1-393 かおるさとー氏 「彼女の趣味」
『彼女の趣味』
青川文花(あおかわふみか)はぼく、日沖耕介(ひおきこうすけ)にとって、とても気になる娘である。
別に飛び抜けた美人というわけじゃない。目鼻立ちは整っていたけどどこか薄い印象を受けるし、小柄な体は百五十センチくらいしかない。セミロングの綺麗な黒髪がちょっと目をみはる以外はごく普通の女の子だ。
ぼくと彼女の接点はほとんどなかった。同じ高校でクラスが近い(ていうか隣)ためによく見掛ける程度で、お互いに全く無関係のところで日々を過ごしていたのだ。
あの日までは。
ある日曜日の夕方、ぼくは市内の体育館を訪れていた。
体育館の入口には大きな看板が立て掛けられていて、極太のゴシック体で『総合格闘技イベント Brave Squad』と書かれている。
ぼくは格闘技が大好きで、よくテレビで観戦している。三ヶ月前にチケットを購入してから、今日の興行をずっと楽しみにしていた。マイナー団体の地方興行とはいえ、生観戦はテンションが上がる。
受付にチケットを渡して中に入る。普段の閑散とした静けさはどこへやら、今日の館内は熱気がこもっていた。結構な数の人が集まっていて、そこら中から期待感のような、空気の圧力を感じる。
ぼくはその空気に気圧されて、思わず立ち止まった。
そのせいで後ろを歩いていた人とぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
すぐに振り向いて謝るが、相手からの反応は何もなかった。
「……」
相手は沈黙している。
不思議に思って、ぼくは頭を上げた。
女の子だった。
周りが男ばかりだったせいか、ぼくはかなり驚いた。しかしすぐに別の驚きにとらわれる。
少女の顔には見覚えがあったのだ。
「……青、川?」
記憶の片隅に辛うじて引っ掛かっていた名前を口にすると、少女は驚いたように目を見開いた。名前が合っているかどうか自信がなかったが、どうやら間違ってないようだ。
「隣のクラスの日沖だよ。覚えてる?」
「……」
青川は無言のままこくんと頷く。その動作はどこか無機質で、人形のような印象を受けた。
改めて彼女の姿を眺めやる。
普段の制服のイメージからは私服姿など想像もつかなかったが、今着ている薄い青色のワンピースはよく似合っていた。
上から羽織っている白いカーディガンも、より黒髪が映えるようで、全然地味には見えない。女の子って服装でこんなにも変わるのか。
それにしてもなぜ青川がここにいるのだろう。今日のイベントを見に来たのだろうか。
「青川も格闘技見に来たの?」
こくんと頷かれる。なぜかうつむいて目を合わせてくれない。
「へえ、青川も格闘技見るんだ」
「……」
今度は頷きはなかった。ぼくは言葉が続かず狼狽する。ちょっと無口すぎないか。
「も、もうすぐ始まるから早く席につこうか」
青川はまったくの無表情だったけど、ぼくが奥へ向かおうとすると後ろからとことことついてきた。言葉は発さないだけで、別に嫌われているわけでもないのか。
無口無表情の様子からは、その心はなかなか見えなかった。
体育館の中央に特設されたリングの上では、屈強なヘビー級ファイター同士が壮絶な殴り合いを繰り広げていた。
寝技に持ち込む気は互いにないらしく、双方とも鼻血を流しながら打撃オンリーでぶつかっている。集まった観客は大興奮で、大きな声援が会場を飛び交っている。
その中で、ぼくと青川だけが無言でリングを見つめていた。
小さな会場だから、自由席でもリングの様子ははっきりと見える。おかげで迫力も熱気もビンビン伝わってくる。しかし、ぼくのテンションは微妙に上がらなかった。
隣に座っている青川の様子が一切変わらないからだ。
女の子と一緒に格闘技を観戦しているということへの違和感もあった。だがそれ以上に、彼女が反応というものをほとんど見せないのだ。
アクションのない女の子の横で、ぼくだけ興奮しまくるのもなんか気まずい感じがするので、テンションを上げ辛かった。
青川は視線をそらさず、真っ直ぐリングを見つめている。
青コーナーの選手の右フックが相手の顎を打ち抜いた。相手はその場に崩れ落ち、審判が追い打ちをかけようとしていた選手の間に割って入った。TKOだ。
周りの歓声が一段と高まった。試合の凄絶さに鼓動が早まる。息が詰まるほどの高ぶりに襲われ、ぼくは感嘆の息をついた。
青川を見ると、やはりと言うべきか泰然としていた。迫力のKO劇にも顔色一つ変えない。高ぶるでも怖がるでもなく、ただ静かにリングを眺めていた。
周りの歓声が収まるのを待って、ぼくは青川に話しかけた。
「すごかったね、青川」
青川は頷いた。思えば今日、彼女の反応をこれだけしか見てないような気がする。
なんとかコミュニケーションを取ろうと、少しやり方を変えてみる。
「これからの試合の予想しない? 勝敗多く当てた方が勝ち。負けた方がジュース奢るってことで」
青川がきょとんとなる。至近距離で見つめられて、さっきとは違う動悸がぼくを襲った。いや、唐突な提案なのはわかっているんだけど。
パンフレットを広げて対戦カードを確認する。既に三試合消化されたので残りは四試合。次は軽量級の試合だ。
「どっちが勝つと思う?」
青川はしばらくパンフレットを見つめると、ゆっくりと片一方の選手の名前を指差した。白く小さな指だった。
ぼくは少し驚いた。青川の指した選手は寝技主体の、どちらかといえば地味な選手だったからだ。KO勝ちはなく、かといって一本勝ちも少ない、判定にもつれこむことが多い派手さに欠ける選手だ。
一方の対戦相手はその真逆で、打撃の強い選手だった。KO率も高く、ルックスもいいので華がある。寝技に難ありという弱点はあれど、十分強い。青川はてっきりこっちを選ぶと思っていた。
「……いいの? ぼくはこっちを選ぶけど」
「……」
青川は小首を傾げる。その仕草はなんだか無垢な小動物のようで、ぼくは気恥ずかしくなった。
「じ、じゃあその次の試合も予想しようか」
誤魔化すようにパンフレットを寄せる。すると、青川も顔を近付けて覗き込んできた。綺麗な黒髪から、柑橘系の爽やかな匂いがした。
おかげであんまり予想に集中できなかった。
しばらくして、次の試合が始まった。
青川が選んだ選手は打撃戦に一切付き合わず、徹底的にタックルからの寝技に持ち込む戦法で攻めこんだ。
ぼくは打撃が一発入ればそれで終わると思っていた。しかし予想に反してその一発が当たらない。立ち技では相手に組みついて打撃を封じ、寝技では終始上のポジションをキープしてまったく危なげない。
結局、判定で青川の選んだ選手が勝ち名乗りを受けた。
ちらりと青川を見やった。それに気付いて彼女もこちらを向く。表情は相変わらず能面だったけど、もう慣れてきた。
苦笑いが自然と生まれた。予想が外れた悔しさと同時に嬉しくなる。青川は本当に格闘技が好きなんだろう。選手の派手さや見た目に左右されず、ちゃんと技術を見ている。女の子の趣味としては渋いけど。
何で笑っているの、とでも言うように、彼女が見つめてくる。
ぼくは笑みを浮かべたまま、リングを指差した。
「ほら、もう次の試合が始まる」
青川はすぐに顔を戻し、四角いリングをじっと見据えた。
会場を出て、外の自動販売機の前で、賭けに負けたぼくは青川に尋ねた。
「紅茶、ホット?」
短い問いにこくこく頷くのを見て、ぼくはボタンを押す。温かいミルクティーががこんと音を立てて落ちてきた。
渡す時に触れた青川の手は、夜の外気に熱を奪われたのか冷たかった。
「まだ夜は冷えるね。早く帰ろう」
「……」
「一人じゃ危ないから送るよ。家どこ?」
彼女は小さく首を振った。
一人で帰るというのか。さすがにそれを聞き入れるわけにはいかない。もう夜九時を過ぎている。無理にでも送ってやらないと、
「迎え……来る」
不意に囁かれた小さな声は、柔らかい響きを伴っていた。
水に打たれたような驚きを覚えた。今のは、青川の……?
