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夏の泡沫(仮題)

 高校一年の一学期終業式。
 僕は麦藁帽なんて被り、アスファルトの道を下校する。
 とても、暑い日だった。
 しかしここは山ばかりの、田舎。道を逸れれば草木と、そして川がある。
 少し涼んで帰ろうか……いや、母さんが待ってる。寄り道はしない。

 家に帰り着いた僕は、居間に向かう。
 ――懐かしい香りがする。
「お帰り、光。お腹空かして帰って来るだろうと思って、たくさん作っておいたからね」
 醤油の甘い匂い――みたらし団子だった。
 台所に母さんが立っていた。

「駄目だよ母さん。ちゃんと寝てないと」
「何かやっていないと、落ち着かないのよ」
 僕の好物を、誰よりも知っている母さん。
 しかし、医者から不治の病――と言われ、普段は床に臥している。
 たまに元気だと、こうして世話を焼いてくれる。

 今は三時半。
 恥ずかしながら、水泳の補習を受けて、帰宅が遅くなった。
 名誉の為に言うと、決して泳げない訳じゃない。授業が嫌でサボり気味だったツケが来た。
 僕はとりあえず、団子を食べる。
 美味しい。無理にせがむのは悪いと思うけど、母さんの作る団子が一番好きだ。

 しかし今日はやけに多かった。一緒に食べても全然減らない。
「作りすぎちゃったかしら」
「とりあえず父さんが帰って来たら、食べさせてあげようよ」
 僕は一通り話をした後、夕飯の買出しに出ることにした。
「行って来ます」

 僕の家は山側に位置している。周囲は農家ばかりだ。
 だから学校に行くにも買い物するにも、町に下りて行く必要がある。
 さっき通ったばかりの道を、僕は自転車で颯爽と飛ばす。
 道端を流れる川は人の手がほとんど加えられていない。
 受ける風がそんな流れも受けてか、気持ち良いくらいに冷たい。

 町に下りるとすぐ、町営のプールがある。
 見ればこの暑さからか、泳ぎに来ている人で溢れていた。
 金網の向こう、水着姿ではしゃぐ女性。不意に頭を過ぎる、今日の光景。
 同じクラスの途ヶ原要の……スクール水着姿。
 僕は密かに、彼女のことが気になっている。

 クラスでは無口だけど優等生で通っている彼女が、何と補習に参加していた。
 無表情で無関心、冷たい印象を受けるのに、気が付けば見惚れてしまう。
 ましてや水着姿なんか見てしまっては、胸の高鳴りがしばらく収まらなかった。
 露出された肌と、細くてもしっかりと分かる体のライン――疚しいのは分かっている。
 けど多分、好きなんだと思う。

 町で買い物を終え、僕は自転車を押して、山道を戻る。
 途中、自転車が一台、道端に止まっていた。
 辺りは草に覆われているが、そこだけ川に下りる小さな道がある。
 子どもの頃は、そこで水遊びをしていた。どうやら誰か遊びに来ているらしい。
 大概暑くなった僕も、少しは涼みたくなって自転車を止めた。

 草を掻き分けて下りて行くと、辺りは開ける。
 木に囲まれている為、明るくはないが、避暑にはもってこいの穴場。
 水の流れる音が、ステレオではっきりと聞こえてくる。
 小さい川だけど、水はきれいで冷たくて、とても心地が良い。
 僕は適当な大きさの石を見つけて座る。

 川の水をぼんやりと眺めていると、じゃぶじゃぶと音がして、誰かが近付いてきた。
「誰?」
 女性の声。何か聞き覚えのあるような、そんな――。
「!」
 そこにいたのは事もあろうに、途ヶ原要。それもさっきと同じ、スクール水着姿。

「え…あ、あ、ごめんっ!」
 僕は思わず謝ってしまった。
 しかし彼女は何も言わず、ただ無表情気味に僕を見つめていた。
 水で濡れた長い髪が、顔にしっとりと張りついている。
 心臓が、爆発しそうなほど色っぽい。

「あなた……誰だっけ?」
 目を細めて首を傾げられ、僕は拍子抜けしてしまった。
「ぼ、僕…同じクラスの、木守光…なんだけど」
「そう…どうでも良い」
 どうでも良い、って――それはちょっと傷付く。

