冬の寒さも幾分か和らぎ、春の訪れを感じるようになってきた二月下旬のある朝。
いつもならばとっくに都心行きの満員電車に乗り込んでいる時間だが、今日の俺は外どころか、自分のいるこの部屋からさえ出たくない気持ちでいっぱいだった。
さっきからノックの音が聞こえてくるが、ドアを開ける気になれない。
「はぁ……」
何度目になるか分からない溜め息をついて鏡を見やると、俺を憂鬱にしている元凶が目に飛び込んでくる。
紺色のブレザーと胸元にあしらわれた赤いリボン、そしてひざ上までのチェックのスカート……
妻子持ちの中年男が着るには大いに問題のある服装だが、俺に女装趣味はないし、だいいち一番の問題はそこではない
鏡に写る自分の姿が見るに耐えぬ女装中年男性などではなく、県内でも可愛いと評判の高校制服を違和感なく着こなせている、華奢で可憐な美少女であるということ、それこそが最大の問題なのだ。
「どうしてこんなことに……」
以前の自分のものとは似ても似つかぬ高く甘い響きの声でひとりごち、俺はこの馬鹿げた事態を引き起こした自分自身を恨むのだった。


俺の名前は大塚雄輝、そこそこ名の知られた製薬会社の主任研究員として、ここ数日は新薬開発に向けた実験漬けの毎日を過ごしている。
妻と一人娘に会えないのは寂しいが、これも二人の生活を守るためには仕方あるまい。そう思って気合を入れなおし、今日も徹夜で作業を続けていたのだが……
(眠い……)
ドリンク剤でどうにかごまかしていた眠気が抗えぬほどに強くなり、瞼が重みを増す。
さすがにここまでにしておこう、と試薬の数々をまとめて片付けに入ったそのときだった。
(うおっ?!)
急な眠気の波を受けて体の力が抜け、あろうことか手にしていた試薬の詰められた箱を取り落としてしまう。
「パリンッ」と試験管の割れる音、内容物が入り混じって俺に降りかかる。そして次の瞬間、焼け付くような痛みが全身を襲った。
「ぐぅ……っ、がぁぁぁあああ!!!」
骨が音をたてて軋み、体中の内臓がのた打ち回っているかのような激痛。
呼吸するたびに肺が炎に焼かれ、血液が内側から身体を食い破らんばかりの勢いで駆け巡る。
そのあまりの苦しみに視界が霞み、意識もだんだんと遠のいていく。
「沙耶香……、詩織……っ」
床に倒れ伏し、最愛の妻と娘の名をうわ言のように呟くと、それっきり俺は気を失ってしまった。



ここは……)
目覚めた俺の目に映ったのは、見覚えのある天井……研究室の隣に設けられた宿直室のものだ。
どうやらあのあと誰かが運んでくれたらしく、俺はベッドの上に横たえられていた。
とりあえず命は助かったのかと一安心していると、
「おおっ、目を覚ましたみたいだな。」
声と共にこちらを覗き込む男の姿が視界の横から現れる、同期で学生時代からの親友の沢城だ。
恐らくこいつが倒れた俺を見つけてくれたのだろう。壁時計の指している時間はまだ出社時間には早すぎるし、恐らくこいつも泊り込みだったのだろうな。
「ああ、すまんな沢城。お前のおかげで助かっ……た?」
返事した途端に違和感を覚えた。
低くて渋いと妻に褒められ秘かに自慢にしていた自分の声が、まるで変声期以前のように……いやそれよりも高く、澄んだものになっていたのだ。
口をパクパクさせて沢城の顔を見つめると、奴はボリボリと頭を掻きながら言った。
「あ〜、その様子じゃあ気づいてないみたいだな。起き上がって自分の体を見てみろ。」
「はぁ?何を言って…」
そう言いかけたところで信じられないものが目に飛び込んできた。
掛け布団を取り除こうとした俺の両手が、まるで子供のそれのように小さく滑らかなものとなっていたのだ。
あわてて跳ね起き手を持ち上げると、やけにぶかぶかする衣服に包まれた腕も、ジム通いで未だに衰え知らずの筋肉がすっかり削げ落ちてしまっている。
「まさか若返ったなんてことでは……っ!?」
自分の考えを否定したくて助けを求めるように目の前の男に問いかけると、
「それだけじゃあ、ないんだよなぁ……」
奴はかぶりを振ってそう答え、さらに目線で俺の顔より下を指し示した。
猛烈に嫌な予感がするが、現状を確認する他はない。意を決して顔を下に向けると、だぼだぼになった上着を僅かに押し上げる二つの膨らみがそこに存在していた。
小さくなった両手でそこに触れる。掌から伝わる柔らかな感触と同時に、俺の胸からも触れられているという確かな感触が脳に送られてくる。
そんな状態で呆然としていた俺を気まずそうな目で見つめていた沢城が、無言で背中に隠していたらしい手鏡を差し出す。
二重のぱっちりとした瞳に困ったようにたれ気味の眉、ふっくらと瑞々しい唇と、上品にちょこんと乗っている鼻。
年のころは娘の詩織よりもやや幼いくらいか、“お人形のような”と言う言葉がぴったりあてはまる、黒髪の可憐な少女の顔がそこにあった。
「つまり、そういうことだ。」
鏡の中に映し出されたあんまりな現実を受け入れられず、最後の確認とばかりに股間へ手を伸ばしたところで、俺の思考は停止した。



