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サトリ系無口さん

「おーい恵梨、早くしろよ!」
 駅のホームに電車が滑り込んできたのを見つけて彼女を急かすと、それまで歩いていたのがようやく走り出し
た。階段を駆け上がり飛び込むようにしてドアの閉まるのを邪魔してやると、少し遅れて恵梨が飛び込んだ。ド
アに足を突っ込んでいた俺も乗車すると、定刻より十数秒遅れで電車が走り出した。
「はぁー、間に合った」
「次のでも良かったけど」
「お前が人酔いするからってこんな中途半端な時間にしたんじゃないか。それに早めに買い物済まさないと、健
 児さんのお見舞い行けないぞ」
 言った俺を恵梨が睨む。そんなことは分かっているから言わなくてもいい、ということらしい。
「へいへい、いらないこと言いましたね。まあ今日の午前中くらいは健児さんのこと忘れて買い物しようぜ。最
 近の恵梨、見てて辛かったから息抜きくらいはさ」
「ありがと、信哉」
 彼女が珍しく笑む。忘れたらいいなんて言って怒られるかと思ったけど、笑って流す余裕があれば大丈夫だ。

 2ヶ月前、恵梨のお兄さんの健児さんが倒れた。その日、本当に偶然恵梨に用事があって電話をかけたら恵梨
はひたすら泣いていた。会話が成立しないので家に押しかけるとお兄ちゃんが倒れて入院した、と言う。パニッ
クになって身動きが取れなくなっていた彼女を落ち着かせ、入院の為の着替えを鞄に詰め、電話でタクシーを呼
んで、恵梨と入院用の荷物をその後部座席に放り込んだ。
 俺と恵梨とは幼馴染で、当然彼女の兄の健児さんとも仲が良くて。その人が倒れたと聞いたときには腰を抜か
しそうになった。でも芯を失って呆然としている彼女を見たらすぐさま動き出せた。心は乱れているのに行動に
迷いが生まれないなんてむず痒くて変な感覚だった。
 病院が近くなると彼女は目だけがぎらぎらと光りだし、タクシーが敷地内でドアを開けたと同時に受付へ走り
出していた。タクシーの料金を払っていてもたついたせいで恵梨から結構遅れて病室に入ると、彼女の顔は涙で
ぐちゃぐちゃに濡れていた。こんなに感情を表に出す彼女はここ数年では全然見なかったから、ちょっと面食ら
う。そのせいで健児さんがベッドの上で笑っていることさえ気がつかなかったくらいだ。
 ベッドの上で笑っている健児さんはそんなに大事ではなかったらしい。ただ過労で倒れただけだ、と軽く笑っ
て言っていた。言っていたわりに今でも入院していて、しかも手術を受けたというから本当は大事だったんだろ
う。俺はその辺のことを聞かされていないからなんとも言えないけど。

 平日朝10時とはいえ流石日本有数の繁華街だ。人混みに特別弱いというわけでもない俺でさえ気後れする人の
量が行き交っている。そんなだから彼女には目の前の光景が地獄の釜の底のように見えるだろう。
「っしゃ、気合入れて行くか」
 見ると彼女は既に気分が悪いのか土気色の顔色をしている。
「どっかで休むか?」
「時間とったら、もっと人、多くなる」
 まなじりを吊り上げて一歩を踏み出すがすぐによろける。慌ててそれを支えてやって手を繋いた。相当参って
いるみたいで、普段なら格好悪いから止めろと言うところを一睨みしただけで許してくれる。
「じゃあ行くか。人が増える前の方がいいんだろ?」
 頷いたのを確認して手を引いていく。一応目的の店の場所は聞いているから迷うことは無いだろう。

 繋いだ手が気になって仕方がない。やばい、柔らかい。考えるな考えるな考えるな、そういうことを考えてる
暇があったら安全に彼女を目的地に運んでやれ、このバカ。
 小学校からの幼馴染で今まで男女の仲を意識してなかったのに、この間健児さんが倒れたときから意識しっぱ
なしだ。電話の子機を抱えてソファに沈んでいた彼女を見てどうして好きになったんだろう。タイミングもきっ
かけも、全部最悪なのに恵梨のことが頭から離れない。

 店の中に入ると相当気分が悪かったのか恵梨が倒れこんだ。
「お、おい!?」
「だい、じょぶ。気が抜けただけ」
 駆け寄ってくる店員を手で振り払い自力で立ち上がろうとする。
「無茶するなよ。お前まで倒れたら誰が健児さんのお世話するんだよ」
「お兄ちゃんのことは関係無い」
 きつい口調、物凄い目で睨まれて一瞬たじろぐ。しかしそれも体力が無い状態では長続きがしないのか、すぐ
にそっぽを向かれた。
「あー、その、俺がいらないこと言ったのは謝る。ゴメン。でもさ、とりあえずここから動こうぜ。入り口塞い
 でたら迷惑だろ?」
「分かった」
 恵梨は少しふらつきながらも立ち上がった。数歩歩いたのを確認して胸を撫で下ろす。この足取りならさっき
よりもマシだろう。そう考えていると恵梨が振り返る。
「ゴメン。心配してくれてたのに」
 頭を下げて謝ってきた。こういう心遣いが出来るのはこいつの特技だ。
「別に気にしてないって。で、欲しいのどれ?」
 こっちとしても怒られて当然のことを言ったと思ってるし、そんなに真剣に謝られても困る。だから軽く流し
て今日の目的を完遂することにした。

 * * * * * *

 先週の今日、恵梨の家を訪れると彼女は鍵もかけずに眠っていた。物騒だな、と言いながらお邪魔する。恵梨
には『お前が勝手に入ってくる方が物騒だ』と言われそうだけど。
「――んぁ、ふぇ?」
「ああ恵梨、おはよう」
「!」
 やっぱり怒られた。せめて玄関のチャイムを鳴らせ、と静かに怒っているけど、こっちとしては数回鳴らして
反応が無かったからドアをガチャガチャやったわけで。健児さんのこともあったし、恵梨まで倒れたらどうしよ
うと思ったんだ。
 でも変に心配をかけるのもアレだし俺が失礼をしただけということにしよう。そう思ったときに恵梨が泣き出
した。ギョッとして言葉を失っていると彼女は嗚咽を噛み殺してようやく喋りだす。
「ゴ、メン、疲れてるだけ。だから、心配しないで」
「心配するに決まってるだろ。急に泣き出すし、ここ2ヶ月は病院と家の往復しかしてないし」
 健児さんが倒れる前、恵梨は口数こそ少ないだけの普通の女の子だった。服やアクセサリーもこだわったもの
を身につけていたし、それなりに人生を楽しんでいたように思える。
 しかし今は少し頬がこけ目の周りは隈が浮いて、服もかわいらしさよりも動きやすさを重視し、アクセサリー
類は邪魔だと全て外していた。
「だから今日はどこか行かないかって誘いに来たんだよ。デートしませんか?」
「そんな暇無い」
「分かってるから約束取り付けに来たの。たまには息抜きしないと、お前まで倒れるぞ」
 今の状況で彼女まで倒れたら困る。それは健児さんのお世話をする人がいなくなるという意味もあるけれど、
どれだけ心身ともに参っても決して弱音を吐かない性格をしている彼女が心配なのだ。健児さんは兄として、俺
は友達として、恵梨に倒れてほしくない。
「健児さんには俺に無理矢理誘われたって言えばいいから」
 彼女はやっと迷ってくれた。やがて結論が出たのか大きく一つ頷く。
「よし、じゃあ今から1週間後、遊びに行こう。どこか行きたいところある?」
「えっと――」
 以前から欲しかったアクセサリーがあると言う。値段を訊くとギリギリ出せる額だ。
「だったら俺がプレゼントしてやるよ」
「そんなことしてもらっても困る」
「気にすんな。俺がお前に贈りたいだけだから」
 恵梨はちょっと考えて、それから小さくありがとう、と呟いた。