思わず彼女の顔を見つめた。
青川の顔は微かに笑んでいるように見えた。
ぼくはその顔に見とれて、気が抜けたようにその場に立ち尽くした。
やがて彼女の母親が車で迎えに来て、お礼を言われた。ぼくは何か答えたような気がするけどよく覚えていない。
彼女の乗った車がその場を去っても、ぼくの心は揺蕩ったままだった。
そのまま家に帰って、何がなんだかわからないままシャワーを浴びた。そして食事も摂らずにベッドに入った。
閉じたまぶたの裏で、彼女の微笑がはっきりと残って見えた。そして脳内ではあのか細い声が。
完全に頭がイカレてしまったかと思った。
彼女の小さな声と微笑にはそれだけの破壊力があった。ヤバい。魂が持っていかれたかとさえ思ってしまった。
自分の想いを自覚して気恥ずかしくなる。
どうやら好きになってしまったみたいだ、青川のこと。
翌日の放課後。
校門前で青川に声をかけた。丁度いい具合に彼女は一人だった。
「青川。一緒に帰っていい?」
「……」
じっ、と凝視された。いきなりすぎたかと後悔するも、今さら退けなかった。視線に耐えて返事を待つ。
数秒の間の後、青川はゆっくりと頷いた。
よし、と心の中でガッツポーズする。そのまま彼女の横に並んだ。
しばらく無言で歩き続ける。
「……」
「……」
青川から会話が始まる気配は微塵もないので、やはりこちらから話を振らなければならないようだ。
そこではたと気付く。よく考えてみると、いやよく考えなくても青川との接点は昨日のことだけしかない。昨日は何があっただろう。格闘技を一緒に見て……
……だけだった。
気になる子との接点が格闘技だけ。こんな色気のない話題しか共有してないのか、とぼくはへこんだ。格闘技を憎らしく思ったのは産まれて初めてだ。
しかし、それのおかげで繋がりが出来たのも事実。むしろ感謝すべきだろう。色気はこの際おいておく。青川が格闘技好きなのは事実なんだし。気を取り直して、会話に挑む。
「あ、昨日は驚いたよ。まさかあんなところで会うとは。格と……うぐっ!」
いきなりだった。凄い勢いで青川の右手が伸び、ぼくの口を塞いだ。
突然の彼女の行動に、ぼくは目を白黒させた。
彼女は顔を真っ赤にしてにらみつけてくる。必死な様子に、ぼくは場違いにもかわいいな、と思ってしまった。
青川は左手を唇の前に立てた。それを見て、彼女が何を言いたいのかを理解する。了解の頷きを返すと、青川は慎重に右手を離してくれた。
軽く咳き込んでから尋ねる。
「……人に聞かれるのがイヤなの?」
青川は首を縦に振る。力一杯の反応である。
そんなに嫌なのだろうか。確かに彼女のイメージからは遠い話題だから、気にするのもわからないでもないけど。
「知られたくなかった?」
「……」
今度は何の反応も見せない。首を縦にも横にも振らないので、判断がつかなかった。ただ、無表情な顔の奥に物凄く困っている様子が窺えた。
なんとなく、この子が無口な理由がわかった気がする。
「……ぼくは嬉しかったよ」
迷った末、正直に内心を吐露した。
青川はびっくりしたように目を見開く。昨日よりもずっと表情豊かだった。
「確かに最初は驚いたけど、すぐに青川が本当に好きで見てることがわかったから。他の人は知らないけど、ぼくは全然アリだと思うよ」
「……」
青川は顔を伏せる。
ぼくらはのんびりと道を歩く。
西の空は朱に染まり、空には上弦の月が昇っていた。日が落ちるとさすがにに肌寒い。寂れるような秋風が、静かに駆け抜けていく。
「……あり、がと」
それは、風の音に負けそうなほど小さな声だった。
ぼくは思わず彼女を見つめた。青川は顔を伏せたまま、続ける。
「日、沖くんなら……知られても……いい」
「……ありがとう」
平静な声でぼくはそれだけ返した。
落ち着いているのは外だけで、内ではもう心臓が爆発しそうなほど嬉しかった。許されるならこの場で彼女を抱き締めたいくらいだ。
思いきって誘ってみた。
「こ、今度の日曜日、うちに来ない?」
「……」
「あ、いや、変な意味じゃなくて、うちにたくさん録画したDVDがあるから、その」
早口に説明するが説明になってないような気がする。落ち着けよぼく。
青川は少し戸惑った様子で、でもすぐに柔らかく微笑んでくれた。
やがて彼女が頷くと、同時に夕焼けを受けた髪が美しく揺れた。
青川と大会でばったり会ってから一週間。
遂にというべきか、約束の日曜日がやってきた。
今日、うちに青川が来る。
……DVDを見に。
いやアリだけど。色気は置いとくって決めたから不満なんかないけど。
すみません、ウソです。正直不満です。せっかく親もいないのに。
軽く深呼吸する。好きな子が自分の家を訪れるのだから、テンションが上がって当然だが、少し落ち着こう。
この一週間、ぼくは毎日青川と一緒に下校していた。
校門前で捕まえて、その後並んで帰る。青川は相変わらず無口で、ぼくが一方的に話すだけだったけど、頷くだけじゃなく時折微笑を見せてくれるようになったので、けっこう心を許してくれていると思う。
だからいいのだ。今は彼女と話せるだけで楽しいし、焦らずいこう。
ぼくは自分の部屋を見回した。昨日きっちり掃除したので、変なところはないはずだけど念のため。
床は掃除機かけたし、机の上も片付いている。ベッドもきちんと整えた。余計なものは押し入れに閉まってあるから……よし、問題なし。
ピンポーン
ベルが鳴った。期待と不安が同時に胸に起こる。ぼくは急いで玄関に向かった。
「……」
ドアを開けると青川がいつもどおりの顔で立っていた。
「迎えはいいってことだったけど、大丈夫? 迷わなかった?」
青川は頷く。
「それじゃ、どうぞ上がって」
その言葉にまた頷くと、続いて彼女はぺこりと頭を下げた。おじゃまします、ということだろう。言葉を発さなくても彼女は真摯な態度を見せてくれる。
つい笑みがこぼれる。少しは彼女を理解出来るようになったのかもしれないと思うと、なんだか嬉しくなった。
緩んだにやけ顔に、青川は小首を傾げていた。
自室でぼくはお茶をいれる。ダージリンの香りが鼻をくすぐった。
青川はベッドの縁にちょこんと腰掛けている。今日の服装は紺の膝丈スカートに白いブラウスとおとなしめな組み合わせ。それが逆に清楚な印象を与える。
青川は膝に手を当ててじっとしている。しかし目だけは別で、きょろきょろと視線をさまよわせていた。男の部屋が珍しいのかもしれない。
「えっと、DVD、枕元の本棚にいろいろ並んでるから。好きなの選んでいいよ」
助け舟を出すと、彼女はおずおずと本棚に近寄った。動きがぎこちない。
「緊張してる?」
青川が振り返る。
「ぼくもちょっと緊張してる。女の子を部屋に入れることなんてないから」
「……」
青川は答えずに、本棚に手を伸ばす。DVDのケースを一つ取り出し、差し出してきた。
「これがいいの?」
こくこく頷く。
「じゃあ見ようか。お茶飲みながら」
紅茶のカップを差し出すと、彼女はゆっくりと受け取った。
テレビの画面の中で、北欧系の白人が黒人をマウントポジションで押さえ込んでいる。
青川はまばたきもせずに画面を注視している。
ぼくにはこの先の展開がわかっている。もちろん口には出さない。
下になっていた黒人が無理やり体を起こした。白人のバランスが崩れ、横に倒れる。黒人は素早い動きで白人に殴りかかる。白人は下からの蹴り上げで抵抗するが、黒人はそれをものともせず、重い拳打を落としていく。
顔面に四発五発と浴びせたところでレフェリーがストップをかけた。
勝利の雄叫びを上げる黒人を見つめながら、ぼくは肩をすくめた。
「力ありすぎじゃない? マウント返されたし」
「……」
青川は無言。
返事を期待していたわけではなかったので、ぼくはリモコンで次の試合を映そうとした。が、
「下手な……だけ」
「え?」
ぼくはリモコン操作をしていた手を止める。
「なに?」
「上手い……人なら、返されない」
ぼくは急に多弁になった(これで多弁に見えてしまうのが凄いが)青川に首を傾げた。しかしこれは逆に会話のチャンスでもある。滅多に喋らない青川から言葉を引き出したかった。
「でも、身体能力に差がある場合はどうしようもないんじゃない?」
「関係……ないよ」
「そうかな。たとえばさ、ぼくが青川に押さえ込まれたとして、」
「……」
「あっ、変な意味じゃなくて。えっと、ぼくの方が体重も力もあるから、返すのは難しくないと思うんだよ。それと同じで」
「無理」
はっきり言われた。
「……なんで」
「無理……だから」
青川は頑なに繰り返す。ぼくはどう答えたものかと考えるが、
「試して……みる?」
「…………え?」
なんでこんなことになっているのだろう。
ベッドの上でぼくは仰向けになっていた。視界に映るのは白いクロスがはられた天井と、明るく光る電灯と、
「……」
腹の上に乗っている少女の姿。
うわあ、ぼく女の子にマウントポジションされているよ。
スカートから伸びた脚が脇腹に密着している。せめてジーンズみたいな長ズボンならこんなに意識することもないのに。
「えっと、ここから抜け出せばいいんだよね?」
青川の頷きにぼくは一つ息を吐く。このままだと頭が溶けそうだ。早く抜け出して終わりにしよう。
よっ!
