―カランカラン
「すまない、いつものを頼む。」
その声にハッとする。やや低いだけのさして特徴のない声。
思わず振り返ろうとして、思い留まる。
誰の声か確認するまでもない。ダナン＝ダブリム。―この冒険者の店、石鶏亭の冒険者。
剣を持たないドレイクであり、蛮族でありながら人族に与する異端者・・・。
「あいよ。」
店主であるアンジュさんがいつものごとく応じる。
「まったく、ありあわせでとりあえず肉をなんて ホント腕の振るい甲斐のない客さね。
・・・そうそう、今朝 〆たばかりの鶏があるよ。軽く炙るだけでいいかい？」
「問題ない。― 姐さんに余計な手間をかけさせる程のことじゃない。」
「・・・ま、アンタの信念だから口出しする筋合いはないんだろうけど。
料理は食えないものを食えるようにするための技術、
最低限の手間ですむならそれに越したことはない ― だっけ？
残さず食べてくれるし、文句も言わないから上客っちゃあ上客なんだけどねぇ・・」
このように彼は蛮族故かそれともその個性故か、独特な合理的視点で以って事物を把握しているようだ。
―――――――――――― † ◇ † ――――――――――――
―『全く、わけが分からない。』
伝聞で彼のことを聞いた第一印象はそれだった。
石鶏亭に所属している冒険者の先輩ではあったが、聞けば聞くほど不審の念が強くなっていった。
まず、”着ぐるみリルドラケン”を常に纏っていること。
私が所属した当時は、蛮族であることは店の外では伏せていたので必要性はあったのだろうが、
『あんなもの』で 外面のみを取り繕おうとするなんてと、当時の私には噴飯ものであった。
一般の人間かナイトメアだと誤魔化しやすい容姿のドレイクであったため尚更そう感じられたのだった。
そしてその得手が練体術のファイアブレスであること。
私はそれまで、練体士を肩書にするような冒険者を知らない。・・いや、『百変化』がいたか。
それにしたって、そんなイロモノ冒険者を先輩と仰ぐ羽目になるとは思いもよらなかった。
その時話していた相手に訊けば、真語・操霊・深智の初歩魔術は遣えるとのことだったから、
全く魔術が使えないというわけでもないらしかった。
それと如何わしい召異魔法の使い手でもあること。
私は石鶏亭に来るまで、その存在すら知らなかった。
魔神を使役したり、その力を身に宿したりするらしいと聞き、嫌悪感を覚えた。
よくも、まぁそれだけの瑕疵だらけの不審人物を冒険者として登録したものだ。
「ここの店主が名誉人族として認められてはいるものの蛮族であることと無関係ではない。
店主は奴になにか弱みでも握られているのだろうか？」
というほど馬鹿らしい考えすら頭をよぎったものだった。
―あの男はこの石鶏亭に相応しくない。当時の私にとって、そう思うには十分すぎるほど印象は最悪だった。
そして皮肉なことに、彼と行動を共にする機会はすぐにやってきた。
アンジュさんが、とある村の郊外で出没した謎の魔物の討伐に
私達新入り3人と彼をセットにして送り出したのだった。
「どうも嫌な予感がする」と言って・・・。
予感は的中。
村はゴーストタウンならぬ、ブラッドサッカーやブラッドリンク共の闊歩する魔境になっていた。
圧倒的な物量差に知らず心に絶望が広がっていた。
もしも彼がいなければ、私もアンデッドの仲間入りをしていただろう。
彼の指揮の的確さと補助魔法そして、高い継戦能力。それらも十分大きかった。
が、それよりも。
私の心を絶望の淵から連れ戻したのは彼の言葉だった。
「俺はまだ、姐さんの恩に報いてない。
それを果たさないままに、ここでは死ぬわけにはいかない！」
―私達のことは構ってられないということか。無理もない。
―いや、この状況で踏みとどまれる胆力だけでも十分だ。
―お前ならひょっとすれば、この包囲網を突破できるかもしれない。
―限定竜化だったか？一時的に飛行能力を取り戻すことが出来るハズだ。
「そして、姐さんの信頼を裏切って、
お前たちをむざむざ死なせることも、出来ん！」
―今、なんといった。あきらめてないのか？お前は。
「お前だけでも、離脱しろ。命を捨てる覚悟はできている」
私は、最後の気力を振り縛って、彼にそううそぶいた。
「そうか。ならばその捨てた命、預からせてもらう。
指示をきいてもう少し足掻くくらい容易かろう？」
そう言うと、頭部の竜頭部を脱ぎ素顔を見せた。
その顔は本気であり、
その瞳には、私の絶望を拭い去るのに十分な説得力に満ちていた。
「まずは、厄介なブラッドサッカーをたたく。
回復は任せた。これを使え」
