A.D.???? 
永久悔恨地帯日本 相克する双竜
皐月の後オペを結界師に取られたヤミリュージがワダリュージの抹消を図る
※この物語はフィクションです。実際の人物・作品等より着想を得ていますがそれらとは関係ございません。またそれらと設定的にそぐわない部分・意図的に誤った呼称を採用している箇所がございます。
【プロローグ】
最愛の相棒を奪われたあの日から、俺の胸には自身への憎悪と失意しか無かった。かつての相棒が別の騎
手の下で覇王として君臨する様を見た俺は焼き尽くされる様な絶望と無力さの前に打ちひしがれそうになっ
た。悔しくて、虚しくて、どこまでも未練がましくてしょうがなかった。だから俺はそれを忘れようと必死
に努力した。もう自分の不甲斐なさで馬が離れていかないように。自分の技術を極限まで高める為に、そし
てアイツに相応しいジョッキーになる為に……
そうして何度も血反吐を吐きながら研鑽を続けていた俺はいつの間にか騎手としての栄光を掴んだ。国内
G1完全勝利。リーディングジョッキー。日本人初の凱旋門賞勝利……そうして俺は日本のトップジョッキー
へと至った。けれどもそれで俺の心は満たされることはない。だって、俺がいくらアイツに相応しくなった
としても、もうアイツは何処にも居ないのだから。そう考え始めた俺は次第に無気力になっていった。俺は
このまま何の目的も見つからないまま漠然と騎手を続けていくのだろうかと思っていた⸺あの聖杯が俺の下
に転がり込んでくるまでは。
俺はその聖杯に触れた瞬間、俺は別の世界線の『俺』を知った。その世界線の『俺』は俺の失った相棒と
共に栄光を掴んだ。けれどその後の俺は頂点からどんどん遠ざかっていったらしい。そうやって足掻いてい
る時間の間に相棒は亡くなり、『俺』は相棒との約束を叶えることができなかったのだと。
そのifの世界線を覗き見た時、俺は抑えられない程の怒りと嫉妬を感じたのを覚えている。俺がアイツに乗
り続けられることができた世界なんて知りたくなかったし、俺以上の騎手になれなかった『俺』に無性に腹
が立った。
だから決めたんだ。俺は『俺』⸻和田リュージを消滅させてやる。俺がそう聖杯に願った瞬間、どこま
でも深く、それでいて心地のいい闇が俺の身体を包んだ。
〜〜
2023年
「よし、今年の初仕事終わり！久しぶりに働いたなぁ……」
和田リュージはそう伸びをしながら呟いた。競馬界は正月など無かったかのように今日も平常運転で動い
ている。勿論馬には人間とは違って正月休みなど無いのだから当然ではあるのだが。そうして暫くリュージ
が道を歩いていると、突然怪しげな男がリュージの前に現れた。男は擦り切れたローブを身に纏い、フード
で顔を隠していた。
(誰やコイツ。トレセンでこんな怪しい格好の奴見たことあらへんぞ……)
リュージがそのまま男の横を素通りしようと瞬間、男はリュージの肩に手を伸ばした。
「オイオイ、無視とは随分酷い扱いやないか。和田リュージ？」
「……お前、この時代の人間やないやろ。何が目的や？」
リュージは男がこの時代の人間ではないというある一種の感覚を覚えていた。それは幾星霜の特異点を解
決した騎手だからこその特殊な勘だった。
「うっわ、もう気づくんか？流石に気味が悪いで？」
だが男は飄々とした様子でリュージにそう返答を返した。
「まぁ気づいた所で無駄やけどな。とりあえずオマエは大人しく動けなくなっとけ。」
「何を言って……ガッ！？」
男はリュージに向かってガンドを放つ。ダメージを軽減する事もできずリュージはそのまま呻きながら地
面に転がった。
「………お、前……誰や……」
「俺の正体か？そんなの教えん。お前は一生この中で自分の罪に苦しんどけ。」
男がそうしてリュージにトドメを刺そうとした瞬間、空から男に向かって光弾が三発放たれた。男はそれ
を楽に躱すとそのまま天に目を向ける。
「……やっぱ来るよなぁ。ユタカさん。」
