野生動物(仮題)
野生動物の餌付けを連想すればいい。飼いならされた犬などと違い、相手はこちらに意思を伝えようとする努力を放棄し、そもそも求めて来ることも極端に少ない。
彼女との関係もそんな感じだ。
彼女はハトと言うより鷹に近い。自立していて依存しない。基本的に人間社会に寄生し養われているハトとは違い、鷹は人がおらず餌付け餌がなくとも生きていける。
彼女の在り方はそんな感じだ。
だから彼女とのスキンシップ――気取った言い方はよそう。いちゃこら乳繰り合うのは難しい。
まずは気分を害さないように近づくところから始める。
幸いなことに獲物は集中を要する趣味を持っていない。音楽が好きではあるが聞き入るのではなく、音楽が流れる空間でぼうっとしているのが好きなのだ。
そう言う時こそ好機。
隣に座る。口に出して許可を取るのがベスト。この時点でわずかでも乗り気でない様子が見えたらあきらめることだ。
ちなみに最善の反応は、無視。それは拒絶の意味ではなく、是非もなしという意味。いやなら無言でiPODを手にして自らどこかに行くのが彼女の流儀。そこも野生動物に似ている。
座るポイントは両者が手を伸ばさないと触れあえない距離。いきなり接近しようとし、取り逃がした経験も数多い。
しばらくして、彼女がこちらをまったく意識ていない瞬間を見計らって、手を伸ばす。
直接触れるのではない。彼女が気付いた時には、自ら触れれる範囲内にこちらの手があるといった状況を作るのだ。
急に、彼女がそわそわし始める。こちらの手に気付いた証拠だ。
こちらの手を見て、つぎにこちらの顔を見て、それから思い出したかのように、コンポや歌詞カードを見て、再びまたこちらの手を見る。
ここで注意するべきなのは、彼女を注視しないことだ。あくまでさりげなく。
彼女と野生動物の違いの最たる点は、余計なプライドと羞恥心の有無。こちらが見ている、彼女が手を出すのを期待していると知られれば、羞恥心とプライドが比重を増す。
一番難しいのはこの時だ。こちらの我慢はこの時点でかなりの長期にわたり、加えて挙動不審の彼女は愛くるしい。そんな状態で愛しい彼女を見ないなど、苦行だ。
だがその苦行は、果たすだけの価値がある。
報われるのは、彼女の中の天秤が気恥ずかしさとプライドの反対側に傾いた時だ。
彼女が、こちらの手にそっと、その柔らかな手を載せる。
こうなれば、もはやこちらのもの。無言で微笑んでやるもよし、彼女を見ずに手を握り返すもよし。
彼女は陶器のような白く動きの少ない無表情な顔を、僅かに恥ずかしげに歪んだ赤いものに変えてうつむく。
ここで辞めるのも乙だが、多くの場合次のステップに進む。
キスをする。少し強引に、されど乱暴にしない。それが彼女の好みだ。
押し倒すのではなく、引き寄せて抱きしめて。
キスを終えたら撫でてやる。性的な刺激を求める愛撫ではない。まるで猫にしてやるように頭や背中をなでてやる。
初めはこちらの暴虐に対する、無言の抗議である視線を発射してくる瞳も、だんだんととろけて来る。
やがて、こちらの心音を聞くかのように方耳を胸に寄せ、その全身を預けてくる。
ここまで来れば、もはや何をしても、彼女は応えてくれる。
しかし、多くの場合そういしない。なぜなら、あと少し待てば彼女の声が聞けるからだ。
「………シよ?」
恥ずかしげに、遠慮がちに、蕩けた瞳と真っ赤な顔で彼女が言う、たった二文字。
それがたまらなく耳に心地良く、心音を加速させる。
顔を上げさせ、唇を近づけ―――
―――後はお気に召すままに。
作者 書く人
彼女との関係もそんな感じだ。
彼女はハトと言うより鷹に近い。自立していて依存しない。基本的に人間社会に寄生し養われているハトとは違い、鷹は人がおらず餌付け餌がなくとも生きていける。
彼女の在り方はそんな感じだ。
だから彼女とのスキンシップ――気取った言い方はよそう。いちゃこら乳繰り合うのは難しい。
まずは気分を害さないように近づくところから始める。
幸いなことに獲物は集中を要する趣味を持っていない。音楽が好きではあるが聞き入るのではなく、音楽が流れる空間でぼうっとしているのが好きなのだ。
そう言う時こそ好機。
隣に座る。口に出して許可を取るのがベスト。この時点でわずかでも乗り気でない様子が見えたらあきらめることだ。
ちなみに最善の反応は、無視。それは拒絶の意味ではなく、是非もなしという意味。いやなら無言でiPODを手にして自らどこかに行くのが彼女の流儀。そこも野生動物に似ている。
座るポイントは両者が手を伸ばさないと触れあえない距離。いきなり接近しようとし、取り逃がした経験も数多い。
しばらくして、彼女がこちらをまったく意識ていない瞬間を見計らって、手を伸ばす。
直接触れるのではない。彼女が気付いた時には、自ら触れれる範囲内にこちらの手があるといった状況を作るのだ。
急に、彼女がそわそわし始める。こちらの手に気付いた証拠だ。
こちらの手を見て、つぎにこちらの顔を見て、それから思い出したかのように、コンポや歌詞カードを見て、再びまたこちらの手を見る。
ここで注意するべきなのは、彼女を注視しないことだ。あくまでさりげなく。
彼女と野生動物の違いの最たる点は、余計なプライドと羞恥心の有無。こちらが見ている、彼女が手を出すのを期待していると知られれば、羞恥心とプライドが比重を増す。
一番難しいのはこの時だ。こちらの我慢はこの時点でかなりの長期にわたり、加えて挙動不審の彼女は愛くるしい。そんな状態で愛しい彼女を見ないなど、苦行だ。
だがその苦行は、果たすだけの価値がある。
報われるのは、彼女の中の天秤が気恥ずかしさとプライドの反対側に傾いた時だ。
彼女が、こちらの手にそっと、その柔らかな手を載せる。
こうなれば、もはやこちらのもの。無言で微笑んでやるもよし、彼女を見ずに手を握り返すもよし。
彼女は陶器のような白く動きの少ない無表情な顔を、僅かに恥ずかしげに歪んだ赤いものに変えてうつむく。
ここで辞めるのも乙だが、多くの場合次のステップに進む。
キスをする。少し強引に、されど乱暴にしない。それが彼女の好みだ。
押し倒すのではなく、引き寄せて抱きしめて。
キスを終えたら撫でてやる。性的な刺激を求める愛撫ではない。まるで猫にしてやるように頭や背中をなでてやる。
初めはこちらの暴虐に対する、無言の抗議である視線を発射してくる瞳も、だんだんととろけて来る。
やがて、こちらの心音を聞くかのように方耳を胸に寄せ、その全身を預けてくる。
ここまで来れば、もはや何をしても、彼女は応えてくれる。
しかし、多くの場合そういしない。なぜなら、あと少し待てば彼女の声が聞けるからだ。
「………シよ?」
恥ずかしげに、遠慮がちに、蕩けた瞳と真っ赤な顔で彼女が言う、たった二文字。
それがたまらなく耳に心地良く、心音を加速させる。
顔を上げさせ、唇を近づけ―――
―――後はお気に召すままに。
作者 書く人
2007年12月12日(水) 09:49:51 Modified by n18_168