 でも、動揺一つ見せないし、ひょっとして見られていても全く気にしないのかな?
「み、途ヶ原さん」
 返事をせずに、顔だけこちらに向ける。
「その…ここで何をしているんですか?」
 涼んでいたはずが、僕の頭はいつの間にか熱くなっていた。

 彼女は何も言わず、歩いて行った。
 自分一人気まずい空気を感じながらも、目で追う。
 すると小柄な体がゆっくりと水に浸かり、腰まで沈んでいく。
 そして、徐に顔を水に――。
 ばしゃ。

 僕は咄嗟に彼女の元に駆け寄っていた。
 そうだ、補習を受けに来ていた理由だ。見ていて何となく想像が付いていた。
 ――彼女は泳げないんじゃないかと。
 今もばしゃばしゃと音を立て、泳いでいるとももがいているとも分からない。
 僕は思わず手を貸した。

「はっ…はうっ……!」
 彼女が練習の場にしていたここは、深さのある水溜り。
 浴槽程度の広さしかないけど、彼女の体格なら潜る程度は出来る。
「はぁ……ううっ――!」
 突然彼女は僕を睨み付けてきた。

 何も言わず、ただ僕を睨む彼女。
 目が潤んでいるように見えるのは、滴のせい?
 彼女はぷいっと顔を背けると、そのまままた歩いて行く。
「あ、ちょっと――」
 僕は追いかけ、その手を掴んでいた。

「…帰る」
「何か…ごめん。僕――」
 鬱陶しいといった表情ながらも、じっと動かない彼女。
「……」
「……」

 次の言葉すら出ずに二人して、そのままの状態が続いた。
「……は、は」
 彼女に異変。
「は? は…はくちゅっ!」
 彼女が突然、くしゃみをした。またも拍子抜けする僕。

「ふふ…あははは」
 つい笑うと、一層恐い顔で睨まれた。でも、止まらない。
「……はあ、は…ごめん。途ヶ原さん、何か可愛くて」
「!!」
 僕を突き飛ばすようにして、彼女は逃げて行った。

 でも一瞬見せた表情が、脳裏に焼きついてしまった。
 僕の思考はもう、どうにかなっていたらしい。
 高校生同士でこんな所で何やってるんだと、冷静になればそんな考えも出来た。
 でも、いろいろとチャンスなんだ――。
 気持ちが抑えられない。

 彼女は石の影でちょこんと膝を抱えていた。
「途ヶ原さん、見たからにはちゃんと責任取ります」
「!」
 思わず驚いて仰け反る彼女が、小動物のようで愛らしい。
「だから、付き合って下さい」

 顔を真っ赤にして、彼女は俯いている。
 笑ったことで、逆に気が楽になった。全部正直に気持ちを吐き出せそうだ。
「途ヶ原さんのこと、ずっと前から好きでした」
「……」
 こくり、と彼女は頷いた。

 僕らは大きめの石の上に二人で座った。
 彼女は学校帰りに直でここに来たようで、僕が思っていた通り、泳ぎの練習をしていたようだ。
 本当は恥ずかしくて、すぐにでも追い返したかったようだけど、自分の印象が崩れそうで嫌だったらしい。
「でも無理してあんなところ見せるから……」
 また睨まれた。

 彼女は今、体にバスタオルを巻いている。
 だけどそこから覗く細い足が、どこか非日常的で、甘酸っぱい。
「泳ぎ……教えて」
 彼女はゆっくりと、そう言った。
 何だか彼女のことが、段々良く分かってきた気がした。

「今は買い物途中だからね…そうだ、水着取ってくるよ」
 と、立ち上がろうとした僕の腕を、彼女が掴む。
 首を横に振る。小さな手が、ひんやりと冷たい。
 震えていた。目で強く訴えかけられると、身動きが取れなくなった。
「……誰にも言わないで」

 すると何を思ったか、彼女は立ち上がり、背を伸ばして僕に――。
「――!?」
「ん……」
 一瞬だった。何が何だか分からない内に、彼女の唇の感触が、僕のそれに残っていた。
「誰にも言わないで」

 胸が締め付けられるような思いを、僕は何とかしたかった。
 彼女を抱き締めていた。それ以外に、方法は考えつかなかった。
 悶々と思い描いていた光景。それが、こんなにも呆気なく……。
「言わないから」
 すると、彼女も僕の背中に手を回してきた。