「失意の庭が盗まれたって聞いたから結界を強化したんやけど……正解やったな。」
ユタカは男とリュージの間に立つと、一瞬の内に男を拘束する。
「これは忠告や。今すぐ盗んだもん置いて元の時代に帰れ。これ以上は俺も容赦できへんぞ、『和田リュー
ジ』！」
リュージはユタカの発した言葉を疑った。今ユタカはあの男を『和田リュージ』と呼んだのだ。リュージ
は同期の特異点増産工場や後輩の正気を疑うような特異点の件もあって、もう並大抵な事では驚かないと決
めていたのだが、流石に別世界の自分の存在という物には腰を抜かすしかなかった。
「はは……さっすがユタカさんや。これ以上はこれで顔隠しても無駄やな。」
男はそう言いながらフードを取る。男の顔は正しく『和田リュージ』そのものだった。けれどその顔は険
しく、まるで般若の仮面を貼り付けているようである。
「そう、俺は『和田リュージ』や。まぁアンタら風に言うとリュージオルタってとこやな。」
「まぁそれは一目見た瞬間わかったけどな。で、お前の目的は？」
するとリュージオルタは口を三日月型に歪ませる。いつものリュージからは想像できないほどの不気味な
顔がそこにはあった。
「……和田リュージの消滅。そして成り変わり。ほら目的は教えたやろ？」
「だからいい加減そこをどけ、結界師⸺！」
「！？コイツ、俺が今まで出会ってきた奴よりヤバい……！」
リュージオルタはユタカの拘束魔術を破壊したと同時にユタカにガンドで攻撃する。ユタカはそれに対し
て魔術で防御を図ったが、彼の圧倒的なパワーの前にそれは無力だった。攻撃はそのままユタカを弾き飛ば
す。
「まずい！間に合わん……！」
「さよなら、俺から相棒を奪った憎き結界師さん。」
「ユ、ユタカさん……」
「じゃあな和田リュージ。お前はここで永遠に懺悔しとけ。」
リュージオルタはそのままリュージに向かって失意の庭を発動させたのであった。
〜〜
「福永さん！川田さん！大変です！和田さんが……和田さんが！」
「落ち着くんやリュウセイ！なんや、何があったんや？」
鬼気迫る表情で走ってきたリュウセイをユーイチは宥める。リュウセイは一旦、深呼吸をして落ち着くと
スマホを取り出した。
「これ、見てください。和田さんの成績がおかしいことになってるんです。」
ユーイチとユーガはスマホを受け取るとそのままリュージの身に起こっている異常を確認する。通算勝利
数3■■■勝。G1勝利数1■■勝。リーディングジョッキー■■年連続獲得。スマホにはリュージが取ったこ
とのない実績がずらりと並んでいた。
「……福永さん、これは……」
「……アイツがこんな事するとは考えられへん。何があったんや？」
ユーイチがそう首を傾けながら伬しむと、突然ユタカがそこに移動してきた。しかしその姿は痛々しく、
着ているジャージは擦り切れており、苦悶の表情をしていた。
「よぉ、ユーイチ、ユーガ、リュウセイ……」
「あっユタカさん！って何があったんすか！？」
「ちょっとガンドを食らってもうてな……いや別にあんまりダメージ受けてないんやけど……」
「ユタカさんにガンドを浴びせられる相手……そんなの居るんですか？」
ユーガだけでなく、日本のジョッキーならばユタカの実力をその身でよく知っている。だからこそ魔術師
としても超一流であるユタカがここまで追い詰められる相手に少し恐怖を感じていたのであった。
「ってそんなことより大変なんや。リュージが失意の庭の中に幽閉された。」
「えっ、和田さんが……！？それに失意の庭ってなんですか、ユタカさん！」
「そういやリュウセイ達には話したことあらんかったな。この際やから話しておくわ。失意の庭っていうの
は入った人間の心の中にある負の感情を膨れ上がらせて心を完全にへし折るっていう悪辣極まりない物なん
や。」
ユタカがそうリュウセイに説明し終わるとユーイチは手を挙げてユタカに質問をする。
「えっ、でもそれって武家の宝物庫に封印されてた物なんすよね？なんで失意の庭が出てくるんです？」