彼が投げてよこした袋は、ずっしり重く、大ぶりな魔晶石が詰まっていた。
これなら、まだ何体も妖精を喚べそうだ。
―――――――――――― † ◇ † ――――――――――――
あれから、いろいろなことがあった。
彼は自身が蛮族であることを公表、名誉人族になった。
私も中堅冒険者に数えられてもいいくらいに経験を積ませてもらった。
だが、最も大きなことは。
彼の偽物が現れてフットランドのベテラン議員殺害するという事件が起きたこと。
偽物であることは立証され、騒動は終息したが、
石鶏亭は社会的に手痛い打撃をこうむった。
その事件で私自身、輪廻の輪に入りかけたが、
そんなことはこの際 些細な問題でしかない。
彼が騒動の責任を感じ、すべて自分一人の所為だと背負いこんでいることが問題だ。
生真面目な彼のことだから、思い詰めているに違いない。
何とかしたいと思うが、いざ、話をしようとすると言葉にならない。
いつからだろう？知らないうちに彼を目で追うようになっていたのは。
いつからだろう？彼の眼を正視できないようになっていたのは。
あの騒動以降、彼は私に負い目を感じているのようだ。
それを思うと、話をしたいのに話をすることができない。
「……ワスラ、見ーっけ。
……こんな隅っこにー。
……今日は、患者が少なくてさー」
「はいはい、気が済むまで吸っていきなさい。」（嘆息）
ミルフィがすり寄ってくる。
いつものように、献血してやれば、気もすむだろう。
「なんだ、いたのか。」
鼓動が跳ね上がる。
「・・静かに食事したい気分だっただけ」
聞かれてもいないのに、言い訳がましい言葉が口をついて出る。
「すまん。他意はない。最近見かけなかったからな。・・」
「多忙なのはいいこと。こちらはこちらのペースでやっていけてるから。」
続きを遮る言葉が出る。私は無力だ。
せいぜい心配いらないと強がるだけが関の山だ。
「ご馳走様」
「……っひゃ！急に立たないでよ。まだ、終わってないんだからぁ」
ミルフィは放置だ。
私はいたたまれなくなって、勘定をテーブルに残して立ち去る。
もしも、この感情が恋慕というのなら、私はこれを発条（バネ）に強くなる。
いつか、彼の力になれる日が来ることを信じて。
fin
「すまない、いつものを頼む。」
その声にハッとする。やや低いだけのさして特徴のない声。
思わず振り返ろうとして、思い留まる。
誰の声か確認するまでもない。ダナン＝ダブリム。―この冒険者の店、石鶏亭の冒険者。
剣を持たないドレイクであり、蛮族でありながら人族に与する異端者・・・。
「あいよ。」
店主であるアンジュさんがいつものごとく応じる。
「まったく、ありあわせでとりあえず肉をなんて ホント腕の振るい甲斐のない客さね。
・・・そうそう、今朝 〆たばかりの鶏があるよ。軽く炙るだけでいいかい？」
「問題ない。― 姐さんに余計な手間をかけさせる程のことじゃない。」
「・・・ま、アンタの信念だから口出しする筋合いはないんだろうけど。
料理は食えないものを食えるようにするための技術、
最低限の手間ですむならそれに越したことはない ― だっけ？
残さず食べてくれるし、文句も言わないから上客っちゃあ上客なんだけどねぇ・・」
このように彼は蛮族故かそれともその個性故か、独特な合理的視点で以って事物を把握しているようだ。
―――――――――――― † ◇ † ――――――――――――
―『全く、わけが分からない。』
伝聞で彼のことを聞いた第一印象はそれだった。
石鶏亭に所属している冒険者の先輩ではあったが、聞けば聞くほど不審の念が強くなっていった。
まず、”着ぐるみリルドラケン”を常に纏っていること。
私が所属した当時は、蛮族であることは店の外では伏せていたので必要性はあったのだろうが、
『あんなもの』で 外面のみを取り繕おうとするなんてと、当時の私には噴飯ものであった。
一般の人間かナイトメアだと誤魔化しやすい容姿のドレイクであったため尚更そう感じられたのだった。
そしてその得手が練体術のファイアブレスであること。
私はそれまで、練体士を肩書にするような冒険者を知らない。・・いや、『百変化』がいたか。
それにしたって、そんなイロモノ冒険者を先輩と仰ぐ羽目になるとは思いもよらなかった。
その時話していた相手に訊けば、真語・操霊・深智の初歩魔術は遣えるとのことだったから、
全く魔術が使えないというわけでもないらしかった。
それと如何わしい召異魔法の使い手でもあること。
私は石鶏亭に来るまで、その存在すら知らなかった。
魔神を使役したり、その力を身に宿したりするらしいと聞き、嫌悪感を覚えた。
