1-527 かおるさとー氏「縁の傷 沈黙の想い」1
神守病院301号室。
遠藤守(えんどうまもる)は小さな丸椅子に腰掛けて、左右の手を細かく動かしていた。
右に包丁、左にりんご。膝上の皿に赤い皮が、しゃりしゃりと音を立てて落ちていく。なかなかに器用な手つきだ。
守の目の前には大きなベッドがある。
そして、その上には無表情な少女の姿。
顔立ちは綺麗だった。しかし左の頬には大きなガーゼが、頭部には真っ白な包帯が巻かれており、逆に痛々しく映る。
顔だけではない。右の手首、左の前腕、左右の内太股、左腹部と、それぞれに傷を負っている。打撲で痣がひどく、全身包帯巻き。肋骨と右手首にはヒビまで入っていた。
守は剥き終えたりんごを、皿の上で丁寧に切り分けた。皮をごみ箱に捨てて、爪楊枝を一本、横の棚から取り出す。
「はい、静梨(しずり)ちゃん」
少女の名を呼ぶと、ベッドのパイプに橋渡しされている食事用の台に皿を置いた。
しかし少女は、その声に反応を見せなかった。
目にはあまり光がない。ややうつ向いた顔に生気はなく、視線は何にも向けられていない。
守は顔を背けたくなった。見ていて心が痛くなる。
心を強く張ってもう一度呼び掛けた。
「静梨ちゃん、食べたくないの?」
はっ、と顔を上げる。呼び掛けに気付いていなかったのか、目を丸くしている。
しばらくして、首が微かに横に振られた。
おずおずと左手を伸ばし、爪楊枝を掴む。傷が痛むのか、腕の動きはかなり緩慢だったが、きちんと自分の口にりんごを運んだ。
しゃく、しゃく、とこれまたゆっくりとしたリズムで果実を齟齣する少女。まるで機械のように無機質だ。
何の感情も流れていないかのような表情だが、守はほっとした。きちんと反応を返してくれたことが嬉しかった。
「おいしい?」
尋ねると、少女は小さく頷いた。
遠藤守がその少女に会ったのは三日前のことである。
守はその日、朝早く図書館へと向かっていた。
大学が後期に入るのは九月下旬。まだ一ヶ月以上もあり、バイトも基本的には忙しくない。課題も特になく、時間は腐るほどある。
なのになぜ図書館なのか。せっかくの夏休みなのだから他にもっとやれることはあるはずだが、彼はここ最近毎日通っていた。
別に深い理由はない。守はただ、昔から本が大好きで、こうした長い休みの時は必ず図書館に入り浸っていたのだ。
守は守なりに休暇を楽しんでいた。
図書館は市街地から離れていて、利用には少々不便である。もっと近くにあればいいのに、と守は思うが、多くの書物を抱えるには郊外が適しているのだ。仕方ないことだろう。
守は県道から逸れ、細長い脇道に入った。山の中を複雑に通っている、地元民にもあまり知られていない近道だ。
自転車が朝の爽やかな空気を切り裂き、山道を軽やかに抜けていく。
古びたガードレールが道と林の境界線を作っている。これから昇っていくであろう太陽は、木々に遮られてはっきりとは見えない。蝉の声が、風と合わせるかのように元気な合唱を響かせている。
そんな朝の山道を守の自転車は走り──そして止まった。
道の真ん中に小さな人影が倒れていた。
守は目を見開くと、急いで自転車から降りた。すぐさま駆け寄り、その影を確かめる。
「君、だい…」
言葉が途中で切れた。思わず息が止まる。
その少女は傷だらけだった。
顔には殴られたような痕があり、ひどく腫れ上がっていた。服はぼろぼろで、引き裂かれたスカートは下着さえろくに隠せていない。腕や脚にもはっきりと痣が浮いていた。
何をされたかは明らかだった。守は深いショックを受ける。
少女は仰向けの体勢で虚空を、眺めていなかった。
目に意志がなかった。まばたきと、呼吸のために微かに胸を動かす以外は、何の動きも見せていない。
守は携帯電話を使って、すぐさま救急車を呼んだ。慌てることなく速やかに状況を伝えると、少女に囁いた。
「今救急車を呼んだから、もう大丈夫だ。安心して」
「……」
返事はない。守は気にすることなく、バッグからペットボトルを取り出す。
「水、飲めるかな?」
「……」
「無理に飲む必要はないけど、飲めるなら飲んだ方がいい」
本当は応急処置を施してやりたいが、そんな知識はなかった。水分補給を勧めたのは代わりのようなものだ。
「……」
少女は何も言わない。
意識はあるのだろうが、周りに向いていない。心を閉ざすことで身に起こった嫌な出来事を忘れようとしているのかもしれない。
守はしばらく悩んだ末に、小さく深呼吸をした。心を穏やかな水面のように静め、そして少女の耳元で言葉を囁く。
『大丈夫』
その、ただ一言に、少女の目が動いた。
それまで死人のようだった目に光が戻り、呆然とした顔で守を見やる。
守は安心の息を吐くと、優しく微笑みかけた。
「体、痛いよね。すぐに救急車が来るから安心して」
「……」
沈黙。
だがさっきまでのだんまりとは違う。少女の顔にははっきりと意識が戻っていて、目の前の青年をぼんやりと見つめていた。
「水、いる?」
「……」
十秒ほどの間を置いて、少女はゆっくりと頷いた。
腕は動かせないようなので、口にペットボトルを近付けてやる。慎重に傾けて少量注ぐと、ごくりと喉が音を立てた。
瞬間、少女は顔を歪めた。腫れた頬が痛むのだろう。口の中も切っているかもしれない。
「……まだ飲む?」
五秒の間の後、首を縦に動かす。再びボトルを寄せて、水を落としてやる。苦悶の表情を浮かべながらも、確実に飲み込んでいった。
とても、静かだった。
蝉の鳴き声が止んでいる。遠くの方で微かに聞こえるだけで、周囲の林からは合唱が消えている。
徐々に強さを増す陽光が、木々の合間を縫って斜めに降っている。
夏の暑さに涼しい風が、二人だけの道を小走りに駆けていく。
傷だらけの少女を癒すかのように、自然はこんなにも穏やかで優しい。一人よがりの錯覚だとしても、守は癒してほしいと思った。
もちろんそんな幻想的なことは一切なく、少女は残酷なまでに重傷だった。
どういう経緯でこのような目に遭ったのか気になる。しかしそれは警察の仕事であるし、守にそれを問いただす気は微塵もなかった。
今はただ、この少女が不安にならないよう、そばにいてやるだけだ。
穏やかな空気の中、青年は少女をいたわり続ける。
水本(みずもと)静梨というのが彼女の名前だった。
ポケットに入っていた携帯電話から身元が判明し、搬送先の病院からすぐに家族と警察に連絡が行った。
守は駆け付けた彼らに発見時の状況などを説明したが、静梨に何があったのか具体的なことは彼にもわからなかったので、不十分な説明になってしまった。
しばらくして、静梨の治療が終わったというので、守達は個室へと向かう。
ベッドに寝かされた彼女の様子は、痛々しいものだった。包帯で体のあらゆるところを巻かれ、まるでミイラのようだ。
医師の話では全治一ヶ月。誰かに犯された際にひどく痛めつけられてはいるものの、怪我そのものは命に関わるものではないらしい。
それを聞いて、唯一の肉親だという彼女の祖母は心底安心したようだった。命があるならまだ取り返しはつく。
目は開いており、静梨はぼんやりと天井を見上げている。
そんな孫に祖母は優しく呼び掛けた。静梨はすぐに顔を向け、小さく頷く。祖母の目に涙が浮く。
その涙が凍りついたのはしばらくしてからだった。
二分経ち、三分が経過したが、静梨はその間何の言葉も発さなかった。周囲が怪訝な空気になる中、祖母だけが必死に話しかけている。
少女は何も言わない。
どこか戸惑った表情で、目をしばたたいている。意識もあり、理解も出来るのに、その口からはいかなる言語も生まれない。
少女は言葉を失ってしまっていた。
意思疎通は出来る。首を縦にも横にも振ることからYES/NOの表明くらいは可能だ。
だが、声が出せない。出そうとしてもすぐに苦悶の表情を浮かべてしまう。
声帯には何の異状もないので、恐らくは精神的なものが原因だろうと医師は言う。言葉を失うほどの恐ろしい思いというのはどれほどのものだろう。守には実感が湧かなかった。
警察官二人も聴取は無理だと判断したのか、部屋を出ようとする。迷惑にならないよう守もそれに続こうとして、
くいっ、とシャツの裾が引かれた。
振り返ると、少女の手が守のシャツを掴んでいた。
祖母も医師も警察官も、皆何事かと呆気に取られている。
困惑したが、痛めた左手が懸命に伸ばされているのを見て切なくなった。
守はその手を両手でいたわるように包み込み、小さく笑む。少女はそれを見て何度も首を縦に振った。
ありがとう。
言葉なき彼女の声が、届いたような気がした。
その日以来、守は彼女を見舞うようになった。
孫が慕っているようなので、迷惑でなければ時々会いに来てほしい、という祖母の頼みもあったが、守自身ほっとけない気持ちもあったのだ。
医師も、他者とのコミュニケーションによって失語が回復するかもしれないという。警察からも捜査のために協力してほしいと頼まれ、守は毎日見舞いに来ていた。
一週間の間に静梨の友人も見舞いに訪れていたが、守のように暇ではないようで、頻繁に来ることはなかった。祖母も健康な方ではないので、結果的に二人っきりで過ごす時間が多くなった。
静梨はその間一言も口を開かなかった。ただこちらの他愛ない世間話に耳を傾け、こくこくと頷くだけだった。