……あれ?
せっ!
…………あれ?
「……」
青川の目が静かにぼくを見下ろしている。
なんで返せない?
動けないわけではない。左右に体を転がせるし、脚も上がれば手も動かせる。
しかし返せない。
ブリッジをしようとしても青川は重心を微妙にずらしてくるので、踏ん張りがきかない。手足を動かそうとしたら肩や骨盤を押さえられて封じられる。
「なん、でっ」
「……」
青川はふ、と表情を緩めた。どこかからかうような、余裕の笑み。
どうにかしたいと思って、ぼくは苦し紛れに体を左によじった。横には転がれるわけだから、ここからうまく隙間を作って──
と、気付いたら視界に布団が映っていた。
いつの間にかうつ伏せになっていた。ヤバい。最もやってはいけない体勢だ。この状態では、
瞬間、首に腕が巻き付いた。青川の細い腕が喉に触れる。背中に密着した体の柔らかさより、絞め上げられる危機感の方が強い。
反射的にベッドを叩いていた。
ぼくのタップに青川はゆっくりと腕を離す。
「……」
「……」
微妙な沈黙が流れる。
「…………もっかいやってもいい?」
青川はあきれたように肩をすくめた。
ダメだ、まるで歯が立たない。
二回目もまったく同じだった。それなりに動けるものの、脱出だけはどうしても出来ない。青川はバランスボールに乗るかのように、絶えず安定した姿勢を取りながらこちらを無力化に追い込む。
二分が経過したが、糸口がどこにあるのかさえわからなかった。
「ねえ、青川って何か習ってるの?」
たまらずぼくは下から尋ねる。
「……柔術……やってる」
ぽつりと呟く。
「……………………初耳ですよ?」
「……聞かれて……ない」
「……」
あんた聞いても答えないキャラでしょーが。
こうなったら意地でも抜け出してやると鼻息を荒くすると、突然視界が遮られた。
「え、ちょ、」
青川の左手がぼくの両目を覆う。視覚を奪われて焦っていると、左頬を叩かれた。
威力はない。優しくぺち、と叩かれただけだ。しかし青川の右手は止まらない。さらに連続してぺちぺち叩かれる。
完全に持て遊ばれている。釈迦の手の平の孫悟空か。
仕方ない。最後の手段に出るか。これだけは使いたくなかったが……。
「青川」
「?」
「先に謝っとく。ゴメン」
言うが早いか、ぼくは右手を斜め上に振った。
スカートの翻る感触が右手に確かに伝わる。秘技・スカートめくり。
「!」
青川の動揺が感じられた。今だ。
隙を突いて上体を一気に起こす。その勢いに圧され、青川は後方へ倒れ込む。ベッドから落ちないように、ぼくは慌てて彼女の体を支え、
「あ……」
「……」
今度はぼくが青川の上になっていた。
腹の上に乗っているわけではない。彼女の両足の間にぼくの体はある。下の選手から見ればいわゆるガードポジションだが、そんな格闘知識など今はどうでもいい。
知らず押し倒した形になっていて、さっきよりもずっと興奮する体勢だった。
ぼくらはしばし見つめ合う。
長い睫毛がはっきりと見える距離。互いの息がかかり、頭が心臓と呼応するかのように揺れる。
魔がさしてしまった。
ぼくは彼女にそのまま覆い被さり、唇を奪った。
「……!」
青川の体が逃れようと動いた。ぼくはそれをさせまいと強く抱き締める。
自分でも乱暴なキスであることはわかっていた。ただ唇を押し付けるだけの行為で、優しさなどどこにもなかった。
ようやく唇を離したとき、青川は怯えた顔をしていた。ぼくはすぐに後悔したが、気持ちまでは消せない。
ぼくは彼女の肩に手を置き、しっかりと見据えて言った。
「好きだ、青川」
彼女の体がびくりと震えた。その反応にぼくは奥歯を噛み締める。答えを聞くのが怖い。でも、しっかりと言い切ろう。
「まだ青川のこと、ぼくはろくに知っちゃいない。でも好きになってしまったんだ。これからもっと知りたい。誰よりも知りたい。だから……付き合ってください」
「……」
青川は無言。
ぼくは目をそらさなかった。
「…………」
今までの人生で最も長い時間だったと思う。
青川は目を瞑ると、体をぼくへと預けてきた。慌てて支えると、彼女が小さく囁く。
「キス……」
「え?」
青川は怒ったように目を細める。
「……やり……直し」
その声が耳を打った瞬間には、もう彼女にキスを返されていた。
今度は優しく抱き締める。さっきの埋め合わせをするかのように、ぼくらは優しいキスを出来るだけ長く続けた。
幸福感で体中が満たされていくようだった。
キスの後、青川はうつ向き、ぼそぼそと何事かを言った。
「え、なに?」
「……初めて、だった」
キスのことだろうか。
「ぼくも同じだよ」
「……」
青川の顔が真っ赤になった。
ヤバい。めちゃくちゃカワイイ。頭ショートしそう。
真っ赤な顔で、青川はさらに言う。
「……終わり?」
「え、なにが?」
「……キスだけ?」
「…………」
何を刺激的なこと言いやがりますかアナタ。
予想外の台詞に軽く困惑した。
「いや、まあ、それはもちろん出来ればがっつりとしたいとは思うけど、って何言ってんだぼく」
「……いいよ」
……………………。
放心してしまった。
「……本当にいいの?」
「したく……ないの?」
「……」
欲望には逆らえなかった。
ベッドの上でぼくらは向き合う。
青川は体を離すと、スカートのチャックを下ろし、ブラウスのボタンを一つ一つ外していった。あまり躊躇することなくスカートとブラウスを脱ぎ、ブラジャーもあっさりと外す。
現れた体に、ぼくは我を忘れて見惚れた。
着痩せするタイプなのか、小柄の割に青川のスタイルはよかった。柔術をやっていると言っていたが、運動しているだけあって、体幹がしっかりしている。胸も前に張っていて、実に健康的な体だった。
裸の青川がぼくを見つめる。次はあなたの番、とその目が促してくる。
ぼくは急いで脱ぎ始めた。見とれている場合じゃない。早くしないと。
