一方その頃、首輪付きの獣は
最終更新：ID:gYYnwZFGVA 2018年09月24日(月) 04:42:25履歴
「そうですか、中姉様が」
「中姉様？」
「この身には姉と呼べる機体が三体存在します。ゆえに、それぞれ上姉様、中姉様、下姉様、と」
「ふぅん」
ゲンドゥル遭遇の報告と、彼女が見出した正義、それに伴う所業をきいたときの石鶏亭トップランカー、ウィクトとワルキューレ四号機、レギンレイヴのやり取りがそれであった。
少なくとも表面上は嫌悪や悲観といった感情は見られない。
殺し、殺され。喪い、奪い。
現場に居合わせたのならいざしらず、お互いに鈍感とも言えるほど戦乱に馴染み、摩耗しきった感性をさらす。
横でドン引きしているドルッケンも自身がひとでなし寄りの価値観を有している自覚はあるので、何も言わずに聞き流すふりをする。
「そういえばさぁ」
「はい？」
「マナ変換炉って分解するぶんには無制限やろ？ どうして現象に変換するときには上限値が存在するん？」
さっきの話それで終わりかよ！ とドルッケンは激しくツッコみたかった。
悶々とする老人を置き去りに、外見だけは年若い少女ふたりの雑談はスムーズに続く。
「ああ、コツがいるのですよ」
「コツ？」
「魔法や錬技といった外殻を介さずにただ変換しただけの現象は、言ってしまえば構築が甘いのです」
レギンレイヴが掲げた手に、またたく間に大人ふたり分こんがり焼き殺せる量の電流が生まれる。
バチバチとまばゆい光を放つ雷はしかし、一定以上の密度になろうとはしなかった。
よくよく観察すると増幅しようとはしているのだが、その端から外部に漏れているのがわかるだろう。
「維持する量が多くなればなるほど制御は困難になり、制御を外れると拡散してマナに戻ってしまいます」
「あー、せやなぁ。言われてみればグレンダールの火炎拳の火も一瞬で消えるもんな。残るんは延焼している分だけや」
「保有しているマナを際限なくつぎ込むことはできますが、一定量以上は拡散してしまうので実質的な維持できる上限が存在している、というわけですね」
説明の終わりと同時にレギンレイヴが拳を握り込み、雷光の放出は止まった。
大気中に残るかすかな異臭だけがそこにあった現象が幻でなかったことを証明する。
「判明したスペックを見る限り、レギンちゃんの方がマナ制御能力は高いん？」
いつの間にかちゃん付けする間柄になっていたらしい。
「いえ、中姉様は姉妹の中でもひときわ魔法に特化した機体です。単純なマナの運用では敵いません、ですがマナ変換炉の能動操作は後天的性能に分類されるので」
「ワルキューレの成長性かぁ」
今までの研究と情報提供で判明していることのひとつだ。
ワルキューレは経験により、魔動機でありながら生物のごとく成長する。
それが先天的性能―ー製作者に設計されたマシンスペック以上の強さを引き出すのだ。
一方で、先行機が後天的性能として生み出した特殊能力を解析して後発機に先天的性能として組み込まれる例もあるらしい。
具体例としてレギンレイヴはゲンドゥルが後天的性能として発現した『マナ操作・射程拡張』を魔動機で再現したものが自身の『雷槍追撃』であると、上腕部をずらし射出口をさらけ出した。
こんな構造になっとったんやなぁと楽しそうに、そして呑気にウィクトが覗き込む。
当のレギンレイヴも石鶏亭との再戦の機会があれば新たな力を見せるかもしれない。いつだって苦い失敗は、容易い成功以上の教訓を与えるものなのだから。
「大量の戦闘経験を積んだこの身が維持できるマナ変換量は、姉妹の中でも上位です」
ただ事実を報告しているだけ、といった一見した無表情。
しかしよくよく見ると自負と自慢が滲んている。
ウィクトは読み取れた。ドルッケンは読み取れず、それ以上に気になったことがあったので口を挟んだ。
「むむ、ということはゲンドゥルとレギンレイヴくんが一騎打ちをした場合、キミの方が勝つのかね？」
「勝負に絶対はありませんが、この身の有利は揺るぎません」
