ロシア宇宙主義についてのノート・調べものメモ

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西洋のエソテリシズム: ヘルメス学


ヘルメス学については、リュック・ブノワ(1976)によれば...

四 ヘルメス学の宇宙論

原始キリスト教の伝統は、今日のような意味での科学には首を突っこまなかった。福音書は法典を含んでいないが、同様に何か特別な宇宙論を教えてもいない。初期のキリスト教徒は、いやでも同時代のギリシアの科学を取り入れなければならなかった。固有の言語をもたない秘教は、むろん現存する科学や芸術や職業の用語を借り、それらの職業についている個人に秘儀を授けるにも、典礼を執行するにも、そうした用語を象徴として利用した。キリスト教の流れを汲むヘルメス学は、ギリシァ語の使用を余儀なくされることにより、福音書およびヘブライの精神とアレクサンドリアの宇宙論との共生の中でおのれを形成したわけである。この宇宙論は、当時流行の二つの学問すなわち占星術と錬金術を含み、そしてこの両者はいずれも神官が行なう秘儀祭式に属していた。アレクサンドリアにおける教育組織が、二つのグループに分かれた学芸を《自由学科》と呼び、この分け方がョーロッパの学校でも中世まで続いたことを想起する必要がある。それは、まず文法と論理学と修辞学を含む文芸の学すなわち三学科で、これに錬金術が付属する。つぎに算術、幾何学、占星術および音楽を含む数の学すなわち四学科であった。

占星術と錬金術は別個に研究されるけれども、じつはこの二つの学問は同じseつの宇宙観をもっており、そのため両者のあいだに密接な関係があることが忘れられてしまう。惑星が占める天界の事象を研究する占星術と、自然の藷状態を示す地下世界のことを扱う錬金術とのあいだには関連があり、それは、占星術は《天の意士掌を代弁し、錬金術は《人問の意志的進展》を代弁するとでも言えばはっきりするであろうか。秘教はこの二つの意志を一致させることを目的としているわけである。

今日、占星術はたんなる占いという歪んだ形態でやっと命脈を保っている有様で、世間から手ひどくやられても文句が言えない状況にたちいたっている。ルネ・ゲノンはつぎのように言っている。「今日占星術の伝統を受けついでいると自称するものは、じつは理解されぬままに失われた知識の残片にすぎない。しかも今日知られている占星術関係の著作が、プトレマイオスが出た古代ギリシァ後期ゃ、ヴィルフランシュのモランが出たルネサンス未期など、伝統の衰えたデカダンスの時代のものだったのは、奇妙なことである」と。実際には、占星術の興味は、今日のどんな学問も教えてくれないもの、つまり宇宙の循環と特性を帯びた時間の学を教えてくれたところにあるのである。

この世界で、いっさいの現象が空間と時間を通じてあらわれるのは、両者を結ぷ運動によるものであり、したがってまた、この運動を支配する律動によるものである。天体はこの律動を純枠状態で表現する。だからこそ天体が数学の発祥にあるのであり、占星術師とはそもそものはじめ数学者の謂で、ピュタゴラス派が数学者にあたえた呼び名だったのである。あらゆる律動は循環して回帰する運動を前提としているから、占星術とはつまり循環と特性を帯びた時間との学間であった。現代科学が数学上の公式に還元してしまう自然法則は、永遠に変わらず存続するが、このことは現代科学によれば、こうした法則が働くための諸条件がほとんど永久に安定していなければ考えられないことである。ところが、循環期に関する秘伝的理論では、逆に世界がその起源から遠ざかるにつれて時間の進み方はたえず変化し、しだいに速くなり、それに伴ってあらゆる分野でこの変化に対応した衰退現象が起こるとされるのである。天体は、その秩序と象徴体系により、こうした時間の変化性と、人間がたえず投げこまれている宇宙的環境の変容とを、驚くばかりによくあらわすのである。こうしておのおのの循環期が、それぞれの精神状態と歴史の時期とを象徴することになる。

人間の生きる環境が宇宙的なそれであるためには、たんに人間だけでなく全自然がそこに生きるのでなければならない。事実、錬金術は、各惑星が大地の胎内で生まれた一定の金属に自分の《徴》をつけると教えている。古代の科学は、太陽と諸天体の天界からの影響のもとで原初の第一質料が徐々に「熟し」、そこから一連の金属がつぎつぎと生まれて、その質が純化され、ついに黄金の完全さにいたると考えていた。錬金術師は、実験室の中で、実験操作の手順を経て自然を模倣しようとしたのである。太陽の代わりをする火の根源を封じこめた錬金炉を用いて、熟成と懐胎を行なうことにより、自然がもっと緩慢に熟成せしめる作業を四〇日間で実現しうるというのであった。

宇宙の原一性という原理にもとづいたこの象徴を秘教が自分のものとしたことは、推察に難くない。ただし、秘教はこの象徴に縛られることなく、その他すでに時代遅れとみられる古代科学にとらわれることもなかった。およそ存在するもののいっさいは同じ実質に所属し、宇宙は同じ生命の根源から魂を吹きこまれた一個の広大な有機体とみなすことができる。錬金術によって蒸溜される物質につぎつぎとあらわれる状態は、秘儀による浄化の段階で通過する霊的状態と同等であると考えられた。錬金術は、生命が混沌たる第一質料のもつ太初の完全な状態を回復する方法を教えるものであった。換言すれば、秘儀入門の過程と《錬金作業》とはけっきょく同じもので、それは『ヴューダ』が不死性と呼ぷ黄金によって象徴された状態に向かい、光明を獲得してゆくことなのである。同様に占星術は、時間にそれぞれの特性を賦与する一種の時計であり、そのため錬金術を諸状態の治療学として用いることができる。錬金術と占星術は完全な対応関係にあり、ともにキリスト教的ヘルメス学に属していて、錬金術師はその用語を借用したのである。

[ リュック・ブノワ (有田忠郎 訳): "秘儀伝授 : エゾテリスムの世界", 文庫クセジュ, 白水社, 1976, pp.115-119]






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