 * * * * * *

 倒れてすぐに顔を合わせて以来、2ヶ月ぶりにあった健児さんは痩せこけていた。しかし元気一杯で手を振っ
てみせた彼を見て安心する。体力は落ちていても気力は漲っているみたいだ。
「よお恵梨、久しぶり」
 昨日世話をしにきた恵梨にこんな冗談を言ってみせる。大丈夫、健児さんは元気だ。変わっていない。
「お久しぶりッス、って恵梨だけスか? 俺には!?」
「お前みたいな暑苦しいのに振ってやる手なんかねーよ」
「あ、ひっでぇ〜!」
 個室だから声が響く。相部屋じゃなくて良かった。笑いながらベッドの近くまで歩み寄ると健児さんが顎で入
り口の方をしゃくる。
「恵梨が笑ってるから静かにしようか、信哉」
「そうッスね。最近滅多に笑わないから、あいつ」
 兄が倒れてから彼女が声をあげて笑うのは本当に珍しくなった。そもそも笑顔を見せることがめっきり減った
から、笑い声を聞いたのも本当に久しぶりだ。それが茶化されてるみたいで嫌だったのか、彼女はお茶を汲みに
行くから、と病室を後にした。

 彼女がお茶を汲んで戻ってくるまでに一つ訊きたいことがあった。
「健児さん、入院は過労じゃないんスよね?」
「ん。アレから聞いてないのか?」
「訊けないッスよ、恵梨からは」
 彼女は俺が家に行ったときには決まって泣いていた。そんな彼女にこれ以上負担をかけたくなかったのだ。
「あー、どうせ家じゃ沈んでるから訊けなかったんだろ?」
「そんなこと無いッスよ。TV観て笑ってます。でも介護で疲れてるときに思い出させるのも悪いッスから」
 彼女のことだ、きっと兄の前では一滴も涙を流さないんだろう。だからバレバレでも嘘をついた。恵梨が伝え
たくないんだったら俺がバラしちゃいけない。
 そんな俺の考えを知ってか知らずか、健児さんは少し押し黙る。
「えっとな、倒れたこと自体は過労だ。でも一応検査したらその結果が肺癌だった。中期の癌だってさ」
「癌、スか」
「ああ。医者からの告知のときはあいつにも立ち合わせた。家族はあいつだけだからな」
 だから2ヶ月も入院してるのか。手術というのも癌を切り取るものだったのか。愕然として言葉を失っている
と健児さんがカカカと笑う。
「お前までそんな顔するなよ。医者の話によれば手術自体は成功したって話だし、今は体力を取り戻すために休
 んでるのと変わらないからって。もう少しすれば退院できるとも言ってたぞ」
「はぁー、それならびっくりさせないでくださいよ。」
「びっくりしたのはお前の勝手だろ? それよりもさ、ここの看護婦さんなんだけど――」
 話題を逸らされたのを感じて深く追求するのは止めてそれに乗っかる。さっき通ったナースステーションに可
愛い看護婦さんがいたのを思い出す。

 お茶を持ってきた恵梨がベッドに渡した簡易机にお椀を2つ置く。俺と健児さんと、同時に手にとってグーッ
と一気飲み。ずっと喋り続けていたから喉がカラカラだ。
「でさあ、担当の看護婦さんが特に可愛いんだ」
「えー、マジッスか!?」
「でも恵梨のほうがかわいいもんなー?」
「何が?」
「看護婦さんが可愛いって話」
「健児さん、シスコンですか?」
「バーカ、兄一人妹一人なんだから溺愛するのは当然だろ」
「そういうのをシスコンって言うんじゃないんスか?」
 俺は恵梨が好きだ。こんなに妹思いの人に妹さんと付き合いたい、なんて言えるのだろうか。まだ告白もして
いないのに早計、なんて恵梨には言われるだろうけど。

「じゃあそのシスコン兄貴がお願いしようかな」
 健児さんは少し真面目な顔をして居住まいを正す。何の話だろうと考える暇もなく恵梨が叫ぶ。
「やだ! 何、いきなり!」
「恵梨、静かにしろ」
 妹とは逆に兄は静かな口調でたしなめる。今までうるさく喋っていた俺が言える筋合いではないが、ここは一
応病院の中だ。それが分かっていない訳が無いだろうに。
「どうしたんだよ、急に怒鳴るなんてらしくないぞ」
「黙ってて」
 一言吐き捨てると恵梨は無言で健児さんを睨みつける。嫌な静寂が病室を包み込んだ。恵梨は一体どうしたと
いうんだ。いくら考えても理由が分からない。
 助けを求めようと健児さんの方を見ると、恵梨と視線を合わせて外そうとしない。目も真剣そのものだった。
「分かるけど、嫌だよ。」
 恵梨がポツリと漏らす。心の奥から絞りだしたような声だった。思わず声をかけてしまう。
「え、恵梨?」
「信哉、黙ってって言ったでしょ」
「黙らなくていい。あのな、信哉――」
 彼女はツカツカと歩み寄ると腕を振りぬいて思いっきり兄の頬をビンタした。自分でも怒りのあまり我を忘れ
たという感じで真っ青になってぶるぶる震えている。頬を涙が伝う。
「――信哉、お前にしか言わないからよく聞け。こいつの勘が鋭いのには理由があるんだ。こいつ、超能力者な
 んだよ」
「はぇ?」
 健児さんの告白に対する第一声としては実に間の抜けたものだった。自分でもそう思う。


「これがいいのか?」
 彼にこう問われて私は頷く。『いつものことだけど味気の無い奴だな』と思われた。でも彼は困ったように
笑って自分の心を誤魔化すことも無く、かといってそっけない態度で自分の心を見せないようにすることもなく
て。ただただ自然体で私の言葉に接してくれた。
「ありがと」
「どういたしまして。その代わり、俺の誕生日の時にはもっと豪華なの買ってもらうからな」
 店員さんにラッピングしてもらったそれを直接私に渡す。そりゃどうせ私に贈るプレゼントだけど、ちゃんと
した場所で渡してくれればいいのに。こういう不器用なところがあるのが女の子にモテない理由なのだろう。
 でも彼に悪気は全く無い。良くも悪くも現実的というかなんというか。そういう性格なのは15年以上付き合っ
てきて表も裏もよく知っている。

 私には特別な力がある。読心術だ。
 読心術と言っても相手の仕草から心の中を読むものではなくて、近くにいる人の考えていることが頭の中に直
接情報として流れ込んでくる類のもので、もう物心ついた頃から身についている不思議な力だった。
 その力は昔やっていたドラマのように手を触れて読み取るという便利なものではなくて、私を中心とした半径
2〜3mの円の中に入り込んできた人の考えが文章となって脳の中を駆け巡るもの。しかも意識的にon・offが出来
ない能力で、人混みに入ってしまうと6人くらいの意識が混線して頭痛がしてくる厄介なものだ。
 このことを知っているのは私と両親とお兄ちゃん、つまり私の家族だけだ。親戚にだって知らされていない。
しかもそのうちの両親は既に他界していて、力のことを知っているのは私以外にはお兄ちゃんしかいない。

 彼の横に立つと自然と思念が流れ込んでくる。『やっぱり荷物を渡すべきじゃなかったかな』とか『家に帰る
まで荷物を持たせっぱなしは悪いことしたかな』とか。
「あーっと、荷物が重いなら」
 彼が全て言い終わる前に左手の紙袋を突き出すと、それがさも当然のように彼の右手に納まった。
「恵梨って昔っから勘がいいよなあ」
「信哉が鈍いだけ」
「なんだ、それなら言えばいいのに。言わなきゃ通じないよ」
 彼は『あ、でもそういうこと言わない奴だったっけな。こういうこと面と向かって言ったら怒られるから言わ
ないけど』と心で付け足した。そんなこと思ったらバレちゃうのに。そう思ったときに彼が言葉を発する。
「なんか可笑しいことでもあるの?」
「別に」
「なんだかなあ」

