病気という特別な事情で、女の子になった僕にまっていたのは、
新しい戸籍、男子校からの退学、地元の公立中学校への編入手続という
女子中学生としての、新しい人生をはじめるための、こまごまとしたことだった。

と、書けば簡単なことに思えるが、実際にはとても面倒くさくて
お金もかかるし、時間もかかるし、とんでもない労力を伴う、出来事だった。

考えてもみてほしい。僕は、女の子として生まれ変わった。
下着からなにから、今まで使っていたものでこれからも使えるものがほとんどないのだ。
女の子の体が正常に機能していることを確かめるための
「健康診断」だけで2日間もかかったし、戸籍を書き換える作業は
あまり僕には関係なかったけれど、

病院から退院した後には、洋服や靴も、一通りそろえないといけない。
女の子に生まれ変わることで一回り小さくなった僕の体には
今までの服は、サイズ的にも合わない。
学校が変わるということは、それだけでもいろんな準備をしなければいけないのに
僕の場合は制服のサイズから計りなおさないといけない。
150センチ、38キロ、バスト72センチ、ウェスト51センチ、ヒップ73センチ、
靴のサイズは21センチ、視力は両目1.5
それが、女の子として生まれ変わった僕の、新しいサイズだった。

足の長さが少し変わっただけでも、結構歩くのが大変だ。
慣れるまでには、病院のなかの「リハビリ」だけではとても足りなかった。

それでも、病院の先生に言わせれば
「こんなにスムーズに女の子の体に生まれ変わることができるとは思わなかった」
らしい。僕は、手術の一週間後、退院するときには
まるで普通の女の子のように歩いて、普通の女の子のように話していた。

もちろん、口調や身のこなしまで女の子のそれにすっかり生まれ変わったというわけじゃない。
女の子の体が、男とつくりが違うことで感じる違和感はたくさんあったし、
退院した後、社会に、女の子として復帰すること自体が、
特殊な病気にかかった僕の、大きな挑戦でもあったし、
現代医学の挑戦でもあったという。

「たとえば、これが体だけの症状で、君の頭の中や心の中は
男のままだとしたら、このあと、性同一性障害として少しずつ
男に体を戻していくような治療もありうるんだけど・・・」

一瞬、僕は、「男に戻る」ことが選択肢にあるような希望を覚えた。

先生は、僕自身の体のいろんなことについて説明をしてくれた。
そのなかでも、僕が女の子として生きていくべきだと結論付けた。決定的な理由は・・・

「少なくとも医学的には、君の心や精神のありかたまで、女の子のものに
少しずつ変化しているようなんだ。
だから、君は、女の子としてのいろんなことを学んで、女の子として生きていくのが
いいと思う。」



科学的な事実に基づく意見だけに、冷静すぎて、残酷にも響きかねない言葉だった。
「そ、そうなんですか・・・」

僕自身の心までが、女の子のそれに変化しつつある・・・
血やおしっこを調べるだけで・・・そんなことまで分かってしまうのか・・・
そんなことまで、決められてしまうのか・・・

僕は、何か納得のいかない気持ちをいだいたけれど、
目の前にある自分の体が、女の子のものであるという事実は
動かしようもないものでもあった。

そして、7月の中旬。
女の子として生きていくことを余儀なくされた僕は、入院して、手術して
一週間くらい、女の子としての「リハビリ」を続けていた。

そんな僕にも、15回目の誕生日がやってきた。
誕生日のその日、僕は女の子になってから初めて外出を許され、
自分の家に帰って、家族とともに誕生日を祝うことを許された。

母が持ってきた、僕が初めて外で着る女の子の服は、
夏らしい水色のワンピースだった。

「これ、どうやって着るの?」
女の子の生活は、初めてのことばかり。普通のスカートすら、
穿く、ということをしたことがなかった僕には、上と下がつながっている服の
着方など分かるはずもなかった。
病院の中で着られるような・・・女の子用でも、
男物と大して変わらないようなTシャツや短パンしか知らなかった僕には
初めての女の子の服・・・初めてのスカート、初めてのワンピースは
自分が女の子になったことを改めて実感させるものだった。

家に帰って、誕生日を祝う、
と、いっても、家族は両親だけなのだが、
この日ばかりはちょっと違った。
僕が、女の子として生まれ変わり、女の子として社会の中で生きていくために、
幼馴染で、隣の家に住む、香澄さんが僕の誕生日と、そして新しい人生を
お祝いに来てくれたのだった。

