『源氏物語』は現代小説の条件を全部もっている
研究者が決して言わないこと、文学者で現代語訳した人が決して言わないことを言っています。それは何かというと、『源氏物語』は古典なんですが、現代小説の条件を全部もっています。作者というレベルがあり、作品の中の登場人物というレベルがあり、作品の中で登場人物の振る舞いを説明している文章のレベルがあって、もうひとつ作者の主観的な考え方が幾分か含まれている登場人物の言葉や、登場人物を説明する言葉がある。この四つを考えると、現代小説はだいたい論じられるんですが、『源氏物語』にはそれが全部揃っています。近代あるいは現代私小説の条件を全部もっています。その意味では大変な作品だと思いますが、それだけのレベルはもっているわけです。現代語訳をもとにして、現代小説を読むように読んだとしても、これは良いものだと読める。これは『源氏物語』の研究者や、現代語訳をした人が決して言わないことです。言えばいいのになと思うんですが、決して言わない。「この章にはこういうことが書いてあって、こういう描写がある」と物語については言うんですが、そういう論じ方はしないんです。でも僕らは現代語訳から入っていって、そういうことはちゃんと言っています。
(「批評とは何か」1997.4.17談話収録「吉本隆明が語る戦後55年第12巻」2003.11.10三交社に掲載)
隆明鈔--吉本隆明鈔集
(「批評とは何か」1997.4.17談話収録「吉本隆明が語る戦後55年第12巻」2003.11.10三交社に掲載)
- このことが、吉本さんの『源氏物語論』が出てくるまで私たちにはまったく判らなかったことだと思うのです。古典なんだから、その原文を読むことこそが正しいわけで、だが私たちでは能力が足りないし、源氏は難しいから、ただ現代語訳を読んで、筋くらいしかたどれないのだとと思い込んでいたわけなのです。この吉本さんの指摘により、谷崎源氏を読み返し、與謝野晶子の訳をまた自在に読み返すことにより、より『源氏』の世界に触れられた気が私にはしています。
隆明鈔--吉本隆明鈔集
2006年12月10日(日) 15:34:35 Modified by shomon