 信哉にはこういうときにハッとさせられる。もう人の心を読むのに慣れすぎて誰かの口と心の二枚舌を聞いた
くらいでは動じないはずなんだけど、時々彼にはその動揺がバレてしまうのだ。普通の人なら幼馴染特有の勘の
鋭さだろうと結論付けるのだろうけど、初めて当てられたとき、私は自分の持っている力が彼にもあるんじゃな
いかと心臓が口から出そうになった。
 ただ最近はその的中の質や率が下がり始めている。前は私の心を見透かしているかのような的中率だったのだ
けど、ここ2ヶ月くらいは殆ど無い。そしてその理由もはっきりと分かっていた。

「信哉」
「何?」
「ゆっくり歩いて」
「ああごめん。恵梨が人混み嫌いだからさ」『早く突っ切ろうと思った』
 そんな風に思われても困る。素早く人と人との間をすり抜けるということは、それだけ素早く大量の思念の切
り替えを要求される。例えるならラジオのチューニングで聴く局を1秒おきに切り替えるようなもので、ようや
く思念の像を結んだと思ったらすぐに次の思念に切り替えさせられるといった感じでとても疲れるし、何より常
に同時に2〜3人の心を聞くせいで気持ちが悪くなってしまう。
 それを周りには人酔いしやすい体質と誤魔化しているが、本当に人酔いする人と違って我慢して突っ切れるも
のでもないのだ。信哉なら、事情はともかくそういう体質だってことは分かっているはずなんだけど。

 私はお兄ちゃんには隠し事は出来ない。私が力で一方的にお兄ちゃんの考えを『読んで』しまうのに、私の考
えを明かさないのは不公平だからだ。
 だから私はお兄ちゃんのことなら何でも知ってるし、お兄ちゃんは私のことを何でも知っている。

「よお恵梨、久しぶり」
 ベッドから起き上がったお兄ちゃんは屈託の無い笑顔で子供みたいに手を振る。でもその元気さは私に向けら
れたものじゃなくて、多分隣にいる信哉に向けられたものだ。
「お久しぶりッス、って恵梨だけスか? 俺には!?」
「お前みたいな暑苦しいのに振ってやる手なんかねーよ」
「あ、ひっでぇ〜!」
 病院の個室だから声が響く。場違いににぎやかで思わず苦笑してしまう。
「恵梨が笑ってるから静かにしようか、信哉」
「そうッスね。最近滅多に笑わないから、あいつ」
 まだ病室の入り口にいた私を、まるで兄弟みたいに仲良く頬を寄せ合って見ている。これだけ離れればぎりぎ
り有効範囲外だ。週に3回来ている私と違って、信哉はお兄ちゃんに2ヶ月ぶりくらいに会ったから積もる話もあ
るだろう。邪魔をするのも悪いから、と一言断って給湯室へお茶を汲みに行く。
 本当は2人の心を聞きたくなくて逃げただけだ。

 2ヶ月前、仕事中にお兄ちゃんが倒れたという連絡をもらった。たまたま休みだった私は家でその言葉を聞い
て半分パニックになってしまった。何をすればいいのか分からなくてただおろおろしていたところに、偶然信哉
から電話がかかってきた。泣いて言葉尻のはっきりしない私を心配してすぐにウチに飛んできてくれた。
 信哉は事情を聞くとすぐに動き出してくれた。入院の必要があるというのは聞いていたからその準備とか保険
証とか全部用意してくれて、力が抜けて足腰の立たない私を抱えるようにしてタクシーに放り込んでくれた。あ
の時の信哉にはすごく感謝している。ただ彼も内心はパニックになっていて、それが私の頭の中に流れ込んでき
たものだから余計に落ち着けなかったのだけど。
 病室に駆け込むと、倒れたというのにお兄ちゃんはぴんぴんしていた。笑顔さえ浮かべていた。それを見た私
は柄にも無く大泣きしてしまって周りの信哉や看護婦さんを驚かせたのだけど、本当に泣くのはその後からだっ
た。
 検査して分かったお兄ちゃんの病名は、肺癌。検査結果を聞くとき、お医者さんから家族を同席させてほしい
と言われた時点でお兄ちゃんは覚悟を決めていた。
『タバコの吸い過ぎかな。最近喉の調子おかしかったし、何かヤバい病気なのかも』
 ポツリと呟くように『思い浮かんだ』言葉が聞こえてきたときにまた泣いてしまった。体調が悪いお兄ちゃん
に慰めさせてしまった。
 そんなこんながあって、今は病巣を切り取って徐々に身体を慣らしている段階らしい。日に日に元気になるお
兄ちゃんを見て私は安堵していたけど、心の奥では灼けるような不安が燻っていた。その不安を大きくしたくな
くて、手術からこっち、なるべくお兄ちゃんの心を読まないようにしている。

 同じようにお兄ちゃんと一緒にいるときの信哉の心を聞きたくない。お兄ちゃんが倒れた日から、信哉は私を
女性として意識し始めた。最近ではもう私のことばかり考えている。
 私も信哉のことは好きだ。でもそれは裏表の少ない、友達の信哉が好きなんであって、彼と恋愛関係を築きた
いとは思えない。いい仲になれば、絶対私の力のことが知れてしまう。
 小学校からずっと仲の良い友達なのだ。バレるのが、バレて嫌われるのが怖い。

 お茶を汲んで戻ってくるとまだ馬鹿話をしている。ベッドに備え付けられている小さなテーブルに人数分のお
椀を置くと喉が渇いていたのか2人とも一息に飲み干してしまう。
「でさあ、担当の看護婦さんが特に可愛いんだ」
「えー、マジッスか!?」
 病み上がりのお兄ちゃんも一気飲みだ。慌てた私が声をかけようとするとお兄ちゃんは心の声で押し止める。
『いいから、大丈夫だから。その証拠に苦しいって思わなかっただろ?』
 視線と会話は信哉に向けながら心の声を飛ばしてくる。普通の人は二枚舌が出来てもこういう思考の並列作業
は出来ない。それを平気な顔をして出来るようになったのは近くに私がいたからだ。
「でも恵梨のほうがかわいいもんなー?」
「何が?」
「看護婦さんが可愛いって話」
「健児さんシスコンですか?」
「バーカ、兄一人妹一人なんだから溺愛するのは当然だろ」
「そういうのをシスコンって言うんじゃないんスか?」
 信哉は笑って突っ込みを入れているけど内心は穏やかじゃなかった。『こんなに妹思いの人に付き合いたいな
んて言えるのだろうか』なんて考えてる。まだ私に告白してもいないくせに。

 私は昔から無口・不機嫌・近付けないで通してきた子供だった。何もしなくてもその人の本心が聞こえてきて
しまって、必要以上に会話をすることも無かったのだから仕方がない。本音が読めるから決定的に嫌われること
はなかったけど、勘が良過ぎると気味悪がられ好かれることもなかった。
 それがこの大変な時期に、今まで私の心の癒しだった信哉が私を好きだと『思って』いる。誰かに好意を向け
られるのは初めてだし、しかもそれがよりにもよって信哉だ。今まではお兄ちゃんのことは信哉に頼っていたの
に、今度は信哉のことで悩まされるなんて。一体誰に頼ったらいいのか分からない。
 私は今、これまでで一番読心能力を捨てたいと思っている。

