無口でツンツンな彼女
「あのさぁ〜何度も聞くけど僕のこと嫌いでしょ?」
「…いいえ」
参ったな…そんなつっけんどんな言い方されたら疑うって。
「だったらこの美味しくないコーヒーをいい加減別のメーカーのに代えてくれたっていいじゃない」
「贅沢は敵です…」
「戦時中じゃないんだから…冷たい言い方しないでよ可愛い顔が台無しだ」
「……」
他にも言ようとしたら思いっきり睨まれた、怖い怖い。
彼女ーー三谷黒美は僕の…なんて言えばいいかなアシスタントだ。
一応僕はプロのカメラマン。今は『月刊無口っ娘通信♪』っていう雑誌のグラビア撮影を受け持っている。
僕が言うのもなんだけど結構売れてる雑誌なんだ。この町は土地柄なのか無口な人が多いらしいからね。
グラビアとはいえヌードはおろか水着すらない清楚なものなんだけど。
黒美ちゃんはそこの編集長(僕の知り合い)から紹介されたんだ。
最初は断ろうと思ったけどとりあえず会うだけ会ってみたら気が変わった。
それくらい彼女は綺麗な人だったから。
ただねぇ…黒美ちゃんは口数の少ない人でね。口を開いたと思うと僕を叱責する。
「やっぱり嫌われてるのかねぇ」
「…無駄口叩いてないで仕事して下さい」
「はいはい…って言っても今することないし」
「………」
また睨まれた。多分今までのファイルの整理なりなんなりしろってことなんだろうな。
最近怒られてばっかりだ。僕の方が年上のはずなんだけど…
黒美ちゃんは器量よし、容姿よし、僕以外の人にはそれなりに親切で優しい。
僕みたいなしがないカメラマンの所にいるべき人じゃないと思う。
しかも実を言うとこの僕の家、黒美ちゃんも一緒に住んでるんだよ。
住み込みで僕が仕事をちゃんとしているか見張っているらしい。
最初はドキドキだったし理性が持つか不安だった。
この態度でそんな気起きなくなっちゃったけどさ。僕は犯罪者にならずに済んだわけだ。そこは感謝しないと。
「………」
「ん?どうしたの黒美ちゃん?僕の顔じっと見ちゃって。惚れちゃった?」
「違います」
そんな即答しなくても…いくら僕でも傷つくよ。
「まぁ僕は黒美ちゃんのこと好きだから待ってるよ、一人身だし。そういえば黒美ちゃん彼氏とかは?」
「……」
「いや…ゴメンよ。今の忘れていいから」
なんかこの先上手くやっていけるか不安になってきた。
そんなやりとりからしばらくして黒美ちゃんが口を開いた。
「…いませんから」
「ん?何が?」
「…さっきの話です。今はいませんから」
さっきの話って彼氏がいるかいないかだよね。今は、っていうからには昔はいたんだろうな。
全然不思議じゃないけど。
そのことを聞こうかとも思ったけどまた睨まれそうだからやめた。
「そっか…じゃあ僕もまだチャンスがあるわけだ」
「………」
僕がそう言うと珍しく睨むことなく仕事に戻った。
翌日、僕達はとある公園に来ていた。
今日はここで撮影をする予定、のはずなんだけど…
「ねえ約束の時間っていつだっけ?」
黒美ちゃんは肩にかけていた鞄から出した手帳と時計を見比べた。
「…過ぎてますね」
「やっぱりそうだよね。よし、ちょっと電話してみようか。彼女の連絡先教えてよ」
でもそんな僕の言葉は無視された。
「もしもし――」
それにしても不思議だ。電話だと普通に喋るんだよね。まぁそれでも必要最低限しか話さないけど。
ものの数十秒で黒美ちゃんは電話を切った。
「…風邪だそうです」
「風邪?そりゃあお気の毒に…」
ってことは今日仕事なし?やった。
「……」
うわ、なんか冷たい視線…
「まぁとりあえず帰ろっか。それともデートでもする?って黒美ちゃん!?」
「……」
既に黒美ちゃんははるか前をスタスタと歩いていた。
なんかすごい怒ってない?いつもより怒りのオーラが背中から出てるよ。
そんな怒らせることしたかな…仕方なく僕もとぼとぼと家に向かった。
「…嫌いなんですか?」
家に着くなり聞かれた。
いつもと違う様子に思わず後ずさりしてしまう。
「…写真撮るの本当は嫌いなんですか?」
「いや、写真は好きだよ。でも人を撮るのはあんまり好きじゃない。風景の方がずっと好きなだけ」
「…何故ですか」
うわ、痛い所突かれたな…
「はぁ…もう昔の話だよ。当時付き合ってた彼女をどうしても上手く撮れなかったんだ」
「……」
くだらない、口に出さなくとも目が物語っていた。
「まぁ単に昔から風景を撮るのが好きなんだよ。この仕事も風景を撮りたくて始めたくらいだからね」
すると微かに黒美ちゃんの表情が和らいだ。そんな気がした。
「それにしてもなんでそんなこと聞いたの?」
僕に興味を示してくるなんて珍しい。
「…仕事止められたら私も困りますから、それだけです。気にしないで下さい」
いつもならこれで終わりだけど僕は引かなかった。
「ウソでしょ、なんか今の黒美ちゃんらしくない」
しばらく対峙していたけど観念したのか、溜め息をつくと机から古びた雑誌の切れ端を差し出した。
それは見覚えのある写真だった。当たり前だ…僕が撮ったやつなんだから。
この仕事を始めてすぐの頃、仕事のない僕に舞い込んだ仕事。
それは雑誌の余った空白に載せるための小さな写真を撮ることだった。
「……この写真は失恋した私を救ってくれました」
「救ってくれた?」
「…男に捨てられた私に希望を与えてくれました」
驚いた。
黒美ちゃんを捨てる男がいることはもちろん、僕の写真が思わぬ活躍をしていたことに。
「……ですから写真を嫌いになられると困るんです。好きですから」
「好き?僕が?」
「……写真の方です」
「じゃあ憧れの写真を撮った張本人に出会ってどうだった?」
「……幻滅――」
やっぱりそうだよね…世の中期待通りにはいかないもんだ。
「したはずでした…」
「えぇ!?」
「…勘違いしないで下さい。でもその気があるなら私も考えます。私は居候の身ですから」
これはどう取ればいいんだろう?下手なことしたら本当に嫌われちゃうよね…
一か八かまずは抱き締めてみよう、それで反応を見ればいいか。
色々な意味でドキドキしながら正面から優しく抱き締めてみた。
「……」
何も言ってこない。
これはオッケーってことかな?