 するりとバスタオルが下に落ちる。
 まだ少し濡れた水着が、強く密着してくる。いろいろと、当たっている。
 彼女はもう一度僕にキスをしてきた。今後は舌を入れて。
「んん……ぷは――」
 頭が真っ白というか真っピンクにでもなったかのようだった。

 彼女の手が、僕の服のボタンに手をかける。
「ちょ…な、何を――!?」
 何も言わない。葛藤している間に胸元がはだける。
「う…わ……!?」
 彼女が僕の突起を舐めた。

 体から力が抜けるようだった。
 ちゅ、れろ――と彼女は絶妙な下の動きで、僕を高揚させる。
「……」
 やっと解放したかと思うと、僕を上目遣いに見てくる彼女。
 切ない顔が、僕の思考をぐちゃぐちゃにする。

「…何で、いきなりこんな――」
 残る僅かな理性で、僕は訊いた。
「あなたは…はぁ、私を…好き……私も、あなたが…好きになりたい」
 気付けば彼女は、片手を自分の器に宛がっていた。
 水音とは異なった、湿った音。彼女から漏れる吐息。

 ――駄目だ、ここまでされて逃げるなんて出来ない。
 僕の緊張の糸は切れた。彼女を抱き締め、キスをした。
 何の躊躇も、遠慮も、加減もしない。絡ませる舌が、止まらない。
「ん…んん……!」
 映画のように狂おしく、激しいキスを僕が今、している――。

 キスが終わると彼女は浅い川辺にそっと横になり、両手を僕に向けた。
 飛び込んで来い――まるでそう言っているかのようだった。
 僕は洋服を全部脱ぐと、誘い込まれるようにその上からそっと覆い被さった。
「んっ……」
 さっきよりも強く近く生々しく感じる、彼女の感触。

 僕のモノが彼女の太腿に、そして膨らみへと小突くように当たる。
 熱く今にも暴発しそうなそれを、川の水が気持ち良く冷やしていく。
「途ヶ原さんっ――!」
 次の行動を考える間もなく、僕は彼女の水着に手をかけていた。
 彼女は薄目を潤ませながら、じっと僕を見つめている。

 そっと水着を肩からずらし、そして引き下ろしていく。
 自分のやっていることに罪深さを感じる。けど、手が止まらない。もっと見たい。
 彼女の胸の谷間。小振りだけど、高校生らしい成長具合。
 更に下ろすと、抵抗と共に現れる突起の部分。思わず僕も、舌を伸ばす。
「んあっ――!」

 その声が、僕を更に深みへと連れて行く。
 舌で舐め、吸い、手で触れ、摘み、揉む。
 一つ一つが体を疼かせ、モノを更に更にと硬く大きくさせていく。
 愛撫が終わると、それだけで僕も彼女も、呼吸はかなり激しかった。
 でも、息をつくのすら勿体無い。僕は再び水着を下げる。

 露になっていく肌と、そして下半身。独占したような、誇らしい気持ちになる。
 誰も見たことがない、彼女の水着の中を、僕が見て、触れて、感じることが出来ると。
 そして見るたびに、強くなっていく愛しさ。苦しくて、悶絶しそう。
「はぁっ……はぁっ……」
 水着を足まで脱がし、近くに放り投げる。彼女は完全に生まれたままの姿になった。

 裸と裸で、人目の付かない川の流れに身を置いての行為――。
 そんなのに興奮するとか僕はなんて背徳な性格をしているのだろう。
 でも、誰かに見てほしい訳じゃない。二人だけだから、良い。
 僕は器に自らを挿し込んだ。うっすらと流れていく、血。
 お互いの初めてを、絶対に失敗なんてさせない。

「ああっ…はあっ…あんっ…!」
 こんなきれいな声で喘ぐなんて――僕は思わず腰に力が入る。
 普段とは百八十度違う彼女の姿。髪がまた水に濡れ、普段のふんわりした癖っ毛の可愛らしい雰囲気がない。
 ただ、色っぽくて妖艶で、勿論可愛くもある。
「…好きだ…あっ…!」

「……いくっ!!」
 抑えていたものの限界。全てがぶちまけられた。
「――はあ…あぁぁ……!!」
 僕の体をしっかりと抱いて、溢れ出るものを受け止める彼女。
 夢みたいだった。こんな達成感、生まれて初めて感じた。