「かずくん。大変だったね。あっ、もうかずくんじゃおかしいのか。
とにかく、女の子として生きていくのに、あたしのことを本当のお姉さんだと思ってたよってね。



「香澄さん・・・ありがとう・・・」
僕は、女の子になってから・・・いや、この体が女の子に変化し始めてから
明らかにゆるくなった涙腺から、温かいものを流して、香澄さんの言葉に感動していた。

「それで、これからの和宏の・・・いや、君の名前なんだが・・・」
父が気恥ずかしそうに話し始めた。
「はいっ。」
僕は緊張する。

「紗希。新しい名前は紗希だ。」
大きく半紙に書いた名前を僕にも見せる父。
「今日は、紗希の新しい人生の始まった日ね。」
母も、うれしそうに微笑んでいる。

「紗希・・・今日から・・・お・・・あたしは、紗希・・・」
驚くほどに女の子らしい名前に、僕はとまどう。
ああ、本当に女の子になっちゃったんだな・・・

そう心のそこから思うのもいったい何度目だろうか・・・

誕生日のケーキには、15本のろうそくと、そして、
これから名前を書くように、チョコレートのホイップが用意してあった。
「紗希」と僕は自分で書いた。自分の、これからの名前をはじめて書いた瞬間だった。
まだ慣れない、自分の名前。

ふうっとろうそくの火を消したとき、「紗希」という名前が自分のものだと
不思議に実感した。

女の子らしいのは、体だけでも、服装だけでもなくなった。
名前が「紗希」となったときから、もう僕は和宏じゃない。
下山紗希・・・本当に女の子になってしまったことの違和感はまだ消えない。

僕は自分の部屋に、久しぶりに入った。
女の子になる準備は、入院する前から始まっていたけれども、
まだまだこの部屋は男の子の部屋だった。



「女の子になったらいらないものは全部かたづけようね。」
香澄さんが部屋に入るなりそう言った。
「うん・・・」
ぼくは小さくうなずいたけれど、心の中では納得していなかった。
男として僕が育ってきた、さまざまな証拠を、
女の子になったからといって、捨て去るなんて・・・

でも、香澄さんの言ってることは正しかったのも事実だ。
下着や服のほとんどは女の子になった今、不要なものだし、
漫画や雑誌やCDはともかくとして、
なんというか、この部屋には

「女の子の部屋のふいんきがないんだよねぇ。」
香澄さんが僕のベッドにすわってそう言う。

「そんなこと・・・僕は・・・別に・・・気にしないんだけど・・・」
香澄さんがぼくを、きっ、とにらんで言い返す。
「そりゃ、ベッドも枕も、このままでも寝られるし、勉強する机だって
あのままでもいいけど。でも、あなたは女の子になったんだよ。」

どきっ、と胸が鳴る。
立ち尽くしたままの僕はまだ、自分が「女の子」だと指摘されるたびに
違和感を感じる。そして、ひとつさっき間違いを犯したことに気づいていた。

「まずはこれから剥がそうか。」
香澄さんはベッドの横の壁に張ってあったアイドルのポスターを剥がした。
「あっ、やめて!」

「どうして?女の子の部屋にあったら変だよ。それから、さっき僕って言ったでしょ。」

「はい・・・ごめんなさい・・・」
「ごめんなさいじゃなくて、女の子になって、女の子の輪の中にも入っていかなきゃ
いけないんだよ。紗希ちゃんにはその自覚が足りないなじゃない?」

「自覚、ですか?」
紗希ちゃん、というのが自分のことだと分かるのにもまだほんの少し時間のかかる僕に
女の子としての自覚なんてない。



「そう、これからは、道を歩くときも男の子じゃない。女の子なんだよ。
電車に乗って大股開きでふんぞり返ることも許されないし、常に
男の目線を気にして生きないと、女の子として生きていることにならないでしょ。
あたしが呼ばれたからには、紗希ちゃんをちゃんと女の子にしないと、
紗希ちゃんのお父さんやお母さんにも申し訳ないし。」

女の子としての・・・自覚。
手術の後、毎日のようにいろんな女の人が来て
僕に女の子の心得を何時間も教えていった。

女子トイレでの作法すら知らなかった僕には、覚えることすら大変な数の
女の子として生きるための数々の決まり・・・ルール。
でも、そんなこんなを一言「自覚」と表現されると、
なんだか・・・すっきり頭に入る気がする。

「あたしが女の子である・・・そういう自覚ですか?」
「そう、紗希ちゃんは女の子なんだから、もう男の子じゃないんだから。
ただ女の子のまねをして生きるだけじゃなくて、
女の子として、生きるんだよ。わかる?」