「黒美ちゃん…キスしてもいい?」
「す、好きにすればいいじゃないですか……」
珍しく黒美ちゃんは明らかに焦った声を出した。
こんな風な口調初めて聞いた。やっぱり僕のことが…自惚れてもいいのかな?
そんなことを考えながら僕はそっと口を奪った。
「……んむ…ん」
最初は重ねるだけ。それからゆっくり口を割っていき内側に侵入していく。
僕の動きに翻弄されているのか黒美ちゃんは何もしてこなかった。でも息が上がっているのがよく分かる。
ひとしきりキスを堪能し僕が離れるとつばきが糸を引いた。
「…お上手なんですね」
やや非難めいた口調で黒美ちゃんが言う。
「そう?こんなもんだって、僕もかなりご無沙汰だしね。何?もしかしてやきもち?」
「…ありえません。安心して下さい、他人の過去は追求しませんから」
そういう割には複雑そうな顔してるけど…変なこと言っておしまいにされるのもなんだから、今は続けよう。
「本当にいい?」
「…一々確認取らなくて結構ですから。好きにして下さ…っ!!?」
突然黒美ちゃんが声にならない悲鳴をあげる。
好きにして下さいなど大胆なこと言われ我慢の限界に達した僕が、寝室に運ぼうとしたからだ。
もちろんお姫様抱っこで。
「お、おろして下さい…」
「何言ってんの。黒美ちゃんはベット以外の場所でしたいの?まぁ僕はそれでもいいけど」
この一言が効いたのか僕の腕の中で悔しそうに睨むけどもうあまり迫力がない。
そのまま優しくベッドに横たわらせると僕は服を脱がしにかかった。
「綺麗だ…うん凄く綺麗だよ」
僕の期待を裏切ることなく黒美ちゃんのヌードは綺麗だった。
おっぱいはまるでないけど…それがかえって全体の印象をいやらしくさせずに清楚にしている。
「……小さいですよね」
小さいなんてもんじゃない。かろうじて起伏が確認出来るくらいだ。
横になっているからだと思いたいけど、こうも現実を見せつけられるとね…
とはいえ僕はおっぱい第一主義者でもないからそこまで気にならなかった。
「僕はこれくらいでも好きだけど」
「……嘘です」
疑うような、不思議そうなどちらともつかない目。瞳がほんの少しだけ潤んでいた。
「……男は胸の大きい女性がいいんです」
抑揚のない冷たい声。
暗い表情。
「黒美ちゃん…昔の恋人となんかあったでしょ?」
隠そうとしても何があったか大方の予想はついた。
「大丈夫…僕は黒美ちゃんを裏切るようなことはしない。信じてよ」
「………………」
「僕は黒美ちゃんの色々な所が好きなんだよ、いつも言ってるでしょ。女性の魅力が胸だけなんてありえないんだからさ」
身を守るようにシーツで体を隠し、俯きながら僕の言葉を聞いていた黒美ちゃんが顔を上げた。
「……馬鹿じゃないですか?」
「は??」
「言葉でならいくらでも言えます。だから――早く態度で示したらどうですか?」
僕に隠すように溜まった涙を拭ったことは見なかったことにした。
「今のは反則だって。そこまで言われたらもうブレーキかからないからね」
シーツを剥ぎ取ると僕は抱きかかえるように覆い被さった。
うなじから始め首筋、鎖骨へとキスの雨を降らせていく。
キスマークを付けたかったけど後が恐いからやめた。
黒美ちゃんはさっきからずっと黙りっぱなし。顔を背けているからどんな表情かもわからない。
でもいよいよ対象をおっぱいへと移していくと体が強張るのが感じ取れた。
僕は気付かないふりをして薄っぺらなおっぱいに舌を這わせるとそれに併せて揉む…いや撫でていく。
女性のおっぱいというのは不思議なものだ。
どんなに薄くなだらかな起伏でもなんだかんだで他の部分に比べ感触が違いフニフニとしている。
そこにちょこんと乗っかるように存在する桜色をした乳首がまた可愛い。
舌でつついたり指で挟むと小さいながらも一生懸命に自己主張をしてくる。
夢中になっておっぱいをいじっていると、くぐもった媚声が静かな部屋に響いた。
「……んん」
あれ?今の声は?
