ロード福永二世の事件簿��
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hal_midnight 2022年07月08日(金) 01:20:10履歴
ロード福永二世の事件簿�� 〜1番人気の呪い〜 
『だからね、呪いは俺にどうにか解決させたい、でも俺が解決したって表に出したくない。そんなふざけた話はナシだろ？ってことだよ』
「それは分かりますけど、呪い解くんやったらリュージとかイケゾエの方がいいんとちゃいます」
『あー、粗品の呪い受けて立つって言ったのに結局解き損なったの気にしてる？』
「しとりませんわ！」
『まあイケゾエくんのヨワミは握ってないけどユーイチのヨワミは握ってるからね〜。じゃ、よろしく』
「セイキさん！ うわっ、もう切れとる……」
初重賞をレコード勝ちで飾った次の日、セイナが私淑するユーイチのもとを訪れると彼は自分のガラケーを握りしめて苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ユーイチはガックリを肩を下ろした後、セイナの気配に気づいたらしく「おぉ、セイナ。おめでとう、新人とは思えへん冷静なええ騎乗やったよ」と笑いかけた。
「師匠の助言のおかげです」
「なんも俺はしとらんよ。囲まれて咄嗟に内に進路を取ったのはセイナが冷静やったから出来たことやろ」
ほんの少しユーイチが自嘲的に言ったので、セイナは言葉に詰まった。ユーイチが初めてのダービーで頭が真っ白になってしまった、そしてそれを今でも引きずっている、というのは今でも有名な話である。易々と触れては行けない領域を感じて、セイナは話を逸らした。
「お電話しているところにお邪魔してしまってすみません」
「気にせんくてええよ、どうせあの人は無理難題押し付けて一方的に切るんやから。あん人はいっつもそう。悪魔や。人の嫌がることやらせたらあの人の右に出る人はおらん。呪いの解除なんてあんなんどうしようもないやろ」
「呪いの解除…ですか？」
「せや」
ユーイチはピンと人差し指を伸ばしてセイナの顔の前に掲げた。
「2022年G11番人気の呪いや」
「今年の平地G1は一番人気がみんな負けとる。1番人気が負けるっていうのはそんな珍しいことでもないんやけど、あ。ちょうどええわ、セイナ、なんで珍しくないかわかるか？」
「1番人気だということは、それだけレース開始前に実力が認められているということでもあるので、厳しくマークされるからです。また、強い期待が向けられるので騎手も強いプレッシャーを感じるからです」
「正解。でもセイナほど肝座っとるのがそう言うと若干違和感あるなあ。事実、1984年のグレード制導入以降のG1に限って言えば1番人気だった馬の勝率は35.7%、1/3強ってところやな。
ちなみに連対率は53.6%で1/2強、複勝率は65.9%でほぼ2/3。年ごとにばらつきは当然あるけど、平均で言うたらG1の1番人気の戦績は10-4-2-8になるねん。
やけど、今年は12個G1が終わって12個残した状態で0-1-2-8。しかもG11番人気の連敗数は過去最高の13」
ユーイチの説明はわかりやすく、すっとセイナの頭に入ってくる。調教師になることを強く勧められるのも頷けるような"先生"としての説明だ。
「異常ですね」
「おん。まあもうタネはわかっとるけど」
「もうわかってるんですか！？」
「まあ一応な。……知りたい？」
「はい！」
セイナは勢いよく肯定した。異常さをまじまじと説明された後だと、その謎解きは気になるに決まってる。
「ええお返事。あー、ならしゃあないな。ほんならあくまで一意見として聞いたって」
ユーイチはホワイトボードを引っ張り出した。「教えて福永先生、特別授業開始や！」
「今年の1番人気の最高着順は春天のディープボンドで2着、そん次は皐月賞のドウデュースで3着。ここら辺は平均値から見てもあり得る範囲やな。一々呪いやなんや騒ぎ立てるほどでもない。
特にクラシック最初の1冠は事前情報が少ない分予想しづらい。やから、考えるべきは他の9戦」
残り9戦はフェブラリーステークス、高松宮記念、大阪杯、桜花賞、NHKマイルカップ、ヴィクトリアマイル、オークス、ダービー、安田記念、宝塚記念。ユーイチはホワイトボードにその名前を書いた。
「ここで重要なんは、人気は人馬の実力そのままの指数やのうて、あくまでプロやのうてファンが事前に予想したものいうこと」
セイナは妹のことを思い出す。妹は幼少から父の姿を見てきただけあって人より競馬を分かっているがセイナほど精通しているわけではない。大体あのくらいを想定するべきなのだろう。
「まず、ウマ娘やったけ？の流行と馬券のネット販売の開始、去年の白毛の桜花賞レコード勝ちや菊花賞の逃げ切り勝利でここ数年は多分例年より新規層が多い。
加えて、一昨年に18世代が、去年グランアレグリア、クロノジェネシス、コントレイルが一気に引退して、今年は王者不在の群雄割拠の状態になった。
今までやったら絶対王者が一人おったからそれ買えばよかったけど、今年はそうも行かんくなった。今いる競走馬の中でも頭ひとつ抜けとる強い馬はおるけど、今までいた王者たちほど絶対的やない。
競馬を見慣れとらんくて、絶対的な王者もおらんとなったら、何を参考にして馬券を買うと思う？」
「えっ」
