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保守ネタ(仮題)

 俺は一通の日付入り伝票を手にして彼女の前に立っていた。
 彼女は椅子に座ったまま、差し出された伝票をじっと見て黙っている。表情が読めない。
 終業時刻をはるかに過ぎて、必要最低限の照明しか点いていない薄暗いフロア。パソコンのモニターが発する青い光が彼女の横顔を照らしている。
 細いフレームの眼鏡。あまり手のかけられていない風に後ろでひとつにまとめられた黒の長い髪。薄い化粧。
 見るからに地味な印象だが、こんな時間に薄暗がりで向かい合うと、ちょっと現実のものではないような、隠微な印象を醸し出しているようにも思える。
 よく見れば肌が透き通るように白くきめ細かくて、思わず触れてみたくなる。
「………………あの」
 彼女のくちびるが薄く開く。いつもであれば、慌ただしく俺から渡される伝票を黙って受け取って、
不備があった時にも丁寧な文字で埋めたポストイットを俺のデスクに置いておくだけ。
日中の喧騒が嘘のように静まりかえったオフィスに響く彼女の細い声はやけに新鮮で、俺をどきどきさせる。
「ああ、あの、ほんと、申し訳ない。
 実は昨日まで出張で。今日もバタバタしててずっと後回しにしちゃってて。ついうっかり。
 いや、ほんとに『ついうっかり』で」
 まくしたてる俺の顔をじっと見つめる彼女。デスクの横のカレンダーにつけられた締日の印を一度ちらりと見て、
それからまた薄く唇を開く。
「………………」
なにか考えているのか。言葉を選んでいるのか。すぐには声を発しない。
 ただの沈黙のはずなのに、計算され尽くして焦らされているような、妙な錯覚に陥る。
 彼女のくちびるがゆっくりと動いた。
 俺の目は、彼女の言葉を聞き逃すまいとして、そこに釘づけになる。少し乾いた印象の唇。
 夜の女たちの、これでもかというほど不自然にグロスで艶めかせた唇を見慣れているせいか、
乾いた唇というものをやけに生っぽく感じてしまった。ごくりと咽喉を上下させる。
 彼女は俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、顔色ひとつ変えず、にこりともせずに、細く静かな声を落ち着いて発した。

「………………保守、です」



作者 1-46
2007年12月12日(水) 09:34:44 Modified by n18_168




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