「黒美ちゃん?」
慌てて口を塞ぐ黒美ちゃんは自分が声を出してしまったことに驚いているようだった。
「……喉を鳴らしただけですから」
「ふ〜ん」
「…な、なんですか」
「いいや、それならいいけど。無理に我慢しなくてもいいよ」
口を開きかけた黒美ちゃんを無視して再びおっぱいだけをひたすらいじっていく。
他の、特に触りたい場所があるけど我慢しよう。
今僕がやらなければいけないのはコンプクレックスを解消してあげることだから。
まったく…こんなに魅力溢れるにいいおっぱいなのに。元彼さんは何を考えていたんだか。
大きさを抜きにすれば色合いといい乳首とのバランスといい完璧だというのに。
「あ、あの……」
黒美ちゃんが急に僕の腕を掴んで動きを中断させてきた。目を凝らして見ると顔も桜色に染まっている。
「………こ、ここも」
短く言うと僕の手を下に下ろしていく。
到着地点は恐らく黒美ちゃんの体でもっとも他人の侵入を許していない場所。
まさか相手からお願いされるとは思っていなかったから驚きだ。
意外におっぱいが性感帯なのかもしれないな。
「……勘違いしないでください…触りたいんじゃないかと思って…」
おっぱいから僕の手が離れて冷静さを取り戻したのか口調が元に戻っている。
でもそんな所がまた可愛くて思わず頬が緩んだ。
「やっぱり可愛いなぁ〜黒美ちゃんは」
「……可愛くありません」
「いいや可愛い」
「可愛くありません」
やれやれ…素直じゃないねえ。
僕は問答を終わらせるために黒美ちゃんの股関にあてがった指を動かした。
「……っ!」
不意をついたせいか黒美ちゃんが目を見開く。
探るように割れ目に沿って中指を優しく上下させる。
次第にぴったりと閉じられたアソコからは粘りのある愛液が少しずつ滲み出てきた。
「……ん」
小鳥のさえずりにも聞こえるほど小さい声が、でも認識するには十分な声が漏れ出た。
いつもの鋭い眼差しはどこへやら、まぶたを下げトロンとした目をしながら僕を見つめてくる。
まるで誘っているかのように艶やかな表情は僕の思考力を奪うのに十分すぎた。
引きちぎるように着ている服を脱ぎ捨てると、痛いほどに勃起した息子をあてがう。
「ごめん、僕もう余裕ないから」
「……」
一瞬睨まれた気もしたけど黒美ちゃんは足を開いて僕を受け入れる準備をしてくれた。
ぬめぬめと光る小さな入り口に向かって腰を押し出す。
僕のが大きいのかは知らないけどその中は明らかに狭すぎた。
「……っ!」
黒美ちゃんが苦痛に顔を歪める。
「痛くない?」
「…久しぶりで驚いただけです」
「いや、でも」
「続けて下さい…」
人のこと言えないけどやっぱり初めてじゃないのか…残念だ。
せめて痛みを和らげようと空いた手で乳首を摘む。
びくっと体が震えた隙を見て一気に貫いた。
黒美ちゃんの中は侵入を決して許さないよう拒むようにキツい。
気持ちいいのは確かだけど締め付けが強すぎて動くことも出来なかった。
僕に離れてほしくないのか又はこのまま息子を締め殺すつもりなのか…
「………」
ぎゅっと目を閉じて痛みに耐えている黒美ちゃんに僕が何を言っても効果はないだろう。
生殺しだけど落ち着くまでこのまま待つしかない。
手持ち無沙汰になった僕は射精感を紛らわすために黒美ちゃんの体をイジリ始めた。
「……ちょっ、と何して…」
「だってこうでもしないと僕もうすぐいきそうだし。黒美ちゃんの中気持ちよすぎだからね」
「……よ、余計な事言わなくて結構です」
黒美ちゃんが顔を反らした時、突然に締め付ける力が弱まり奥から愛液がどろりとわき出た。。
これなら動けるかも…
「………ぁ、…んん」
腰を揺らすと部屋に甲高い声が響いた。
慌てて口を閉じる姿を見ながら続けてもう一度腰を動かす。
「ああっ…んんぁ…」
一突きするごとに必死に閉じた口から甘美な媚声が漏れ出てた。
その声に僕は我を忘れて快楽を求めた。
「…い、や…ちょっ、とんっん…」
きつく締め付けてきた中は徐々にほぐれ僕の動きを邪魔するほどではない。
襞の感触に頭をくらくらさせながら僕が唇を奪い舌を差し込むと黒美ちゃんも応えてくれる。
相手の唾液を吸い自分の唾液を流し込む。
口を離すと混ざりあった二人の唾液がお互いの唇でいやらしく糸を引いた。
「どう気持ちいい?」
「はい、き、気持ち、いいで…あああっもっ、と、…た、くさん…あぅんっっ」
快楽への欲が理性を上回ったのか今までとは考えられないほど素直だ。
普段無口なのが嘘みたいに次々と言葉が紡ぎ出される。
もっと、もっとこの時を味わいたい…けど久しぶりのセックスに僕も限界だった。
「ごめん、そろそろいきそう」
「わ…私もっ、です、んあッ…いっしょに、ん」
とはいえ中に出すのはまずいので離れないと…
「うわっ黒美ちゃん!?く、出るっ」
でも僕の腰にしなやかな脚がしっかりと絡みついていてそれは叶わず、勢いよく白濁液が最奥へと吐き出された。
