昨年に引き続き、クリスマスものを書きましたので、投下します。



 サンタクロースはプレゼントをくれる。

 おそらく全世界共通の認識だ。
 プレゼントとはすなわち欲しいもの。願い事を物品という形で拝領すると言い換えることができる。
あくまでも“物”だ。形あるもの。物質。身長が伸びるといった物理法則を超えたものや、
可愛い彼女といった第三者の同意が必要になるものでは決してない。
 それが万国津々浦々の共通認識だったはずだ。少なくとも僕はそう信じていた。
クリスマス物の外国映画でよく見るように、クリスマスツリーの根元にプレゼントの山があるような、
あるいは枕元の靴下の中にプレゼントが入っているような、ごく一般的な展開があってしかるべきだ。
「サンタってバカだったな」
 一般的認識では幸福をもたらす以外には害が一切ないサンタクロースへの暴言を僕は心の底から吐いていた。
今思い出しても怖気が走る。『あんなもの』がプレゼントだったとは。サンタの存在意義を疑う。
「ああサンタ様……。いまは何処に……」
昨晩の一連の出来事、いや事件か、どっちにしても僕に多大なダメージを与えることがあって、
その一方でこうしてプレゼントを貰って呆けている奴もいる。この差はなんだ。近年流行っている格差というやつか。
「いい加減、目を覚ませ。もうサンタはいないし、プレゼントはなくなったんだ」
「そうだ、オレのカナちゃんは? カナちゃんはどこ行ったんだ? あの温もりはどこに!?」
 なぜか僕に向かって飛びかかってきた奥光(おくひかる)という名の変態から身をかわす。
気持ちはわからんでもないが、その対象に僕を選ぼうとするな。今の僕には関係ないことだ。



「カナちゃーーーん!!」
「だからその名前で呼ぶなって! それは昨日までだ。今日の僕は『黒木鼎』(くろきかなえ)で、
『カナちゃん』じゃない!」
 いくら諭してやっても光の暴走は止まらない。今朝になって夢から覚めたと思ったら、
まだ夢の中にいやがった。居もしない幻影に心乱すとは、よほどあの娘が気に入っていたのか。
……複雑な気分ではある。光がこうなってしまった一端は確かに僕にあった。
残り九端は別にいて、むしろそいつが今回の黒幕なわけだが。
 昨日、そいつは僕たちの前に突然現れて、そして突然消えた。残したものはこの有様だ。
僕も光も心にダメージを負っている。昨日、つまりクリスマス・イヴの日。
すべての始まりはその日の日付が変わる直前。
黒木鼎、奥光、乃木浩介(のぎこうすけ)、野津勇作(のづゆうさく)、この四人が奥家に集まって
飲み会を開いていたときのことだ。馬鹿みたいに騒いで、飲んで、それでおしまいになる話…………のはずだった。



 12月24日、クリスマス・イヴの日。独り身の寂しいクリスマスを払拭しようと友達を呼んで忘年会ならぬ、
男だらけのクリスマス忘れパーティーなるものが奥の家にて開催されていた。発起人はたしか光と浩介だ。
僕と勇作はお呼ばれされた形になる。
今日という日に四人が集まり、奥宅の広いリビングは酒やら料理やらで埋め尽くされていた。
酒と名がつけば何でも飲み、宅配ピザやスパゲティで腹をこれでもかというくらいふくらませた。
「さー、今からメインイベント始めるぞー!」
 奥の言うメインイベントとは、短冊に願い事を書いて「クリスマスのバカ野郎!」などと叫びつつ
ビリビリに破るというカウンセリング療法のようなことを指す。やっている最中、涙目の人が多かったところを見るに、
割と本気でやっていたようだ。かくいう僕も、漠然と今欲しいものを思い浮かべて書きはしたが、
何気に四人の中で一番切実な願い事だったかもしれない。
「「「「クリスマスのばかやろーーー!!」」」」
 こんな雄々しくも悲しい乾杯の音頭があっただろうか。半ばから切り倒されたクリスマスツリーを前に、
もう何回目かの乾杯だった。
「ちくしょう、クリスマスがなんだってんだ…! 誰が恋人と過ごすような日だと決めたんだ!
 オレたちはそんな日は認めねえ! 日本人なら神道だろうが! 巫女さんだろうが! このやろー!!」
「そうだそうだ! 結局俺たちは社会の歯車に囚われた犠牲者にすぎないんだ…。群れからはぐれれば、
社会通念という肉食獣に食い殺されるしかないんだ。出る杭は打たれる。こんな、こんな世の中じゃなきゃ……ひっく」
 怒り上戸に泣き上戸。そのどちらにしても憤懣という一点においては同類項だ。
僕を含めた各人がそれぞれ溜まった鬱憤を発散させんばかりに口上を述べる。
みんな酒が入っているから聞いてるかどうかも怪しいし、聞いていても次の瞬間には
もう忘れてしまっているかもしれないが、ここまできてしまったら、嘔吐と同じで全てを吐き出すまで止められない。



「そしたら彼女なんて言ってきたと思います? 『聞いてみただけ♪』ですよ。語尾に音符ですよ、
しかも顔文字の笑い顔付きですよ。人にクリスマスの予定を聞いておきながら、この返事はないでしょうよ。
あ、また涙が…」
「ほうほう、そんなことが。それはさぞ辛かったでしょう」
「こっちの話も聞いてくださいよぉ。このあいだ気になってたあの子に電話したら──」
 宴もたけなわ──なのかどうかはわからないが、アルコール摂取量が各人の許容値を超えるあたりから、
ちょっとした違和感が忘クリスマス会場に漂っていた。
「いち、に、さん、……よん」
 酔いのせいで計算能力が落ちていた僕は、参加人数の「4」だけが頭に残っていて、
目に映る4人の姿に疑問を感じなかった。しかし気づいてしまった。
「4」なのは自分を含めた数でなければならないのだ。自分を除いて「4」であってはならない。
人数が増えている。
 幸いにもすぐ異物を見分けることができた。なぜなら、
「なんでサンタクロースがいるんだ!?」
 とてもわかりやすかったから。