「盗まれたんや……別世界の『和田リュージ』、リュージオルタにな。」
別世界の和田リュージ。その言葉を聞いた三人は呆気に取られたのか大きくその双眼を見開いた。
「……ってことはつまり今回の犯人は別世界のリュージなんすよね？」
「正解や。リュージオルタは失意の庭にリュージを放り込むとそのまま特異点に姿を消したんや。」
「だったら早速解決しに行きましょう！今すぐ和田さんを取り返さないと……！」
「川田さんの言う通りです！僕はいつでもレイシフトできますよ！」
ユーガとリュウセイはそう声を荒げながらレイシフトしようとするが、ユタカは首を横に振ってそれを否
定する。
「焦んな。俺たち四人だけじゃ無理や。アイツの力は今まで特異点を作ってきたどんな奴よりも強い。もし
かしたら俺を越える存在かもしれへん……」
「ユタカさんがそんなに言うなんて……アイツどこまでやりたい放題やっとるんや……」
「いやお前が言うな？」
「でもユタカさんを越える存在なら僕たちはどうやって倒せばいいんだろう……」
リュウセイがそう手を顎に当てながら熟考していると、二つの人影が突然現れた。
「話は聞かせてもらいました。僕も行きます。わっくんがピンチなら僕たちが助けにいかないと。」
「幸さん……！」
「ボクも行かせて下さい！和田さんには色々とお世話になったし、その恩返しがしたいんです！」
「ミルコ……。」
二人とも特異点騒動でリュージと共に戦ったジョッキーである。そして協力を申し出てきた者達は彼らだ
けでは無い。
『おっ繋がった。おーい聞こえてるかー？』
「その声は……ノリさんですか！？」
『そうだよ。なんだかリュージに大変な事が起こってるみたいじゃん。で、オレたちも助けになりたいから
通信を送ったわけ。オレ、よくわかんないけどアイツのこと息子みたいな奴だって思ってるんだよね。血の
繋がりは無いんだけどこう……なんか深いところで繋がっているような気がする。』
ユタカはその言葉に少し体を強張らせたが一瞬で平生を取り戻した。
『僕もカズオも、リュージさんはどこか頼れる兄貴のような存在だと思ってるんです。だからあの人が困ってるなら放っておけません！』
『僕たちも特異点の件でリュージさんに色々迷惑かけたんで……せめてできることはやりたいなって。』
「お、おうそんなんか……それは良いことやな……。」
少し遊びすぎたか。ユタカは内心でそう静かに反省するのであった。
『俺もいますよ！同期のこんな危機に駆けつけなくっちゃダメですから！』
ダイチと横山一家も含めて4人。合計10人のレイシフトメンバーがそこには集結していた。ユーイチはこ
れもリュージの人徳が成せる技なんだろうなと納得しながら静かに笑みを浮かべる。
「……わかった。みんな、今回の特異点は過去最高級の修正難易度を誇るはずや。危なくなったら退くんや
で？」
『はい！』
一同の勢いのある返事にユタカは口を綻ばせる。
「じゃあお前ら行くで⸺展開。」
ギュウウウゥゥゥン…………
A.D.？？？？ 永久悔恨地帯日本 相克する双竜
「俺とオペさんが、誰にも負けるはずあらへんやろうが⸺！」
「だからお前は嫌いなんや！和田リュージ！」
【第1節】
ユタカ「よし、みんな到着したな。お手馬達は今順番にレイシフトさせていくからちょっと待っててな……」
失意の庭に幽閉されてしまったリュージを奪還する為にレイシフトした特異点修正班達。彼らのレイシフトは何らかの妨害工作や問題も無く成功したのだった。ユーイチ達は敵個体との戦闘に備えて周囲を警戒している。
ユーイチ「にしてもここ、随分殺風景やな……空は紫色で気味悪いし、ある建物は城だけやし。」
リュウセイ「あそこに別世界の和田さん……リュージオルタが居るってことなんですかね？」
ユーイチ「どうやろなぁ……なんか目立ちすぎて怪しく見えてくるで。」
ユタカ「二人とも〜。お前らのお手馬のレイシフト完了したで〜」