レギンレイヴは淡々と説明した。
もとよりこの身は守護者。当時の仮想敵において最上位の脅威は同じ姉妹だった。
ワルキューレはドゥーム系の構造を流用しているので、雷を操る己は弱点を突けるパターンも多いのだと。
「な、ならば他のワルキューレがルキスラを脅かしたとき、討伐に協力してはくれんかね！？」
「お断りします」
即答であった。あまりに気負いなく返されたため聞き逃しそうになったほどだ。
「何故かね！ やはり姉妹間で戦うことに抵抗があるのか？」
「自身が見出した正義が衝突しない限り、争いを避ける協定は存在します。ですが、それはお互いただでは済まないからです」
ワルキューレは搭載している武装の威力が高すぎる。手加減などとは無縁ゆえに、まず確実にどちらかが破壊されるだろう。
レギンレイヴの目的は遺跡の維持。それが現状でクリアされている以上、自身の破壊のリスクを背負ってまで叶えたい願いは無い。
取引が成立しないのだ。
「むむむ、ならば条件に……」
「ひとよ、よく考えなさい」
ぱちり、と小枝が折れるような警告音が漏れた。
「商談を終えて、代金を渡し、しかして相手は値札を書き換え『足らぬ』と商品を渡さず、さらには受け取った金を返すでもなし」
そのような相手、取引に能わずと判断し武力による制圧に切り替えても致し方なしと思いませんか？
ガラス玉のように透き通った瞳にドルッケンの服の中が冷や汗でぐっしょりと湿る。かろうじて漏らさなかったのは奇跡と言えた。
「せやな。筋を通さんのはアカンことやわな。そういえばこの前いい喫茶店みつけたんやけど、今度いっしょに行かへん？」
「いいですね。加工食品はかつてに一歩届かないものの、無農薬の食材に触れる機会が増えたのはよろこばしい限りです」
ウィクトが注意を逸らしてくれたためドルッケンはようやく息をつき、ひとこと断って一時退室した。
忘れてはならない。肝に銘じる。
首輪がついていても、彼女もまた人の世を単独で噛み殺せる獣なのだ。
「中姉様？」
「この身には姉と呼べる機体が三体存在します。ゆえに、それぞれ上姉様、中姉様、下姉様、と」
「ふぅん」
ゲンドゥル遭遇の報告と、彼女が見出した正義、それに伴う所業をきいたときの石鶏亭トップランカー、ウィクトとワルキューレ四号機、レギンレイヴのやり取りがそれであった。
少なくとも表面上は嫌悪や悲観といった感情は見られない。
殺し、殺され。喪い、奪い。
現場に居合わせたのならいざしらず、お互いに鈍感とも言えるほど戦乱に馴染み、摩耗しきった感性をさらす。
横でドン引きしているドルッケンも自身がひとでなし寄りの価値観を有している自覚はあるので、何も言わずに聞き流すふりをする。
「そういえばさぁ」
「はい？」
「マナ変換炉って分解するぶんには無制限やろ？ どうして現象に変換するときには上限値が存在するん？」
さっきの話それで終わりかよ！ とドルッケンは激しくツッコみたかった。
悶々とする老人を置き去りに、外見だけは年若い少女ふたりの雑談はスムーズに続く。
「ああ、コツがいるのですよ」
「コツ？」
「魔法や錬技といった外殻を介さずにただ変換しただけの現象は、言ってしまえば構築が甘いのです」
レギンレイヴが掲げた手に、またたく間に大人ふたり分こんがり焼き殺せる量の電流が生まれる。
バチバチとまばゆい光を放つ雷はしかし、一定以上の密度になろうとはしなかった。
よくよく観察すると増幅しようとはしているのだが、その端から外部に漏れているのがわかるだろう。
「維持する量が多くなればなるほど制御は困難になり、制御を外れると拡散してマナに戻ってしまいます」
「あー、せやなぁ。言われてみればグレンダールの火炎拳の火も一瞬で消えるもんな。残るんは延焼している分だけや」
「保有しているマナを際限なくつぎ込むことはできますが、一定量以上は拡散してしまうので実質的な維持できる上限が存在している、というわけですね」