「はあッん…いっ、ぱい中に…きて、はぁ、んんん」
絶頂に喜ぶ黒美ちゃんに見とれながら僕は朦朧としてきた。
「好きだよ…黒美ちゃ…ん…」
なんとかそこまで言い終えると僕は意識を手放した。
「…私も…です、しろう…さん」
最後に見たのは温かい笑顔で僕の名前を呼ぶ姿だった。
次の日、僕は頬を思いっきり抓られて目を覚ました。
「おはよう、黒美ちゃん。あのさぁすごく痛いんだけど」
「……離れてください」
気づけば僕はまだ黒美ちゃんと繋がり覆い被さったままだった。
さすがに息子はおとなしくなっていたけど。
「最低」
「ごめんごめん…今どくから」
「その事じゃありません」
何?まさか自分から誘っておいて僕の責任にするつもりなの?
「……避妊」
「それは黒美ちゃんが離してくれなかったから…」
「………」
「あの…」
「ケダモノ」
「すいませんでした…」
「……他の人には同じ真似しないでください」
ベットに僕を一人残し、シャワーを浴びに行く途中冷たく言い放つ。
すっかり元通りになっちゃったねえ。昨日のが夢みたいだ。
でも今の言葉はなんか意味深だった。少しは黒美ちゃんも変わったのかな?
黒美ちゃんが出た後に僕もシャワーを浴びる。
綺麗さっぱりとして戻り僕は声をかけた。
「ねえ黒美ちゃん、ちょっと行きたい場所があるんだけど付き合ってくれないかな?」
「ここも随分と開けちゃったなあ〜自動販売機があるよ」
「………」
電車を乗り継ぎようやくたどり着いた田舎町。すでに太陽が空を茜色に染めていた。
家を出てからずっと黙りっぱなしの黒美ちゃんをよそに僕は一人進んでいく。肩にカメラをぶら下げながら。
「もうちょっとだから我慢してよ。あの山の上だからさ。」
「……」
前方に見える小山を指さすと一瞬だけ眉をひそめまたいつもの冷たい表情に戻った。
でも後少し、もう少しで見せたいものを見せてあげられる。
「…霊園?」
頂上付近に近づき看板を見た黒美ちゃんが一言呟く。
「そう。でも本当の目的地はもう少し先」
広い園内を通り越し林を抜けていく。
「さあ着いたよ。見てみて」
「…!?これって……」
そう。僕が連れてきたのは黒美ちゃんが気に入っていた写真の場所。
小山から見下ろす目の前には雄大な自然が広がり地平線が続いている。
夕焼けの空も相まってあの写真よりも幻想的で美しかった。
でも…景色は確かに綺麗だけどそれを見る黒美ちゃんの方がずっと綺麗に見えた。
「よし、黒美ちゃんこっち向いてよ。一枚撮りたくなった」
「…人は嫌いなのでは?」
「でもなんかすごくいいのが撮れそうだから…」
「……」
「嫌そうな顔しないでよ。お願いだからさ」
「……」
僕の思いが通じたのか黒美ちゃんは手で髪をとかし体裁を整え始めた。
「…人を撮るのが好きになったら仕事もはかどりますから」
これって本気で言ってるのかな…
「じゃあ撮るよはいチーズ!」
被写体がよかったからか、または単に黒美ちゃんだったからか。言い出来になるとシャッターを押した段階で確信した。
「さあ帰ろう。現像が楽しみだ」
僕たちは来た道を並んで歩く。途中手を繋ごうとしたらひっぱたかれた。
「そうだ、遅くなったから泊まって帰ろうよ。近くにいい旅館があるんだ」
「お一人でどうぞ」
「ええ!?冷たいな〜」
「お金がもったいないです…」
僕を見向きもせずに、しかも淡々とした口調。
「別に黒美ちゃんが心配することじゃないでしょ?」
「……破産されたら私の居場所がなくなります」
「ん?今のってどういう意味…って黒美ちゃん!待ってよ」
急に速く歩き出した黒美ちゃんを僕は慌てて追いかけていく。
ちなみにこの日の写真は今までで一番の出来だったけど、黒美ちゃんの猛反対で飾ることは出来なかった。
「…いいえ」
参ったな…そんなつっけんどんな言い方されたら疑うって。
「だったらこの美味しくないコーヒーをいい加減別のメーカーのに代えてくれたっていいじゃない」
「贅沢は敵です…」
「戦時中じゃないんだから…冷たい言い方しないでよ可愛い顔が台無しだ」
「……」
他にも言ようとしたら思いっきり睨まれた、怖い怖い。
彼女ーー三谷黒美は僕の…なんて言えばいいかなアシスタントだ。
一応僕はプロのカメラマン。今は『月刊無口っ娘通信♪』っていう雑誌のグラビア撮影を受け持っている。
僕が言うのもなんだけど結構売れてる雑誌なんだ。この町は土地柄なのか無口な人が多いらしいからね。
グラビアとはいえヌードはおろか水着すらない清楚なものなんだけど。
黒美ちゃんはそこの編集長(僕の知り合い)から紹介されたんだ。
最初は断ろうと思ったけどとりあえず会うだけ会ってみたら気が変わった。
それくらい彼女は綺麗な人だったから。
ただねぇ…黒美ちゃんは口数の少ない人でね。口を開いたと思うと僕を叱責する。
「やっぱり嫌われてるのかねぇ」
「…無駄口叩いてないで仕事して下さい」
