ロシア宇宙主義についてのノート・調べものメモ

ロシアの宇宙主義者たちノート

3.3 行動の呼びかけとしての思想と、3.4 全体主義精神傾向

3.3 行動の呼びかけとしての思想

ロシアの伝統では
  • 「何が真実なのか」と問うだけでは十分ではなく、
  • 「それについて何をしなければならないのか」と問う必要がある

焦点は特徴的に、その概念の理論的性質ではなく、必要とされる行動に向けられる;
  • イヴァン4世(雷帝, 1530-1584)と、1564年にリトアニアに政治亡命したクルプスキー公とは互いを非難する往復書簡
  • チャアダーエフの苦悩(第一書簡, 狂人の弁明
  • 西欧派スラヴ派の論背負う
  • ドストエフスキーの(自由と征服についての)弁証法
  • トルストイの真実の探求
  • ソルジェニーツィンの哲学的手紙「ソビエトの統治者たちへ

フョードロフの科学観に見られるように、ロシア哲学には長い間根付いていたのは:
  • すべての「-ology 思想」を「-urgy 方法」への機会と見る傾向
  • 「あるがまま」に関するすべての議論は、「すべきことをどのように達成するか」を検討の促進

3.4 全体主義の精神傾向

宇宙主義に関連するロシア思想の特徴: 全体主義の精神傾向
Rien ne fait mieux voir l’origine divine de cette religion que ce caractère d’universalité absolue qui fait qu’elle s’insinue dans les âmes de toutes les manières possibles, qu’elle s’empare des esprits à leur insu, les domine, les subjugue, lors même qu’ils semblent lui résister le plus, en introduisant dans l’intelligence des vérités qui n’y étaient pas auparavant, en faisant éprouver au cœur des émotions qu’il n’avait jamais ressenties, en nous inspirant des sentiments qui nous placent, sans que nous le sachions, dans l’ordre général. C’est ainsi que l’emploi de chaque individualité se trouve par elle déterminé et qu’elle fait tout concourir à une seule fin.

[ Piotr Tchaadaïev: LETTRES SUR LA PHILOSOPHIE DE L’HISTOIRE (1829-1836)

キリスト教の聖なる起源をはっきりと理解させるためには、その絶対普遍性にま さるものはありません。それはキリスト教をして可能な限りの方法で人々の魂の中に入り込ませ、それとわからぬ間に人々の精神をしっかと捕え、人が全力をあげてキリスト教と争っている時にすら、かつて見ざりし真理を人の知性に導入し、かつて惑じざりし感動を心にそれと感じさせ、気づかぬ間にわれわれを一般的秩序の中に据えるように感情をかき立てることによって、人の精神を支配し服させるものなのです。このようにキリスト教によって、 人間一人一人の役割は決められるとともに、すべては唯一の目的に向かって協力するのです。

[ 外川継男: "ペー・ヤー・チャアダーエフ「哲学書簡」 (翻訳及び解説) I" (1962) ]
    • 「恭順が人間の徳性の最高の段階たることは明らか」だと、自由を取り除くことを示唆
Et d’abord, il n’y a de raison que la raison soumise, cela est parfaitement vrai ; mais cela n’est pas tout. Voyez, l’homme fait-il autre chose, sa vie durant, que de chercher à se soumettre à quelque chose ? ... Or, voyons, qu’arriverait-il si l’homme pouvait se rendre tellement soumis qu’il se dépouillât entièrement de sa liberté ? Il est clair17, d’après ce que nous venons de dire, que ce serait là le dernier degré de la perfection humaine. Chaque mouvement de son âme ne serait-il pas produit alors par le même principe qui produit tous les autres mouvements du monde ? Au lieu donc d’être séparé de la nature, comme il l’est maintenant, ne se confondrait-il pas avec elle ? À la place du sentiment de sa volonté propre, qui le soustrait à l’ordre général, qui fait de lui un être à part, ne se trouverait-il pas celui de la volonté universelle, ou, ce qui est la même chose, le sentiment intime, la conscience profonde de son rapport réel avec la création entière ?

[ Piotr Tchaadaïev: "LETTRES PHILOSOPHIQUES ADRESSÉES À UNE DAME (1829-1836) -- LETTRE TROISIÈME ]

第一に、理性には従属的な理性しか存在しません。これは全く疑問の余地のないところですが,しかしこれがすべてだというわけではありません。人間を見てごらんなさい。人間は一生の間、自分が従屠すべき何ものかをさがし求める以外、何もしていないのです。... 次に,もし人が完全にその自由を喪失するほど恭順である場合を考えてみましょう。たった今述べましたところからも、恭順が人間の徳性の最高の段階たることは明らかです。まこと、人の心の動きというものは,この世のすべての運動を惹起している同じ原理によって起されているのですから、 (恭顕なる) この時、人は現在のように自然から切離されることなく、自然と融合することとなりましょう。自己自身の意志の感覚は、人をして一般的秩序から切離し孤立的な存在となしますが, この時、人間の中に世界意志の惑情,言葉を変えて申しますなら、内的な惑覚、言わば自分が全世界の一部だという深い自覚が目覚めることでしょう。

[ ペー・ヤー・チャアダーエフ「哲学書簡」 (翻訳及び解説) II ]


ロシアの思想家にとっての「自由」
  • 西洋の概念の個人の自由: わがまま・放縦
  • 真の自由: 自分自身を完成させ、全体になり、より大きな全体の一部になること

ロシア宇宙主義者たちの重点
  • 与えられたアイデアの普遍的な適用性
  • 与えられたプロジェクトの全体性
  • 統一された宇宙全体としての内的および外的性質



例外とされる、ニコライ・ベルジャーエフ(Николай Бердяев, 1874-1910)の自由とは、北見諭(2013)によれば:
ベルジャーエフ独自の自由概念を象徴的に表現している言葉「創造されざる自由」
  • 人間や世界は神による創造物だが、自由は神による創造物ではない。
    • この世の始原に存在するのは無(「神的無」)であり、神はその無から生まれる
    • 自由は、神が生まれるのに先立って世界に漂っていた「神的無」に由来する
  • 情欲としてある無のありかたが自由
    • 無から存在へ移行しようとする潜在力を秘めた無は、何ものかになろうとする激しい欲求を備えた意志
    • 万物を生みだすほどの激しい情欲に突き動かされた、自由
  • ベルジャーエフの主張は最終的にはすべての社会制度を否定するアナーキズムに至りつく






コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

管理人/副管理人のみ編集できます