「どうも、サンタクロースです」
 サンタはそう自己紹介した。簡潔でこれ以上ないほどわかりやすかった。なぜなら、着ているもの、
顔つき、そのすべてが持っていたサンタのイメージと一致したからだ。白髪白ヒゲは当たり前として、
体格までもだ。その太鼓腹は圧巻の一言だ。
「ハンガリーからきました。いや、ニッポンは遠かったですわ」
 素面なら不審人物として即110番していたに違いない。ハンガリー人を自称しておきながらこの日本語の達者さだ。
ただ、そのときは酔っていたので常識の定規となるものがひん曲がっていたために、そこまで不審には思わなかった。
みんなもみんなで、
「すげー、サンタだサンタ! おい、サインもらおうぜ!」
などとはしゃいでいた。
忘クリスマス会というアンチサンタクロース的なイベントにサンタが参加することになるとは皮肉なものだが、
細かいことを気にする者は当時誰もいなかった。それどころか、サンタ自身が楽しんでいる節がある。
「サンタさんなら、プレゼントありますよねー?」
誰が話題を振ったか、そんな話の流れになった。
「そりゃもちろんですよ。ただ、最近はチビッコに夢がなくなりましてね、サンタはそういったドリーム的なパワーがないと
サンタ魔力が足りなくなってしまうんですよ。世知辛い世の中になったものです」
「じゃあプレゼントもらえねーの? 例えば、そのサンタ魔力とかで彼女ができたり「ハックション!」」
 光の話を遮るような形でくしゃみが出た。僕だ。話の腰を折るつもりはなかったが、場がしーんとしてしまう。
沈黙を破ったのは、サンタだった。



「こんな偶然があるのは久しぶりのことです。まさかこのタイミングで……」
 サンタの目は驚きで丸くなっていた。
「いやね、我が国では、話をしているときにクシャミをすると、その話が本当になってしまうという
言い伝えがあるんですよ。つまり、今の話は本当になるんです。もっと正確に言うと、本当にしなければならない、
となりますが。今のでサンタ魔力が溜まりました。それはもうMAXに近いぐらい。
思わぬところで思わぬことになってしまいましたね」
 御伽噺みたいな話だ。眉唾という以前に信じる要素がクオーク粒子1個分もない。
へえ、遠くの国にはそんな文化があるんだと雑学的知識を仕入れたに過ぎない。
「じゃあ俺の願い事叶えてくれんの!? すっげー!」
「つ、次! 次はオレのも叶えてくれ! いや、ください! お願いします!」
「四つんばいになれば叶えてくださるんですね」
 僕以外の3人は驚くべき身の変わりようでサンタ教に入信していた。
やっぱりアルコールは悪魔の飲み物かもしれない。理性やら判断力やらを根こそぎにしていく。
「ほっほっほ、そんなに慌てるでない慌てるでない。順番に叶えてやるからのぅ」
 営業トークのつもりなのか、サンタの口調がサンタがさも使っているであろうものに変化していた。
僕にしてみれば、熱狂的なファンに囲まれたマイナー系の芸能人にしか見えない。あるいは稀代の詐欺師か。
新興宗教の黎明期を見ているようだ。ここから信仰は広がっていくのだろう。
「ほーら、鳩―!」
 リビングの一角がサンタの独壇場になっていた。サンタ魔力と称した力で鳩やら紙吹雪やらを出しては、
たったいま入信したばかりの信者を喜ばせている。ご丁寧にもBGMはオリーブの首飾りのクリスマスアレンジだ。
気づけよと思う。それはただの手品だ。
 ここはひとつ、僕自らが胡乱な教祖の化けの皮をはいでやらないとこいつらの目は覚めないだろう。
今にして思えば、僕も相当酔っ払っていたんだと思う。5人しかいない世界で4人を敵に回すなんてことを
普段の僕がやるはずがない。動機がサンタへの積年の怒りだったのか、
仲間はずれになった一抹の寂しさだったのかは今となってはわからないが。
「みんな目を覚ませ! そのサンタはニセモノだ!」
 ちょうどウサギを帽子から出してたところを遮って、僕は4人の前に躍り出た。
法廷で異議を申し立てる弁護士のごとくサンタを指差す。
「おいおい何言ってくれちゃってんの鼎さんよ。今だってサンタ様の奇蹟を見てただろうが」
「オマエこそ目を覚ませよ。サンタ宇宙は無限だぜ?」
「『さん』をつけろよデコ助野郎!」
 予想通り、3人はすでにサンタの忠実なるしもべになっていた。さっきまでアンチサンタで結束していた
チームメイトの僕に明確な不快感を露わにしている。手品ごときでここまで篭絡されるとは。
忘クリスマス会の冒頭でクリスマス中止を謳った桃園の誓い的なアレは一体なんだったんだ。



「さっきから見てれば、鳩だのウサギだの紙ふぶきだの! 場末のマジシャンでもできるような仕込みの手品しか
やってないじゃないか。サンタ魔力? そんな大層なものを使ってその程度のことしかできないようじゃ、
到底サンタと認めることはできないね」
 いいからみんな目を覚ましてくれ。アンチサンタの仲間じゃないか。僕は正論を言ったぞ。そのはずだ。
そうに違いない。これを論破できるならしてみてくれ。
「よろしい。サンタ魔力の神髄、とくとご覧にいれましょうぞ」
 意外にも真っ先に口を開いたのは当のサンタ(暫定ニセ)だった。自分がサンタだと認めさせるには
自分がサンタであると証明すればいいということか。
「して、聞いておこうかのぅ。どの程度のことをすれば、おぬしはワシをサンタと認めてくれるのじゃ?」
 痛いところをつかれた。主観に頼るとしても基準は曖昧だ。僕の示すボーダーラインが
果たしてサンタと認めうるものなのかどうか。難しい判断を迫られてしまった。
「ほっほっほ。すまんのぅ、困らせるつもりはなかったんじゃが。それでは、この場にいる……そうそう、
おぬしの願い事を叶えることでワシがサンタであることの証明をしてみようぞ」
「えっ? 俺ですか?」
 サンタに指名されたのは奥だった。奥の願い事は確か──
「彼女が欲しい、そうであったの?」
「はい! その通りです! よろしくおねがいしまぁす!!」
 激しくエンターキーを叩きそうな勢いで奥が頭を下げる。うわ、土下座になってる。
どれだけ彼女がほしいんだ…。しかも自分の努力でもない第三者の力に頼るって。
それにしても彼女か。本当にサンタの力を測れるかもしれない。彼氏役である奥に好意を持っていて、
付き合うことを合意した女の子を連れてくることが『彼女』の必須条件となる。今知った願い事に
即座に対応できる人をほいほい用意できるとは思えない。
「それでは、サンタの力を知りたいと言ったおぬしに手伝ってもらおうかの。ほれほれ、こっちにおいで」
 サンタが僕を手招きする。また手品的な手法で出そうとしているらしい。今まで幕間に手品のタネを補充していた
白く巨大なプレゼント袋の口を開けてこちらに向けている。この中に僕を入れようというのか。しょうがないが、
自分で言った手前、これくらいは手伝うのは義理か。
「ここでいいのか?」
「大丈夫じゃ、問題ない」
 本人は太鼓判のつもりのようだが、何かのフラグに聞こえるのは気のせいだろうか。