「はいはい…って言っても今することないし」
「………」
また睨まれた。多分今までのファイルの整理なりなんなりしろってことなんだろうな。
最近怒られてばっかりだ。僕の方が年上のはずなんだけど…
黒美ちゃんは器量よし、容姿よし、僕以外の人にはそれなりに親切で優しい。
僕みたいなしがないカメラマンの所にいるべき人じゃないと思う。
しかも実を言うとこの僕の家、黒美ちゃんも一緒に住んでるんだよ。
住み込みで僕が仕事をちゃんとしているか見張っているらしい。
最初はドキドキだったし理性が持つか不安だった。
この態度でそんな気起きなくなっちゃったけどさ。僕は犯罪者にならずに済んだわけだ。そこは感謝しないと。
「………」
「ん?どうしたの黒美ちゃん?僕の顔じっと見ちゃって。惚れちゃった?」
「違います」
そんな即答しなくても…いくら僕でも傷つくよ。
「まぁ僕は黒美ちゃんのこと好きだから待ってるよ、一人身だし。そういえば黒美ちゃん彼氏とかは?」
「……」
「いや…ゴメンよ。今の忘れていいから」
なんかこの先上手くやっていけるか不安になってきた。
そんなやりとりからしばらくして黒美ちゃんが口を開いた。
「…いませんから」
「ん?何が?」
「…さっきの話です。今はいませんから」
さっきの話って彼氏がいるかいないかだよね。今は、っていうからには昔はいたんだろうな。
全然不思議じゃないけど。
そのことを聞こうかとも思ったけどまた睨まれそうだからやめた。
「そっか…じゃあ僕もまだチャンスがあるわけだ」
「………」
僕がそう言うと珍しく睨むことなく仕事に戻った。
翌日、僕達はとある公園に来ていた。
今日はここで撮影をする予定、のはずなんだけど…
「ねえ約束の時間っていつだっけ?」
黒美ちゃんは肩にかけていた鞄から出した手帳と時計を見比べた。
「…過ぎてますね」
「やっぱりそうだよね。よし、ちょっと電話してみようか。彼女の連絡先教えてよ」
でもそんな僕の言葉は無視された。
「もしもし――」
それにしても不思議だ。電話だと普通に喋るんだよね。まぁそれでも必要最低限しか話さないけど。
ものの数十秒で黒美ちゃんは電話を切った。
「…風邪だそうです」
「風邪?そりゃあお気の毒に…」
ってことは今日仕事なし?やった。
「……」
うわ、なんか冷たい視線…
「まぁとりあえず帰ろっか。それともデートでもする?って黒美ちゃん!?」
「……」
既に黒美ちゃんははるか前をスタスタと歩いていた。
なんかすごい怒ってない?いつもより怒りのオーラが背中から出てるよ。
そんな怒らせることしたかな…仕方なく僕もとぼとぼと家に向かった。
「…嫌いなんですか?」
家に着くなり聞かれた。
いつもと違う様子に思わず後ずさりしてしまう。
「…写真撮るの本当は嫌いなんですか?」
「いや、写真は好きだよ。でも人を撮るのはあんまり好きじゃない。風景の方がずっと好きなだけ」
「…何故ですか」
うわ、痛い所突かれたな…
「はぁ…もう昔の話だよ。当時付き合ってた彼女をどうしても上手く撮れなかったんだ」
「……」
くだらない、口に出さなくとも目が物語っていた。
「まぁ単に昔から風景を撮るのが好きなんだよ。この仕事も風景を撮りたくて始めたくらいだからね」
すると微かに黒美ちゃんの表情が和らいだ。そんな気がした。
「それにしてもなんでそんなこと聞いたの?」
僕に興味を示してくるなんて珍しい。
「…仕事止められたら私も困りますから、それだけです。気にしないで下さい」
いつもならこれで終わりだけど僕は引かなかった。
「ウソでしょ、なんか今の黒美ちゃんらしくない」
しばらく対峙していたけど観念したのか、溜め息をつくと机から古びた雑誌の切れ端を差し出した。
それは見覚えのある写真だった。当たり前だ…僕が撮ったやつなんだから。
この仕事を始めてすぐの頃、仕事のない僕に舞い込んだ仕事。
それは雑誌の余った空白に載せるための小さな写真を撮ることだった。
「……この写真は失恋した私を救ってくれました」
「救ってくれた?」
「…男に捨てられた私に希望を与えてくれました」
驚いた。
黒美ちゃんを捨てる男がいることはもちろん、僕の写真が思わぬ活躍をしていたことに。
「……ですから写真を嫌いになられると困るんです。好きですから」
「好き?僕が?」
「……写真の方です」
「じゃあ憧れの写真を撮った張本人に出会ってどうだった?」
「……幻滅――」
やっぱりそうだよね…世の中期待通りにはいかないもんだ。
「したはずでした…」
「えぇ!?」
「…勘違いしないで下さい。でもその気があるなら私も考えます。私は居候の身ですから」
これはどう取ればいいんだろう?下手なことしたら本当に嫌われちゃうよね…
一か八かまずは抱き締めてみよう、それで反応を見ればいいか。
色々な意味でドキドキしながら正面から優しく抱き締めてみた。
「……」
何も言ってこない。
これはオッケーってことかな?