「じゃあそのシスコン兄貴がお願いしようかな」
 その途端、お兄ちゃんの考えていることが『聞こえた』。
「やだ! 何、いきなり!」
「恵梨、静かにしろ」
「どうしたんだよ、急に怒鳴るなんてらしくないぞ」
「黙ってて」
 お兄ちゃんはとんでもないことを考えていた。信哉に能力のことバラすなんて、そんなことを許すわけにはい
かない。お兄ちゃんを無言で睨みつける。嫌な静寂が病室を包み込んだ。
『恵梨、俺はもう長くないなんてことを言うつもりはない。まだ死にたくないから。でも順番で言えば俺の方が
 ほんのちょっと先に逝くんだ』
 お兄ちゃんが思念で語りかけてくる。信哉の困惑した思念も流れ込んでくるけど今はノイズでしかない。
『だから俺だけに頼っちゃダメなのは分かるよな?』
 視線を切り結んでいるお兄ちゃんの目は真剣そのものだ。それだけでも私のことを考えてくれているのが分か
る。分かるけど嫌だ。唯一人の家族から切り離されるみたいで嫌だ。
「分かるけど、嫌だよ。」
 それになんでそんな大事なことを勝手に、一人で決めてしまうの? 私に決定権は無いの?
「恵梨?」
「信哉、黙ってって言ったでしょ」
「黙らなくていい。あのな、信哉――」
 気づけばお兄ちゃんの顔を引っぱたいていた。そこで私は耐え切れなくなって涙をこぼしてしまう。そんな私
に動じることなく、お兄ちゃんは口を開いた。
「――信哉、お前にしか言わないからよく聞け。こいつの勘が鋭いのには理由があるんだ。こいつはな、超能力
 者なんだよ」
 もうダメだ、言われてしまった。お終いだ。
「はぇ?」
 そんな私の気持ちと遠くの方で、信哉は実に間の抜けた声を出した。


 倒れてすぐに顔を合わせて以来、2ヶ月ぶりに信哉に会う。元気な態を装って点滴の痕が無い方の腕を力一杯
振った。腕は、自分でも少し引くくらいの傷跡が残っているからあんまり見せたくない。
「よお恵梨、久しぶり」
 恵梨は昨日世話をしにきたのだが、この言葉は隣の信哉に向けたものだ。ちなみに病室に入ってきてから一度
も信哉とは視線を交わしていない。それが不満だったのか信哉が口を開く。
「お久しぶりッス、って恵梨だけスか? 俺には!?」
「お前みたいな暑苦しいのに振ってやる手なんかねーよ」
「あ、ひっでぇ〜!」
 久しぶりにこいつのやかましい声を聞いた。2ヶ月前に会ったときは俺がぶっ倒れた後だったから珍しく静か
にしていたからな。
 笑いながら信哉が近づいてくるが恵梨は入り口に立ったままクスクスと笑っている。それに気づいていない信
哉に気づかせようと、顎で入り口の方をしゃくった。
「恵梨が笑ってるから静かにしようか、信哉」
「そうッスね。最近滅多に笑わないから、あいつ」
 2人して笑ってやるとお茶を汲んでくる、と恵梨は逃げ出した。

 妹の能力を知っているのは俺だけだ。俺以外にも俺達の両親は知っていたが、あいつが中学の頃、2人一緒に
事故で死んだ。当時既に成人していた俺は妹を養うために実家に戻ったが、生活がかなり辛かったのを覚えてい
る。
 そんな生活の中でも妹は強がった。俺の考えていることなんて筒抜けなのにそれでも俺に負担をかけまいと頑
張り続けた。一度熱を出して倒れたときに俺にだけは嘘を吐くな、と言ったことはあったが、あいつは本当にダ
メなときには誰にも相談しない。しかもそれに自覚がない。
 今回のことだってそうだ。俺が倒れてから妹は毎日のように病室に来てはお喋りをしていたが、心の底から笑
うことは殆ど無かった。笑っても顔に貼り付けたような薄い笑みで、あいつのことをよく知らない人から見れば
笑っていると錯覚するかもしれないほどのものだ。しかし俺は実の兄で、見抜く程度の眼力はあると自負してい
る。
 あいつのそんな性格はすごく危ういものだ。妹には俺以外にも頼れる存在がいないといけない。今回倒れてよ
く分かった。もし俺が逝ったら、彼女は瞬く間に潰れてしまうだろう。

「健児さん、入院は過労じゃないんスよね?」
 それまでアホ面をしていた信哉が入り口の方を探ると、急に真面目な顔つきになる。
「ん。アレから聞いてないのか?」
「訊けないッスよ、恵梨からは」
「あー、どうせ家じゃ沈んでるから訊けなかったんだろ?」
「そんなこと無いッスよ。TV観て笑ってます。でも疲れてるときに話を聞くのも悪いッスから」
 信哉は嘘が下手だ。嘘を吐くんだったら相手の目を見て言うのは基本のテクニックだぞ?
 しかしやっぱり恵梨は家でも疲れを溜め込んでいたのか。大きく息を吐き出す。
「えっとな、倒れたこと自体は過労だ。でも一応検査したらその結果が肺癌だった。中期の癌だってさ」
「が、癌スか」
「ああ。医者からの告知のときはあいつにも立ち合わせた。家族はあいつだけだからな」
 そう、今は恵梨の家族は俺だけだ。でも恵梨は力を持っている以外は極普通の女の子なんだ、いつかは好きな
人が出来て、いつかは結婚をしたいと思うだろう。そして自分の能力を隠して一緒に生活を送れるほど強くもな
いし器用でもない。
 診断結果を知らされて沈んだ顔をしている信哉を元気づける様にわざと声のトーンを上げる。1ヶ月くらい前
の俺と同じ顔だ。手術も成功してそんなに沈む必要も無いんだから、手間をかけさせるなよ。
「お前までそんな顔するなよ。医者の話によれば手術自体は成功したって話だし、今は体力を取り戻すために休
 んでるのと変わらないからって。もう少しすれば退院できるとも言ってたぞ」
「はぁー、それならびっくりさせないでくださいよ。」
「びっくりしたのはお前の勝手だろ? それよりもさ、ここの看護婦さんなんだけど――」
 湿っぽい話は性に合わない。話題を逸らすことにした。

 お茶を持ってきた恵梨がベッドに渡した簡易机にお椀を2つ置く。ありがとう、と一言断って一息に飲む。こ
んな当たり前のことも少し前まで出来なかった。
「でさあ、担当の看護婦さんが特に可愛いんだ」
「えー、マジッスか!?」
 チラと恵梨の方を見ると心配そうな目でこちらを睨んでいる。病み上がりなんだからゆっくり飲めと言いたい
らしい。
 いいから、大丈夫だから。その証拠に苦しいって思わなかっただろ?
「でも恵梨のほうがかわいいもんなー?」
「何が?」
「看護婦さんが可愛いって話」
「健児さん、シスコンですか?」
「バーカ、兄一人妹一人なんだから溺愛するのは当然だろ」
「そういうのをシスコンって言うんじゃないんスか?」
 シスコンと言われても家族として愛しているだけで男女の感情は無い。というか十以上も歳が離れていればそ
ういう目で見ることも無い。
 でもこいつは違うんだろう。妹と同い年で、近所に住んでいて、こんなに世話をしてくれている。男として女
が好きでなければこんなことはしない。それに妹もまんざらではなさそうだ。本当に嫌ならここには連れて来な
いだろうから。