それでも守は「よかった」と胸を撫で下ろしていた。最悪な目に遭って、こんなに傷だらけになっても、静梨は塞ぎこむことなく元気でいる。それは喜ばしいことで、彼女の強さを素晴らしく思った。
そのうちきっと言葉も取り戻せるだろう。いつになるかわからないが、それに協力出来るのなら、決して惜しまない。彼女の声を一度聞いてみたいという思いもある。
だが、彼女が未だに笑顔を見せないことが、失語以外に気掛かりだった。
守が病院からアパートに戻ると、部屋の前に一人の少女が立っていた。
「あ、マモルくんこんにちは」
長いポニーの髪を柔らかく揺らし、小さく手を振ってきた。磁器のように綺麗な肌が、整った顔を美しく輝かせる。
「依子ちゃん」
名前を呼ぶと、少女は嬉しそうに笑んだ。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。依子ちゃんの方こそ変わらないね。とりあえず上がろうか」
守は鍵を開け、中へと招く。少女は頷き、楽しそうに入室した。
『依子』という名前を持つこの少女は、守の母方のいとこにあたる。
昔からの幼なじみで、互いに気心の知れた仲だ。頻繁に会うわけではないが、たまに向こうからこうして会いに来てくれる。
彼女は苗字を持たない。
古くから霊能の力を持つ家系に生まれながら、才能を開花させることが出来ずに分家へと養子に出されたため、生来の苗字を失ってしまったという経緯がある。
脈々と受け継がれ成り立ってきた特殊な家業は、時代錯誤もいいところだったが、本物である以上需要もある。
その中で本家の苗字は名乗る者の霊力を飛躍的に向上させる力を持つ。が、強力すぎる故に才能のない者が名乗ると、名前の力に身を滅ぼされるというのだ。
依子は、家業を継げなかった。
そして、ただの女として生きていくことになった。
戸籍上は分家の苗字を持っている。だが依子はそれを名乗らない。嫌っているわけではなく、違う家の者が簡単にその家の名を名乗るということに抵抗を感じるという。
きっとそれは建前だろうと守は思っている。本当は本家の名前を名乗りたくて、しかし迷惑をかけるわけにはいかなくて、
結果、彼女はこの世でただひとりの『依子』という人間として生きていくことを決めたのだ。
守はそんな依子の思いを知っているので、彼はいつも愛情を込めて名を呼ぶことに決めている。
「依子ちゃん」
「ん?」
大きな瞳がくるりと動く。どこか嬉しげなのは、彼女も守の心情を理解しているからだろう。
「今は夏休みだよね?」
「そうだよ。マモルくんもそうでしょ?」
「うん。でも高校生は宿題多いんじゃないの」
「たいしたことないよ。こうして会いに来るくらいはお茶の子さいさい」
部屋の中、一つだけの椅子に座りながら依子は笑った。
それからおもむろに守の胸元を見つめる。
何を見ているのか、守にはわかっている。
依子には霊能を扱う才能がなかったが、だからといって全くの普通人というわけでもない。霊能を「扱える」才能がないだけで霊能自体はある。
簡単な術くらいなら依子も会得している。ちなみに守も先日静梨に使ったように、暗示程度なら習得している。もっとも、守の専門は霊能とは別にあるが。
そしてもう一つ、依子は特有の能力を持っている。
「新しい縁が見えるよ。誰か知り合い出来たの?」
依子の目は守の胸元の前の空間を見ている。そこには確かに何もないのに、依子は何かを捉えている。
彼女が言うには縁の糸とやらが見えるらしい。この世のあらゆるものは他の何かと縁があり、それらは糸で結ばれているというのが依子の説明だった。
「どんな糸が見える?」
守が尋ねると、依子はじっと虚空を見つめ、
「ちょっと淋しい感じ。でも優しい印象だよ。この人、マモルくんのことが好きなんじゃないかな」
「そう……」
声のトーンが下がったことに、依子は首を傾げた。
「どうしたの?」
問われて守は口をつぐむ。静梨の身の上を軽々しく話すのは抵抗があった。
「なんでもないよ」
そう答える。
「そう? それならいい」
依子はあっさり引き下がる。喋りたくない気持ちを察してくれたのかもしれない。
守は話題を変えた。
「今日は泊まるの?」
「うん、と言いたいところだけど、ちょっと無理かな。明日会わなきゃいけない人がいるの」
「また人助け?」
依子は唇を三日月にして笑った。
彼女は『縁視』の力を使って人助けのようなことをやっている。街中を歩きながら知らない人に声をかけ、もつれたり切れかかった糸を修復してやるのだ。
「お節介も程々にした方がいいよ。厄介ごとに巻き込まれたら危険だし」
「マモルくんに言われても説得力ない。私よりずっとお人好しじゃない」
「依子ちゃん」
静かに、強い調子で名を呼ぶと、依子は押し黙った。
「……ごめんね。でも私は止めたくないの。お願い。続けさせて」
真剣な顔で訴えられる。守はこういう顔に弱い。
「……それは依子ちゃんの自由だよ。ぼくに止める権利はない。ただ、ちゃんとわかってほしい。周りの人達の心配を」
「……うん、わかってる。ありがとう」
神妙な声で呟く少女の頭を、守は撫でた。
「久しぶりに依子ちゃんの料理が食べたい」
依子は微笑み、尋ねた。
「カレーでいい?」
「カレーがいい」
「じゃあシーフードで」
答えると立ち上がり、冷蔵庫をあさり始める。
守はその後ろ姿を眺めながら、嬉しくなった。
依子といっしょにいるととても落ち着く。静かで、穏やかな気分になれる。
こうした何気ない触れ合いは、ささやかながら大事なことなのだろう。改めて自覚するほどのことではないかもしれないが、決して悪くない。
不意に依子が振り返った。
可憐な笑顔を急に向けられ、守はどきりとする。
「縁が強まってるよ」
「え?」
「私とマモルくんの縁の糸。また少し太くなってる」
縁の糸は互いの想いの強さに比例して大きくなる。
頻繁に会っていなくても、少し相手を想うだけで二人は縁を深めることが出来る。そういう間柄だった。
静梨に対してもこうして縁を深められれば。
頭の片隅で守はふと思った。
二人が会ってから一週間。
病室を訪れると、静梨は眠っていた。
綺麗な寝顔だ。顔の腫れはひいており、湿布も貼っていなかった。頭の包帯も取れていて、元の顔が現れている。
規則正しい寝息を立てている様子は実に穏やかだった。一週間前本当に襲われたのか、疑ってしまうくらいに。
犯人を追う手掛かりは今のところ少ない。
事件当日、静梨は友達の家に泊まる予定だった。祖母は午後五時頃に自宅で静梨を見送っている。
相手の友達に連絡が入ったのは午後六時。静梨から友達にメールが届く。用事が出来て行けなくなった、という内容だった。友達は何度かメールでやり取りを行ったが、特に不審には思わなかったという。
その時間帯には既に静梨は誰かに襲われていたのだろうというのが警察の見方だ。メールを送ったのも犯人の偽装と思われる。
手際や都合のよさから考えると、計画的な犯行である可能性が高い。つまりは顔見知りの犯行だろう。
静梨は喋ることが出来ないが、筆談なら可能なので、手の回復を待って聴取が行われた。
それによると、近所の小道に入ったところで何者かに後ろから羽交い締めにされて、車に連れこまれたという。サングラスと帽子で顔は確認出来ていない。
車内で後ろ手に縛られ、目隠しをされた。その後どこかの部屋に連れていかれ、そこでひたすら犯し抜かれたそうだ。
どれ程の時間が過ぎたかわからない。気が付くと静梨は守に助けられていた。
恐らく乱暴を続ける内に彼女は意識を失い、犯人達は飽きたのか、山の中に置き去りにしたのだろう。夏でなかったら凍死していたかもしれない。
静梨の証言はそこまでで、犯人の特定にはまだ困難な状況だった。相手が複数ということくらいしかわかっていない。
警察は現在、静梨の身の周りの人物から捜査を進めている。田舎の警察が少ない人員でどこまで突き止められるか、守は正直期待していなかった。
それでも犯人には捕まってほしいと強く願う。静梨の失語は激しい恐怖が原因ではないか、と医師は言うのだ。
犯人の逮捕は原因そのものの解消に繋がる。ひいては彼女の不安を解消し、声を取り戻せるかもしれなかった。
守は椅子に座り、少女の寝顔を見つめる。
そのとき、まるで視線に反応したかのように、静梨の目がゆっくりと開かれた。
疲れているように垂れた目が、すぐ横の青年の姿を捉える。
目尻が一気につり上がった。驚いたように双眸がぱっちり開かれる。
守はばつの悪い笑みを浮かべた。
「あー……ごめん。起こしちゃったね」
「……」
静梨は慌てて首を振る。棚の上のメモ帳と2Bの鉛筆を手に取り、何かを書く。その文を守へと向けた。
『ごめんなさい、せっかく守さんが来てくれたのに、眠っちゃってて』
守は笑顔で応える。
「疲れていたんでしょ。静梨ちゃんが元気なことが一番大事なことだから、気にすることないよ。寝顔可愛かったし」
静梨の顔が真っ赤になった。顔を伏せて恨めしそうな目を向けてくるが、その様子も可愛らしい。
「体は平気?」
こくりと頷くのを見て、守は安心する。
「一ヶ月って話だったけど、もっと早く退院出来るかもね。退院したらどこか遊びに行こうか」
不意を突かれたような表情で守を見やる静梨。メモ帳に再び鉛筆を走らせ、尋ねる。
