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4'33"

 十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人。
 昔の人はそう言ったけど、少なくとも彼女の指先にとっては当てはまらない言葉だった。


    Music John Cage thought about


 鍵盤蓋みたいにサラサラと長い黒髪に、白鍵よりも穢れのない十本の指と同じ色の肌。
 そして何より、整った容姿とそれ以上に綺麗で正確な演奏。
 そこまで書けば、彼女の名前なんて口にせずとも誰だって分かることだろうから語らないこととする。

 僕と彼女の関係は幼馴染という言葉が一番しっくりと来るかもしれない。
 彼女の母親は声楽の教師で、泣き声がピアノや歌声に覆い消される世界に生を受けた彼女が、自らも
音楽に携わることとなるのは当然のことだったのだと言える。

 彼女がピアノを弾き始めたのは五歳の頃で、年齢が二桁に届かないうちに彼女は音楽界の中心となっ
てしまった。驚くべきことに。彼女の演奏を耳にしたことのあるこの世の全ての人は驚く素振りすら見
せないので忘れてしまいがちだが。

 僕は彼女の家の隣の住人で、彼女がまだ世界各地を飛び回っていない頃は綺麗に整えられた植物の塀
の隙間を通り抜けて彼女の紡ぎだすバッハを聞きに行ったり、耳にした曲を一フレーズ鼻歌で歌って彼
女にその曲の全容を弾いてもらったりしたものだ。
 僕は弾くのは駄目だが聞くのは結構好きで、クラシックから歌謡曲、流行りの曲からアニソンまで、
結構色々と彼女には弾いてもらった覚えがある。ぶんぶんと顔を横に振って嫌がる彼女に、後ろから寄
りかかってまあまあ、そんなこと言わずに、弾いて下さいなんて、こんな時だけ敬語を使ったりして、
結構無理を言った気もしないでもない。

 最初は覚束なかった鍵盤さばきも今ではその影すら見当たらなくて、そしてそれは彼女の音楽との関
係にも同じことが言えた。老若男女人種どころか動物問わず万物を虜にした、正確無比の彼女の指先は
今、何をする為にも使われていない。彼女のパスポートは更新されず、期限が切れたままにされている。

 最初に書くべきだったかもしれないが。
 この曲は、彼女のコンサート告知がテレビで流れなくなって三年経ったある日の曲である。演奏者は
彼女であり、僕だ、と思う。ということを今書いておこう。

 こたつに寝転がって茶を飲み、がははと豪快な笑いを立てているうちのそれとは違い、確実に年齢を
重ねながらも美しさの損なわれていない彼女の母親が、出がらしの茶を高級サロンに居るかのごとく飲
みながら、帰宅してきた僕をちょいちょいと指で招いてこんな事を言った。

「あ、いいところに来た。ちょっとそろそろあの子のお尻を叩いてやってくれない?」
「はあ」と生返事で応えたのは、僕が「あの子を嫁にどう?」とこの奥方がよく口にするものと同程度
のたいして深い意味のない挨拶みたいなものだと思っていたから。しかしよくよく見ると奥方の目は笑っ
ておらず、こたつから顔を出しているアレもなにやら険しい顔をしていて、これは冗談ではなく真面目
な話をしているのだということにようやく気づいた。

 話を聞いてみると、彼女の頼みを聞いて引きこもり生活をさせたが、そろそろ頃合だろうとのことだ。

 海外公演が減り、国内でもホールに立つことが無くなり、CDを出す間隔も伸び、そして途絶えて三
年とちょっと。今ではクラシック専門誌くらいでしか、彼女の名前を見かける機会も無くなったし、彼
女が居ようと居まいと、隣の家から聞こえてくる調べといえば、綺麗な合唱と伴奏のみ。歌い手が歌う
事を躊躇うような圧倒的な旋律は記憶の中のものでしかなくなっていた。

 彼女が弾かなくなった理由を、才能の枯渇だの、痴情のもつれだの、親族の金銭トラブルだの、色々
な人が様々な想像をしていたけど、彼女の口からその詳細を語られることはなかったので、僕はそれに
関してきちんとした答えを提示することは出来ない。