ユタカが指差す方向には修正班それぞれのお手馬達が鎮座していた。どの馬も全盛期の状態で召喚されており、戦闘に向けての調整は十分である。
ユタカ「来てくれたなディープ。今回もよろしく頼むで〜？」
ディープインパクト「わかってるプイ！ユタカにガンドを食らわせた悪い奴は僕がやっつけるプイ！」
ユーイチ「コントレイル 、今回もお願いな。」
コントレイル「おう。にしても今回はお前が助ける側なんか……明日は雨が降りそうやな。」
ユーイチ「どういうことやねん！？？」
リュウセイ「よろしくね。スタニングローズ。」
スタニングローズ「ぐろ〜」
こうして全員が自分のお手馬と顔を合わせている間、独特の重い空気を演出している人馬達が居た。
ヒデアキ「スティル……逢いたかったよ。」
スティルインラブ「……♡」
タケシ「ねぇカズオ、あの二人だけなんか雰囲気重くない？」
カズオ「う、うん……そうだね……(正直あっちの方で父さんがメジロライアンに重い空気漂わせてるのも気になるんだよな……)」
ユタカ「ほら、お前らー。さっさと出発すんで〜？」
出撃準備も完了し、後はリュージオルタの待つ城に攻め込むだけ——となった瞬間だった。
？？？『あーマイク、テステス。皆さん、聞こえてますかー？』
ユーイチ「その飄々とした声は……ケンイチか！？」
ケンイチ『正解でーす。僕もオルフェーヴルと一緒に参戦したかったんですけど、怪我で行けなくて……せめてこっちからサポートはさせてください！』
ユタカ「おっ、気がきくやんけ。あんがとな。」
ケンイチ『いやいやそれほどでも〜……』
ケンイチは頬を掻きながら謙遜する。その声にはまるで親愛なる兄からの褒め言葉を受け取ったかのような喜の感情が入っていた。
ケンイチ『じゃあ早速サポートしますか！3時の方向から敵個体急接近中！個体識別完了……ワイバーンです！』
ユーイチ「そういうことはもうちょっと速く言ってくれへんかなぁ〜！？」
ユタカ「全員、戦闘態勢用意！」
〜〜
タケシ「何でこんなにワイバーン強いの……疲れたぁ……」
エフフォーリア「えふぅ……」
カズオ「タケシの言う通り今回のワイバーンは通常より強力なエネミーだったね。大丈夫？タイトルホルダー？」
タイトルホルダー「ほるぅ……」
ワイバーンを撃退して一息つく修正版達。いつものワイバーンとは比にならない程強力な個体に彼らは肩で息をしながら何とか撃退したのであった。
ユーガ「ただのエネミーなのにこの強さ……これは大分厳しい戦いになりそうですね。」
ユーガがこの先に待ち構える戦闘に憂慮する間、ノリヒロはワイバーンの死体を解析していた。
ノリヒロ「このワイバーン、アイツの魔力で製造された物じゃない？」
ユタカ「……確かにそうみたいですね。コイツら全員からリュージオルタの魔力を感じる。」
ケンイチ『うわーっ！！俺が言おうとしてたことユタカさんにノリさんに言われたー！！』
ユーイチ「……そういやずっと気になってたんやけど、ケンイチってどうやって俺たちのナビしとんの？」
ケンイチ『えっ俺ですか？ユタカさんから貰ったこの礼装からナビしてますよ！これ便利なんすよね〜。』
ナビ目的に作られた礼装。それはユーイチの興味を引き立てるのに十分だった。
ユーイチ「ユタカさん。後であれ解析してもええですか？」
ユタカ「うーん…………ダメやね。」
ユーイチ「ユタカさんのケチー！」
リュウセイ(まぁ福永さんに構造とか教えたらまた事件起こしそうだもんなぁ……)
気持ち悪い。そんなことを呟きながらリュージオルタは目を覚ました。黒の上に紅の一本化の描かれた袖黄縦縞の勝負服を身につけた彼は自らの創り出した特異点に潜入してきた者達を眺める。
リュージオルタ「アイツ、あんなに周りと馴れ合ったったんか……何でそんなに無駄なことが好きだったんやなアイツ。」