「女の子のまねじゃなくて・・・女の子として・・・」
僕は、なんだかすっきりしたような気がした。
その二つが全然違うことだというのは、なんとなくだけど分かった。

「おかまのお兄さんや女装するおじさんとは、紗希ちゃんは違うの。
だから、あたしが、紗希ちゃんをちゃんと、女の子に育て上げるって、
あたしは紗希ちゃんのお父さんとお母さんに約束したの。
紗希ちゃんの、今日からお姉さんなの。」

「香澄さん、よろしくお願いします。」
熱く語りかける香澄さんに、僕は感動せずにはいられなかった。

初めて聞いたことだった。香澄さんは、隣に住む幼馴染としてだけではなく、
「お姉さん」として、僕を・・・女の子らしくする同世代のお姉さんとして、
お姉さんとなるように。両親からも頼まれていたのだった。



「よろしい、夏休みの間に、女の子として独り立ちできるように頑張ろうね。」
「はいっ。」

香澄さんは、美しくて、かわいくて、小さい頃から僕の憧れだった。
さすがに中学生くらいになると、隣の女の子と遊ぶということは少なくなったけれど、
ずっと、ずっと、憧れだった。

その香澄さんが、今ぼくの「お姉さん」として、僕を女の子として・・・育てるという。
香澄さんみたいになれるのなら・・・女の子も悪くないかも・・・
僕はそう思った。
女の子になって、初めて・・・目標ができたような気がした。

「退院はいつなの?」
「明日の夜、また病院に戻って、たぶん一週間くらいいろんな検査のためにまだ
病院にいてくださいって、いわれてます。」
「ふうん、じゃ、一週間か。それと、明日はどうするの?」
「あしたは・・・夜までうちにいれるから・・・」
「それじゃ、買い物にいこうよ。女の子のものをいろいろとね。」
実は、初めからその予定になっていた。

「はい、実は、お母さんとはそういう予定になってたんです。香澄さんも、きてくれるんですか?」
「うん。行くよ。紗希ちゃんが女の子になれるように、お手伝いするんだ。」

香澄さんの目は輝いていた。
一人の、幼馴染の男の子が突然女の子に生まれ変わって、
その子を自分の妹として育てられるなんて、それは確かに楽しいことに違いないと、
後になって思った。

香澄さんは、僕よりもひとつ年上の女の子だった。
僕と香澄さんが育ったこのあたりは、大企業のエリートや、有名人も住む
ちょっと郊外の住宅街で、二人とも子供のころにここに引っ越してきた。

それは、幼稚園のときのことで、お互い一人っ子の僕たちは
きょうだいのように育ったというのが、正当な評価だと思う。



小学校の高学年くらいになると、さすがにいろんな事情・・・
中学受験のことや、単純に気恥ずかしくなるからという理由で
隣に住んでいても、だんだんに疎遠になっていた。
でも、こんなときに一番に飛んできてくれた・・・うれしかった。

香澄さんは、名門私立女子中学から、受験して、大学までエスカレーターの
K女子高に合格し、今年一年生だった。
あたしは・・・男の子だったころ、大学まで進めるW中学に通っていた。
W中学は、男子校だったから・・・辞めなくてはいけなかったけれど・・・

「地元の中学校に行くの?それはたいへんだ。受験勉強しなきゃいけないんだ・・・」
そう、今年の春まで受験なんて必要なかった僕にとって、それは結構な重荷だった。

「でも、あたしが助けてあげるよ。なんとかなるって。あたしと同じ高校にくる?」
はい、と答えたかった。
でも、高校受験って、そんなにかんたんなものだろうか?
中学受験だって、あんなに頑張ってようやくだったのに
そんなにかんたんなはずがない、ともおもった。

そして、もうひとつ・・・重大な事実があった。
「実は・・・あたしの・・・W高校が、来年から共学になるんです。」
「えっ、それなら、それもいいかもね。」

香澄さんは、ちょっと驚いたようだった。
いま、辞めたばかりの学校に、半年後に、何とかしたら入れるかもしれない。
来年から、男子校だった学校が共学になる。
そのタイミングで僕は・・・女の子になってしまった・・・

それは、何かの運命にも思えた。
もし・・・受験してW高校に入って・・・そしたら、
今までずっと過ごしてきた仲間たちとも再会できる・・・

「まぁ、とにかく、明日は女の子のものを買いに行こうね。それから、
受験勉強もがんばろう。」
香澄さんはそう言って、僕を励ましてくれた。

現実的には、僕の置かれた状況って、かなり厳しいものだとおもう。
女の子になって、学校も変わらなきゃいけなくて、しかも中学3年生で、
僕に起きる大事件にかかわりなく、時間は刻々と流れていくのだから。