 何はともあれ、小さい頃から頭の上がらない奥方の頼みとあればしようがない。それに僕自身、彼女
にもう一度ピアノの前に立ってもらいたいという思いもあって、隣の家に乗り込んだ。

 はたして彼女はいた。まあ一日中家に居る訳で、当然のことなんだけど。
 扉の音に気づいて、彼女はこちらに顔を向けた。小学校の教室に「正しいすわり方」なんて大きなポ
スターが貼ってあったが、それと見間違えるくらいの姿勢のよさ。背筋がぴんと真っ直ぐに伸びている。
(その割りに、ピアノに向かう姿は極端な猫背で、そんな彼女を見るたびに僕はおかしさを感じていた)

 じっとこちらを見つめている彼女に、僕はいつもの様に気安い調子で声を掛けるとまるで演奏前みた
いに頭を下げられた。少し苦笑。
 彼女と喋ることは多々あるものの、彼女が喋ることはあまり無い。こちらが十の言葉を喋るうちに彼
女から一返ってくれば万々歳、そんな具合だ。

 昔はそんな事も無かった気がするのだけど、世界を飛び回った思春期の出来事は、彼女を次第に内省
的な方向へと押し進めてしまったみたいだった。それが良いか悪いかの判断はそちらに委ねてしまいた
いと思う。

 仕事での愚痴だとか、そちらの近況はどうだとか(「まあまあ」とのこと。彼女の口から四音も返っ
てきたので今日は機嫌がいいのかと、少し視界が開けた気がした)彼女に用件を伝えてみると、まあい
つもの無表情で「まってて」と別に化粧をしている訳でもないのに血色のいい唇が動いた。

 そして翌々日。彼女から消印の無い手紙と、町中に張られた近所の公民館で彼女の演奏会が開かれる
というポスターを目にして僕はほっと胸を撫で下ろしたのだった。


 演奏会当日。僕は招待状を持って彼女の楽屋へと訪れた。雪のような肌に映える黒いドレスを来た彼
女を見て、貧血でもないのに頭がくらっとしたが、当の彼女は別段変わった風でもなく、今日の演奏は
きっと大丈夫だろうと思った。

 六時を告げるブザーが鳴る。舞台袖に居てもガヤガヤとうるさかった客席(なにせ何年も沈黙を保っ
ていた彼女の久しぶりの演奏会だ。電話申し込みは市の小さな興行団体の電話線はすぐにパンクしたし、
当日券だって国内はおろか海外から押し寄せた愛好家による大行列。三日前に並んでようやく買えるか
どうかの盛況ぶりに「ピアノ弾くってレベルじゃねーぞ」と野次が飛んだほど)も、彼女が綺麗な足取
りで舞台中央にやって来て一礼すると、しんと静まりかえった。

 そして、彼女は顔を上げると、そのまま人形のように棒立ちになり、そしてなんと、また舞台袖に帰っ
てしまったのだ。

 唖然とする会場。当然僕も口をぽかんと馬鹿みたいに開けていたと思う。
 そんな僕の前に彼女はやって来てそのままトンと細い腕を前に突き出し僕を押した。当然呆けていた
僕は尻餅をつく。
 そんな僕の股下に彼女は座って、ポンと細い指をズボンのジッパー、下着を滑り、そして陰茎を取り
出していた。初めての経験に彼女は、世界中を魅了する演奏とはかけ離れた段取りの悪さ、や遅々とし
て不器用な仕草を晒し、そこに行き着くまで一分もの長い時間を要したのだが、僕はその間されるがま
まだった。それくらい呆然としてた。
 頭はそうだというのに、身体は違った反応を見せていて、ひんやりと冷たい彼女の指先に撫でられた
陰茎は、どくどくと全身の血を集めはじめ、一瞬のうちに大きくなってしまった。今までに無い昂り様
で、頭がくらくらとした(今度は少なからず貧血もあったと思う)し、股間は痛いくらいだった。


「な、何をするだぁっ」
 そんな言葉をようやく絞り出せた(会場のどよめきで完全に埋もれて、集音マイクにすら聞こえない、
小さな小さな声だった)頃には、彼女の白い指先はゆったりと動き始めていた。