「で、どうして実験室でなく所長室に連れて行かれなければならないんだ?頼むからすぐに元に戻る薬を作らせてくれ。」
「もうすぐ出社時間だろうが、そんな時に他の職員に見つかったらどうする?社の機密施設に見知らぬ女の子がいるなんて大問題だろ。」
「なら事情を説明すれば良いじゃないかっ!」
「それもダメだ。性転換に若返りの薬なんてやばい薬、知らない人間が多いに越したことはない。まずどうすれば良いか、所長の判断を仰がないとな。」
そんなわけで放心状態から立ち直った俺は今、所長室のドアの前にいる。

最初は意地でも実験室に戻ろうとしたが、抵抗むなしく沢城に腕を引かれて強制連行とあいなったわけだ。
もとの体であれば力勝負でこいつに負けるはずがない。身長でも10cm以上俺のほうが上回っていたのに、今では奴のほうが頭一つ分も大きい。
恨めしげな顔で睨み上げる俺を無視するどころか、何故か微笑ましげな表情で見下ろしながら、沢城はドアをノックする。
「失礼します、所長。先ほど連絡差し上げました用件で相談が……」
「うん、入ってくれ。」
室内からの返答に従って二人で部屋に入ると、興味深げな視線が俺に向けられた。
「ほほぅ、君があの大塚君か?なるほど面白……いや、これは大変な事態だ!」
内心がだだ漏れですよ、所長。
「仰るとおり大変な事態なんです、一刻も早くもとの体に戻るために研究室へと戻らせていただきたいのですが。」
「いやいや、そういうわけにもいくまい。沢城君が言ったかもしれんが、この大発見をあまり多くの人間に知られたくはないんだよ。
 こちらで信用のおける人材を集めてチームを作るから、どうか任せてくれないかね?」
「自宅待機ということでしょうか?」

自分の手でなんとかできないのはなんとも歯痒いが、沢城をはじめウチには俺より優秀な研究者がたくさんいる。
この所長の提案としては意外なほどに普通の案だし、ここは素直に引き下がるか。
最近ろくに家族とも触れ合ってはいないし、いい機会だろう……こんな姿で妻や娘に会うのはこの上なく恥ずかしいけれども。
だが所長の考えは、俺の予想の斜め上を行くものであった。



「それじゃあつまらな……いや、サンプルを採るのに手間だし、ご家族に余計な不安を与えてしまうだろう?
 ご家族には急な海外出張に行ってもらうと連絡しとくから、君にはウチが出資している虎州薬科大付属高に通いながら治療を受けてもらおう。
 ああ沢城君、君の親戚ということで経過観察と保護者役を引き受けてはもらえんかね?
 君の奥さんは以前ウチで働いてたし、大塚君のご学友でもあるのだろう?そのうえご近所さんだ。きっと理解が得られると思うんだが……」
「ダメですよ、虎州付属といったら娘が通っている高校じゃないですか!
 それに、こんな姿で由美さんに会ったらなんて言われるか……
 沢城っ、お前も断って『了解しました』おいっ!!」

