▲698年5月における勢力図
レイディックの横死により、ロードレア国は、空席となった国主の座を巡っての戦いが始まった。
レイディックに子供がいなかったことから、まずはヴェリアが国主継続を表明する。
この声明に対して、アレスやバイアラスといった賛同した者、ミリフォンやシルヴァスといったひとまず沈黙して内乱の行方を見守る中立派、そして反対した者の3派に別れた。
なお、この時点ではフィリスは明確な意思表示をしなかったものの、独自に兵を集めていた。
反対した者は、自らこそが国主を継ぐと名乗りを上げたボルゴス、デイズ、ミルフィー、そして、名乗り出た訳ではないものの、自動的にその立場に置かれたアルヴァドスであった。
彼らの間で暗黙のうちにうまれた共通の認識が「アルヴァドスを討ったものが国主継承の大義名分を得て、中立派を仲間にできる」というものであった。
ヴェリアはまずはボルゴスと雌雄を決するべく軍勢をまとめて東へと向かった。
この時代、兵士は領民からの徴兵制であったが、大掛かりな遠征や大兵力を率いての決戦でない限り、兵士は自分の領地から大きく離れることはなく、まず将軍が戦場に想定している場所の近くまで移動して、その付近の領地の兵を集める事が一般的であった。
しかし、この内乱により誰が敵で誰が味方か判らない状況となった為、各将軍は自らがその時点で率いていた兵士をそのまま移動させ、兵力の補充ができない状態で戦うこととなっていた。
攻撃側 | 守備側 | |||||||||
ロードレア国軍 | 軍勢 | ロードレア国軍 | ||||||||
総兵力37500 | 兵力 | 総兵力14600 | ||||||||
ヴェリア | 総指揮 | ボルゴス | ||||||||
アレス | 軍師 | |||||||||
主要参戦者 | ||||||||||
ヴェリア | アレス | リディ | ファルザス | グローリヴァス | ボルゴス | ファクト | ||||
ナッシュ | バドス |
ボルゴスは、レイディックが初陣の頃から既に戦歴を重ね、かつてはアリガルと双璧をなすと言われた剛将であったが、流れ者のヴェリアやアレスを快く思わず、レイディック以外の主に仕えるつもりはないと今回の旗揚げを決意した。
強引な性格ではあったが人望がなかったわけでもなく、周辺の城を従えることに成功し、一大勢力を築いていた。
これに対してヴェリアは、アレスに命じてボルゴスへの降伏勧告文を書かせるが、それを彼が聞くことがない事を承知の上の書状であった。
ボルゴスを挑発する文面を書かせ、諸将の前で怒り狂ってその手紙を破る姿を見せれば、先の見える者がこちらに内応の意志を示すかもしれないという策である。
この策は、失敗しても手紙一枚を失うだけという、ヴェリア側にとって被害のないものであったが、城内の将ファクトが内応に応じるという最高の結果を出している。
5月12日早朝、霧で視界が全く見えないこの日を待って、ヴェリア軍はボルゴスが立て篭もる城へ総攻撃を仕掛けた。
東門に集中する騎馬部隊の轟音に、城兵は弓隊を集結させて矢の雨を浴びせる。
この攻撃に騎馬部隊は一向に城に近づいてこないが、あまりにも動きがなさ過ぎることに不審に思った防衛部隊が霧の中目を凝らすと、そこにいたのは、蹄の音を立てているだけの兵士のいない馬のみの部隊が一列に並んでいるだけであった。
攻撃軍の本隊は、西門に姿を現し、囮にまんまとはめられた守備部隊は急ぎ西門へ移動する。
防衛部隊が漸く西門に到着した時、東門から「馬だけの部隊の背後から真の部隊が姿を現し、今度は本当に東門が攻撃されています」という報告が届き、防衛軍は完全に翻弄させる。
真の攻撃部隊が東門を総攻撃、手玉にとられた守備部隊はこれを防ぎきれず、ヴェリア軍は城門を突破して城内へとなだれ込む。
それと同時に内応の約束をしていたファクトが挙兵、追い詰められたボルゴスは自ら槍を振るって奮戦するが、全身に矢を受けて絶命した。
ヴェリアがボルゴスを一瞬にして討ち取った事は、ボルゴスほどの男と戦えば、相当な長期戦になるだろうと考えていた他の将の計算を根底から覆した。