 こんな時に、こんな所で、こんな僕に、こんなことを? 沢山の疑問が頭を錯綜する。
 親指が、人差し指が、中指が、薬指が、小指が。生き物のように陰茎の上を爆走する。
 右手の白鳥が踊るかのような動きを、左手がゆったりと包み込むように追っていったかとしたかと思
うと、いつの間にか両者の関係が逆転し、かと思えば競い合うように激しく、白い風が吹き荒ぶ嵐のよ
うな奔流が陰茎を刺激する。
 腕は落ちてないどころか、更に磨きが掛かっている。そう思わせる気持ちよさだった。

『みんな』
 彼女の声が聞こえたのでびっくりして顔を上げたが、彼女の口は全く動いていなかった。
 食器を洗うことすらさせられた事のない真っ白で綺麗な指先が、赤黒くグロテスクな陰茎を触り、撫
で、叩き、その形を指圧で歪ませていく様は色彩的にも視覚的にも訴えるものがある。
『みんな、私が弾くだけで、素晴らしいとか、感動したとか、そんな事ばっかり』
 リズミカルに動き続ける指が、強く叩けば弾力を持つ陰茎は指の形そのままに少し沈み込む。指の圧
迫が無くなり、他の部分が沈みこむ頃には見る影も無い。

『何を弾いたってそう。聞いているようで、何も聞いてくれてないんだ。きっと『私が弾いた』なら何
だって喜ぶの』
 指が当てられた部分の肌に血が行かなくなり、離れた一瞬に垣間見えるそこは彼女の指先の色が移っ
たみたいに白く変色し、次に出来る白い跡と混ざり合うことなく、すぐに元の褐色へと戻っていく。

『こんな風にしたって、きっと』
 ピアノにたとえるなら、長音ペダルも踏まずレガートを用いず、一音一音を明確に奏でているような、
ハッキリと分かりやすい指使い。
 それは和音を意識し、滑らかで美しい、流れるような彼女の奏法とは全く違うものだった。
 似たような指圧のパターンが、手を変え、種を変え、何度も何度も繰り返される。
 そしてどれくらい経ったか、指先も陰茎から離れると同時に彼女の"独白"もとたんに聞こえなくなっ
てしまった。
『もう、うんざり』


 そうだ。ゴルトベルク変奏曲だ。
 僕がそう言ったら、いつも鉄面皮、奏でる人形と評されることもある彼女が珍しく目を見開いて息を
飲んだ。その反応を見て正解だと知った僕の口元はニヤニヤと、さぞや気持ち悪かったろうと思う。
 なんで当てられたかは、まあこの曲を知っているなら分かるかもしれないけれど、初めて彼女にせがん
で弾いてもらったのがこの曲だったから、というのも理由として大いにあった。
 なんでこの曲を選んだのか、実際のところは彼女以外には分からないけど。彼女にはきっと、ああだ
こうだと言っても、ピアノが必要なんだと思う。
 それなのに長い間そっぽを向いてしまったものだから、どうやって仲直りすればいいのか分からなく
て、それで僕に助けを求めたんだろう。(なんて自分にとって都合のいい事を考えている)

 小さい頃から頭の上がらない彼女の頼みとあればしょうがない。お望みどおりせがむとしましょう。
 ただ一言、僕は口に出した。
 まあまあ、そんな事言わずに、弾いて下さい。


 動揺した彼女は、自分が何(何ってナニなんだけど)をしているか気づいたようで、何万人と収容で
きるホールで弾いたこともある彼女が珍しく赤面し、成長して美しい造形となった横顔をぶんぶんと、
見せ付けた。
 一生のお願い、なんてこれまたよく使ったフレーズを用いて彼女の手を取り、陰茎を掴ませる。間が
空いて少し萎えた陰茎も、彼女の手に触れられて直ぐに活気を取り戻し、あれだけ伸びやかに数オクター
ブもの音階を奏でるというのに小さな手の平の中でムクムクと大きくなるソレに、彼女は顔面蒼白。
 口をわななかせ、涼やかな瞳は涙で潤み始めていた。
 もう無理矢理触らせてる訳でもないのに、ちんこをしっかりと握っちゃって、やる気マンマンだなあ。
「ちっ……!」
 きっと彼女は混乱してしまって、陰茎から手を離すという動作まで頭が回らなかっただけだと思うけ
ど、わざと汚い言葉を投げ掛けてやる。
 彼女の視線は僕の顔と、自分の手の先を行ったり来たりをさせて、見ているこちらが可哀相に思えて
くるほどに慌てていた。