そんなわけで当人の意見などまったく聞かぬまま、俺は女子高校生としての生活を余儀なくされたのである。



「優希ちゃ〜ん、もういい加減準備できたでしょう?」
いつまでたっても出てこない俺に痺れを切らしたのか、客間の扉を開けて由美さんが入ろうとしてくる。
あわてて扉を押さえつけようとするがもう遅い。
研究員には似合わないとまで言われた巨躯からうって変わり、昨日測ってみたら150cmにも満たなかったこの華奢な体では、女性とはいえ恰幅の良い彼女の侵入を阻むことなどできない。
ちなみに優希とは本来の俺の名前を女の子が使ってもおかしくないように変えたものだ。読みは変わっていないので違和感はないのだが、後ろにちゃん付けするのはどうかやめてほしい。
「何よ、結局制服着てるんじゃない。その歳で高校生活なんて大変でしょうけど、これは治療の一環なんですからね
 ……って、まぁ!似合ってるじゃないの、とっても可愛いわ!!」
「な……っ!?」
「清楚で良い感じよ。有希ちゃんは小柄で顔も幼い感じだから、この辺の制服だと市立第三中のセーラー服なんて似合いそうだったけど、
手足がすらっと長いからかしら……これはこれでいいわね。」
「こ、高校に行くのだって恥ずかしいのに中学校の制服など着られるか!第一これは治療の一環でっ」
「はいはい、分かってますって。今日は早めに行って職員室に寄るんでしょう、グズグズしてたから時間ないわよ?」
そうだった!時計を見ると時刻は七時四十分、徒歩圏内とはいえ早めに到着することを考えると危ない時間だ。
「仕方ない、こうなれば覚悟を決めて行くしかないか。」
自分を鼓舞して鞄を手に取る。初日ということで授業に使うもの全てを満載した鞄は非力なこの腕には重すぎ、一歩ごとに振り回されてしまう。
これは初っ端から心が折れそうだ……



玄関の戸を空けて一歩踏み出すと、暖かくなってきたとはいえ未だ冬の冷たさを残した空気が体を震わせる……と、言うよりこれは
「むぅ、下半身がすーすーして寒いし落ち着かん。冬だというのに脚を露出させる格好を制服に指定するなど、どうかしている。」
「慣れよ、慣れ。ほら、お弁当忘れてるわよ。」
そんな独り言に応えて、由美子さんが弁当箱を手渡してくれた。ありがたいのだが、なんとも可愛らしい大きさとデザインだことで。
「それにしても……やっぱりこのスカートは短すぎないか?正直その、めくれたりしやしないかと不安でたまらないんだが。」
あまりに頼りなく落ち着かないものだから、無意識のうちに内股になって太ももを擦り合わせてしまう。
「それも慣れよ。大丈夫、今時の娘ならそれくらい普通だって。
 あんまり短いと下品だけど、優希ちゃんはせっかく綺麗な脚をしてるんだもの、出さなきゃもったいないわ。」
「いや、そういう問題じゃぁ『由美おばさん、おはようございます!』って、し……詩織!?」
門扉の外から声をかけてきた少女は……間違いようがない、一人娘の詩織だ!

「あら詩織ちゃんおはよう、今日も元気ねぇ。」
暢気に挨拶してる場合じゃないだろう、由美さん!
「あれ、おばさんその娘だれ?見かけない顔だけど……」
ほら、早速!
(「大丈夫よ、詩織ちゃんは今の貴方のこと何も知らないんだから」)
「この娘はねぇ、旦那の親戚の優希ちゃん。わけあってウチで暮らすことになってね、今日から虎州付属に通うことになったのよ。」
「転校生!?私は大塚詩織、この近所に住んでるの。おばさん達とはお父さんが友達だからよくしてもらっているわ、宜しくね。」
そう言ってにっこりと微笑む詩織。その笑顔を見ていると、なんだか居た堪れない気持ちになってくる。
「ほら、優希ちゃんも挨拶したらどう?」
そんな俺の気も知らずに由美さんが促す。まあ、無視することも出来ないし仕方がない。
「さ、沢城優希……っ。その……宜しく」
詩織の無垢な微笑みを直視できず、そっぽを向いてぶっきらぼうに応えることしかできなかった。
印象を悪くしただろうかと心配になり、ちらちらと様子を伺うと、何故か彼女は目をキラキラさせて俺のことを見つめていた。
「恥ずかしがりやさんなのかな、でもなんか可愛いっ!ねえ、沢城さんって何年生?」
む、娘に可愛いなどと言われようとは……それにしても、はて何年生との設定だったか。
俺が思い出せずに答えに窮していると、由美さんが助け舟を出してくれた。
「詩織ちゃんと同じ2年生よ。」
「えっ……てっきり年下かと思っちゃった。こめんなさい、気を悪くしないでね?」
ぐぬぅ……しかし娘と同じ学年とはどうにも嫌な予感がするが、
「詩織ちゃん、悪いけどこの娘を学校まで連れて行ってくれないかしら?越してきたばかりだから、ちょっと心配でねぇ。」
にやにやしながらこんなことをのたまった由美さんのせいで、そんな予感もすっとんだ。
大きなお世話だ、学校までの道のりなど知り尽くしている。こっちはボロが出ないように必死だってのに……でも、
「はいっ、任せてください。優希ちゃん、行こっ!」
この娘はいい子だから、断ったりはしないよなぁ。と言うか、いつの間にか名前呼びに……
なんとなく嬉しくなって油断しているうちに、手をとられてしまった。
(もとの)俺に似て長身の詩織の手は、小さな俺の手をすっぽりと覆ってしまっている。
突然の詩織の行いに対する驚きや、親子の体格差の逆転に対する戸惑いのために、思わず間抜けな声が上がってしまう。
「わっ、わわ……っ」
「ふふっ、優希ちゃんって本当に恥ずかしがりやさんなんだね。
それにしても同級生かぁ……同じクラスになれるといいねっ!」
……それだけは勘弁してくれ。