激しい戦いを繰り広げていたミルフィーとデイズは、決着をつけてからアルヴァドス討伐に向かい、レイディックの仇を討ったという大義名分の上で国主の座を狙うつもりであったが、ボルゴスが倒れた事で二人は戦いをやめると、進路を変えて直接アルヴァドスへと向かった。
そのアルヴァドスにしても、ミルフィー、デイズが戦っている間にデイズの拠点を攻め落とそうとしていた計算が崩れ、四方から追われる身となり、持ち兵およそ1万で急ぎ陣を敷いた。
5月15日、バイアラス部隊がヴェリア部隊に合流したことで兵力は増加され、稀代の名将バイアラスもヴェリアの旗の下に馳せ参じた。
しかし、当のヴェリアは、その報告にも上の空で深刻な考え事を抱えていた。
どんな勇将、智将を揃えても、人の力ではどうしようもないものがあるが、その中の一つが「時間」であった。
アルヴァドスを討つという共通の目的を持つヴェリア、ミルフィー、デイズの3将だが、ミルフィー、デイズが戦いをやめてアルヴァドスに一直線に向かえば、ロッド国国境に配備されていたヴェリアが全速力で東へ向かっても彼らには追いつけない。
アルヴァドス自身に1万ほどの兵力しかいない為、一度戦端を切ればそれがミルフィーであろうとデイズであろうと、アルヴァドスが討ち取られるのは目に見えていた。
ヴェリアがこの状況を打開する策を考え出し、歓喜の声と共に諸将を見た時、ようやく目の前にいたバイアラスに気付いたと言うから、彼がいかに焦っていたかが伺える。
ヴェリアが考え出した策とは、アルヴァドスに密かに策を与え、ミルフィー、デイズを相手に勝利させることであった。
敵に、それもただの敵ではない、仇であるアルヴァドスにたとえ一時期とはいえ勝利させる策を授けるという途方もない作戦ではあったが、他に手もなく、結局この作戦を実行することとなった。
問題は、アルヴァドスがヴェリアからの策を素直に信じる訳がなく、それを承知で赴きアルヴァドスを信じさせる程の使者が必要な事であった。
この使者に名乗り出たのがバドスであり、彼は決死の覚悟をもって単身アルヴァドスの元へと駆けた。
5月26日、ヴェリアからの使者に驚きを隠せないアルヴァドスは、自らその使者バドスと面会した。
彼の口上は「盟友アルヴァドス殿の危機を救うべく、ヴェリア殿の奇策を持って来た」というものであった。
盟友と呼ばれたアルヴァドスは、ヴェリアはレイディックの死でいよいよ発狂したのかと笑い飛ばすが、バドスの真剣な口上は続けられた。戦乱の時代、状況から敵と味方は日々変わっていくものであり、ヴェリアはアルヴァドスと同盟を結びたいと考えていると述べるが、それでもアルヴァドスが信じないと、今度は「ヴェリアが本気になれば貴様如き一日で葬れる、それをしないのは貴様が手を結ぶに値する盟友と思っているからではないか」と怒号を浴びせる。
こうして、バドスは時に下手に、時に高圧的にアルヴァドスを説得したが、あと一押しが足りないと感じた彼は、ついに最後の手にでる。
彼は、自らの愛剣で自分を貫き、その血まみれの手でヴェリアからの書状をアルヴァドスに手渡した。
死に行く者は嘘をつかないという生者が勝手に生み出したこの幻想を最大限に利用して、彼は自分の説得に最後の押しをつけてアルヴァドスを信じ込ませた。
そして、その書状を受け取ったアルヴァドスは、この策を用いればミルフィー、デイズに勝てると叫び、完全にヴェリアの策を信じ込んでいた。
攻撃側 | 守備側 | |||||||||
ロードレア国軍 | 軍勢 | ロードレア国軍 | ||||||||
総兵力29500 | 兵力 | 総兵力12100 | ||||||||
デイズ | 総指揮 | ミルフィー | ||||||||
軍師 | ||||||||||
主要参戦者 | ||||||||||
デイズ | ファリア | ワイズ | ミルフィー | ケイア | ブゥル |
5月28日、アルヴァドスを討つために進軍を続けるデイズ軍、その背後をミルフィーが狙うが、彼は一直線にアルヴァドスを目指さず、目の前の餌に飛びつく様に、手薄となっていたデイズ支配下の城を次々と陥落させる。