 もうやるしかない。そう悟った彼女は、一つ深呼吸をした後、両手を陰茎に添えて、途中で止めてし
まったゴルトベルク変奏曲を"弾き"始めた。

 幕の向こうには、君の演奏を聞く為に何日も前から並んだ人だっているのに、こんなことやっていい
のかなあ?
 彼女に聞こえるように独り言を呟くと、顔や首だけでなく、指の先まで羞恥で桃色に染まる。
 おどおどと覚束ない手付きで触れ始めた彼女も、次第に先ほどまでの調子を取り戻し、先ほどのよう
なノン・レガートのカノンが生まれ始めていた。
 同度、一度、二度、三度、四度、五度六度八度九度。幅が広すぎるほどの音程の追複が、ある時はリ
ズムを倍に倍に変えながら、そしてまたある時は上下に転回、前後しながら、同定旋律上で奏でられて
いく。
 低音から高音へ順々に指が動いたかと思うと、階段を軽やかに下りていくような逆アルペジオ(当時
のピアノ演奏では見られなかった動き)をする。

 高度な対位法技術が、高度な演奏技術と合わさることで重奏は重層さを増していき、何世紀も愛され
尊ばれ続けた素晴らしい音楽的構造が陰茎を刺激し続ける。
 彼女の指が陰茎を踊り、走り、這いずることで鳴らされた快感を表す電気信号が走る神経系の音が、
瞬く間に流れ続ける血管の脈動が、泉のように溢れるカウパー腺液の水音が、通常のオーケストラなど
では考えられない不可思議なカノンを作り続ける。

 ゴルトベルク変奏曲は、二段の手鍵盤を用いるチェンバロの為に作られたこの曲は、ピアノが主流と
なった二十世紀初頭まで影を潜めていたが、このあと彼女のピアノによって成された新しい解釈のお陰
でギターや弦楽合奏、ジャズなど、様々な分野で競って取り上げられることになるのだが、さすがのバッ
ハも陰茎で演奏されることになるとは思ってなかっただろう。

 カーテン裏の独創的な独奏は、強く叩けばその分だけ大きく跳ね返る陰茎の反り立ちや、血液が集中
してびくびくと脈打つ海綿体、湧き出たカウパー腺液の湿り気によって作られた、三十二分休符、十六
分休符(時には全休符)を挟みつつも続けられ、そして唐突に打ち切られた。


 何が何だか分からず弾いていた彼女も、保健体育の授業でちらりと学んだ程度でしかなかったソレの
初お目見えに、更に何が何だか分からないことになったに違いない。

 大きく脈打った亀頭の先から勢い良く飛び出た精液は、彼女の指先はおろか、火照った顔(かんばせ)
まで犯した。
 しばらく、呆けていた彼女も、ようやく手や頬にべっとりと付着したそれが何だか察しがついたよう
で、ばたばたと乱れたが、拭き取ろうにも彼女を着飾っている黒いドレスにはポケットなどは無かった。
「どうかされましたか?」
 急に聞こえてきた第三者の声に、彼女は驚き飛び跳ねたものの、指先で顔や首に粘り付いたソレを拭
い、そして指の腹に彼女の紅色の舌で舐め取ってしまった。早業ながら、自分の出した精液を間近で口
にされるというその光景は何とも扇情的で射精して萎えていた陰茎もまた起き上がってしまい、仕舞い
込むのが大変だった。
 長いこと中断していたならプログラムを組んでいる運営の人がやって来ても全く不思議ではない。ふ
と時計を覗いてみると、なんと、四分三十三秒しか経っていなかった。
 彼女は僕の方を一度見て、そして中古のヤマハのピアノに向かって歩き出した。僕が彼女の演奏を通
して"告白"を聞けたように、僕の気持ちも彼女に伝わってくれればいい。そう思った。