「……ということで、今日からこのクラスに転入することになりました沢城優希さんです。」
(あのお気楽所長っ、仕組んだな!)
自分よりも一回りも年下の担任の紹介を受けて教室に入り、教壇の上に立った俺を拍手で迎える40人の生徒たち。
その中に見知った一人を発見して、頭を抱えそうになる。
(「やっほー、優希ちゃんっ♪」)
頼むから手を振ったりなんかしないでくれ、ほら余計に目立ってしまったじゃないか!
(「大塚さんの知り合い?」「ちっさ〜い、お人形さんみたい。」「やばい、俺の好みだ…」
「この時期に転入なんて珍しいな、わけあり?」「ロリ もえ」)
こちらを見つめる視線の濃度が一気に上がった気がして、思わずたじろいでしまう。
こんな子供たち相手に俯いて黙り込んでしまう自分が情けないが、かろうじて「宜しくお願いします」とだけ声を絞り出してお辞儀をする。
「沢城の席は……後ろに用意したんだが、やっぱり前のほうが良いだろうな。逢沢、すまんが代わってやってくれ。」
「分かりました。」
教師に従って一人の少年が立ち上がる。以前の俺くらいとは言わないが、なかなかの体格の持ち主だ。
近づくと痛くなりそうなほどに首を曲げなければ目をあわせられないのがちょっと悔しいが、
わざわざ退かせてしまったのだ、礼は言っておかねばなるまい。
「ごめんなさい」
「いや、別に……」
……?そっぽを向かれてしまった。なんだ、無愛想なやつだ。



「ねえねえ、どこに住んでるの?この辺?」
「大塚さんの家の近所、親戚のおじさんの家にお邪魔させてもらってる。」
「詩織とはもう知り合いなんだね?なんか手振ってたけど。」
「今朝たまたま家の前で会って……それで道案内してもらっただけだよ。」
「なんで照れる?まぁ可愛いんだけどさ……ねぇ、身長何cm?」
「ぐっ……ヒャクヨンジュウロクダガナニカ?」
「ちょっと抱っこさせてもらってもいいかなっ!?」
「断固断る!」

……はぁ、さっきから休み時間のたびにこの調子だ。
女性に囲まれて話題を独り占めなんて本来なら嬉しい状況だが、相手は娘と同い年の子供たちだし、このままではいつかボロが出てしまう。
一人称を「私」に変えるのは仕事場と同じと考えれば容易いことだが、口調までは変えられずに堅苦しさが抜けない。
それでも「ギャップがあって面白い」と概ね好評だったのがせめてもの救いか……

「趣味は?好きな歌手とかいる?」
「野球観戦と将棋を少々、Simon&Garfunkelの歌ならそらで歌えるぞ。」
「……へぇ、なんか渋いね?」
「あっ……う、うん。父の影響で……」
「じゃあさっ、好みのタイプとかはっ!?」

