ロシア宇宙主義概観
Boris Groysのロシア宇宙主義 (2018)の参照補足
ヘーゲル (長谷川宏 訳): 歴史哲学講義(上下), 岩波文庫, 1994
Boris Groysのロシア宇宙主義 (2018)の参照補足 
ヘーゲル (長谷川宏 訳): 歴史哲学講義(上下), 岩波文庫, 1994
ここではまず、世界史の動きから完全にとりのこされるような自然の条件についてふれておきます。世界史に登場する民族をうみだしえなかった寒帯と熱帯がそれです。意識は、めざめのはじめには自然のなかに埋もれていて、その発展の一歩一歩は、直接の自然をぬけだいて内面的に反省していく過程です。自然から分離していくこの過程は、自然の要素に左右されるもので、自然は、人間が内部で自由を獲得していくための出発点をなします。が、この解放の過程に自然の力が重くのしかかることはあってはならない。自然は、精神に対立するとき、量的な力としてあらわれるが、しかしその力は自然が万能だと思えるほど大きいものであってはならない。ところが、南北の極と赤道の付近では、人間の自由な運動へむかうことができない。寒さと暑さがきびしすぎて、精神が独自の世界を構築できないのです。すでにアリストテレスが、「必要な欲求が満たされたとき、人は一般的で高度なものに目をむける」といっています。が、熱帯や寒帯では生存上の苦労がやまず、安心できることがなく、人間はたえず自然に、つまり、灼熱の太陽や凍てつく寒気に、目をむけねばならないのです。したがって、世界史の本当の舞台は温帯に、しかも北半球の温帯にあることになる。ギリシャ人のいうように、北半球の温帯はなだらかな胸部をもつ大陸となっているからです。ひきかえ、南半球の温帯はいくつもの山脈によって細分されています。自然の産物にも地形の特徴が反映されていて、北半球ではきわめて多種類の動植物が共通して見られますが、山脈で細分化される南半球では、動植物も地域によって種類が異なるのです。[歴史哲学講義(上), pp.139-140]
哲学が歴史におもむく際にたずさえてくる唯一の思想は、単純な理性の思想、つまり、理性が世界を支紀し、したがって、世界の歴史も理性的に進行する、という思想です。この確信と痾察は、歴史そのものにがんしていえば、一つの前提事項ですが、哲学にとっては前提事項ではない。理性 --- という表現をここでは�辰抜愀犬鼎韻襪海箸覆�つかっておきますが、その理性が、実体であり、無限のカであり、みずから自然的生命および精神的生命をなりたたせる無限の素材であり、この内容を活性化させる無限の形式でもあることが、哲学的認識をつうじて証明されるのです。理性が実体だというのは、あらゆる現実が、理性によって、理性のなかに、存在し、存在しつづけるということであり、--- 無限のカであるというのは、理性がたんなる理想像ないし目標にとどまって、どこか現実の外に、たとえば何人かの人間の頭のなかに特殊なものとして存在するような、そんな無力なものではないということであり、--- 無限の内容だというのは、あらゆる実在と真理が理性であり、理性は活動の素材を自分で自分に提供するということ、いいかえれば、有限の活動の場合のように、外からあたえられる材料や手段を利用して、それをみずからの活動の糧とし対象とするような、そういうものではないということです。理性はおのれを糧とし、自分自身を材料としてそれに手を加える。理性にとって前提となるのは理性そのものだけであり、理性の目的が絶対の究極目的である以上、理性の活動や生産は、理性の内実を外に現すことにほかならず、そのあらわれが、一方では自然的宇宙であり、他方では精神的宇宙―つまり、世界史―なのです。そうした理念こそが力強い永遠の真理であり、その理念が、いや、その理念と理念の栄誉と栄光だけが、世界のうちに啓示されること --- それが、すでにいったように、哲学の証明するところであり、歴史においては、証明ずみの真理として前提される事柄です。[歴史哲学講義(上), pp.24-25]
みなさんのなかに哲学のことをまだよく知らないという人がいたら、わたしはその人たちに、理性を信じ、理性的認識を手にいれたいとの欲求をもって、この世界史の講義に出席してくださるようおねがいしたい。もとめられているのは、いうまでもなく、理性的な洞察ないし認識であって、学問研究にむかおうとする人が主観的に手にいれたいなと思うような、知識の集積は二の次です。世界史にむかうにあたって、思考や理性的認識をいまだもちあわせない人もいらっしやるかもしれない。が、そういう人も、世界史のうちに理性が存在すること、知と自覚的意思の世界は、偶然の手にゆだねられるのではなく、明晰な理念の光のうちに展開すること、そのことだけはしっかりとゆるぎなく信じるべきです。