 袋が頭からかぶさって、全身がすっぽり包まれてしまった。袋の中は外の明かりが透けていて
薄暗い程度の明るさだった。
「ワン……、ツー……、スリー!」
 サンタの掛け声と同時に僕の頭上にあたる袋の底から白い煙が噴き出してきた。
結構な勢いで袋の中に充満し、白一色で何も見えなくなる。5秒が10秒か、
それくらい経過したところで袋が取りはずされる。まだ煙が漂っていて前が見えない。
またしばらくしてようやく煙が晴れてきた。と同じくして歓声が聞こえてきた。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
「マジで!? マジで!?」
「ビューリホー…」
 どうやらこの歓声は方向からいって僕に向かっているようだ。ん? おかしいぞ。
これは手品のはずだ。僕と入れ替わりに誰かが登場していなければならない。
しかし、実際そんな人影はどこにもない。いるのはいつものメンバーと、サンタだけ。
「これが時空をとらえたサンタ魔力じゃ。こんぷりーと♪」
「ちょっと待て。なにも変わってな──あれ? 声が、なんか、高い?」
 自分が出しておきながら自分の声じゃないような。いや、おかしいのは声だけじゃない。
身体のバランスもだいぶ違うような……。しかも足元がスースーする。
普段触れることのない太ももの内側まで空気の流れを感じる。
「サンタ様! やはり貴方様に一生ついていきます! こんなかわいい彼女をくれるなんて!!」
 光がそう絶叫しながら飛び掛ってきた。僕に。何故? まるで蛇が獲物に巻きつくように抱きしめられる。
僕を潰さんとせんばかりにだ。
「おい、光! 何のつもりなんだ、離れろ!」
「いやだ! せっかく彼女ができたんだ、死んでも離すもんか!」
 はあ? 光は一体何を言っているんだ。僕のことを捕まえて「彼女ができた」。信心のあまり頭が逝ってしまったのか。
「いいいから、とにかくは、な、れ、ろ!」
この恰好はうざったい。男の胸板に挟まれるというのは気色が悪い。
ほら、現に僕の胸が押しつぶされて痛いじゃないか。
「ん? 僕の、胸…?」
 頭から熱気が引いた。さっきまでの熱血弁護士さながらの興奮は今はどこへやら。冷静に光を引き剥がし、
違和感の元を探る。
「胸が、ある」
 当たり前のことだ。昆虫にすらあるのだ、哺乳類であり霊長類たる人間にないわけがない。
「やわらかい胸が、ある。………………胸え!?」
 確かに、胸だ。しかし他の言い方がある。おっぱい、と。さらに補足することができる。女のおっぱい、と。



 改めて自分の胸部についているものを揉みしだく。うん、やわらかい。
指に心地いい感触が残る。いつまでもこうしていたいくらいだ。一方の触られている胸のほうは形容しがたい。
元から脂肪はあまりついてないほうだったが、お尻の脂肪を胸にくっつけたような……どうにも言いづらい。
お尻はお尻で、またボリュームアップしていたのだが。
「やっぱり紅白と言ったら巫女さんよりサンタだな!」
「ミニスカサンタktkr!」
「腋を出せばいいと思うよ」
 着ているものと言えば、まず赤かった。ウール素材っぽいセーターの大部分は真っ赤で、縁は白。
光たちの言う通り、まさしくサンタの出で立ちだ。
「わしとお揃いにしてみました」
「どこがお揃いなんだ! これのど、こ、が!?」
 上着まではよかった。クリスマスではあるし、酷いものではない。ただ問題がひとつだけあった。
「おい、下から覗こうとするな! 仰向けのまま滑り込んでくるな! 気色悪いぞ」
 僕が着ているのは上着だけで、下半身には何もはいてなかった。下 着 も ふ く め て 。
つまり、この上着の裾がスカートを兼ねているのだった。さっきから足元がやたらスースーしていたのはこのせいだ。
そのくせ、スカートを兼ねておきながら、丈があまりにもぎりぎりだった。ここが屋外でなくてよかった。
ロケーションが寒風吹きすさぶ戸外なら破滅的な未来が待っていたところだ。
「すごい、すごすぎます! サンタ様!」
 そして涙と鼻血を流して喜ぶ光。色々とふざけるな。なおも甲子園のラストバッターのように
執拗にヘッドスライディングをしたがる奥から距離を取りつつサンタの胸倉を掴み上げる。
……背が小さくなってしまっているのか、つま先立ちになってしまった。
「この格好はどういうことなんだ! こんな心もとない最終防衛ラインは見たことないぞ!」
「我が祖国では、サンタ服の下には下着をつけないならわしになっておってな」
 そんな風習さっさとやめてしまえ。何なら今からでも僕が文化的な革命をサンタの出身国に行って
煽動してきてもいい。
「かなえええ、彼女ならキスしてくれえええ! ぎぶみーちゅー!」
 本格的にうざい。普段はそんなやつじゃないと思っていたのだが。そんなにも僕を彼女にしたいのか。
友情関係を破壊しようとしてまでして根源的な欲求に従っているのはどういうことなのか。光にしてみても、
女の子になってしまったとはいえ、元が僕だということは知っているだろうに。
「そういえばまだ自分の姿をすべては見ておらんかったのう」
 そう言いつつ、サンタが自前のプレゼント袋から鏡を取り出した。
「…………え」
 声が出なかった。鏡の中の僕の姿に慄然とした。まじでと思った。
光が詰め寄ろうとした意味も同時に理解することになった。



 美少女だ。
 ブロンドで色白で華奢で、十代半ばだろうか、明らかに日本人離れした容姿とプロポーション。
「今回は祖国にちなんで北欧美人にしてみたんじゃが、わしの孫にならんか?」
 サンタへのツッコミも忘れてしまうほどに鏡の自分に見惚れてしまった。ハンガリーのどこが北欧だと。
これはやばい。これは言い寄られてもしょうがない。しかも挑発的な格好というオマケがついている。
それを彼女として紹介されたら理性が台風並みの勢いで吹き飛んでしまってもわかる話だ。
言い寄られる側としては迷惑この上ないが。
「ちょっとそこに座れ」
 僕はサンタに座るよう指示する。もちろん正座だ。
「どうしてこうしたのか、理由を聞かせてもらおうか」
「おぬしがその口で言ったではないか。わしが本当のサンタかどうか、とな。
それで手っ取り早くサンタ魔力を披露するためにおぬしの性別を変えたわけじゃ。
そこに転がっている彼の願いも叶って、わしもサンタであることが証明できて、まさに一挙両得じゃ」
「二人はそれでいいだろうが、僕には損しか残ってないじゃないか!
 男に言い寄られて気持ち悪いったらないぞ!」
 どうして僕の性別を変える必要があった。サンタ魔力を証明するなら、
異次元から誰か召喚してもいいはずだ。それなら僕も納得できて一石三鳥だ。
「あー、そのことじゃが。サンタ魔力と言っても不安定でな、もしかすると別次元から
ナイアルトテップ星人的なモノを喚び出すやもしれん。そこの彼が『ああ、窓に! 窓に!』な結末を
迎えることになってでもしたらいかんじゃろう」
むしろ、そんなあやふやな力を使って僕を性転換させたのか。正直なところ、こんな関わり方をするくらいなら、
ニャルでもヨグでも喚び出せばよかったんだ。これまでの光の行動を見ている限り、
すでに正気はないも同然だ。これ以上削れるSAN値がなければそれでいいじゃないか。
「おお、もうひとつ理由があったぞい。実は、去年おぬしらと同じことをやったことがあってな。
その時は万事うまくいったのじゃ」
 前科持ちか、このサンタは。各地で夢どころじゃない、災厄しか振り撒いてないんじゃないか。
やはりサンタは根絶やしにされるべきだ。忘クリスマス会の当初の目標のように。
しっと団に頼めばなんとかなるだろうか。
「つーかまーえたー! もう死んでも離さないぞ! 離したら俺の魂ごと離れてしまうような気がするから!」
 少し目眩を覚えている間に、光が僕を背後から羽交い絞めにした。興奮した犬のような吐息が首筋にかかる。
僕に合気道的な武術の心得があれば投げ飛ばしてやるのだが、そんなものはない。残念でならない。