「受験勉強かぁ、あたしも去年の今頃から頑張りだしたなぁ。」
香澄さんが少し遠い目をしてそんなことをつぶやく。
「あたし、がんばります。」
そう、この大事件を嘆いても始まらない。
女の子に生まれ変わった僕の、とりあえずの目標、それは
高校受験の突破ということになるだろう。

その意味で、香澄さんの存在は、きっと大きなものになりそうだった。
する必要のなかったはずの高校受験を突破するために、
一年前にそれを経験したお姉さんの存在は、大きいはずだった。

「もう、夏本番だね。夜でもこんなに暑い・・・」
香澄さんは隣の家に住んでいる。玄関を一歩出たところでそんなことをつぶやいた。
いつもより少し長かった梅雨明けが発表されたその日、熱帯夜の空気が
生まれたばかりの女の子の肌にも、じんわりと汗をにじませた。

「それじゃ、明日の朝ね。おやすみなさい。」
「おやすみなさい、かすみさん。」
ぼくは笑顔で手を振り、明日の約束を確認して
香澄さんが隣の家に入るのを見届けると、カギを閉めて
自分の部屋へと駆け上がっていった。

女の子になって、初めて、うれしい気分だった。
憧れの香澄さんが・・・僕のことを妹だって・・・
少し時間がたって、うれしさがこみ上げてくる。
女の子も、わるくない。

まだ、女の子の世界のことを何も知らない、無邪気な少女に、
その日、僕は生まれ変わった。

「男の子のにおいだ・・・」
自分のベッドのふとんやまくらが・・・もはや今の自分のものじゃない。
自分のにおいなのに・・・どうしてだろう、何か違和感を覚えてしまう。

僕って、こんなにおいしてたんだ・・・
他人のにおいならわかるけど、自分のにおいってなかなか分からない。
でも、今僕の鼻に入ってくるのは・・・今の自分のにおいじゃない。

女の子なんだ・・・僕は・・・もう男じゃないんだ・・・
何度も思ったことをまた思いながら、眠りについた。



「おはよう、紗希ちゃん。」

「お・・・おはようございます。かすみさん・・・」
「香澄、でいいよ。今日からは友達にもなろうよ。」

「・・・」
僕の心は揺れる。なんだかとても不思議な感じだった。

女の子になって初めての外出。
一日の始まりは、外出の準備。

初めてのお化粧。でも、まだ僕用のメイク道具はないから
香澄さんの部屋で香澄さんにメイクしてもらった。
ファンデーションから始まって、まつげをマスカラで整えたり
唇にグロスリップを塗って、かわいく顔が変わっていく。

「女の子って、たいへんだね。」
ぼくはいくつもいくつもやることのある女の子の外出前の準備を
一通り、香澄さんの力を借りてやってみた。

「かわいい・・・」
自分の顔が、確かに変わっていく。女の子って、すごい、と思った。
少女・・・というよりも15歳とは思えないほど、
すっぴんのままだとただの子供にしか見えなかった僕は
ほんのすこし、目をはっきりさせて、肌の色を大人っぽく見せただけで
カラダは小さくても、ギャルになってしまったかのように変身した。
香澄さんは、まるでお人形ででも遊ぶかのように僕をあっというまに
子供から小柄なギャルに変身させていく。
ショートカットの髪も、ちょっとリボンを結んだだけで全然かわって見えるし、
ひまわりの柄のプリントされたひざ上までのスカートを借りて
ビーズで文字が書かれたピンク色のTシャツの上に
袖のないカーディガンみたいなのを着せられた。

「かわいい・・・」
一時間近くもかかっただろうか。そのあいだ僕は何度この言葉を口にしたかわからない。
魔法のように変わっていく自分が信じられなかった。

「さぁ、行こうか。」
実は、今日はやることがたくさんある。
お金はうちのお母さんからもらってある。
女の子としての生活を始めるための準備。お金はすごくかかるはずだけど
それはどうやら心配ないようなのだ。