彼は騎手と馴れ合うことが嫌いだった。厳しい勝負の世界に身を置いている癖に、そんな軟弱な態度を取ることは正しく愚の骨頂だとしか考えられなかったからである。リュージオルタはそうして周りの騎手との関わりを絶ち、絶って、絶って、絶ち続け……いつの間にか孤独を抱えていた。でも彼はその孤独が何よりも心地よかった。こうして孤独でいる時だけは、相棒と繋がれるような気がしたから。
リュージオルタ「……まぁええわ。アイツらは後で全員俺がわからせとくか。」
リュージオルタは城内のある一室から出ると同時に、指を鳴らしてある馬に合図をかけた。
「行くで、ボンド……『ノッシングボンド』。」
A.D.？？？？ 永久悔恨地帯日本 相克する双竜 第1節 龍は城に棲みつく
【第2節 侵入】
ケンイチ『エネミー大量発生中！全方向から敵個体接近！なんとか持ち堪えてください！』
ユタカ「なんで結界を発動させたのにこんなに敵が襲ってくるんや！？」
ユーイチ「ワイバーンにゴーストにゲイザーに……あーもうキリがあらへん！しかもコイツら無駄に強力なのが腹立つ！」
ダイチ「流石にこれはまずいでしょ！？頼むマイネルホウオウ！なんとか持ち堪えてくれ！」
マイネルホウオウ「フェニィィィックス！」
デムーロ「ドゥラメンテ！大丈夫！？」
ドゥラメンテ「どぅらぁ！」
修正班たちは四方八方から襲いかかるエネミーの群れに苦戦を強いられていた。ユタカが発動した秘匿結界ですら意味を為さない程の強大な力を持つエネミー達の前に修正班たちの体力は少しずつ確実に尽きていく。そう彼らが思った刹那———一筋の閃光が彼らを包んだ。余りの眩しさに彼らは瞑目せずにはいられなかった。暫く経って光が辺り一体から消滅すると、彼らは一斉に瞼を開ける。すると彼らの眼前には驚くべき光景が広がっていた。
ケンイチ『て、敵個体完全消滅……あんだけの量のエネミーが跡形も無く消え去るなんて、一体何が起こったんすか！？』
あれだけ大量に跋扈していたエネミー達の姿はすっかり消滅していた。代わりに彼らの前にある一頭の馬がその姿を顕現させた。栗毛の均整の取れた美しい馬体。どこまでも引き込まれそうなほど美しい漆黒の目。その馬の姿を見てユタカはこの馬に散々苦しめられた過去の日々を述懐しながら苦笑いした。
ユタカ「久しぶりやな、テイエムオペラオー？」
テイエムオペラオー「ハーハッハッハ！このボク、テイエムオペラオーが駆け付けたからにはもう心配はいらない！白鳥の引く舟に乗ったつもりで安心したまえ！」
リュウセイ「こ、この馬が和田さんの相棒テイエムオペラオー！初めて見たけど凄い貫禄を感じます……」
タケシ「……凄い。これがエフの21年前の年度代表馬、テイエムオペラオーなのか……」
カズオ「明らかに風格が違う……ってタイトルホルダー！？なんで僕の服を噛んでるのかなぁ！？」
王者として一時代を築いた名馬を若手の騎手達が目を輝かせて見ている間、ユーイチはオペラオーに質問を投げかける。
ユーイチ「なぁオペラオー。何でお前がここに来れたか教えてくれへんか？」
テイエムオペラオー「それはだね……この特異点に幽閉されているボクの相棒の生命反応を辿ってこの特異点にやってきたのさ！」
ユーイチ「えっそんなことできんのお前……」
テイエムオペラオー「できるさ！このグラ——いや、まだこれを言うべきタイミングではないか。」
ユーイチ「グラ……？もしかしてお前は……」
ユーイチがオペラオーの持つ秘密を深く掘り下げようとしたその時、今度は先程戦闘を繰り広げたワイバーンの何倍もの巨体を持つ黒龍が彼らの前に現れた。その身体は黒い瘴気を纏っており、誰の目から見てもこの黒龍が歴戦の個体であることは明らかであった。修正班たちは龍の姿に
ケンイチ『ドラゴン一体出現！お疲れでしょうがなんとか頑張ってください！』
ユーガ「ここが踏ん張りどころだ！リュウセイ！」
リュウセイ「はい！行くよ、スタニングローズ！」
〜〜〜〜
テイエムオペラオー「これでトドメにしよう！はぁっ！」
テイエムオペラオーが繰り出した光弾が黒龍に直撃する。修正班たちの猛攻もあってか、その光弾が黒龍の身体が崩壊するきっかけになった。