焦りと緊張で震えたが、なんとか脱ぎ終えることが出来た。さっきから下半身が痛いほどに疼く。
青川がぼくのモノを見て息を呑んだ。しかし視線はそらさない。まじまじと興味深そうに見つめている。
青川に近付く。向こうも身を寄せてきた。ぼくは胸に手を伸ばす。
触れた瞬間、脳髄が弾けそうなほど興奮した。白い双房に指が沈む。あまりの柔らかさに指がどうにかなりそうだ。
ぼくは彼女を抱き寄せると、ひたすら胸をいじった。青川の反応に合わせて、撫でたり揉んだりを繰り返す。乳首を指で摘むと、青川の口から甘い吐息が漏れた。
手だけでは満足出来ず、今度は舌を這わせてみた。青川はくすぐったそうにしていたが、胸の先端に吸い付くと体をびくりと硬直させた。
ぼくは下から胸を揉みしだき、両の乳首を交互に吸う。次第に青川の体が弛緩していくのが感じ取れた。
胸を吸いながら、ぼくは青川の下半身に目を向ける。まだ下着を着けたままだ。
「取るよ」
青川の頷きを確認して、ぼくは下着を剥ぎ取った。胸から手を離し、顔を脚の方へと近付ける。
「うわ……」
つい声を上げる。青川の秘所は、ゼリーのようにぬめぬめした透明な液でいっぱいだった。
思い切って触ってみる。
「……やっ」
青川が初めて叫声を上げた。ぼくはその声に怯むが、抵抗がなかったので続行した。
「ん……んんっ……あっ」
割れ目に沿って上下になぞる度に青川は喘いだ。滅多に声を出さない彼女が、小さいながらも気持よさそうに声を出している。もっと声を聞きたくて、ぼくは中に指を入れた。
「────っあ」
刺激が強かったのか、青川は勢いよくのけ反った。
彼女の中はひどく熱かった。生物の肉に包まれているのが実感出来る。しかも指への締め付けが半端なくきつい。
なんとか人指し指の第二関節まで中に入れる。ゆっくり出し入れを繰り返すと、締め付けとともに愛液がどんどん溢れてきた。
もう我慢できなかった。ぼくは体を起こして、青川の正面に覆い被さった。キスを何度か繰り返しながら耳元で囁く。
「青川、もう入れるよ」
「……」
青川は荒い息を整えながら、小さく頷いた。
ぼくは腰を沈めて一気に挿入しようとした。
が、予想以上にきつく、なかなか奥へと入らない。
「────っっ!」
青川の口から苦しそうな、痛そうな声が漏れる。
「あ、青川……」
一気に不安が増大する。かなり痛そうだ。果たしてこのままやっても大丈夫なのか、ぼくは心配になった。
「いい……から」
「青……」
「日沖くん……になら……何されても……平気だから……」
必死に言葉を紡ぎながら、彼女はにこりと笑った。
覚悟を決めた。青川がこんなに頑張っているのだ。不安がっている場合じゃない。
力を入れて、一息に彼女の中に進入した。
「っっっっっ!」
青川の顔に苦痛が走る。同時に相当な締め付けがぼくを襲う。
出来るだけゆっくり動こう。それなら耐えられるかもしれない。おもいっきり腰を打ち付けたい衝動に駆られたが、青川への負担を考えると無茶は出来なかった。
緩慢に腰を動かす。青川もこれなら苦しくないようだ。あまり気持ちよくさせられない代わりに、せめてキスをと口を近付ける。
そのとき、青川の両手がぼくの上体を引き寄せた。向こうからキスを求められて、ぼくはそれに応える。体を密着させて、より深くキスに応えようと、
「!?」
青川の舌が口の中に伸ばされた。まさか、こんなに青川が積極的に来るとは思ってもみなかった。
「ん……ちゅ……んぁ」
「……んむ……んん……」
舌を絡め合い、唾液の入り混じる音が至近距離で耳を打つ。
その音に、理性は塗り潰されていった。欲望のままに腰を激しく動かしていく。
青川の一際高い喘ぎ声が、耳をつんざいた。それは喜色に満ちた快楽の声だった。
その声がさらにぼくの脳髄を沸騰させ、ぼくらは激しく絡み合った。強い締め付けの中を何度も何度も往復し、粘膜にまみれた性器と性器をぶつけ合う。
あっという間に射精感が高まり、ぼくは急いで中から引き抜いた。
「くっ」
呻きとともに大量の精液を青川のお腹にぶちまける。青川の体が射精と同時にぶるっと震えた。
丹田から力が抜け、ぼくは青川の横に倒れ込む。
荒い息をつきながら、彼女はにこりと微笑んだ。
その微笑はあまりに愛しく、ぼくは青川を抱き締めずにはいられなかった。
呼吸が整い、だいぶ落ち着いた頃、
「日沖くん……」
青川はぼくの名を呼ぶと静かに語り出した。
「わたし……今まで……趣味合う人……いなかった」
ぽつりぽつりと呟く。
「口下手だから……合わせるのも……。だから……自然と……こうなったの」
なるほど、と納得した。だから青川は趣味を知られないようにしていたのだ。男同士ならともかく、女子の中ではあまり馴染まない趣味だろうし。
なんとなく気付いてはいたが、はっきりとわかってすっきりした。
「でも、もっと……話せる……ように……する……から」
「しばらくは今のままでもいいんじゃない?」
青川は怪訝な顔をした。
「なんで……?」
「だって」ぼくは正直に告げた。「しばらくは青川の声を独り占めしたいから」
青川の頬に赤みが差す。「将来的には口下手も直さなきゃダメだろうけど、しばらくは、ね」
ぼくは体を起こすと、壁時計で時刻を確認した。午後五時をわずかにすぎたところだ。
「暗くなる前に送るよ。体は大丈夫?」
そう尋ねると、青川は逆に尋ね返してきた。
「御両親は……いつ?」
「え、……十時くらいかな、帰ってくるのは」
「まだ……時間、あるね」
「え?」
目を丸くしたぼくに、青川はいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「二回目……しよ」
「……………………」
ぼくはおおいに戸惑った。さっきまで処女だった子にまた無理をさせていいのか? あんなに息切れしてたのに体力もつのか? てゆーかこの子エロすぎないか?