「あーーー! 俺もカワイイ彼女って願い事言っておけばよかったあああああ!!」
 光だけでも鬱陶しいのに、浩介まで参戦してきた。浩介は頭を抱えて悶えながら何事か叫んでいる。
浩介の願い事は物品だった。何だったかな。それほど高価なものではなかったようだが。
サンタの話を一般的にしか受け止められなかったのだろう。悲しい大人の選択だ。
対する光は欲望を等身大に曝け出した。矛先が僕に向かわなければ、
どこまでも突っ走っていればよかったのだが。羨ましそうに恨めしそうに僕と光を見つめる浩介。
目は血走り、深く大きく口で息をしている。そんなに悔しかったのか。
願い事の変更はできませんとサンタに窘められているが、アルコールの勢いと女日照りの経験が
それを許すとは思いにくい。いやだぞ、いきなり二人に犯されるなんてことは。
いや、犯されることが前提なのがそもそもおかしい。こんな格好でなければ
すぐにでも光の家を飛び出しているところだ。
「それでは、お二人にはめくりめくラヴの世界へ招待しようかの。ほーれ!」
 サンタがパチンと指を鳴らすと同時に、視界がぶれた。世界が縦に伸び、モザイク画のように
色彩がバラバラになってゆく。一瞬の無重量を感じ、再び地面を踏んだときには、世界のすべてが変わっていた。
 ログハウスの中。第一印象は僕も光も見解が一致した。丸太で組み上げられた
ワンルームの小屋の中に僕たちはいた。
「邪魔者を消してくれるとは……、さすがサンタ様、話がわかるッ!」
「悪いが、僕にはさっぱりわからないな。助けが入る可能性をなくしてくれたんだからな。
……まあ、浩介が助けるどころか襲いかかってきそうな気はしてたが」
 未来は二つに一つだ。ひとりに犯られるか、ふたりに犯られるか。もはや確定してしまっている。
サンタも未来を変える気はなかった。もはや、宿命と諦めるしかないのだが……
とりあえずは気にしないふりをして室内を探索することにした。
まず目についたのは暖炉。暖炉の火はパチパチと爆ぜながら、内側に熱と明りとを振り撒いていた。
その前にはよく眠れそうな柔らかそうなチェック柄の絨毯が敷いてある。
 家具以外はすべてクリスマス一色だった。僕の背丈より高い立派なクリススツリーがあり、
四方の壁はリースで飾り付けられ、木のテーブルの上には豪華な料理とケーキとが所狭しと並んでいる。
 しかしそんな物珍しい内装よりも光の目は別のものに奪われていた。さほど広くない室内には
不釣り合いな家具がひとつ、部屋の中央を占拠している。
「これ見よがしだな、このベッド」
「ほら見てみろ、箱ティッシュがダース単位で枕元に置いてあるぞ」
 何をしろとは言われなくてもわかる。その割に、この場にありそうだったゴムは存在していなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。は、はやく、やらないか?」
 早くも発情した──元からしていたような気もするが──光が色気を出そうと妙に男らしく振舞っていた。
あまりのあざとさに不快感すら覚える。なんで上着だけはだけているんだ。果てしなくきもちわるい。
こんな男と異空間で二人っきり。演出のつもりか窓の外は一面の雪景色だ。
一晩の後には、僕が雪化粧されているんだろうな。何で、とは言うまい。見るに、光にはその気が満々のようだ。
先を考えれば考えるほど悪いイメージしかわかない。……もう限界だ。
「早く脱げよ」
 サンタ服を脱ぎ捨てながらそう言った。嫌なことは早く終わらせるに限る。昔から案ずるより産むが易しともいう。
もしかすると、思っているよりそうでもないかもしれない。……そうであって欲しいという願望が多分に含まれていたが。





服を一枚脱げば僕はもう全裸だった。自分の胸についているおっぱいを注視する。
サンタ服の上からではよくわからなかったが意外と大きい。男であるなら是非にでも
触りたい部分を撫でるように触ってみる。今ばかりは触っても誰にも咎められることは
ないから気が楽だ。指に絡みつくような弾力。乳首に指が触れると少しだけビクっとなった。
 その行為を光は凝視していた。既に服は脱ぎ終わり、股間のモノが刺し抜こうと怒張し、
こっちを見ていた。しかし、さっきまでのように飛びかかってこようとはしなかった。
口数もまったくなくなり、どこか近寄り難そうにしている。僕と光の位置はベッドの端と端。
枕元にいる僕と足元にいる光との距離は縮まらない。お互い視線があっている。
本来なら捕食者である男の光がその距離を縮めなければならないのだが、その気配がない。
5分くらいそうしていただろうか、状況は一向に進展しなかった。
「しょうがないな……」
 獲物である女の僕から近づくとはどういうことなのだろう。自然の摂理から外れているぞ。
光の目の前に座る。ベッドの下に座る光の視点からすれば、美少女が逆光の元、
見下ろしている格好になっているはずだ。
「ほら、するんだろ? やめるなら僕はそれでいいんだが」
乗り気でない僕から犯されに行くとは、間抜けな絵面だと思う。犯る気で漲っていた過去はどうした。
つい数分前のことが幻のようだ。さっきみたいにハイテンションで、何も考えずに犯してくれればそれでよかったのに。
「どうした? 黙っていたら伝わるものも伝わらないぞ」
「好きだああああああ!!!」
いきなりすぎるが、ようやく火が点いた。挑発しなければできないとは情けないにも程がある。
肉体年齢的には年下の僕にここまでされて何もできませんといったオチが回避されたのは幸か不幸か。
「真っ先におっぱいか。まあ堪能すればいいよ」
 光は無我夢中になっておっぱいにむしゃぶりついていた。谷間に顔を埋め、口の端から伸びた舌が
谷間の内側を舐めあげる。ぞわ、と背筋に怖気のようなものが走った。が、それだけで終わる。
単にそこが性感帯でなかったということもあるだろうが、僕自身に感じる気がなかった。好きでもない人と『する』。
感情が動かなければ気持ちいいものもそうなるわけもない。
 乳首に舌が這う。くすぐったい。しかしこれも、くすぐったい、とだけだ。何の感慨も湧かない。
夢中でしゃぶるその様は赤ちゃんのようだ。口のついていないほうのおっぱいは鷲掴みされている。
掴んでもなお余る大きさの胸は、握力の鍛錬用ゴムボールのように収縮と復帰を反復していた。
 女としての性行為はもっと気持ちのいいものかと思っていた。たしかにおっぱいを責められるとぞわりと肌が粟立つ。
アソコも徐々にではあるが湿っていっているような雰囲気はあるが、挿入するにはまだ準備が足りない。