「黒美ちゃん…キスしてもいい?」
「す、好きにすればいいじゃないですか……」
珍しく黒美ちゃんは明らかに焦った声を出した。
こんな風な口調初めて聞いた。やっぱり僕のことが…自惚れてもいいのかな?
そんなことを考えながら僕はそっと口を奪った。
「……んむ…ん」
最初は重ねるだけ。それからゆっくり口を割っていき内側に侵入していく。
僕の動きに翻弄されているのか黒美ちゃんは何もしてこなかった。でも息が上がっているのがよく分かる。
ひとしきりキスを堪能し僕が離れるとつばきが糸を引いた。
「…お上手なんですね」
やや非難めいた口調で黒美ちゃんが言う。
「そう?こんなもんだって、僕もかなりご無沙汰だしね。何?もしかしてやきもち?」
「…ありえません。安心して下さい、他人の過去は追求しませんから」
そういう割には複雑そうな顔してるけど…変なこと言っておしまいにされるのもなんだから、今は続けよう。
「本当にいい?」
「…一々確認取らなくて結構ですから。好きにして下さ…っ!!?」
突然黒美ちゃんが声にならない悲鳴をあげる。
好きにして下さいなど大胆なこと言われ我慢の限界に達した僕が、寝室に運ぼうとしたからだ。
もちろんお姫様抱っこで。
「お、おろして下さい…」
「何言ってんの。黒美ちゃんはベット以外の場所でしたいの?まぁ僕はそれでもいいけど」
この一言が効いたのか僕の腕の中で悔しそうに睨むけどもうあまり迫力がない。
そのまま優しくベッドに横たわらせると僕は服を脱がしにかかった。
「綺麗だ…うん凄く綺麗だよ」
僕の期待を裏切ることなく黒美ちゃんのヌードは綺麗だった。
おっぱいはまるでないけど…それがかえって全体の印象をいやらしくさせずに清楚にしている。
「……小さいですよね」
小さいなんてもんじゃない。かろうじて起伏が確認出来るくらいだ。
横になっているからだと思いたいけど、こうも現実を見せつけられるとね…
とはいえ僕はおっぱい第一主義者でもないからそこまで気にならなかった。
「僕はこれくらいでも好きだけど」
「……嘘です」
疑うような、不思議そうなどちらともつかない目。瞳がほんの少しだけ潤んでいた。
「……男は胸の大きい女性がいいんです」
抑揚のない冷たい声。
暗い表情。
「黒美ちゃん…昔の恋人となんかあったでしょ?」
隠そうとしても何があったか大方の予想はついた。
「大丈夫…僕は黒美ちゃんを裏切るようなことはしない。信じてよ」
「………………」
「僕は黒美ちゃんの色々な所が好きなんだよ、いつも言ってるでしょ。女性の魅力が胸だけなんてありえないんだからさ」
身を守るようにシーツで体を隠し、俯きながら僕の言葉を聞いていた黒美ちゃんが顔を上げた。
「……馬鹿じゃないですか?」
「は??」
「言葉でならいくらでも言えます。だから――早く態度で示したらどうですか?」
僕に隠すように溜まった涙を拭ったことは見なかったことにした。
「今のは反則だって。そこまで言われたらもうブレーキかからないからね」
シーツを剥ぎ取ると僕は抱きかかえるように覆い被さった。
うなじから始め首筋、鎖骨へとキスの雨を降らせていく。
キスマークを付けたかったけど後が恐いからやめた。
黒美ちゃんはさっきからずっと黙りっぱなし。顔を背けているからどんな表情かもわからない。
でもいよいよ対象をおっぱいへと移していくと体が強張るのが感じ取れた。
僕は気付かないふりをして薄っぺらなおっぱいに舌を這わせるとそれに併せて揉む…いや撫でていく。
女性のおっぱいというのは不思議なものだ。
どんなに薄くなだらかな起伏でもなんだかんだで他の部分に比べ感触が違いフニフニとしている。
そこにちょこんと乗っかるように存在する桜色をした乳首がまた可愛い。
舌でつついたり指で挟むと小さいながらも一生懸命に自己主張をしてくる。
夢中になっておっぱいをいじっていると、くぐもった媚声が静かな部屋に響いた。
「……んん」
あれ?今の声は?