考え込むぼくに、彼女はトドメの一言を放った。
「中出し……して……いいから……」
もはや突っぱねる理由はどこにもなかった。と言うよりもう理性保つの限界です。
「うりゃ」
「……ん」
こうしてぼくらは第二ラウンドに突入した。
時計は午後七時を回った。
「ふぁ……」
大きなあくびが出てしまった。まぶたが少し重い。やっぱりいきなり三回はハード過ぎたかと反省する。まさか青川に流されてしまうとは。それもニラウンドどころか三ラウンドまで。
対する青川は少しも疲れた様子を見せなかった。
「タフだね……」
「……」
さっきまで多弁だった口も、今は静かである。
「送るよ。もうすっかり暗いし」
「……」
青川は頷くが、その顔にはなぜか笑みが浮かんでいる。どこか勝ち誇ったような、優越者の笑みだ。
「……うまくノせてやった、とか思ってる?」
青川は答えない。
「別にあれは抱きたいから抱いたわけで、青川にのせられたわけじゃ……」
「……気持ち、よかった?」
楽しそうに問う青川。
かなわないな、とぼくは苦笑する。
青川は帰り支度をしている。借りたDVDをバッグの中にしまっている。
無口で、小さな女の子だけど、一週間でたくさんの顔を見ることができた。これからもっといろんな面が見られるかもしれない。
「行こうか」
頷く青川の手を取って玄関に向かう。握った手に想いを込めて、ぼくは小さく言葉を送った。
これからよろしく──
作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
青川文花(あおかわふみか)はぼく、日沖耕介(ひおきこうすけ)にとって、とても気になる娘である。
別に飛び抜けた美人というわけじゃない。目鼻立ちは整っていたけどどこか薄い印象を受けるし、小柄な体は百五十センチくらいしかない。セミロングの綺麗な黒髪がちょっと目をみはる以外はごく普通の女の子だ。
ぼくと彼女の接点はほとんどなかった。同じ高校でクラスが近い(ていうか隣)ためによく見掛ける程度で、お互いに全く無関係のところで日々を過ごしていたのだ。
あの日までは。
ある日曜日の夕方、ぼくは市内の体育館を訪れていた。
体育館の入口には大きな看板が立て掛けられていて、極太のゴシック体で『総合格闘技イベント Brave Squad』と書かれている。
ぼくは格闘技が大好きで、よくテレビで観戦している。三ヶ月前にチケットを購入してから、今日の興行をずっと楽しみにしていた。マイナー団体の地方興行とはいえ、生観戦はテンションが上がる。
受付にチケットを渡して中に入る。普段の閑散とした静けさはどこへやら、今日の館内は熱気がこもっていた。結構な数の人が集まっていて、そこら中から期待感のような、空気の圧力を感じる。
ぼくはその空気に気圧されて、思わず立ち止まった。
そのせいで後ろを歩いていた人とぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
すぐに振り向いて謝るが、相手からの反応は何もなかった。
「……」
相手は沈黙している。
不思議に思って、ぼくは頭を上げた。
女の子だった。
周りが男ばかりだったせいか、ぼくはかなり驚いた。しかしすぐに別の驚きにとらわれる。
少女の顔には見覚えがあったのだ。
「……青、川?」
記憶の片隅に辛うじて引っ掛かっていた名前を口にすると、少女は驚いたように目を見開いた。名前が合っているかどうか自信がなかったが、どうやら間違ってないようだ。
「隣のクラスの日沖だよ。覚えてる?」
「……」
青川は無言のままこくんと頷く。その動作はどこか無機質で、人形のような印象を受けた。
改めて彼女の姿を眺めやる。
普段の制服のイメージからは私服姿など想像もつかなかったが、今着ている薄い青色のワンピースはよく似合っていた。
上から羽織っている白いカーディガンも、より黒髪が映えるようで、全然地味には見えない。女の子って服装でこんなにも変わるのか。
それにしてもなぜ青川がここにいるのだろう。今日のイベントを見に来たのだろうか。
「青川も格闘技見に来たの?」
こくんと頷かれる。なぜかうつむいて目を合わせてくれない。
「へえ、青川も格闘技見るんだ」
「……」
今度は頷きはなかった。ぼくは言葉が続かず狼狽する。ちょっと無口すぎないか。
「も、もうすぐ始まるから早く席につこうか」
青川はまったくの無表情だったけど、ぼくが奥へ向かおうとすると後ろからとことことついてきた。言葉は発さないだけで、別に嫌われているわけでもないのか。
無口無表情の様子からは、その心はなかなか見えなかった。
体育館の中央に特設されたリングの上では、屈強なヘビー級ファイター同士が壮絶な殴り合いを繰り広げていた。
寝技に持ち込む気は互いにないらしく、双方とも鼻血を流しながら打撃オンリーでぶつかっている。集まった観客は大興奮で、大きな声援が会場を飛び交っている。
その中で、ぼくと青川だけが無言でリングを見つめていた。
小さな会場だから、自由席でもリングの様子ははっきりと見える。おかげで迫力も熱気もビンビン伝わってくる。しかし、ぼくのテンションは微妙に上がらなかった。
隣に座っている青川の様子が一切変わらないからだ。
女の子と一緒に格闘技を観戦しているということへの違和感もあった。だがそれ以上に、彼女が反応というものをほとんど見せないのだ。
アクションのない女の子の横で、ぼくだけ興奮しまくるのもなんか気まずい感じがするので、テンションを上げ辛かった。
青川は視線をそらさず、真っ直ぐリングを見つめている。
青コーナーの選手の右フックが相手の顎を打ち抜いた。相手はその場に崩れ落ち、審判が追い打ちをかけようとしていた選手の間に割って入った。TKOだ。
周りの歓声が一段と高まった。試合の凄絶さに鼓動が早まる。息が詰まるほどの高ぶりに襲われ、ぼくは感嘆の息をついた。
青川を見ると、やはりと言うべきか泰然としていた。迫力のKO劇にも顔色一つ変えない。高ぶるでも怖がるでもなく、ただ静かにリングを眺めていた。
周りの歓声が収まるのを待って、ぼくは青川に話しかけた。
「すごかったね、青川」
青川は頷いた。思えば今日、彼女の反応をこれだけしか見てないような気がする。
なんとかコミュニケーションを取ろうと、少しやり方を変えてみる。
「これからの試合の予想しない? 勝敗多く当てた方が勝ち。負けた方がジュース奢るってことで」
青川がきょとんとなる。至近距離で見つめられて、さっきとは違う動悸がぼくを襲った。いや、唐突な提案なのはわかっているんだけど。
パンフレットを広げて対戦カードを確認する。既に三試合消化されたので残りは四試合。次は軽量級の試合だ。
「どっちが勝つと思う?」
青川はしばらくパンフレットを見つめると、ゆっくりと片一方の選手の名前を指差した。白く小さな指だった。
ぼくは少し驚いた。青川の指した選手は寝技主体の、どちらかといえば地味な選手だったからだ。KO勝ちはなく、かといって一本勝ちも少ない、判定にもつれこむことが多い派手さに欠ける選手だ。
一方の対戦相手はその真逆で、打撃の強い選手だった。KO率も高く、ルックスもいいので華がある。寝技に難ありという弱点はあれど、十分強い。青川はてっきりこっちを選ぶと思っていた。
「……いいの? ぼくはこっちを選ぶけど」
「……」
青川は小首を傾げる。その仕草はなんだか無垢な小動物のようで、ぼくは気恥ずかしくなった。
「じ、じゃあその次の試合も予想しようか」
誤魔化すようにパンフレットを寄せる。すると、青川も顔を近付けて覗き込んできた。綺麗な黒髪から、柑橘系の爽やかな匂いがした。
おかげであんまり予想に集中できなかった。
しばらくして、次の試合が始まった。
青川が選んだ選手は打撃戦に一切付き合わず、徹底的にタックルからの寝技に持ち込む戦法で攻めこんだ。
ぼくは打撃が一発入ればそれで終わると思っていた。しかし予想に反してその一発が当たらない。立ち技では相手に組みついて打撃を封じ、寝技では終始上のポジションをキープしてまったく危なげない。
結局、判定で青川の選んだ選手が勝ち名乗りを受けた。
ちらりと青川を見やった。それに気付いて彼女もこちらを向く。表情は相変わらず能面だったけど、もう慣れてきた。
苦笑いが自然と生まれた。予想が外れた悔しさと同時に嬉しくなる。青川は本当に格闘技が好きなんだろう。選手の派手さや見た目に左右されず、ちゃんと技術を見ている。女の子の趣味としては渋いけど。
何で笑っているの、とでも言うように、彼女が見つめてくる。
ぼくは笑みを浮かべたまま、リングを指差した。
「ほら、もう次の試合が始まる」
青川はすぐに顔を戻し、四角いリングをじっと見据えた。
会場を出て、外の自動販売機の前で、賭けに負けたぼくは青川に尋ねた。
「紅茶、ホット?」
短い問いにこくこく頷くのを見て、ぼくはボタンを押す。温かいミルクティーががこんと音を立てて落ちてきた。
渡す時に触れた青川の手は、夜の外気に熱を奪われたのか冷たかった。
「まだ夜は冷えるね。早く帰ろう」
「……」
「一人じゃ危ないから送るよ。家どこ?」
彼女は小さく首を振った。
一人で帰るというのか。さすがにそれを聞き入れるわけにはいかない。もう夜九時を過ぎている。無理にでも送ってやらないと、
「迎え……来る」
不意に囁かれた小さな声は、柔らかい響きを伴っていた。
水に打たれたような驚きを覚えた。今のは、青川の……?