「いつまでもこんなことやってても、挿入れることなんてできないぞ」
 『下』のほうにも触るよう促す。僕のことが好きなのはわかるが、独りよがりはいけない。
互助か互恵の精神を発揮してもらわないと困る。お互い『準備』するにあたって僕からできるような
ことはといえば…………なさそうだ。光の準備はとうに出来ている。むしろフライング気味だ。
「んっ……」
 光の指がアソコに到達して、息が漏れた。息子がなくなってしまった跡地には一直線の割れ目ができている。
男であっても女であっても、陰部は男に触られたい場所ではないと再確認する。しかし今の僕は
それを受け入れている。精神にくるものがあっても、こらえている。結構に自暴自棄になっていた。
酒の勢いもあるだろう。その時の僕は認めたがらなかっただろうが、触られることに快を感じていた。
肌を密着させ、背後からおっぱいとおま○ことをまさぐられる。一心に僕の肉体を求め続ける光の意思が
伝わってくる。必要とされるのは──悪い気分ではない。
 相変わらずおっぱいを揉まれながら、おま○こを弄られる。BGMはお互いの呼気と肉体が発する音のみ。
そのほかの音は気回しして自粛しているのか、いっさいに耳に入ってこない。
 雰囲気はとてもエッチなはずだ。裸の男女がまさにセックスをしている。まだ前戯の段階だが、本番も近い。
しかしだ。一生懸命なのは男側の光だけで、女側の僕は無関心に近かった。物理的な刺激によって身体が
昂ってはいるが、積極的に参加しようという気概はない。生態的には、するだけなら男から一方的にできるのだが、
光は自分がかなりいっぱいいっぱいであるにも関わらず、僕の顔色をつぶさに窺っていた。
実際のところ、僕の秘部は湿っているだけで濡れたと言うには表現に苦しい。勝手にすればいいのにと思う。
僕の目的は光と性行為をすることだけで、感じようと感じまいといいのだ。光が一方的に満足してくれさえすれば、
僕はお役御免。晴れて『カナ』から『鼎』へと戻ることができる。女の初めては痛いともっぱらの風聞で、
僕も痛いのは嫌だがこの際言っていられない。
「もういいからさっさと挿入れろよ。僕のことは心配しなくてもいいからさ」
 自分自身の感度が、女の中でどれほどのものかはランク付けも推測もできるものではないので、
この前戯が上手いか下手かは判断できない。いつまでもこんなことをしていては、済むものも済まない。
「いやだ! オレはカナちゃんにもちゃんと感じてもらいたい。なぜなら、オレはカナちゃんが大好きだからだ!」
 なんてことを言うんだ。思わず赤面してしまった。面と向かってこんなセリフを吐いてくるとは。このセリフ、
是非とも女の子から聞きたかった。相手が男で、まして光ともなれば……あえて何も言うまい。
「そんな気遣ってくれるのは嬉しいんだが……」
 僕はそこから先の言葉を飲み込んだ。下手だ、とは言えない。言えばまた自信喪失して停滞するに決まっている。
ああもう、まどろっこしい。



「濡らすなら指じゃなくてその口にあるのを使ったらどうだ?」
 そう言い終わるやいなや、お預けをくらった直後の犬のように、光が僕の股間に頭から突っ込んできた。
どうしてそう極端なんだ。
「うっ、これ、舌が、ぬるぬるして、やば」
 生温かい舌が割れ目を這いずる。悪寒が背筋を走る。こんなところを舐められているという精神的な圧と、
指とはまた違う感触に脳がパニックになりかけていた。
「ちょっ、光!? なんで向きを変えてんだ!?」
 光は舐めるのを継続しつつ、身体の向きを180度回転させ僕の上にうつぶせにのしかかる。
出来上がった形は、お互いの股間に位置に頭がある体位。眼前に大きく屹立した光のモノがある。
光が腰をくねらせると先端が顔に当たり、不気味な体温を感じるはめになった。
 光はまたしても無我夢中に僕のおま○こをバター犬のように舐め回している。直接的な刺激は、
間違いなく僕を快感へと導いている。なるべく声を抑えようと試みているが、身体の内側からこみ上げるものがあって、
それが口を開かせようとした。僕の人生の中で最悪の部類に入る景色が広がっている今、
声を上げるにしても口を開きたくない。口の中に入ってきたらそれこそ事だ。光は口には出していないが、
この体勢に移行している以上、そういうことを期待していないわけがない。
不規則に光のアレが動く。つい目で追ってしまっている自分がいた。弁解しておくと、
他に見るべきものがなかったのだ。必然的に一番目立っているものを追ってしまうことになる。
猫にかざす猫じゃらしのようなものだ。観察する気がなくても、つい見てしまう。そういうことだって人間だれしもある。
あるったらあるのだ。
「もう、大丈夫だ。挿入れられる…………と思う」
 随分と舐められて、僕のおま○こも準備が出来ただろう。身体が火照っている。特にアソコは
他の部位より体温が高くなっている気がした。
 光が僕の股の間で待機している。光のモノはすでに臨戦態勢に入っている。僕は自ら両指で割れ目を拡げた。
唾液か愛液か、おま○こはべとべとになっている。光が大きく唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「は、挿入ったぞ…!」
 貫かれた。そうとしか言いようがない。股座から脳天にかけて杭が刺さっているような。
処女喪失なんて案外あっけないものだ。痛くもないし、辛くもない。ただ光の呼吸と僕の呼吸が少し合わなくて
息苦しく感じるだけだ。これもサンタの気遣いのひとつだろうか。だとしたら気を回し過ぎた。
「動いていいか?」
「もう射精そうなのか?」
 返答は辛そうな顔をそらしてからの首肯だった。この調子なら意外と早く終わるかもしれない。
そう何度も射精できるわけでないことは、男だったからわかっている。
「……えっ?」
 不意だった。お腹の下のあたりに暖かな感覚。それはじわじわ広がってその場にわだかまる。
奥が半泣きになっていた。もう射精しやがった。
早漏、乙と歴戦の女なら草を生やしているところだろうが、経験少ない男からしてみると笑える話じゃない。
正常位で抱き合ったまま会話が途切れる。僕の膣内で光のが小さくなっていくように感じた。それと同じくして、
光の体まで小さくなっているように見えた。
居た堪れなくなった。誰しも見知った人の弱点など見たくはないだろう。それが常に強い人であれば尚更だ。
僕にとって光はまさにそれだった。リーダーシップがあって、何事にも物怖じしないような。
願望と失望のギャップが胸を締め付ける。知ってはいけないものを知ってしまったような気分だ。