ケンイチ『敵個体の反応、完全に消滅！戦闘終了です！お疲れ様でした！』
ヒデアキ「疲れた……にしてもケンイチ、随分とナビに慣れてきてない？」
ケンイチ『そりゃあ短期間で色んなことがあったなら誰でも上達しますよ！』
ヒデアキとケンイチの軽妙なトークを尻目に、ユーイチは先程まで黒龍が立っていた場所を見る。
ユーイチ「いやいくら何でもこの個体を塵一つ残さずに完全に消滅させるなんて……これが顕彰馬の実力ってやつなんか……？」
タケシ「これが世紀末覇王の実力……凄いね！エフ！」
エフフォーリア「え、えふ……」
テイエムオペラオーの強大な実力に戦慄する修正班たち。今回の戦闘は彼が戦ってくれたおかげで被害を最小限に留めることができたのだ。もし彼が今回の特異点に駆けつけて来なかったら何が起こっていたのだろうか。そんな事を考えながらユーイチは身震いした。
ユタカ「オペラオーのおかげで道は開けた。もう城は目と鼻の先や……行くでみんな！」
〜〜
ユーガ「俺の魔術で内装を確認しましたけど、特に異常な点は見られなかったですね。そこが不気味な所でもあるんですが……」
ユーイチは城に生え続けるユーガの姿を脳内で思い浮かべる。シュールなその光景はユーイチを抱腹絶倒させるには充分なものだった。鬱屈とした特異点にユーイチの下品な笑い声が響く。それを見たユーガはユーイチに呆れたような表情を向ける。
ユーガ「……ユーイチさん、今は笑うべき所では無いですよ。」
ユーイチ「お、おう……すまんユーガ。」
こうして場が少し和やかになり潜入前の会議がスムーズに進んでいくと、オペラオーは口を開く。
テイエムオペラオー「キミ達の戦闘にも付き合いたいのだが……すまない。ボクはリュージの奪還を優先して行動する。キミ達はその間、あの城から聖杯を盗み出してくれ。」
ユタカ「まぁ俺たちが探索するよりもアイツの位置を把握しとるお前がリュージの救出には最適やろな……みんなはそれで異論はあらへんか？」
一同はそれに首を縦に振って肯定する。失意の庭という物の性質上、この作戦は一刻も早く行われる必要があるのだ。
テイエムオペラオー「失意の庭はキミ達の想像以上に悪辣な代物だ。人間の心の奥底にある失意や絶望を何倍にも膨れ上がらせる。あの場所から出てきて無事だった人間をボクはまだ知らない……だからできる限り迅速にリュージを取り戻さないと、取り返しのつかない事になるだろう。」
ユタカ「本来失意の庭はユーイチの罰に用意しとったんやけどな……まさかこんなことになるとは思わんかった。」
ユーイチ「ちょっとユタカさん！？今の発言はどういうことなんすか！？」
ユタカに叫びながらそう怯え始めるユーイチ。ダイチはその様子を一瞥すると目を閉じる。
ダイチ「まぁユーイチだもんな……うっ、思い出しただけで胃が……」
カズオ「ダイチさん、これ胃薬です。飲んでください。」
ダイチ「ありがとなカズオ……」
ダイチはカズオから手渡された胃薬をそのまま勢いよく飲み干す。競馬界きっての苦労人には胃薬が必須アイテムなのだ。それをカズオとタケシを筆頭とした関東勢のジョッキー達全員が理解している。
——余談ではあるのだが、ユーイチは自分がダイチの胃痛の要因であることを自覚していない。彼は自らの産み出す特異点がダイチに与える影響を把握しきれていないのである。
リュウセイ「それで潜入ってどうやってするんですか？」
ユタカ「俺の使える気配遮断を使って中庭から城内に入り込むんや。そうしてオルタが気づかないうちに聖杯を盗み取る……まぁこれができたら楽なんやけどな……」
ノリヒロ「でもそれって現実的に可能なのかな。アイツなら絶対俺達に気づいてくるよ。」
ユタカ「……そうなったらもう、正直嫌やけどアイツをレースで負かさないとダメでしょう。」