「じゃあそのシスコン兄貴がお願いしようかな」
 バカ話を打ち切って居住まいを正す。妹を任せてもいいのは、今はこいつしか見つからない。
 恵梨の超能力のことを信哉に打ち明けよう。ずっと前から考えていたことだしな。
「やだ! 何、いきなり!?」
 恵梨が目を見開いて驚いているが知ったことじゃない。言うと決めたのは俺の勝手だ。
「恵梨、静かにしろ」
「どうしたんだよ、急に怒鳴るなんてらしくないぞ」
「黙ってて」
 恵梨が突然怒鳴るものだから信哉は狼狽しているが、構っていても仕方がない。これからもっと驚かせること
を言うのだから。
 恵梨が泣きそうになっている。笑う以上に泣くことは珍しい。唐突な『告白』なら怒るだけだろう。泣いてい
るのはその相手が信哉だからか?
 恵梨、俺はもう長くないなんてことを言うつもりはない。まだ死にたくないから。でも順番で言えば俺の方が
ほんのちょっと先に逝くんだ。だから俺だけに頼っちゃダメなのは分かるよな?
「分かるけど、嫌だよ。」
「恵梨?」
「信哉、黙ってって言ったでしょ」
「黙らなくていい。あのな、信哉――」
 言いかけると妹に頬を叩かれた。叩き慣れていないもんだから衝撃が変に残って頭がくらくらする。
「――信哉、お前にしか言わないからよく聞け。こいつの勘が鋭いのには理由があるんだ。こいつはな、超能力
 者なんだよ」
 言ってやった。ずっと家族で背負ってきた秘密を、ついに外に漏らしたのだ。
 本当のところを言うと俺1人で恵梨のフォローをするのは非常に疲れる。しかしこれからは2人で請け負える。
これで俺も少しは楽を出来るかな?
「はぇ?」
 俺の安堵を置き去りにして、信哉が情けない声をあげた。

 おいおい、一大事を告白したんだからもう少しちゃんとしたリアクションをとってくれよ。びっくりするだ
ろ、普通は。『お前の幼馴染は超能力者なんだ』って言われたんだぞ。
 そんな風に憤っている俺に信哉は顔に苦い笑いを貼り付けて呟く。
「あのー、もう帰ったほうがいいッスか?」
「何でだよ」
「いや、超能力とか言われても、その、病院暮らしでお疲れッスか?」
 これには俺達兄妹が毒気を抜かれた。こっちは真剣に秘密を告白したのにそんなはぐらかしかたって無いだろ
う。しかし冷静に考えれば信哉の反応の方が正しい。
「本当の話なんだよ、なぁ?」
 恵梨に同意を求めるとまだ呆気に取られていた。俺の狼狽と信哉の狼狽が同時に流れ込んでいるせいか、自分
の思考を纏めきれていないらしい。頭痛がして思わず溜息をつく。
「まああれだ、お前もこいつのことが好きならいつかは向き合わないとダメな話だからな。おい恵梨、お前にも
 言ってるんだぞ?」
 急に矛先を自分に向けられて黙り込んでしまう恵梨と、ようやく話を信じ始めている信哉。奇妙な空気が病室
には流れていた。

「本当に、本当なんスか?」
 静かな病室に信哉の声が響く。弾かれたように恵梨が病室から出て行こうとした。はっきりと自分が異常だと
断言されるのが嫌なのだ。
「恵梨!」
「ゴメンお兄ちゃん、帰るね。」
 妹は俺の声を無視して出て行く。病室のすぐ外からは駆け出していったのか、リノリウムの床に響く足音がす
ぐに遠ざかっていった。
「逃げるなよ、馬鹿野郎」
「あの――」
 完全に置いてけぼりを喰らっている信哉に声をかけられた。
「――俺、行ったほうがいいですかね?」
「いや、いいだろ。それよりもさっきの話の続きだ」
 椅子に座らせて一つ一つ説明をしていく。いつ知れたのか、誰が知っていたのか、どんな力なのか。力の内容
を聞いたとき、信哉は息を呑んだ。
「読心術……」
「そうだ。サイコメトリーとかスキャンとか、いろんな呼び方されて創作モノでは題材になってるらしいけど。
 ただウチのはそんなに使い勝手のいいもんじゃなくてな」
「?」
「能力の効果範囲に踏み込んだら、あいつの好き嫌いにかかわらず他人の考えてることが全部筒抜けになる。自
 分の意思ではスイッチが切れないらしいんだ。強制的に声が響くんだと。だからあいつはいつも他人と自分を
 遠ざけようとする。例外は死んだ両親と、俺と――お前くらいだ」
「お、俺スか!?」
「あいつ、嫌なことがあったらはっきり言うタイプだろ? 拒否されることもなくここまで恵梨と一緒に来れた
 んだからまず間違いない」
「いや、でも」
「何をグズグズ言ってるんだよ。もしお前があいつの立場だったらどうだ? 嫌いな相手の心を読みながら行動
 したいか?」
 これだけ条件が揃ってるのに煮え切らない奴だ。男ならたまにはガツンと行け!
 俺の言葉を聞き、俯いて暫く何事かを考えていた信哉はやがて顔を上げ口を開いた。
「健児さん、俺――」


 最低だ、最低だ、最低だ! あの馬鹿兄、バラした!
 次々に驚く人の声が『聞こえて』くるけど、そんなものにいちいち構ってはいられなくなっていた。
 顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚しながら我が家のドアに飛び込んですぐに戸締りをする。これで追いかけて
きても話をせずに済む。

 『追いかけて』? 誰が追いかけてくるというんだろう。お兄ちゃんはベッドに縛り付けられているのに。
 信哉が? ありえない。私のことを好きなのは嫌ってほど『聞いてる』から知ってる。でも読心術について聞
いた後も変わらず好きでいるのだろうか。私みたいな人の心の奥底を勝手に覗き込むような非道い奴、嫌いにな
るに決まってる。

 顔を洗うついでだと、ちょっと早い時間だけれどお風呂に入ってしまう。シャワーヘッドから流れ出たお湯が
涙と心のモヤモヤを洗い流していく。
 多少すっきりとしてから部屋のベッドに潜り込む。タオルケットを被って目を閉じてもなかなか眠れない。興
奮しすぎて落ち着かないのだ。馬鹿馬鹿馬鹿、と口の中で呟いても心は晴れない。お兄ちゃんのことでイライラ
して、それで寝付けないから更にイライラして、と暫く収まりそうに無い。それでもじっとしていれば眠れるだ
ろう。そう思って何度目かの寝返りを打ったとき、階下からチャイムの音が聞こえてきた。

 最初は宅配便か新聞の勧誘だと思っていた。今日は無視しよう。色々あって疲れたし、今日はこれ以上誰かの
心を『聞き』たくない。
 でもしつこく鳴り続ける。今度は小学生の悪戯かと思った。それならわざわざ玄関先に顔を出さなくてもその
うち飽きるだろう。というか起き上がって階段を下りていくのが面倒くさい。しかし――
「うるさい」
 ――どこの小学生だ。もう5分近く鳴らし続けている。しょうがないのでごそごそ起き出して、リビングのイ
ンターホンを受ける。
「はい」
《あ、やっぱりいた》
 ひび割れてはいたが間違いなく信哉の声だった。もう成人しているというのに子供っぽいところは相変わらず
だ、じゃなくて。思いもよらない相手に慌てた私は受話器を置く。すぐまたインターホンが鳴り出す。今度は受
話器を取ってすぐに切った。また鳴り出す。そんなことを5回も繰り返して、キレた。受話器を床に叩きつけて2
階の自室に駆け上がる。
 嫌がらせだ。嫌がらせに違いない。病室での空気くらい読んでよ。私と違って心の中が読めなくてもなんとな
く分かるでしょ? それともそれも全部分かった上での嫌がらせ?
 ダメだ、これ以上相手をしたら私が参ってしまって暫く立ち直れなくなる。お兄ちゃんの世話だって続けてい
かないといけないのに、勝手に潰れる訳にはいかない。私しかいないんだから。
 部屋に飛び込んでドアを閉め、タオルケットを頭から被って耳を塞いだ。ついでに携帯電話が光っているので
電池を引っこ抜いて黙らせる。これならいくら頑張っても声は聞こえてこないし、玄関の鍵を閉めているから心
の声も聞こえてくることはない。