あー、なんでこんな気遣いを僕がしないといけないんだ。そんなサービス精神は更々持ち合わせていなかった
はずなのだが。
「僕のことが好きなんだろ? この身体を貪りたいんだろ? したらいいじゃないか、ほら」
 唇を奪ってやった。自分から男にキスをする。それがどんな行為なのかわかっていた。わかっていてもなお、
そうした。舌まで絡めてやった。唾液を交換してやった。仕上げに微笑んでやった。奮い立たせるには
どうすればいいかはわからないから色々する。ひとつでも当たりがあれば万々歳だ。今の連続コンボでさえ、
反応は薄かった。こうなれば──
「どうだ? 少しは、元気になったか?」
 精液で汚れた光のモノを棒アイスにそうするように舌で舐めあげてやった。……変な味がする。
これが精液の味か。まさかそんなものの味利きをする日が来るとは思わなかった。嫌悪感はあるに決まっている。
ただ、自分のプライドと光との友情とを天秤にかけたら、僅差ながら友情が勝った。それだけのことだ。
 赤黒いモノを加える。口の中に入るとなると、意外と大きかった。ビッグサイズのホットドッグを食べているような気分だ。
危うく思わず噛み切ろうとしたこともあった。
「カナちゃん、そこまでしてオレのことを……」
 そうだ。そうでないと困るから、わざわざこんなことをやっているんだ。先走りの苦みを否応なく味わいながら、
口唇を窄めて搾り取る。
「クチの中あったかくて、くっ、もう、出る…!」
 突然口の中で肉棒が暴れた。生温かいものを撒き散らしながらだ。びっくりして口を離すと、
その生温かいものが顔にも飛び散った。
「飲んじゃった……」
 言いようのない味が喉を滑り落ちてゆく。平生、味わう必要がなかったものを口にしてしまった。
顔射というオマケもついて。
ちょっと調子に乗らせすぎたか。もはや光から追い目はまったく消え去っていた。いやに満足そうな顔をして
白濁で汚れた僕を見ている。神経を逆なでするくらいのどや顔だ。まあいい、の一言で済ますには
あまりにも事が重大過ぎたが、済ますよりほかにない。これからの段取りを色々と考えていたのだが、
もうそれを実行に移す必要はなかった。
「いきなり、挿入れるなよな…!」
 主導権は100%光にあった。光の望むまま犯され、求められるまま与えた。
「んっ、……はぁ、そんな、深くまで、抉られたら…!」
 僕の頭はもう半分快楽に冒されているような状態だった。見ての通り光はセックスに夢中になってたが、
僕もほぼその域まで達していた。そうでなければ、男に圧し掛かられて
嫌悪のひとつやふたつ出てきてもいいものだが、それがなかった。おっぱいを揉みくちゃにされ、
腰を強く打ちつけられる。時に舌があらゆる場所を這い廻り、敏感な場所で思わず女みたいな高い声をあげたりした。
「くあっ、そこ、ふか、すぎ……!」
 対面座位で下から思い切り突かれる。肉棒が僕の奥の奥、子宮の入り口まで到達しているのがわかる。
一撃ごとに衝撃が内臓を貫通し、押し出されるように声が出る。悦びの声だった。気持ちいい。
ああ、もう認めるしかない。僕は女だ。精神以外はもはや疑う余地はない。その精神でさえ男のそれとは
離れてきているように思う。



「また、射精る…! カナちゃん、また、中で……!」
「僕も、なにか、くる…! あ、あ、あ、なにか、すごいのが…!」
 肉体に何かが蓄積されてゆく。身体を弾けさせるような何かが、ピッチをあげた抽挿が蓄積させる。そして、弾けた。
「んはあああああああああ!」
 喉を締め付けるような一際高い絶叫。身体が弾け飛んだような感覚。今まで感じたことがなかったような充足感。
いろんなものがごちゃ混ぜになった。ぬるま湯の風呂に浮かんでいるような────熱源は光の体温だった。醒めた。
 紐を失った人形のように力なく光が僕の上に倒れ込んでいた。肩で大きくを息を切らし、
もはや何をする力が一片も残っていないような抜け殻に見える。顔は互い違いで見えないが、
どんな顔だろうかは想像できた。
 終わった。これで全部だ。やり残したことはもう何もない。一晩の思い出とはいえ、光にとっては彼女を失うわけだ。
可哀想と思わなくもない。まあ、別の彼女を探せばいい。たぶんその彼女は「カナちゃん」よりは
一回りも二回りもマシなはずだ。
「そろそろ僕の上からどくくらいの体力は回復したんじゃないか?」
 ベッドのマットがあるとはいえ、成人男性の体重はさすがに重い。
「おい、光? 話聞いてんんんん!?」
 挿入された。何を言っているかわからないだろうが、体力ゼロでぶっ倒れていたはずの光が急に起き上がり、
MAXまで怒張した肉棒を僕に突きたてた。そのままさっき以上に激しく動き出す。これはいったいどういうことだ。
 その疑問に答えるかのように熱気で曇った天窓に文字が浮かぶ。こんなことができるのはサンタくらいだ。
何かメッセージがあるということか。
 ──その空間がなくなる朝までできるように、光さんの精力と体力を絶倫に設定させてもらいました。
それに併せて貴女の感度も上昇させましたので、どうぞごゆっくり愉しんでください。Byサンタ
 激しく上下に揺り動かされていたので最後まで読むのに時間がかかってしまったが……なんだと?
 サンタの言っていることが本当なら──
 本当かどうか検証するまでもなかった。光の腰の動きはむということを知らなかった。
インターバルのないまま僕は大きく深く突かれ続ける。
「こ、こら! そんな、乱暴に、突くなっ、て! ほんと、やめ、うくぅ、や……!」
 一晩中、こんなことをされたら死んでしまう。僕のことなんかお構いなしに乱暴にピストン運動している。
腰と腰とがぶつかる音がリズミカルに、耳から脳へと抜けてゆく。加えて感じてしまわないよう耐えていた努力が、
砂浜の砂城のように無残にも決壊しそうになっていた。