むぅ、危なくなってきたぞ。口調はなんとかなったが、若い娘たちの話題となるとどうしようもない。
会社の女の子たちの会話ですらついていけないんだ、俺に女子高生の相手なんて務まるわけがないだろう!?
流行りの男性像なんて知るはずもないし、だいいち男の俺に野郎の好みもなにもあったものか……っ

「ほらほら、優希ちゃんが困ってるじゃない。それくらいにしてあげたら?」
「しお……お、大塚さんっ」
答えられずに黙り込んでしまっていると、横から割り込んできた詩織が助けてくれた。
こらっ、肩を抱くんじゃあない!みんなが好奇の目で見てるだろうが!
それに娘とはいえ、そう密着されるとだな……その、当たるものがだなぁ
「それより優希ちゃん、もし良かったら昼休みに校内を見て回らない?
 うちの学校けっこう広いから、いろいろ案内してあげるよ。」
「ごめん、せっかくだけど昼は無理だ。ちょっと用事があるから……」
用事というのは当然この身体の検査だ。うちの会社が出資している薬科大の付属高なだけあって、
ここにはスポーツ医学関係の研究施設などもあり、そこに例の薬の研究チームが来ているらしい。
ここの養護教諭も一時的にチームの一員に替えられているとかで、昼のうちに保健室で簡単なサンプルの採取をするように言われているのだ。
「ははっ、詩織ったらふられてやんのっ!」
「うぅ、残念っ。優希ちゃんったら冷た〜い、嫌われちゃったかな?」
「ち、ちが……っ!本当に用事があって仕方ないんだ!
 そんな……大塚さんのことを嫌ってるとか、そんなことあるわけないだろう!」
むこうはからかったつもりなんだろうが、娘にそんなことを言われると否定するのにも力が入ってしまう。
まいったな、皆ポカンとした表情を浮かべているぞ。詩織もきっと答えに困って……なぜそこで赤くなる。
「あはは……なんか照れちゃうなぁ。ねぇ、優希ちゃんも私のこと詩織って呼んでよ。
 大塚さんなんて他人行儀な呼びかたしないでさ」
「ああ、ええと……それじゃあ詩織、で。」
普段呼び慣れている娘の名前、やはりこちらのほうがしっくりくるのだが……そう見つめられると照れるなぁ。
「なによ〜二人して赤くなっちゃって、ラブラブ?私たちも混ぜてよぅ」
「そんなんじゃないっ!ほら授業が始まるぞ、席につきなさい。」
「つれないなぁ、もうっ……これってツンデレ?」
「ツン……?なんだそりゃ」



昼休み、勝手に机をくっつけてきた詩織とその友人たちのお喋りに翻弄されつつ弁当をたいらげると、俺は足早に保健室へと向かった。
ここに関係者がいるはず。とりあえはずノックして入ってみるか
「失礼します、2-Bの沢城ですが…って『遅いじゃないの雄輝おじさんっ!』郁美ちゃん、どうしてここにっ!?」
いや、言わずとも分かる。あの所長、まさかこの子を送り込んでくるとは……
椅子に座って待ち受けている白衣の女性の名は沢城郁美、沢城と由美さんの娘である。
晩婚の大塚家と違って二人はスピード結婚だったので、彼女も詩織とは七つ差だ。
両親の影響か、虎州薬科で学んだ彼女は一昨年うちに入社して研究員職に就いていたのだが、
「できるだけ身内だけで人を集めたからこうなっちゃったのよ、びっくりした?」
「ああ、それはもう。まったく、教えてくれても良かっただろうに……」
ジト目で見つめてやりながら、彼女が手で指したベッドの上に座る。
「ごめんなさい、ほんの冗談よ。可愛いお顔で驚くところが見たくてつい♪」
むぅ、謝る気はなしか。こちらを見つめる彼女の目は、いたずら成功とばかりに細められている。
「それにしても、改めて見ても可愛くなっちゃったわねぇ……優希ちゃんって呼んでもいいかしら?
 ふふっ、制服姿も似合ってるわよ♪朝はこっちの準備で会えなかったから、楽しみにしてたの。」
「こらこら、からかうんじゃあない。俺が授業を受けてる間にも、研究は続いてるんだろう?成果を教えてくれよ。
 それに早いところ、サンプルの採取とやらも済ませてもらわないと……」
昼休みもそこまで長くはない。いくらなんでも初日に遅刻しては目立ってしまうだろう。
「そうだった!なんかその姿のおじさん見てると、つい可愛くてからかいたくなっちゃって……」
おいおい、こっちはなんだか由美さんと話してる気分で調子が狂ってしまうんだが……親子ってのはやっぱり似るものなんだな。
「結論から言うと、今のところは殆ど成果ゼロ。僅かに残った薬でマウス実験をして分かったのは、
 ・雄のマウスを完全な雌のマウスに変えてしまう
 ・その際、高齢のマウスを中心に肉体年齢が退行する現象が見られる場合がある
 ・雌のマウスに使った場合は効果が小さく、不完全な変態に留まる
 これだけで、変化の仕組みだとかそういった事はまだサッパリ。
 当面の方針としては、あの日おじさんが作った試薬の数々をもっと分析して、
 どれとどれを組み合わせるとどんな効果が出るのかを総当たりで調べるしかないみたい。」
ふむ……何から何まで謎だらけな状態では仕方がない、か。
「でもこれでも状況はかなりマシよ。おじさん、没になった薬についても物凄く詳細なレポートを残してくれてたでしょ?
 あれのおかげで作業はかなり捗ってるの。所長も一ヶ月あればある程度の成果は出せるって言ってたわ。」
一ヶ月か、長いと見るか短いと見るか……それにしても自分でも使わんだろうと思っていた報告書が助けになっているとは、真面目に働いておくものだな。
「そうか、皆頑張ってくれているみたいだな。ありがとう、なんだか希望が見えてきたよ。」
精一杯の感謝の気持ちを込めて告げると、彼女は突然すっくと立ち上がった。
手を白衣のポケットに突っ込んだりなんかして、顔も落ち着かなげだし紅潮している……柄にもなく照れているのか?
「そ、そう……それじゃあ希望が見えてきたところで、おじさんにも研究に協力してもらおうかなっ!?」
「へ……?」