 目を瞑っているとだんだん眠くなってきた。今日は色々ありすぎた。心身ともに疲労のピーク。さっきのイン
ターホン越しのやり取りでさらに疲労している。
 今度こそ寝よう。こんど、こそ。
 ガチャン!
 異質な金属音で目が覚める。聞き覚えがある音だけど寝ぼけた頭じゃ思い出せなかった。台所に積み上げた何
かが崩れたとか? いや、違う。それなら今聞こえている、この足音は何?
 その足音は真っ直ぐ私の部屋の前に来ると、止まった。ドアノブがゆっくり回って、それからドアが開く。
「恵梨」
 やっぱり信哉だ。この家の間取りを知っている人なんて数えるほどしかないんだから、真っ直ぐ階段を上がっ
て来たときには気がついていた。
「ピッキング?」
「違うよ。健児さんから鍵借りてきただけ」
 ベッドの上に座ってる私と入り口に立っている信哉とは目測で4mくらい離れている。そうだよね、そこなら自
分の心の内を聞かれずに済むもんね。私にとってもそっちのほうがありがたいし、出来ればそのまま帰ってほし
いくらいだ。
 でも私のそんな気持ちを無視して信哉は部屋の中に入ってきた。後一歩で能力の範囲内。
「信哉」
「何?」
「帰って」
「勝手に家に入ったから?」
「入ろうとしてるから」
「ああ、超能力の範囲ってやつ? そんなの気にしてないよ」
 カチンときた。
「そんなの、嘘だよ!」
 ああ嫌だ、こんな風に怒鳴ったりしたくないのに。
「誰だって気分が悪いに決まってる!」
「まあちょっとだけ気分は悪いけど」
 ほらやっぱり。今まで普通に付き合えてたのに、これで終わりだ。信哉は私の領域に入ってこなくなってしま
うだろう。私が安心して手を繋げるのは信哉だけだったのに。
「ゴメン、今更だけど聞いてくれないかな?」
 黙っていると了承のサインと受け取った信哉が話し始める。

「俺、恵梨のことが好きだ。今まで黙ってたけど、好きだ」
 だからなんだと言うのだろう。そんなことは勝手に心の中を覗き込んだから知っている。
「だから付き合ってほしい」
 以前から馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたけど、やっぱり馬鹿だった。誰が好きで私の能力範囲に入りたがる? 
そんなことをするのは馬鹿か物好きしかいない。
 家族だって、否が応でも一緒にいないといけないだけだ。お兄ちゃんが私の力のことをいつも考えていたのは
知っている。それがずっと負担になっていたことも、あの歳で結婚を考えない理由になっているのも知ってる。
だって、全部筒抜けだったんだから。
「で? 私には嘘を吐けないよ」
「構わないよ。どうせ小学生の頃から10年以上バレバレだったんだし、あと60年くらいどうってことない」
「60年?」
「うん。俺は恵梨と一生一緒にいて構わない、いや、いてほしいから」
 この言葉には唖然とせざるを得なかった。これでは恋人になってほしいという告白ではなくて、結婚してほし
いというプロポーズではないか。

 ぽかんと口と目を開いたままだった私の返答を待たずに信哉はさらに喋り続ける。
「実は恵梨が帰った後に健児さんとずっと話してたんだけどさ、最終的にぶん殴ってきちゃった」
 何の話だか分からないという顔をしている私へ、信哉は舌を出しておどけて後で謝っておいてほしい、と付け
加えた。
「どうして?」
「恵梨がいないところで恵梨の秘密を喋ったから。少なくとも、お前がいるところで話さないといけないことだ
 ろ」
 確かに私は怒った。どうして当人に相談せずにそんな大事な話をしてしまうのかって。でもなんで信哉が怒っ
て喧嘩するの?
「俺は秘密があるんなら本人の口から聞きたかった。こんなのは卑怯だよ」
「黙って人の心を読む方が卑怯」
 だから私の力は嫌われるんだ。両親だって私のことを気味悪がっていた。お兄ちゃんは私のことを負担に考え
ている。信哉もきっとすぐに私のことを嫌いになる。好かれてから嫌われるなら、いっそ最初から嫌われていれ
ばいい。そっちの方がダメージは少ないから。
「そんな奴のことが好きとか、馬鹿?」
 俯いて黙ったままの信哉にさらに言葉を投げかける。
 私のことを嫌いになってほしい。散々信哉の心の中を読んでいたくせに自分を傷つけたくなくてこんな言葉を
吐く。馬鹿なのは私の方。最低だ。
「馬鹿で何か問題でもあるのかよ」
「ただ嫌いなだけ」
「じゃあ好きになってほしい」
 無茶苦茶を言う。何を考えてるのか分からない。
「何を言ってるのか分からないって顔してるな。それなら――これで分かるだろ?」
 デッドラインの手前で立ち止まっていた信哉が、大きく一歩踏み出した。

『恵梨、好きだ』
 頭に声が響く。耳を塞いでも聞こえなくなるものじゃないのは分かっているのに、思わず塞いでしまう。
『好きだから、一緒にいたい。好きだから、心を読まれても構わない』
 心の声が聞こえる。嫌なノイズが混じらないその『声』は本当に心の底からそう思っているという証拠だ。
『理想論だと自分でも思うよ。それでも一緒にいたい。我侭かな?』
「我侭だよ」
『やっぱりそうか』
「自分のことだけ」
『俺のことだけど、恵梨のことでもあるよ』
「自分勝手」
『確かに』
「こんな力、いいところなんてない」
『あるよ。浮気予防にいい能力じゃないか』
 最後の『一言』に私は思わず笑いをこぼしてしまった。確かに嘘をつけないんじゃ浮気なんて出来ないだろう
けど、そういうことじゃなくて。
「私が気にする」
『俺は気にしてない』
「私に嘘は吐けないよ?」
「『嘘じゃないよ』」
 口から発せられた声と見事にシンクロした『声』。嘘じゃない。 
「恵梨?」
 私は肩を震わせて泣いてしまった。力のことを知っても好きでいてくれる人がいるのが、こんなに嬉しいこと
だとは知らなかったのだ。

 ただただ涙を流している私に、信哉はなんと声をかけようか迷っていた。葛藤も全部丸『聞こえ』だというの
に、じっとその場から動かず考えている。
「信哉」
「は、はい、何でしょう?」
「別に、肩とか抱いてくれなくていいから」
「んぐっ!」
 また私の力のことを忘れていたらしい。顔を真っ赤にしている。そうやってぐるぐる考えてるのも全部バレて
るの、分かってる? ホント馬鹿なんだから。
「いいよ、ありがと」
 呆れて涙も止まってしまった。もう笑うしかないくてクスクスと声を漏らす。そんな私の様子を見てなのか、
信哉はようやく安心してくれた。私の座っているベッドの縁に腰掛けて口を開く。
「あのー、落ち着いてからでいいからさ、さっきの答えを聞かせてくれないかな。俺もそれなりに緊張とかした
 んだし、さ。」
 この言葉に答えかけて、ふと思った。私は信哉のことをどう思っていたんだろう?
「今日はもう帰れって言うんなら帰るよ」
 信哉のことは嫌いじゃない。一緒にいたら安心する。私が唯一、心を許せる他人。
「でも答えを出すのは忘れないでほしい」
 なら好きなのだろうか。家族以上に心を許せる他人。その存在はありがたいし嬉しい。ありがたい、嬉しいと
いう気持ちは恋愛感情なのかな?
「恵梨、聞いてる?」
 ずっと一緒にいたいってことは、男と女なんだから夫婦になるってことで、夫婦になるってことはつまり恋人
になるわけで。
「恵梨さん?」
 信哉と恋人同士になりたい? デートしたり、キスしたり、エッチなことしたり――
「恵梨っ!」
「ひゃっ! 何?」
「何って、お前なあ」
 信哉は『呼んでも返事しなかったのはお前だろ』と心の中で大きく溜息をつく。
『それに距離が近いんだからもう少し身構えろ。襲いたくなったらどうするんだ。あーヤベ、さっきから唇ばっ
 かり見てる。チューしたいかも』
 私がちょっと睨むと、すぐに思考を読み取られてるのを思い出した。
「あ、ゴメン」
「大丈夫、慣れてる。それに信哉なら――」
「俺?」
「――してもいいよ」
 私も信哉とずっと一緒にいたい。それだけは間違いない。恋愛感情とかよく分からないけど、恋人同士がする
ようなことは、信哉とならやってみる価値はあると思う。

