アルタンは花嫁の付き添いが長い絹の裾を整えて、周囲で慌ただしく動き回っている中、チャペルの外に立っていた。
バロンとの結婚の時を迎えて、彼は驚くほど美しいウェディングドレスを着ていた。
アルタンは先週の出来事を思い起こして、そして再び自分が正しいことをしていたかどうか疑問に思っていた。
アルタンがバロンの提案を受け入れた後、男爵家全体は結婚式の準備でハチの巣のようになっていた。
どういうわけかアルタンは自分が状況を全くコントロール出来ない事に気付いていた。
バロンは遠まわしに完全なコントロールをとり、アルタンは周囲の全てが組織化されるにつれて、無力に見守ることしか出来なかったのだ。
アルタンはバロンに対し、自分が男性の服を着ることを許されるよう懇願していた。
しかしバロンは彼がまだ将軍から隠される必要があったと言ってそれを拒否していた。
バロンは二人が結婚し、そして反乱が始まれば、アルタンが再びズボンをはくことを許されるであろうと主張した。
アルタンも抵抗はしていたが最終的に諦め、美しい絹のスカート、コルセットとランジェリーを着て週の残りを過ごした。
バロンの城には評議会が招集されている。
しかし アルタンはまだ議事への参加を認められておらず、バロンは評議会が意志決定において女性を受け入れないであろうと説明していた。
しかしながら、バロンは自分が アルタンの欲したもののために戦っていたと強く主張した。従って アルタンは、バロンが呼ぶまで女らしい服を着ていて、外に待つことを強いられているのだ。
アロリアの王族との結婚が差し迫った事により、バロンは素早く評議会の支配を獲得している。
評議会の政策を方向付けること、そして彼らを王子から遠ざけることは容易であった。
結婚が完全に行われれば、バロンは国の法律上の支配者となる。
そして次にバロンは アルタンに対する見せかけの態度を終わらせるだろう。
バロンは再び アルタンの無力な女性の体の喜びを試すことが出来るようになる。
彼は結婚式の夜を楽しみにしていた。
もう1つの口論が結婚式自身に関して起こっていた。
アルタンは、ただ少数の目撃者と共に行う小さな式典を望んだ。
しかしバロンは人々を納得させるには、盛大な儀式が必要であると強く主張していた。
彼は同じくアルタンが、長い腰あてと裳裾を付けた、伝統的なウェディングドレスを身につけるべきだと、強く主張していた。
アルタンは抗議したものの、バロンは慣例について一つ一つ取り組むことは重要であったと言い張った。


また結婚式の誓約においても同じく対立があった。
アルタンはただ結婚に忠実であると誓うことを望んでいた、しかしバロンはアルタンが「彼に対し出来うるすべてを行う」と「愛と名誉を与えて、そしてそれに従う」という古い言葉遣いによる制約を強く要求していた。
結局は、自信の誓約を誓う限り、アルタンはガウンを着ることに同意していた。
アルタンがなんとか勝ち取った唯一の成果は、彼の花嫁の付き添いの選択だったが、それでさえ、彼はただ一人を選ぶことが可能であっただけであった。そして若干の奇妙な理由で彼はマデリン女史から得たセラナを選ぶことに決めていた。
花嫁の付き添いは彼の周りで動き回り続けた、そしてアルタンは洋裁師のためにモデルをして過ごしていた多くの時間を思い出させられた。
ドレスは本当に魅力的であった。
最も細い純白の絹から作られて、絶妙なレース製のフリンジとかなりふわっとしたスリーブで彼の肩を轢いていた。
加えてきらきら輝いている真珠で覆われていた非常にきついボディスを伴い、メイドはコルセットの中にしっかり体型を整えていたので、アルタンのウエストはごく小さかった。
アルタンは自分の息切れが差し迫った結婚式によるものか、あるいは窮屈なコルセットのせいかどうか分からなかった。
また彼の胸は見事な割れ目を造り出すように、コルセットとドレスによって持ち上げられ、ドレスはペチコートときついサテンが過小に囲む多くと一緒に、フルのスカートを持っていた。
外部のスカートはドレスの周りに輪を作って、かわいらしく拾い集められて、そしてレースとパールで縁どられている。
最終的に、完全な腰あてと長いすそが付けられ、彼の顔は軽いベールで覆われ、そして長く流れ出ている髪にきれいな白い絹とレースリボンをつけられていた。
そしてアルタンは男爵の家紋を身につけた上で、その美しい体を飾る真珠のネックレス、イヤリングとブレスレットは実によく似合っている。
要するに、彼はどこをとってもまったく完ぺきな恥じらう花嫁そのものであった。
お手伝いがアルタンを化粧させていたとき、わずかに頬を赤く染めており、それが特に彼をはかなく見えさせたことを知っていた。
アルタンはまったく自分がこんなことをしていたと信じることができなかった。彼はもちろん結婚するつもりであったが、決して自分が美しいガウンを着る花嫁として結婚するとは思っていなかった。
しかし今の彼の姿は、美しいプリンセスがウェディングドレスを身につけて花道を歩く準備をしているという、すべての男の夢そのものなのだ。
アルタンは音楽が内部から始まるのを聞き、次いで彼はドアが開くと共に、花嫁の付き添いによって内部に導かれるであろうことを知っていた。