よくも、まぁそれだけの瑕疵だらけの不審人物を冒険者として登録したものだ。
「ここの店主が名誉人族として認められてはいるものの蛮族であることと無関係ではない。
店主は奴になにか弱みでも握られているのだろうか？」
というほど馬鹿らしい考えすら頭をよぎったものだった。
―あの男はこの石鶏亭に相応しくない。当時の私にとって、そう思うには十分すぎるほど印象は最悪だった。
そして皮肉なことに、彼と行動を共にする機会はすぐにやってきた。
アンジュさんが、とある村の郊外で出没した謎の魔物の討伐に
私達新入り3人と彼をセットにして送り出したのだった。
「どうも嫌な予感がする」と言って・・・。
予感は的中。
村はゴーストタウンならぬ、ブラッドサッカーやブラッドリンク共の闊歩する魔境になっていた。
圧倒的な物量差に知らず心に絶望が広がっていた。
もしも彼がいなければ、私もアンデッドの仲間入りをしていただろう。
彼の指揮の的確さと補助魔法そして、高い継戦能力。それらも十分大きかった。
が、それよりも。
私の心を絶望の淵から連れ戻したのは彼の言葉だった。
「俺はまだ、姐さんの恩に報いてない。
それを果たさないままに、ここでは死ぬわけにはいかない！」
―私達のことは構ってられないということか。無理もない。
―いや、この状況で踏みとどまれる胆力だけでも十分だ。
―お前ならひょっとすれば、この包囲網を突破できるかもしれない。
―限定竜化だったか？一時的に飛行能力を取り戻すことが出来るハズだ。
「そして、姐さんの信頼を裏切って、
お前たちをむざむざ死なせることも、出来ん！」
―今、なんといった。あきらめてないのか？お前は。
「お前だけでも、離脱しろ。命を捨てる覚悟はできている」
私は、最後の気力を振り縛って、彼にそううそぶいた。
「そうか。ならばその捨てた命、預からせてもらう。
指示をきいてもう少し足掻くくらい容易かろう？」
そう言うと、頭部の竜頭部を脱ぎ素顔を見せた。
その顔は本気であり、
その瞳には、私の絶望を拭い去るのに十分な説得力に満ちていた。
「まずは、厄介なブラッドサッカーをたたく。
回復は任せた。これを使え」
彼が投げてよこした袋は、ずっしり重く、大ぶりな魔晶石が詰まっていた。
これなら、まだ何体も妖精を喚べそうだ。
―――――――――――― † ◇ † ――――――――――――
あれから、いろいろなことがあった。
彼は自身が蛮族であることを公表、名誉人族になった。
私も中堅冒険者に数えられてもいいくらいに経験を積ませてもらった。
だが、最も大きなことは。
彼の偽物が現れてフットランドのベテラン議員殺害するという事件が起きたこと。
偽物であることは立証され、騒動は終息したが、
石鶏亭は社会的に手痛い打撃をこうむった。
その事件で私自身、輪廻の輪に入りかけたが、
そんなことはこの際 些細な問題でしかない。
彼が騒動の責任を感じ、すべて自分一人の所為だと背負いこんでいることが問題だ。
生真面目な彼のことだから、思い詰めているに違いない。
何とかしたいと思うが、いざ、話をしようとすると言葉にならない。
いつからだろう？知らないうちに彼を目で追うようになっていたのは。
いつからだろう？彼の眼を正視できないようになっていたのは。
あの騒動以降、彼は私に負い目を感じているのようだ。
それを思うと、話をしたいのに話をすることができない。
「……ワスラ、見ーっけ。
……こんな隅っこにー。
……今日は、患者が少なくてさー」
「はいはい、気が済むまで吸っていきなさい。」（嘆息）
ミルフィがすり寄ってくる。
いつものように、献血してやれば、気もすむだろう。
「なんだ、いたのか。」
鼓動が跳ね上がる。
「・・静かに食事したい気分だっただけ」
聞かれてもいないのに、言い訳がましい言葉が口をついて出る。
「すまん。他意はない。最近見かけなかったからな。・・」
「多忙なのはいいこと。こちらはこちらのペースでやっていけてるから。」
続きを遮る言葉が出る。私は無力だ。
せいぜい心配いらないと強がるだけが関の山だ。
「ご馳走様」
「……っひゃ！急に立たないでよ。まだ、終わってないんだからぁ」
ミルフィは放置だ。
私はいたたまれなくなって、勘定をテーブルに残して立ち去る。
もしも、この感情が恋慕というのなら、私はこれを発条（バネ）に強くなる。
いつか、彼の力になれる日が来ることを信じて。
fin
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