「やめっ、だめっ、あっ、こんな、いっぱい、したら……!」
 ピストンの一回一回が思考の糸を断ち切っていく。気持ちいいことしか考えられなくなってゆく。
苦しい。けど気持ちいい。腰を掴む光の腕の感触が痛くて心地いい。一突きされると気持ちいい。
おま○こから抜き取られる感覚がきもちいい。脳が蕩けてしまいそうだ。
「だめ、だめ! もう、ぼく、イって、イって……! やあ! もう、だめえええええ!」
 ほどなくアクメがやってくる。快感が脳天まで突きぬけた。
「だめだ……って、さっき、から、言ってああああああ!!」
 イった余韻の感じさせることもなく、光がまた動き出す。声にならない制止の声が口からは
悲鳴のような嬌声となった。もう僕は何も考えられない。オモチャも同然だった。
光が飽きるまでいいように扱われるのだ。
「ほんと、そんな、いっぱい、ついたら、ぼく、もう、だめにぃ!」
 後ろから獣のように突かれる。腕から力が抜け上半身が突っ伏しても、構わず光は狂ったように突きまくる。
神経が焼き切れんばかりの刺激が叩きつけられる。乳首がシーツに擦れるだけでも
敏感になった僕の身体は歓喜の声を上げる。
「これ、いじょう、あんんっ、したら……、また、また、イっちゃう…! さっき、イったばかり、なのに、またぁ…!」
 弱々しい懇願。そんな言葉だけで止まらないことくらいはほとんど働かない頭でもわかっていた。
そして身体も。むしろ、今やめられたら困るのは僕の方だ。イかされなければこの身体の疼きは止められない。
限界に達するまで、それこそ電気信号でさえ動かせないほど疲労しないとダメだ。
「も、もう、だめ…、イク……! イクのが止まらないぃ…!」
 最奥で肉棒の動きが止まる。射精。新旧の精液の温もりを感じつつ、また僕も絶頂に達していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……、もう、だめ……」
 突然襲いきた睡魔に誘われるまま、僕は意識を失った。瞼が閉じられる直前、光が僕を仰向けにひっくり返して、
まだ元気な息子を突っ込もうとしているのが見えた気がした。……もう勝手にしてくれ。




目を覚ますと光の寝顔が息がかかりそうなほど近くにあった。朝っぱら嫌な目覚めになってしまった。
いい夢でも見ているのか、口元が緩み、よだれが伝っている。いい気なものだ。昨夜はあんなことをしておいて。
僕の方は体中が軋んでいる。無理な体位を強要された記憶が断片的に残っている。
自分から求めた? 記憶にございません。
「おい、起きろ。朝だぞ、朝。浩介や勇作も起きてくるだろうし──って、二人ともどこいった? あれ? 
ここは、昨日のログハウス……」
 景色は何も変わっていなかった。サンタが作りだした異空間のログハウス。まだ僕はそこにいる。
赤々と燃える暖炉も、クリスマスのイルミネーションも、テーブルに並ぶ料理も、昨日のそのままだ。窓の外は──
「真っ暗!?」
 思わずベッドから飛び起きていた。そして感じる胸の違和感。
「まだ女のままじゃないか! どうなってるんだ!?」
 ジパングの洞窟に迷い込み鬼面道士にでも会ってしまったか。クリスマスは一夜限り。なのに、
夜が明けても僕は女の姿のままで、異空間から脱出できていない。サンタはあのとき「夜が明けたら」と言っていたはず。
しかし現実はこうだ。混乱が酷い。
「おい光! 起きろ!」
 一大事だ。事故だろうか。サンタ魔力が暴走などして、僕たちを解放するはずができなくなってしまったとか。
ありうる話だ。何しろサンタ自身がサンタ魔力は不安定なものだと言明していた。
「なんだよカナちゃん、朝っぱらそんな乱暴な……」
 目をこすりながら光が起きだす。乱暴なのは昨夜のお前の行為だなどとツッコミを入れるのを抑えて、
状況を説明する。
「いいじゃない? 少なくともオレはカナちゃんと一緒にいれていいし」
 必死の僕の説明を、光は琴もあろうに軽く流した。
「ずっとここから出られないかもしれないのに、よくそんなことが言えるよな!? もっと重大に考えたらどうだ?」
「だーかーらー、オレはカナちゃんがいればそれでいいし。そんなことより腹減ったな。あの料理食おうぜ、旨そうだ」
 なんでそう楽天的でいられるんだ。ここは東北でもないぞ。
殴りたい衝動を深呼吸で落ちつけて脱出手段を探ることにした。



 結局、脱出することはできなかった。
 翌日になっても相変わらず僕たちは閉じ込められたままだった。
出入り口はあったがドアの形をした模様だったし、窓ガラスはフロントガラスのように固かった。
幸いなことに台所やバスユニットはちゃんと機能していて、いつでも熱い湯や冷たい水を得ることができた。
そして不思議なことに、冷蔵庫の中身は、いくら消費しても、
一晩──あくまで時間的なことだが──経てば補充されていた。飢えることはなくなって、清潔も保てる。
しかし出ることはできない。網走にあるような施設を連想したのは決して間違ってないはずだ。
エンドレスナイトという言葉が思い浮かんだ。思い浮かんだだけで絶望した。
あんな先例を引き合いに出したら惨めなだけだ。これで独りなら発狂していたかもしれないが、
幸か不幸か同じ境遇の人間がいた。
「えっちしようぜ、カナちゃん!」
 野生化した人間を人間と呼べるのかどうかはわからないが。
 もはや光に遠慮はなかった。スキンシップは激しく、何時如何なるときでも抱きついたり触ってきたりした。
僕が起きているときはおろか、寝ているときでさえ変わらなかった。
「人が寝てるときに、何をしようと……んんんん!」
 暖炉の前で寝るよう厳命していたはずの光が、僕の寝ているベッドに潜り込んでいた。それならまだしも、
事もあろうに挿入までしていた。
「やめろって! あっ、僕は、そんな、気は、ああっ!」
 無理矢理であっても、どんなことでも感じるようになってしまった僕には言葉での制止なんてものは
意味のないことだった。すぐに快感の誘惑に負け、腰をくねらせ求めてしまう。
「だめえ、そんなことしたら、だめだって、言ってる、のに、はあはあ、そんな、きもちよく、させたら、だめに、なる……!」
 後ろから抱きかかえられたまま突かれる。野生人に戻った光の行為は乱暴そのものだ。
気遣い無用とばかりに奥深くまで突き刺そうとする。
「やめえ! おっぱいも、首筋も、責めたら、んんんっ、もう、いっちゃうからぁ…」
「好きだ、カナ! いっぱい気持ちよくしてやるからな!」
 愛され、求められていることがはっきりわかる。たとえそれが肉欲であったとしても、
その感情の波にたゆたうことは心地いいものだった。肉体の接触が待ち遠しい。少しでも多く接していたい。
光の背中に腕を回す。光も僕の背中をしっかり抱いていてくれる。このまま溶け合い混ざり合ってしまいそうだ。
「イク、イク……! 熱いの注ぎ込まれてイっちゃうううう!!」 
 耳が痛いほど好きだと叫ばれながら、気乗りしないはずのセックスで絶頂する。僕はもう女の快感に毒されていた。
もはや光のせいにはできない。嫌なら拒否すればいいだけの話だ。光も嫌がっている僕を襲ったりはしないだろう。
だから、風呂場で、台所で、求められても拒否すればよかったのだ。しかし、しなかった。女の快感は強烈で、
男のオナニーなど比べ物にならない。象と蟻の戦いだ。どこでも触れられるだけで濡れる。
キスなら抵抗する気が皆目なくなる。閉じ込められてから、その繰り返しだ。
 当然、妊娠した。生理を経験する前にだ。どれだけしたかわかろうものだ。1日1回どころの話ではない。
僕が移動するたびに、そこが『会場』となった。