思わず彼女の顔を見つめた。
青川の顔は微かに笑んでいるように見えた。
ぼくはその顔に見とれて、気が抜けたようにその場に立ち尽くした。
やがて彼女の母親が車で迎えに来て、お礼を言われた。ぼくは何か答えたような気がするけどよく覚えていない。
彼女の乗った車がその場を去っても、ぼくの心は揺蕩ったままだった。
そのまま家に帰って、何がなんだかわからないままシャワーを浴びた。そして食事も摂らずにベッドに入った。
閉じたまぶたの裏で、彼女の微笑がはっきりと残って見えた。そして脳内ではあのか細い声が。
完全に頭がイカレてしまったかと思った。
彼女の小さな声と微笑にはそれだけの破壊力があった。ヤバい。魂が持っていかれたかとさえ思ってしまった。
自分の想いを自覚して気恥ずかしくなる。
どうやら好きになってしまったみたいだ、青川のこと。
翌日の放課後。
校門前で青川に声をかけた。丁度いい具合に彼女は一人だった。
「青川。一緒に帰っていい?」
「……」
じっ、と凝視された。いきなりすぎたかと後悔するも、今さら退けなかった。視線に耐えて返事を待つ。
数秒の間の後、青川はゆっくりと頷いた。
よし、と心の中でガッツポーズする。そのまま彼女の横に並んだ。
しばらく無言で歩き続ける。
「……」
「……」
青川から会話が始まる気配は微塵もないので、やはりこちらから話を振らなければならないようだ。
そこではたと気付く。よく考えてみると、いやよく考えなくても青川との接点は昨日のことだけしかない。昨日は何があっただろう。格闘技を一緒に見て……
……だけだった。
気になる子との接点が格闘技だけ。こんな色気のない話題しか共有してないのか、とぼくはへこんだ。格闘技を憎らしく思ったのは産まれて初めてだ。
しかし、それのおかげで繋がりが出来たのも事実。むしろ感謝すべきだろう。色気はこの際おいておく。青川が格闘技好きなのは事実なんだし。気を取り直して、会話に挑む。
「あ、昨日は驚いたよ。まさかあんなところで会うとは。格と……うぐっ!」
いきなりだった。凄い勢いで青川の右手が伸び、ぼくの口を塞いだ。
突然の彼女の行動に、ぼくは目を白黒させた。
彼女は顔を真っ赤にしてにらみつけてくる。必死な様子に、ぼくは場違いにもかわいいな、と思ってしまった。
青川は左手を唇の前に立てた。それを見て、彼女が何を言いたいのかを理解する。了解の頷きを返すと、青川は慎重に右手を離してくれた。
軽く咳き込んでから尋ねる。
「……人に聞かれるのがイヤなの?」
青川は首を縦に振る。力一杯の反応である。
そんなに嫌なのだろうか。確かに彼女のイメージからは遠い話題だから、気にするのもわからないでもないけど。
「知られたくなかった?」
「……」
今度は何の反応も見せない。首を縦にも横にも振らないので、判断がつかなかった。ただ、無表情な顔の奥に物凄く困っている様子が窺えた。
なんとなく、この子が無口な理由がわかった気がする。
「……ぼくは嬉しかったよ」
迷った末、正直に内心を吐露した。
青川はびっくりしたように目を見開く。昨日よりもずっと表情豊かだった。
「確かに最初は驚いたけど、すぐに青川が本当に好きで見てることがわかったから。他の人は知らないけど、ぼくは全然アリだと思うよ」
「……」
青川は顔を伏せる。
ぼくらはのんびりと道を歩く。
西の空は朱に染まり、空には上弦の月が昇っていた。日が落ちるとさすがにに肌寒い。寂れるような秋風が、静かに駆け抜けていく。
「……あり、がと」
それは、風の音に負けそうなほど小さな声だった。
ぼくは思わず彼女を見つめた。青川は顔を伏せたまま、続ける。
「日、沖くんなら……知られても……いい」
「……ありがとう」
平静な声でぼくはそれだけ返した。
落ち着いているのは外だけで、内ではもう心臓が爆発しそうなほど嬉しかった。許されるならこの場で彼女を抱き締めたいくらいだ。
思いきって誘ってみた。
「こ、今度の日曜日、うちに来ない?」
「……」
「あ、いや、変な意味じゃなくて、うちにたくさん録画したDVDがあるから、その」
早口に説明するが説明になってないような気がする。落ち着けよぼく。
青川は少し戸惑った様子で、でもすぐに柔らかく微笑んでくれた。
やがて彼女が頷くと、同時に夕焼けを受けた髪が美しく揺れた。
青川と大会でばったり会ってから一週間。
遂にというべきか、約束の日曜日がやってきた。
今日、うちに青川が来る。
……DVDを見に。
いやアリだけど。色気は置いとくって決めたから不満なんかないけど。
すみません、ウソです。正直不満です。せっかく親もいないのに。
軽く深呼吸する。好きな子が自分の家を訪れるのだから、テンションが上がって当然だが、少し落ち着こう。
この一週間、ぼくは毎日青川と一緒に下校していた。
校門前で捕まえて、その後並んで帰る。青川は相変わらず無口で、ぼくが一方的に話すだけだったけど、頷くだけじゃなく時折微笑を見せてくれるようになったので、けっこう心を許してくれていると思う。
だからいいのだ。今は彼女と話せるだけで楽しいし、焦らずいこう。
ぼくは自分の部屋を見回した。昨日きっちり掃除したので、変なところはないはずだけど念のため。
床は掃除機かけたし、机の上も片付いている。ベッドもきちんと整えた。余計なものは押し入れに閉まってあるから……よし、問題なし。
ピンポーン
ベルが鳴った。期待と不安が同時に胸に起こる。ぼくは急いで玄関に向かった。
「……」
ドアを開けると青川がいつもどおりの顔で立っていた。
「迎えはいいってことだったけど、大丈夫? 迷わなかった?」
青川は頷く。
「それじゃ、どうぞ上がって」
その言葉にまた頷くと、続いて彼女はぺこりと頭を下げた。おじゃまします、ということだろう。言葉を発さなくても彼女は真摯な態度を見せてくれる。
つい笑みがこぼれる。少しは彼女を理解出来るようになったのかもしれないと思うと、なんだか嬉しくなった。
緩んだにやけ顔に、青川は小首を傾げていた。
自室でぼくはお茶をいれる。ダージリンの香りが鼻をくすぐった。
青川はベッドの縁にちょこんと腰掛けている。今日の服装は紺の膝丈スカートに白いブラウスとおとなしめな組み合わせ。それが逆に清楚な印象を与える。
青川は膝に手を当ててじっとしている。しかし目だけは別で、きょろきょろと視線をさまよわせていた。男の部屋が珍しいのかもしれない。
「えっと、DVD、枕元の本棚にいろいろ並んでるから。好きなの選んでいいよ」
助け舟を出すと、彼女はおずおずと本棚に近寄った。動きがぎこちない。
「緊張してる?」
青川が振り返る。
「ぼくもちょっと緊張してる。女の子を部屋に入れることなんてないから」
「……」
青川は答えずに、本棚に手を伸ばす。DVDのケースを一つ取り出し、差し出してきた。
「これがいいの?」
こくこく頷く。
「じゃあ見ようか。お茶飲みながら」
紅茶のカップを差し出すと、彼女はゆっくりと受け取った。
テレビの画面の中で、北欧系の白人が黒人をマウントポジションで押さえ込んでいる。
青川はまばたきもせずに画面を注視している。
ぼくにはこの先の展開がわかっている。もちろん口には出さない。
下になっていた黒人が無理やり体を起こした。白人のバランスが崩れ、横に倒れる。黒人は素早い動きで白人に殴りかかる。白人は下からの蹴り上げで抵抗するが、黒人はそれをものともせず、重い拳打を落としていく。
顔面に四発五発と浴びせたところでレフェリーがストップをかけた。
勝利の雄叫びを上げる黒人を見つめながら、ぼくは肩をすくめた。
「力ありすぎじゃない? マウント返されたし」
「……」
青川は無言。
返事を期待していたわけではなかったので、ぼくはリモコンで次の試合を映そうとした。が、
「下手な……だけ」
「え?」
ぼくはリモコン操作をしていた手を止める。
「なに?」
「上手い……人なら、返されない」
ぼくは急に多弁になった(これで多弁に見えてしまうのが凄いが)青川に首を傾げた。しかしこれは逆に会話のチャンスでもある。滅多に喋らない青川から言葉を引き出したかった。
「でも、身体能力に差がある場合はどうしようもないんじゃない?」
「関係……ないよ」
「そうかな。たとえばさ、ぼくが青川に押さえ込まれたとして、」
「……」
「あっ、変な意味じゃなくて。えっと、ぼくの方が体重も力もあるから、返すのは難しくないと思うんだよ。それと同じで」
「無理」
はっきり言われた。
「……なんで」
「無理……だから」
青川は頑なに繰り返す。ぼくはどう答えたものかと考えるが、
「試して……みる?」
「…………え?」
なんでこんなことになっているのだろう。
ベッドの上でぼくは仰向けになっていた。視界に映るのは白いクロスがはられた天井と、明るく光る電灯と、
「……」
腹の上に乗っている少女の姿。
うわあ、ぼく女の子にマウントポジションされているよ。
スカートから伸びた脚が脇腹に密着している。せめてジーンズみたいな長ズボンならこんなに意識することもないのに。
「えっと、ここから抜け出せばいいんだよね?」
青川の頷きにぼくは一つ息を吐く。このままだと頭が溶けそうだ。早く抜け出して終わりにしよう。
よっ!