『迷惑じゃありませんか?』
「まさか。ぼくの提案なんだからそんなことないよ。それとも都合悪いかな?」
ふるふると首が横に動く。返事の文が紙に記される。どこか躊躇するような仕草の後、思いきってメモ帳を掲げた。
『楽しみに待ってます』
守はその返文に嬉しくなって微笑んだ。
静梨は恥ずかしそうに目を背けていた。
それから二人は一時間程雑談をして過ごした。
診察の時間がやって来たので、守は静梨にまた来ると言い残して席を立つ。次はちゃんと起きてます、と書かれた紙に軽く手を振り部屋を出た。
だが、守はそのまま帰ろうとはせず、診察が終わるまで外で待っていた。
確認しておきたいことがあったのだ。
「笑顔を見せない?」
守の質問に、静梨の担当医師は首を傾げた。まだぎりぎり三十代らしいが、ストレスのせいか多少老けているように見える。
「私も気になったから、一応診察の時に言ったんだけどな……。そっか、遠藤君の前でもそうなのか……」
「一週間経って、まだ一度も見ていないんですよ」
静梨は決して無表情な娘ではない。さっき病室で交わしていたやり取りの中にも、驚きや不満、少女らしい照れをはっきりと顔に映していた。
だが、未だに笑顔だけが見られない。
「言えばぎこちなくも笑顔は見せてくれるよ。言ってみれば?」
「いや、無理に笑ってもらうのもなんか気がひけますよ。……なんで笑わないんでしょうか?」
医師はゆっくりと顎を撫でる。
「あれだね。笑うことを忘れているんだと思う」
「……え?」
「笑うことは出来るんだ。ただ、日常の自然な動作の中から、笑うことだけがすっぽり抜け落ちているんだと思う」
守は言葉なく顔を曇らせた。それは……どうすればいいのだろうか。
「それって治るんですか?」
「治るよ。原因を解消すれば遅かれ早かれ必ず治る」
失語に関しても同じ答えが返されている。
「つまりは事件の解決が重要ってことですか?」
「そうじゃない。事件を自分なりに整理して、不安が取り除かれることが重要なんだ。事件の解決はそれを助けてくれるかもしれないだけで、直接の解決にはならない」
「……」
結局静梨自身の問題ということか。
しかし、
「ぼくに出来ることはないんですか?」
何か出来ることがあるなら何かしたかった。
医師は青年の真剣な顔を面白そうに眺める。
「今まで通りでいいと思うよ。親しく話して、彼女を安心させる。そうすれば事件の恐怖が多少なりとも薄れるかもしれないしね」
「はあ……」
安心させる。不安をなくす。
一時的な不安解消ならともかく、根っこから治すのは難しかった。
「……頑張ってみます」
威勢のいい声は出せなかった。
さらに一週間が過ぎた。
守は依子とともに病院の廊下を歩いていた。
「もっと早く言ってくれればいいのに」
「依子ちゃんがあちこちふらふらしてるから、捕まえるの大変なんだよ。なんで家にいないのさ。携帯も持ってないし」
「それは悪かったけど、結構時間経ってるからもう縁が切れてるかもしれないよ」
今回依子を連れてきたのは、静梨の縁を見てもらうためだ。
もっと早く連れてきたかったが、依子を探すのに手間取ってしまった。夏休みであるのをいいことに、近畿まで行って古都巡りを楽しんでいたらしい。
「前に元気がなかったのはこのためだったんだね」
「……元気ないように見えた?」
「おもいっきり。私には説教しといて、自分だってお節介焼いてるじゃない」
「……ごめん」
「まあいいけど。その子も大変みたいだし」
部屋に入ると、静梨は読書中だった。
守の姿を見て、すぐに本を閉じた。顔を上げるが、見ない人間がいるのに首をひねる。
「あ、こっちはいとこの子。同じくらいの歳だし、話し相手にもちょうどいいかな、と思って」
「初めまして、依子です」
静梨はしばらく依子を見つめていたが、やがてメモ帳に文字を書き込んだ。
『水本静梨です。ありがとう、来てくれて』
二人は頭を下げる。
「なるほどね、マモルくんが御執心なのもわかる」
「御執心て……」
「静梨ちゃんが可愛いってことだよ」
「……うん、そうだね」
『あなたもすごく綺麗だよ』
「ありがと。でも『あなた』じゃなくて依子だよ」
『どんな字?』
「依頼の依に子どもの子」
『苗字は?』
守の息が一瞬止まった。
しかし依子は淀みなく答える。
「マモルくんと一緒だよ。遠藤ね」
静梨は何も疑うことなく頷く。
そのまま会話が進んだので、守は安堵した。苗字のことで依子が傷付くのではと思ったが、いらぬ心配のようだ。すらすらと嘘をついたのには驚いたが。
「マモルくんの好きなもの? カレー大好き人間だよ」
いつの間にか、話が余計な方向に進んでいた。
「一週間カレーでもいいっていうくらい好きだし、ライス限定じゃないし。ふっくらふわふわパンにカレーをかけるあのうまさが、なんてどっかの女神に選ばれた魔法使いの英雄みたいなことを言うし」
「依子ちゃん!」
慌てて大声を出すが、依子と静梨は同時に人差し指を立てた。病院内ではお静かに、と無言で注意される。
押し黙った守の姿に、動作がかぶった少女二人は顔を見合わせた。依子がにこりと笑い、静梨はうんと楽しそうに頷く。
参ったな、と守は小さく苦笑した。
「見えた?」
病院を出て、守は依子に尋ねた。
「見えたよ。小さな糸だったけど、まだ残ってる。辿ってみようか」
依子が先導する。守には見えないが、静梨から伸びる縁の糸を辿っていっているのだろう。
「確かに犯人に繋がっているの?」
「静梨ちゃんから伸びる糸で一番ぼろぼろのやつを辿ってるの。そういうのは大抵自分が傷ついたり、相手の心を傷つけたりして出来た糸だから」
「……じゃあまず間違いないわけか」
熱射がアスファルトを熔かさんばかりに強い。守は額の汗を拭い、左手の缶ジュースから水分を喉に入れた。
依子はあまり暑さを気にしてないようで、くるくると元気な足取りだ。交差点を渡り、離れた住宅団地の方へと向かう。
「遠い?」
「そうでもないかな。二、三キロくらいしか離れてない」
静梨の家も比較的近い場所と聞いている。やはり顔見知りの犯行なのか。
「でも、見つけても証拠がないわけだから、逮捕なんて出来ないんでしょ? あまり意味ないんじゃないかな」
「そんなことはないよ。事件の解決はともかく、静梨ちゃんの傷を癒すには誰かが理解しなければならないから」
静梨の声と笑顔を取り戻すためには、彼女自身が事件を乗り越えなければならない。それを間接的にでも助けるには、誰かがトラウマの根っこから理解することが有効なのではないか。守はそう考えた。
一人よりも、二人の方が勇気が出るから。
その根っこに迫るために、守は事件のことをもっと調べようと思ったのだ。解決のためではなく、理解のために。
縁の糸を辿って犯人を見つけるというのは、ほとんど反則級の代物だが、事件の把握のためには有効な手段だった。
しかし、犯人に会う気はまだない。遠目から確認して、相手を知るだけでいい。
「結局、笑わなかったね静梨ちゃん」
「うん。でも楽しそうな雰囲気は感じられるから、今の状態は悪くないと思うよ」
「でも可愛い子だったなー。マモルくんはいい子に出会えたね」
ジュースを噴き出しそうになった。
「……あのさ、さっきから勘違いしてない? ぼくは別に、」
「え? 静梨ちゃんのこと好きなんでしょ」
「だから違うって」
「じゃあ嫌い?」
「そんなことないけど、依子ちゃんが考えるようなのとは違う」
「でも向こうはマモルくんのこと好きみたいだよ」
「……」
多分本当なのだろう。縁の糸を通して、ある程度人と人の繋がりを見抜く依子の言なのだ。
静梨に好かれている。それはとても嬉しいことだった。
だが、多分それは『はしか』のようなものだと思う。たまたま守が彼女を助けたから、それがちょっと心に残っているだけなのではないだろうか。
「お似合いだと思うんだけどなー」
依子は残念そうに一人ごちる。
守はジュースを一気に飲み干すと、深々と溜め息をついた。
「お喋りばかりだけど、ちゃんと辿ってる?」
「当たり前だよ。お喋りは好きだけど、やることはきっちりやる女だよ私は」
「自画自賛は大抵説得力を欠くんだよね」
間髪入れずに頭をはたかれ、守は肩をすくめた。
二十分後。二人は住宅街の中心にやって来ていた。
糸はこの辺りまで伸びているらしい。依子がきょろきょろと周りに目を向けている。守はそれを見守る。
探索の視線が止まった。
依子の目線の先を追うと、短髪の少年が一人歩いていた。
彼はそのままマンションの玄関口へと入っていく。こちらには気付いていないようだ。
「あの子だよ。間違いない」
守は頷く。
「どうする? 近付いて顔を確認する?」
「いや、マンションの中には入れないし、今日はもう帰ろう」
依子は意外そうに目をしばたたいた。
「いいの?」
「うん。あの子は前に会ったことがあるから」
「え?」
驚くいとこに守は話す。
「一回だけ静梨ちゃんのお見舞いに来てた。クラスメイトか何かだと思うよ」
「……あの子が犯人なの?」
「まだわかんない。でも、調べる余地はある」
高いマンションを見上げると、太陽が陰に隠れようとしていた。
太陽にも隠れる場所があるのだ。小さい人間の隠れる場所なんてどこにでもあるし、ましてや過去の出来事なんて隠れるまでもなく日常に埋没してしまう。