いや、じつをいうと、そうしたことを信じよとあらかじめ要求するのは行きすぎかもしれない。わたしがいまのべてきたことや、これからのべることは、歴史哲学にかんする事柄にしても、たんなる前提事項というだけでなく、全体をながめわたしたあとに得られる結論事項でもあって、その結論をわたしが知っているのは、わたしがすでに全体を認識しているからです。世界史が理性的にすすむこと、世界史が世界精神の理性的かつ必然的なあゆみであることは、世界史を考察することによってはじめてあきらかになることであって、どの領域にあっても同一の本性を保持する精神が、にもかかわらず、世界という現実の揚でその本性の一面を展開してみせたのが世界史です。そのことが、すでにのべたように、歴史の成果としてあきらかにされねばなりません。が、歴史を前にしては、わたしたちはそのありのままのすがたをうけいれる必要がある。史実を経験に即して追っていく必要がある。とりわけ、専門の歴史家のいうことにまどわされてはならない。専門の歴史家は、とくにドイツでは、きわめて権威あるものとされていますが、かれらは、哲学者にむかって、あなたたちは歴史を頭のなかで捏造していると非難しながら、自分たちのほうこそ歴史を捏造している。広く行きわたった捏造の例としては、たとえば、直接にの神教えをうけた最古の民族があって、その認識と知恵は完全で、すべての自然法則と精神的真理に通暁していたとか、かくかくの聖職者民族がいた、とか、やや特殊な例ですが、古代ローマには叙事詩があって、ローマの歴史家たちはそこから最古の歴史を汲みとってきた、といったたぐいの説があげられます。こうしたつくり話はドイツではめずらしくありませんが、そんな話は才気を誇る専門の歴史家の語るにまかせておきましょう。[歴史哲学講義(上), pp.25-27]
B. 歴史における理性とは何か
理性そのものがなんであるか、という問いは、理性が世界と関係づけてとらえられるかぎりで、世界の究極目的はなにか、という問いにつながります。究極目的は、いうまでもなく、実現されるべきものと考えられています。ここでは二重の考察が必要で、一つは、究極目的の内容を定義づけること、もう一つは、その実現のさまをあきらかにすることです。
第一に注意すべきは、わたしたちの研究対象たる世界史が精神の地平の上で展開することです。現実の世界には物理的な面と心理的な面がある。そして、世界史のなかには物理的な面も入りこんできて、この講義でも世界史のはじまりのところで、自然のありかたという基本条件に言及するつもりですが、しかし、世界史の本体は精神であり、精神の発展過程です。世界史における自然は、自然の固有の領域をもち、それ自体で理性の一体系をなす、と見なすわけにはいかず、もっばら精神と関係づけてあつかわれる。
世界史という舞台で主役を演じるのは、あくまで情神であって、精神のもっとも具体的なあらわれが世界史です。とはいえ、ここではまず、精神の本性についていくつか抽象的な定義を提示しておく必要があるので、それは、精神の具体的なありかたにかんする全体観を得るためのものです。もっとも、ここでの提示は、いくつかの断定的な定義をかかげるというにとどめるしかなく、精神の理念を哲字的に展開するわけにはいきませんが。というのも、序論でいえることは、すでに注意したように、歴史にとっての前提事項というべきもので、その事項は、かの域ですでに展開され、証明されたものであるか、さもなければ、今後の歴史学の論究のなかで、はじめてその正しさが証明されるようなものだからです。
ここでは、以下の三点を提示するにとどめます。
(a) 精神の本性の抽象的定義
(b) 精神の理念を実現する手段
(c) 現実における精神の完全な実現形態 --- 国家
(a) 精神の本性の抽象的定義
精神の本姓を認識するには、反対の極にある物質と対比してみるのがよい。物質の実体が重さであるとすれば、精神の実体ないしは本質は自由であるといわねばなりません。精神のさまざまな性質の一つに自由があることは、どんな人でもすぐに納得することですが、哲学の教えによると、精神のすべての性買は自由なくしては存在せず、すべては自由のための手段であり、すべてはひたすら自由をもとめ、自由をうみだすものです。自由こそが精神の唯一の真理である、というのが哲学的思索のもたらす認識です。物質は中心点にむかうかぎりで重さをもちます。物質はその本質からして集合体であり、ばらばらな要素からなるもので、統一をもとめることは自分を破棄しようとすること、自分の反対物をもとめることです。統一が達成されると、物質は物質ではなくなり、すがたを消してしまう。統一をもとめることは観念性をもとめることだからです。これに反して、精神とは内部に中心点をもつもののことです。精神の統一は外部にあるのではなく、内部に見いだされるので、精神は自分の内部で安定しています。物質の実体は物質の外部にあるが、精神は自分のもとで安定している。それこそがまさに自由です。わたしがなにかに従属しているというとき、わたしは、自分でないなにかと関係し、外部のなにかなしには存在できない状態にあるのであって、自由のあるのは、自分のもとにあるときです。精神がこのような自分のもとにあるとき、精神は自己を意識する自己意識です。意識には二面があって、意識のはたらきと意識の対象が区別されねばなりませんが、自己意識にあっては、この二つが一体化している。なぜなら、精神は自分を意識し、自分の本姓を判断し、同時に、自分にむかって自分をうみだし、本来の自分にかえっていく活動をもおこなっているからです。