ぶわっ、と身体が浮かんだと思ったら、次の瞬間背中からベッドに着地する。
驚いて瞑ってしまった瞼を開くと、目の前にどアップになった郁美の顔があった。
どうやら今俺は、寝ころがされた上で両腕をつかまれ、彼女にのしかかられているらしい。
「なっ、何をするんだいきなり!」
抗議しながら彼女の手を振りほどこうともがくが、脱出するどころか逆に完全に力で押し負け、ばんざいの姿勢をとらされてしまう。
「なにってサンプルの採取に決まってるじゃない。肉体年齢とかを調べるんなら髪の毛とかでも良いみたいだけど、
 男性から女性へどう変わってるのかとか、どれだけ完全に変化しているのかを調べるには、
 やっぱり男女で一番差の出るところからサンプルを採らないとね?」
言われたことの意味が分かると同時に、腕によりいっそうの力を込めるがびくともしない。
郁美だって普通の女の子のはずなのに……それだけこの身体が非力すぎるのか。
「気はすすまないけど、時間もないし……悪いけどおじさん、少し我慢してね。」
そう言うと彼女は片手で俺をしっかりと拘束しながら、もう片方の手でポケットから何かを取り出した。
香水の瓶?いや違う、あれは……っ!

シュッ

瞬間、強制的に俺の抵抗が止んでしまう。その他の部分の感覚はまったく正常なのに、四肢に力が入らないのだ。
「うわ〜っ!おじさんの作ったこの薬って、やっぱり凄い。
 効果時間は短いけど、警察にだけしか売られていないってだけあるわね……さて、今のうちに♪」
ガチャリ、と両手に何かをはめられる。手錠か……こんなものまで用意していたとは。
「それじゃあ早速始めちゃうね?」
言うが早いかスカートに伸ばされた手がファスナーを下ろす。
抵抗する力を失った脚からスルスルと容易くチェックの布は除けられ、それが本来隠すはずだった下着を露出させる。
「ワンポイントのプリントが可愛いね♪おじさんってこういうのが好きなの?」
「ち、ちがっ……由美さんが買ってきてくれたのを着てるだけだ!」
一番安くて飾りっけのないものをと注文したのに、彼女が選んだのはどれもフリルや何やらのついた派手なものばかり。
こんなものを履いているだけで変態になったような感覚を覚えるのに、ましてそれを人に見られるなんて恥辱の極みだ。
しかし、俺にとって幸か不幸か郁美はどうやら下着にはたいして興味がないらしい。
「へ〜っ、どうだか。それじゃあこれもどかしてっと……」
あまりにあっけなく下着はずり下ろされ、最も隠すべき場所が彼女の目に触れる。