その破片を拾うことが、今の守に出来ることだ。理解して、安心させる。不安を取り除く。そのために、目の前に現れた手掛かりを離さないようにする。
探偵でも刑事でもないのだ。事件の解決は警察に任せる。だから、決して踏み込んではならない。
「マモルくん……?」
依子が怯えた表情で呟く。
握り締めた右手に、じわりと汗が浮いた。
それからすぐに、守は少年を調べ始めた。
名前は森嶋佳孝(もりしまよしたか)。静梨と同じ学校に通っている同級生だ。
勉強も運動も成績は並。素行よし。普段の行動で目立つ点は特に見当たらない。
ただ一つだけ重要な点があった。彼は静梨に好意を抱いているらしく、夏休み前に告白をしたというのだ。静梨はそれを断ったらしく、彼は結構落ち込んでいたらしい。
「……で、それだけなんだけど」
駅前の喫茶店『フルート』で、守は依子に報告をしていた。
依子に協力してもらってから一週間が経過したが、その間に静梨は退院してしまった。傷の治りが早く、後は通院だけで十分と診断されたからだ。
静梨を見舞う必要はもうないのだが、代わりにメールのやり取りが続いている。現実とは違い、文字盤の彼女は結構雄弁だった。
そう、彼女の失語と能面はまだ治っていない。
起こった事柄と調べた内容を語りながら、一週間もあった割にはちょっと足りないかな、と守は歯噛みする。それに対して依子が首を振って否定した。
「ようやく納得したよ。なるほどねー、だからあんなに好き好きオーラが出てたんだ」
妙なことを言ういとこに、守は首を傾げた。
「縁の糸にね、なんだか変な色が出てたの。糸そのものがぼろぼろだったから見間違いかと思ったけど、そうじゃなかった。あれは好意の色だったんだね」
相手をどう思っているか、相手にどんなことをしたか、相手との関係性によって縁の糸は色や形状が変化するらしい。
静梨から森嶋に伸びていた糸は、森嶋に近付くに連れて好意の色が深くなっていったという。
「逆恨みが原因かな」
「そんな色には見えなかったけど。でも糸は傷だらけだったし、そういうことなのかな……?」
それが一番無理のない解釈だと思えた。縁の糸がぼろぼろになる程に相手を傷つける行為なんて、事件とどうしても結び付けてしまう。それともあれは森嶋の方が傷ついていたのか。
また他にも、大きな問題が残る。
「でも、静梨ちゃんは二人に襲われたって証言していた。最低でもあと一人、誰かいるはずなんだ」
襲った人数は最低でも二人。静梨は顔はわからなかったと言った。ならば森嶋は当てはまらないのか。
だが相手は顔を隠していた。それで気付かなかっただけかもしれない。森嶋に他の仲間がいたとすれば、それもありうる。
守は考えをまとめようと必死に頭を動かすが、いかんせん情報が少なすぎる。
それを見かねて、依子が提案した。
「静梨ちゃんに直接訊けばいいじゃない」
守は途端に眉をひそめる。
「事件のことを直接尋ねるのは気がひけるよ。彼女を傷つけたくない」
依子は呆れた。何を言っているのやら。
「警察なんて踏み込みまくってるじゃない」
「それが仕事だからだよ。あの人たちは義務でやっている」
「義務ですらないのに、こそこそ調べものをしているのはどうなの?」
「……」
「前から言いたかったけど、マモルくんはちょっと臆病なところがあるよね。相手を傷つけたくなくて、中途半端になってしまう」
「……」
「そんなの駄目だよ。理解のためには踏み込まないと。私なら踏み込む」
守は押し黙った。
好き放題言われているが、言い分はもっともだった。相手を深く理解するためには、相手に対する気遣いすら邪魔になるのかもしれない。
しばらくして、青年は頷いた。
「……やってみるよ。静梨ちゃんの退院祝いに遊園地に行く約束をしているから、その時にでも」
「えっ、デートなの? 前言撤回、なかなかやるじゃないマモルくん!」
華やいだ声に守はがくっときた。真面目ムードが二秒で一変ですかそうですか。
ふと思いついて尋ねる。
「あのさ、好意の色ってそんなにはっきり見えるものなの?」
急だったせいか、依子の目がきょとんとなった。が、すぐに答えてくれる。
「まあある程度は。ホント言うと、細かいところまではわからないんだけどね」
「と言うと?」
「恋愛と親愛の区別がつきにくいってこと。二つとも確かな愛情だから、差異が出にくいんだ」
「……」
守は安堵したような疲れたような、複雑な顔になった。依子が首を傾げ、
「どうしたの?」
「いや……なんでもないよ」
疲れた気分になったのは夏の暑さのせい。冷房の効いた店内で、守は自分に言い聞かせた。
その日の夜、メールでデートの連絡をした。
二日後に会う約束をして、守は床についた。
天気は相変わらず快晴だった。
十時に駅前という約束だったので、守は十分前に着くようにした。
しかし、そこには既に静梨の姿があった。
長袖ブラウスにロングスカート。薄い生地だが露出の少ない服装だ。ショートの髪を綺麗にピンで留めて、少し大人っぽく見える。
若干季節に合わない服装だが、あんな事件の後では人目に肌をさらしたくないだろう。スカートさえ着るのを躊躇ったかもしれない。
殊更に元気な声で、守は話しかけた。
「早いね。ひょっとして待たせちゃった?」
静梨は首を振り、メモ帳に返答を載せる。
『楽しみで早起きしちゃいました。でも今来たところですよ』
笑顔はないが、うきうきした雰囲気は伝わってくる。守の顔に自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ行こうか」
が、歩き出そうとしたところで、袖を引っ張られた。
静梨のメモ帳に新たな文が記されている。
『手を繋いでもらってもいいですか?』
守は目を丸くした。少女はうつむいて、身を固くしている。
素直に可愛いと思った。
袖を掴んでいた手を取り、優しく握ってやる。静梨がばっ、と顔を上げた。
「行こう」
その言葉に、少女は顔を赤くして頷いた。
市街地の端にある遊園地は、夏休みということもあって家族連れが多かった。
静梨がコースターに乗りたいというので、最初はそれに乗ることにした。なかなかの人気らしく、結構な列が出来ていた。
待つ間、守は天空にそびえる異形の遊具を見上げた。人を乗せた鉄の塊が高速で動きまくっている。いや、材質が鉄かどうかはわからないが。
『怖いですか?』
横合いからメモ帳が割り込んできた。横を向くと、静梨が気遣うような表情を向けてきていた。
「そういうわけじゃないけど……いや、やっぱり苦手かな」
それを聞いて再びペンが走る。
『私がついてます! 怖かったらしっかり私の手を握っていて下さい』
その文面に守はつい笑った。
静梨が少しむっとした顔をする。軽くにらまれて、慌てて弁解した。
「ありがとう。守ってくれるんだ?」
そうですと言わんばかりに勢いよく頷く。
列が前に進み、二人の番が回ってきた。
静梨に引っ張られるように守はコースターに乗り込む。
繋いだ手にわずかに力がこもった。
暑い気温の中、その手の温かさは快く感じた。
死んじゃうって。マジありえないって。
コースターから降りて思わず守はベンチに座り込んだ。
静梨には悪いが、手の温度なんか一気に消し飛んだ。横を切っていく風の音や自殺ものの落下、竜巻のように回転する自分は間違いなくあの時死んでいた。
静梨は全くの余裕しゃくしゃくで、心配そうにこちらを見つめてくる。ごめんなさい、ヘタレでごめんなさい。
『少し休みますか?』
いきなりそれはないよな、と無理やり気合いを入れ直す。せっかくの退院祝いだ。頑張れ自分。
「大丈夫大丈夫。次行こう次」
その言葉を聞いて、静梨がペンを執った。
『次はあれに乗りたいです』
指先が示したのは、高速回転する巨大なシャンデリアだった。
『オクトパスグラス』という名のそれには、つり下げられた八つの円形台に固定シートがあり、外側に向かって人々が座っている。つり下げている中央の柱と、各台そのものが回転することで不規則な動きが生まれる代物だ。開発者の常識を疑う。
悲鳴が耳をつんざく。汗がめちゃくちゃ冷たい。
静梨は一見無表情だが、目の奥が期待で輝いていた。
「…………」
今日はもう死のう。ため息すら呑み込んで、守は歯を食い縛った。
時間が過ぎ去るのはとても早い。
時計は午後五時を回った。夏の太陽が沈むにはまだ余裕があるが、十分夕方と言える時間帯だ。
観覧車からオレンジに染まる直前の景色を眺めながら、守は今日一日を振り返った。
シャンデリアに振り回された。樽の中でローリングした。百メートル近い壁を垂直落下した。
遊園地というチョイスは静梨の要望だったのだが、正直なめていた。生きているのが不思議なくらいだ。
途中で入ったゲームセンターやお化け屋敷がなかったら、昼食さえ入らなかったかもしれない。
観覧車は心地よかった。少なくとも滑らないし落ちない。回転はゆっくりだし、揺れも微かなものだ。
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作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
遠藤守(えんどうまもる)は小さな丸椅子に腰掛けて、左右の手を細かく動かしていた。