「黒美ちゃん?」
慌てて口を塞ぐ黒美ちゃんは自分が声を出してしまったことに驚いているようだった。
「……喉を鳴らしただけですから」
「ふ〜ん」
「…な、なんですか」
「いいや、それならいいけど。無理に我慢しなくてもいいよ」
口を開きかけた黒美ちゃんを無視して再びおっぱいだけをひたすらいじっていく。
他の、特に触りたい場所があるけど我慢しよう。
今僕がやらなければいけないのはコンプクレックスを解消してあげることだから。
まったく…こんなに魅力溢れるにいいおっぱいなのに。元彼さんは何を考えていたんだか。
大きさを抜きにすれば色合いといい乳首とのバランスといい完璧だというのに。
「あ、あの……」
黒美ちゃんが急に僕の腕を掴んで動きを中断させてきた。目を凝らして見ると顔も桜色に染まっている。
「………こ、ここも」
短く言うと僕の手を下に下ろしていく。
到着地点は恐らく黒美ちゃんの体でもっとも他人の侵入を許していない場所。
まさか相手からお願いされるとは思っていなかったから驚きだ。
意外におっぱいが性感帯なのかもしれないな。
「……勘違いしないでください…触りたいんじゃないかと思って…」
おっぱいから僕の手が離れて冷静さを取り戻したのか口調が元に戻っている。
でもそんな所がまた可愛くて思わず頬が緩んだ。
「やっぱり可愛いなぁ〜黒美ちゃんは」
「……可愛くありません」
「いいや可愛い」
「可愛くありません」
やれやれ…素直じゃないねえ。
僕は問答を終わらせるために黒美ちゃんの股関にあてがった指を動かした。
「……っ!」
不意をついたせいか黒美ちゃんが目を見開く。
探るように割れ目に沿って中指を優しく上下させる。
次第にぴったりと閉じられたアソコからは粘りのある愛液が少しずつ滲み出てきた。
「……ん」
小鳥のさえずりにも聞こえるほど小さい声が、でも認識するには十分な声が漏れ出た。
いつもの鋭い眼差しはどこへやら、まぶたを下げトロンとした目をしながら僕を見つめてくる。
まるで誘っているかのように艶やかな表情は僕の思考力を奪うのに十分すぎた。
引きちぎるように着ている服を脱ぎ捨てると、痛いほどに勃起した息子をあてがう。
「ごめん、僕もう余裕ないから」
「……」
一瞬睨まれた気もしたけど黒美ちゃんは足を開いて僕を受け入れる準備をしてくれた。
ぬめぬめと光る小さな入り口に向かって腰を押し出す。
僕のが大きいのかは知らないけどその中は明らかに狭すぎた。
「……っ!」
黒美ちゃんが苦痛に顔を歪める。
「痛くない?」
「…久しぶりで驚いただけです」
「いや、でも」
「続けて下さい…」
人のこと言えないけどやっぱり初めてじゃないのか…残念だ。
せめて痛みを和らげようと空いた手で乳首を摘む。
びくっと体が震えた隙を見て一気に貫いた。
黒美ちゃんの中は侵入を決して許さないよう拒むようにキツい。
気持ちいいのは確かだけど締め付けが強すぎて動くことも出来なかった。
僕に離れてほしくないのか又はこのまま息子を締め殺すつもりなのか…
「………」
ぎゅっと目を閉じて痛みに耐えている黒美ちゃんに僕が何を言っても効果はないだろう。
生殺しだけど落ち着くまでこのまま待つしかない。
手持ち無沙汰になった僕は射精感を紛らわすために黒美ちゃんの体をイジリ始めた。
「……ちょっ、と何して…」
「だってこうでもしないと僕もうすぐいきそうだし。黒美ちゃんの中気持ちよすぎだからね」
「……よ、余計な事言わなくて結構です」
黒美ちゃんが顔を反らした時、突然に締め付ける力が弱まり奥から愛液がどろりとわき出た。。
これなら動けるかも…
「………ぁ、…んん」
腰を揺らすと部屋に甲高い声が響いた。
慌てて口を閉じる姿を見ながら続けてもう一度腰を動かす。
「ああっ…んんぁ…」
一突きするごとに必死に閉じた口から甘美な媚声が漏れ出てた。
その声に僕は我を忘れて快楽を求めた。
「…い、や…ちょっ、とんっん…」
きつく締め付けてきた中は徐々にほぐれ僕の動きを邪魔するほどではない。
襞の感触に頭をくらくらさせながら僕が唇を奪い舌を差し込むと黒美ちゃんも応えてくれる。
相手の唾液を吸い自分の唾液を流し込む。
口を離すと混ざりあった二人の唾液がお互いの唇でいやらしく糸を引いた。
「どう気持ちいい?」
「はい、き、気持ち、いいで…あああっもっ、と、…た、くさん…あぅんっっ」