説明の終わりと同時にレギンレイヴが拳を握り込み、雷光の放出は止まった。
大気中に残るかすかな異臭だけがそこにあった現象が幻でなかったことを証明する。
「判明したスペックを見る限り、レギンちゃんの方がマナ制御能力は高いん？」
いつの間にかちゃん付けする間柄になっていたらしい。
「いえ、中姉様は姉妹の中でもひときわ魔法に特化した機体です。単純なマナの運用では敵いません、ですがマナ変換炉の能動操作は後天的性能に分類されるので」
「ワルキューレの成長性かぁ」
今までの研究と情報提供で判明していることのひとつだ。
ワルキューレは経験により、魔動機でありながら生物のごとく成長する。
それが先天的性能―ー製作者に設計されたマシンスペック以上の強さを引き出すのだ。
一方で、先行機が後天的性能として生み出した特殊能力を解析して後発機に先天的性能として組み込まれる例もあるらしい。
具体例としてレギンレイヴはゲンドゥルが後天的性能として発現した『マナ操作・射程拡張』を魔動機で再現したものが自身の『雷槍追撃』であると、上腕部をずらし射出口をさらけ出した。
こんな構造になっとったんやなぁと楽しそうに、そして呑気にウィクトが覗き込む。
当のレギンレイヴも石鶏亭との再戦の機会があれば新たな力を見せるかもしれない。いつだって苦い失敗は、容易い成功以上の教訓を与えるものなのだから。
「大量の戦闘経験を積んだこの身が維持できるマナ変換量は、姉妹の中でも上位です」
ただ事実を報告しているだけ、といった一見した無表情。
しかしよくよく見ると自負と自慢が滲んている。
ウィクトは読み取れた。ドルッケンは読み取れず、それ以上に気になったことがあったので口を挟んだ。
「むむ、ということはゲンドゥルとレギンレイヴくんが一騎打ちをした場合、キミの方が勝つのかね？」
「勝負に絶対はありませんが、この身の有利は揺るぎません」
レギンレイヴは淡々と説明した。
もとよりこの身は守護者。当時の仮想敵において最上位の脅威は同じ姉妹だった。
ワルキューレはドゥーム系の構造を流用しているので、雷を操る己は弱点を突けるパターンも多いのだと。
「な、ならば他のワルキューレがルキスラを脅かしたとき、討伐に協力してはくれんかね！？」
「お断りします」
即答であった。あまりに気負いなく返されたため聞き逃しそうになったほどだ。
「何故かね！ やはり姉妹間で戦うことに抵抗があるのか？」
「自身が見出した正義が衝突しない限り、争いを避ける協定は存在します。ですが、それはお互いただでは済まないからです」
ワルキューレは搭載している武装の威力が高すぎる。手加減などとは無縁ゆえに、まず確実にどちらかが破壊されるだろう。
レギンレイヴの目的は遺跡の維持。それが現状でクリアされている以上、自身の破壊のリスクを背負ってまで叶えたい願いは無い。
取引が成立しないのだ。
「むむむ、ならば条件に……」
「ひとよ、よく考えなさい」
ぱちり、と小枝が折れるような警告音が漏れた。
「商談を終えて、代金を渡し、しかして相手は値札を書き換え『足らぬ』と商品を渡さず、さらには受け取った金を返すでもなし」
そのような相手、取引に能わずと判断し武力による制圧に切り替えても致し方なしと思いませんか？
ガラス玉のように透き通った瞳にドルッケンの服の中が冷や汗でぐっしょりと湿る。かろうじて漏らさなかったのは奇跡と言えた。
「せやな。筋を通さんのはアカンことやわな。そういえばこの前いい喫茶店みつけたんやけど、今度いっしょに行かへん？」
「いいですね。加工食品はかつてに一歩届かないものの、無農薬の食材に触れる機会が増えたのはよろこばしい限りです」
ウィクトが注意を逸らしてくれたためドルッケンはようやく息をつき、ひとこと断って一時退室した。
忘れてはならない。肝に銘じる。
首輪がついていても、彼女もまた人の世を単独で噛み殺せる獣なのだ。
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