「ずいぶん大きくなったな」
「ああ、たまに蹴られる。元気そうだよ。誰かさんに似てな」
 暖炉の前での会話。後ろから抱きしめながら、耳元で光の声を聞く。
なぜかこの格好でいると安心できた。光に背中を預けると、たまに光が長い髪を撫でてくれる。
 いつの間にかログハウスにベビー用品が追加されていた。もうすぐ僕も臨月だ。男の子か女の子か、
産まれてくる。少しでも時間が空くとその子どもの名前を考えたりした。光も同じことをやっていたらしい。
「もうすぐ産まれるな、カナちゃん」
「ああ」
 膨れたお腹を光の手が優しく撫でる。かつては僕を責めに責めたその手も、今は愛おしい。
もうしばらくしたら家族が3人になってログハウスも手狭になるな、と考えていると眠たくなってきた。
こんなにも満たされて眠れるなんて──




 目を覚ますと、眩しかった。手で庇を作って
元の奥家のリビングに光や浩介、勇作と雑魚寝していた。そして、僕は男に戻っていた。
何度も胸と下とを確認したのは言うまでもない。赤ちゃんがいたはずのお腹もぺたんとへこみ、跡形もない。
そして光が目を覚まして、僕を『カナ』だと錯覚した一連の出来事があったというわけだ。
 もう僕は『カナ』ではないし、光の彼女でもない。それが光には認めたくないらしく、ずっと『彼女』を探している。
おーい、新聞の隅なんか探しても出てこないぞ。桜木町に行く? どこだそこ。
「だからいい加減現実を見ろよ。サンタ様なんかもういないし、彼女だっていないんだ。全部夢だったんだよ、
一炊の夢。朝になったら消えるの」
「そんなワケねえだろうがよお! きっとどこかにいるはずに違いないんだい!」
 もはや聞く耳は持たないか。まあ、時間が経てば諦めてもくれるだろう。泣きたいなら胸くらいは貸してやろうと思う。
傷心同士……ん、同士? 何か思考にノイズが混じる。
「……ん?」
 何気なくポケットをまさぐると、手の先に紙の感触があった。厚紙のようだ。こんなものを入れた覚えはないが、
と思いつつも取り出してみる。
「クリスマスカード? なんでこんなものが……」
 ベルやキャンドル、スノーマンの模様で彩られた華やかなクリスマスカードだ。開くと、
達筆な日本語でこう綴られていた。
「メリークリスマス。
 ゆうべはおたのしみでしたね。」
 この時点で破り捨てようかと思った。昨夜のメインイベントの再来だ。いっそのこと派手に燃やしたっていい。
「この手紙を読んでいる頃には、私はもういないことでしょう。昨晩はとても楽しく、
またサンタとしての本懐を全うできたこと、感謝の念に堪えません。特に、サンタとしての力を取り戻してくれた鼎さん、
ありがとうございました。おかげで皆さんの願い事を叶えることができ、
さらには他の大多数の子供たちの願い事を叶えることができました。重ね重ね感謝しております。」
 僕らの願い事を叶えた、ねえ。僕の願い事は叶ってない気がするぞ。願いの正反対のことはされたが。
「ところで、鼎さんは『自分の願い事が叶っていないんじゃないか』と思われていることかと思います。
しかし、そこは安心してください。ちゃんと願い事は叶っていますよ。そしてこれからも叶い続けることになります。
これはサンタからの約束ですから、きちんと守られることを保証いたします。
 こう文面に残すのは恥ずかしいのですが、鼎さんは、女性として光さんに抱かれている時、
その気持ちを味わったはずです。何物にも代えがたかったのは、その時の鼎さんの顔を見ればすぐわかりました。」
 なんということを書いているんだ、このサンタ。やばい、赤面してきた。おい、脳。勝手にフラッシュバックするな。
思い出そうとしなくていいから。あんな気持ちを今思い出したら、光の顔をまともに見られないじゃないか。
「最後に、鼎さんを始め、皆さんのご多幸を祈りつつお別れの言葉といたします。
 メリークリスマス。
 サンタクロースより」



 一息ついて長い文面のカードを閉じる。あのサンタは本当にサンタだったのかもしれない。今さらだが。
幸せは確かに感じていた。妊娠してからはなおのことだ。ずっとあの時間が続けばと、あの時は思っていた。」
かなり本気で。ただ、その機会はもう永遠に失われてしまった。クリスマスが終わってしまった以上、
夢は現実にかき消される。
「まあ、少しくらいはあんな生活もよかったような「「ハックション!」」
 あ。ジャストなタイミングで光がくしゃみをした。嫌なタイミングだ。まさかないだろう。
さすがにもうクリスマスも過ぎているし、独り言で誰も聞いてなかったし、また『ああ』なるとは……
「カナちゃん! また逢えたね!!」
 なってしまった。嫌な予感通りに。頭が潰されそうなほど思いっきり抱きしめられた。
この構図はもう何度目だろう。安堵に似た感情を覚えたのも何度目だろう。
本来の自分に戻ったような安心感が胸いっぱいに広がる。
「カナちゃんは、オレが一生幸せにしてやるからな!」
 堂々と宣言されて、僕は言葉に詰まった。
「またカナちゃんを孕ませて、家族みんなで楽しく暮らそうな!」
 言い方はアレすぎる。そんな言葉で女を落とせるとでも…………落とせるかもしれない。
少なくとも僕は、今ここで落ちた。ああ、どうしてこうなった。自分の運命を呪うべきか喜ぶべきか。
まあ、これから考えていくことにしよう。


おわり
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