快楽への欲が理性を上回ったのか今までとは考えられないほど素直だ。
普段無口なのが嘘みたいに次々と言葉が紡ぎ出される。
もっと、もっとこの時を味わいたい…けど久しぶりのセックスに僕も限界だった。
「ごめん、そろそろいきそう」
「わ…私もっ、です、んあッ…いっしょに、ん」
とはいえ中に出すのはまずいので離れないと…
「うわっ黒美ちゃん!?く、出るっ」
でも僕の腰にしなやかな脚がしっかりと絡みついていてそれは叶わず、勢いよく白濁液が最奥へと吐き出された。
「はあッん…いっ、ぱい中に…きて、はぁ、んんん」
絶頂に喜ぶ黒美ちゃんに見とれながら僕は朦朧としてきた。
「好きだよ…黒美ちゃ…ん…」
なんとかそこまで言い終えると僕は意識を手放した。
「…私も…です、しろう…さん」
最後に見たのは温かい笑顔で僕の名前を呼ぶ姿だった。
次の日、僕は頬を思いっきり抓られて目を覚ました。
「おはよう、黒美ちゃん。あのさぁすごく痛いんだけど」
「……離れてください」
気づけば僕はまだ黒美ちゃんと繋がり覆い被さったままだった。
さすがに息子はおとなしくなっていたけど。
「最低」
「ごめんごめん…今どくから」
「その事じゃありません」
何?まさか自分から誘っておいて僕の責任にするつもりなの?
「……避妊」
「それは黒美ちゃんが離してくれなかったから…」
「………」
「あの…」
「ケダモノ」
「すいませんでした…」
「……他の人には同じ真似しないでください」
ベットに僕を一人残し、シャワーを浴びに行く途中冷たく言い放つ。
すっかり元通りになっちゃったねえ。昨日のが夢みたいだ。
でも今の言葉はなんか意味深だった。少しは黒美ちゃんも変わったのかな?
黒美ちゃんが出た後に僕もシャワーを浴びる。
綺麗さっぱりとして戻り僕は声をかけた。
「ねえ黒美ちゃん、ちょっと行きたい場所があるんだけど付き合ってくれないかな?」
「ここも随分と開けちゃったなあ〜自動販売機があるよ」
「………」
電車を乗り継ぎようやくたどり着いた田舎町。すでに太陽が空を茜色に染めていた。
家を出てからずっと黙りっぱなしの黒美ちゃんをよそに僕は一人進んでいく。肩にカメラをぶら下げながら。
「もうちょっとだから我慢してよ。あの山の上だからさ。」
「……」
前方に見える小山を指さすと一瞬だけ眉をひそめまたいつもの冷たい表情に戻った。
でも後少し、もう少しで見せたいものを見せてあげられる。
「…霊園?」
頂上付近に近づき看板を見た黒美ちゃんが一言呟く。
「そう。でも本当の目的地はもう少し先」
広い園内を通り越し林を抜けていく。
「さあ着いたよ。見てみて」
「…!?これって……」
そう。僕が連れてきたのは黒美ちゃんが気に入っていた写真の場所。
小山から見下ろす目の前には雄大な自然が広がり地平線が続いている。
夕焼けの空も相まってあの写真よりも幻想的で美しかった。
でも…景色は確かに綺麗だけどそれを見る黒美ちゃんの方がずっと綺麗に見えた。
「よし、黒美ちゃんこっち向いてよ。一枚撮りたくなった」
「…人は嫌いなのでは?」
「でもなんかすごくいいのが撮れそうだから…」
「……」
「嫌そうな顔しないでよ。お願いだからさ」
「……」
僕の思いが通じたのか黒美ちゃんは手で髪をとかし体裁を整え始めた。
「…人を撮るのが好きになったら仕事もはかどりますから」
これって本気で言ってるのかな…
「じゃあ撮るよはいチーズ!」
被写体がよかったからか、または単に黒美ちゃんだったからか。言い出来になるとシャッターを押した段階で確信した。
「さあ帰ろう。現像が楽しみだ」
僕たちは来た道を並んで歩く。途中手を繋ごうとしたらひっぱたかれた。
「そうだ、遅くなったから泊まって帰ろうよ。近くにいい旅館があるんだ」
「お一人でどうぞ」
「ええ!?冷たいな〜」
「お金がもったいないです…」
僕を見向きもせずに、しかも淡々とした口調。
「別に黒美ちゃんが心配することじゃないでしょ?」
「……破産されたら私の居場所がなくなります」
「ん?今のってどういう意味…って黒美ちゃん!待ってよ」
急に速く歩き出した黒美ちゃんを僕は慌てて追いかけていく。
ちなみにこの日の写真は今までで一番の出来だったけど、黒美ちゃんの猛反対で飾ることは出来なかった。
2011年03月13日(日) 22:56:29 Modified by ID:xKAU6Mw2xw