 信哉は口をパクパクさせてぐるぐる考えている。意味が分かってないのかな。
「チューしたくない?」
「いや、その、したいとは思ったけど」
「じゃあしよう」
 信哉の首を抱きしめるとキーンという『音』が聞こえてきた。突然の出来事に頭が追いついていないらしい。
本当のパニックを起こした、何も考えられない状態の人からこんな『音』を聞いたことがある。
 まあいいや。ちょっとチュッてするだけだから信哉もそのうち落ち着くだろう。
 目を閉じてゆっくり接近する。信哉のせいで耳鳴りが酷いけど我慢だ。唇をほんの少し触れさせる。薄い唇、
見た目通りにちょっと硬い。
 まさかファーストキスを、こんな風に自分から行くとは思っていなかったな。
『え、ええええ、恵梨さんナニやってマスか!?』
「キス」
「んなこたー分かってるって! 何を唐突にって話でしょ! 正気か!?」
「してみたかった」
「してみたいからって、お前」
 そういうのは良くない、筋が通ってない、とごにょごにょ語尾を濁す。
「信哉、私もずっと一緒にいたい」
 一瞬、何を言われたのか分からないと彼の動きが止まる。私と見つめあって数秒、やっと動き出した。
「ぇえっ!? それってさっきの質問の答えでいいのか?」『こんなにあっさり!?』
「うん、あっさり」
「いや、だってさ」
「答えなかった方が?」
「それは、その、ありがとう」
 信哉の混乱が一気に引いていく。『上手く言いくるめられたなあ』じゃないでしょ。大体、まだ私が首に引っ
かかってるのにそれには気をかけてくれないの?

 もう一度距離を詰めるとようやく気づいてくれた。首を逸らせて私から逃れようとする。
「ちょ、恵梨!?」
「キス、したい」
『いいのかなあ』
「いいよ」
 やれやれと信哉は軽く息を吐くと私に覆いかぶさってきた。さっきと変わらない、ゆっくりとしたキス。違う
のは彼から来てくれていることくらいだ。
『やっぱり柔らかい。うわ、なんかいいにおいしてきた。風呂上り? 髪もしっとり濡れててすげーそそる』
 信哉の考えてることが全部流れ込んでくる。こういう思考が流れ込んできても不快にしか感じたことはないの
に、どうして信哉の思考はこんなに心地いいんだろう。
 もっと『声』、聞きたいな。
『やばい、キスだけなのに止まらなくなる。舌、入れてみようかな。怒られるかな』
 怒らないよ。信哉になら何をされてもいいから。その証拠にほら、私から舌を出してるでしょ?
『う、わ、舌!? ――ああそっか、こういう風に考えてること全部バレバレなんだっけ。恵梨、俺、その気に
 なっちゃうよ?』
 いいよ。信哉なら、いいよ。
 唇の合わせ目を割って口の中に侵入すると信哉の舌が待ち受けていた。生暖かくて唾液でぬめつく肉の塊が舌
の先に触れると、電流が走ったみたいな感覚が全身に走る。本当なら不快に感じる感触なのに、もっともっと欲
しくなる。
『ぐにゅぐにゅですげえ気持ちいい。息は辛いけど恵梨が好きだからかな、やめたくない』
 舌に力を入れて尖らせてつつきあう。歯に当たったり歯茎に当たったり舌同士が触れ合ったりすると、その度
に私の頭の中が溶けていく。その中に信哉の思考が流れ込むから彼の色に染められていくみたいだ。

 息が苦しくなって信哉の胸板を叩くと、来たときと一緒でゆっくりと離れていった。彼の舌から垂れた唾液が
私の顔に落ちる。
 もったいないな、これ。酸欠で揺れている思考に任せて何度も指で掬って口に運ぶ。
「すげ」
「何?」
「いや、そうやって指舐めてるの見るとさあ、その」『フェラしてるみたいでエロい』
 もう、信哉も慣れないな。恥ずかしくて言い淀んだんだろうけど、全部『聞こえて』るんだよ? そっちの方
が恥ずかしいよ。もし指摘したら、信哉、どんな顔するのかな?
「してあげようか」
 不思議そうな顔をして私を見て、それから顔を赤く染める。一瞬考えただけでも全部通じることをいい加減に
覚えてほしい。
「頼んでもいいのか?」
「うん」
 信哉は私と身体を離して膝立ちになる。ベルトに手をかけてズボンを下ろし、パンツも下ろしてしまった。大
きくなったそれが外気に触れた。
 すごい、こんなに大きいんだ。それに想像していたよりもごつごつしている。膨らんでるところは血管かな?
触ってみてもいいのかな? フェラって口ですることなんだし、手で触るくらい、いいよね?
 手に取ってみて、その熱さに驚いた。人の体の一部とは思えないくらい熱かった。先っぽが特に熱くてしかも
ぶよぶよと柔らかい。珍しくて捏ね回す。どんどん大きくなってくる。
『うわっ! 恵梨の手、冷やっこい。ヤバ過ぎる。気持ちいい』
「気持ち、いいんだ」
「そりゃ恵梨が触ってるから。微妙に慣れてない手つき、気持ちよくて」
 普段しないような触り方をされても興奮するんだ、変なの。でも遊んでる知り合いから聞いた、興奮すると大
きくなるっていうのは本当なんだな。

 口を近づけて一舐め。まず先端の割れ目の周囲を濡らして、そうしてその範囲を広げていく。ずっとズボンの
中に収まっていて汗をかいていたせいかちょっと汗臭い。おしっこの臭いもする。
『恵梨が、舌で、してくれてる。すぐに出ちゃいそうだ。あ、そこっ!』
 彼の身体の表側の、筋になっているところを舌でなぞると『声』のトーンが跳ね上がった。と同時に彼のおち
んちんも跳ねて私の鼻を掠めていく。
 上手く口でしてあげられるように押さえないとダメだな。でも手で押さえたら、押さえたところは舐められな
くなっちゃう。どうしたらいいだろう?
 そんなことを考えながら先端にキスをしたとき、はた、と気がついた。このまま口で咥えてしまえばいい。そ
うすれば口の中で舐めることも出来る。
 そうと決めたら迷いは無かった。口に先端のぶよぶよしたところを咥えて舌を走らせる。気持ちいいという信
哉の心にも気を払って、彼の『声』が一番大きくなるポイントを探っていく。
『く、口の中!? いきなり、そんな、うわぁっ! 先っぽが、裏筋がっ!』
 どうもさっきの筋張っているところは裏筋と言うらしい。身体の表側にあるのになあ。
『うわっ、イくっ! ヤバいから、イくから、恵梨っ、離せっ!』
 イきたかったらこのままイっていいよ。気持ちいいって証拠だもんね?
 そんな私の考えは間違っていることに気がついたのはほんの数秒後だった。信哉のおちんちんが私の口の中で
ひときわ大きくなって、跳ねて、それから精液を吐き出した。