……あれ?
せっ!
…………あれ?
「……」
青川の目が静かにぼくを見下ろしている。
なんで返せない?
動けないわけではない。左右に体を転がせるし、脚も上がれば手も動かせる。
しかし返せない。
ブリッジをしようとしても青川は重心を微妙にずらしてくるので、踏ん張りがきかない。手足を動かそうとしたら肩や骨盤を押さえられて封じられる。
「なん、でっ」
「……」
青川はふ、と表情を緩めた。どこかからかうような、余裕の笑み。
どうにかしたいと思って、ぼくは苦し紛れに体を左によじった。横には転がれるわけだから、ここからうまく隙間を作って──
と、気付いたら視界に布団が映っていた。
いつの間にかうつ伏せになっていた。ヤバい。最もやってはいけない体勢だ。この状態では、
瞬間、首に腕が巻き付いた。青川の細い腕が喉に触れる。背中に密着した体の柔らかさより、絞め上げられる危機感の方が強い。
反射的にベッドを叩いていた。
ぼくのタップに青川はゆっくりと腕を離す。
「……」
「……」
微妙な沈黙が流れる。
「…………もっかいやってもいい?」
青川はあきれたように肩をすくめた。
ダメだ、まるで歯が立たない。
二回目もまったく同じだった。それなりに動けるものの、脱出だけはどうしても出来ない。青川はバランスボールに乗るかのように、絶えず安定した姿勢を取りながらこちらを無力化に追い込む。
二分が経過したが、糸口がどこにあるのかさえわからなかった。
「ねえ、青川って何か習ってるの?」
たまらずぼくは下から尋ねる。
「……柔術……やってる」
ぽつりと呟く。
「……………………初耳ですよ?」
「……聞かれて……ない」
「……」
あんた聞いても答えないキャラでしょーが。
こうなったら意地でも抜け出してやると鼻息を荒くすると、突然視界が遮られた。
「え、ちょ、」
青川の左手がぼくの両目を覆う。視覚を奪われて焦っていると、左頬を叩かれた。
威力はない。優しくぺち、と叩かれただけだ。しかし青川の右手は止まらない。さらに連続してぺちぺち叩かれる。
完全に持て遊ばれている。釈迦の手の平の孫悟空か。
仕方ない。最後の手段に出るか。これだけは使いたくなかったが……。
「青川」
「?」
「先に謝っとく。ゴメン」
言うが早いか、ぼくは右手を斜め上に振った。
スカートの翻る感触が右手に確かに伝わる。秘技・スカートめくり。
「!」
青川の動揺が感じられた。今だ。
隙を突いて上体を一気に起こす。その勢いに圧され、青川は後方へ倒れ込む。ベッドから落ちないように、ぼくは慌てて彼女の体を支え、
「あ……」
「……」
今度はぼくが青川の上になっていた。
腹の上に乗っているわけではない。彼女の両足の間にぼくの体はある。下の選手から見ればいわゆるガードポジションだが、そんな格闘知識など今はどうでもいい。
知らず押し倒した形になっていて、さっきよりもずっと興奮する体勢だった。
ぼくらはしばし見つめ合う。
長い睫毛がはっきりと見える距離。互いの息がかかり、頭が心臓と呼応するかのように揺れる。
魔がさしてしまった。
ぼくは彼女にそのまま覆い被さり、唇を奪った。
「……!」
青川の体が逃れようと動いた。ぼくはそれをさせまいと強く抱き締める。
自分でも乱暴なキスであることはわかっていた。ただ唇を押し付けるだけの行為で、優しさなどどこにもなかった。
ようやく唇を離したとき、青川は怯えた顔をしていた。ぼくはすぐに後悔したが、気持ちまでは消せない。
ぼくは彼女の肩に手を置き、しっかりと見据えて言った。
「好きだ、青川」
彼女の体がびくりと震えた。その反応にぼくは奥歯を噛み締める。答えを聞くのが怖い。でも、しっかりと言い切ろう。
「まだ青川のこと、ぼくはろくに知っちゃいない。でも好きになってしまったんだ。これからもっと知りたい。誰よりも知りたい。だから……付き合ってください」
「……」
青川は無言。
ぼくは目をそらさなかった。
「…………」
今までの人生で最も長い時間だったと思う。
青川は目を瞑ると、体をぼくへと預けてきた。慌てて支えると、彼女が小さく囁く。
「キス……」
「え?」
青川は怒ったように目を細める。
「……やり……直し」
その声が耳を打った瞬間には、もう彼女にキスを返されていた。
今度は優しく抱き締める。さっきの埋め合わせをするかのように、ぼくらは優しいキスを出来るだけ長く続けた。
幸福感で体中が満たされていくようだった。
キスの後、青川はうつ向き、ぼそぼそと何事かを言った。
「え、なに?」
「……初めて、だった」
キスのことだろうか。
「ぼくも同じだよ」
「……」
青川の顔が真っ赤になった。
ヤバい。めちゃくちゃカワイイ。頭ショートしそう。
真っ赤な顔で、青川はさらに言う。
「……終わり?」
「え、なにが?」
「……キスだけ?」
「…………」
何を刺激的なこと言いやがりますかアナタ。
予想外の台詞に軽く困惑した。
「いや、まあ、それはもちろん出来ればがっつりとしたいとは思うけど、って何言ってんだぼく」
「……いいよ」
……………………。
放心してしまった。
「……本当にいいの?」
「したく……ないの?」
「……」
欲望には逆らえなかった。
ベッドの上でぼくらは向き合う。
青川は体を離すと、スカートのチャックを下ろし、ブラウスのボタンを一つ一つ外していった。あまり躊躇することなくスカートとブラウスを脱ぎ、ブラジャーもあっさりと外す。
現れた体に、ぼくは我を忘れて見惚れた。
着痩せするタイプなのか、小柄の割に青川のスタイルはよかった。柔術をやっていると言っていたが、運動しているだけあって、体幹がしっかりしている。胸も前に張っていて、実に健康的な体だった。
裸の青川がぼくを見つめる。次はあなたの番、とその目が促してくる。
ぼくは急いで脱ぎ始めた。見とれている場合じゃない。早くしないと。
焦りと緊張で震えたが、なんとか脱ぎ終えることが出来た。さっきから下半身が痛いほどに疼く。
青川がぼくのモノを見て息を呑んだ。しかし視線はそらさない。まじまじと興味深そうに見つめている。
青川に近付く。向こうも身を寄せてきた。ぼくは胸に手を伸ばす。
触れた瞬間、脳髄が弾けそうなほど興奮した。白い双房に指が沈む。あまりの柔らかさに指がどうにかなりそうだ。
ぼくは彼女を抱き寄せると、ひたすら胸をいじった。青川の反応に合わせて、撫でたり揉んだりを繰り返す。乳首を指で摘むと、青川の口から甘い吐息が漏れた。
手だけでは満足出来ず、今度は舌を這わせてみた。青川はくすぐったそうにしていたが、胸の先端に吸い付くと体をびくりと硬直させた。
ぼくは下から胸を揉みしだき、両の乳首を交互に吸う。次第に青川の体が弛緩していくのが感じ取れた。