夏の日差しがふりそそぐ街にでて、女の子のものをたくさん買った。
今日だけじゃ買いきれないくらい。服だって、最低限必要な数すらまだ足りないし・・・

そして、その日から僕はお化粧や、服装や、アクセサリーで
自分を飾るということを覚えた。

「かわいい!」
香澄さんは自分の好みのショップに入っては
僕を着せ替え人形のようにいろいろ試して、何度も何度もかわいい、と褒めてくれる。



そして、それは僕の目にもその通りだった。
女の子の、楽しみ。初めて覚えた、自分をかわいく見せるための努力。

男だった僕の価値観で、かわいい女の子になること・・・
それって、とても楽しいことだと、気づいてしまった。

「今日は忙しくて髪の毛まで気が回らないね。」
お昼ごはんはファミレスだった。午前中だけじゃもちろん足りない。
一日、香澄さんは僕の買い物を手伝ってくれた。
僕の女の子としての身の回りのものを、いっぱい、いっぱい。

「たくさん買っちゃったね。」
帰りの電車の中で、両手に抱え切れないほどの荷物を持った
二人の少女は・・・疲れているはずなのに疲れを感じていなかった。
すくなくとも、僕はこの一日が地元の駅について、
そして僕のうちに・・・もし香澄さんを家まで送ってもそこから10秒で・・・
終わってしまうのがとってもいやだった。

駅に着くと、ゆっくり歩きながら、僕は思い出話を始めた。
「かすみさん・・・思いだした。」
「なぁに?」
「むかし・・・むかしから香澄さんはお人形で遊ぶのが大好きだったよね。
じつは・・・香澄さんのあのお人形たち、すごくかわいかったのを
ぼく・・・あたし・・・覚えてる。あのころ・・・本当はかすみさんと
お人形で遊びたかったんだ。」
かすみさんは、少し驚いたような笑顔で
「へー、そうだったの。あたしは・・・かずくん・・・じゃないあなたが
あたしのお人形遊びに付き合ってくれないの、すごく淋しかったんだよ。」

「あ、あのころは・・・男の子がそんなことするなんて・・・恥ずかしくて・・・
それに、女の子と遊ぶのも・・・香澄さんと遊ぶのも、恥ずかしくて・・・」
「じゃあ、今はもう恥ずかしくないの?」

「お人形遊びが?」
「ぷっ・・・ちがうよ。あたしと一緒にこうして、一日過ごしたことがだよ。」

「えっ?それは、男の子でも、今は恥ずかしくないよ。かすみさんと一緒なら・・・」
「そうじゃなくて・・・女の子と一緒に遊ぶのも恥ずかしかったのに、
お人形で遊ぶのも恥ずかしかったのに、今日は自分のための
スカートとか、ヘアバンドとか、ファンデーションとか・・・いっぱい買ったでしょ?」

「う・・・うん・・・一人じゃムリだったかも。」
「じゃあ、紗希ちゃんはあたしのあたらしいお人形かな?」
どきっ・・・とする笑顔でさらっと、どきっ、とすることを香澄さんが口走る。


「お人形?」
「こんなかわいいお人形なら、あたし、ずっと大切にするんだけどな?」

さらに僕はどきっ、とする。
「あた・・・あたし・・・そんな・・・」
「ばか、なに想像してんの?」

かぁ、っと僕の顔が赤くなる。

「女の子になって、いろんなことを教えてあげるよ。いっぱいね。」
香澄さんのいったことは、すごくいやらしくも聞こえたし、
すごく温かくも聞こえた。

憧れの香澄さんの・・・お人形になるのなら・・・
女の子も悪くないかも、ってそう思ってしまう。

「さぁ、帰ったら女の子の部屋作りだよ。」
「えっ?今日これから?」

「そうだよ。急がないと、女の子として生きていくのは大変なんだから。
勉強もしなきゃいけないし、あなたは忙しいんだよ。」

「でも、これから・・・あたし・・・病院に帰らなきゃ・・・」
「夜でもいいんでしょ?まだ2時間くらい大丈夫。」
「えっ・・・?うん・・・」
強引な香澄さんだったけれど、僕はうれしかった。
あと2時間は香澄さんと一緒にいられる。
もうすこしいろんな検査をしたら、僕は退院できる。
そしたら・・・本当の女の子の生活が始まるんだ。

まだ女の子の体に慣れてない僕にとっては、
一日歩き回っただけでもかなり大変なことだった。
かなり疲れて・・・でも心地よい疲れだった。

女の子になって、一番明るくて、甘い気持ちになることができた日曜日。
「女の子って、わるくないかも・・・」
僕の部屋を、ほんの少しだけ改造した。女の子の部屋に・・・
香澄さんが持ってきてくれた枕カバーから・・・かすかに香澄さんの香りがした。
これからの女の子の生活に、僕は始めて期待を抱いた。
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