ユタカにとってリュージオルタの襲撃は既に織り込み済みである。それにユタカは彼の実力をその身体に深く刻んでいる。いくら結界でガードをしたとはいえどもまだその肉体には痛みが残留していた。彼は卓越した魔術の技術だけでなく、ユタカを——いや、海外のトップジョッキー達すらも超越してしまいそうな程に高い騎乗技術を持っている。これ程までに恐ろしい存在がこんな大規模特異点を産み出してしまうとは……ユタカは過去の不注意を憎むしかなかった。しかし後悔という行為には何の生産性も無いことは彼自身がよく知っている。だからこそユタカは前を向く。自分の過ちを修正する為に、自分達の競馬界を歴史改変という脅威から守り抜く為に、そして……自分を慕ってくれる後輩を助ける為に。だからこそユタカに失敗は許されない。
ユタカ「正直、俺はここに一人でリュージオルタを倒せる人間はおらんと考えとる。けどな、ここに居るみんなが持ってる力を極限まで振り絞れればもしかしたら勝てるかもしれへん。だから頼むでみんな！競馬界もリュージも、両方一気に助けに行くで！」
ユタカの鼓舞に修正班達は奮起する。今までこの競馬界を特異点騒動から守り切ってきたのは和田リュージという男だった。長い騎手人生の中で培ってきた深い絆を武器にして彼は多くの人間を味方につけ、その絆の力で何度も特異点を修正してきた。彼が特異点を修正した数はもう数百にも渡るだろう。誰もがリュージの活躍にその身を助けられてきた。その事実を彼らは身をもって知っている。だからこそ今度は自分達が和田リュージを助ける番だと、歴史改変から競馬界を守るのだとそう思っているのだ。
テイエムオペラオー「君は多くの味方を手に入れられたんだね。リュージ……」
オペラオーは最愛の相棒を取り戻そうと闘う男達を眺めて、そう静かに一人微笑むのだった。
ユタカ「それじゃあ行くで？———展開！」
〜〜〜
修正班達がユタカの空間転移で移動した先は城の中庭——ではなくリュージオルタの座っている玉座の前だった。ユタカはリュージオルタの姿を見た瞬間に転移先の座標を彼にずらされたと理解し、こんな芸当ができるリュージオルタの実力に舌を巻いたのだった。
ユタカ「……よぉ、さっきぶりやな？」
リュージオルタ「嫌やなぁユタカさん。泥棒みたいにコソコソ聖杯を盗もうだなんて……歳を取って随分卑怯になったんすね？」
ユーイチ「お前がリュージオルタ……もしかしなくても、俺たちの会話を全部お前に魔術で盗聴してたんよな？」
ユーイチが苦虫を噛みつぶした様な顔付きでリュージオルタを睨みつける。彼の全てを見透かすような両眼がユーイチを貫いている。ユーイチはその途轍もない圧迫感を感じながら背中に冷や汗を流していた。
リュージオルタ「いや、会話は聞いてないで。まぁ確かにお前らが入ってきたことは知ったったけど別に何話してるかは興味あらへんかったしな。」
ユーイチ「！？ならなんで……」
リュージオルタ「俺は考えたんや。ユタカさんならこの局面をどうするかってな。様々な可能性を模索しながら、俺はユタカさんが戦闘を避けるやろうと考えた。戦闘を避けて、城の裏道から聖杯を盗み出す可能性が一番高いだろうってな。ユタカさんって無駄な争いは避けたがりそうなタイプやん？だからお前らが来そうな場所全部に色々と細工して、ここに来るように仕向けたってワケや。」
——完全にやられた。修正班たちはリュージオルタの作戦にまんまと引っ掛かってしまったことに悔しさと恐ろしさを感じたのであった。リュージオルタは彼らの背後に控えている名馬たちを一瞥すると、突如笑い出した。
リュージオルタ「ってディープインパクトやんか！随分懐かしい馬を連れてきてくれましたねユタカさん。」
ユタカ「懐かしい？どういうことや、お前。」
リュージオルタ「懐かしいも何も……だって、ディープインパクトは俺のお手馬だったんですから。そりゃあ昔の相棒を見たら懐かしくなるでしょう。」
ユタカ「………………は？」
ユタカのそんな声が、城の中に反響した。
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