「生えてないんだぁ♪特殊な変身をしたからなのか、単に未発達なだけだからか……
 ん〜、性器のほうは良く見えないなぁ……よしっ、よっこらせっと!」
掛け声と共に両足を持ち上げられ、開脚させられてしまった。あまりに屈辱的な姿勢をとらされ、たまらず抗議の声が上がる。
「おいっ、いい加減やめてくれよ!恥ずかしくないのかっ!?」
「え?私は気にしてないけど……感覚的には女の子同士だし。
 そりゃおじさんは恥ずかしいでしょうけど、どうしても必要な作業なのよ。
 なら知らない男の研究員にあそこを見られるより、私がやったほうがまだマシでしょう?」
そんなわけがあるかっ、今の俺の格好ときたらまるでオムツを替えてもらっているみたいじゃないか!
そんな格好でむき出しになった秘所を、赤ん坊の頃から知っている女の子に覗き込まれているだなんて……こんなのって
「おじさんの……いえ、優希ちゃんのココとっても綺麗。ちっちゃくて、外はツルツル、中はきれいなピンク色。
 それに……あはっ、やっぱりちゃんと膜があるんだね。」
一切の抵抗すら許されない状況で、自分でもまだ確かめていないようなところを凝視されている。
純粋でありながら無慈悲な感想の一言一言に、俺の男としての、年長者としての矜持が傷つけられていくのが感じられた。
羞恥・屈辱・恐怖、そういった感情が頭のなかで綯い交ぜになって……



「あれ……おじさん、もしかして泣いてる?」
「っく、そんなわけ……っ!」
あわてて否定しようとして、目尻に水滴が付着しているのを感じる。
まさか本当に泣いてしまっているのか?辱めを受けたからとはいえ、俺は年下の女の子に泣かされてしまったのだろうか……
そんなはずはない!きっとこの身体が異常に涙脆いのが原因なんだっ……こんな身体っ!
「ごめんね、すぐに終わらせるから……」

つつ〜っ

〜〜〜っ!?
不意に下半身を襲った奇妙な感覚に、埋没しかけていた意識を強制的に呼び起こされる。
はっとして郁美のほうを見ると、手に何かを持っている。あれは綿棒か?
「大人しくしてればすぐに終わるからね?これでちょっとあそこを擦って、細胞を採取するだけだから。」
「無理っ、むりむりむりだ無理!だってそれを中に……い、いれるんだろ?
駄目だろう、こんなに小さいのにっ。もしかしたら破けるかも知れんだろ!」
「おじさんったら、それでも一児の父親?大丈夫よ、今回はそんなに深いところまでは入れないから。
 だいいち破けるって、もし奥まで調べるとしても、綿棒くらいならもとから空いてる穴で充分通せるわよ。」
もちろんそれくらいのことは知ってる、俺が本当に恐れているのは……
「もうっ、これじゃあいつまでたっても終わらないじゃない!いやって言ってもやっちゃうからっ
 ふふっ……もしかしたら案外気持ちいいかもしれないわよ?」

つつ……っ

っく!?綿棒の頭が俺の秘所の入り口をノックするかのように触れた瞬間、そこを中心として背筋と太ももにゾクっとするような刺激が伝わってくる。
これだ……この未知の感覚。男として生を受けて今日に至るまで、こんな刺激を感じたことはなかった。
俺はきっと、これを知るのが怖いのだ。これを知ってしまったらきっと……