右に包丁、左にりんご。膝上の皿に赤い皮が、しゃりしゃりと音を立てて落ちていく。なかなかに器用な手つきだ。
守の目の前には大きなベッドがある。
そして、その上には無表情な少女の姿。
顔立ちは綺麗だった。しかし左の頬には大きなガーゼが、頭部には真っ白な包帯が巻かれており、逆に痛々しく映る。
顔だけではない。右の手首、左の前腕、左右の内太股、左腹部と、それぞれに傷を負っている。打撲で痣がひどく、全身包帯巻き。肋骨と右手首にはヒビまで入っていた。
守は剥き終えたりんごを、皿の上で丁寧に切り分けた。皮をごみ箱に捨てて、爪楊枝を一本、横の棚から取り出す。
「はい、静梨(しずり)ちゃん」
少女の名を呼ぶと、ベッドのパイプに橋渡しされている食事用の台に皿を置いた。
しかし少女は、その声に反応を見せなかった。
目にはあまり光がない。ややうつ向いた顔に生気はなく、視線は何にも向けられていない。
守は顔を背けたくなった。見ていて心が痛くなる。
心を強く張ってもう一度呼び掛けた。
「静梨ちゃん、食べたくないの?」
はっ、と顔を上げる。呼び掛けに気付いていなかったのか、目を丸くしている。
しばらくして、首が微かに横に振られた。
おずおずと左手を伸ばし、爪楊枝を掴む。傷が痛むのか、腕の動きはかなり緩慢だったが、きちんと自分の口にりんごを運んだ。
しゃく、しゃく、とこれまたゆっくりとしたリズムで果実を齟齣する少女。まるで機械のように無機質だ。
何の感情も流れていないかのような表情だが、守はほっとした。きちんと反応を返してくれたことが嬉しかった。
「おいしい?」
尋ねると、少女は小さく頷いた。
遠藤守がその少女に会ったのは三日前のことである。
守はその日、朝早く図書館へと向かっていた。
大学が後期に入るのは九月下旬。まだ一ヶ月以上もあり、バイトも基本的には忙しくない。課題も特になく、時間は腐るほどある。
なのになぜ図書館なのか。せっかくの夏休みなのだから他にもっとやれることはあるはずだが、彼はここ最近毎日通っていた。
別に深い理由はない。守はただ、昔から本が大好きで、こうした長い休みの時は必ず図書館に入り浸っていたのだ。
守は守なりに休暇を楽しんでいた。
図書館は市街地から離れていて、利用には少々不便である。もっと近くにあればいいのに、と守は思うが、多くの書物を抱えるには郊外が適しているのだ。仕方ないことだろう。
守は県道から逸れ、細長い脇道に入った。山の中を複雑に通っている、地元民にもあまり知られていない近道だ。
自転車が朝の爽やかな空気を切り裂き、山道を軽やかに抜けていく。
古びたガードレールが道と林の境界線を作っている。これから昇っていくであろう太陽は、木々に遮られてはっきりとは見えない。蝉の声が、風と合わせるかのように元気な合唱を響かせている。
そんな朝の山道を守の自転車は走り──そして止まった。
道の真ん中に小さな人影が倒れていた。
守は目を見開くと、急いで自転車から降りた。すぐさま駆け寄り、その影を確かめる。
「君、だい…」
言葉が途中で切れた。思わず息が止まる。
その少女は傷だらけだった。
顔には殴られたような痕があり、ひどく腫れ上がっていた。服はぼろぼろで、引き裂かれたスカートは下着さえろくに隠せていない。腕や脚にもはっきりと痣が浮いていた。
何をされたかは明らかだった。守は深いショックを受ける。
少女は仰向けの体勢で虚空を、眺めていなかった。
目に意志がなかった。まばたきと、呼吸のために微かに胸を動かす以外は、何の動きも見せていない。
守は携帯電話を使って、すぐさま救急車を呼んだ。慌てることなく速やかに状況を伝えると、少女に囁いた。
「今救急車を呼んだから、もう大丈夫だ。安心して」
「……」
返事はない。守は気にすることなく、バッグからペットボトルを取り出す。
「水、飲めるかな?」
「……」
「無理に飲む必要はないけど、飲めるなら飲んだ方がいい」
本当は応急処置を施してやりたいが、そんな知識はなかった。水分補給を勧めたのは代わりのようなものだ。
「……」
少女は何も言わない。
意識はあるのだろうが、周りに向いていない。心を閉ざすことで身に起こった嫌な出来事を忘れようとしているのかもしれない。
守はしばらく悩んだ末に、小さく深呼吸をした。心を穏やかな水面のように静め、そして少女の耳元で言葉を囁く。
『大丈夫』
その、ただ一言に、少女の目が動いた。
それまで死人のようだった目に光が戻り、呆然とした顔で守を見やる。
守は安心の息を吐くと、優しく微笑みかけた。
「体、痛いよね。すぐに救急車が来るから安心して」
「……」
沈黙。
だがさっきまでのだんまりとは違う。少女の顔にははっきりと意識が戻っていて、目の前の青年をぼんやりと見つめていた。
「水、いる?」
「……」
十秒ほどの間を置いて、少女はゆっくりと頷いた。
腕は動かせないようなので、口にペットボトルを近付けてやる。慎重に傾けて少量注ぐと、ごくりと喉が音を立てた。
瞬間、少女は顔を歪めた。腫れた頬が痛むのだろう。口の中も切っているかもしれない。
「……まだ飲む?」
五秒の間の後、首を縦に動かす。再びボトルを寄せて、水を落としてやる。苦悶の表情を浮かべながらも、確実に飲み込んでいった。
とても、静かだった。
蝉の鳴き声が止んでいる。遠くの方で微かに聞こえるだけで、周囲の林からは合唱が消えている。
徐々に強さを増す陽光が、木々の合間を縫って斜めに降っている。
夏の暑さに涼しい風が、二人だけの道を小走りに駆けていく。
傷だらけの少女を癒すかのように、自然はこんなにも穏やかで優しい。一人よがりの錯覚だとしても、守は癒してほしいと思った。
もちろんそんな幻想的なことは一切なく、少女は残酷なまでに重傷だった。
どういう経緯でこのような目に遭ったのか気になる。しかしそれは警察の仕事であるし、守にそれを問いただす気は微塵もなかった。
今はただ、この少女が不安にならないよう、そばにいてやるだけだ。
穏やかな空気の中、青年は少女をいたわり続ける。
水本(みずもと)静梨というのが彼女の名前だった。
ポケットに入っていた携帯電話から身元が判明し、搬送先の病院からすぐに家族と警察に連絡が行った。
守は駆け付けた彼らに発見時の状況などを説明したが、静梨に何があったのか具体的なことは彼にもわからなかったので、不十分な説明になってしまった。
しばらくして、静梨の治療が終わったというので、守達は個室へと向かう。
ベッドに寝かされた彼女の様子は、痛々しいものだった。包帯で体のあらゆるところを巻かれ、まるでミイラのようだ。
医師の話では全治一ヶ月。誰かに犯された際にひどく痛めつけられてはいるものの、怪我そのものは命に関わるものではないらしい。
それを聞いて、唯一の肉親だという彼女の祖母は心底安心したようだった。命があるならまだ取り返しはつく。
目は開いており、静梨はぼんやりと天井を見上げている。
そんな孫に祖母は優しく呼び掛けた。静梨はすぐに顔を向け、小さく頷く。祖母の目に涙が浮く。
その涙が凍りついたのはしばらくしてからだった。
二分経ち、三分が経過したが、静梨はその間何の言葉も発さなかった。周囲が怪訝な空気になる中、祖母だけが必死に話しかけている。
少女は何も言わない。
どこか戸惑った表情で、目をしばたたいている。意識もあり、理解も出来るのに、その口からはいかなる言語も生まれない。
少女は言葉を失ってしまっていた。
意思疎通は出来る。首を縦にも横にも振ることからYES/NOの表明くらいは可能だ。
だが、声が出せない。出そうとしてもすぐに苦悶の表情を浮かべてしまう。
声帯には何の異状もないので、恐らくは精神的なものが原因だろうと医師は言う。言葉を失うほどの恐ろしい思いというのはどれほどのものだろう。守には実感が湧かなかった。
警察官二人も聴取は無理だと判断したのか、部屋を出ようとする。迷惑にならないよう守もそれに続こうとして、
くいっ、とシャツの裾が引かれた。
振り返ると、少女の手が守のシャツを掴んでいた。
祖母も医師も警察官も、皆何事かと呆気に取られている。
困惑したが、痛めた左手が懸命に伸ばされているのを見て切なくなった。
守はその手を両手でいたわるように包み込み、小さく笑む。少女はそれを見て何度も首を縦に振った。
ありがとう。
言葉なき彼女の声が、届いたような気がした。
その日以来、守は彼女を見舞うようになった。
孫が慕っているようなので、迷惑でなければ時々会いに来てほしい、という祖母の頼みもあったが、守自身ほっとけない気持ちもあったのだ。
医師も、他者とのコミュニケーションによって失語が回復するかもしれないという。警察からも捜査のために協力してほしいと頼まれ、守は毎日見舞いに来ていた。
一週間の間に静梨の友人も見舞いに訪れていたが、守のように暇ではないようで、頻繁に来ることはなかった。祖母も健康な方ではないので、結果的に二人っきりで過ごす時間が多くなった。
静梨はその間一言も口を開かなかった。ただこちらの他愛ない世間話に耳を傾け、こくこくと頷くだけだった。
それでも守は「よかった」と胸を撫で下ろしていた。最悪な目に遭って、こんなに傷だらけになっても、静梨は塞ぎこむことなく元気でいる。それは喜ばしいことで、彼女の強さを素晴らしく思った。