だが、アルヴァドスを討つまでに受けた被害は、目的さえ果たせばその後の見返りで数倍になって戻ってくる先行投資のようなものであると考えていたデイズは、寧ろミルフィーが後方の城に気をとられている間にアルヴァドスに到着する機会が訪れたと進軍を止めなかった。
しかし、エルグライ城が陥落したと聞いた時、デイズの顔色が変わった。
エルグライ城は、デイズ軍の補給基地であり、彼の妻子もそこにいた。
ミルフィーが城を狙う事はわかっていたため、あえて進行ルートから大きく逸れていたエルグライ城を拠点としていたのに、何故ミルフィーはこの一刻を争う時にルートから外れたエルグライ城を遠回りしてまで攻撃したのか、デイズには理解できなかった。
だが、それこそがヴェリアがアルヴァドスに授けた策の序章であった。
「ミルフィーにエルグライ城を攻撃し、デイズが引き返してミルフィーと一戦交える様にこちらで仕掛けるので、両軍が共倒れした時、アルヴァドスが横槍を突くことで勝利を得よ」と彼は進言、それを実行した結果、デイズはアルヴァドスを目の前にしながら引き返していく。
では、ヴェリア自身は何故デイズがエルグライ城に補給拠点を構えたのか判ったのか、それは692年のカルディスを討った後に行われたレイディックの東征にさかのぼる。
この時ヴェリア部隊として従軍し、ヴェリア流の補給術を叩き込まれたのがデイズだった為、デイズがどこの城を拠点にするか、師匠であるヴェリアには、手に取るようにわかったのである。
デイズは急ぎエルグライ城へと駆け戻り、ミルフィーとにらみ合うが、6月4日に総攻撃を命じて両軍は戦闘状態となる。
戦局が不利となったミルフィーは、城に火をつけると、人質としていたデイズの妻を殺し、食料を焼き払って自らも自決した。
この時、デイズの娘ルフィは業火の中から脱出に成功する。
ヴェリアの策により家族を失ったこの時15歳のルフィが、後に歴史の表舞台に立ち、ヴェリアに大きく関わるというのは運命の皮肉としか言い様がなかった。
ミルフィーを討ち取ったものの、デイズも大損害を受けていた。
6月6日、アルヴァドス軍の奇襲を背後から受けたデイズの部隊は壊滅し、デイズも戦死を遂げる。
ミルフィー、デイズの残存部隊を吸収したアルヴァドスだったが、そこで漸くヴェリアに利用されていた事に気付き、ヴェリアと決着をつけるべく陣を構えた。
攻撃側 | 守備側 | |||||||||
ロードレア国軍 | 軍勢 | ロードレア国軍 | ||||||||
総兵力43500 | 兵力 | 総兵力11000 | ||||||||
ヴェリア | 総指揮 | フィリス | ||||||||
アレス | 軍師 | |||||||||
主要参戦者 | ||||||||||
ヴェリア | アレス | リディ | ファルザス | グローリヴァス | フィリス | ゼネディオ | ノース | |||
ナッシュ | バイアラス |
ミルフィー、デイズは共倒れとなり、アルヴァドスと対峙するのはヴェリアだけとなっていた。
その彼と合流するべくフィリス部隊が接近してくる。
フィリス部隊の駐屯していた土地は、元々彼が国主をしていた時代のゴアル国の領土であり、その気になればヴェリアがボルゴスと戦うよりも前に合流することができた。
にもかかわらずフィリスは、ヴェリア部隊と合流せず、平行しながら距離を保ち進軍を続け、この時期にきて合流を申し出た。
並の将ならば、単にこの後継者争いに誰が勝つか日和見を決め込み、大勢が決した為ヴェリアに助力しにきた、という言葉で説明がつくのだが、フィリスはレイディックの幼少の頃からの知り合いで、ロードレア国に降ってからは代々の将と同じか、それ以上の待遇を持って迎え入れられレイディックとの信頼関係も深く、彼の仇討ちなら何をおいても馳せ参じる筈であった。
これらの行動に一抹の不安を感じたヴェリアは、リディを偵察に向かわせ、その上でバイアラスを先発させると、アレス、グローリヴァス、ファルザス部隊にフィリス部隊を包囲する形で移動する様に命じた。