セラナはかわいらしいピンク色をした花嫁の付き添い用のドレスをまとって、アルタンの横にしつけられた自分の席に着いた。
彼女は周囲を見渡して、そして励ますように微笑した。
「心配することはないわ。あなたは彼の事をもう知っているんだから」
「それはどういう意味だ?」
アルタンは背中ごしにささやいた。
「マデリン女史のところの話よ」
ドアがゆすぶって開いた時にエラナはささやいて答えた。
アルタンが返事することができる前に、彼は司祭と、まもなく彼の夫となる男に向かってゆっくりと祭壇への階段を上っていた。
セラナは何を言おうとしたのか、アルタンは考えた。
アルタンがマデリンのところでバロンに会っていた唯一の機会は彼がアルタンを救い出した時であった筈だ。
答えについて考えることができる前にアルタンは祭壇に到着し、バロンは横切って手を伸ばし、その顔から穏やかにベールを持ち上げた。
「あなたは実に美しい」
バロンは正直にささやいた。その目がアルタンの絹に覆われた姿をねめ回すにつれて、 アルタンは自身がかわいらしく赤面しているのを感じることができた。
アルタンが返答を考える前に、年配の司祭は礼拝を始めた。
その間、アルタンはずっとぼんやりとしていた。彼が考えることができたすべては、民衆の前で女性としての姿を見せ、そしてバロンに対し結婚を宣誓することの恥ずかしさであった。
またセラナの最後の言葉をアルタンは思いだし続けた。しかし彼はそれらがなぜ重要であったか考えることができなかった。
そして決定的瞬間が来た。バロンが誓約を行ったのを、アルタンは聞いたのだ。
「あなた。アロリアのヴォード・バロンはエラナ王女を己のものとし、そして守る事を誓うか。もしあなたがこの誓約を違えたら、神々の全ての力があなたと敵対するであろう」
「誓います」
司祭の詠唱に引き続き、強い声でバロンが答えた。
アルタンは驚いて見上げた。彼は自分の本当の名前がこの式典で使われることを望んでいた、しかし司祭は彼を「エラナ王女」と呼んだのだ。
もしアルタンがこの誓約を行ったなら、それは自分がこの新しい女性の名前を受け入れていたことを意味するであろう。
しかしながら、彼が何かできる前に、司祭は彼の方に向き直っていた。
「あなた。アロリアのエラナ王女がヴォード・バロンを愛し、名誉を与えて、そして従うことを誓うか。あなた自身の権利を放棄して、あなたの全てを彼に捧げるか?もしあなたがこの誓約を違えたら、神々の全ての力があなたと敵対するであろう」
そう司祭は詠唱した。