そのうちきっと言葉も取り戻せるだろう。いつになるかわからないが、それに協力出来るのなら、決して惜しまない。彼女の声を一度聞いてみたいという思いもある。
だが、彼女が未だに笑顔を見せないことが、失語以外に気掛かりだった。
守が病院からアパートに戻ると、部屋の前に一人の少女が立っていた。
「あ、マモルくんこんにちは」
長いポニーの髪を柔らかく揺らし、小さく手を振ってきた。磁器のように綺麗な肌が、整った顔を美しく輝かせる。
「依子ちゃん」
名前を呼ぶと、少女は嬉しそうに笑んだ。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。依子ちゃんの方こそ変わらないね。とりあえず上がろうか」
守は鍵を開け、中へと招く。少女は頷き、楽しそうに入室した。
『依子』という名前を持つこの少女は、守の母方のいとこにあたる。
昔からの幼なじみで、互いに気心の知れた仲だ。頻繁に会うわけではないが、たまに向こうからこうして会いに来てくれる。
彼女は苗字を持たない。
古くから霊能の力を持つ家系に生まれながら、才能を開花させることが出来ずに分家へと養子に出されたため、生来の苗字を失ってしまったという経緯がある。
脈々と受け継がれ成り立ってきた特殊な家業は、時代錯誤もいいところだったが、本物である以上需要もある。
その中で本家の苗字は名乗る者の霊力を飛躍的に向上させる力を持つ。が、強力すぎる故に才能のない者が名乗ると、名前の力に身を滅ぼされるというのだ。
依子は、家業を継げなかった。
そして、ただの女として生きていくことになった。
戸籍上は分家の苗字を持っている。だが依子はそれを名乗らない。嫌っているわけではなく、違う家の者が簡単にその家の名を名乗るということに抵抗を感じるという。
きっとそれは建前だろうと守は思っている。本当は本家の名前を名乗りたくて、しかし迷惑をかけるわけにはいかなくて、
結果、彼女はこの世でただひとりの『依子』という人間として生きていくことを決めたのだ。
守はそんな依子の思いを知っているので、彼はいつも愛情を込めて名を呼ぶことに決めている。
「依子ちゃん」
「ん?」
大きな瞳がくるりと動く。どこか嬉しげなのは、彼女も守の心情を理解しているからだろう。
「今は夏休みだよね?」
「そうだよ。マモルくんもそうでしょ?」
「うん。でも高校生は宿題多いんじゃないの」
「たいしたことないよ。こうして会いに来るくらいはお茶の子さいさい」
部屋の中、一つだけの椅子に座りながら依子は笑った。
それからおもむろに守の胸元を見つめる。
何を見ているのか、守にはわかっている。
依子には霊能を扱う才能がなかったが、だからといって全くの普通人というわけでもない。霊能を「扱える」才能がないだけで霊能自体はある。
簡単な術くらいなら依子も会得している。ちなみに守も先日静梨に使ったように、暗示程度なら習得している。もっとも、守の専門は霊能とは別にあるが。
そしてもう一つ、依子は特有の能力を持っている。
「新しい縁が見えるよ。誰か知り合い出来たの?」
依子の目は守の胸元の前の空間を見ている。そこには確かに何もないのに、依子は何かを捉えている。
彼女が言うには縁の糸とやらが見えるらしい。この世のあらゆるものは他の何かと縁があり、それらは糸で結ばれているというのが依子の説明だった。
「どんな糸が見える?」
守が尋ねると、依子はじっと虚空を見つめ、
「ちょっと淋しい感じ。でも優しい印象だよ。この人、マモルくんのことが好きなんじゃないかな」
「そう……」
声のトーンが下がったことに、依子は首を傾げた。
「どうしたの?」
問われて守は口をつぐむ。静梨の身の上を軽々しく話すのは抵抗があった。
「なんでもないよ」
そう答える。
「そう? それならいい」
依子はあっさり引き下がる。喋りたくない気持ちを察してくれたのかもしれない。
守は話題を変えた。
「今日は泊まるの?」
「うん、と言いたいところだけど、ちょっと無理かな。明日会わなきゃいけない人がいるの」
「また人助け?」
依子は唇を三日月にして笑った。
彼女は『縁視』の力を使って人助けのようなことをやっている。街中を歩きながら知らない人に声をかけ、もつれたり切れかかった糸を修復してやるのだ。
「お節介も程々にした方がいいよ。厄介ごとに巻き込まれたら危険だし」
「マモルくんに言われても説得力ない。私よりずっとお人好しじゃない」
「依子ちゃん」
静かに、強い調子で名を呼ぶと、依子は押し黙った。
「……ごめんね。でも私は止めたくないの。お願い。続けさせて」
真剣な顔で訴えられる。守はこういう顔に弱い。
「……それは依子ちゃんの自由だよ。ぼくに止める権利はない。ただ、ちゃんとわかってほしい。周りの人達の心配を」
「……うん、わかってる。ありがとう」
神妙な声で呟く少女の頭を、守は撫でた。
「久しぶりに依子ちゃんの料理が食べたい」
依子は微笑み、尋ねた。
「カレーでいい?」
「カレーがいい」
「じゃあシーフードで」
答えると立ち上がり、冷蔵庫をあさり始める。
守はその後ろ姿を眺めながら、嬉しくなった。
依子といっしょにいるととても落ち着く。静かで、穏やかな気分になれる。
こうした何気ない触れ合いは、ささやかながら大事なことなのだろう。改めて自覚するほどのことではないかもしれないが、決して悪くない。
不意に依子が振り返った。
可憐な笑顔を急に向けられ、守はどきりとする。
「縁が強まってるよ」
「え?」
「私とマモルくんの縁の糸。また少し太くなってる」
縁の糸は互いの想いの強さに比例して大きくなる。
頻繁に会っていなくても、少し相手を想うだけで二人は縁を深めることが出来る。そういう間柄だった。
静梨に対してもこうして縁を深められれば。
頭の片隅で守はふと思った。
二人が会ってから一週間。
病室を訪れると、静梨は眠っていた。
綺麗な寝顔だ。顔の腫れはひいており、湿布も貼っていなかった。頭の包帯も取れていて、元の顔が現れている。
規則正しい寝息を立てている様子は実に穏やかだった。一週間前本当に襲われたのか、疑ってしまうくらいに。
犯人を追う手掛かりは今のところ少ない。
事件当日、静梨は友達の家に泊まる予定だった。祖母は午後五時頃に自宅で静梨を見送っている。
相手の友達に連絡が入ったのは午後六時。静梨から友達にメールが届く。用事が出来て行けなくなった、という内容だった。友達は何度かメールでやり取りを行ったが、特に不審には思わなかったという。
その時間帯には既に静梨は誰かに襲われていたのだろうというのが警察の見方だ。メールを送ったのも犯人の偽装と思われる。
手際や都合のよさから考えると、計画的な犯行である可能性が高い。つまりは顔見知りの犯行だろう。
静梨は喋ることが出来ないが、筆談なら可能なので、手の回復を待って聴取が行われた。
それによると、近所の小道に入ったところで何者かに後ろから羽交い締めにされて、車に連れこまれたという。サングラスと帽子で顔は確認出来ていない。
車内で後ろ手に縛られ、目隠しをされた。その後どこかの部屋に連れていかれ、そこでひたすら犯し抜かれたそうだ。
どれ程の時間が過ぎたかわからない。気が付くと静梨は守に助けられていた。
恐らく乱暴を続ける内に彼女は意識を失い、犯人達は飽きたのか、山の中に置き去りにしたのだろう。夏でなかったら凍死していたかもしれない。
静梨の証言はそこまでで、犯人の特定にはまだ困難な状況だった。相手が複数ということくらいしかわかっていない。
警察は現在、静梨の身の周りの人物から捜査を進めている。田舎の警察が少ない人員でどこまで突き止められるか、守は正直期待していなかった。
それでも犯人には捕まってほしいと強く願う。静梨の失語は激しい恐怖が原因ではないか、と医師は言うのだ。
犯人の逮捕は原因そのものの解消に繋がる。ひいては彼女の不安を解消し、声を取り戻せるかもしれなかった。
守は椅子に座り、少女の寝顔を見つめる。
そのとき、まるで視線に反応したかのように、静梨の目がゆっくりと開かれた。
疲れているように垂れた目が、すぐ横の青年の姿を捉える。
目尻が一気につり上がった。驚いたように双眸がぱっちり開かれる。
守はばつの悪い笑みを浮かべた。
「あー……ごめん。起こしちゃったね」
「……」
静梨は慌てて首を振る。棚の上のメモ帳と2Bの鉛筆を手に取り、何かを書く。その文を守へと向けた。
『ごめんなさい、せっかく守さんが来てくれたのに、眠っちゃってて』
守は笑顔で応える。
「疲れていたんでしょ。静梨ちゃんが元気なことが一番大事なことだから、気にすることないよ。寝顔可愛かったし」
静梨の顔が真っ赤になった。顔を伏せて恨めしそうな目を向けてくるが、その様子も可愛らしい。
「体は平気?」
こくりと頷くのを見て、守は安心する。
「一ヶ月って話だったけど、もっと早く退院出来るかもね。退院したらどこか遊びに行こうか」
不意を突かれたような表情で守を見やる静梨。メモ帳に再び鉛筆を走らせ、尋ねる。
『迷惑じゃありませんか?』
「まさか。ぼくの提案なんだからそんなことないよ。それとも都合悪いかな?」