さすがに疑いの度が過ぎるのではと諸将は語るが、同じロードレア国の将でありながら、誰を信じればいいのかわからない上、兵士の補充ができないという特殊な状況もあって、ヴェリアは慎重であった。
リディが偵察から戻り、フィリスの陣形がウロボロスの陣になっていると聞かされたヴェリアは、合流が目的なら、部隊を散開させる必要などない筈とフィリスの真意を読み取り、急ぎバイアラス部隊に突撃準備をとらせ、ファルザス、ナッシュに包囲網を固めさせた。
次の瞬間、フィリス部隊は全軍をヴェリア本陣に向けて突撃させる。
だが、既に準備万端であったヴェリア軍によってフィリスは撃退され、この戦いで彼も戦死する。
このフィリスの突然の反乱は、蜉蝣時代の未だ解き明かされていない謎として現在でも歴史学者の間で数多くの説が唱えられている。
代表的なのは、純粋に国主の座を狙った「野望説」であり、元々ゴアル国の国主であった彼なら、抱いても不思議ではない野望であり、彼もまたレイディック以外の者を主と認めなかったのかもしれない。
他にもヴェリアにレイディックの後を継ぐ器があるかどうかを試した「試練説」、レイディックの後を追った「殉死説」、さらにはヴェリアが有力なフィリスを陥れ、その兵力だけを吸収したかった「ヴェリア陰謀説」などがある。
しかし、野望説はフィリスにしては計画が杜撰、試練説はそこまでする必要があったのか、殉死説は自分一人が自害すればよいものを兵士を巻き込むのはフィリスらしくない、陰謀説はこの時点でヴェリアがそこまでフィリスに警戒する必要性を感じないと、どの説も最後の説得力に欠け、結局の所真相は歴史の闇へと葬られていく。
攻撃側 | 守備側 | |||||||||
ロードレア国軍 | 軍勢 | ロードレア国軍 | ||||||||
総兵力48700 | 兵力 | 総兵力18700 | ||||||||
ヴェリア | 総指揮 | アルヴァドス | ||||||||
アレス | 軍師 | |||||||||
主要参戦者 | ||||||||||
ヴェリア | アレス | リディ | ファルザス | グローリヴァス | アルヴァドス | |||||
ナッシュ | バイアラス |
フィリスを討ち、その部隊を吸収したヴェリア軍。デイズを討ち、その部隊を吸収したアルヴァドス軍。
しかし、同様にボルゴス、フィリス軍を吸収したヴェリア軍との戦力差は明らかであった。
アルヴァドスは、陣形をワイバーンの陣に編成し、二重の防衛陣を敷くが、それを取り囲む様にヴェリア軍は配備された。
兵力でも、率いる将の人材でも戦う前から決着はついていた。
6月20日、両軍は真正面からぶつかるが、アルヴァドスの祈りにも似た決意は天に届く事もなく、崩れるべくして守備陣は崩れ、倒されるべくしてアルヴァドス本陣の旗は倒された。
夕刻には勝負がつき、アルヴァドスは僅かな兵と共に戦場から離脱。
配下の将軍に、この先に馬が用意してあると言われそこへ向かうが、そこで待ち伏せていた部下に撫で斬りにされた。
自らの栄達と見返りを期待して反乱に加担しておきながら、こんな結末だったことにより、アルヴァドスは部下からも見捨てられたのである。
レイディックの仇討ちは終わり、中立を決めていた各城主たちもヴェリアの元に馳せ参じた。
ヴェリアはレイディックの葬儀を壮大に執り行い、7月15日、正式にロードレア国国主の地位に就いた。
新体制によりアレスがロードレア国軍師の座につき、南伐総指揮官にバイアラス、西伐総指揮官にシルヴァス、国政総指揮官にミリフォンが選ばれる。
そして、ファルザス、グローリヴァス、メネヴァ、成長著しいリディといった新世代を担う将もヴェリア陣営の中核に据えられた。
(フィリスの息子アルガードは、父の反乱を恥じて一時平民となるが、アレスの説得により2年後将軍に復帰する)
こうしてロードレア国は、新たな局面を迎えようとしていた。
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