なんらかの道員をと一体化させるか、一体化させないかということは自由にできることであり、また道員どうしの結びつきは肉体の器官どうしのそれよりも弱いので、道具どうしは互いにそれほど緊密に結びついている必要はなく、それゆえにまた道員はより多様な機能を第たすことができる。たとえば、ひとつの有機体に両性の器官と能をあわせもたせることは、すくなくとも高等な行機体においては、不可能である。正常に作用するためには、この機能と器宮が分されること、すなわら有機体が男性か女性かに様式化されることが要求される。このことはしかし、ある特定の有機体に両性のもつ創造の可能性が欠けていることを意味しない。萌芽的な形ではあるが、それぞれの性には他の性の器官と機能がそなわっている。だから、男性の有機体には子宮があるのであり、それゆえに技術において女性として造り出される子宮の投影が、人間の肉体一般の器官投影であり、個別的には男性の肉体の器官投影である（男性の子宮は痕跡器官であるとはいえ）ということは否定できない。
もっと正確に述べよう。道具は生命の深い所で、生命によって作り出されるのであって、専門分化された表層で作られるのではない。わたしたちひとりひとりの深い所には、体のなかで発現していない、潜在的に多種多様である器官が存在しているが、それらをわたしたちは技術の投影において発現させることができる。そこから逆のことも出てくる。わたしたちがある種の器官を解剖生理学的に知るようになるまえに、生命はその器官を投影することができる。そうした投影はわたしたち自身のなかで行なわれる。この投影は他の有機体、すなわち生命が生み出した人間以外のもののなかで行なわれることもあるが、そのとき、人間以外の生物においては明確な形で投影され、おそらくそのあとで萌芽的な形で人間において投影される。
有機体の研究が技術的な発明の鍵であるとすれば、逆に技術的な発明はわたしたちの自己意識の試薬であると考えることができる。技術は、ちょうど生物学が技術に対してそうするように、生物学を挑発することができるし、また挑発しなければならない。自分のなかに、そして生命全体のなかに、わたしたちはまだ実現されていない技術を発見する。技術のなかに、まだ研究されていない生命の側面を発見する。技術が進んでいく方向と生命が進んでいく方向は平行線をなしている。しかし、それぞれの対応する点どうしは一方が先に進んだり、あるいは遅れたりすることがありうる。それゆえにわたしたちは、それぞれの進む方向のはるか先を、事実として与えられているよりももっと先を、予測的に考えることができる（生命の方向は意識のなかにあり、技術の方向は現実のなかにある）。だから、たとえば飛行が確実なものとなったのは鳥の飛行が研究されてからである。鳥の飛行という事実があったからこそ、はるか昔のミノス王の時代から、航空術は可能だという強い確信があったのである。だがはっきりと予見できるにもかかわらず、技術的な成果が得られていない分野もある。ナマズ、シビレエイ、ウナギ、そしてエジプトの聖なる魚であったオクシリンクスといった電気魚類の器官についてはわかっているので、肉体の延長となる電気を発生させる道具を作るのが可能だということは予見できたし、予見されたはずである。そのようなものは実際にはまだ現実のものとなっていない。『海底二万マイル』でネモ船長の電気銃を書いたジュール・ヴェルヌの想像力を除けば。
一九一九年
[セミョーノヴァ, ガーチェヴァ （西中村浩 訳）;"ロシアの宇宙精神", せりか書房, 1997/01]
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