アルタンは、何をするべきか分からずにためらった。これは彼がバロンに認めていたものではなかった。
これらは夫に対する妻の伝統的な誓約であった。
彼は混乱しながらバロンを見た、しかしバロンはただ司祭が誓約を間違っていたと示すように、肩をすくめただけで、とにかく続けるようアルタンに対しうなずいた。
アルタンの困惑は深まった。これは彼が望んだものではなかった。絶望しつつアルタンはセラナを見た。
しかしセレナは何が悪いのか分からず、そしてただ励ますように頷いただけだった。
そして民衆がアルタンの態度をいぶかしみ、ざわめいているのが聞こえてきたため、アルタンは決断をしなければならなかった。
もし彼が誓約する事を拒否したなら、評議会に対するバロンの影響力は破壊されるだろう、そして評議会は分裂するに違いない。
将軍に対してアロリアが団結して立ち向かうという、アルタンの希望は砕け散るであろう。アルタンが振り返るとバロンは再び、誓約を促すように頷いた。
最終的にアルタンの頭脳は混乱し、周囲がくるくる回るように見える状態で、決断を下さざるを得なかった。
「誓います」
アルタンは小さな女らしい声で言った。
「いいでしょう。私は今あなた達を夫婦と宣言する。あなたは花嫁にキスしなさい」
司祭が宣言した。
アルタン ― 現在はエラナ ― は式典のこの部分を含むことを望んでいなかった、しかし自分が突然バロンの腕に抱かれ、彼が情熱的なキスをしている事に気がついた。
アルタンは離れようとしたが、バロンはしっかりと彼を抱いた。
彼は民衆の前であまり激しく抵抗することを望まず、そのため抱擁を受け入れることを強いられた。
最終的にバロンは手を離したのでアルタンは後ずさった。
そこでバロンはエラナの手を取り、そして祭壇の下へと彼女を導いた。エラナは民衆が拍手しながら、彼女の美しさを褒め称えた時、彼女自身が赤面しているのを見いだした。
やがて拍手が終わると、彼らは二人を置き残してドアから出て行った。そこでエラナは怒ってバロンへと向き直った。
「あれは我々が約束した結婚式ではない!」
彼女は激怒していた。
「まあ待てエラナ。そう怒るな」
バロンは落ち着かせようとする。
「私をそう呼ぶな!私の名前はアルタンだ!」
かつての王子は異議を唱えた。
「違う!」
バロンは激しく叫び返した。


「そなたが宣誓をしたとき、エラナと認めたのだ。私はそなたが王女として、正しく振る舞う事を要求する」
「な、何を言っている?」
いきなりのなりゆきに、エラナは恐怖に震える声で問うた。
バロンは前に進んで、そして美しいが、怖がっているプリンセスを取り押さえた。
「そなたは自発的に、神々の威徳の元で、私を愛し、名誉を与えて、従うことを約束した。
今そなたの所有権と王国は私のものだ。
今晩そなたは愛するという約束を果たすことになる。
私はマデリン女史のところでそなたを楽しんだ。
しかし今そなたは私ひとりのものである。
そなたが王子であったとき、私を見下していたな。
だがそなたは今では私に従うと誓った。
それゆえに、そなたへの最初の命令は自分をエラナと呼ぶことだ。
そなたは私の妻である。
そしてそなたはその通りに振る舞わねばならない。
今から死ぬ日まで、私はそなたがドレスとスカートだけを着て、常に女らしい礼儀で振る舞う事を要求する。
私が望むときはいつでも、私はそなたを楽しむであろう。
そして我が妻としてそなたは夫を喜ばせるために最善を尽くさねばならない。
心配は不要だ。私はそなたを守るであろう。
わかるか。そなたは我が子の母となるのだ」
バロンは突然エラナを引っ張って固く抱きしめ、柔らかい絹に覆われたかよわい体を手でなで回しつつ熱烈にキスした。
身体を支配され、誓約によって拘束され、 エラナの抵抗は薄れていった。
そして彼女は最終的に男にキスすることを許した。
エラナの心の中で最後の抵抗の考えは消失し、そしてついに彼女の新しい立場を受け入れた。
アルタン王子は消え、そこに残っていたのはエラナ王女だけである。
バロンがエラナを持ち上げ、そして寝室でその新生活に向かってチャペルから彼女を運び出していたとき、涙がそのきれいな顔の下方へと流れ出ていた。

アルタン王子の敗北 完
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