胸を吸いながら、ぼくは青川の下半身に目を向ける。まだ下着を着けたままだ。
「取るよ」
青川の頷きを確認して、ぼくは下着を剥ぎ取った。胸から手を離し、顔を脚の方へと近付ける。
「うわ……」
つい声を上げる。青川の秘所は、ゼリーのようにぬめぬめした透明な液でいっぱいだった。
思い切って触ってみる。
「……やっ」
青川が初めて叫声を上げた。ぼくはその声に怯むが、抵抗がなかったので続行した。
「ん……んんっ……あっ」
割れ目に沿って上下になぞる度に青川は喘いだ。滅多に声を出さない彼女が、小さいながらも気持よさそうに声を出している。もっと声を聞きたくて、ぼくは中に指を入れた。
「────っあ」
刺激が強かったのか、青川は勢いよくのけ反った。
彼女の中はひどく熱かった。生物の肉に包まれているのが実感出来る。しかも指への締め付けが半端なくきつい。
なんとか人指し指の第二関節まで中に入れる。ゆっくり出し入れを繰り返すと、締め付けとともに愛液がどんどん溢れてきた。
もう我慢できなかった。ぼくは体を起こして、青川の正面に覆い被さった。キスを何度か繰り返しながら耳元で囁く。
「青川、もう入れるよ」
「……」
青川は荒い息を整えながら、小さく頷いた。
ぼくは腰を沈めて一気に挿入しようとした。
が、予想以上にきつく、なかなか奥へと入らない。
「────っっ!」
青川の口から苦しそうな、痛そうな声が漏れる。
「あ、青川……」
一気に不安が増大する。かなり痛そうだ。果たしてこのままやっても大丈夫なのか、ぼくは心配になった。
「いい……から」
「青……」
「日沖くん……になら……何されても……平気だから……」
必死に言葉を紡ぎながら、彼女はにこりと笑った。
覚悟を決めた。青川がこんなに頑張っているのだ。不安がっている場合じゃない。
力を入れて、一息に彼女の中に進入した。
「っっっっっ!」
青川の顔に苦痛が走る。同時に相当な締め付けがぼくを襲う。
出来るだけゆっくり動こう。それなら耐えられるかもしれない。おもいっきり腰を打ち付けたい衝動に駆られたが、青川への負担を考えると無茶は出来なかった。
緩慢に腰を動かす。青川もこれなら苦しくないようだ。あまり気持ちよくさせられない代わりに、せめてキスをと口を近付ける。
そのとき、青川の両手がぼくの上体を引き寄せた。向こうからキスを求められて、ぼくはそれに応える。体を密着させて、より深くキスに応えようと、
「!?」
青川の舌が口の中に伸ばされた。まさか、こんなに青川が積極的に来るとは思ってもみなかった。
「ん……ちゅ……んぁ」
「……んむ……んん……」
舌を絡め合い、唾液の入り混じる音が至近距離で耳を打つ。
その音に、理性は塗り潰されていった。欲望のままに腰を激しく動かしていく。
青川の一際高い喘ぎ声が、耳をつんざいた。それは喜色に満ちた快楽の声だった。
その声がさらにぼくの脳髄を沸騰させ、ぼくらは激しく絡み合った。強い締め付けの中を何度も何度も往復し、粘膜にまみれた性器と性器をぶつけ合う。
あっという間に射精感が高まり、ぼくは急いで中から引き抜いた。
「くっ」
呻きとともに大量の精液を青川のお腹にぶちまける。青川の体が射精と同時にぶるっと震えた。
丹田から力が抜け、ぼくは青川の横に倒れ込む。
荒い息をつきながら、彼女はにこりと微笑んだ。
その微笑はあまりに愛しく、ぼくは青川を抱き締めずにはいられなかった。
呼吸が整い、だいぶ落ち着いた頃、
「日沖くん……」
青川はぼくの名を呼ぶと静かに語り出した。
「わたし……今まで……趣味合う人……いなかった」
ぽつりぽつりと呟く。
「口下手だから……合わせるのも……。だから……自然と……こうなったの」
なるほど、と納得した。だから青川は趣味を知られないようにしていたのだ。男同士ならともかく、女子の中ではあまり馴染まない趣味だろうし。
なんとなく気付いてはいたが、はっきりとわかってすっきりした。
「でも、もっと……話せる……ように……する……から」
「しばらくは今のままでもいいんじゃない?」
青川は怪訝な顔をした。
「なんで……?」
「だって」ぼくは正直に告げた。「しばらくは青川の声を独り占めしたいから」
青川の頬に赤みが差す。「将来的には口下手も直さなきゃダメだろうけど、しばらくは、ね」
ぼくは体を起こすと、壁時計で時刻を確認した。午後五時をわずかにすぎたところだ。
「暗くなる前に送るよ。体は大丈夫?」
そう尋ねると、青川は逆に尋ね返してきた。
「御両親は……いつ?」
「え、……十時くらいかな、帰ってくるのは」
「まだ……時間、あるね」
「え?」
目を丸くしたぼくに、青川はいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「二回目……しよ」
「……………………」
ぼくはおおいに戸惑った。さっきまで処女だった子にまた無理をさせていいのか? あんなに息切れしてたのに体力もつのか? てゆーかこの子エロすぎないか?
考え込むぼくに、彼女はトドメの一言を放った。
「中出し……して……いいから……」
もはや突っぱねる理由はどこにもなかった。と言うよりもう理性保つの限界です。
「うりゃ」
「……ん」
こうしてぼくらは第二ラウンドに突入した。
時計は午後七時を回った。
「ふぁ……」
大きなあくびが出てしまった。まぶたが少し重い。やっぱりいきなり三回はハード過ぎたかと反省する。まさか青川に流されてしまうとは。それもニラウンドどころか三ラウンドまで。
対する青川は少しも疲れた様子を見せなかった。
「タフだね……」
「……」
さっきまで多弁だった口も、今は静かである。
「送るよ。もうすっかり暗いし」
「……」
青川は頷くが、その顔にはなぜか笑みが浮かんでいる。どこか勝ち誇ったような、優越者の笑みだ。
「……うまくノせてやった、とか思ってる?」
青川は答えない。
「別にあれは抱きたいから抱いたわけで、青川にのせられたわけじゃ……」
「……気持ち、よかった?」
楽しそうに問う青川。
かなわないな、とぼくは苦笑する。
青川は帰り支度をしている。借りたDVDをバッグの中にしまっている。
無口で、小さな女の子だけど、一週間でたくさんの顔を見ることができた。これからもっといろんな面が見られるかもしれない。
「行こうか」
頷く青川の手を取って玄関に向かう。握った手に想いを込めて、ぼくは小さく言葉を送った。
これからよろしく──
作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
2008年02月29日(金) 02:33:13 Modified by n18_168