海に行きたい
名は体を表すとはよく言ったのものだ。
だが我が幼馴染、むーちゃんの「む」は睦美の「む」であって無口の「む」ではない。
そんな彼女が体を倒して腕で前方を掻くような仕草をしている。
「モグラ?」
ふるふると首を振る。
「違うのか、じゃあモゲラ?」
何それ、と睦美は首を傾げる。
知らないのか?ミステリアンの誇る土木作業ロボットを。
彼女は、今度は腕を水平にして前方を掻き出した。
「ああ、今度こそモグラだ」
さっきよりも大きく首を横に振る。
その度に彼女の肩口まで伸びた髪がサラサラを音を立てる。
「じゃあ冬のローカル線? エレベーター? 天岩戸?」
彼女はまた小首を傾げてから、今度は仰け反って腕を上に上げては下ろし始めた。
小学校中学年からプラザ合意以降の日本の経済の如くふくらんだ彼女の胸も揺れ動く。
むーちゃんの「む」はムチムチの「ム」でもない。
いつの間にか姿勢を戻した睦美にすごく睨まれてました。
いいじゃないか、減るもんでなし。とはさすがに言えず、
「エクソシスト? 寝ぼけて目覚まし時計を探す仰向けで寝てる人?」
がっくりと項垂れてから、彼女は片手で大きく円を描いてからそれを掴み、腰の辺りで手を止めた。
「フラフープ? じゃあ貴族の令嬢? ほら、スカート摘んでご機嫌麗しゅう」
肩で息を切る彼女の目に涙が浮かんでいる。
疲労のせい、ではないだろう。困る睦美の表情も堪能したことだし、そろそろ頃合だろう。
関西人ではないので、ボケの引き出しも少ないし。
しかし、今の彼女のジェスチャーを見て自分の答えがあっているのか自信をなくす。
鉢巻締めて、上段の構えでふらふらと足踏みしている。水泳からいつの間に剣道になったんだ?
それを振り下ろして、何かが裂けて――
「スイカ割りか!」
ぶんぶんと首を縦に振る。
「スイカが食べたいのか?」
胸を凝視した時以上に睨まれる。はいはい分ってますよ。
「海行きたいんだろ? 再来週の日曜でいいか? 7時に駅前な」
睦美は嬉しそうに携帯にスケジュールを打ち込んでいたが、急に真面目な顔つきになると、
携帯の液晶を向けて再来週の日曜日、来週の日曜日、今日の日付を順番に指差した。
「なんで再来週かって? 新しい水着がいるだろうが」
必要ない、と彼女は首を横に振る。去年のものを使いまわすような真似は彼女にはできないだろう。
すでに新調してから俺を誘ったわけだ。準備のいい事で。だが、その努力は無駄かもしれない。
「一昨年みたいにスクール水着も駄目だ。去年の紐を寄り合わせたようなのも駄目だ」
図星だったらしく、彼女は「う」と一声発して困ったような表情を見せた。
腕を振って門扉をくぐる彼女を見送ってから、俺は首をかしげた。
再来週の予定を決めたのに、どうして来週の予定も埋まったんだろう。
2011年08月23日(火) 11:23:44 Modified by ID:uSfNTvF4uw