妹を想定して話を聞いていたセイナは言葉に詰まった。セイナの人生には、そしてきっと妹の人生にもいつも馬がいたので、競馬と縁のない人生をセイナは想像できない。
「……追い切りとか、パドックでの様子とか、馬体写真とかでしょうか」
「それは見慣れとる人間の意見や。俺もそうやったけど、競馬に興味のなかった人間がぱっと見てわかるもんとちゃう。定数化されとらん分、評価するには経験が必要や。
正解は過去のレースの着順、着差と関係者や専門家のコメント。前者は定数化されていて評価しやすく、後者は信用に足るように見える」
信用に足るように"見える"とユーイチは苦々しく言った。騎手というものは常に誹謗中傷や罵詈雑言に晒される職業であり、その中には分析の皮を被っているものも多い。
ユーイチは大阪杯、高松宮記念、桜花賞、ヴィクトリアマイルを赤いペンで丸く囲った。
「これが過去のレースの着順が重視された例。大阪杯は関係者のコメントより前走の強さが評価されとる。そう評価されるだけの去年の戦績やったから」
最後の一言は秋天を思い出したのか悔しそうに言った。
更にユーイチは安田記念と宝塚記念を青いペンで丸く囲った。
「こっちは関係者や専門家のコメントが重視された例。直前になって1番人気が変わったことが特徴やな。宝塚に関しては去年の戦績も重視されたんやろうけど」
「ですが師匠、新規層が多いというのは、一番人気を確定させるほど全体に占める割合が高いのでしょうか」
「流石ええとこ目ぇつけるなあ」
ユーイチが満足げに頷いたので、セイナはなんだか嬉しくなった。ユーイチに分析能力を高く買われているということは誇らしい。
「もちろんそこまでやない。けど今年に関しては歴年の競馬ファンは歴年の競馬ファンで予想を当てづらくなっとる」
「先程仰っていた理由は競馬を見慣れた方にはあまり当てはまらないので、何か他の理由があるんですね」
「せや。今年はイレギュラーが多い」
セイナはほんの一拍思案して、すぐに答えた。
「放馬ですか？」
「話が早くて助かるわ。放馬を予想するのは無理や。あと高松宮記念の馬場の状態もここに入るな。内から乾いてったお陰で不利と有利が逆転した」
ユーイチはオークスと高松宮記念を緑のペンで丸くくくった。そして、なんの丸もついていない、フェブラリーステークス、NHKマイルカップ、ダービーにセイナの視点が向かう。セイナは言外に残り三つの解説を求めて、ユーイチを期待の目つきで見た。ここまできたら全部知りたい。
セイナの無垢な視線にユーイチは目を泳がせ、「恨むでセイキさん」とぼやいた後、絞り出すように言った。
「あとの三つは全部俺や」
「フェブラリーステークス、2番人気やったカフェファラオに乗って俺が勝った。NHKマイルカップ、1番人気やったセリフォスに乗って俺がやらかした。ダービー、1番人気だったダノンベルーガを俺がマークした」
セイナはここを訪れたときにユーイチが言っていた言葉を思い出した。
「『人の嫌がることやらせたらあの人の右に出る人はおらん』いうのは…」
「せや。JRAの偉い人たちに『いや〜実は自分のせいなんすわ〜』なんて言えんわ。謎を解いたところでこんなん報告できるわけあらへん。あん人はいっつもそう、俺に厳しい」
全て見通していた天才の思考にセイナが顔を引き攣らせているとユーイチは「まだ甘いで」と追い討ちを掛ける。
「さっきあげた原因の中で解決可能なものがひとつあったやろ？」
「新規ファンが関係者や信用性の低い専門家の意見を参考にしてしまうことですか？」
「せや。……あの人、今新聞と組んでレースの予想上げとって、しかもそれがめちゃめちゃ当たるって評判やねん」
セイナは絶句した。
「な？ 呪いの解き方がわかったところで解除なんてできへん。もうどーしよーもない。勘弁してほしいわ」
とうとうユーイチはしゃがみ込んで頭を抱えた。そこでふとセイナはあることに思い至った。
この嫌がらせが嫌がらせとして成立するのは、ユーイチが完璧に呪いを分解できたときのみだ。その人は、ユーイチなら確実に分かると思って押し付けたのだ。これを信頼と呼ばずなんと呼ぼう。
それをセイナが伝えようと思った時、右ポケットで何かが振動した。『イッヒッヒッヒ！ イッヒッヒッヒ！』
「な、なに！？」
「すみません父です」
「あ、着メロなん！？」
「おとんまた変な設定にしよってからに…」
着信ボタンを押すと、わざわざFace Timeで掛けてきたセイナの父の顔が画面一杯に広がった。
「どしたん急に？」
『セイナ！ なんもされとらんか！？ ユーイチは結婚してまともになったけど、昔は祇園の帝王やったからな！ セイナは可愛いから変なことされとらんかおとんは心配で心配で、あ、やめ、スマホ振らんといて画面酔いする、ぎゃああああ』
ガシャンガシャンガシャン！ セイナがスマホを振るたびにスマホにつけられたキーホルダーが音を立てて暴れる。
「ちょお黙っといて」
『娘が冷たくておとん悲しい…』
ガシャンガシャンガシャン！ キーホルダーが一層大きく悲鳴を上げた。
「切るで」
『あっ！』
物言わぬ鉄の塊となったスマホをセイナは懐にしまった。そして、何事もなかったかのようにユーイチに向かってにこりと笑う。
「どうしはったんですか？」
「いや…」
ユーイチはセイナの強さに感嘆した。
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