 ジョン・ケージが作曲したものの中に、この時間と同じ名称で呼ばれる楽曲がある。第一、第二、第
三楽章から成るその曲の楽譜にはTACET、休みとしか書かれていない。
 この曲でケージが何を表したかったのか。「無」を聴く音楽だの、会場内外で作り出す様々な音を聞
く音楽だの、「どんなものでも芸術として扱っていいのか」という芸術批判だの、色々な人が様々な想
像をしていたけど、彼の口からその詳細を語られることはなかったので、僕はそれに関してきちんとし
た答えを提示することは出来ない。

 僕が言えることは、「何をするだぁっ」という悲鳴が大きいものだったら、もっと運営の人が駆けつ
けるのは早かっただろうし、客席にいる彼女のファンももしかしたら不審に思って舞台に上がり込んだ
かもしれないということと、聞こえる筈のない声が確かに聞こえたということと、性器を鍵盤に見立て
てではあったし、彼女も自嘲しながら弾いたものではあったけど、後の世を感動の渦に巻き込む大演奏
が初めてこの間に行われたということ。そしてあれだけ長いように感じられたこの出来事が、全て四分
三十三秒ぴったりで奇跡的に収まっているということ。
『こんな風にしたって、きっと』
 彼女はそう言いながら弾いたゴルトベルク変奏曲。僕は声を大にして言ってやりたい。そんな風にし
たって、きっと世界中の誰もが歓喜したと思うと。
 別にこれは芸術批判でも何でもない。
 だって僕は感動したから。音楽を奏でる為に作られた楽器による綺麗な旋律なんて全く聞こえもしな
いのに、それほど音楽的素養がある訳でもない僕でも、それがゴルトベルク変奏曲だとハッキリと分かっ
てしまう演奏。
 それが芸術じゃなくて何が芸術だというんだ。そういうこと。

 彼女が、いや、彼女と僕が作り出した四分三十三秒に録音されているのは、会場のどよめきだけで、
「何をするだぁっ」なんて気の抜けた悲鳴も入っていなければ、彼女の苦悩も、「ちっ……!」なんて
可愛らしい悲鳴もカウパー腺液の水気を含んだ音ももちろん入っていない。
 その後に曲目紹介には入っていないのに演奏された、彼女の鼻歌交じりの(僕が彼女に鼻歌で歌った
部分だ)ノン・レガートのゴルトベルク変奏曲の影に隠れて全く誰も気にも留めないし、誰も音楽的価
値も見出していないけど。

 僕は本当に、音楽史上、最も意味のある四分三十三秒だったと、そう評価してしまう訳だ。


(fine)


 彼女が弾かなくなった理由は、色々な人が様々な想像しているので、好き勝手言う人間が一人くらい
増えてしまっても構わないだろう。

 彼女の開く演奏会の絶対数が少なくなったのは彼女自身も「一回性に疑問」「演奏は競争ではなく情
事」など、短いながらも色々と述べているが、海外公演、国内公演の順に減っていったことから、ただ
単に飛行機嫌いもあっただろうと言う人のことももっともだと思うし、多分合っているだろう。
 けれど、わざわざ小さい頃に使っていたヤマハのピアノを買い戻したり、誰かが鼻歌で口ずさんだ部
分を自分でもハミングしてみたり、誰かに圧し掛かられているみたいに猫背な演奏時の姿勢に、時間の
融通が利きやすいCD録音を好んでみせたり、演奏会が嫌いなくせに僕を自分の母親を使って家に招い
て生演奏したりする所などを見せられると、もしかしたら。

 結局、彼女は口をつぐんで何も語ってはくれなかったけど、たまにピアノ以外で弾いてくれるゴルト
ベルク変奏曲の続きを"聴いて"は、都合の良い妄想に浸ってしまったのも無理のない話だと思う。


(了)

作者 ◆95TgxWTkTQ
2008年05月27日(火) 21:01:51 Modified by n18_168




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