ふるふると首が横に動く。返事の文が紙に記される。どこか躊躇するような仕草の後、思いきってメモ帳を掲げた。
『楽しみに待ってます』
守はその返文に嬉しくなって微笑んだ。
静梨は恥ずかしそうに目を背けていた。
それから二人は一時間程雑談をして過ごした。
診察の時間がやって来たので、守は静梨にまた来ると言い残して席を立つ。次はちゃんと起きてます、と書かれた紙に軽く手を振り部屋を出た。
だが、守はそのまま帰ろうとはせず、診察が終わるまで外で待っていた。
確認しておきたいことがあったのだ。
「笑顔を見せない?」
守の質問に、静梨の担当医師は首を傾げた。まだぎりぎり三十代らしいが、ストレスのせいか多少老けているように見える。
「私も気になったから、一応診察の時に言ったんだけどな……。そっか、遠藤君の前でもそうなのか……」
「一週間経って、まだ一度も見ていないんですよ」
静梨は決して無表情な娘ではない。さっき病室で交わしていたやり取りの中にも、驚きや不満、少女らしい照れをはっきりと顔に映していた。
だが、未だに笑顔だけが見られない。
「言えばぎこちなくも笑顔は見せてくれるよ。言ってみれば?」
「いや、無理に笑ってもらうのもなんか気がひけますよ。……なんで笑わないんでしょうか?」
医師はゆっくりと顎を撫でる。
「あれだね。笑うことを忘れているんだと思う」
「……え?」
「笑うことは出来るんだ。ただ、日常の自然な動作の中から、笑うことだけがすっぽり抜け落ちているんだと思う」
守は言葉なく顔を曇らせた。それは……どうすればいいのだろうか。
「それって治るんですか?」
「治るよ。原因を解消すれば遅かれ早かれ必ず治る」
失語に関しても同じ答えが返されている。
「つまりは事件の解決が重要ってことですか?」
「そうじゃない。事件を自分なりに整理して、不安が取り除かれることが重要なんだ。事件の解決はそれを助けてくれるかもしれないだけで、直接の解決にはならない」
「……」
結局静梨自身の問題ということか。
しかし、
「ぼくに出来ることはないんですか?」
何か出来ることがあるなら何かしたかった。
医師は青年の真剣な顔を面白そうに眺める。
「今まで通りでいいと思うよ。親しく話して、彼女を安心させる。そうすれば事件の恐怖が多少なりとも薄れるかもしれないしね」
「はあ……」
安心させる。不安をなくす。
一時的な不安解消ならともかく、根っこから治すのは難しかった。
「……頑張ってみます」
威勢のいい声は出せなかった。
さらに一週間が過ぎた。
守は依子とともに病院の廊下を歩いていた。
「もっと早く言ってくれればいいのに」
「依子ちゃんがあちこちふらふらしてるから、捕まえるの大変なんだよ。なんで家にいないのさ。携帯も持ってないし」
「それは悪かったけど、結構時間経ってるからもう縁が切れてるかもしれないよ」
今回依子を連れてきたのは、静梨の縁を見てもらうためだ。
もっと早く連れてきたかったが、依子を探すのに手間取ってしまった。夏休みであるのをいいことに、近畿まで行って古都巡りを楽しんでいたらしい。
「前に元気がなかったのはこのためだったんだね」
「……元気ないように見えた?」
「おもいっきり。私には説教しといて、自分だってお節介焼いてるじゃない」
「……ごめん」
「まあいいけど。その子も大変みたいだし」
部屋に入ると、静梨は読書中だった。
守の姿を見て、すぐに本を閉じた。顔を上げるが、見ない人間がいるのに首をひねる。
「あ、こっちはいとこの子。同じくらいの歳だし、話し相手にもちょうどいいかな、と思って」
「初めまして、依子です」
静梨はしばらく依子を見つめていたが、やがてメモ帳に文字を書き込んだ。
『水本静梨です。ありがとう、来てくれて』
二人は頭を下げる。
「なるほどね、マモルくんが御執心なのもわかる」
「御執心て……」
「静梨ちゃんが可愛いってことだよ」
「……うん、そうだね」
『あなたもすごく綺麗だよ』
「ありがと。でも『あなた』じゃなくて依子だよ」
『どんな字?』
「依頼の依に子どもの子」
『苗字は?』
守の息が一瞬止まった。
しかし依子は淀みなく答える。
「マモルくんと一緒だよ。遠藤ね」
静梨は何も疑うことなく頷く。
そのまま会話が進んだので、守は安堵した。苗字のことで依子が傷付くのではと思ったが、いらぬ心配のようだ。すらすらと嘘をついたのには驚いたが。
「マモルくんの好きなもの? カレー大好き人間だよ」
いつの間にか、話が余計な方向に進んでいた。
「一週間カレーでもいいっていうくらい好きだし、ライス限定じゃないし。ふっくらふわふわパンにカレーをかけるあのうまさが、なんてどっかの女神に選ばれた魔法使いの英雄みたいなことを言うし」
「依子ちゃん!」
慌てて大声を出すが、依子と静梨は同時に人差し指を立てた。病院内ではお静かに、と無言で注意される。
押し黙った守の姿に、動作がかぶった少女二人は顔を見合わせた。依子がにこりと笑い、静梨はうんと楽しそうに頷く。
参ったな、と守は小さく苦笑した。
「見えた?」
病院を出て、守は依子に尋ねた。
「見えたよ。小さな糸だったけど、まだ残ってる。辿ってみようか」
依子が先導する。守には見えないが、静梨から伸びる縁の糸を辿っていっているのだろう。
「確かに犯人に繋がっているの?」
「静梨ちゃんから伸びる糸で一番ぼろぼろのやつを辿ってるの。そういうのは大抵自分が傷ついたり、相手の心を傷つけたりして出来た糸だから」
「……じゃあまず間違いないわけか」
熱射がアスファルトを熔かさんばかりに強い。守は額の汗を拭い、左手の缶ジュースから水分を喉に入れた。
依子はあまり暑さを気にしてないようで、くるくると元気な足取りだ。交差点を渡り、離れた住宅団地の方へと向かう。
「遠い?」
「そうでもないかな。二、三キロくらいしか離れてない」
静梨の家も比較的近い場所と聞いている。やはり顔見知りの犯行なのか。
「でも、見つけても証拠がないわけだから、逮捕なんて出来ないんでしょ? あまり意味ないんじゃないかな」
「そんなことはないよ。事件の解決はともかく、静梨ちゃんの傷を癒すには誰かが理解しなければならないから」
静梨の声と笑顔を取り戻すためには、彼女自身が事件を乗り越えなければならない。それを間接的にでも助けるには、誰かがトラウマの根っこから理解することが有効なのではないか。守はそう考えた。
一人よりも、二人の方が勇気が出るから。
その根っこに迫るために、守は事件のことをもっと調べようと思ったのだ。解決のためではなく、理解のために。
縁の糸を辿って犯人を見つけるというのは、ほとんど反則級の代物だが、事件の把握のためには有効な手段だった。
しかし、犯人に会う気はまだない。遠目から確認して、相手を知るだけでいい。
「結局、笑わなかったね静梨ちゃん」
「うん。でも楽しそうな雰囲気は感じられるから、今の状態は悪くないと思うよ」
「でも可愛い子だったなー。マモルくんはいい子に出会えたね」
ジュースを噴き出しそうになった。
「……あのさ、さっきから勘違いしてない? ぼくは別に、」
「え? 静梨ちゃんのこと好きなんでしょ」
「だから違うって」
「じゃあ嫌い?」
「そんなことないけど、依子ちゃんが考えるようなのとは違う」
「でも向こうはマモルくんのこと好きみたいだよ」
「……」
多分本当なのだろう。縁の糸を通して、ある程度人と人の繋がりを見抜く依子の言なのだ。
静梨に好かれている。それはとても嬉しいことだった。
だが、多分それは『はしか』のようなものだと思う。たまたま守が彼女を助けたから、それがちょっと心に残っているだけなのではないだろうか。
「お似合いだと思うんだけどなー」
依子は残念そうに一人ごちる。
守はジュースを一気に飲み干すと、深々と溜め息をついた。
「お喋りばかりだけど、ちゃんと辿ってる?」
「当たり前だよ。お喋りは好きだけど、やることはきっちりやる女だよ私は」
「自画自賛は大抵説得力を欠くんだよね」
間髪入れずに頭をはたかれ、守は肩をすくめた。
二十分後。二人は住宅街の中心にやって来ていた。
糸はこの辺りまで伸びているらしい。依子がきょろきょろと周りに目を向けている。守はそれを見守る。
探索の視線が止まった。
依子の目線の先を追うと、短髪の少年が一人歩いていた。
彼はそのままマンションの玄関口へと入っていく。こちらには気付いていないようだ。
「あの子だよ。間違いない」
守は頷く。
「どうする? 近付いて顔を確認する?」
「いや、マンションの中には入れないし、今日はもう帰ろう」
依子は意外そうに目をしばたたいた。
「いいの?」
「うん。あの子は前に会ったことがあるから」
「え?」
驚くいとこに守は話す。
「一回だけ静梨ちゃんのお見舞いに来てた。クラスメイトか何かだと思うよ」
「……あの子が犯人なの?」
「まだわかんない。でも、調べる余地はある」
高いマンションを見上げると、太陽が陰に隠れようとしていた。
太陽にも隠れる場所があるのだ。小さい人間の隠れる場所なんてどこにでもあるし、ましてや過去の出来事なんて隠れるまでもなく日常に埋没してしまう。
その破片を拾うことが、今の守に出来ることだ。理解して、安心させる。不安を取り除く。そのために、目の前に現れた手掛かりを離さないようにする。