精神は自由だ、という抽象的定義にしたがえば、世界の歴史とは、精神が本来の自己を次第に知っていく過程を叙述するものだ、ということができる。そして、萌芽のうちに樹木の全性質や果実の味と形がふくまれるように、精神の最初の一歩のうちに、歴史全体が潜在的にふくまれます。東洋人は、精神そのもの、あるいは、人間そのものが、それ自体で自由であることを知らない。自由であることを知らないから、自由ではないのです。かれらは、ひとりが自由であることを知るだけです。が、ひとりだけの自由とは、恣意と激情と愚鈍な情熱にほかならず、ときに、おとなすくおだやかな情熱であることもあるが、それも気質の気まぐれか恣意にすぎません。だから、このひとりは専制君主であるほかなく、自由な人間ではありません。--- ギリシャ人において、はじめて自由の意識が登場してくるので、だがら、ギリシャ人は自由です。しかし、かれらは、ローマ人と同様、特定の人間が自由であることを知っていただけで、人間そのものが自由であることは知らながった。プラトンやアリストテレスでさえ、知らなかった。だから、ギリシャ人は奴隷を所有し、奴隷によって美しい自由な生活と生存を保証されていたし、自由そのものも、偶然の、はかない、局部的な花にすぎず、同時に、人間的なものをきびしく隷属状態におくものでもあったのです。--- ゲルマン国家のうけいれたキリスト教においてはじめて、人間そのものが自由であり、精神の自由こそが人間のもっとも固有の本性をなすことが意識されました。この意識は、まずはじめに、精神のもっとも内面的な領域である宗教のうちにあらわれましたが、この原理を世俗の世界にもうちたてることがさらなる課題であって、その解決と実行には、因難な長い文化的労苦が必要とされました。キリスト教をうけいれたからといって、たとえば奴隷制がすぐにに解体されることはなかったし、ましてや、国家に自由が浸透し、政治体制が自由の原理にもとづいて理性的に組織されるといったことはなかった。自由の原理を世俗の世界に適用し、世俗の状態に自由を浸透させ自由を確立するには、長い時間の経過が必要で、その経過が歴史自体なのです。原理そのものとその適用（現実の精神と生活への浸透）とのちがいについてはさきにふれましたが、このちがいは歴史哲学の根本的命題であって、思想の本質をなすものとしてそれをしっかりおさえておかねばなりません。ここではこのちがいが、自由の自己意識というキリスト教の原理をめぐってうかびあがっていますが、ちがいは、その本質からして、自由の原理一般をめぐっても生じてきます。世界史とは自由の意識が前進していく過程であり、わたしたちはその過程の必然性を認識しなければならなりません。
わたしは民族における自由の認識のちがいについて一般的にのべ、東洋人はひとりが自由だと知るだけであり、ギリシャとローマの世界は特定の人びとが自由だと知り、わたしたちゲルマン人はすべての人間が人間それ自体として自由だと知っている、といいましたが、この三区分は、同時に、世界史の区分のしかたとあつかいかたをも示唆するものです。ただ、ここでは区分の議論には深入りせず、以下、歴史哲学にかかわるなおいくつかの概念について説明しておきます。
精神の自由についての意識と精神の自由の実現は、精神世界の定義として、さらには --- 精神世界こそが実体的な世界であり、物理世界は精神世界に従属するもの（哲学的にいえば、精神世界に真理をうばわれたもの)である以上 --- 世界の究極目的として、提示されています。このようなものとして提示された自由が、しかし、いまだあいまいで、無限に多様な意味をもっことばであること、それが最高の概念であるがゆえに、無限に多くの誤解や混乱やあやまりを誘発し、ありとあらゆる逸脱の可能性を秘めていること、そのことが現代ほどよく知られ、よく経験される時代はありません。が、わたしたちはいまは自由の一般的定義をしめすだけにしておきます。さらにまた、さしあたり潜在的なものにすぎない自由の原理と、現実の自由との無限のちがいについて、それを区別することが重要だとの指摘もおこないました。同時にまた、自由とは、まさに自己を意識し（なぜなら、自由とはその概念からして自己を知ることだから）、そのことによって自己を実現するという無限の必然性をうちにふくむものです。自由とは、自分みずからを目的としてそれを実現するものであり、精神の唯一の目的なのです。
この究物目的にむかって世界史は仕上げられていくし、この究極目的へのささげものとして、地球という広い祭壇の上に、長い年月にわたって、ありとあらゆる犠牲がささげられる。この究極目的だけが自己を貫徹し、実現するものであり、あらゆる事象や状況変化のなかで唯一かわらないもの、真に力あるものです。この究極目的は、神が世界のかかわりのなかで意思するものだが、精神は完全無欠な存在だから、その意思するところは自分自身以外にはなく、自分自身の意思以外にはありえない。が、神の意思の本性とはなにか、もっと一般的に、神の本性とはなにか、といえば、それこそが、宗教的観念を思想におきかえたときにあらわれる、自由の理念そのものにほかならないのです。とすると、ただちに生じてくる問いは、自由の理念はなにを手段として自己を実現するか、という形をとるほかはない。つぎに、この問いが考察されねばなりません。[歴史哲学講義(上), pp.36-42]
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