「――!!」
 ……おかしいとは思ったんだ。何か上手く行きすぎているし、早すぎる。
 僕はベッドの中にいた。そして下は酷いことになっている。
 でも、リアルな夢だった。まだ胸がどきどきして、動悸が激しい。
 そして凄い罪悪感。何よりも、彼女に対して。

 今日は、終業式の日。
 僕はまた、一日をやり直すはめになってしまった。
 母さんに気付かれないように洗濯し、出かける準備も済んだ。最後に――。
「……母さん、今日はちょっと遅くなるかもしれないから」
 夢の続きに、根拠のない期待をして。

 だけど、一日は夢と同じ流れで経過していった。
 そして、補習。プールサイドに、途ヶ原要の姿があった。
 ――もしかして、予知夢だったのかな……。
 ぼんやりと考えていると、彼女と目が合った。
「……」

 普段の性格からすれば、何の反応もなく終わり。
 だけど、彼女は僕に近付いて来た。
「…訳が…分からない――」
 何を言われるかと思えば、顔だけ一瞥して、すれ違い様に一言だった。
 ――訳が分からないって?

 また同じようにその後は時間が過ぎ、補習も終わって僕はプールを出た。
 彼女を何気なく待ってみたが、結局会えなかった。
 仕方なしに僕はやっぱり麦藁帽を被り、荷物を持って下校した。
 今日はやっぱりとても暑い。
 そして、夢で見たあの場所に通りかかる。

 まだ自転車は止まっていなかった。けど僕は、川に下りて来た。
 そこは夢と全く同じ光景だった――彼女がいないことを除いて。
 僕は昨日のように適当な大きさの石を見つけて、そこに座る。
 川の水をぼんやりと眺める。誰も来ない。
 あの謎めいた言葉は、何を意味していたのだろう?

 しばらくして、がさがさと物音が聞こえた。
 顔を上げてみると、そこにいたのは――途ヶ原要、間違いなく彼女だった。
「途ヶ原さん」
 制服姿の彼女は、黙って僕の元まで来ると、隣の石に座った。
「……あなたも…同じ夢を?」

 僕が頷くと、彼女は顔を赤らめた。
「……嫌になる…」
「でも、夢だよね……」
 そう。それで次の瞬間、話は終わることでもある。
「……仕方ないから…泳ぎ…教えて」

 僕らはそのまま、付き合うことになった。
 勿論すぐに夢であったようなことは愚か、キスすら出来もしない。
 だけど、夏休み中も何度か一緒に練習すると約束した。
 そして泳げるようになったら、プールか海にでも行こう――と。
 接点がまるでなかった相手との、まさかの出来事に僕は舞い上がった。

 彼女は僕について、これまでは何の関心もなかったらしい。それが突然夢に出てきて驚いたようだ。
 だけど、泳げなかったり印象を崩したくなかったりするのは事実らしく、それを知られてしまったことを意識していた。
 僕は弱みを握ったりしない――とは言ったけど、それでも付き合ってと言い出したのは、実は彼女の方。
 どうも夢でのこともあり、付き合うこと自体に抵抗はないらしい。果たして喜んで良いものやら……。
 二人で水着に着替えると、僕は彼女と練習を始めた。

 でも、結局この夢って僕が見せたもの? 僕の願望が――いや、よく分からない。
 けれど、こんな幸せなことはなかった。夢のようにトントン拍子にはいかなくたって、凄く嬉しい。
 そして勇気を出してくれた彼女に、今度は僕が報いていく番だ。
「――今日はこれくらいにしよう。そうだ。ここ、僕の家が近いから寄って行きなよ」
「……良いの…?」

「お帰り、光――まあ、あなたがガールフレンドを連れて来るなんて…いらっしゃい」
「途ヶ原…要です」
 夢とは違う台詞。けれど、やっぱりみたらし団子の香りがする。
 そして、あの夢はやっぱり予知夢だったんだな、と何となく再認識した。
 同じ量だけど、三人で食べるとちょうど良い――。

「――じゃあ、僕はこれで帰るね」
 頷いて、彼女は小さく手を振る。
「……もし…これも夢だったら…」
「その時はまた、あそこで待ってる」
「……うん」
2011年05月29日(日) 20:53:28 Modified by ID:Hr7n6yXzzg




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