探偵でも刑事でもないのだ。事件の解決は警察に任せる。だから、決して踏み込んではならない。
「マモルくん……?」
依子が怯えた表情で呟く。
握り締めた右手に、じわりと汗が浮いた。
それからすぐに、守は少年を調べ始めた。
名前は森嶋佳孝(もりしまよしたか)。静梨と同じ学校に通っている同級生だ。
勉強も運動も成績は並。素行よし。普段の行動で目立つ点は特に見当たらない。
ただ一つだけ重要な点があった。彼は静梨に好意を抱いているらしく、夏休み前に告白をしたというのだ。静梨はそれを断ったらしく、彼は結構落ち込んでいたらしい。
「……で、それだけなんだけど」
駅前の喫茶店『フルート』で、守は依子に報告をしていた。
依子に協力してもらってから一週間が経過したが、その間に静梨は退院してしまった。傷の治りが早く、後は通院だけで十分と診断されたからだ。
静梨を見舞う必要はもうないのだが、代わりにメールのやり取りが続いている。現実とは違い、文字盤の彼女は結構雄弁だった。
そう、彼女の失語と能面はまだ治っていない。
起こった事柄と調べた内容を語りながら、一週間もあった割にはちょっと足りないかな、と守は歯噛みする。それに対して依子が首を振って否定した。
「ようやく納得したよ。なるほどねー、だからあんなに好き好きオーラが出てたんだ」
妙なことを言ういとこに、守は首を傾げた。
「縁の糸にね、なんだか変な色が出てたの。糸そのものがぼろぼろだったから見間違いかと思ったけど、そうじゃなかった。あれは好意の色だったんだね」
相手をどう思っているか、相手にどんなことをしたか、相手との関係性によって縁の糸は色や形状が変化するらしい。
静梨から森嶋に伸びていた糸は、森嶋に近付くに連れて好意の色が深くなっていったという。
「逆恨みが原因かな」
「そんな色には見えなかったけど。でも糸は傷だらけだったし、そういうことなのかな……?」
それが一番無理のない解釈だと思えた。縁の糸がぼろぼろになる程に相手を傷つける行為なんて、事件とどうしても結び付けてしまう。それともあれは森嶋の方が傷ついていたのか。
また他にも、大きな問題が残る。
「でも、静梨ちゃんは二人に襲われたって証言していた。最低でもあと一人、誰かいるはずなんだ」
襲った人数は最低でも二人。静梨は顔はわからなかったと言った。ならば森嶋は当てはまらないのか。
だが相手は顔を隠していた。それで気付かなかっただけかもしれない。森嶋に他の仲間がいたとすれば、それもありうる。
守は考えをまとめようと必死に頭を動かすが、いかんせん情報が少なすぎる。
それを見かねて、依子が提案した。
「静梨ちゃんに直接訊けばいいじゃない」
守は途端に眉をひそめる。
「事件のことを直接尋ねるのは気がひけるよ。彼女を傷つけたくない」
依子は呆れた。何を言っているのやら。
「警察なんて踏み込みまくってるじゃない」
「それが仕事だからだよ。あの人たちは義務でやっている」
「義務ですらないのに、こそこそ調べものをしているのはどうなの?」
「……」
「前から言いたかったけど、マモルくんはちょっと臆病なところがあるよね。相手を傷つけたくなくて、中途半端になってしまう」
「……」
「そんなの駄目だよ。理解のためには踏み込まないと。私なら踏み込む」
守は押し黙った。
好き放題言われているが、言い分はもっともだった。相手を深く理解するためには、相手に対する気遣いすら邪魔になるのかもしれない。
しばらくして、青年は頷いた。
「……やってみるよ。静梨ちゃんの退院祝いに遊園地に行く約束をしているから、その時にでも」
「えっ、デートなの? 前言撤回、なかなかやるじゃないマモルくん!」
華やいだ声に守はがくっときた。真面目ムードが二秒で一変ですかそうですか。
ふと思いついて尋ねる。
「あのさ、好意の色ってそんなにはっきり見えるものなの?」
急だったせいか、依子の目がきょとんとなった。が、すぐに答えてくれる。
「まあある程度は。ホント言うと、細かいところまではわからないんだけどね」
「と言うと?」
「恋愛と親愛の区別がつきにくいってこと。二つとも確かな愛情だから、差異が出にくいんだ」
「……」
守は安堵したような疲れたような、複雑な顔になった。依子が首を傾げ、
「どうしたの?」
「いや……なんでもないよ」
疲れた気分になったのは夏の暑さのせい。冷房の効いた店内で、守は自分に言い聞かせた。
その日の夜、メールでデートの連絡をした。
二日後に会う約束をして、守は床についた。
天気は相変わらず快晴だった。
十時に駅前という約束だったので、守は十分前に着くようにした。
しかし、そこには既に静梨の姿があった。
長袖ブラウスにロングスカート。薄い生地だが露出の少ない服装だ。ショートの髪を綺麗にピンで留めて、少し大人っぽく見える。
若干季節に合わない服装だが、あんな事件の後では人目に肌をさらしたくないだろう。スカートさえ着るのを躊躇ったかもしれない。
殊更に元気な声で、守は話しかけた。
「早いね。ひょっとして待たせちゃった?」
静梨は首を振り、メモ帳に返答を載せる。
『楽しみで早起きしちゃいました。でも今来たところですよ』
笑顔はないが、うきうきした雰囲気は伝わってくる。守の顔に自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ行こうか」
が、歩き出そうとしたところで、袖を引っ張られた。
静梨のメモ帳に新たな文が記されている。
『手を繋いでもらってもいいですか?』
守は目を丸くした。少女はうつむいて、身を固くしている。
素直に可愛いと思った。
袖を掴んでいた手を取り、優しく握ってやる。静梨がばっ、と顔を上げた。
「行こう」
その言葉に、少女は顔を赤くして頷いた。
市街地の端にある遊園地は、夏休みということもあって家族連れが多かった。
静梨がコースターに乗りたいというので、最初はそれに乗ることにした。なかなかの人気らしく、結構な列が出来ていた。
待つ間、守は天空にそびえる異形の遊具を見上げた。人を乗せた鉄の塊が高速で動きまくっている。いや、材質が鉄かどうかはわからないが。
『怖いですか?』
横合いからメモ帳が割り込んできた。横を向くと、静梨が気遣うような表情を向けてきていた。
「そういうわけじゃないけど……いや、やっぱり苦手かな」
それを聞いて再びペンが走る。
『私がついてます! 怖かったらしっかり私の手を握っていて下さい』
その文面に守はつい笑った。
静梨が少しむっとした顔をする。軽くにらまれて、慌てて弁解した。
「ありがとう。守ってくれるんだ?」
そうですと言わんばかりに勢いよく頷く。
列が前に進み、二人の番が回ってきた。
静梨に引っ張られるように守はコースターに乗り込む。
繋いだ手にわずかに力がこもった。
暑い気温の中、その手の温かさは快く感じた。
死んじゃうって。マジありえないって。
コースターから降りて思わず守はベンチに座り込んだ。
静梨には悪いが、手の温度なんか一気に消し飛んだ。横を切っていく風の音や自殺ものの落下、竜巻のように回転する自分は間違いなくあの時死んでいた。
静梨は全くの余裕しゃくしゃくで、心配そうにこちらを見つめてくる。ごめんなさい、ヘタレでごめんなさい。
『少し休みますか?』
いきなりそれはないよな、と無理やり気合いを入れ直す。せっかくの退院祝いだ。頑張れ自分。
「大丈夫大丈夫。次行こう次」
その言葉を聞いて、静梨がペンを執った。
『次はあれに乗りたいです』
指先が示したのは、高速回転する巨大なシャンデリアだった。
『オクトパスグラス』という名のそれには、つり下げられた八つの円形台に固定シートがあり、外側に向かって人々が座っている。つり下げている中央の柱と、各台そのものが回転することで不規則な動きが生まれる代物だ。開発者の常識を疑う。
悲鳴が耳をつんざく。汗がめちゃくちゃ冷たい。
静梨は一見無表情だが、目の奥が期待で輝いていた。
「…………」
今日はもう死のう。ため息すら呑み込んで、守は歯を食い縛った。
時間が過ぎ去るのはとても早い。
時計は午後五時を回った。夏の太陽が沈むにはまだ余裕があるが、十分夕方と言える時間帯だ。
観覧車からオレンジに染まる直前の景色を眺めながら、守は今日一日を振り返った。
シャンデリアに振り回された。樽の中でローリングした。百メートル近い壁を垂直落下した。
遊園地というチョイスは静梨の要望だったのだが、正直なめていた。生きているのが不思議なくらいだ。
途中で入ったゲームセンターやお化け屋敷がなかったら、昼食さえ入らなかったかもしれない。
観覧車は心地よかった。少なくとも滑らないし落ちない。回転はゆっくりだし、揺れも微かなものだ。
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作者 かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
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2007年12月13日(木) 10:34:05 Modified by ID:Lz95Wvy+ew