 いきなり口の中にぶちまけられては堪ったものじゃない、思いっきりむせて口を離してしまう。そんな私にお
構いなしに射精は続いて、2回目、3回目と飛び散るそれが私の顔と喉の辺りに落ちた。
 口の中のどろどろは耐え切れなくて吐き出してしまった。身体に飛んだ精液はゼリーみたいに固まっていて流
れ落ちる気配も無い。
「ゴメン、堪えきれなくて」
「構わない。離さなかったのは私が悪い」
 あんなに苦しいものだとは思わなかった。甘く見ていた。信哉が『声』で注意してくれたのに。
「そんなことない。俺、気持ちよくてこのままでもって、どこかで考えちゃってたし」
 ホント、馬鹿だな。人の心の移り変わりの記憶なんて後から書き換えることが出来てしまう。だからそのとき
思ったことと後から言うことが食い違うのは本当によくあることだけど、私に気を使ってわざと嘘をつかなくて
いいんだよ? 何度も言ったけど、私に嘘はつけないんだから。
 それよりも、信哉が私の身体を触りたがっていることの方が大事。胸とかアソコとか触られちゃうんだ。どう
しよう。自分でしたときよりも痛いのかな? 気持ちいいのかな? 優しくしてくれるかな?
「いいよ、信哉」
 正直、自分の大事なところを他人に預けるのは怖い。でも全部打ち明けたんだ。今まで秘密にしてたこと、全
部。エッチくらい、今更、だよね?
「私も気持ちよくなりたい」
「うん。痛かったらすぐ言ってくれよ? 俺、こういうことするの初めてだし、お前と違って相手の心の中身、
 分かんないし」
「分かった」
 私が頷くと、信哉は掌を優しく私の胸に置いた。
 『痛くないように、痛くないように』って気持ちだけで十分だよ、信哉。

 信哉の大きなおちんちんが私のアソコを割っていく。さっきまで指で弄ってもらっていたからか痛くない。初
めてのときはすごく痛いなんて聞いていたのに、意外だった。
 あ、でもっ!
『キツい。これ以上進めない? いやでも浅すぎないか?』
 彼の腰が止まった。それと同時に身を裂かれるような痛みが私を襲う。どうやらほぐれていたのは入り口の部
分だけで、指の届かない部分はまだまだ固かったみたいだ。
『無理矢理進めるか? いやでも痛いだろ。今でも苦しそうなのに、これ以上は、ダメだろ』
「進めて」
「進めてって言われても」
「お願い」
 彼の胴体に足を巻きつけて自分で挿れる素振りを見せた。本当は痛くて足に力が入らなかったんだけど、単純
な信哉にはそれだけで十分だった。
「なるべくゆっくりするから。痛かったら突き飛ばしていいから――」
 本当は今すぐに全部突っ込みたいって思ってるくせに。『キツいけど気持ちいい』って思ってるのも知ってる
んだからね? それに私も信哉を全部で感じたい。全部で感じて、信哉で満足したい。
「――だから、ゴメン」
 謝らないでよ。あなたが上手だったら私も気持ちよくなるはずだし、頑張って。私も頑張るから。
 そこまで考えついたとき、彼が私の膜を破った。ぐいっと腰を押し込まれると身体が自然と仰け反る。
「ひぐっ、い、いうぅっ!」
 頑張ろう、そう思ったけど我慢できないくらい痛い。かさぶたをめくった後、血の滲んでいるところへ塩を擦
りこまれているみたいだ。信哉が呼吸をして、大きく身体を揺らす度に痛みが走る。
 痛い。深夜の身体を受け止められてすごく嬉しいのに、どうして痛いの?
「あ、うあっ、うっくうぅっ、いったいぃ!」
「恵梨!?」
「いいの、信哉は気にしなくて、いいからぁ!」
 心配して上体を寄せてきた信哉を抱きしめる。締め上げるように力を込めると痛みが少しだけマシになった。

 信哉は優しくて、私が痛くなくなるまで動かないでいる、と言ってくれた。それに甘えてさっきから抱きつい
たままだ。少し汗臭くて広い肩幅。離れない。離れたくない。
 ある程度痛みが引いていくと、何か不思議な感覚が身体の中にあることに気がついた。信哉の一部分が入って
いるってことじゃなくて、もっと私の能力に近い、けど違う感覚。その正体が分からない。
「恵梨、もう大丈夫か?」
「うん。まだちょっと痛いけど、多分」
「なら動くよ」
 ゆるゆると信哉が腰を引くとまだ痛い。引いた波が返してきて私の一番奥へぶつかる。信哉の動きの強さに比
例して裂ける痛みが響く。
 やっぱり、痛いよ。あなたが気を使ってくれているのは伝わってくるのに。なんだか自分が情けないよ。
 痛みに浮いた涙が情けなさで押し出された。つつっとこめかみの方へ流れていく。
「恵梨、やっぱりまだ動かないでいようか?」
 私は首を横に振る。彼が動いて気持ちよくなってくれるのが一番だ。初めてが痛いのはよく言われることなん
だし、気にかけなくていい。
「信哉が気持ちよくなったら、私も気持ちいいから」
『嘘つけ、顔が引きつってるくせに』
「お願い、動いて」
「知らないからな」
 彼は一言そう言うと大きく腰を引いてそれから突き出してきた。まだ痛みは強いけど耐えられないほどじゃな
い。というか、あれ?
『これじゃ優しくするって約束破ってるのと変わらない』
 なんか、気持ちよくなってきた。腰がぞくぞくして堪らない。信哉に回した腕に力が入らなくなってきた。胸
板に頬を押し付けて耐える。
 おかしいな、すごく痛いのに同じくらい気持ちがいいなんて。まるで――
『だけど、クソ、気持ちいいじゃないか。こんなによかったら止めらんないよ』
 ――信哉と感覚を共有してるみたいだ。何か気持ちいいところに出入りさせてる感覚が、して!?
『恵梨のマンコの中、キツいけど、うねって』
 うねって気持ちいい。私の身体の中の感触なのに、何なの、この感覚は? 初めての痛みはまだ引いていない
のに、エッチして感じてるっ! あっやっ!
「動かないでっ!」
 自分では快感をコントロール出来なくて叫んでしまった。

 信哉はギクリと腰を止めて私の顔を覗き込む。
「乱暴にしすぎた? ――違う? え、じゃあなんで?」
「分かんない。でも、読心術の一種だと思う」
 ますます分からん、と信哉が唇を尖らす。でも説明するの、恥ずかしいなあ。
「信哉の考えてること、全部流れ込んでくるのはいつものこと、なんだけど」
『エッチして感じてるのも、全部バレてるのか』
「それで、その」
「言いにくいこと?」
 私は首を横に振る。ここまで来て今更秘密にすることなんてないし、恥ずかしいのは多分信哉も一緒。
「あのね、心だけじゃなくて、感覚も全部伝わってきて、びっくりして」
「感覚?」
「うん。信哉が気持ちいいって思う感覚も、全部伝わってきて」
 初めてなのに気持ちよかった。信哉に引っ張られてイくって感覚を初めて体験しそうになった。不安定で仕方
なくて思わず声をかけてしまったけど、あそこから突き抜けていたらどれだけ気持ちがいいんだろう。
「じゃあ俺が気持ちよくなれば、恵梨も気持ちよくなる?」
「うん。だから私の身体で満足して、信哉」

 あとはもうひたすら身体をぶつけ合うだけだった。途中痛みが消えてしまってからは、2人分の快感を受けて
いた私だけがイってばかりだった。
 信哉は内心で呆れていたけど、でもすごく気持ちいいし、すごく幸せで。
「もっと、して」
「もっと!?」
「したくないの?」
 信哉の『俺、こういうお願いに弱いんだなあ』という嘆きを『聞き』ながら、何度目かのエクスタシーを目指
すことにした。


作者 ◆6x17cueegc
2009年01月05日(月) 22:41:52 Modified by ID:ZH1HLMSojg




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