つぷ……っ

(んうぅっ!?)
は、入ってきた!初めての体験だが、はっきりと「何かが押し込まれている」のが理解できる。
例えるなら、耳かきを挿入した時の感覚に近いものなのであろうが、より柔軟で敏感な膣壁は、その上を這い進む綿棒の大きさ・形状までをダイレクトに伝えてくるかのようだ。
しかし、今のところは強烈な異物感以外にはこれといって異常はない。
これならよっぽど、入り口付近で感じた刺激のほうが危険なもののように思え……
「できるだけ優しくしてあげたいんだけど、これでちゃんと採れてるのかな?
 ……あっ、こっちの方が良いかもっ。」
それまで押し付けられるばかりだった綿棒の先が、反転して天井部分にあてがわれ、擦るよな動きを始めた。
「〜〜っ!!」
なんだこれっ!身体の中から押し広げられる圧迫感と共に、郁美の手の動きに合わせて全身に突き抜けるような刺激の波が全身を襲う。
入り口で感じた刺激が静電気だとしたら、今度のはまさに電流だ! あぁっ、また擦れて……っ!
「っ!?んぁぅっ!!」
「ごめんなさいっ、刺激が強すぎたかしら?」
「んなっ、何を言ってるんだ!?むしろ痛いくらいだ!」
「へ……?だから痛かったんじゃないかって聞こうと思ってたんだけど。
あのぅ……もしかしておじさん、感じちゃってたり?」
確かめるように郁美がコチョコチョと綿棒を動かすと、膣壁が引っかかれるのにあわせてなんとも甘く切ない疼きが巻き起こる。
思わず腰が引けそうになるが、郁美にそれを見咎められたくないのと、男の俺がこの身体で快感を覚えているのを否定したい気持ちとで必死にそれを押し止める。
「そ、そんなわけないだろう!馬鹿馬鹿しいっ、これはただの医療行為であってだな……あぅっ!?
 もういいから、さっさと終わりにしてくれよ。」
「はいはい、分かってますって……これで終わりよ。」

すぅ……っ

「ん……っ」
股間にピリッとした小さな痺れを残して綿棒が引き抜かれる。



「今日はこれを分析するのに大忙しだろうから、放課後は自由にしてて良いって。
 まあ、私の見る限りは検査なんてするまでもなく完全な女の子に変わってるみたいだったけどねぇ……」
そう言いながら郁美がこれまで俺の秘唇を抉じ開けていた左手を近づけてくる。
っ!?これって、まさか……
「そう、“優希ちゃん”のいやらしいおつゆ……
気づいてた?ここもヒクヒク動いているんだよ。」
秘所の入り口をつん、とつつかれる……かすかに湿ったような音が聞こえ、恥辱に頬が染まった。
「も、もうやめてくれ……作業は終わったんだろう?」
これ以上続けられたら本当にもう、おかしくなってしまう……
「まあまあ、せっかく女の子になったんだしさ。何事も楽しんでみなよ。
 男の人じゃ体験できないことをいろいろ……例えば、Hなこととか♪」

「っふ……ぁ!」
秘所の裂け目をなぞるように撫で上げられる。ま、待て……そこはっ!!
「陰核、クリトリスって女の人のペニスって言われることもあるでしょう、今回の変身に何か関係あると思わない?
今から私が“調べて”あげるね……?」
そう言うと、綿棒を持った手をこれ見よがしに近づけてきた。
冗談じゃない!ただでさえこれまでの未知の刺激でいっぱいいっぱいになってるところだ。
その上クリトリスだと?
今ではご無沙汰となっている妻との夫婦の営みでも、俺がそこを刺激してやると、妻はいつも淫らな声をあげて気分を盛り上げてくれた。
それと同じことを俺がされるのか、二回りも歳の離れたこの娘に?
きっと嬌声を上げるどころでは済まないだろう、あんな所触れられたら俺はいったいどうなってしまうのか……どうなって
ああっ、もうちょっとで触れ……

「な〜んてねっ、冗談♪」

「へ……?」
思わず間抜けな声がでてしまう。
それほどあっさりと、陰部への責めは中断され。拘束も解かれた。
抵抗する意志も失っていたので気付かなかったが、四肢にもとっくに力が戻っていたようだ。
「なん、で?」
口から出てきた疑問の言葉にかすかに切なげな響きが含まれているように思え、あわてて首を振る。
俺は……口では嫌がりながらも“それ”を期待していたというのか?まさか、そんな……
「“私も”残念なんだけど、もう時間がないのよ。
ほらほら優希ちゃんも、昼休みが終わっちゃうよ!不完全燃焼でむらむらしてても、トイレで鎮火して遅刻なんてことのないようにね〜。」
「するかっ!……はぁ、それじゃあ失礼しました先・生!」
後ろ手で乱暴にドアを閉めると、逃げるように保健室を後にする。

「女の子を楽しめ」だって?冗談じゃない!
そんなことをしたらきっと……俺の中の大事な何かが揺らいでしまう。
そうなることを想像しての恐怖か或いは未だ身体の奥に残る疼きのせいか、ブルリと身体を震わすと、俺は足早に教室へと戻るのだった。
タグ

管理人/副管理人のみ編集できます